792 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/02/02(火) 01:41:54 ID:F0K5e1cM]
『雪の足跡~帰る家 おまけ~』
―その壱―
「それじゃあ、また後でね」
「ああ、気をつけて」
タキが手を振って走って行った。一面の雪景色が日に輝いて眩しい。
ふかふかと積もった雪の上に彼女の足跡が捺されて一筋の軌跡が描かれていく。
タキの背中が見えなくなるまで見送る気持ちに不安はない。それは、とても確かな繋がり。
大丈夫、彼女はまたここに帰って来る。
さて、とりあえず風呂に入るか。
タキが昨夜のうちに入れておいてくれたのか、浴室は湯気で満たされていた。
些細な事で穏やかな気分になれる。
「…タキ」
お湯の中で彼女に触れた自分の手を眺めてみた。
「可愛かった、な」
喘ぎ声が耳に甦り、快感に震える白い肌も淫らに歪んだ顔も、愛しくていとおしくて、もう一度と言わず何度でも逢いたくなる。
たった今見送ったばかりなのにもう恋しい。傍にいて髪を撫で頬に触れ抱きしめたい。
──おれ、らしくないこと考えてるぞ。
「骨抜きにされたって…こういう状態を言うんだろうか」
タキになら、それも構わないな。
君が戻って来たら「おめでとう」と挨拶して、一緒におせちを食べよう。
初詣にも誘ってみようか。
おれは、ただ君が待ち遠しいみたいだよ。
「…ただいま」
そっと玄関を開ける。
友達と二年参りに行くと話してあるから、朝帰りも別に問題はないんだけれど。
気後れするのは、当然夏目君との事があるからだ。──そのまま、帰って来ちゃったし。
「(…匂いとか、大丈夫かしら)」
すぐにお風呂に入って着替えて洋服も洗濯しないと。
最大の難関は家族が全員いるはずの居間の横、滑らない様に靴下は脱いでおこう。何か言われる前に走り抜けるしかない!
──だからお願い、誰も出て来ないでっ。
数十秒後、泡だらけになってやっと落ち着いた。お風呂に入っちゃえばもう大丈夫。
習慣で左腕から洗い始める、次は右腕、首と続いて胸で手が止まる。
──夏目君が、触ったの、よね。
白い泡に包まれた膨らみを両脇から支える様に持ち上げてみた。
「…小さいとか、思われたかな」
胸の大きさなんて今まで気にしたことなかったのに。
どんな触り心地かも確かめてみたくて軽く撫でる。泡がついているし、自分ではよくわからない。
「…夏目君の指は…気持ち良かったな」
793 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/02/02(火) 01:42:28 ID:F0K5e1cM]
―その弐―
そう口にした途端、じわ、と熱くなった足の間にそっと手を伸ばすとぬるぬると滑る。石鹸の泡だけではない感触に、無意識で指先が動く。
「…はっ」
気持ち、いい。
──だめ、止めなくちゃ。
でも、指が止まらない。
ちゅくちゅくと聞こえる音と爪先まで震える感覚に、夏目君の声が、息遣いが、言葉が耳の奥に響く。
「ん…あっ」
痺れる様な快感に襲われて我に返った。
ざぶん、と思い切り湯船に飛び込む。
──私…いつからこんなにエッチになったんだろうか。
夏目君のせいだよね。
「責任とってもらう、ってきっとこういう事だわ」
怒ってなんていないけれど、頬を膨らませてみた。
着替えて浴室を出るとそのままキッチンに向かう。おせち、残ってるかな。
とりあえず手近にあったお弁当箱にカマボコやら伊達巻やら黒豆を詰める。
「あと…ミカン」
お餅も、と棚を物色して振り返ると母がいた。
「きゃあっ」
「おかえり、透。どこに持って行くの?」
う、と言葉につまる。
「ははあ、夏目君だ」
お母さん、どうしてそんなに鋭いのっ。
「貰っても、いい?」
もちろん、とにっこりして追加で渡された袋には小さなポットと小さなケース。
「お雑煮の出汁。温めて一緒に入れた三つ葉散らしてあげなさい」
「…ありがとう」
いってらっしゃい、顔赤いわよ、と最後にきっちりつっこまれる。
それは言わないでっ!でもその気遣いが嬉しい。
だから今度、夏目君を連れてくるね。とても優しいひとなの。
「いってきます」
さあ、貴方の処へ戻ろう。
794 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/02/02(火) 01:45:31 ID:F0K5e1cM]
―その参―
陽が完全に昇り、足元の雪がきらきらと光る。さく、さくと雪を踏む足音が可愛らしくてタキは浮き浮きしてしまう。
外出する人が少ないのか、タキが自宅へ戻った時の靴跡が踏み荒らされずまだ残っていた。
その一筋の線を辿れば、夏目が待っている。
「…こんにちは」
タキがそっと声をかけるとからりと玄関が開いた。
「…いらっしゃい」
着替えてさっぱりとした夏目が立っている。
お互いに目が合うと途端に気恥ずかしくなって、二人で俯いてしまう。
『(…何て言えばいいのか全然わからない)』
どさり、と庭木の枝から雪が落ちたのに一緒に驚いてやっと緊張が解れた。
「どうぞ」
「お邪魔します」
たたきで靴を脱ごうとしたその時、
「こんにちはー」
軽い訪いにとっさにタキは玄関の内側に隠れた。
「夏目ーあけましておめでとー」
「おめでとう」
「西村に北本…おめでとう。ってどうしたんだ?」
「新年会!お前んちで今からに変更になりました!」
「…え?」
「(…ええ?!どうしよう…)」
夏目とタキは磨り硝子の内と外で焦る。
「ちゃんと買い出しして来たぞ、コンビニだけど」
二人とも手に下げていた袋を持ち上げて笑う。
がさがさと透けて見える中身はおにぎりにお茶にお菓子に。
「夏目のことだからちゃんと食ってなさそうだし」
「塔子さんが帰って来るまでに飢えない様にな」
タキが来たことなど知らないのだから、当然二人に悪気はない。
「いや、あの(何て言えばいいんだ?!これ…)」
「(頑張って夏目君!)」
「うん?」
西村が無邪気に聞き返す。
「…実はお客さんが来ることになっていて」
「(上手いわ、夏目君)」
身動きしない程度に胸の前でぐっと手を握る。
「そうなのか?すぐ?」
「えーと」
夏目にはこれ以上続けられない。
「いや…もう来ているんだ、それで」
「(え…言わないよね?!)」
夏目の口調に振り返ってしまったタキの肩が、ガラス戸に当たり音を立てる。
「きゃ」
はっ、とタキは両手で口を塞いだが、遅かった。
「…今、女の子の声だった」
西村がじりじりと近づいてくる。
「いや、あのこれは」
「まさかとは思うが。…失礼しますっ!」
夏目が背中に庇ったのを押し退けられて、
「あの…あけましておめでとう」
タキはそのタイミングで新年の挨拶をした。
「おい、夏目」
「…う」
「お前んちに多軌さんがいるってどういう事か説明しろ」
「おれも聞きたい」
西村と北本は誤魔化せないし逃げられない、夏目は昨夜しっかりと学習している。
「…とりあえず中にどうぞ」
背中に友人達の視線が痛い。
795 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/02/02(火) 01:48:49 ID:F0K5e1cM]
―その四―
何故かきちんと正座してしまった夏目とタキ、足を伸ばした西村と胡坐の北本が夏目の部屋で向かい合せになる。
「えー、と。あのな」
「偶然会ったとか忘れ物を届けたとかピザを注文したらたまたま多軌さんのバイト先で配達に来たとか
家が隣同士で幼なじみだとかいとこだとか実は生き別れの姉弟だとかこの人は多軌さんに見えて多軌さんじゃないとかそういう言い訳は一切禁止な」
西村はここまで一息で言い切った。
「彼女です、ごめんなさい」
夏目は思わず謝る。
あーあ、ほらなあ。と西村が万歳の体勢で後ろに倒れた。
「おれ当たりじゃんかー北本ー」
「珍しくな」
北本が西村の腕を引いて起こす。
「…ちゃんと言わなくて悪かった」
「いいよーもう。昨夜分かってたしなー」
ただ、と肩を落として西村は続ける。
「実際目の当たりにするとショックがでかい」
「まあ、あまりへこむな西村。多軌さんもいることだし」
さっきからタキは顔を赤くして俯いている。
「(ごめん、タキ)」
「で、多軌さん」
西村がいきなり真顔になった。
「あっ、はいっ!」
弾かれた様にタキは顔を上げる。
「夏目って、愛想良いけど目が笑ってなかったり、見た目通りガリガリで貧弱だし、よく貧血起こすし、授業中寝てばっかりだからたぶん成績もちょっとあれだし、そのくせ女の子に密かな人気があったりして」
ひどい言われようだが夏目は反論出来ない。
「そのうえさ」
北本もタキの方を向いた。
「誰にでも気を遣ってばかりいるし、おれ達にまで遠慮するし、何でも一人で解決しようとするしでなかなか難しい奴なんだけど」
「(軽く、いや結構落ち込む質なんだぞ、おれ)」
北本まで、と夏目はがっくりとうなだれた。
「めちゃくちゃ良い奴なんで」
え、と西村を見る。北本もこっちを見て笑っている。
「何しろおれ達二人の大事な友人なんで、見捨てないで末永くよろしくお願いします」
夏目が大事だと言われたのがタキは嬉しくて仕方なかった。
「(大好きな人が大事にされてるのって、こんなに幸せなんだ)」
だから最高の笑顔でお返しする。
「光栄です。こちらこそよろしくお願いします」
タキの白い頬が、華やいで薄桃色に染まり夏目はしばし目を奪われた。
それを見て西村がまた倒れる。
「くそう、モヤシのくせに何で夏目ばっかりモテるかなー」
「まったくだ」
北本も倒れた。グダグダと転がる二人に夏目が思わず吹き出すと、
「く、ふふふっ……あはははははっ」
タキが爆笑した。
「タキさん笑い過ぎー」
「だよな」
796 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/02/02(火) 01:49:49 ID:F0K5e1cM]
―その伍―
ひでえよなあ、西村は起き上がってタキを見る。
「決めた!タキさんより可愛い彼女をつくる!」
一瞬目をしばたいたタキがくすくすと笑った。
「西村君、女の子に向かってそれは失礼だと思うの」
「彼女が欲しいなら気遣いをお忘れなく」
「はーい」
ちょっと拗ねた表情が珍しくて、夏目はまじまじとタキを見つめる。
視線に気づいたタキが首をかしげほんのりと笑う。
「夏目君は幸せね。素敵な家族と素敵な友人がいるんだもの」
そっと手が重ねられた。それはとても暖かく。
「…宝物が増えたのね。良かった」
君と一緒にいると、強くなれるよ。
全部話したら優しい彼らは怒るだろうか、悲しむだろうか。その後笑ってくれたらいいな。
大切な人達の辛い顔や悲しい顔は見たくないと思っていたけれど、君が信じる力をくれたから。
藤原さん達が帰って来るまで、たくさん笑って話そう。
先生が二日酔いで帰ってきたら、イカ焼きの代わりに根付けを二つ渡そうか。
先生は怒るだろうな。
夕方になったら外に出て、門の所で滋さんと塔子さんを「お帰りなさい」と迎えよう。
君も今このすべても、とても大切な宝物。
最終更新:2010年03月01日 12:51