アットウィキロゴ

1-763

763 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/01/28(木) 20:31:52 ID:1oqXHU2T]
夏目・エロなし6レスです
『帰ろうか ~帰る家 夏目編~』

―その壱―

―忘年会、楽しかったな。
初めて友人とあんなに騒ぎ普通の高校生になれた気分が嬉しくて、夏目は藤原家へ向かう道を歩きながら微笑んだ。

でもその帰り、まだ友人達と共にいても普段と変わらず妖は現れた。
『…夏目レイコ。名を返せ』
『今は出来ない。後にしてくれ』
次はすぐ名を返してやろう、浮かんだ思いに夏目は苦笑する。
以前は苦痛ばかりだった妖との関わり方も人との関係も、友人帳を見つけてからは随分変わった。

「友人」と呼べる相手が出来たから。
その西村にも北本にも、夏目だけの問題で今以上に心配をかけたくない。いつか必ず話すから、もう少し。
『待ってるよ』と、西村と北本の言葉が聞こえる。
「…嬉しかったんだ。ごめん」
と。ありがとう、と呟いた。

ちらちらと星が瞬く暗い夜空を仰いで、もう二人の優しい人達を思った。
「旅行、楽しんで来てくれるといいな…」


塔子が商店街の福引きで当てた、年末年始の温泉旅行。
その出発日の今朝になっても、夏目が家に一人残るのを気にして、主に塔子が大騒ぎして出かけて行った。
帰りは明日の夕方の予定だし、ニャンコ先生も飲み会があるらしい。
だから、すぐそこに見えている藤原家に今夜、夏目は一人だ。

「(やっぱり、西村の家に泊めて貰えば良かったかな…)」
ふと浮かんだ言葉にすぐさま首を振る。
何を呼び込んでしまうかわからないのにそれは出来ない。
慣れていた一人が今はさみしいと感じる、それはとても幸せだからなのだろうか。

「…田沼のところにお参りにでも行ってみるか」
ひとりごちて踵を返した。


764 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/01/28(木) 20:32:33 ID:1oqXHU2T]
―その弐―

除夜の鐘が響く寺の境内はごった返していた。
「(…こんなに)」
一見人と区別出来ないモノから、牛頭に着流しやら尻尾や角や羽が生えているモノ、明らかに妖と判るモノまで相当数がいる。

「(まずかったか…先生に言われたのにな)」
――人の多い場所に近寄るな、妖が混じっているぞ――
無意識にバッグの上から中の友人帳を押さえた。
早く帰った方が良さそうだが人に逆らって戻るのは難しく、仕方なく流されるように前に進んだ夏目は休憩所に出てほっと一息つく。

「夏目」
びくっとした。さっと振り返ると、見慣れた笑顔がある。
「田沼。なにしてるんだ?…甘酒か」
甘い匂いが気持ちを落ち着かせてくれる。
「ああ、手伝いに駆りだされて。今年は随分忙しいんだ」
温かな甘酒が手渡される。田沼は寺の住職の息子だ。
田沼が声をひそめる。
「夏目、ここに来て大丈夫なのか?」
「え?」
「…たくさん混じってるだろ、多分。おれには気配しか分からないけれど」
「(ああ、妖の事か)」
夏目は何気ない風を装う。
「…ありがとう。大丈夫だと思う。田沼は平気か?」「父がいるから。…えーと、ニャンコ先生?は一緒じゃないんだな」
「先生は飲み会なんだ」

話しながらも田沼は甘酒を注いで並べていく。
次々と訪れる人達は、それを受け取り温かそうに手のひらで包んでいた。

「夏目はどうするんだ?」「何をだ?」
「まだ話してないんだろ。…藤原さん」
「…ああ」
「ずっと言わずにいるのか?」
西村と北本にも言われた事だし、田沼とは以前話していた。

全部話してもここに居られるのだろうか。
塔子さんと滋さん、西村に北本、田沼、そしてタキ。優しい人達の傍に。
「カリメ」の時の様にいつか災厄を呼んでしまうのではと夏目は不安になるのだ。
それは『見える』田沼には言えない。余計に心配させるだけだ。
だから夏目は、ほんの少し違う答え方をした。

「…心配、かけたくないんだ」
藤原さん達にも。優しい友人達にも。呟いて顔を上げると、田沼と目があう。
「夏目、そんなに気を遣ってばかりいるなよ。心配かけたって構わないんだぞ」
「藤原さん達の所が、お前の帰る家だろう」
「…田沼」
とても優しい口調だったから、本当にそう思うか、関わったら不幸になるかもしれないんだぞ、とは聞けなかった。

「良い年を」
田沼が笑う。
「…ああ、田沼も。また来年な」
夏目が少し歩いて振り返ると、田沼が軽く手をあげて微笑んでいた。

そこここにいる家族を眺めてみる。
肩を寄せ合って暖をとっている夫婦と兄弟。
両親に片方づつ手を繋いで貰っている幼い子。
「(…帰る家か…)」



765 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/01/28(木) 20:33:13 ID:1oqXHU2T]
―その参―

人波に翻弄されるがまま夏目は参道沿いの出店を眺めた。
「(この梅の花の根付け、塔子さんにどうかな…滋さんはこれかな)」
立ち止まって木目の達磨を手に取り隣を見て思わず吹き出す。
その先生そっくりの招き猫の造形に、タキの顔が頭に浮かんで結局3つ買ってしまった。
「(…喜んでくれるかな。あとは先生にイカ焼きでも…本当に中年なんじゃないか?)」

そんな風に考えていると、目の前を何か過った気がして足元を見る。
「簪…?」
「…それは私のものだ」
拾い上げたそれは横から伸びてきた手に取り上げられ、ひらりと紅い花が散る。
「あ、すみません」
謝って顔を向けると、結い上げた黒髪に椿を一枝差し、すらりと紅い花の着物姿の女性と目があった。

女の目が磨がれた刃の切っ先の様に細くなる。
「…また会ったな。先程は退いてやったが二度はない。さあ、名を返せ」
すらり、と冷えた音がした。
「(…さっきの妖か!人がいる!ここじゃまずい!)」
夏目は咄嗟に身を翻し、人混みをかき分け本堂の裏手へ回る。
息を切らし藪を抜けると池があった。
「…こ、こなら…うわっ!」
膝に手をあて息をついた途端、首筋を掴まれ放り投げられる。
「(やばっ!落ちる!)」
視界の端にタキを見た気がした瞬間、盛大な水音で夏目の周囲全てが閉じた。


「…あれ?おれ、妖に池に投げ込まれたのに…?」
呆然として辺りを見回す。
地面は苔むしているが雑草らしきものは生えておらず、手入れの行き届いた様子の庭園に夏目は座っていた。
目の前の池な水面は鏡のように滑らかで、体は濡れていない。
「どういう事だ?」
「…名を、返せ」
赤いものが視界に入り反射で横に転がる。さっきまでの場所に突き立てられているのは、大鎌のような。
さーっと血の気が引いた。「(これって…やばくないか?)」
何とか立ち上がり、走ろうとする夏目が見たのは。

「と、塔子さんに滋さん?!」

池の反対側の建物の二階、明るい室内は暗い庭から良く見える。
そこには楽しそうに食事をする二人の姿があった。
「なんで…ここ、旅館の庭なのか?」
「よそ見をするとは」
はっと身を引いた目の前を風が切る。いや、きっと風だけではない。
ぞっとしつつ、夏目は唇を噛み締める。
「やめろ!名はすぐに返す!」
つ、と立ち止まった妖がにいっと笑うのが分かった。
「…それで済むと思っているとは愚かな」
ひょうと風を切る音がする。



766 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/01/28(木) 20:33:51 ID:1oqXHU2T]
―その四―

「何年待ち望んだか、お前の首を落とすのを!」
広い庭ではないが、少しでも宿から離れたい。
せっかくの旅行なのに、見つかったら二人に迷惑をかけてしまう。
妖は追ってくる。ニャンコ先生もいない、武器になるようなものもないがやるしかないんだ。

夏目は田沼に言われた言葉を思い出す。
「(帰るんだろ、あの家へ。考えろ!)」

はっと気づいた。今は夜だ、夏目の姿は見えにくいはず。
『お前は美味そうな匂いがするのだ』
そう先生が言っていた。――匂い、かもしれない。

回れ右をし、樹木の陰を伝って池の方へ戻った。
「どこに隠れた」
そっと池に足を入れる。
「(っ!冷たい…)」
静かに静かに沈むと、カバンの中から友人帳を取り出し開いた。
暗い水中で友人帳がぱらぱらとめくれていく。
「(もっと近くに…来い)」

夏目の息が限界となるより僅かに早く。
友人帳は妖の名を見つけた。

ざあっと浮かび上がると同時にぱんっと音を立てて手を合わせ、言う。

「受けてくれ、君の名だ。『椿』」

くわえた和紙にふっ、と強く息を吐くと名は幾重にも絡まる糸にも似た様子で、妖の元へと吸い込まれていく。

妖がにやりと笑う。
「返して貰ったぞ、私の名。…ならば今度は私がお前の首を貰おう」

「(そうだ!名を返すだけでは駄目だと…)」
振り上げられた大鎌から顔を腕で庇い、夏目は目を閉じた。



767 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/01/28(木) 20:34:37 ID:1oqXHU2T]
―その伍―

「夏目!捕まれ!」
声に反応し、伸ばした腕ごと夏目の体は妖の背に放りあげられた。
「ニャンコ先生…!」
「阿呆!わざわざ言ってやっただろうが!」
妖の姿では頭突きも猫パンチも無いが、だからこそ叱られたその事実が痛い。
「…ごめんなさい」
素直に出た謝罪をふん、と流して先生の鼻先は妖に向く。
「これは私のものだ、手出しをするな!」
まばゆい光と突風に弾かれそれは倒れる。
その隣に。

闇を白くくりぬき、着物の女が音もなく現れた。
「妖?!」
「新手か!」
夏目と先生が身構えたのに女が口を開く。
「…お許し下さい。斑様、夏目様」
きん、と通る声だった。

「…何故名を知っている」
先生の問いに女妖は答える。
「「友人帳」をお持ちの人、と言えば夏目様。白く優美なそのお姿は斑様。下界を見下ろし暮らす私は良く存じておりますわ」
にっこりと笑う。

「私は「雪華」、これは「椿」。私の友人が失礼を致しました。どうかお許し下さい」

「…どういうことだ?」
夏目の問いにもおっとりと微笑む。
「この池は、冬の間私達の住み処への道でございます」
「椿の一族は気難しく、夏目様に負けたこの者は恥と罵られ、此処の通りを禁じられました。みすみす人に名を奪われる等情けない、二度と戻るなと」

膝に乗せた椿の髪を撫で、夏目の視線に気づいて優しげに言う。
「気を失っているだけですわ。ご心配なく」
「…そうか」
夏目がほっと息をつくと、先生にこづかれた。
「殺されかけたというのに何を呑気な!」

雪華は淡々と続ける。
「名を取り戻し、報復せねば戻れぬとでも考えたのでございますね。形式に囚われた者達になど構うな、あの人の娘は我々に害をなす者ではない」
「除け者とされても私はお前と一緒に居よう…そんな私の言葉も一蹴されました」
「私は椿をかけがえのない友と思っておりましたが、彼女にとっては一族との血の繋がりの方が重要だったのでしょうか」
氷で創られた人形の様な顔が気づかぬ程に曇る。
「…信じて貰えなかったのでございます、私を」
心なしか口調も沈む。

夏目には、雪華のさみしさが痛い程に感じられた。
「すまなかったな…雪華…」
この妖は、一度断ち切られた繋がりをまた取り戻せるのだろうか。
「お前は椿に信じて貰うことは出来るのだろうか」
夏目の自問の様な呟きに女妖は微笑んだ。
「お優しい方ですのね。今の夏目様が謝る事ではございませんよ」
椿の髪をまたいとおしげに撫でる。



768 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/01/28(木) 20:35:15 ID:1oqXHU2T]
―その禄―

「血の繋がりなどただそれだけの事。…繋がりとは作るものでございましょう。時はかかりますが、私は伝えれば届くと信じております」
夏目様もおわかりでしょう、と友を想う女妖は言った。
「そう、だろうか」
あの時。椿が退いたのは友人と一緒だった夏目を気遣ったのか。確かめられない事だが、そうなら良いなと思った。
雪華にそれを話そうとして、ふと夏目は気づく。
「…今?今の夏目と言ったか?まさか…レイコさんを知っているのか?」
「お名前とお姿だけは。…ご存じですか?「雪華」とは雪の結晶」
ふわり、と袖を振るとはらはらと花弁が零れ落ちた。雪だ。

「せめてものお詫びでございます…夏目様の大切な方達にもご覧頂ければ幸い」その声はもう遠い。
「っ!待ってくれ雪華!」
伝えるべきだった言葉は行く先を失い、暗い夜空に舞う雪を見ながら夏目は言う。
「…椿に、謝れなかったな」
祖母が邪気無くした事で、友人からも一族からも長い間引き離していたのだ。
夏目は自らと似た思いを抱えた妖に、一言ごめんと謝りたかった。気遣いをありがとうとも言えれば良かった。
雪華にはそうだねと頷いてやりたかった。
それが、ただの自己満足であっても。

「レイコのした事だ。お前のせいじゃない」
「先生…」
それでも伝えたかった。――たとえ届かずとも。

「…帰るぞ、夏目」
「…ああ」

夏目は暖かな明かりのこぼれる窓を見上げて、傍らの妖に寄りかかる。
あの人達と離れてしまうのは嫌だな、と思う。
椿も雪華も、妖だってきっと同じなんじゃないか。

せめて、これからは離れずにと祈ってみよう。

暗闇に覆われていた景色を白く照らすように雪は次々と降ってくる。
全てがまっさらな色に染められていく、それは明るくあかるく。
微かに鐘の音が聞こえた。
「…帰ろうか」
家に。
最終更新:2010年03月01日 12:44
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。