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1-801

801 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/02/03(水) 01:15:56 ID:oFUDVWqk]
『豆と猫』
―その壱―

「で、先生は鬼役な」
「…このアホウが!」
ガツッと固い音がして夏目は突っ伏す。
「いってぇ…何するんだよ先生!」
ニャンコ先生は畳を短い手でバシバシ叩いている。
「ここに座れ!お前の様な阿呆には説教だ説教!」
「何で怒るんだ?」

「もうすぐ節分だから豆を買いに行く」「帰りに饅頭を買ってやるから先生は鬼役をしてほしい」という話をしただけなのだが。
頭突きをくらった顎がまだ痛い。

「節分の意味が分かっているのか?!夏目」
「…豆をまいて悪い事を追い払う?」
「そうだ!一般人でも多少なり効き目があるのだぞ、豆は」
じろり、と先生が夏目を見やる。
「お前程の妖力の奴に本気でまかれたら、この辺の妖は私以外全滅だ」
「え…ええーっ!」
夏目が一気に青ざめる。
「それは…大げさ過ぎないか?」
夏目は塔子と豆まきの約束をしていた。家の中だけではなく、庭から玄関先まで。
「敷地内だけにするんだな。表に出たら…まあこれから先の面倒は減るだろうが」
「…そうか」
それなら、節分には藤原家に近寄るな、と妖達に言伝て貰えばいい。後で八ツ原に頼みに行こう、夏目は少しほっとした。

「でも鬼役はやってくれるだろう?」
先生の目がキラーンと光って、招き猫らしからぬ好戦的な表情になる。
「…ほう。お前はそこまでして私と決着をつけたいのか」
「だから何でだよ」
「私程であれば祓われはしないが、ダメージは大きいのだ」
当たれば結構痛い、と夏目を睨む。
「やれと言うならば勝負するぞ」
「…わかった」
塔子との約束を破りたくない夏目は頷くほかない。
「私が勝ったら、酒と海老と饅頭一年分だ」
それと、と先生が続ける。
「どうせ豆を買うならピーナッツも買ってくれ。ツマミにする」
「どうしてそんなに食い意地が張ってるんだ、先生は」
友人帳って言えばいいのに。
そう口にした夏目は、二度目の頭突きで湿布のお世話になった。



802 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/02/03(水) 01:16:44 ID:oFUDVWqk]
―その弐―

翌日、八ツ原。
薄い色合いの草木をさわさわと揺らして風が通る。
マフラーの間に冬のすうっと冷えた空気を感じて夏目は首を竦めた。
「豆まきねえ、懐かしいよ」
ヒノエがうっとりとした顔をする。椿の銘仙に織りの帯、濃紫の道行きと艶やかだ。
「レイコも節分には妖相手に豆を投げつけて、ついでに名を奪っていたものだよ…」
ふう、と嬉しそうにため息をつく。
「…何でレイコさんがまいても全滅しないんだ、先生」
「妖をからかいがてらの遊びでやったからだ」
「な、なんと恐ろしい…」
「夏目殿の先祖の方が余程鬼ですな…」
ひそひそと交わした言葉を聞き咎められた中級が、ヒノエに殴られる。

「夏目は祖母を見習い鬼となるのでありますか」
「ほう。夏目殿が鬼となるとは、また一興」
ちょびと三篠は面白がっている様子だ。
「…いや、妖達を偶然にでも巻き込みたくないんだ。悪いが一帯の妖に伝わる様に、噂でも流してくれないか」
頼み込む夏目に快諾とは言い難い返答がある。
「まあ夏目の頼みなら聞いてやってもよいであります」
「我が主殿、礼を楽しみにしていますぞ」
礼ってまさか友人帳か人の子だったりしないよな、夏目は少々不安になった。

「夏目、豆まきは夜かえ?私も見物に行かせておくれ」
ヒノエが夏目に鬱陶しくしなだれかかる。
「物好きが。流れ豆に当たったらお前など祓われてしまうわ」
浮き浮きと袖を振るヒノエに向かって先生が毒づいた。
「…やる気かいブサ猫ダルマ」
「いい度胸だ」
一触即発の雰囲気をさらりと流して中級が割って入る。
「まあまあお二方、そう目くじらを立てずとも。ほれ、良い酒を用意しましたぞ」
「ささ、一献」
「おや…気がきくじゃないかい」
「私も飲むぞ!」
あっという間に酒盛りが始まった。ドンチャン騒ぎを少し離れて眺めつつ夏目は思う。
「(…こいつらまとめて払った方がいいんじゃないか?)」


そして迎えた節分の夕刻。

「おい。何でおれの部屋が妖だらけなんだ」
「こんな面白い見世物はなかなかないからねえ」
目にも綾な振袖のヒノエを筆頭に、ちょび、中級、窓から覗くのは三篠。
「私は斑様のお姿を楽しみに来たんだよ」
「応援してます!夏目の親分っ!」
紅峰に河童も。
「…お前達は名取さんから離れていいのか」
隅の方には柊、笹後、瓜姫までいる。
「主様は夜中まで本業だから暇なんだ」
屋敷の魔除けは済ませて来た、と柊が言う。



803 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/02/03(水) 01:17:25 ID:oFUDVWqk]
―その参―

「先生も何か言ってくれよ」
「ふん、まあよかろう。お前の無残な負け姿を見せてやれ」
「…覚悟してろよ」
絶対勝ってやる、夏目は密かに決意した。

「まあ猫ちゃん♪とっても似合うわ」
塔子が手を打って喜ぶ。先生のデカイ頭には紙製の鬼の面。恐いというより面白い。
「はい、こっちが貴志君のぶん。まずは一階からね」
にこにこと楽しげな塔子を先頭に各部屋を回る。
「鬼はー外」
面を乗せたニャンコ先生がとてとてと豆から逃げるのを塔子がふふ、と嬉しそうに追う。
勝負は、庭。それまでは夏目も先生もお遊びだ。
「福はー内」
二階に上がって最初が夏目の部屋だ。
「(あいつらどこにいったんだ?)」
先程までいたはずの妖達の姿がない。塔子には見えないから構わないが。
思い立って夏目は先生を狙って豆を投げてみた。真ん丸い背中にばらばらと豆が当たる。
─特に反応がない。
「(あれ?痛いはず…先生太ってるからか?)」
ププ、と吹き出しそうなのを我慢し嬉々として先生を追う塔子に声をかけた。

「塔子さん、外はおれとニャンコ先生でやってきます。塔子さんは夕飯の準備をしててください。…おれも先生も腹ペコなんで」
「まあ、そうよね。じゃあお願いしようかしら」
にっこりと笑ってくれるのが塔子さんらしい。
寒いからちゃんと暖かくしてね、とマフラーを巻いてくれた。このひとは、ちょっとした優しさで夏目の心まで暖かくする。
「夕ご飯は巻き寿司とエビフライよ♪」
たた、とキッチンへ向かう塔子さんを見送って夏目と先生は庭に出た。

「聞いたか、夏目」
辺りに人影がないのをうかがって先生が口を開く。
「何を」
「エビフライだ。賭けに追加するぞ」
「…わかったよ」

庭には見物席らしきものが出来ていた。ずらりと並ぶ妖達。
「うわあ…」
夏目は何だか脱力感を覚えた。
「…流れ豆に当たるぞ」
「ご心配なく!逃げ足には自信が」
中級が答えるが、間違って祓いましたじゃ済まないだろうに。夏目の心配を余所に妖達は盛り上がっている。

「始めるか」
先生が構える。
「よし!行くぞ」

いきなり顎に蹴りが来た。
「……っつう!鬼は逃げるんだろ普通!」
「わはははアホウが!私をそこいらの鬼と一緒にするな」
そこいらの鬼って何だよ、と夏目はつっこみつつ庭木の陰に入る。
先生が追って来るその隙に隣の木に移動してするする?と登り、少し先をうろうろしている先生目がけて豆を投げた。



804 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/02/03(水) 01:18:03 ID:oFUDVWqk]
―その四―

「ぎゃっ」
当たった。じろりと先生がねめつけてくる。
「…そこか。見ていろ、夏目」
どろん、と靄がかかり先生が妖の姿に戻る。
目の前に先生の顔。激しく枝に体当たりされて木から落とされた。
「…いっ…てぇっ」
背中を打って息が出来ない。
「ああ、やはり斑様はそのお姿でなくては!」
落ちた夏目など眼中にない紅峰が横でうっとりと先生を眺めている。

飛べるのも大きくなるのも反則じゃないか?!夏目は見物席に追い詰められた。
「卑怯だぞ先生!」
「妖に卑怯も何もあるものか!」
どん、と踏みつけられそうになる。
「そこだよ夏目!」
ヒノエの声にさっと先生の足元を潜り抜け、振り向きざま思い切り投げた。
びしびしと豆が当たる──見物席の妖達に。

「うわっ!悪い!」
「油断するな」
背後の声にとっさにしゃがむと頭上でがち、と先生の牙が噛み合う音がした。
「ちっ、逃したか」
「どさくさ紛れに何喰おうとしてるんだよ?!」
また足元を駆け抜け振り返り、豆を握りしめぐっと腰を落とす。
「…手加減しないからな」
「望むところだ」
じり、と睨み合い。
おそらく一瞬だけ早く、夏目の渾身の豆が先生の顔を直撃した。

後には、累々と横たわる妖達の姿。

「…先生には勝ったけど、巻き添えにしちゃったな」
「しばらくすれば回復するのであります」
「うわっ、ちょび!」
「夏目の豆くらいでは私は倒せないのであります」
隣に立つちょびには傷ひとつない。もしかしたら先生より強いのか?
「柊達も無傷か」
名取の式三人は最初と変わらぬ場所にいる。
「私は魔除けだ、魔除けに魔除けが効くか馬鹿者が」「ならちょっと手伝ってくれよ。ここに寝かせておく訳にいかないだろう」
ふん、と柊に鼻で笑われた。
「出来ない事までやろうとするな。家の者に怪しまれては困るんだろうが」
だからお前は甘いのだ、とこづかれる。
「私が見張っておいてやるのであります」
「柊、ちょびも…ありがとう」
衝撃で依代の姿に戻ったニャンコ先生を抱き抱え夏目は家に入った。
妖の友人達に感謝しながら。



805 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/02/03(水) 01:18:35 ID:oFUDVWqk]
―その伍―

三日後。
夏目は塔子にお願いして作って貰った大量の弁当を持って八ツ原に向かった。
巻き添えは妖達の自業自得だが、放っておいた事のお詫びと、気遣いのお礼に。
「おーい夏目殿ー」
「こっちだよこっちー」
妖達が手を振って夏目を待っている。

お前達がいてくれて、困ることもたまにあるけれど、とても楽しかったよ。助かったよ。
ありがとう、優しい友人達。

「おーい」
夏目も手を振り返した。
今日は暖かい、春が近づいているよ。
最終更新:2010年03月01日 12:52
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