491 名前:490 mailto:sage [2009/05/16(土) 20:10:44 ID:bedKYxGl]
その女は、毎日のようにやって来た。
美しいと言える姿をしているが、常にどこかしら怪我を負っていた。
それでも、毎日。毎日。
ここにやってきては、私に勝負しろと迫った。
契約書の束「友人帳」。
そこには多くの妖達の名がある。
中にはそこそこ名のある妖の名もあり、この女の強さを伺わせた。
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晩秋の寒い日だった。
「ねえ」
ほら、また来た。
こちらの返事は分かっているだろうに。
いつもいつも言っているではないか。
断る、と。
そう思いつつも視線だけを女に向ける。
その姿を見て、僅かに驚いた。
今日は晴れている。
なのに。
彼女は。
濡れていた。
――たった今、水浴びをしてきたように。
『何があった?』
「ああ、これ?川に突き落とされたのよ」
『また人間にか』
「ええ。私は気味悪いんですって」
この寒い日に、川に突き落とすだと?
同じ姿をした人間を。
よく見ると、擦り傷だらけだった。
川に落ちた時についたものか。
白い華奢な足に血を滲ませている様は、あまりに痛々しかった。
492 名前:490 mailto:sage [2009/05/16(土) 20:15:45 ID:bedKYxGl]
『なんて奴らだ…いっそ』
「食べちゃ駄目よ、人を」
言葉を遮って、彼女が言った。
屈託のない笑顔で。
「…あなた、暖かそうね」
私の傍らに、彼女が座り込む。
一瞬、煩わしくはあったが、そのままにしておいた。
そっと、彼女が私に触れた。
「ふふ…暖かい」
頭を庇いでもしたのか、その手にも傷があった。
人の血の匂いにひかれたのだ。
その手の甲を私が舐めたのは。
だが彼女は言った。
「優しいのね」
即座に返した。
『人の血が旨いだけだ』
何を勘違いするのだ、この女は。
この私を優しいなどと。
傷だらけの左足の血も舐めとった。
肌の滑らかさを、舌先に感じた。
『他に傷はないのか』
服を着ている以上、出血しているところはおそらくもうない。
それぐらい分かっていたが、何故か訊いてしまった。
「大丈夫よ」
また笑う。よく笑う女だ。
そして笑顔のまま。
「ほら、ね」
思わず目を瞠った。
ばさ、と濡れた布の落ちる音。
靴と靴下はそのままだったが、白い裸身を晒したレイコがそこにいた。
他に言葉の浮かばぬ程、美しいと思った。
すらりとした肢体。
緩やかな曲線を描く胸の先端は、桃色に色づいて。
493 名前:490 mailto:sage [2009/05/16(土) 20:18:30 ID:bedKYxGl]
服を着ている時と同じ笑顔。
しかしそんな感想は口にすることなどない。
『つまらん』
ようやくそれだけを言って、膝の内側から首まで、舌先で触れた。
心持ちゆっくりと。
膝。
内股。
脚のつけ根。
下腹。
臍。
胸。
肩。
首。
数回繰り返す。
慣れぬ感覚に目を細め、眉根を寄せ。
頬が若干上気して。
その有様を見るのが不思議に愉快で。
いつもとどこか違う声で、彼女は言った。
「私を食べないの?」
舐めるのを止め、私は言った。
『喰うなとお前が言ったのだろうが』
そう言ってそっぽを向いた私に、彼女が近づいた。
いつもの笑顔だった。
私の顔を撫で、言う。
「またね」
返事に困って、目を閉じた。
そのまま眠った振りをする。
湿った服を着込んで、一歩踏み出して。
目を閉じたままの私に、彼女は再度言った。
「またね」
薄く目を開けると、立ち去っていくレイコの後ろ姿があった。
それが、私の見た彼女の最後の姿だった。
494 名前:490 mailto:sage [2009/05/16(土) 20:23:42 ID:bedKYxGl]
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時は流れ、儚い命はいつの間にか消え。
それでも。
時折あの笑顔を。
生意気な瞳を。
華奢な肢体を。
艶めいた表情を。
触れた肌の温かさを。
傍らの少年を眺めながら思い出す。
懐かしい日々。
彼女の死を知った時、密かに悔やんだ。
あの時喰っておけば良かった、と。
どうせ失われるのなら。
しかし今、ふと思う。
ここにいる少年は。
彼女が残した数少ない形見なのだと。
彼女は失われ、彼女の血は残る。
ああ。
これで良かったのだ。
「先生」
少年が呼ぶ。
塔子さんの作ったプリンにスプーンを刺しながら。
『おのれ、人が物思いに耽ってる隙に!寄越せ!』
彼も人。
その命は短い。
それでも少しの間は。
こんな日々が続く。
悪くないさ。
********************fin
495 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2009/05/16(土) 20:28:04 ID:bedKYxGl]
お目汚しでした。
長さバラバラですが、携帯からなのでお許しください。