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752 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/01/28(木) 13:22:04 ID:1oqXHU2T]
『待ってるよ ~帰る家 西村・北本編~』

―その壱―

「おーい。なーつめーこっちこっちー」
西村が呼ぶ声に気づき、珍しげに辺りを見回しながら夏目が駆け寄ってきた。
「お、今日はニャンコは一緒じゃないのか」
「そういつもついてくる訳じゃないさ…この辺、来たことないな」
「夏目はあんまり人が多い所には来そうに見えないもんなー」
「若さが足りないぞ」
夏目が苦笑する。
「…否定できない」

忘年会をやろう、終業式の日に言い出した西村が率先して計画を立てたのだ。
「さあ、カラオケだっ!行くぞ!あわよくば可愛い子とお近づきに!」
「個室でどうやってお近づきになる気だ」
一人盛り上がる西村に北本は冷静につっこむ。
行動力があるのはいいが、それが『彼女』という未だ見えない方向に最近どうもズレてきている。
「そこは美形をエサにして…さあ、歌うんだ夏目!」
期待に満ち溢れた目を輝かせた西村がマイクを渡すと、夏目が困った顔をする。
「いや、おれはほんとに歌えないんだ」
「いいんだ夏目、可愛い子がくればそれで!音痴だって笑わないからさ」
ぐっと拳を握る西村に押し負けた夏目がマイクを構える、が。
披露されたのは「立ち尽くす」という見事なまでの世間離れっぷりで、そのまま夏目は固まった。
「…ごめん、全然知らないんだ。悪い」
「気にするな。西村、夏目をダシに使うなよ」
夏目に答えて西村に見やると、開いた本を腕に抱え立ち上がっている。
「これ!これならみんなで歌えるだろ」
示した画面には可愛らしい猫が跳ね回っていた。
『童謡・猫ふんじゃった』
「な?夏目」
得意満面の西村に二人は一瞬沈黙し――そして爆笑。
「よ、よく見つけたな」
北本は笑いこけながらどうにか言葉を発する。
いつも北本がフォローするのが西村も分かってはいて、たまに不用意なことを口にしてしまう彼なりの、夏目への気遣いだった。
「これなら歌え、るよ」
夏目は腹を押さえて笑い転げている。
その後の西村の選曲により、必然的に個室内は童謡のオンパレードとなった。

もし通りががりで部屋を覗いた女の子がいたとしても、童謡を「あ」の項目から順に歌いまくる男三人にはまず声をかけようとは思わなかっただろう。

「と、いうわけで!女の子との出会いはなかったけどっ」
悔しげな西村が面白い。
「夏目には特別編集のCDを貸してやろう!」
監修おれ!と続ける。
「それで次こそ女の子とお近づきにっ!」
「そこは諦めろ」
二人で笑いながら、少し後ろを歩く夏目を振り返る。
「…頑張って練習するよ」
かけた言葉に笑顔が返って来た。表情も態度も固かった夏目が、二人には少しずつ馴染んでくれているのが嬉しかった。



753 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/01/28(木) 13:23:03 ID:1oqXHU2T]
―その弐―

「ここここーおれんち。うるさい兄貴がいるけどさ、まあ寛いでくれよ」
二次会は西村の部屋でゲーム大会らしい。
「なあなあ夏目ー」
「…ん?」
必死で慣れないコントローラを握る夏目に、西村は軽く話し掛けた。
「今度さあ、五組の多軌さん紹介してくれよー」
「うわっ」
夏目のミスに西村はしてやったり、と笑う。
「何動揺してんだ、夏目」北本も続く。

最近、夏目と多軌さんが以前よりどこか親しげになったと思う。
なかなか打ち明けないというより、話すつもりがなさげな夏目を追及するには絶好のチャンスだ。
西村の部屋で逃げ場はない。この機を逃さず白状させる。
青春まっさかりの男友達を差し置いて、彼女――しかもすごく可愛い――をつくっただなんて、ごまかせると思うなよ。

「多軌さん可愛いよなー。おしとやかだし、あのはかなげな感じがまた!」
「色白の肌に黒く大きな瞳!少しくせのあるやわらかそうな髪!」
まだ続いているゲームを難なくこなしつつ西村は一人で騒いでいる。
「友達なんだろー?なら紹介したっていいじゃないかー」
「それとも駄目なわけがあるのか?」
北本も加勢に入り、顔を赤くして黙る夏目に迫った。困らせるのは好きじゃないが、それとこれとは話が別だ。
「…いや、あの」
「駄目なのか?」
「そういうわけじゃ」
「独り占めなんてずるいぞ」
夏目の手はとうに止まっている。
「その、さ」
「ただの友達なら紹介できるよなー」
「…友達だけど」
「けど?彼女じゃないんだろ?」
「彼女、じゃ」
「じゃ?」
ニヤニヤとしながらもすかさず入る西村のつっこみに、ついに夏目が負けた。

「彼女じゃないけどっ…タキは駄目だ!」
西村も北本も、うおーっと声をあげて夏目に詰め寄る。
彼女なんだろ、どこに行った、何をしたと二人で追及を続けるも夏目は口を割らない。当然のごとくゲームもボロ負けした。

「よし、夏目は罰として新年会に何か「オタノシミ」を持ってくること!」
「多軌さんの話の続きに決まりだな」
「おれ達より先に彼女を作ったからだぞ」
「まあ、夏目と多軌さんならお似合いだ。許してつかわす」
ずーんと落ち込む肩を叩きながらの西村の言い草に、夏目がプッと吹き出す。
「あ、また優越感漂わせる気か?」
「いや、そんなことないって」
楽しいな、三人は。西村の言葉に北本が返す。ちょっとうるさいけどな、と笑った。



754 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/01/28(木) 13:24:48 ID:1oqXHU2T]
その参―

そのまま西村の家で夕飯をご馳走になり、9時になる頃、北本と夏目は帰宅することにした。

「何だよー夏目も北本も泊まってけばいいのにさー」
西村は心底残念そうだ。
「いや、それはまたの機会にさせて貰うよ」
「おれも、また今度な」
「そうかー。よし!そこまで送っていってやる」

コートを羽織り玄関を走り出てくる西村を待って三人は歩き出す。
「なあ夏目、藤原さん達旅行なんだろう?遠慮してるのか?」
淡い月明かりが照らす夜道を並んで歩きながら、西村は夏目の顔を覗き込んだ。吐く息が白い。
「いや、そういう訳じゃないよ、ありがとう。北本は泊まらなくていいのか?」
「ああ、妹が待ってるし。それに三人一緒の方が楽しいからな」
次は泊めてもらうよ、北本は夜空に上る湯気の様な息を見ていた視線を西村と夏目に戻した。

「…れ」
急に、前を見ていた夏目が何か言って視線を足元に落とし、黙り込む。
「どうした?夏目」
…まただ。時々こんな風に夏目は不自然に目を逸らす。
西村がちらっと北本を見、すぐに夏目に戻す。
「なあ、夏目」
「ん?」
「お前、おれたちに隠してることがあるよな」
夏目が一瞬息を呑み、すぐに微笑みを装うのが分かる。お前、隠すのが下手になってきたぞと北本は心の中で言う。
「…ああ、タキの事か?」
しらばっくれるな、分からないふりをするな、夏目。それは本当のお前じゃない。
「…きっと簡単に言えないことなんだよな?」
そういって西村が歩みを止めた隣に北本は立ち、微笑みで覆われた夏目の本心を探る。
「目が笑ってないぞ」
「…!」
ぐっ、と夏目が構えるのが分かった。でも、ここで退くわけにはいかない。

「お前が隠したいならそれでいいかとも思った。でもな、夏目」
「おれも西村も、夏目の話ならどんな話だって聞くんだ。覚えておいてくれ」

もうひとつ言うぞ、と西村が続ける。
「話したらお前が辛くなるのか?おれ達に気を遣っててのはなしだぞ、夏目がだ」
それは嫌なんだ、気づいてくれ夏目。
「夏目が辛いんなら、言わなくていい」

沈黙は僅かな時間だっただろうか。
「…ごめん。いつか」
夏目がすっと息を吸い、顔を上げて北本と西村を見返す。
「…いつか話せるようにするから。待っていてくれるか?」
北本と西村は、ははっと笑った。
「おれ達はいつも待ってるよ」
「みずくさいんだよ、夏目はさ」
「…そうだな」
夏目が小さな声で、ありがとうと言った。
誰からともなく、また肩を並べて夜道を歩く。



755 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/01/28(木) 13:26:08 ID:1oqXHU2T]
―その四―

「ごめんな、問い詰めたりしてさ」
「いや、気にしてないよ」
夏目の言葉に西村がかぶせてよし!と握りこぶしを作った。
「次は新年会な!集合うち!場所未定!電話するからなっ」
「ああ、わかった。楽しかったよ、ありがとう」
「じゃあ、おれここだから。また来年な、夏目」
「おれも帰るかー。また来年な!気をつけて帰れよー」
「ああ、また来年」
皆で軽く手を上げ別れる。

北本が家に帰るとほぼ同時に西村から電話がかかってきた。走って帰ってぎりぎり間に合うかの距離だ。
「(…お前は本当に行動力があるよな)」
苦笑しながら出ると、案の定新年会の話だった。
「寒いけどさー釣りに行くってどうかな?」
「自転車でか?」
「やっぱり寒いかなー…夏目、ちゃんと家に着いたかなー」
突然話がずれる西村に北本は笑いつつまた突っ込む。
「新年会の話はどうなったんだ」
「だってさあ、多軌さんと待ち合わせてたりしたらズルいだろー」
やっぱり夏目んちまでついてって確かめれば良かったかなー、などと西村は言う。
「ちょっとは夏目を心配してやれよ、お前は」
「でもさー」
あの夏目に限ってそれはないだろう、と言いかけた北本を遮って西村が大声を出した。
「ああーっ!北本!外見ろ外!」
「外?」

ひらひらと雪が降っていた。
「夏目、ちゃんと帰ったかな。…新年会、夏目ん家に突撃するか」
西村がまた言った。

除夜の鐘が聞こえる。
もうあと数時間後だけれど、また来年会おう。
来年もたくさん出かけてたくさん話そう。
夏目、おれ達は遠慮されるのはご免だぞ。

そしていつかお前が話してくれるまで。
「…待ってるよ」
おれ達は。
最終更新:2010年03月01日 12:35
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