大海と称すに相応しい光景がそこにあった。
 青天と青海が水平線を希薄にし、風景を蒼一色にする。他に色があるとすれば浮かぶ雲の白さだけだろう。
 平穏、その一文字のみがそこにあった。
 しかし、
『ガァ―――――――――――ッ!!』
 怒濤の音響によってそれが破られた。同時に生じるのは海を内側から破る音、水は舞い上がって柱となり、飛沫は雨となって海に落ちる。
 そして現出するのは巨大極まりない海蛇と人型ロボットだ。
『オオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ!!!』
 海蛇は牙の乱立する顎を持ってロボットの肩に食らいついている。……否、海蛇では正しく形容出来ない。その生物の頭部は角と赤い瞳を持ち、全身を鱗で覆い四本の足さえある。最早それは海蛇ではなく、海竜と呼ぶに足る姿だ。
 対するロボットは銀の機体を赤、青、黄に彩られた派手な塗装がされている。青の両眼と五指を持つ両手は海竜の頭部を捕らえて離さず、その暴力を正面から受け止める。
 だが押さえ切れない。長大な海竜はロボットを捉え、海上を押し進んでいく。明らかなロボットの劣勢だ。
 そこでロボットは通信機能を起動させた。だがそれは救助を願うものではない。自分が遂行しなければならない作戦の継続を伝える為だ。
 故にロボットは遠方の仲間へ意思を伝えた。己の名前と共に。
『当方ジェットジャガー! ――マンダ現出、作戦段階・移行申請!!』



 新暦77年、第97管理外世界、惑星名・地球に一つの災害が発生した。
 それはバイオハザード、つまりとある生物によって起こされたものであった。
 生物の名は―――ゴジラ。
 史上初、『生体ロストロギア』という分類を受けた名実共に最大最強の生命体である。



 マンダと称された海竜によってジェットジャガーは海上を高速で押される。
 だがそこへ二つの影が迫った。片や白、片や黒のそれらは白雲を貫いて両者を行き過ぎる。影達が着地するのはマンダの鱗の上、……そう、影の正体は人間、それも二十歳程度の女性二人だった。
「行くよ、フェイトちゃん!」
「――うん!」
 少女達、なのはとフェイトは得物を出現させる。白の少女は杖、黒の少女は長柄の斧だ。
「レイジングハート・エクセリオン! ――エクセリオンモード!!」
「バルディッシュ・アサルト! ―――ザンバーフォーム!!」
《――了解!!》
 命ずるは少女、応じるは得物、生じるのは得物の変形だ。
 杖はその先端が細分化されて再構成、槍に似たフォルムとなる。対して斧はその柄を縮ませ、刃が分裂して左右に展開、大きな柄となる。
 だが生じた結果はそのだけではない。ば、という雷電の弾ける様な音と共に光を放出、やがて形を作った。槍は桜色の四翼、柄は金色の巨大な刀身だ。
「……はっ!」
 黒の少女は大剣と化した得物を逆手に持ち替え、マンダの体に突き立てる。そうして鱗と微量な血が散る向こう、白の少女は翼を伸ばした槍を穂先をやや下げて構える。
 そして、
「「あああああああああああああああああッ!!」」
 飛んだ。しかし海竜の身から離れるという意味ではない。それは海竜の身をなぞる様な低空飛行、それも攻撃力たる翼と刀身を切迫させたままで、だ。
 為した結果は、鱗とは逆剥ぎにマンダの長胴を引き裂くという攻撃。
『ギャァアアアアアアアアアアッ!!!』
 胴の中程から始まった切開は首に至った所で終えた。少女達が離れ、一拍遅れて血と鱗の飛沫が飛ぶ。
 咆哮によってジェットジャガーはマンダの牙から解き放たれ、少女達と共に海竜を離れる。
(――次! 撹乱、波状攻撃!!)
 なのはが念話を持って指示を叫ぶ。見る先は自分達が飛び立った場所、定位飛行を続けるストームレイダーだ。開かれた扉は内部を、そこに立つ四人の少女と一人の少年を烈風に晒している。



 ゴジラの戦闘力、そして凶暴性は全くの予想外であった。
 誰が予想出来ただろう、管理局が全力をかけても勝てない相手を。
 誰が予想出来ただろう、数十のアルカンシェル一斉砲撃に耐えきる肉体を。
 誰が予想出来ただろう、管理局の最大戦力、ヴォルテールと白天王を虐殺する攻撃力を。
 結果は時空管理局の惨敗、実に地球の約1割がゴジラによって焦土と化した。

 定位飛行を続けるストームレイダー、開かれた扉の縁にティアナはいた。その両手には双銃となったクロスミラージュが握られ、背後にはキャロが立っている。
 白の少女、高町なのはの通信を受けてティアナは、了解、と短く返答する。
「――キャロ、お願い!!」
「はいっ! ケリュケイオン、威力加圧を!!」
『了承しました。……Energy Boost!』
 キャロの両手を覆うケリュケイオンが発光、それは威力強化の魔法となってクロスミラージュに届く。
『威力加圧を確認。……マスター、射撃準備を完了しました』
「オッケー! 双砲狙撃、行くわよ!!」
 少女と双銃は応え合い、魔法陣を展開する。番の銃口に魔力が蓄積され、ターゲットリングが表示され、
「――ファントムブレイザー!!」
『Twinbarrel Shift』
 一対の魔力砲撃が放たれた。JS事件より一年、鍛錬を友とする銃使いは当時よりも早く、多く、正確に、そして強い威力を持って射撃をこなす。
 狙う先は、マンダの両眼だ。
「―――――ッ!!?」
 裂傷の海竜は音もなく悲鳴をあげる。強靭な怪獣の肉体は眼球ですら屈強だが、しかし激痛とそれによる短時間の失明は免れない。その隙をつくべくティアナの後ろから三つの影が飛び出す。
 青髪の姉妹と赤髪の少年、スバルとギンガにエリオだ。
 少女達はウイングロード、少年はデューゼンフォルムとなった愛槍ストラーダによって空を駆ける。やがて姉妹は白黒のリボルバーナックルを構え、ストラーダの穂先と共に、
「どっっっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいッ!!!」
 苦悶するマンダの額に打ちつけた。
「オ…………ッ」
 長細い舌を嘔吐せんばかりに伸ばしてマンダは唸る。姉妹の打撃も、少年の突撃も、海竜の鱗と頭蓋を抜く事はない。しかし衝撃は伝わり、頭部の内容物を揺すって脳震盪を起こさせたのだ。
 目を塞がれ、脳震盪を起こしたマンダは青海をただ突き進む。最早水平線に大地が、そして自分を襲う最後の敵が待つ事も知らずに。
『ルーちゃん、最後だよ!』
『…うん。やるよ、クモンガ』
『――ケキュ』
 キャロは最後の仲間に念話、その答えはガス漏れも似た奇怪な鳴き声と共に返された。



 地球は滅ぼされる、そう思われた戦況に転機がもたらされた。
 無限書庫史書長、ユーノ・スクライアが新型結界を発明したのだ。
 次元世界型結界魔法、『妖星ゴラス』は成功、ゴジラを封印した。ゴジラの同種族ミニラと、疑似人間ヴォルケンリッターを媒介として。
 しかしミニラやヴォルケンリッターの肉体的耐久力や出力の問題から、その維持は1年が限界であった。
 故に時空管理局は、来るゴジラ再臨に備えて一つの計画を打ち立てた。
 その名を――『オペレーションFINAL WAS』。



 マンダが迫る大地、その岸辺には巨大な影があった。
 要約すれば、一匹の蜘蛛である。ただし人間を遥かに超える巨体を持ち、その頭上に一人の少女を乗せる。そういう蜘蛛である。
 蜘蛛はクモンガ、その上に乗る少女はルーテシア・アルピーノといった。
 両者の関係は、――魔導師と使い魔。
「クモンガ、糸を」
「キュギュッ!」
 主の指示にクモンガは応じ、迫るマンダに対してその命令を果たした。
 柔軟にして強靭、粘着性をも持つクモンガ特有の糸を放射したのだ。
「―――――!!?」
 おそらくマンダは混乱の極地であっただろう。視覚を殺され、脳髄を揺すられ、その果ては強靭な糸を吹きかけられたのだから。黄味を帯びた糸は海竜の長胴を何重にも縛り上げ、前半身に至っては繭と言える程だ。
 そうして身動きさえも封じられたマンダは慣性のまま大地に突っ込み、岸に衝突し、轟音をあげて肉体を叩き付けた。打ち上げられた海竜は身をうねらすが、束縛と脳震盪の前に意味をなさない。
 巨大な蜘蛛が、少女達を乗せたヘリが、翼の道に乗った姉妹と少年が、鋼鉄の巨人が、そして白黒の女性達が、マンダを取り囲む。それさえも解らない海竜を見下ろしてなのはは一声。
「作戦完了。――マンダの捕獲に、成功」



 『オペレーションFINAL WAS』、それは時空管理局が仕掛ける最初で最後の“戦争”。
 簡単に言えば、1年後に迫るゴジラ再臨に備えての軍備増強計画である。
 各次元世界に生息する強大な怪獣達を――捕縛、屠殺、使い魔の素体とする。
 そうして完成するのは怪獣素体の強大な使い魔。
 それらに加え、超法規的措置によって仮釈放されたジェイル・スカリエッティ開発の決戦兵器を持って、復活したゴジラを今度こそ抹殺する計画が、『オペレーションFINAL WAS』である。



 簡素とも言うべき部屋がそこにある。内部には何もなく、いるのは捕縛されたマンダだけだ。
『ギャァァオオオオオオオオオオ!!!』
 陸に上げられた海竜は必死にその身を壁にぶつける。だが生じるのは轟音と衝撃ばかり、対怪獣用に設計された牢獄とも言うべきその部屋はびくともしない。
 ――それはある種の予感だったのだろう。直後その身に起こる事についての。
 部屋の下方から黄色いガスが溢れ出し、やがてそれは上方へと立ち上っていく。
『オオッ! オオオオオッ!! ――ゴオォォォォォォォォォォオンッ!!!』
 マンダは身を伸ばし、天井に対して頭突きを繰り返す。ここから出せ、と言うかの様に。
 否、強靭な筈の額から血を流す程に頭突きを繰り返すその様子は、もはや懇願だった。
 ――お願いだからここから出して下さい、殺さないで下さい。
 流血は目元を横断し、涙の如く頬を伝う。しかしその願いは果たされない。海竜を密室に閉じ込めた時空管理局、その狙いは彼の遺骸なのだから。
 遂に黄色いガスが天井まで届き、鳴き叫ぶマンダがそれを吸い込んだ。瞬間、
『――――ゴバァァァァッ!!?』
 目から、鼻から、口から、あらゆる穴から血が噴き出した。そして、全身の筋肉が蠢く。
『ギャァァァアアァァアッ!!? ギャン!! ギャァアアアアアアーーーッ!!!』
 のたうち回る海竜、喘ぐその呼吸は更にガスを吸い込む結果に繋がる。
 黄色いガス、それは肉体強化の作用をもたらす特殊なガスである。ただし、強化の余り対象はそれに耐え切れず必ず死亡するが。
 だがこの場合、それは問題ではない。繰り返して言うが、時空管理局の狙いは強靭な遺骸だからだ。
 時空管理局は、支配出来ない意思を持つ弱い肉体を望んでいない。文字通り、死ぬ程強い肉体があれば良いのだ。彼等にはその肉体に従順な意思を移植して操る術があるのだから。
『ギョォオオオオオオオオッ!!! ガ……ベヘェェェェェェェェェッ!!!』
 牢獄の部屋たる部屋に満ちるのは黄色のガスとマンダの悲鳴。そこには頑強なそれであるが、しかしある一点において苦情が耐えない。
 ――防音性に欠いているぞ、という苦情が。
 時空管理局本局、そこにマンダの悲鳴が響きわたる。それを聞く局員達の反応はまちまちだ。
 煩いぞ、可哀想、仕方ない、黙って死ね、俺が知るか、様々な意思がある。
 そして、御免なさい、という意思も。
「―――――――」
 高町なのはは震えていた。その両手は耳を塞ぎ、瞼はきつく閉じられている。
 しかし消えない。海竜の肉を裂いた感覚が。
 しかし消えない。海竜が悶えたあの情景が。
 そして閉ざせない。今、自分達の手で捕らえた命が、その遺骸目当てに殺される悲鳴を。
『ギャヒィィィィィィィッ!!』
 消えない。
『ヒィィィギィィィィィィィィィッ!!』
 消えない。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』
 消えない。
「――消えない、よぉ……っ」
 悲鳴が、罪が、自責が、何もかもが消えず、ただ積もっていく。高町なのはの心の中に。



――生き延びる為に怪獣達を虐殺し、その遺骸を武器とする管理局。
―――そこに正義も、大義も、倫理も、何もない。
――――あるのは、浅ましいまでに生存を望む意思。……ただ、それだけ。

――『魔法少女リリカルなのは FINAL WARS』、始まります。

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最終更新:2007年11月17日 17:58