826 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/02/08(月) 11:14:44 ID:Pbkd8cDg]
『前髪と君の思い出』
―その壱―
水曜日。
私はついに決心した。ずっと気になっていた事を解決するんだ。
「よし。ねえ!夏目くん見たって言ったの誰だっけ?」
とりあえず私はラッキーだ。同じ中学からここに来た子はたくさんいる。
「は?夏目?」
「誰だっけ?」
なのに、教室内であがった声は疑問ばかりでいきなり挫折。
「中三の時にちょこっとだけいた転校生!もう、皆騒いでたじゃない!クールだとか物静かとかさあ」
変な奴だとか無責任なことも言ってたくせに。私はちょっと腹が立った。
口にした方が忘れるのは簡単だけど、言われた方が忘れるのは簡単じゃないのに。
ああ、と言った奴がいた。
「三隅…の方じゃなかったかな」
「場所は?!」
「うーん、それは…わからないなあ」
私は食ってかかる。だって手がかりないんだもの。
「他のクラスでも聞いてみれば?目立つ顔してたし、誰か見てるかも」
「でも三隅って遠いし、ここより田舎じゃない」
「田舎の方が探しやすいだろ」
級友達は私の剣幕に気圧されたのかぽつぽつと提案し始めた。
わずかな期間で転校していった人など、余程印象が強くなければ、様々な物事に次々に気をとられながら生きている彼らの記憶には残らないのだろう。
その意味で、私にとって夏目貴志は『印象の強い』人物だった。
「それで、どうして夏目くんを探すの?」
話を振られて私ははっとする。
「うん…言いたいことがあって」
素直にそう答えて、しまった、と気づいた時には既に遅く。
「告白?!告白ね!」
「ユリコ夏目くんが好きだったの?!」
「いつもぼーっとしてるからわかんなかった!」
きゃあきゃあと嬌声をあげる女子に囲まれてしまう。
しかも、さらっとひどい事言ったのは誰だ?
「いやそうじゃなくて…」
説明が面倒くさい。いいや、もう。私はすぐに諦めた。
噂になったとしてもどうせ夏目本人に届く訳はないし、同情とか興味で協力者が増えれば願ったりだ。
三隅の山向こうの街で時折見かける、という話が昼休みには届いた。
女の子の噂話の情報収集能力はすごいなあ。
「どうする?どうするのユリコ」
「思い立ったが吉日よ!」
かしましい級友達に、『一人で行きたい』と思い詰めたふりをしたら簡単に騙されてくれた。
「(…皆結構単純なのね)」
自分を棚に上げて思う。恋じゃないけど、恋は盲目ってヤツは周囲に伝染するのかもしれない。
827 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/02/08(月) 11:15:18 ID:Pbkd8cDg]
―その弐―
放課後。バスを乗り継いで向かうは三隅。
降り立った街は夕暮れが近いせいか慌ただしい。
うちの方よりずっとこじんまりとして、温かさと排他的な部分をさっと混ぜたみたいな独特の雰囲気があった。
少しだけ不安になる。
夏目くんに会えないことよりも、あのさみしげな少年がまだ同じ姿のままだったらどうすればいい。
「…曇りだからそんな気分になるのよ」
わざと口調を明るくする。今日は午後から雲が多くなり冷え込んできていた。
暗くなる前に帰途に着きたいしと、とりあえず近くの商店や本屋の様子を伺う。
「(夏目貴志くんを知りませんかーなんて、聞けないしね)」
SCの屋上駐車場(3階だった)に上がって、近くに高校らしき建物がないか探してもみた。
「…会えなかったら無駄足か」
お小遣いにも結構響くし。
それでも来たからには次への手がかりなり結果なりが欲しい。
何か必死だなあ私。
少しがっかりしながら階段を降りて、出口隣のファストフード店を何気なく見ると。
「い!(いたーーっっ!)」
驚いて危うく大声を出す所だった。
一日目で見つけちゃった、すごいよ私。
不審なのは承知でオジサン人形の陰から覗くと、友達とおぼしき二人と並んで飲み物を受け取ったところで、何やら楽しげに話している。
あ、笑ってる。
「ちょっと…話しかけづらいなあ」
一年前は一人だったから。今日は友達といるから。ずいぶん大きな違いだけど、話しかけづらいのは同じだ。
「…出直そう」
お小遣いから出せる交通費はあと約二回分。一日おきで金曜日と日曜日に来てみようか。
「(あっ…やば、帰りそう)」
夏目くん達が席を立った。鉢合わせは避けたい。
とりあえず駐車場への階段に走り、踊り場にしゃがんで三人を見送った。また不審者みたいになったけど、まあいいや。
では。
緒方ユリコ、本日の結果を報告します。
「友達、出来たんだね」
828 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/02/08(月) 11:20:57 ID:Pbkd8cDg]
―その参―
金曜日。学校が何だか騒がしい。何よ、何かあったっけ?
「ユリコー♪」
皆浮かれてるなあ、語尾に音符ついてますよ。
「んー?」
「一昨日どうだった?会えた?」
ああ、夏目くんのことね。
「会えなかった」
不貞腐れたみたいに答えてみる。
「また行くんでしょう?チョコ、ちゃんと買った?」
「チョコ?何で?」
人外のモノでも見たみたいに驚いた顔をされた。
「バレンタイン!日曜日!」
ああ、そうか。だからみんな騒ついてるのね。すっかり忘れてたよ私。
「告白するなら必需品よ!」
告白する事になってたのも忘れてたよ私。大体、彼女いるかもしれないし。
「そうね、今日買って行く」
「応援してるからね♪」
私の返事に安心した様子で彼女は席に戻って行った。
放課後、一昨日と同じ道を辿る。今日はまあまあ晴れ。
「さて、会えるかなあ」
──結果。
会えませんでした。そりゃあね、行動パターンも知らないし約束もしてないのに普通会えないよ。一昨日が幸運過ぎたのよ。
「…日曜日があるわ」
へこむ気持ちを盛り上げようとしてみるが現実は常に厳しい。無駄足だって交通費はかかるのだ、財布を確認して私は──結局へこんだ。
では。
緒方ユリコ、本日の結果を報告します。
「夏目くん、三隅遠いよ…」
日曜日は決戦の日。会えなかったら二ヶ月分のお小遣いがパアになる日。
いやいや違うでしょ私。
自分につっこみつつ三回目ともなると慣れたバスを降りる。
田舎とはいえ一応街中だし、日曜日の午後は人が多い。
夏目くんがここに来たとしても見つけられるかな、またちょっと不安になる。気を取り直して前のSCに行ってみよう。そうしたら。
「(いた…)」
いたよ、夏目くん。行動範囲狭いのかしら。
前回とは違うのは、制服じゃないこと。それに、隣は女の子。しかも、しかも。
手、繋いでる。
「もしや…彼女?」
可愛い。すごく可愛いくておしとやかそうな子だ。
夏目くんと並ぶと自然に互いが映える感じでお似合いだ。恥ずかしそうな様子がまた初々しい。
「(これは…予想外の展開よユリコ)」
前回より声がかけづらいんだけれど。やっぱり、デートだよね──どうする私。
夏目くんが不意にこっちを見た。目が合う。
あれ?気づかれた?隠れてなければ当然か、と一瞬思って。
違う!夏目君、覚えててくれたんだ、私の顔。
口の形だけで、「やあ」と言って小さく手を上げてみた。
彼女がすいっ、と少し離れたベンチに向かって、困惑した様な顔の夏目くんがこちらに歩いて来る。
829 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/02/08(月) 11:21:35 ID:Pbkd8cDg]
―その四―
うわ、いざ会うと緊張するのね。肩にかけていたバッグを握る手に無意識に力が入る。
「緒方…だよな?久しぶり」
「はは、久しぶり。元気だった?」
「ああ。緒方も?」
うん、と頷くと会話が止まってしまう。言わなくちゃユリコ。
「ずっと…気になってた事があって」
夏目くんが不思議そうな目で見つめてくる。その前髪は──もう長くない。
「ガラスが割れた時、ちゃんと味方になれなくてごめんね。……それだけ、言いたくて」
驚いた顔の夏目くん。
「あの時…緒方はおれの味方だったよ」
たった一人の。そう言われて、私は、こんなにも嬉しい言葉が存在することを初めて知った。だから。
あともう一つ聞いていい?と続けた。
「なに?」
「今は…幸せ?…夏目くんをちゃんと見てくれるひとは見つかった?」
夏目君が見る間に笑顔になっていく。暗い部屋に朝日が射し込むような、それはあの時よりもずっと穏やかで優しい笑顔。
「幸せだよ、ありがとう。…見てくれるひともちゃんといるんだ」
目線の先には──見なくても分かる。
ちらり、と彼女の方を見ると小さく会釈してくれた。
どうしてだろうか、胸がいっぱいで会話が続けられない。でも言わなくちゃ。
「そっか、良かった。…彼女、待たせちゃってごめんね。…また、いつか」
「ああ…また」
夏目くんが手を上げてくれるのをさっと振り返って背にする。
本屋さんに入って息をつくと少し落ち着いた。
『味方だったよ、たった一人の』
嬉しかった。会えたこともだけど、何より伝わっていたことが。
「はあ…」
胸が痛い様な気持ち。初めてだ、こんなの。
一回、二回、深呼吸する。
落ち着いてきたら二人が気になって仕方がない。
ここまで来たんだし、尾行けてしまおうか。
「(まだ、いるかな)」
お店の袋持ってたし、用事は終わったみたいだったからもう帰っちゃったかも。
走る様に本屋さんを出て、右、左、少し先の交差点に二人の横顔。
よし。ごめんね、夏目くん、私好奇心には勝てない質なの。
830 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/02/08(月) 11:24:02 ID:Pbkd8cDg]
―その伍―
街から少し外れた方に歩いて行くのは帰るからだろう、ずっと手は繋いだままだ。
野原の近く、大きな木がさわさわと揺れている。夕焼けに淡く染まった道を二人が歩く。離れて、私。
影は私の足元で三人になる、短い二つと私の長い一つ。
ふと彼女が足を止めた。
「(気づいたんじゃないよね、離れてるし)」
木陰に隠れて下を向く、と。
「(あれ…影が一つだ)」
顔を半分だけ出してみた。
ひゃああああ!
キス、してるっ!しかも──長い。
遠くから見てるだけなのに顔が熱くなる。心臓がバクバクする。
しばらくして体を離した二人がまた頬を寄せて何か話している。
周りの空気の色がそこだけ変わるくらい、とてもとても幸せそうに。
「(…いいな)」
あんな風に二人なら、きっとどんな事でも大丈夫なんだろうな。
しっかりと手を繋ぎ歩き出す二人の後ろを、夕暮れにのびた影が届かないくらい離れて追いながら、どうしようもなく切なかった。
結局家まで尾行て来てしまったし、もう開き直って見届けてから帰ることにした。
ただいま、と夏目くんの声が聞こえて木の陰からそっと玄関の方を窺う。
これ以上は近づけないから話は聞き取れないけれど、微笑む女性が今の夏目くんの保護者だろう。
そのひとはとても優しく笑って、夏目くんの口元に手をやり軽く拭う仕草をした。
夏目くんが照れた様に俯く、彼女も同じく。
その背中にそっと手を添えてそのひとは二人を迎え入れる。玄関の中には微笑む男性の姿もあった。
表情から仕草から想いが溢れてくるみたいに、幸せそうだ。
夏目くんは、ちゃんと家族を見つけたんだね。
「…良かった」
お小遣い使って探した甲斐があったよ。
良かった、本当に。もう以前みたいに、関わりを拒否する様な表情じゃない。悲しそうな夏目くんじゃない。
あの優しい目で笑える様になったんだね。
バス停へ向かう道を歩きながら、涙がぽつり、と手の上に落ちた。
もしかしたら。
「私、夏目くんが好きだったのかなあ」
それはとても曖昧で中途半端な感情だったけれど、同情では決してない気持ち。
「うん。好きだった男の子が幸せそうだったんだから喜べ私!」
ぐいっと袖で涙を拭いた。真っ直ぐに夕暮れの街を歩く。
「よし!私も良い彼氏見つけてやるぞぉぉぉっ!」
突然大声を出したから周りの人が驚いている。
帰りに神社に寄って行こう。居るか居ないか考えてもみなかった神様だけど、残りのお小遣いからお賽銭をあげて来よう。あと、チョコも。
ここで出会った男の子はとても幸せそうでした、って。
では。
緒方ユリコ、最終報告をします。
「優しい笑顔、素敵だったよ」
夏目貴志くん。また、いつかね。
最終更新:2010年03月01日 13:02