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1-715

『名を』
715 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2009/12/27(日) 00:38:35 ID:Zzi9c8eQ]
―その壱―

夏目は寝込んでいた。
ここ数日、昼夜を問わず友人帳を狙う妖と名を求める妖が立て続けに現れて、殆ど眠れなかったのだ。
思えば、それ自体が前触れだったのかもしれない。

「貴志君、お薬頂いてきたわ。飲んだらしっかり眠るのよ」
夏目を心配する塔子にも僅かに頷くだけだ。
「…軟弱者が。無理をするからだ」
塔子が階下へ消えたのを確認し、ニャンコ先生が呟く。呼吸は浅いが眠った様子の夏目を見やり、ため息をつく。
「(夏目が弱っているのに感づいた奴等が集まって来ているか)」
「…仕方ない。私が直々に追い払ってやろう、高くつくぞ」
音もなく白い妖の姿に戻ると、窓から出ていった。


「夏目ー、猫だるまー。…ちょっと誰か返事くらいおし」
すっと窓辺に現われたのは、ヒノエ。
「寝込んだというから見舞いに来てやったのに」
柿。山葡萄。栗。茸。山菜。畳の上に無造作におかれる。

「…眠っているのかい?夏目」
ヒノエが覗き込むと、苦しそうに息を吐き、うなされているようだった。
「…まったく、こんな病人をほったらかして斑の奴は何をしているんだい」
そっと夏目の額に手をあてる。ひんやりとした妖の肌は高熱の体に心地よいだろう。
「…レイコ」
ふと、思い出す。
目の前の少年と同じ顔の娘を。
少年とは違って、人を見切ってしまった娘を。
疎外され忌み嫌われても強かった娘を。

…自分を呼ばずにとうに逝ってしまった人の娘を。

ヒノエは思う。
何故妖の名だけ集め、従える等と言ったのだろう。
なのに何故呼ばないのだろう。
人に傷つけられるのならば、妖を使って傷つけてやれば良かったのに。
…助けてやれたかもしれないのに。

「…レイコ。…レイコ」
少年の髪を撫でる。
長い睫毛に縁取られ、今は閉じた瞼を撫でる。
頬を撫でる。
唇を撫でる。

「レイコ」
この淡い色の髪も、強い眼差しも、白い肌も、妖と言葉を交わす唇も、みな同じに見えるのに。

ここに居るのは、ヒノエのいとおしい娘ではない。

人は儚い。いつか失うことなど知っていた。
それでも、
「…レイコ」
冷たい涙は零れ落ちる。
逢うことの叶わない娘と同じ顔の少年の頬に。




716 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2009/12/27(日) 00:39:22 ID:Zzi9c8eQ]
―その弐―

「…ヒノエ、…泣いて…いるの…か?」
夏目が薄く開けた目に蒼白い月光が宿る。
声は枯れ、弱々しい。

「…夏目、お前も私を置いていくのだろうね」
レイコと同じように。
残されるのは嫌だなどと、妖らしくもないが。

「…レイコさん…の事…泣いて…」
夏目の声はかすれてよく聞こえない。
「ああ、そうだよ。笑うかい?…もう居ない娘を思って泣く妖を」
ヒノエは、夏目の鼻先まで顔を寄せた。涙がまたぽつり、ぽつりと落ちる。

「…わら、わない。…妖、だって…悲し…なら泣けば…いい」
夏目の瞳がヒノエを見つめる。
「…おれは、…レイコさん…の…為に、泣いて、くれることが…嬉し…いよ」

ヒノエは目を閉じた。

この少年は、何故妖にも優しいのだろう。
自らを人と隔てる存在に。
「…夏目、一つだけ頼みがあるよ」
「…なん…だ?」
「一度だけ、お前の唇を貸しておくれ」

レイコとの思い出を、悲しみで染めない為に。
少年を娘の代わりにしない為に。

「…わか…った」
しばしの後、ヒノエの思いを悟ったか夏目が目を閉じる。
軽く結ばれた唇にそっと口づけ、ヒノエは去っていく。

「…早く元気におなり」
月明かりの下、優しい言葉を残して。


「うわっ!離せヒノエっ!」
抱きつくヒノエを夏目が振り払った。
「…つれないねえ。いいじゃないか、それくらい」
ヒノエは笑う。
「夏目!この間の払い賃がまだだぞ!この私が直々に払ってやったのだ、饅頭くらいで済むと思うな」
「わかったわかった、今度焼き肉食わせてやるから」「何?!本当だろうな!今度と言わず今だ、今!」

騒がしい二人を眺めてヒノエは思う。
「…こんなのも、悪くないかねえ」


いつか、別れる時は来るだろう。

その時まで、一度でも多く名を呼んでもらおうか。

目の前にいる、
優しい人の子に。
最終更新:2010年03月01日 12:12
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