32 :名無しさん@ピンキー:2010/03/08(月) 18:01:34 ID:MHvPvQh9
保守がわりに
>>3-7の続きです
『遠い約束・続』
抱きしめた夏目の肩はまだ小さく震えていて、先生はその背中を宥めるようにそっと撫でてやる。
あの時、追及すればレイコは話しただろうか。それを自ら避けたのはただ聞きたくなかったからだと、今になって先生は気づく。
そう、今更。
「詮無いことだ」
自分に言い聞かせる様に呟くと、夏目が袖で顔をこすりながら鼻声で礼を言った。
「…有り難う、先生」
「何がだ」
「嬉しいんだ。先生がレイコさんの傍にいて、それを大切に憶えていてくれたことが。とても嬉しかったんだ」
すすり上げながら微笑む目元が赤い。
「慣れるより忘れる方が難しいだけだ。私は……瞬きほどの短い間でもレイコに出会えて楽しかったのさ」
彼女の短い生と先生の時がつかの間重なったのは偶然か必然か──それが運命とよばれるのなら、人と妖、その異質なものの間にも運命は存在するのだろう。
ならば、時を隔ててなお人から妖へ、妖から人へと想いも届くだろうか。
「レイコは何を大層なと笑うだろうがな」
あいつは素直じゃないんだ、と先生は苦笑する。
「泣いてなどいたら鼻で笑われた挙げ句、沼辺りに蹴り落とされるぞ」
「…私の孫が情けないわね、ってかな」
「そうさ。しかも棒やなんかで突かれて沈んで、泣くのを忘れるまで上がれん。そういう奴だ」
レイコの優しさは少々たちが悪いんだ、と先生は冗談みたいに口にする。
夏目の泣き笑いも苦笑に変わった。
レイコに瓜二つでも、夏目は彼女がしなかった顔をする。余計なことにわざわざ首を突っ込んでは巻き込まれる。人の為に喜び、妖の為に泣く。誰も傷ついて欲しくないからと自分が傷つく。
だから傍にいるのだ。
彼女と同じく、優しく不器用な人の子の時を見届ける為に。強かった彼女の、揺らいでばかりで頼りない孫の傍らにいよう。
「優しいな、先生も」
──優しいのね、斑──
二つの声が重なる。人の子、お前達の方がずっと優しいよ。
33 :名無しさん@ピンキー:2010/03/08(月) 18:02:20 ID:MHvPvQh9
「…今夜は良い月だな」
窓からのぞく月を見上げた先生はす、と振り向く。
記憶で形作られた娘の、さらさらと長い髪は月光を反射して銀色に煌めき、夏目を見つめる瞳も同じ月の色を映す。
「先生?」
「…礼を貰うか」
差し伸べた指で夏目の頬にそっと触れるとほんのりとあたたかい。
その意味を悟って夏目が穏やかに笑んだ。
「……また、前みたいになるのか?」
「素面だからな、このままだ」
「ええ?それって問題じゃないか」
「うるさい」
向かい合って戯れてはくすくすと笑う。
「夏目」
頬を撫でていた指をするりと滑らせ、夏目の首筋に両腕を絡めて身を預けると夏目はしっかり抱き留め、甘い香りの髪に顔を埋めた。先生を真似るようにゆっくりと背中を撫でる。
「先生、って呼ぶのはおかしいだろうか」
「構わんさ」
今はレイコでも斑でもないのだから、好きに呼べばいい。夏目の呼ぶ名が今の名になる。
「先生」
額と額を触れ合ってお互いをみつめた。まるで合わせ鏡の様に同じ顔。
先生は夏目に口づける。
始めはそっと合わせるだけで、互いの体温を感じるよう静かに長く。
どちらからともなく唇をついばみ、吸い、前歯の先端に舌を沿わせ、徐々に口づけは濃厚に変わる。滲む唾液を交ぜて舌を擦り合うと苦しさと心地好さで息が弾んだ。
夏目がさらに舌を絡めようとするのを遮り、思うままに唾液を舐めとる。
甘い。
それは、記憶の中の彼女を呼び起こす甘さ。
──ふふ、お礼よ──
──綺麗ね、斑。この花よりあなたの方がずっと綺麗──
「先生」
気づくと、蘇った声に誘われいつの間にか唇を離していた。夏目の双眸が正面から先生を見つめている。
「先生、いいんだ。忘れる方が難しいんだろう?だから…いいよ」
構わないから、とも気にするな、とも夏目は言わなかった。ただ優しく、芯に強さの光を秘めた瞳でじっと見ている。
「今は先生がいいんだ。…おれが」
お前という奴は本当に、そう呟いた言葉は聞こえなかっただろう。
今夜は。今夜だけはお前達人の優しさに甘えさせて貰おう。
忘れていない彼女を、思い出す夜にさせて貰おう。
すまないな、夏目。詫びる言葉は却って気持ちを踏み躙るだけに思えて飲み込んだ。
それでも──お前は代わりではないよ夏目。勝手な言い草だが、ただ温もりを借りるだけにしたいのだ。
もう一度口づける。ここに、体が、想いが在るのを確かめるように強く。
34 :名無しさん@ピンキー:2010/03/08(月) 18:03:19 ID:MHvPvQh9
「は…」
体を離してつかの間見つめあった。
夏目が先生のスカーフをするりと解き、また唇を重ねた。今度は深く。
「…結ばないでくれよ」
「しないさ」
上衣の裾に手をかけ、両手を上げた先生の腰を横抱きにして脱がせると、露になった白い胸が体の動きに合わせて揺れる。はらはらと流れた髪の間から二つの隆起がのぞく。
スカートのファスナーを下ろし片足ずつ引き出す間も先生はされるがままだ。
夏目は上半身だけ裸になり、全裸の先生を優しく抱いて膝に乗せる。お互いの体温と鼓動を確かめるようにぴったりと肌を寄せ抱き合った。
温もりも心もこうして伝わるんだな、と夏目はそれを教えてくれた少女のことを少し想う。
自分にも伝えられるのだろうかと先生の頬をなぞり、髪にキスし、白く滑らかで華奢な肩を撫でた。とても真摯に、少女がしてくれた様に触れた。
柔らかな胸の先端を口に含みころころと舌先で転がし、軽く吸う。
「ん…」
艶麗で熟れた様な唇から吐息が漏れる。
細く華奢な腰に腕を回し、夏目はその舌触りを貪る。空いた方の手でゆっくりと乳房の感触を愉しみ、指の腹で軽く挟んだまま円を描くとぴくんと先生の体が震えた。それをきっかけに先端に指を宛てると、捏ねて摘んでくりくりと回す。
舌で指で触れているのは胸なのに、太ももの上で開かれた脚と腰が反応する。
乳房の稜線を下になぞり、滑らかな脇腹と脚の付け根をゆっくり経由して、焦らしたそこに到達した。
溢れた蜜を垂らして微かにひくつく襞にそっと指を差し入れる。ちゅくちゅくと淫らな音とともに蜜が流れ、指を絡めとろうと中が蠢く。
「…い、つの間に…やら手慣れた…な」
俯き加減で切なげに息を弾ませ、下肢を震わせる先生の声が甘く悦びを含んでいた。
答えずにぷくりとした突起に粘液に濡れた親指を滑らせ、上下にと撫でるとそこは一層膨れる。両肩に置かれた手に力が込められ、浮き上がりそうになる先生の腰を背に回した腕を下ろして押さえる。
差し入れた指で熱をもった内奥を探り、親指はそのまま何度も突起を嬲ると熱い蜜が手のひらを伝い零れた。
「んっ……ああっ」
こらえきれず白い喉を曝すように反らして先生が声をあげた。少し驚いて夏目が手を止めると、その手首を掴まれ押し倒される。
長い髪が裸の胸をくすぐり、甘い花の香りが漂った。下から見上げる先生の顔は、とろけるような瞳と上気した頬に妖艶な笑みを浮かべていた。
視線をずらせば白い乳房の中心に、自分が愛撫した為に濡れて固く尖った淡紅色の頂きが見える。
35 :名無しさん@ピンキー:2010/03/08(月) 18:04:08 ID:MHvPvQh9
「されるがままでは……もったいない」
先生は夏目の細い首筋から鎖骨の窪みまで丁寧に舌を這わせた。
体を震わせ、息をはいたところを狙ってまた唇を奪う。
項に腕が回り、唇を重ねたまま屹ち上がったものを宛がおうとする夏目の手にそっと手を添え、動きを押し留めた。
唇を離すと不思議そうな顔をしている。それが幼い子どもの様で無闇にいとおしくなり、先生は微笑んだ。
つ、と鳩尾をなぞって降りた両手で夏目のそれを支える。先端をちろりと舐めると夏目が声をあげた。
「…っ!先生っ」
「嫌か?」
指先で突くと透明な液体でつるつる滑り、その刺激に反応した夏目は身を捩る。
「いや、だって…」
「嫌じゃないなら構わんだろう」
「…その」
躊躇う様子についいつもの調子で返すと夏目が怯んだ。先生は心の中で苦笑する。
「私がしたいだけなんだ、お前が私に気を遣うな、夏目。嫌なら嫌、でいい」
「…嫌じゃないけれど」
恥ずかしい、と呟く姿がまた初な娘のようで微笑ましいやら情けないやら。
「妖に人の精気はこの上ないご馳走だ。礼に奢ったと思えばいいさ」
力を抜け、と髪を掻き分け安心させるように額と瞼に口づける。夏目がくすぐったそうに目を閉じるのを確認して唇から首筋、鎖骨、薄い胸、と舐めつつ股間へ降りていく。
まだ屹立していたものを指を絡めて掴むと、夏目が僅かに腰を揺らして上半身を起こす。
軽く開いた唇で挟みこむようにして口に含むとちゅぷ、とくぐもった水音がした。先端をちろちろと舐め、唾液を舌で塗りつけながら吸い上げる。ちゅく、ちゅくと浅く上下しただけで夏目の体はびくんと反応する。
反り返った裏側の筋に沿ってゆっくりと舌を這わせ、また先端に戻って窄めた口と舌先で小刻みに吸う。
流れて落ちる粘液を包むように形作った手のひらで擦りつけ、口の動きに合わせて上下に扱いた。
「…っん」
夏目自身をくわえたまま上目遣いに見ると、握った右手の甲で口元を押さえ目を閉じて眉間に皺を寄せている。既に限界なのかもしれない。
ちゅぱ、と口を外すと顎にまで唾液が滴りそうになるのを舐めとって、先生は言った。
「我慢するな、飲んでやるから」
「な…の、飲む、って」
夏目が目を見開く。初なのかそうでもないのかわからん奴だ。
「そういうものなんだ」
36 :名無しさん@ピンキー:2010/03/08(月) 18:05:27 ID:MHvPvQh9
くぷと柔らかい唇の間にまた夏目の自身は飲み込まれる。途端に襲う快感に体が震えた。
目をやった先、夏目の両足の間では髪が顔にかかるのも構わず、先生が屈み込んでいる。
自分と同じ顔、その紅い唇が艶々と濡れて蠢く官能的なさまに、また下半身が屹ち上がった。
口の中はぬるぬるとして温い舌がねっとりと絡みつき、唇を窄め吸って締めつけられては解放され、形に沿って根元から舐め上げられると気持ち好さに声も出ない。
喉の奥深くまで押しつけられ、狭く締まる粘膜がまとわりついたと思えばじゅるじゅると音を立ててひき上げられる。
キスをする様に先を吸われ、唾液でたっぷりと濡れた口の中に深くくわえ込まれ、唇も白い指先も激しく動いてそこを扱く。
すぐに限界は訪れ、放たれた精気は先生の喉に飲み込まれていった。
口の回りから手のひら、夏目の先端まで一滴残らず紅く卑猥な舌に舐めとられる。最後に唇を人差し指で拭う仕草も妖しく美しい。
「美味だったぞ」
「じゃあ次は…おれの番だな」
肩を引き寄せ抱きしめる。
「…無理せんでいいぞ、疲れてしまう」
夏目の体を労り、かつ夏目と少女の気持ちを慮っての言葉だろう。
ほらやっぱり先生も優しい、レイコさんのこと言えないじゃないかと夏目は思った。
「平気だ」
そっと押し倒してもう何度目かわからないキスをする。まだ屹ったままのものを片手で支え、空いた手で投げ出された手を握ろうとしたらするりと逃げられ、肩に誘導された。
何故、と見るとそれは少女にとっておけ、と言われ、その気遣いに夏目は返す言葉もない。
ならせめてこの妖に、レイコさんに及ばずとも温もりを伝えたい。自分に出来ることはそれくらいしかない。
そっと中に挿入る。夏目の愛撫から時間が経っていたがまだ中は十分に濡れていて、襞が不規則にひくつきながら絡んでくる。
少し動いただけで蜜は量を増し、繋がった部分から湿った音が響く。
先生が喘いだ。動きを早めると、ぬるぬると滑る中で時折きゅっと締めつけられる感覚が増える。
掬う様にして先生の体をまた抱きしめ、顔に貼りついて乱れた髪を耳にかけてやり背に流し指で梳いて、撫でた。何度も。
夏目は、貰ったあたたかさを伝えたかった。
37 :名無しさん@ピンキー:2010/03/08(月) 18:10:46 ID:MHvPvQh9
痺れるように続く快感と浅い呼吸の中、繋がったまま抱きしめられ髪を撫でられて、先生は気づいた。
これは──あの時、自分がレイコにしたことだ。
ただ彼女がいとおしくて抱きしめ、辛さを和らげてやりたくて髪を撫でた。
同じことを夏目は何も知らずに自分にしている。
その髪を撫でる手から、抱きしめられた腕から、密着した胸から、一つになった部分から、伝わってくるものがある。
あたたかいそれは、彼女と同じ温もり。
ああ、そうか。
傍らにいてやるのではないのだな。共に傍にいるのだ。
わかったよ、レイコ。夏目。
知らぬ間に閉じていた瞳を開くと途端に快感が押し寄せ、先生は絶え間なく喘ぐ。胸に直接感じる夏目の鼓動も耳朶にかかる息も荒い。
「…夏目、」
嬉しいでもない。有り難うでも足りない。その言葉にならない言葉は、想いとなってこのひたむきな人の子に届くだろうか。
「夏目」
先生は一層強く抱きしめられた腕の中で、夏目が果てるのを感じた。
「…眠ったか」
膝の上に片頬を預けて、夏目は安心したように静かな寝息をたてている。その寝顔にレイコの面影は見えない。
同じ顔でもやはりこの二人は違うのだ。
ふと、涼やかな風に前髪が揺らぎ先生は窓辺に首を巡らすが、カーテンはそよとも動いていない。
目を戻すと膝の上の夏目の髪がすっと撫でつけられた。一度、二度。眠ったままの夏目が微かにくすぐったそうな顔になる。
「……いるのか?」
妖の気配はない。軽やかな笑い声が小さく響く。
──私の言った通りね、斑。
「顔くらい見せたらどうだ」
返事は無い。
「…レイコ?」
夜の帳から鈴の様な声が流れ出て、先生の耳元をそっと通りすぎた。
──ありがとう。
夏目の髪にいつの間にか花が一輪指してある。
薄闇の中で淡くゆったりと薫るそれは、桔梗。
38 :名無しさん@ピンキー:2010/03/08(月) 18:11:52 ID:MHvPvQh9
思い出したのは封じられる数日前の情景だ。
秋も終わりかけの空は高く澄んで、ひんやりとし始めた風が敷き詰められた落ち葉をさらっていく。
かさかさ、と柔らかな絨毯を踏む音が日向を探して微睡んでいた私に近づいてくる。
普段なら藪から飛び出して来たり、木から突然昼寝中の背に飛び降りたりと唐突に現れるレイコが、その日はどういう訳か野の花など抱えのんびりと歩いて来た。
まだ暑い頃から暫く姿を見かけずにいたが、夏風邪にでもかかったかとさして気にも留めなかったのだ。人との間で何かあれば大概森に隠れ、ついでに妖をからかっていく様な奴だったから。
「こんにちは、斑」
「…久しぶりだとお前でも殊勝げに見えるものだな、レイコ」
そう、と微笑った頬にいくらか陰がある。顔が埋もれる程抱えていた野の花を一度に空へと放った。ぱらぱらと散るのは錦の花弁。野菊、萩、女郎花、桔梗に梅鉢草。
「はい、おみやげ」
「…みやげというならせめて束ねて渡せ」
「細かいわねえ。この方が花飾りみたいで綺麗じゃない。…綺麗ね、斑」
レイコは足元に落ちた桔梗を髪に指し、私の体に一輪ずつ花を飾ると指先から服から移り香が漂う。横目で見た肩が薄く、元から華奢だった体が一回り小さくなったようだった。
「この花よりあなたの方がずっと綺麗」
「当然だな。それより…考えてきたか」
「まだよ。結構難しいんだもの」
そう答えるとずり落ちるように私に寄りかかって座った。髪からも匂う花の香りの中に、僅かに嗅ぎ慣れないものを感じた気がして身を引く。
それがしばらく姿を見せなかった理由に思えたが、首を突っ込むのも躊躇われて開きかけた口を閉じた。
レイコはそんな私に構わず問いかける。
「ねえ。あの時どうして食べなかったの?」
「さあな…気紛れだ」
「そう。……やっぱり人も妖も同じね」
「何だ、藪から棒に」
「難しくて好きになれないってこと」
「ほう、何を今更。どうした、好きな奴でも出来たか?」
まさか。くすくすと笑うレイコは拾った落ち葉を指先で摘んで回している。ひらひら、くるくると紅葉の紅がひらめく。
しばらくお互いに黙ったままで、少しずつ陰っていく陽を眺めていた。寄りかかられ接触している一部分だけがじんわりと温かい。
私もレイコも、今日、こうするためだけにここに来たような気がした。
そうして私の体が日向から追いやられた頃、レイコが口を開いた。
「私、妖達の名を集め過ぎちゃったみたいなんだけれど」
「…いびり過ぎたの間違いだろう」
何を無邪気に、そう返すとレイコは心底楽しそうに笑った。
「ふふ、呼びきれないし返すのももったいないわよねえ」
「ふん、なら誰かにやればよかろう。妖は皆我先にと欲しがるぞ」
「そうね、誰がいいかしら。斑、いる?」
私はため息をついた。まだこいつは勝負するつもりなのか。もうお前に私の名は必要ないだろうに。
「勝負にはのらんぞ。妖が嫌なら…お前の子どもか孫にでもやったらどうだ」
残念、レイコは落ち葉に後ろ手をついて大げさに暮れかけた空を仰ぐ。何故か嬉しそうな顔だった。
「騙されないか、斑は。そうね……素敵なことを考えついたみたいよ私。二日待って頂戴」
突然服の落ち葉を払って立ち上がると、綺麗な声で歌うように言った。
「またね、斑」
さくさくと落ち葉を踏む軽い足音が少しずつ遠ざかっていく。私は何も言わず見送った。
わかってしまったからだ。
レイコがした事の意味が。先程自分が身を引いた訳が。
そしておそらく──もう彼女にもどうしようもない事なのだと。
39 :名無しさん@ピンキー:2010/03/08(月) 18:16:09 ID:MHvPvQh9
翌朝、目覚めた夏目は傍らに座る昨夜の姿のままの先生を見上げた。
「先生。おれ、夢でレイコさんに会ったよ」
「そうか」
「妖達に名を返してもいいのか聞いたんだ…レイコさんの大切な友人達だろうって」
先生が夏目の髪に手を伸ばしをゆっくりと撫でる。いとおしげに、静かに。
「レイコさん、笑ってたよ。それから、先生みたいに撫でてくれた。友人帳はもう夏目貴志のもので、そこに名のある妖達は貴方の友人なのだから、思うように使えばいいって」
「友人帳を遺してくれて有り難うって言ったら、良かったわ、斑がいるなら大丈夫よって。ずっと撫でてくれたんだ。夢なのに…すごく、暖かかった」
一気に喋った夏目は息をつき、しばらく逡巡するように瞳を揺らしてからぽつり、と問う。
「…レイコさんは先生が好きだったのかな」
「さあな」
先生はまだ髪を撫でてやりながら素っ気なく返す。夏目が彼女の想いを知る必要は、まだないのだ。
「約束、思い出したら言ってくれ。おれが代わりに出来ることならするから」
問いかけに手を離した先生は呆れた表情を浮かべ、軽く髪をかきあげる。
はあ、と大仰なため息をついてから夏目は思いっきりはたかれた。
「それを酔狂と言うのだ、阿呆が。人が妖に情けをかけてどうする。逆もまた然り、まったく何度言えば解るんだお前は」
「はは…ごめん。でも、でもさ先生。おれ…レイコさんの」
続けようとした言葉は先生の唇で遮られた。頤に指がかかり仰向いたところを掬うように重ねられる。
「お前を代わりにした覚えなど一度もないぞ」
離した唇を軽く舐めた先生は、少しは自分を大事にしてみろ、とまたため息をついた。
「それに…約束はもう果たされているさ」
──だって、私の──
「何のつもりだ、これは」
体の要所に貼りついた紙切れで身動きのとれない私の目の前には、荒縄を携え札をくわえたレイコが立っている。今にも雨粒が落ちてきそうで辺りは暗く、風になぶられる長い髪と紅い唇がいやに目についた。
「約束を果たしに来たの」
「約束だと?…お前、友人帳はどうした」
「結界を張って隠したわ。私にはもう使えないから」
「どういうことだ」
「私ね、あの時斑に食べて欲しかったの。本当よ?でもあなた食べないんだもの」
レイコが困ったように笑う。その間も私の足元に描かれた図形が拡がっていく。
「私を…封じる気か」
「お願いね、斑。まもって欲しいものがあるの。いっそ私が妖だったら良かったのだけれど……でもあなたがいれば大丈夫だわ。きっとさみしくない」
「レイコ、待て。何を言っているんだ」
「その子がいいといったら友人帳はあなたにあげる。きっと逢えるわ、だから」
ざあっ。一段と強い風がとうとう雨を呼んできた。ぽつりと落ち始めた雨粒は瞬く間に土砂降りに変わり、殆ど葉の残っていない木々と地面、私の純白の毛並みを叩く。
数枚の呪符とスカートの裾が風に翻り、レイコは伸ばした指に挟んだ呪符に向かい、低い声で何事かを呟いてそして。
それはそれは綺麗に、大輪の花が開く様に笑った。
「ふふ、ごめんなさい。これが約束の『暇潰し』よ。きっと退屈する暇なんてないわ」
嵐を遮って足元から風が巻き起こる。体を包むまばゆい光の向こう側から、レイコの声が届いた。
「だって……私の孫だもの」
40 :名無しさん@ピンキー:2010/03/08(月) 18:17:28 ID:MHvPvQh9
「貴志くーん、ごはんよー
「はーい」
布団を押し入れにあげながら夏目が返事をした。先生は丸くなっていたお気に入りの座布団から立ち上がり、ぽてぽてと障子戸に向かう。
「ん?…あれ?」
背後で襖を閉めた夏目が戸惑ったような声を出した。
「先生、あのさ。…もしかしてなんだが」
先生が首だけで振り返ると、足を止めたままの夏目の瞳に微かに怯んだ色が浮かんでいた。
「おれ……まさか先生の孫じゃないよな?」
「お前は本っ当にどん臭いな」
「なっ…」
はああああ、と先生は空気が抜けて風船みたいに真っ平らになりそうな勢いでため息をつく。わざとだ。
「阿呆が。それくらい匂いでわかるわ!お前のような軟弱者に私の血が流れているわけがなかろう。どうしてお前はそう単純なのだ。もういっぺん言ってやる、この阿呆!」
「純粋に疑問に思ったから聞いたのに、阿呆とはなんだ!」
「阿呆だから阿呆と言ったまでだこの阿呆!」
「くっ…原因は先生の説明が足りないからだろう…このエセニャンコ!」
「言うに事欠いてエセとはなんだ失敬な!それ位言われぬまでも悟れ!鈍感モヤシ!」
「どっ…鈍感?!言ったなデリカシーゼロニャンコ!」
普段通りに言い返している風に見えても、夏目はまだ揺らいでいる。その気持ちは解り過ぎる程に解った。
不安の理由、それは───自分は人外なのか。
いわれのない悪意を向けられ疎まれ続け、やっと見つけた居場所が一瞬で崩れる様に感じたことだろう。ただでさえ不安定な夏目の世界が、さらに不確かなものへと変化してしまうのだから。
「…案ずるな、情けない奴だ」
敢えて素っ気ない口調で先生は続けた。慰めてやらずとも、お前はもう大丈夫だろう。そんな想いを込める。
「レイコにだって好いた男はいたさ。名も顔も知らんがな。……先に言っておくがお前が気にすることではない。くよくよ悩まれると鬱陶しくてならん」
「…ああ」
息をするのを忘れていたというように、夏目が深く息を吸った。
「でも、先生とならそんな繋がりがあっても良かったかな。…ちょっとだけ」
「こっちは願い下げだ。下らんことを言う暇があるなら少しは面倒に関わる悪い癖を何とかしろ、阿呆」
貴志くーん、遅刻するわよ、と塔子が階下から夏目を呼ぶ。
「ほれ、朝めしが冷めてしまう。行くぞ」
そうだな、いつか話す時も来るさ。
今のお前は、手にしたものを自分から離さずにいるので精一杯だろうから。
レイコの話を聞きたくなったらまた教えてやろう。
私はずっとお前の傍にいるのだからな。
レイコも言っていただろう?だから。
「大丈夫だ」
どんなことでも。
最終更新:2010年03月09日 23:24