Alt Schmied:ベルカ地方北部に伝わる民謡。単眼単足の炎の神。
       干魃で大地と民を滅ぼす、潤いを忘れた日照りの神。
       又の名を一本ダタラ。

『ソレは草木を焼き、大地を焼き、家畜を焼き、家々を焼き尽くし、
 さらには男も女も老人も子供も病人も、分け隔てなく焼き殺した。
 そして焼くものが無くなると――――己自身も焼いて死んでしまったのだ』
              ベルカ民謡『アルト・シュミート』


……サムイ…………サムイ……


「ちくひょう……。ちくひょう……。
オレのウヘっ、オレのウヘがっっ!!」
「よせ触るなっ、崩れて傷が深くなるぞ!」
 上手くいっていた筈だった。
 相棒と二人で広域指名手配犯罪者ジェイル・スカリエッティのアジトと思われる人口洞穴
に潜入し、後続部隊が突入するための観測スフィア設置した。あとは脱出するだけ、それだ
けだったのに。
――――『ヤツ』が現れた瞬間、全てが崩壊したのだ。
 相棒は腕を丸ごと炭焼きにされ、『ヤツ』から逃げ惑う中で現在地を見失った。状況はど
う控えめに言っても、最悪であるとしか言い様が無い。
「――――!あっ、あぁああっあ」
 突如相棒の様子が豹変した。目が血走り、目線はあらぬ方向へ向いている。
「どうした!?気をしっかり持て!!」
 あらぬ方向だと?己は馬鹿か。相棒はしっかり向いているじゃないか。
 己の背後へ。恐怖に満ちた目で。

――――『ヤツ』がいた。
 背丈は成人男性程度。しかし、その体は強固な防護服によって覆われており、見ようによ
っては肥満体型のように見える。頭部はヘルメットで覆われ、その表情は分からない。
 だが何よりも特徴的なのは、その手に持つ質量兵器。相棒の腕を焼き払った火炎放射器で
あった。そして、今その銃口は己へと向いている。

「くそったれっ!この金魚鉢野郎!!」
 振り向き様にデバイスを待機状態から戦闘状態へ移行させ、最速で射撃魔法を撃ち出す。
 しかし、生涯最速と自負できる射撃魔法は『ヤツ』の装甲服―バリアジャケットですらな
い―に阻まれ、金属音だけを響かせただけであった。
 捜査官は碌な死に方は出来ない。次元犯罪者や管理局の威光の届かない管理外世界での捜
査活動、捕囚となった捜査官に待ち受けるのは悲劇しかない。
 彼は捜査官を志した時点で覚悟していた。銃で撃たれて死ぬ、刺されて死ぬ、魔法で殺さ
れる。覚悟していたのは本当だ。だけど、だけれども、
――――燃やされて死ぬってなんだよ……
 炎が視界一杯に広がり、瞬く間に全身が紅く染まる。一拍遅れて神経を侵す地獄のような
激痛を脳が認識した。彼は絶叫を上げようとしたが、炎は咽頭から肺まで覆い尽くし、断末
魔の叫びすら焼き尽くす。
 全てを焼き尽くす炎。それが彼が最期に認識できたものであった。


『サムイ……サムイ……』
 ヘルメットから聞こえるくぐもった声。もはや原型を留めていない元捜査官を、尚も焼き
ながら『彼』はそれだけを呟き続ける。
 もはや炭化しかナニカになってしまった捜査官の相棒は、今度こそ自我を喪失してしまっ
たのか、ただ病的に震え続けるだけである。
『サムイ……サムイ……デモ』
 捜査官を完全に焼却したのを確認すると、『彼』は己の得物である火炎放射器の銃口を震
え続ける男へと向ける。銃口の熱によって男の髪先が焦げる。
『人間焼クト……少シダケ……少シダケ』

 引き金が引かれた。

『心……温カイ……』


……サムイ……サムイ…………『ココロ』……サムイ…………



「なぜ彼を匿うのですか?」
 戦闘機人たちの長姉であり、創造主の忠実かつ優秀な秘書であるウーノは、彼女にしては
珍しく創造主であるジェイル・スカリエッティに質問を投げ掛けていた。
「そんなに珍しいことかね?彼は実に優秀な青年だよ。つい先ほど、それを証明したばかり
じゃないか。それが理由じゃ可笑しいかね?」
 これで質問はお仕舞いだ、そう言わんばかりにスカリエッティは再び作業に戻ろうとして
「ええ、可笑しいです」
 ウーノに一刀両断された。そもそも、それで済むような質問をするほど彼女は愚鈍ではな
い。ウーノはさらに質問を続ける。
「たしかに彼の能力の高さは私も認めます。――――ですが、メリットがデメリットに合い
ません」
「デメリット……かね?」
 スカリエッティの表情から、常にある人を小馬鹿にしたような笑みが消える。
 彼自身は、それがどれだけ稀なことであるか認識していないようであった。
 そのことにウーノは気付きながらも
「はい、彼を匿うことを『スポンサー』は厭っているのではないのですか?詮索するようで
恐縮ですが博士、先日の先方からの通信は彼に関することだったのでは?」
「もし、そうだったとするなら君はどうするべきだと思うかね?」
 質問に質問で返すスカリエッティに、ウーノは容赦無く提案する。
「切り捨てるべきです。私達の立場は酷く危うい、僅かでもバランスを崩せば最悪の事態に
成りかねません。不安要素は排除すべきです」
 彼女は知っていた。何事にもに合理性を持たせようとする創造主が会話を無駄に延ばす時
は、常に彼にとって話したくない事柄であることを。
 それでも尚、彼女は断言した。自分にとって最も優先するべきことは創造主と家族の身の
安全である。若干の良心の呵責を押さえ、いつも通りのポーカーフェイスを保つ。ときに悪
役になることも優秀な秘書には必要な条件だ。
 沈黙が流れる。スカリエッティは目を瞑り、まるでひどく重要な決断を下すかのような表
情を見せる。そして
「本音を言うとだね、メリットもデメリットもどうでもいいのだよ」
 『どうでもいい』、彼にとって非常に珍しい言葉がでた。
ウーノは思わぬ応答に不意をつかれ、『今日のドクターは珍しい反応ばかりするなぁ』と随
分場違いな感想を抱く。そして、次の言葉に、本当に不意をつかれた。

「正直なところは――――同類相憐れむ、そんなところだよ」

そして物語は進む。静かに、そして確実に。まるで種火が燃え広がるように。



「……『908』って一体何なんですか?」
 スバル・ナカジマ一士は八神はやて二佐に尋ねる。
 どうしても知らなければならないことがあった。
 以前戦場で相対した『彼』。
 レリックを強奪しようとした密輸犯罪者たちの前に現れ、自分たちの眼前で、手にした火
焔放射器で彼らの悉くを焼き尽くした正体不明の男。
 恐ろしかった。
 人間を、まるで薪か何かのように燃やす男が。
 蛇のように纏わり全てを焼き尽くす紅蓮の炎を、まるで自分の手足のように操る男が。
 でも何よりも。
 ――――――――哀しかった。
 呪詛のように『サムイ』と呟き続ける『彼』が。
 憑かれたかのように炎を繰り出す『彼』が。
 どうしようもなく哀しい存在に見えたのだ。

 だから知らなくてはならない。
 『彼』を助けたい、そう思ったのだから。

「――――覚悟はあるんか」
 スバルの真直ぐな目を見据え、はやては返事を予測しながらも、そう尋ねた。そこには普
段の、常に明るく気さくな部隊長の表情は無い。
「これは管理局でも最上級の機密や。うちでも伝手が無かったら一生知らんかった筈、それ
程の代物や。陸士なんかが聞いてしまったら、最悪逮捕もありうる。
そして何よりも――――知ってしまったら、きっと後悔してまう。
その覚悟があるんか、スバル?」
 それでも尚、揺るがない彼女の瞳を見て、はやては苦笑のような溜息をつく。
 そして彼女は語り始める。決して知るべきでなかった真実/悲劇を。


「魔導士を組織の戦力とする場合、問題はなんだと思う?」
スカリエッティはウーノに向かって説明を続ける。
「人材不足、まあ確かに重要な問題だね。だが大抵の組織は人材不足なものだよ、特に優秀
な人材はね」
「じゃあ組織としての問題は何か、簡潔に言うならば戦力の不均衡さ。平均的な魔導士に比
べSクラスの魔導士ともなれば戦略級。アンバランスにも程がある」
「まあ、そのために各部隊には魔力保有量が定められているのだがね。だが、ここで別の問
題が出てくる」
「組織の首脳たちさ。彼らにとって最強の矛が、一歩間違えれば自分たちに向いてしまう。
特に――――他人に言えないような仕事をさせる場合にはね」
「それを何よりも恐れた連中がいたのさ。非正規作戦を行うには優秀な人材が必要、けれど
も非人道的な作戦を従事させた結果エース魔導士に離反されでもしたら全てがご破算だ」
「そこで必要となったのは部隊さ。それもただの部隊じゃない、優秀かつ、決して裏切るこ
とのない統制された戦闘集団。末端に不穏分子が出たら排除すればいい、司令官なら更迭す
ればいい。実に合理的かつ有効だ」
「だが問題が残る。どうやって優秀な人材を揃えるか、だ」
「そして彼らは考えてしまったのさ。禁じられた質量兵器をデバイスで補助・強化し、決し
て裏切らない人材、管理外世界から強制的に徴用した魔力適性のある人間を恐怖と力で支配
して構成された非正規部隊。決して口外されない、非人道的作戦のための部隊」

「それが―――――――『不可視の9番』(インヴィジブル・ナイン)さ」


「………………」
 想像すらしていなかった内容にスバルは唖然としている。
 人が自分たちの愚行を省み、決して使わぬことを誓った質量兵器。それを欲望のために、
自分たちが所属する組織が使っていたのだ。それも、自分たちの手が汚れない方法で。
 それでも尚、はやては続ける。ここまで聞いてしまったら最後まで行くしかないのだ。自
分も、スバルも。
「本来頭に9の付く部隊は存在せぇへん。戦争時代、七つの都市が一度に壊滅した日が9月
9日だからや。だからこそ、彼らには付けられたんや。『存在しない質量兵器を使う部隊』
としてな」
「……彼らは今どうしているのですか?」
 もし部隊として作られたのなら、何故『彼』は一人だったのか。
 ――――酷く嫌な予感がする。
 まるで決して開けてはいけない箱を開けてしまったような。
 そんなスバルの心情に反して、はやては的外れな話を始める。
「スバルが会うた人は『908HTT』、証拠隠滅・示威活動のために火焔放射兵装を実装された
部隊や」
「でも問題があったんや。彼らが使う武器は、あまりの高温のせいで防護服越しでも自分た
ちの体を焼いてまう」
「そのために考え出されたのが『保護液』。防護服の内部を、高精度に断熱性のある液体で
満たすことで彼らを炎から守ろうとしたんや」
 その言葉にスバルは少しだけホッとする。少なくとも『彼』は、体のことぐらいは気遣わ
れていたようである
「そんな便利なものがあったんですね」
 しかし違和感がある。
 そんなに便利な物を災害救助部隊にいた自分が、何故知らなかったんだろう。いくら機密
事項とはいえ、保護液があるだけで現在の救助現場は一変する。
 ――――――だが
「嘘や」
「――――――――え?」
 嫌な予感は当たるものだ。
「そんな便利な物は存在せぇへん」
「…………っ!それじゃあ保護液って一体何なんですか!?」
「……温感を鈍らすだけの麻酔液や。彼らは火傷をしないんやない、火傷を認識できないだ
けや」



 いつだって現実は非情である。


「お願い、投降して908」
 力が欲しかった。
 いつかの日、無力で守られるばかりだった自分が嫌だった。
 だから力を求めた。
 助けを求めて差し出した手を、掴みだされた時の気持ちを知っているから。
 ――――だから、誰かの手を掴めるために、力を、自分を鍛えた。
「きっとその体も治せるから!だからっ……だから!!」
 機械の体。
 そんな自分でも、家族と言ってくれた人がいた。
 救ってくれた人がいた。
 受け止めてくれた人がいた。
「考えるから!元に戻れるように一緒に考えるから!!」
 今度は自分の番だ。
 そう――――誓ったのに
 返ってきた反応は翻る炎。明確な敵意。
「待って!おねが『コノ服…着テ』
 彼の言葉が説得を遮る。

 それは、なお救われぬ闇であった。

『コノ服着テ……俺ノ体……‘熱サ’消エタ。‘温カサ’消エタ。‘寒サ’消エタ』
『ソシテ心カラモ……‘熱サ’消エタ。‘温カサ’消えた。……ナノニ』

『……ナノニ……‘寒サ’ダケ消エナイ』

……サムイ……サムイ……心……サムイ……

『908ノミンナガイレバ 温カカッタノニ』
『ミンナ……モウイナイ』

会イタイ……会イタイ……ミンナニ会イタイ……

『デモ……』

『炎ノ中ナラ ミンナニ会エル』

 知ってしまった。
 少女は知ってしまったのだ。

『ダカラ人間焼ク』
『人間焼クト……少シダケ……少シダケ……』

『心……温カイ』

たとえ星を砕く力を手に入れても。
決して晴らすことができない闇が存在することを。



かくして単眼の火葬兵は往く。
乾いたまま、焼けるがままに。



失敗した。
 ナンバーズの後方指揮官を務めるNO.Ⅳことクアットロの思考は、この一言によって占め
られていた。
 廃棄都市区画での撹乱作戦。隠れる場所も多いここでは、下手に団体行動をするよりも情
報戦に特化した自分が単独で動いた方が得策と思ったのだ。
 しかし誤算があった。どうやら六課にも探査能力に長けた者が居たらしい。
 今の自分は廃墟の一室で、それもAAAランクの教会騎士に追い詰められている。
「これまでです。都市区画における魔法の無断使用及び公務執行妨害で逮捕します」
 ベルカ教会の修道服を着た女は、その手に持つトンファーを己に向ける。
 動けば即座に打ち抜く。
 修道女は言外にそう警告している。
 ――――ここまで……ですわね。
 心残りが無い訳じゃない。
 会いたい姉がいる。やり残したことがある。
 しかし状況は手詰まり。打開策などは無い。
 ――――筈だった。

 轟音。
 その刹那の後に、文字通り天井をぶち抜いて『ナニカ』が部屋に降り立った。

「新手!?」
 常識外の襲来に驚きを隠せない修道女は、とっさに訓練された戦士の動きで距離をとる。
 天井を破壊しながら部屋に降り立った『ソレ』はクアットロを守るかのように立ちはだか
る。
 それはクアットロにとって最近見慣れた、そして気に食わない相手だった。
「あなた……どうして……?」
 火葬兵は何時も通りの、何を考えているか分からない雰囲気のまま、クアットロをその背
に守っていた。
『ドクターニ頼ンデ、ガジェット借リタ。天井カラ来タノハ、クアットロ危ナカッタ。ダカ
ラ急イダ』
「私が聞いているのは手段じゃなくて理由ですわ!」
 想定外の状況と、相手の的を外した応答に思わず声を荒げる。
 しかし返ってきた答えは、さらに想定外なものだった。

『クアットロ…仲間。……オマエ守ル、俺ノ役目』

 その一言を残し、火葬兵は突撃を開始した。


Please tell me your……


 気まずい。気まずい雰囲気である。
 現在、自分はクアットロと共に下水道を使って脱出中である。
 なんだか格好良い台詞と共に救援に駆けつけたところまでは良かった。しかし、そこから
がダメダメであった。
 自分の得物は射程の短さ故、必然得意な間合いは屋内戦である。だが、それは相手も同じ
であった。
 怖ぇ、シスターって怖いものだったんだ。今までシスターという人間を見たことは無かっ
たけど、今回ので確信した。あんな超人運動ができる人間なんて滅多にいない。だから自分
はシスターを見たことがなかったんだ。
 彼のなかで間違った常識が現在進行形で絶賛形成中であった。頭を吹き飛ばされかければ
誰でもそうなる。クアットロの援護がなければ、彼は今頃奇妙なオブジェになっていたこと
だろう。
 結果、戦闘は彼がシスターの気を逸らしている間にクアットロの能力で逃亡したことで終
了。幻術で陽動している間に、自分たちは下水道を使って脱出している最中である。
 先ほどからクアットロが黙り込んでいることが、彼の悩みの種である。
 女性の扱いに不得手な自分であるが、少なくとも下水道を歩かされて機嫌の良い女性はい
ないことぐらい理解している。しかも脱出に下水道を使わざる得ない理由は、鈍足な自分が
居るせいである。ガジェットは乗り捨てた時点で何処かに行ってしまった。
 なんとかして場を和ませたいところであるが、生憎彼には話術など備わっていない。
 アジトまでの長い時間、この針の筵を味わう覚悟をした直後。
「……あなた名前は?」 
 思考が止まる。
 同時に足も止め、前を歩く彼女の顔(最も後頭部しか見えないが)を凝視する。
 黙ったままの自分に苛立ったのか、自分へと振り返り、先ほどよりも強い口調で
「ですから名前ですわ!な・ま・え!何時までも‘あなた’とか‘金魚鉢君’じゃ厄介でし
ょ!?あぁ、それとも‘あなた’とか‘金魚鉢君’って呼ばれた方が『ハンス』……え?」
 早口になった彼女の言葉を遮る。
『名前……ハンス』
 今度はよりハッキリと、自分の名を名乗った。
「そう……良い名前ですわね」
 彼女はそれだけ言うと、また前を向いて歩き出した。
 その日、彼女との会話はそれだけだった。
 でも。

 ――――――――その帰り道は少しだけ『温かかった』

 きっかけは本当に些細なことであった。
 しかし、彼はその時のことを何度も思い出だろう。
 自分にとって再び仲間ができた時のきっかけを


自分も、周りも少しづつ変わっていった。そんな穏やかな日常。


「ハンスっちー、ハンスっちー。ドクターから芋もらったっス。焼き芋するっス!あたしま
だ焼き芋ってやったことないっス、ハンスっちので焼いて欲しいっス」

「――――で、なにか弁明はあるのかしら?二人とも」
 ウーノ姉さん仁王立ち。何故かズブ濡れで
 傍らには同じくズブ濡れで正座するウェンディと体育座り(防護服的に正座ができない)の
ハンス。そして焼け焦げた壁と天井。さらに辺り一面水浸しの床。
「いけると思ったっス。焼き芋食べたかったっス」
『正直無理ダト思ッタ。ケド期待ヲ裏切レナカッタ』
「弁明はそれだけ?」
 ぎゃーす


「いいかハンス。その服を脱げないことは姉も承知している。だがな、だからといって不潔
にしていて良いという訳では無いぞ。通常の全身洗浄は無理だとしても、タオルか何かで拭
く程度はできるだろう?無理な場所は姉が手伝ってやるからな」
『ウン、ゴメン チンク』
「姉と呼べと言っているだろう」
『……ゴメンナサイ、チンク姉』
「うむ、よろしい」

「チンク姉、ハンスっちにもお姉ちゃん風ピューピューっスねー」
「いいじゃねぇか、チンク姉なんだし」
「でもハンスっちってウチらより年上じゃないっスか?」
「細かいこと気にすんじゃねぇよ」
「…………」
「オットー?」
「ロリ姉に怒られるメット男…………ありだねっ」
「オットー!?」


待機室での一場面
「…………」←セッテ
『…………』←ハンス
「…………」←オットー
「…………」←ディード
 いや、何か喋れよ。


「やあハンス君!いきなりだが食というものは人間にとって非常に重要な事柄であるといえ
るだろう!?」
『ドクター仕事ハ?』
「単純な栄養補給という面だけでなく、味わうという行為は人間の精神衛生上においても非
常に重要な要素なのだよ!」
『イヤ、ダカラドクター仕事ハ?』
「無論君の身の上は承知している。しかし、これは嫌味ではないぞ。普段から味気無い流動
食の君のためにこんな物を用意してみたんだ!」
『イヤ、ダカラ仕ゴ』
「一見普通の流動食!だがしかし!非常に高いレベルで料理の味が再現された流動食を開発
したのだよ!!ちなみに味のラインナップは『お好み焼き味』『たこ焼き味』『もんじゃ焼
き味』の三種類だ!!!」
『ドクター、普段一体何ヲ食ベテルノ?』


過激ながらも穏やかな日常。
それは、かつて彼が過ごし、そして失ったもの。
他人から見れば幸福とは言えない境遇であったが、少なくと彼にとっては幸福な日々であっ
た。

しかし運命は―――――――再び彼から奪う。



突如襲撃される研究所。
襲撃者たちは魔導士であり、魔導士では無かった。
まるで第97管理外世界の兵士のような服装。そして何よりも
――――――――銃。
兵士は全員デバイスで強化された銃を装備していたのだ。


「ドクター!奴らは一体!?」
「完成品さ。散々弄んだ『不可視の9番』たちの実戦データを基に作られた、完璧な『亡霊
部隊』だよ」


「ハンス君、いきなり呼びつけてすまないね。しかし状況が状況でね、手短に話そう」
 先ほどの襲撃においてハンスは碌に動けなかった。
 襲撃者は自分と同じ、質量兵器を使う管理局の部隊。同類だったのだ。
 それに気付いてしまった途端、彼の動きは止まってしまった。撃てる訳がない、自分と『
彼ら』は兄弟のようなものなのだから。
 自分は、仲間が危機に晒されているときに何もしなかった。その事実がハンスを責める。
目の前のスカリエッティの顔すら、まともに見ることができない。
 そんなハンスに対し、穏やかな表情でスカリエッティは一枚のディスクを手渡す。
「このディスクを、これから指示する場所に居るある御仁に渡すんだ。ディスクには君の治
療法が記してある。ここの設備では不可能だが、その御仁ならきっと治してくれる」
 あまりのことに一瞬思考が止まる。
『……ナゼ?』
「以前の君だったら信用してくれなかっただろう?手切れ金代わりだ、取っといてくれ」

 それでも引き下がらないハンスに対し、スカリエッティは訥々と話し始める。

「本音を言うとだね、君を拾ったのは自己満足みたいなものだったんだよ。」
「私は『連中』の目的のために『作られた』人間だ。親も無く、兄弟も無く、道具として育
てられた」
「道具として生み出された私と、道具にさせられた君。君を助けることは、私への代償行為
に過ぎなかったのさ」
 スカリエッティは語り続ける。自嘲めいた笑みを浮かべながら。
「どうにかして道具という存在から、運命から抜け出そうとした。そのためには何でもやっ
たよ。生者を弄くり、死者を弄んだ。そして彼女たちを作りだした」
「……ククク、皮肉だろう?連中に対抗するための道具として彼女たちを作り出したんだ。
連中に抗おうとして、結局連中と同じ人種になっていたのだよ」
 自嘲は止まらない。
 止めなければ。彼に何か言わなければ。
 ハンスは口下手ながらも、何とかして自分の気持ちを伝えようとして

「失礼しますドクター」

 涼しげな声と同時に、ガゴォンと鈍い音がした。
 グーパンであった。
 ウーノが、その声と同様涼しげな顔で己の創造主を殴り飛ばしていたのだ。
 唖然とするハンス。軽くピヨってるスカリエッティ。
 情けない男二人に構わず、彼女は続ける。
「失礼かと思いましたが、少々我慢がならなかったものですから」
「たしかに私達はドクターの道具として生み出されました。しかし、それはあくまで出生に

関することにおいてだけです」
「私は――――私自身の意思で、あなたに仕えているのです。ですからこうして、あなたを
張っ倒しているのですよ。自分の生き方は自分で決める。そう作られたのドクター、あなた
じゃないですか」

 ――――――二人の息が止まる。『自分の生き方は自分で決める』果たしてその言葉に、
どれだけ憧れたことか。
 憧れ続けたものは、常に傍にあったというのに。
 彼女は、何時だって有能なのだ。

「――――ハンス」
 急に名前を呼ばれ、彼は俯いていた顔を上げる。
「脱出手段は確保しているわ。早く逃げなさい、ここはもう持たない」
 別れの言葉であった。
 最後まで必要なことだけを述べる、彼女らしい言葉であった。
 いや
「―――――――それとハンス。あなたと過ごした時間、意外と楽しかったわよ」
 花咲くような笑みが、そこにあった。



終わりの時が近づく。
その時が近づくとき、人は――決断しなければならない。
単眼の火葬兵もまた、ある決断を下した。



 甘く見すぎていた。
 連中は、最高評議会は本気であった。虎の子の私設部隊。その一個分隊を壊滅されても尚
、直後に戦力を再投入したのだ。
 未だ脱出の準備も、迎撃設備も間に合わない状況で、彼らは確実に追い詰められていた。


 銃口が己へと向けられる。
 研究室で脱出の手筈を整えていた時に、彼らは突如として突入してきたのだ。
 ハンスもそうであったが、彼らの武器は魔導士相手でも十分過ぎる程の殺傷能力を有して
いる。現に自分のバリアジャケットを貫通した弾丸は、肩の肉に食い込み、今なお出血を強
いている。
 ウーノが自分を庇うために前に出る。
 他のナンバーズとは連絡が取れない。通信網を分断されたか、それとも……。
 どちらにせよ、自分はここで終わりであった。自分が先か、ウーノが先か、その程度の差
でしかない。
 ――――結局、道具のまま、か。
 諦めが思考を占める。
 でき得ることならば、他の娘たちは生き延びて欲しい。そんな絶望めいた希望を願った。

 その時である。

 突如、廊下にいた兵士が炎に包まれのが見えた。
 兵士たちは迅速に応戦するものの、襲撃者には銃弾が効かないらしく、残った兵士たちも
瞬く間に炎の餌食となる。
 一瞬で紅蓮の地獄と化した廊下から、見慣れた、そして居る筈のない姿が現れる。

「――っっっ!!何故だ!何故戻ってきた!!この大馬鹿者!!!」

――――――単眼の火葬兵がいた。
 これ以上巻き込むわけにはいかぬ。要らぬことに付き合わせてしまった。そう思い、逃し
た筈の青年が居た。
 傷の痛みを忘れ、我も忘れ怒鳴る。
 このような状況に巻き込ませないためだったのに。彼には普通の、真っ当な人生が待って
いた筈なのに。
 激昂するスカリエッティを見つめ、青年は言葉足らずながらに、しかし懸命に語りだす。

『俺……ドクターミタイニ頭良クナイ。デモ……コレダケハ分カル』

『タトエ体治ッテモ……熱サ、温カサ、取リ戻セテモ』

『キット……心治ラナイ』

『ズット……ズット……心…サムイママ』

 その言葉に、激昂していた頭が一瞬で醒める。
 自分は彼を救った気でいたに過ぎない。
 彼が最も傷ついているのは体ではない、その心だ。
 それを無視して『助けた』とは!
 結局己はいつまでも紛い物の人間に過ぎないのだと、憎悪すら込めた自己嫌悪に陥った。

だが、続く彼の言葉を聞いたとき、頭に金槌で殴られたような衝撃が走った。

『ダケド……ココハ違ッタ』

『ココニイル時……ミンナト過ゴシテイル間ハ』

『心……温カカッタ』

『ドクターヤ……ナンバーズノミンナト過ゴス時間……マルデ…908ノミンナト居ルミタイ
ダッタ』

『ダカラ戻ッテキタ。仲間ノタメニ……ミンナノタメニ戻ッテキタ』

『モウ失ワナイ……モウ二度ト……仲間死ナセナイ!』

『ソノタメニ戦ウ。自分ノ意志デ……ミンナノタメニ戦ウ!!』

――――誓いをここに。

――――かつて成し遂げられなかった誓いを今ここに

亡霊を謳う者共よ。覚悟せよ。
我が名はアルトシュミート・イエーガー、全てを焼き尽くす炎神の焔なり!


――――――己が意志を持って運命を切り開け――――――


魔法少女リリカルなのは―Alt Schmied Jaeger―

いつまでもComing soon!!

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最終更新:2007年11月01日 20:07