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759 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/01/28(木) 13:29:24 ID:1oqXHU2T]
『逢えて良かった ~帰る家 タキ編~』

―その壱―

年の瀬の街は海みたいだ、と透は思う。
さざめく会話や笑い声。
商店の呼び込み。
車やバスの走行音。
冬枯れの野山を渡る北風。
寄せて返す喧騒に透は攫われいく様な錯覚に陥る。

「(…何してるのかな)」
浮かぶのは夏目の事だ。
透が好きだと言ったら好きだよと応えてくれた。クリスマスには「彼女」として夏目の家に招待された。
「(これって彼女、なのかなあ)」
恋人ならば踏むであろう段階をすっとばした感はあるが、夏目との距離がここ最近で一気に近づいたのは確かだ。
しかし、透から付き合ってとは言っていないし言われてもいない。違和感の正体がそれだと分かっているくせに何故か行動しない自分が歯痒い。
初詣にでも誘おうか、思考はそこでストップしたまま気づけば大晦日の夜になっていた。

「多軌ぃ」
クラスの娘に呼ばれ、靄々とした透の思いは人混みに紛れて消える。
「少し待っててー」
二年参りに誘われて混雑の中お参りを済ませ、その後が長い。
出店に目を惹かれなかなか帰れないのだ。こればかりは女の子の性で、
「あ、これ可愛い…(ふふ、ニャンコ先生そっくり)」
透は根付けを手にとる。陶器でできた小さな姿は、見慣れた猫に良く似ていた。
「3つください!これとこれとこれ」
手早く可愛い顔のものを選び袋に入れて貰う。
「(…後で渡しに行ってみようかな)」
それは曖昧さを解消してくれるきっかけになるだろうか。
途端、透の奥に夏目との二度の「接触」が鮮明に蘇る。
―つう、と透のラインをなぞる唇と舌と。
―からだの隅々まで触れた指先。
―それから。
じわ、と疼く芯が熱を帯びる。
「(もしかしたら、また…きゃああ!何考えてるの透っ!)」
独り歩きする妄想に、赤くなった頬をぺちぺちと叩いてひとつ深呼吸すると、友人達を追った。
と、その時。
視線の隅を人影が横切る。あれは、
「(夏目君?!)」
さっと振り返ると本堂の裏手に走って行くのがかろうじて見てとれた。
「(慌ててる…!何かあったのかもしれない!)」
「ごめんなさい、私ちょっと用が出来たみたい。先に帰ってね!」
友人に向けてそう叫ぶと、透は人の間を縫って夏目の消えた方へ駆け出した。



760 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/01/28(木) 13:30:06 ID:1oqXHU2T]
―その弐―

本堂の裏手は藪か森かの境界がない有様だが、透はそのまま進む。
頭上から見下ろす月と、背後から頼りなく届く境内の灯り程度では歩き難い。闇が濃くなる少し手前できらり、と何かが光った気がして立ち止まる。
「(…何?…池?)」
透が目を凝らすと黒い水面の端に人影らしきものが見えた。と、急にそれは飛ぶように池の真上へと移動する。
「(えっ!?…夏目君だ!)」
自分には見えない何者か―恐らく妖―に捕まったのか、夏目が池に落ちた。
「っ!なつ…」
透の声は激しい水音に消され夏目には届かなかっただろうか。
池の側まで走りながら透は呼ぶ。
「夏目君!夏目くーんっ!」
すぐ爪先に迫る水面には、返事どころか波紋すらおきない。
「どうしよう…」
透は焦る。人を呼ぶわけにはいかない、妖の仕業ならば。
「(早く、早く何とかしなくちゃ。夏目君に何かあったら…)」
そんなこと、考えたくもないけれど考えてしまう。助けられない自分が腑甲斐なくて、涙が出そうだ。手が震える。
私はどうしたらいい?今何が出来る?

ふと目をやった先、森の中の何かに気づき、透はざかざかと藪に分け入る。草や小枝で額に頬に、スカートとブーツの間の皮膚にと傷つくがそれに構ってなどいられない。
「(あれは多分…いいえ、きっとそうよ。そうであって、お願い!)」
心臓がどくどくと跳ねて近いと思った距離が遠い。妖に対抗する力のない私でも、せめて。

好きな人の危機を、力ある者に報せるくらい出来るようになりたい。

淡く光る丸い姿が見え、透は心の中で叫ぶ。やっぱりそうだ!
「ニャンコ先生っ!良かった!」
思わず飛びつき、余りの可愛さに我慢出来ずに力いっぱい抱き締めてしまう。
腕を短い手で叩かれ、透ははっと我に返った。
「(私ってば!夏目君のピンチになんて不謹慎な…っ)」
軽く落ち込みつつ腕を緩めると、深呼吸とともに体に似合わぬ不遜な声。
「…誰かと思えばタキか。何事だ」
透は必死で今見た事を話した。何としても先生に行って貰わなくてはならない。
「何だと?…まったく世話の焼ける…」
酒臭い招き猫がブツブツ文句を言う姿はなかなかにシュールだが、今の透が頼れるのはこの妖だけだ。
「ん…?その袋は何だ?」
透は手に下げていたビニール袋の存在を思い出す。
「え…お土産のイカ焼き」家族に頼まれたものだ。必死で走ったからだろう、中の紙袋の口が少し開き、微かにタレの甘辛い匂いがする。
「それで手を打ってやろう!」
「(ええ?!イカ焼きで?!)」


761 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/01/28(木) 19:24:47 ID:1oqXHU2T]
―その参―

もう冷めちゃってるけどいいの?と問う暇もなく、
「特別だ、乗れ。夏目の消えた場所に案内しろ」
妖の姿になったニャンコ先生の首筋に、透はしっかりとしがみついた。

「どこだ?」
「向こう!森を抜けてすぐの池に…っ」
ふわり、と体が浮く。顔を髪を耳元を風が吹き抜ける。
「(早いっ…それに…ふかふか…)」
こんな時なのにすごく安心する。それはきっと、
「(…先生なら大丈夫だからだ)」
そう確信していた。
「ここだな。降りろ、タキ」
ざざっ、と透は藪に飛び降りる。
「先生、夏目君をお願い!」
「…誰に向かって頼んでいるつもりだ」
ふん、と鼻で笑い、白く輝く姿の先生は池に沈んだ。

「夏目君…先生…」
どくどくと早鐘を打っていた心臓は少し落ち着いてきていたが、握った手のひらも背中もじっとりと汗ばんでいる。
寺の境内の方角からはまだ喧騒が聞こえる。ほんの僅かしか離れていないのに、冬枯れの草木と水の匂いしかしないここは別の場所の様で、透の不安を一層強くする。

「(…お願い、どうか無事に、帰ってきて)」
握り締めた指が痛い。手のひらには多分食い込んだ爪の跡があるだろう。
夏目も先生もきっと大丈夫だという気持ちと、いいしれぬ心細さでどうにかなってしまいそうだ。
姿を見せて、良かったと安心させて欲しい。抱きついて触れられることを確かめたい。はやく、と透はただ願う。
「逢いたいよ…っ」


水際に立つ爪先が湿り気を帯びてきた頃、透は回りの空気が一瞬揺れた気がして池を見つめた。
ふわふわと白いものが舞い上がってくる。
「え…なにこれ…雪?」
何故雪が出てくるの、と水面を覗き込んだその時。

ざぶ、と水音がした。
透の横に夜目にも銀糸の様に輝く妖が降り立つ。
「帰ったぞ」
その言葉に、背から降り立ってなお首筋に埋めていた人は顔をあげて、
「…タキ」
先生も夏目もずぶ濡れだった。
「良かった!夏目君!無事ね?」
透はばっと駆け寄り、思わずニャンコ先生に抱きついてしまう。
「ありがとう先生!」
「(はっ!ここは夏目君に抱きつくべきだったか!…でもふかふかっ!)」
零れ落ちそうだった涙は、すぐに乾き始めた先生の柔らかな毛並みが吸い取ってくれた。



762 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/01/28(木) 19:26:14 ID:1oqXHU2T]
―その四―

「…ハンカチくらいじゃ駄目ね、早く着替えないと」
透は夏目の体を少しでも拭いてあげたかったが、髪からも服からも水が滴る程に濡れていて、何の役にも立たない。
どうしよう、と呟く透に夏目が問う。
「タキが先生を呼んでくれたのか?」
「ええ、本堂近くの出店にいたら夏目君が走って行くのが見えて」
透はニャンコ先生に会った経緯を手短に説明する。
「そうか…助かったよ、ありがとう」
笑う夏目に透はかぶりを振る。

「今夜、ここに来て良かった。夏目君を見つけられたもの」
「え…?」
「貴方を助けることが出来たの」
夏目の様に妖が見え話が出来る訳ではないし、当然払う力などない。
妖に関わって夏目が往生していても透が役立つことなど稀だろう。
でも。今夜は貴方を見つけられたよ。
透はすっと息を吸った。

夏目の胸に顔を寄せる。
「…濡れてしまうよ」
腕が背中に回るのが分かった。
「(私は…この人を守りたい。傍にいることしか出来ないけれど。だから)」

除夜の鐘だ。
ずっと鳴っていたことに初めて気づく。
雪が降っていた。静かに、静かに。

「…逢えて良かった」
貴方に、とそっと口づけた。
最終更新:2010年03月01日 12:38
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