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2-144

夏タキ4レス キスのみ

果たしてタキに弱い夏目が書けているかどうか


144 :『雨の日の』1/4:2010/04/10(土) 00:46:04 ID:ukrnbSWU

名取さんと焼肉。

うっかり滑らせた口も、皆帰っただろうという浅慮も、殴らなかった手も。
なにもかも迂闊だった。

後悔して出るのはため息だけだ。
我関せず、といった風情で頭を掻く姿を横目で睨む。ああもう、ちゃっかり傘に入るな。欠伸するな。
「どういうことかしら」
「ええと」
昼過ぎからの雨は靄っぽく視界を遮って降る。空気全体が寒天みたいに重たい。
いつもの霧雨ならどうせ濡れるのに、と少々鬱陶しい傘が珍しく役に立った。
「目を見て話して」
と思ったのはやっぱり気のせいで、避けていた視線が傘越しに痛い。
「その、な」
「その?」
「あとで……じゃ駄目か?」
「駄目」
澱みなく簡潔に潔く、たぶんタキは怒っている。
「……場所を変え」
「夏目くん」
「ごめんなさい」
つい謝ったおれは、きっとタキに弱過ぎる。

窮地に俯いた目で足元の水溜まりから辿る。
濡れて色濃く変わった靴の先は、肩幅に開かれたすらりとした脚。
湿気を含んだセーラー服、傘を持たない左手は胸の辺りで軽く右腕に重ねられている。
ちょっと膨らんだ頬と尖った唇。両方の眉が綺麗に寄せられた、険のある目つきが怒りを顕に──あれ?
可愛い。……怒ってない、のか?
ってそんなわけないぞ。
まとわりつく湿気と一緒にぬるい考えを振り払う。
「とにかく来てくれ。ちゃんと説明するから」
「どうしてここじゃ駄目なの」
掴んだ腕は抵抗がなくて、まじまじと見た拗ねた顔は──やっぱり可愛い。
でも、怒ってるんだよな?どうにも量りかねるが誤解は誤解だ。
少し離れて目を輝かせている西村と北本に聞こえないよう、耳打ちする。
しっとりとした髪と、ふわりと甘い香りが鼻先を掠めて、危機感を失いそうになる。
「ニャンコ先生なんだ、この女の子」
「え?」
「化けてるんだ」
「ええ?!」
怠そうに腰に手をあて休めの姿勢の先生の斜め前で、タキは毒気を抜かれたように立ち尽くした。
大きな瞳を零れ落ちんばかりに見開いて。
どうやら最悪の事態は避けられた──らしい。



145 :『雨の日の』2/4:2010/04/10(土) 00:47:37 ID:ukrnbSWU
「……そういう訳なんだ」
雨の夕方、人影のないバス停の屋根の下で、おれは安堵のため息をついた。
差したままの傘越しにさわさわと雨音がする。
「ほんとうに、先生なのね?」
まあ、俄かには信じられないだろうが、信じて貰えないとものすごく不利な状況になるんだよな、おれ。
じろり、とふてぶてしい横顔を睨んでおく。
「なんだつまらん。修羅場でへこんだ夏目の分も喰う計画が台無しだ」
「…その分殴ってやるから、ニャンコに戻れ先生」
なんでこういちいち癪に障るんだ、先生は。
構えたゲンコツに手が添えられ、振り返るとタキの目が輝いている──うわあ、なんか嫌な予感がする。
「待って!ねえ先生、触ったりしても…いい?」
「……ええ?」
「…七辻屋の饅頭五個だ」
「交渉成立ね」
あり得ない。いや、タキなら──あり得るんだった。
頬を紅潮させたタキの隣でおれに出来るのは、色々諦めることくらいだ。
タキは嬉々として先生に手を伸ばして髪を梳いたり、顔をつついたり。
あ、手を握るのか、いいなあ。
「すごい……ちゃんと布だわ」
まあ、驚いたせいかもう怒っている様子はないし、良しとしよう。
それにしても、何故あんなに制服を撫で回しているんだろう、素朴な疑問の答えはわりとすぐに出た。
予想外の展開で、だ。
「っせ、先生!…下着っ!」
「なんだ、知らずに怒っておったのか……ほれ、いつもこんな風にな」
「うわっ離せ先生っ!」
タキの叫びに、悪意たっぷりの笑みを返した先生が抱きついて来た。
身を捩る腕に胸が押しつけられ、太ももはスカート越しに脚を挟む。
「だ、駄目ぇっ!」
飛びついてきたタキが無理矢理先生を引き剥がした。
我慢の限界だと準備した手を振り下ろすより僅かに早く、動いた先生がタキに身を寄せた。
「私は別に……どちらでも構わんぞ?」
その瞬間、おれに投げられた視線に含まれていたのは挑発、だったと思う。



146 :『雨の日の』3/4:2010/04/10(土) 00:48:49 ID:ukrnbSWU
「きゃああっ!」
「いい加減に……しろっ!」
あげた悲鳴と夏目くんの一撃は同時だった。
ガンッ、と痛い音がして猫に戻った先生が足元に伸びている。
すぐにでも抱き上げてあげたかったけれど、無理だった。
す、と視界が陰って、夏目くんが目の前に立った。
肩の動きと一緒に傘が微かに揺れる。
その前髪から一滴、雨が珠になって落ちた。
「大丈夫か?」
声が出ないのは口にあてた手のひらのせいじゃない。
目を合わせられないのは──ショックだったからだ。
「タキ?どうした?」
案ずる声が真っ直ぐ正面、同じ傘の下から私に問い掛ける。
ほんの一粒、頬を流れてしまったものは雨に紛れてくれるだろうか。
噛みしめていた唇を少し開いて息を吸い込む。その息がかかる程の距離で顔を上げた。
「……キスされちゃった」
「え」
「キスして、夏目くん」
「あっ…のニャンコっ!!」
「キスが先っ」
最初は苦笑いで言えたと思う。
最後は先生を掴みあげようとする夏目くんに縋りついてしまったからわからない。
乱暴なくらいに腰が抱き寄せられた。
反り返る勢いで顎に手がかかり、押さえつけられるようなキスが降ってきた。
唇を挟んで、舐めて、また重ねて、割入って、なぞって辿って絡めて吸って、全部。
私の唇を構成する全てが夏目くんのそれで奪われていく。
「んっ……ふぁっ……」
息を吸う暇は与えられない。
心臓の音とキスの音が耳の中で混ざり合って、眩暈が押し寄せた。
何もかもが快感で更新されていく。
「ん……んぅっ」
倒れてしまいそうな背中に回した手で、制服には深い皺がよせられている。
ふとこのまま、押し倒して──抱いて欲しくなった。
膝の力を抜けばそれは叶う、けれど。
私の手はその代わりに夏目くんの胸を押して、もういいよと唇だけで囁いた。
「……濡れちゃう」
「……残念」
重ねたままの唇がそう震えてから離れた。
転がった傘がぶつかり、重なるように止まった。



147 :『雨の日の』4/4:2010/04/10(土) 00:49:44 ID:ukrnbSWU
「ごめんな、タキ。もう怒ってない……よな?」
「うん。あの、最初だけなの。……怒ってたというか」
待ち合いのベンチに座って、鞄を探る夏目くんの首が不思議そうな角度で止まる。
あの時、夏目くんの表情で自分の行動の無意味さはすぐに悟っていたのだ。
──こんな顔させたくないのに、と。
ただ、一度表面に出た負の感情はきっかけなしでは容易に収められず、結果、曖昧な態度を継続するしかなかった。
正体が先生だとわかった時の気分といったら、例えようが無い。そして今は。
「反省してます。ごめんなさい」
「ああ、だからか」
「え?」
やっとわかった、と夏目くんの頬が緩む。
「可愛かったわけだ。タキは……怒るの向いてないな」
そう返された私はちょっと悔しくなって、思わず──普段なら絶対言えないことを口にした。
「お詫びに、海……一泊で行く?」
「なっ……」
続きしに、その一言をため息に混ぜて耳に囁く。
夏目くんはポケットに手を入れたまま固まって、首筋から耳まで面白いくらい真っ赤に染まった。
金魚みたいだな、と場違いな感想が浮かぶ。
「冗談よ」
先に出したハンカチで、がっくりとうなだれる夏目くんの髪を拭ってあげた。
「ふふ、ちょっと手玉にとった気分」
「……何をいまさら」
とっくに骨抜きにされてるんだぞ、そう呟きながら子どもみたいにされるがままの夏目くんだって可愛い。
「まあまあ。仲直りできたし」
私は余裕が板についてきたみたい。
「先生に感謝、かな」
「原因も先生だけどな」
膝の上でぐったりしている先生を夏目くんが撫でた。
「先生が起きたら……七辻屋に寄って帰ろうか」
「ええ」

それから雨が止むまでに、傘の中でキスは何度も重ねられて、この日の小さな事件は解決した。


「名取さん」がどうしたかは───聞いていない。
最終更新:2010年05月03日 22:53
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