58 :1:2010/03/14(日) 00:53:40 ID:hwZbK7/m
『春の中』
庭の桜の蕾はほころび始め、半分開けた窓から穏やかな風と一緒に近づく春の匂いを運ぶ。
日曜の午後、夏目の部屋。
夏目とタキは窓の方を向き並んで座っている。
会話が途切れ、先ほどからお互いに無言の理由はありがちな喧嘩などではない。
二人きり、なのだ。
しかも、お互いをものすごく意識してしまっている状態で。
藤原夫妻は外出した。少し遠くへ買い物に行くからと車で出かけたばかりだ。
一足先に塔子さん特製のオレンジケーキを食べ終えたニャンコ先生も、間を置かずに出て行った。
「滋も塔子も夕飯までは帰らんな。…お前らを相手にしてもつまらんし、飲みに行ってくる」
「ええっ?先生行っちゃうの」
「昼から飲んでると、そのうち酒焼けで赤ニャンコになっちゃうぞ、先生」
名残惜しさに力を込めたタキの腕からどうにか脱出し、憎まれ口を返すかと思ったら、先生は妙な目つきで二人を見た。
「ほれほれこれで二人きりだ、積もる話でもしたらよかろう?まあ別に……話さずとも『する事』はあるがなあ」
含み笑いと階段が軋む音を置いて、先生は階下に消えた。
気を利かせたのではない、面白がってけしかけたのだ。
残された夏目とタキは、ゆっくりと言葉の意味を理解した結果───硬直した。
(くそう先生め、余計なことを!)
二人きりになりたかったのは間違いないが、夏目が意図していた状況と現状は微妙にずれている。
それでも、考えてもみなかったと言えば嘘になるだろうか。
軽く手を伸ばせば触れられる距離にタキがいる。
その髪も、瞳も、頬も、肩も、胸も、腰も──唇も。
正面から左へ、僅かに身を向ければすべてに届く。
そうして夏目は心の中で頭を抱えた。
(おれに…どうしろと)
夏目の左側にはタキ。
視線の先、膝の上でスカートを握った手のひらに汗がにじんだ。
(本気じゃないけれどっ。でも言うわ、先生のばかーっ!)
隣に、ほんの少し体を倒せば抱きつける距離に夏目がいる。顔が上げられないのも、この鼓動も、理由は自分がいちばんよくわかっている──体が熱いから。
タキは頭を振った。
(まだ昼間なのに、とか考えちゃ……駄目ったら駄目よ!)
59 :2:2010/03/14(日) 00:54:39 ID:hwZbK7/m
今朝、タキは母によってまだ少し寝惚けた頭を半ば強制的に覚醒させられた。
「透。これ、夏目君の家にお裾分けに行ってきて頂戴」
「…え?…ええ?!」
「京都の筍。お友達が送ってくれたの、箱いっぱいよ」
こーんなに、と母が両手で山を作る。(驚いたのはそこじゃないわ、お母さん!)
「何故…夏目くんが出てくるの」
「ご近所にはもうあげちゃったんだもの。いいじゃない、お世話になってるし」
「でも急だし…いないかもしれないわ」
「その時はその時よ。会いに行く理由が欲しいでしょ」
ね、恋する乙女さん、と母がにこやかに笑い、頬を染めたタキは俯く。
かなわない。きっと何年経ってもこの母にはかなわない。
結局素直に頷いて紙袋を受け取り、顔を洗い寝癖を直して三十分、何を着るかで一時間悩んだ。
「あなたもいい加減慣れないわねえ……顔が赤いわ」
恒例となりつつある母のつっこみに送り出され、やっと家を出たのが十時半過ぎ。
「休日に会うって非日常感で緊張してるだけだもの!」
面と向かって出来なかった反論を歩きながらする。でも、会う度にどきどきするのは確かなのだ。
学校では意識せずに話せていると思うが、一歩外に出ると何回会って何度体を重ねても(…きゃああ!)慣れない。
現に今も(この角を曲がると夏目くんの家だ)そう考えただけで早まる鼓動に、胸に手をあてて繰り返し深呼吸をした。
「どきどきし過ぎていつか発作とか起こしそう…」
もっとこう、大人の余裕みたいなものが足りないのかしら。我ながら情けない気分になったタキはため息をついた。
60 :3:2010/03/14(日) 00:56:02 ID:hwZbK7/m
こんにちはと挨拶をすると、庭で洗濯物を干していた塔子が満面の笑みで迎えてくれた。
「まあ、いらっしゃい!今貴志君を呼ぶわね、ささ、上がって。貴志くーん、多軌さんよー♪」
とても歓迎されて少し落ち着いたタキは、紙袋を差し出す。
「あのこれ、母からです。頂き物ですけど」
「あら、筍!こんなにたくさん嬉しいわ。滋さん好きなのよ♪筍ご飯」
さあさあどうぞ、とタキが通された客間には仕事だろうか、用紙を数枚広げた滋が座っていた。
「やあ、いらっしゃい」
「こんにちは」
「滋さん!せっかく多軌さんがいらしたのに。仕事はお部屋でにして頂戴」
「お、そうだな悪い悪い」
塔子に追い立てられ、天気がいいからついね、とがさがさ書類をまとめながら立ち上がる。
(毎日、こんな風にやりとりしてるんだろうな)そう思うと何だか微笑ましい。
座布団を出され恐縮して座っていると夏目がやってきた。
敷居の前で一歩止まり、視線はタキの顔より少し上に向けられている。
お茶の載ったお盆を明らかに塔子に「持たされて」いるのが妙に似合っていて、(あの可愛いエプロンはないけれど)文化祭の売り子姿を思い出させた。
その足元からは丸いフォルムに渋い声。
「なんだ、タキが来ておったのか」
「ニャ、ニャンコ先生っ!」
とてとてと前を横切る先生に逃れる隙を与えず、タキは素早く抱き抱える。
「ああもう先生久しぶり!久しぶりのつるふかっ」
お構いなしに頬擦りしていると、夏目が吹き出した。
「ははは、タキ。…悪いが苦しんでるから少し緩めてやってくれ」
「はっ!ご、ごめんなさい先生、夏目くん」
タキが腕を離すと、先生はやれやれと座布団をひとつ占領した。
「ええとあらためて、いらっしゃい。あと…どうぞ」
ぎこちなくお茶がすすめられる。
「あ…ありがとう」
客間に通されたのは初めてだし、かつ藤原家に来るのも先月以来ひと月ぶりとあっては、受けるタキの側もぎこちない。
(何か、話さなくちゃ)
照れとこれまでの緊張が重なり、頭が回転しない中でもタキはなんとか会話のきっかけを探しだした。
「夏目くんは、筍…好き?」
「ああ、うん。さくさくしてて美味いよな。塔子さんが灰汁抜きして筍ご飯炊くって喜んでたよ」
「滋さんの好物なんですって
「ああ、そうなのか。わざわざありがとうな」
「ううん、沢山頂いたみたいだから。喜んで貰えて良かった」
「ほう土産は筍か。日本酒で一杯もいいな」
先生が満足そうな顔で目を細める。
「なんだ、先生も好きなのか?つまみ食いするなよ。塔子さんが困るんだぞ」
「失礼な。お前じゃあるまいし、高貴で優雅な私がつまみ食いなど…」
「じゃあ、さっきからこの口についてるのはな・ん・な・ん・だ?」
ぎりぎりと夏目が先生の頭を掴む。口元には確かに──(海老?よね)──赤い尻尾が半分くっついていた。
「まあまあ、夏目くん」
「タキ、こんな意地汚いニャンコかばわなくていいぞ」
「でもほら、つまみ食いって美味しいし、ね」
「…タキに免じて、だからな」
夏目がぱっと手を離し、先生が畳に落っこちたのをきゃあ、とタキが抱き上げる。短い手で頭の上のぶちを撫でた先生が小声で呟いた。
「いまに見ておれ」
(おかげでちょっと、ほぐれたかな)
普段どおりはにかんだ笑顔の夏目と、ニャンコ先生というもてなしが追加されてタキは言うことなしだ。
61 :4:2010/03/14(日) 00:56:52 ID:hwZbK7/m
「貴志君、多軌さん。ちょっといいかしら?」
廊下から塔子が二人を呼ぶ。
風を通す為か、客間の半間障子は開かれたままだ。なのにわざわざ少し離れた所から声をかけるのは塔子の気遣いだろう。
おそらく、「恋人同士の邪魔をしちゃいけないわ」という類の。
(それはそれで恥ずかしい…)そう思いながらタキは夏目に続いて立ち上がった。
「あのね、お友達と約束したケーキの試作品がお昼頃焼き上がるんだけれど、男性陣は評価が単純で参考にならなくて。良かったら多軌さんに味見をお願いしたいの」
「私で参考になるなら…。塔子さんのお菓子、美味しいから嬉しいです」
「まあ、有り難う♪助かるわ。ちょうどちらし寿司の下ごしらえをしていたし、お昼ご飯も食べていってね。ね、貴志君」
「いえ、そんなにお邪魔するわけにはいかないですから」
それはちょっと図々しい気がして、タキは両の手を胸の前で振った。
すると、蚊帳の外という体でいた夏目が口を開く。
「タキが良ければいてくれないか。塔子さんも滋さんもおれも嬉しいから。もちろん予定がなければだけど…」
(今夏目くん…おれも嬉しいって言った?!言ったよね?)
照れ隠しだろうか、早口だったその意外な言葉にタキは驚いて隣に立つ夏目を見上げる。その首の角度が何故か新鮮で、前にこうやって並んだのっていつかしら、とつかの間思考が飛んだ。
それはそのままみつめあう姿になるわけで。
あらあらまあ。ごちそうさま、と塔子は喜色満面の頬に手をあてた。
「若いって素敵ねえ」
「「とっ、塔子さん!」」「いいのよ、うふふ。お昼までゆっくりしててね」
この状況で二人きりになったら、照れくささに耐えられずどうにかなってしまいそうだ。咄嗟にタキは手伝いを申し出た。
「あのっ、私、お手伝いします!」
「まあ♪嬉しいわ!お願いしちゃおうかしら。貴志君、多軌さんを借りてもいい?」
「あ…おれは塔子さんとタキがいいならそれで」
間違いなくタキと同様に照れていたであろう夏目が、ほっと小さく息をした。
62 :5:2010/03/14(日) 00:57:49 ID:hwZbK7/m
「じゃあ貴志君は食卓の片付けね」
キッチンに移動して、タキは塔子に借りたエプロンを着た。塔子はいつもの割烹着姿が板についている。
「美味しいご飯を作らなくちゃね」
「はい」
楽しそうに手を合わせた塔子の指示に従って、タキは動く。
鮪は賽の目、海老はお酒を入れてひと煮立ちしたお湯でじっくりと。椎茸の含め煮は細切り、絹さやは斜め半分に。その間に塔子はほのかに甘い匂いのする錦糸卵を手際よく焼いていく。
「…わあ」
(私が焼くと端の方がぱりぱりになっちゃうのに)
薄焼き卵は本当に薄く黄金色で、塔子の手で細く柔らかに刻まれた。
「多軌さん、酢飯をお願い出来る?」
「はい」
「覚えてね。酢が大さじ四杯、砂糖大さじ五杯に塩小さじ二杯」
「は、はい」
「貴志君はうちわね」
「はい」
タキは木桶にご飯を広げ合わせ酢をふりかけるとしゃもじで混ぜていく。夏目が細い腕で懸命に扇ぐと酢の爽やかな香りがキッチンいっぱいに満ちた。
いつの間にか菜の花のお浸しとあさりのお吸い物も出来上がっており、刻んだ三つ葉の澄んだ香りと混ざってなんとも美味しそうだ。
滋を呼びに夏目が出て行くと、タキは塔子と二人で洗い物の片付けにかかる。
と言っても料理をしながら塔子がちょくちょく洗っていたらしく、お皿数枚とお箸としゃもじくらいか。
(ああ私、ほとんど手伝えてなかったかも…)
「うふふ、何だか久しぶりにうきうきしたわ」
タキの隣で、お皿を拭いている塔子は上機嫌だ。
「多軌さんが手伝ってくれて助かっちゃったし、貴志君が来てから楽しいことばかり」
時々わんぱくで困ることもあるけれど、そう言って笑う塔子はとても素敵だとタキは思う。
「私も、楽しかったです」
まあ、良かったわ。塔子は目を細める。
「それにね、私、誰かとこうしてお料理する日が来るなんて思っていなかったの」
──ああそうか。藤原夫妻は夏目が来るまで、この家で二人きりだったのだ。
ずっと二人。その日々はたぶん幸せで、でももしかすると、それは。
「だからね、こんなに素敵なお嬢さんがこうして家に遊びに来てくれて、貴志君も私達も幸せ者よ。有り難う、多軌さん」
「…はい」
胸が詰まってそれだけしか口に出来ない代わりに、タキは精一杯笑った。それからぎゅっときつく瞳を閉じる。この瞬間とこの言葉を、心に灼きつけて忘れない為に。
──私も、なんて幸せ。
「さあ、皆でご飯にしましょう」
「はい!」
63 :6:2010/03/14(日) 00:59:47 ID:hwZbK7/m
「酢飯はタキさんと貴志君、盛りつけはタキさんよ。華やかでしょう?さ、貴志君」
いちばんね、と塔子がお皿を差し出す。
え、と夏目が止まる。滋を差し置いて、最初に箸をつけていいものなのか躊躇っているのだろう。
夏目らしい遠慮に滋が苦笑する。
「貴志の彼女の力作を私が先に食べたりしたら、塔子に叱られてしまうよ」
「そうよ!さ、食べて食べて♪」
「…はい。いただきます」
これはタキに向かって。するとまた心臓が跳ねた。
(塔子さんの言った通りだから美味しくない筈がないけれど…でももし、私が不味くしちゃってたらどうしよう!)
「…あの、どう?」
「うん、美味いよ」
恐る恐る聞いたタキを見て、夏目が微笑んだ。一気に頬が熱くなる。
[(ひゃああ…これって何だか)]
「新婚さんみたいね♪」
「「────!」」
あっさり塔子に心を読まれた夏目とタキは、ちらし寿司の上の紅しょうが並に赤面する。そんな二人に塔子はさらに追い打ちをかける。
「多軌さん、遠慮しないでね。貴志君に『あーん』してもいいのよ」
手を胸の前で揃えた塔子がにこやかに薦める。
「いっ…え、あ…」
箸を取り落としそうになり、タキのいただきます、は喉元で止まった。
「何を言ってるんですか、塔子さんっ!」
下を向いた拍子に二人は先生と目が合う。ちらし寿司をきれいに食べ終えた先生が意味深に笑った。
「…なんだよ」
夏目が小声で咎めても、ふん、と鼻で笑うだけで何も言わない。
もう赤くなるところなど残っていない二人に滋が助け船を出してくれた。
「塔子。そういうのは二人きりでするものだろう」
[(滋さん、それも何か違います!)]
「だって見たかったんだもの。じゃあまた次の楽しみにとっておくわね。きっと可愛いわー♪」
[(もう……勘弁してください…)]
二人の心の声は、楽しくてしかたない塔子にも滋にもたぶん聞こえない。
64 :7:2010/03/14(日) 01:00:58 ID:hwZbK7/m
ひとしきり反応を楽しまれた(?)あと、食後の緑茶を飲みながら滋が塔子に訊ねた。
「そうだ塔子、お返しは買っておいてくれたかい」
「あら大変。忘れてたわ」
「じゃあせっかくの休みだ、少し遠出をしようか。貴志は…多軌さんを送らなくちゃいけないね」
滋の言葉にタキが口を開く前に、夏目が答えた。
「はい。二人でゆっくり行って来て下さい」
「次は一緒に行きましょうね」
いえそんな、もう失礼します、そう言いたいのに口を挟む間もなく会話が進んでいく。それはいつになく夏目が饒舌だからだ、とタキは気づいた。
「すみません、塔子さん。味見の分のケーキだけ切って貰ってもいいですか?」
「了解よ。貴志君のお部屋でお話しながら食べていってね、多軌さん」
65 :8:2010/03/14(日) 01:03:15 ID:hwZbK7/m
そして、今。
先生にしてやられたことを実感している。
藤原家の夏目の部屋にあるのは無言の二人とケーキと、まだ微かに湯気ののぼる紅茶が載ったトレイだけだ。
カップからは茶葉の香りが穏やかに漂う。
「…あ、紅茶」
「え?」
「紅茶が冷めないうちに食べましょう?」
「ああ、そうだな」
気まずい雰囲気を甘さが和らげてくれたら、そう期待してタキは薄切りのオレンジが飾られたふわふわの生地にフォークを刺す。
一口食べて、さすが塔子さんだとため息がでた。
爽やかな甘さにカラメルの苦味がきいて大人っぽい後味、と感想が浮かぶ。
味見役はちゃんと果たせそうだ。
ため息に気づいた夏目が首をかしげる。
「どうかしたか?」
「あんまり美味しくて……塔子さんってすごいわ」
「ああ、料理上手だから」
「それだけじゃなくて…優しくてあたたかくて、でもちゃんと厳しくて…何て言うか、素敵なの」
「…そうだな」
夏目の顔が嬉しそうに綻んだ。だからタキは続ける。思い出すだけで涙がこぼれそうなほどの言葉を伝えたくて。
「さっき、お手伝いした時にね。塔子さんが有り難うって言ってくれたの」
「そうか…」
「滋さんも塔子さんも夏目くんも幸せ者よって。私…嬉しくて泣きそうで何も言えなかった」
「…タキ」
「だってこんなに素敵なひと達に歓迎されて、私」
タキはしっかりと前を見つめる。まるで遠く先まで引かれたひとつの軌跡を辿るように。
「頑張らなくちゃ。夏目くんをもっと幸せにして私ももっと幸せになるわ。いい?」
「…ああ。有り難う、タキ」
夏目がまた微笑む。タキも同じように笑って手を繋いだ。
緊張はとっくにほぐれて、今はただ隣に座っている。
66 :9:2010/03/14(日) 01:04:53 ID:hwZbK7/m
ふわ、と風が通った。
「タキは……ずるいな」
「…どうして?」
首をかしげるタキを、夏目が拗ねた目で見つめる。
「おれが嬉しくなることばかり言って、そうやって可愛いから。……先生に言われたこと、したくなる」
「え…」
思うつぼなのは悔しいけれど、そう夏目が囁いた。
視線が絡む。
そして、ただ本当に、息をするより簡単に。
たぶん今まででいちばん自然に。
キスをした。
鼓動が跳ねるように高まって体の芯が熱くなる。キスは止まらず、お互いに唇を求め続ける。舌を絡め、何度も何度も。
「んっ…」
息苦しさで唇を離すまで何度も。
「…いいか?」
タキは頷いて夏目の背中に腕を回す。力いっぱい抱きしめられて一瞬呼吸が止まった。顎を上げられ仰向けの唇をまた、より一層激しく夏目に奪われる。
タキの指が桜色のパーカのジップにかかったのを夏目が遮り、脱がされたパーカは肩を滑り落ちる。
袖から抜かれた手が一瞬優しく握られて、タキも握り返した。
あとはされるがままだ。
カットソーの釦が一つずつ外される度に、夏目の指先がタキのきめ細かな素肌に触れると───熱い。
露になったタキの滑らかな背中を撫で、ブラのホックで指は止まる。苦戦するかと思いきやあっさりと外され、肩紐がするりと落ちた。
「…上手」
そんな言葉が口をついて出ると、困ったように夏目が答えた。
「…明るいから」
その重大さに気づいてタキの顔は朱に染まる。だってそれは───何もかも見えてしまうということで。
思わず胸を腕で覆うと、夏目が耳元で囁いた。
「恥ずかしい?」
頷きだけで答える。
「……おれもだ。でも、全部見たい」
「夏目くんも…ずるいよ」
67 :10:2010/03/14(日) 01:07:07 ID:hwZbK7/m
腕がそっと開かれる。(夏目くんが見てる)それだけでもう息が弾む。
「タキは色…白いな」
「そう、かな」
指先が綺麗な膨らみの上部から、外側のラインをそっと辿る。
「…すべすべしてる」
それだけの行為なのに、夏目の手だとびっくりするほど気持ち良いい。さらに手のひらが乳房を包んで、持ち上げるように揉まれた。
「あっ」
窪みに先端が触れて電流のように快感が体を走り、びくっと震えた拍子に声を上げてしまう。
恥ずかしさに目をつぶる。きっと喘いだ瞬間も見られてしまった。愛撫を求めて固くなっているのも一目瞭然だろう。
「ごめん」
優しく抱きしめられる。
「おれ、何だかすごく照れてる…三回も見てるのにな」
タキはまだシャツを着たままの夏目の胸に、顔を埋める。
「…私も、同じよ」
でももっと触って。抱いて。してほしい。繋がりたい。到底口に出来ない言葉ばかりが頭に浮かんで、耳まで真っ赤にしたタキは精一杯を告げる。
「夏目くんも、脱いで」
もどかしそうに脱いだシャツの下から、あまり変わらないほど色白の薄い胸が現れ、タキはそこに頬を寄せた。
「細いけど…でもやっぱり男の子、ね」
「これが無いから?」
伸びた手がタキの乳房を掬うようにして先端をつつく。
「あんっ」
「あ。その声、可愛い」
夏目は体を屈めて、薄紅色の丸い部分を悪戯っぽく舌の上で転がした。ちゅ、と軽く吸ってみる。
「ふあっ…やっ…夏目くんのエッチ!」
「タキこそ、あんな可愛い声出すくせに」
「そっ…そんなことないもの」
紅葉を散らしたように赤い頬に、さらさらと流れた髪をかきあげる指が艶めかしい。
軽く伏せた瞳が潤んできている。
「そんなことあるよ。…立って」
戯れるみたいに言い合いながら、タキは立て膝になる。俯くようにして眺めると、夏目の細い指がぎこちなく動いてスカートが畳の上に落ちた。
形の良い脚を中心にストライプの花弁が広がる。
タキの体に残っているのは、もうたったひとつ。
「いい?」
「…あんまり見ないで…ね」
「ああ」
する、と布が肌を滑る慣れた感覚が座り直した脚の指の先までを伝う。すぐ後から脚の付け根に粘つく肌触りと柔らかな感触があって、タキはまた声をあげた。
「ひあっ」
既に滴る程濡れていたのを夏目が舐めたのだ。
「タキ、可愛いな」
いっぱい濡れてたよ、そう言ってまた抱きすくめられ唇が奪われた。深く深く、飽きずに何度も舌を絡ませてキスをすると、頭がぼうっとして力が抜ける。
68 :11:2010/03/14(日) 01:08:32 ID:hwZbK7/m
「…布団、敷くから」
脱いだ夏目のシャツが肩にかけられる、ほんの少しの気遣い。準備を整えた夏目がまたタキを抱きしめる。
「おれ、タキの服を全部脱がせたの初めてだった」
「そう?」
「最初は良くわからなかったし、次は…着たままだ。その次はタキが自分で脱いだ。…ほらやっぱりエッチじゃないか」
「…いじわるね」
「照れくさいんだ、許してくれ」
顔を寄せたまま二人でちょっと笑った。
と、夏目がタキの膝裏に腕を差し入れぐいっと持ち上げ、全裸でお姫様抱っこされてしまった。
「きゃ…な、夏目くん降ろしてっ」
「え、駄目か?」
「だって、恥ずかしい…っ」
それに重いよ、そう上目遣いで夏目を見ると苦笑いだ。
「おれ、そんなに非力に見えるかな……でも腕は回してくれると助かる」
そう言われて素直に首筋に掴まった。布団までは僅か数歩。
軽々と運べるかと思ったが、胸に当たる柔らかな膨らみに気を取られたのもあって、案の定シーツの端を踏んだ夏目はバランスを崩した。
タキもろとも布団に倒れこむと、うまい具合に夏目が上でタキが下。
「…失敗」
「のち成功」
くすくすと秘密めいた笑みを交わし、初めて明るい光の中でお互いをみつめあった。
「明るいと、タキがよく見える」
「…恥ずかしくて、どきどきしてる」
「…おれも」
タキの真っすぐな瞳は夏目だけを映す。
夏目の淡い色の瞳もタキだけを見ている。
タキの軽く乱れた栗色の髪には午後の日差しが煌めき、夏目の悪戯で少し汗ばんだ肌が艶やかに光る。
真下を向いた夏目の髪は微かな風にさらさらと揺れ、細い腕はタキの顔の横で体を支えている。
タキの柔らかな白い胸は夏目の体の下で上下し、夏目は肩で息をする。
[(これから……するんだ。このひとと)]
もう何度もした事なのに、その度にどきどきして、胸が苦しくなって。
「透。好きだよ」
きっかけは夏目だった。
69 :12:2010/03/14(日) 01:10:06 ID:hwZbK7/m
「綺麗だな」
タキの前髪がかきわけられ、額、瞼、頬、耳朶。夏目の唇がひとつずつ捺されていくとタキはくすぐったそうに目を閉じる。
最後にまた唇。
キスしたままで、胸、滑らかなお腹、腕と指も絡め、熱を持った下腹部。両足も全てをあわせる。
夏目の唇は鎖骨を伝って胸に下りた。淡く紅くぷっくりと膨れた頂点を優しく吸うとタキの体が震えた。
「あっ…はぁ…」
舌と手のひら全体を使って交互に、触れるか触れないかぎりぎりの愛撫を重ねる。
「んっ…あ、あ」
タキが身を捩り、頤を反らし、とろけるほどに甘い声で喘ぐ。
(もっと、聞きたい)
たまらないその声に夏目の体はますます熱くなる。
夏目の脚がタキの太ももの間に割って入り、くちゅ、と淫らな音がした。
「あっ…や…」
恥じらう頬が桜色に上気して色っぽい。ぐっと閉じられた膝に手をかけて夏目は訊ねる。
「嫌か?」
タキは何も言わずにかぶりをふった。
(聞かないで、違うの、嫌じゃないの…逆なの)
恥ずかしくて恥ずかしくて、でもやっぱり熱をもって疼くそこは──触れられるのを待っていたから。
その思いはもう声にならず、代わりにタキの軽く開いた唇から漏れたのは切なげな吐息。
「んっ…あっ」
桃色に濡れたそこを夏目の舌が這い、恥じらいは快感に変化する。
「や、あぁっ…」
溢れた蜜を吸われ小さな蕾を探りあてられ、襞の奥まで舌が入り込むぞくぞくとした快感へと。
支えていたタキの脚から力が抜けたのに気づき夏目は顔をあげる。とろん、ととけた恍惚の表情と、潤んだ瞳が昼間の光に浮かんだ。
「可愛い」
そういって襞の間に屹立したものをあてがい、ゆっくりと奥まで入り込んだ。
「あ…はあっ」
タキがまたいい声で啼くと、たっぷりと濡れた粘膜は時折蠢いて夏目を包む。
きゅう、と締まる感覚は何度味わってもこらえきれない快感を産む。
「透。動くよ」
「う、んっ…貴志くん」
70 :13:2010/03/14(日) 01:11:43 ID:hwZbK7/m
いつの間にか待ち望むようになった繋がり。
体だけが欲しいわけではなくて、会いたくて、傍にいたくて、離れたくなくて。
大好きで大好きで仕方ないひとと、ただ──体のいちばん奥まで繋がりたくて。
「んっ…あぁんっ」
タキははしたなく声をあげ、白い肌を桜色に染めて身悶える。夏目はそれに応えるようにさらに深く突き上げる。
「あ、あっ」
ちゅくちゅくと響く淫微な音とともに繋がるその部分は熱く、互いの区別などつかないくらいに絡みあっていた。
「ああっ…や…気持ちい、い…っ」
「おれも…だよ」
衝動に任せて体をすすめながら、夏目はシーツを握っているタキの両手を取り指を絡める。体の真ん中に負けないくらいしっかりと繋いだ。
「透」
「貴志くん」
「すきだよ」
「すきよ」
体の奥へ奥へと繰り返し挿入り込み繰り返し受け入れながら、荒い息遣いの中で何回も囁かれる名前とたったひとつの言葉。
それは体も心も強く繋いでいく。
離れないんだ、ずっと。
「あっ…貴志く、ん…もうだめっ…」
「…透っ」
そのまま、二人は果てた。
「おれ、タキが来るの見てたよ」
夏目はタキの髪を撫でる。
日は少しずつ陰って、夕暮れが近い。窓の外の空は、稜線との境目から仄かに蜜柑色がかっている。
二人は裸のまま、一枚のタオルケットの中に隠れるように横になっていた。
軽く触れ合う肌はまだ熱を帯びている。
「え、どこから?」
「窓から外を眺めてたんだ…良い天気だなあって。そうしたら視界の端で何か光って、見たらタキが歩いて来た」
「光ったのは何だったの?」
「たぶん…それ。つけてくれたのか」
嬉しいな、そう夏目がタキの髪を指差す。乱れた髪を撫でつけてさっき留め直したばかりの髪かざりは、夏目がくれたものだ。
嬉しくて、でももったいなくて机の上に置いていたのを今朝つけてみたのは、夏目に最初に気づいて欲しかったから。
「…深呼吸してたのも見えた?」
「見えた」
「緊張してどきどきするんだと思ってたんだけれど…違うみたいなの、私」
「え?」
「夏目くんに逢えて嬉しくて、どきどきするんだわ。だから深呼吸なんてしても止まらないのね」
夏目がちょっと目を見瞠り、タキはふふ、と微笑んだ。
「おれも…タキを見つけただけなのに落ち着かなくて、部屋の片付けなんかしてたんだ」
「じゃあ同じね」
「同じだ」
またそっと、キスを交わした。
71 :14:2010/03/14(日) 01:12:31 ID:hwZbK7/m
服を着終えて夏目は、スカートの釦を留めているタキを眺める。
「タキ、これホワイトデーのお返し。前にハンカチを汚してしまったから」
平らな包みをタキの手のひらに載せた。
「プレゼントとか選んだこと無いんだ…その、気に入らなかったらごめん」
「ううん、有り難う。とっても嬉しい。…開けていい?」
ああ、と頷く夏目の前でタキは小さなシールを剥がす。飾り気の無い小袋の中からは微かな音がした。
「あ…わあ可愛い」
華奢な銀のチェーンの先に、真珠貝と小さな四つ葉のクローバーがついたネックレス。軽く持ち上げるとしゃらしゃらと繊細に揺れる。ハンカチにはお揃いの模様が刺繍されていた。
「嬉しい。有り難う」
「…西村と北本が」
「うん」
「学校の帰りに連れてってくれて、一緒に悩んでくれたんだ」
──こういうのはな、気持ちが大事なんだぞ。
──そうそう、お前が多軌さんに似合うと思うのを選べばいいんだ。
──西村とおれはお菓子にするからな。
──ええー、おれもお洒落なのあげたいー。
──それはいつか彼女が出来たらにしろ。…さていつだろうな西村。
──北本がいじめるよう夏目ー。
「タキの、好きな色とか」
「うん」
「ちゃんと、聞いてみろよって。おれ…誰にも聞いたことなかった」
言葉はひとつずつ、探るように紡がれる。タキはそっと夏目の手を取った。大丈夫よ、という気持ちをこめて。
「タキはさっき…聞いてくれただろう」
「ええ」
──夏目くんは、筍…好き?──
「…あんなふうに」
知りたい。たぶんそう続く筈の言葉は途切れて、静かな光をたたえた瞳がタキをじっと見つめている。頼るように、縋るように瞳は瞬く。
知りたいと思うだけでも、自分から相手に近づいたことにはまだ気づかずに。
「私も、夏目くんのこと知りたいわ」
「…おれのこと」
「教えて?好きなもの」
「何でもいいのか?」
「何でもいいのよ」
無防備に首をかしげる夏目をタキは穏やかに眺める。
「……タキ」
息をのみそうになったのを隠してタキは口を尖らせる。
「夏目くん、ずるい」
「だって本当だ」
肩が抱き寄せられた。タキはそのまま夏目に体を預ける。
「幸せになりましょう、夏目くん。どんなことがあっても、幸せに」
「ああ。…幸せに」
「それが藤原さん達へのいちばんの恩返しね、きっと」
夏目が驚いたように目を見開き、そして困ったみたいな顔で笑った。
「…またやられた」
「え?」
何でもないよ、そう答えてしっかりと手を握る。
また肩を寄せ合う。
触れたそこからお互いの体温が伝わる。
傍にいる。一緒に過ごす。
それはそれは、とても甘くとても幸せな時間。
「タキ、春休みに入ったらすぐの土曜日、海を見に行こう。それと……カイの所に。一緒に行こう」
「ええ、一緒に」
窓からの風がカーテンを揺らし、夏目とタキの髪を撫でていく。
そうして幸せな二人は、春の匂いの中、並んで深呼吸をした。
最終更新:2010年03月21日 17:57