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756 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/01/28(木) 13:27:00 ID:1oqXHU2T]
『妖宴 ~帰る家 斑編~』

―その壱―

「…何もおらんぞ」
野原は薄と枯れ草ばかりで、既に陰り始めた冬の日差しが寒々しい。
「冬だしなあ…」
「つまらん!お前の散歩はつまらんぞ夏目」
家に居ても暇なので、夏目の散歩に付き合ってやったが、蜻蛉も蛙もいないわ師走の風は冷たいわで散々だった。
「よし饅頭を奢れ」
「…何でだよ」
「お前に付き合って腹が減ったのだから当たり前だ」
「まあ…寒いしいいか」
『七辻屋』の縁台に腰を下ろすとすぐに茶が出た。一つ。夏目を小突く。
「すいません、この猫の分も貰っていいですか」
「猫ちゃんもお茶を飲むの?渋いのねえ」
人の善さそうな女は笑いながら饅頭と一緒に茶をもう一つ置いていった。

「先生は夕飯何がいい?」
隣でぼけっと茶を飲んでいた夏目がいきなり言う。
依代の体はちんまりとして丸く、縁台に乗っていても夏目を見上げる格好になる。本来の高貴な姿とは天地の差だが、まあこれにも大分馴染んだ。
「…まさかお前が作る気か?」
「塔子さん特製弁当は昼に食べてしまったし」
塔子と滋は朝から何やら一騒ぎして出かけて行った。旅行だとかで明日の夕まで戻らないらしい。
夏目と二人きりで、特に妖が襲ったり訪ねたりしてこないとなると、大してする事もなく退屈だ。

「饅頭をもうひとつ頼め。ついでに茶のお代わりもだ」
「あまり太ると何も捕まえられなくなるぞ、先生」
「このプリチーな私のどこが太っているというのだ!貧弱モヤシが!」
こいつはいつも生意気な口を叩く。
「っ貧弱モヤシ!?…先生の分の夕飯作ってやらないからな」
「ふん、丁度いい。今夜は森でちょびとヒノエ主催の飲み会がある」
お前の貧相な飯など食いたくないからな、そう毒づいてやった。
「ニャンコ先生は作れるのか?その短い手足で」
夏目が笑いながら言い返してくる。
「高貴で優雅な私が飯など作るか」
全くもって可愛げのない。私がいなくてはすぐに妖どもに喰われてしまうだろうに。

「それにしても大晦日に飲み会って…妖の忘年会みたいなものか?」
「まあそうだな、美味い酒が出るそうだ」
「飲み過ぎるなよ、先生」せっかく答えてやったというのに、師に向かって何という態度だ。
「お前ごときに言われるまでもないわ」
そう言い放って睨み付けてやるが、まったり茶を飲む夏目は気づかない。
頭突きでもくらわせてやれば良かったか。



757 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/01/28(木) 13:28:04 ID:1oqXHU2T]
―その弐―

「そういえば、おれも夕方から西村と北本と出かけるんだ」
「…あまり人が集まる所に行くなよ」
「え…どうして」
本当にこいつには友人帳の持ち主の自覚が無くて困る。
「…妖も混じっているからだ。気をつけろ」
縁台から華麗に飛び降りつつ、顔も向けずに何気なく発した忠告が、まるで夏目を思いやっているかに聞こえて大笑いしたくなった。
「(…私も用心棒らしくなったものだな、人の子相手に)」
精々、退屈しのぎのお守りをしてやるさ。

さて。まだ飲み会まで時間はあるが、夏目の相手などこれ以上する義理もなし、森までのんびり向かうとしよう。
「私はもう行くぞ」
夏目の返答は聞かなかった。


もう日も落ちた闇の中には、たくさんの妖達が集まっている。
「斑殿が来たぞ」
「ご無沙汰しておりましたな」
馴れ馴れしい低級妖怪もいるが今夜はよかろう。

「なんだい、手土産もなしかえ猫ダルマ」
絡んできたヒノエはもう酔っている。
「わざわざ参加してやったのだ、土産など持ってくるか」
「まあ、良いであります。顔デカ猫の一匹くらいで私主催の宴は揺るぎませぬ」
ちょびが言う。
こいつはいつでも態度がでかい。
「…客人の身だ。聞かなかった事にしてやる」
そういって杯を手に取る。美味い酒に酔うのも、暇潰しだ。

「…夏目はどうしてるんだい」
ヒノエが隣に座って問うてきた。
「人間どもと忘年会をするそうだ」
「へえ。あの夏目がねえ。…やっぱりレイコとは違うんだねえ」
闇を透かして遠くを見る様に懐かしい名を口にする。
とうの昔に逝った人の娘ことなど忘れればいいと思うが、私もヒノエも不意に思い出すのは同じ顔の夏目の傍にいるからか。

「私は時々心配になるんだよ、高望みじゃないかとさ。夏目は…人も妖も両方なんざ難しいだろう」
「夏目殿にしてみればどちらも同様に大切なのでありましょう」
「ふん、それくらい私だって解っているさ。だからこそだよ」
本当にその通りだ。あの阿呆はなかなか学習しないですぐに首を突っ込む。
「斑、お前は何時まで夏目の用心棒を気取るつもりだい?」
「…あいつが死んだら友人帳は私のものになる約束だからな。それまでだ」
「…へえ。暇潰しにしては奇特なもんだねえ」
ヒノエが続ける。
「まあ、私みたいにならないようにおし」
レイコの事を言うんだろうが、私と夏目の間は用心棒と不肖の弟子という程度だ。ヒノエとは違って別れなど慣れている。



758 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/01/28(木) 13:28:43 ID:1oqXHU2T]
―その参―

そう考えて、今は少し違うような気がした。
夏目は、自分が長生きしたら、私が友人帳を手に入れるのが遅くなるなどと笑う。
それが気に入らない。
違うだろう。笑い事か、と腹が立つ。
お前は友人帳を簡単に私に渡さない為に、長生きするのだろう?
儚い生にしがみつく人とはそういうものだろうが。
「何を黙ってるんだい、陰気だねえ」
ヒノエに言われて我に返る。美味い酒など久しぶりだから酔いが回ったのかもしれん。
「…散歩でもしてくる」
そういって森の方へ向かった。
少し歩くと、人の祭りの匂いがする。鐘の音も響いてくる。
星の光りで薄らと明るい中を、何かががさがさと走ってくるらしい。
「…うん?何だ?」
「ニャンコ先生!良かった!…ああ、こんな時なのに我慢できない!」
しっかりと抱きしめられて息が詰まる。
「(は、離せーっ)」
短い手でぴしぴしと叩くと腕が緩み息が出来るようになった。

「…誰かと思えばタキか。何事だ」
「な、夏目君がお寺の池に入ったまま上がって来ないの!」
人の娘は夜目にも真っ青な顔色だ。
「何だと?…まったく世話の焼ける…その袋は何だ?」
ぶつぶつと愚痴を言いたかけたその時に良い匂いが鼻腔をくすぐった。
「え…お土産のイカ焼き」「それで手を打ってやろう!」
白い妖の姿に戻り娘を背に乗せる。
「どこだ?」


やはり私が護ってやらなくてはな。弱い人の子に長生きさせるのも、良い暇潰しになるだろう。

情が移ったなどと、私らしくもないことにはまだ気づかないふりをしていよう。
この悔しい様な嬉しい様な気分にも。
妖の時は長いのだ。
なあ、夏目。
最終更新:2010年03月01日 12:36
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