「見ろ、あのありさま。身震いするほど禍々しくておぞましい」
椅子に座って足を組み、少佐が笑って言う。近くにいるドクや大尉に言い聞かせるように。
「あれが我らの望むべきものだ。死と生の上でダンスを刻む者。狂気と正気を橋渡しする存在だ。
あいも変わらずの元気そうで何より。暗闇から来訪した我らと同類の『人でなし』。死にぞこないの戦友(カメラード)吸血鬼殿」
「しかし、こうまで独断専行してしまうとは少佐殿。今頃『オペラハウスの御老人方』はさぞやお怒りでしょうな」
『オペラハウスの御老人方』とは何者か、それはこの場にもこの物語にもほとんど関係ないので置いておこう。
ドクが少佐をたしなめるように言うが、少佐はそれを意に介すことなく言葉を返す。
「怒らせておけばいいさ。御老人方に我々を止めることなど出来るものかよ」
「左様で」
「誰にも止めさせるものか。いや、もう誰にも止まるものか。
戦争交響楽が聞こえる。あの懐かしい音が。阿鼻と叫喚の混声合唱が」
第六話『ELEVATOR ACTION』(5)
「さあ、出てこいよ」
愛用する二丁の拳銃を手に、ホテルの門の前でアーカードが呼びかける。このホテルに特殊警察を投入し、戦場にした張本人がその対象だ。
「前菜を食い散らかすのにはもう飽きた。それともみんな死んで真ッ平らになるのか」
挑発するように言うが、何も反応がない。その様子にアーカードが再び呼びかけようとする。
が、まるでそれを阻止するかのように警官隊の後方から足音がカツカツと響く。人の波を抜け、現れたのは色黒の白スーツを着た髭の男性。
アーカードの前で立ち止まると恭しく一礼し、口を開いた。
「いやはや、全くもってお見事な食事ぶり。さすがはさすがはかのご高名なアーカード氏でありますなァ!」
報道ではJ・H・ブレナーとなっていた彼の正体を知っている。間違いなく先日の吸血鬼と同じ何かだ。
そう思っているアーカードに対し、白スーツ男がスペードのAを手に自己紹介を始めた。
「私の名前はトバルカイン・アルハンブラ。近しい者からは『伊達男』と呼ばれています」
自己紹介を聞いたアーカードが、右手の指を上へ…自身が放り投げ、はやにえ状態にした警官隊の死体へと向け、トバルカインへと聞く。
「お前があの哀れな連中を差し向けたのか?」
「ああ、あのかわいそうな連中か」
口ぶりから察するに、トバルカインも警官隊を知っているようだ。ただし、かわいそうな連中としか思っていないようだが。
相変わらずスペードのAを持ったまま、口に煙草を銜えて笑顔で答えた。
「馬鹿な上官を持ったが故にあのザマだ。連中、部下が皆殺しになっても欲しいのだ。永遠の命ってのがね」
「救えぬ馬鹿共だ。永遠なぞというものはこの世には存在しない」
「そんな哀れな連中でも私のわずかに役に立った。ご自慢の特製弾丸はあと何発かなアーカード君」
「能書きはいい。で、どうする伊達男」
アーカードがそう言うと同時に、スーツの下から、スーツの袖から、大量のトランプを出すトバルカイン。
どこからどう見ても正規のトランプの枚数52枚を遥かに超えている。おそらく複数セット揃えているのだろう。
何のつもりかと思いながらカスールを構えるアーカード。だが、その腕もろとも大量のトランプがカスールを飲み込んだ。
「君の命は我々が『もらう』。君は我々の取るに足らない資料(サンプル)の一ツとして列挙される時がきた。我々(ミレニアム)によって」
トバルカインがそう言うと同時に腕を振るい、それに合わせて無数のトランプが炸裂。爆発したかのような音と衝撃をもたらした。
土埃が巻き上がり、ホテルのドアと壁がバラバラに切り裂かれる。こんな芸当ができるのはよほどの高ランク魔導師か、あの化け物…吸血鬼しかいない。
それを見た警官も、野次馬も、これで生きている人間などいないと思っているし、実際に人間ならば死んでいただろう。
「成程、成程。そうか。全くもってどうしようもない連中だ。お前たちだったのか」
…そう、人間ならば…だ。
ひどく今更な感じがするが、アーカードは吸血鬼である。人間ならば死ぬような今の攻撃でも、今のように頬への切り傷だけで済む。
土埃が晴れた場所には、右の頬から血を流しながら、何かを理解したかのように言葉を紡ぐアーカードがいた。
「ならばこの私が相手してやらねばいけないのは全く自然だ。一度亡ぼされたくらいでは何もわからんか」
「なあ、今あのホテルの中どうなってんだ?」
「ん?今頃は突入部隊の連中がテロリスト共を全滅させた頃だろ?」
現場の裏の空き地では、警官が2人ヘリの守りについている。この状況で守りなど必要なのかと疑問に思うが、それは突っ込んではいけない。
裏からでは何が起こっているのか分からないのか、呑気な会話をしている。何が起こっているのかも知らずに。
…と、警官の一人がすぐ近くをうろつく青髪の少女――言うまでもないだろうが、スバルだ――を見つけた。当然不審に思い、話しかける。
「何やってんだ、嬢ちゃん」
「あ…この辺り散歩してたら迷子になっちゃって…その…」
なんだ、ただの迷子か。そう思ったのか、警戒の色が一気に薄まった。
「…あー、分かった分かった。とりあえず近所の交番まで送ってってやるから」
仏心を出したのか、警官が交番まで送ろうとする。それに対してスバルも答えた。
「あ、ありがとうございま…」
どちらの警官からも死角になっている位置から拳を構えるスバル。そして…
「すッ!」
渾身の力で右拳を振るう。いきなりの事で警官の反応が遅れ、その結果なすすべなく鳩尾に直撃。そのまま意識を手放した。
もう一人の警官が驚き、一瞬動きが止まる。その隙を突き、アゴめがけて左の鉄拳。
「このガキ!」
スバルを捕らえようと、警官が動く。だが先ほどの一瞬の停止は大きかった。
警官がスバルを捕らえるより半瞬…それこそ先ほど止まっていた時間の半分ほど早く左の拳がアゴに突き刺さり、その結果脳震盪を起こして昏倒。
今やったことは人の好意を踏みにじる行為だ。それを理解しているスバルは倒れた警官に向かい、聞こえないであろう謝罪を口に出した。
「…ごめんなさい。あ、ヴァイス陸曹。こっち準備できました」
対峙する二人の吸血鬼。切り傷の塞がったアーカードは銃を手に、トバルカインは自身の得物…大量のトランプを周囲に散らしている。一触即発とはこのことを言うのだろう。
先に動いたのはトバルカイン。右手をブンと振り、それに合わせてトランプも動く。
ホテルの壁に、トランプによる二つの爪あとが入る。アーカードはその隙間に飛び込んで回避。着地箇所はトバルカインから見て野次馬のいる方向。
だがトバルカインはかまわずトランプを飛ばす。運悪く軌道上にいた一般人が真っ二つに切り裂かれ、絶命。
アーカードも負けじとカスールを連射。射線上の警官隊に大穴を空けながら、トバルカインを葬らんとする。
銃弾とトランプの応酬である。アーカードがカスールを放てば、トバルカインがトランプを炸裂させる。トバルカインがトランプを投げれば、アーカードがジャッカルを撃つ。
どちらも相当の回数の攻撃をしているが、未だどちらの攻撃も決定打にはなっていない。ならば外れた攻撃はどこに行った?
…答えは簡単。罪無き一般人や警官、報道陣への流れ弾となり、その命を奪っているのである。
「AAAAAH!」
「AAAAAAAAAAAH!!」
一般人への被害が広がり、悲鳴と断末魔のオーケストラが響き渡る中、ついにアーカードの銃弾がトバルカインを捉えた。
トバルカインの頭の右半分が吹き飛び、決まったかと思われた…が、次の瞬間トバルカインが笑みを浮かべ、体が無数のトランプへと変わった。
これはダミーだ。そう理解したが時既に遅し。ダミーに使われたトランプがそのまま攻撃となり、アーカードの右肩を袈裟懸けに斬った。
「かかった」
野次馬の中から、本物のトバルカインがニヤリと笑いながら現れる。やはり先ほどのはダミーだったようだ。
ギャンッ!
轟音。それとともにアーカードの姿が掻き消える。アーカードがいた位置には足跡と煙が巻き起こっている。
慌ててホテルの方を向くトバルカイン。そこには先ほどの傷から血を流すアーカードの姿が。そのまま物凄い速度で壁を登り、屋上へと駆け抜けていった。
「逃がしはせん」
アーカードとは違ってフワリといった感じで跳躍し、トバルカインも同じように壁を駆け上る。アーカードへと完全に止めを刺すために。
「はははははは!吸血鬼アーカード、なんのこともあらん!」
アーカードが壁を駆け上がっている頃。スバルとヴァイスはヘリを動かす準備をしていた。
「基本的なトコはミッドのヘリと同じか…ん?どした?」
「え?あ、いや…」
スバルが何かを見たのだろうか。先ほどから落ち着かない様子だ。
…まあ、ティアナとヴィータが屋上にいることと、吸血鬼二人が屋上へと駆け上がったのを知っている読者の皆様には大体想像はつくだろうが。
「…行ってみるか?」
スバルの考えていることを理解したのか、不意にヴァイスが言う。
その当のスバルはというと、吸血鬼二人が屋上へと駆け上がったのを見て気が気でなかった時にこの問いだ。一瞬意味を図りかね、首をかしげる。
「気になってんだろ?屋上で待ってるっていうティアナ嬢ちゃん達の事が」
「え、でも…」
「心配すんな。このくらい俺一人でも何とかなるからよ」
「…はい!」
ヴァイスの心遣いに感謝し、マッハキャリバーを起動。ウイングロードで一気に屋上まで駆け抜けていった。
残されたヴァイスはヘリのエンジンを動かすと、ヘリの無線のスイッチを入れて連絡を取る。相手は別行動中のベルナドットだ。
「ベルナドット、聞こえてんな?ヘリは準備できた。これから迎えに行くから、脱出の準備しとけよ?」
その頃、警察の指揮テントの中。
「デイロ分隊、ダリガン分隊、ヤナラン各分隊応答せよ!各分隊誰か出ろ!後方!支援どうした!!」
現在、こちらでは大混乱が巻き起こっていた。理由は言うまでもない。部隊の壊滅である。
オペレーターがなかば悲鳴と化した通信を各分隊へと送り、周囲ではざわめきが巻き起こっている。
そんな中、上層部の二人が他の警官とは無関係な話をする。トバルカインの話題、そして彼との「永遠の命」の約束の話題である。分隊がいくつも壊滅しているというのに、いいご身分である。
「トバルカイン殿が交戦中とのことだ」
「ばッ、馬鹿な!彼にもし何かあったら、我々との約束はどうなる!?」
ざわめきの中、突入部隊の装備を纏った男が現れ、テント内の注意が一斉にそちらへと向いた。
「あッ、あのー、大変です。あのぅ…その…」
一発の銃声が鳴る。普通より小さい音なのは、サイレンサーが付けられているからだろう。
最初の弾丸が上層部の男の頭を吹き飛ばし、それを皮切りに次々と射殺。状況を飲み込んだばかりのオペレーターへも平等に弾丸を撃ち込んだ。
銃を撃った男が仕上げと言わんばかりにC4爆弾を置き、テントを後にする。そしてその男…ベルナドットがマスクを外すのと同時に爆発。生き残っていた警官隊もまとめて消し飛ばす。
最後に煙草で一服し、さらに発砲。脱出の障害である警察がいなくなったところでぼそりと呟いた。
「給料分にはまだちょっと足りないかな。じゃあチョッパーといこう!」
そう言い終え、その場で待つこと1分。ヴァイスの運転するヘリが飛来し、ベルナドットへと近づいてきた。
「…お、来たか」
屋上にたどり着いたアーカードが、息を荒げながら休んでいる。先ほどのトランプ攻撃のダメージが尾を引いているのだろう。
その証拠に、普段なら既に完治しているであろう怪我が一向に塞がらず、血も止まらない。
だが、そのような大変な状況であるにもかかわらず…アーカードは笑っていた。
「血が止まらない…ただのトランプでも能力でもないようだな。面白い、面白いぞ。
あはは、あはははは、はははははははは。あいつらだ、あいつらだ。ひどくおもしろいぞ」
笑っている間に、アーカードのすぐ後ろに何かの激突音と衝撃。
アーカードにはそれが何なのかは見なくとも分かる。トバルカインが追いついたのだ、と。
「準備はいいですかねアーカード君。故郷に帰りたまえ。うるわしの地獄の底へ」
「ふッ、ふはは。くはははははッ」
「何がおかしい?」
この状況で笑うアーカードに対し、その意図を図りかねたトバルカインが聞く。これほどの重傷を負っているのに、なぜ笑えるのかを。
その問いに対し、体から闇を物質にしたようなものを放出しながら答える。これがアーカードの体から出ていると言うことは…拘束制御術式を解除した、という事なのだろう。
「とてもうれしい。未だおまえ達のような恐るべき馬鹿共が存在していただなんてな。
『ミレニアム』、『最後の大隊』、そうか、あの狂った少佐に率いられた人でなし共の戦闘団(カンプグルツペ)。まだまだ世界は狂気に満ちている」
「さあ行くぞ、歌い踊れアルハンブラ。豚のような悲鳴を上げろ」
TO BE CONTINUED
最終更新:2007年10月24日 21:46