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 482 :『らしくない 1/6』 :2010/12/27(月) 14:20:10 ID:kYTh0fgx



冬休み、週末、クリスマスイブ。きらびやかに装った町は空気まで華やいでいる。 
笹田は、浮き足立つ人々に隠れるように小さな店の前で足を止めた。 
(……ちょっとだけ) 
レースの白、フリルのピンクやベルベットの黒。飾られたガラスの向こうのかわいらしさに目を奪われる。 
一歩踏み出して、磨かれたガラスに映った自分にはっと爪先を引いた。 

少し前かがみの肩先で、きれいに整えただけの髪が揺れる。辛子色のコートの下は白地に小花柄のナチュラルなスカート。 

──らしくない。 
誰かが囁いた。 

(そうね) 
雰囲気に流された。綻びかけた唇を結ぶ。 
「──らしくないわ」 
「あれ、何してんだ委員長?」 
委員長。明るい声にそう呼ばれて背筋がのびた。 
振り向いた笹田の斜め後ろ、歩道よりに男子が立っていた。 
「なんだ西村君か」 
「なんだとはなんだよ」 
「なんでもないわよ」 
憎まれ口を返しながら何気なく店を背にする。 
気づかれないうちにここを離れたかった。笹田は人差し指で眼鏡に触れた。ダウンのポケットに両手を突っ込んだ西村を一瞥して腰に手をあてる。 
「ちょうどいいわ。暇でしょ?」 
「は?」 
「荷物係お願いね。ついてきて」 
言い放って歩きだす。案の定、西村は慌てて後を追ってきた。 
「ちょっと待った委員長!荷物係って何?!何でおれ?!」 
「現国の菅先生が産休に入るでしょ。定例委員会で贈り物をすることに決まったの」 
「贈り物?」 
「何してんだってきいたわよね。その贈り物を取りに行くところよ。ね、ちょうどいいじゃない」 
「よくない!だから何でおれが」 
「何で?」角を曲がった信号はちょうど青だ。「決まってるじゃない」 
横断歩道をまっすぐ渡り切って笹田は振り向いた。 
コートの裾を翻し、ブーツのかかとを揃えてにっこりと笑う。 
「委員長命令よ」 


483 :『らしくない 2/6』 :2010/12/27(月) 14:21:08 ID:kYTh0fgx


「──よろしくお願いします」 
自動ドアを出て笹田はため息をついた。頭の後ろで腕を組んで、呆れたように西村が隣に並んだ。 
「別のにしねえの?」 
「そうもいかないでしょ」 
品切れでメーカー取り寄せになるらしい。経由した誰かが忘れたのか、その連絡が笹田に届いていなかった。二度手間だ。 
「真っ面目だなー」 
「なによ」 
「そんなの、連絡忘れたやつの責任だろ。取りにくるなり別の探すなり、そいつにやらせたらいいじゃんか」 
「みんな忙しいの」 
手帳のカレンダーを開いて、笹田は始業式までの日数を数える。 
「冬期講習、バイトに帰省。その他諸々」 
「委員長は暇なのか」 
「失礼ね。責任はちゃんとはたしたいだけ」 
真面目過ぎるのかもしれない。だとしても、手を抜くのは笹田らしくないのだ。 
「……そんなのさあ」 
口を尖らせた西村が、ぼそっと何かを呟いた。 
なに。そう尋ねようと手帳を閉じて顔をあげると、一つ先の交差点を見慣れた姿が横切った。 
「あ」 
「おおっ」 

夏目と多軌だ。 
話し込んでいる様子で、二人に気づかずこちら側の歩道に渡った。 
「あ、田沼もいるぞ。行こうぜ委員長。おーい夏目ー!多軌さーん!」 
「え……ちょっと西村君っ」 
駆け出した西村は速い。慌てて手帳をしまい笹田は背中を追った。ブーツは走りにくくて息があがった。 
「女の子を置いてきぼりって……男子としてあり得ないわ」 
「委員長が遅いんだろー」 
遅れた笹田の指摘に西村はまた口を尖らせた。それもまあいいや、とすぐに切り替え話は続く。 
「だからさ、明日なら大丈夫だろ」 
「おれは暇だけど……場所はどうするんだ?」 
「うちで良ければ。両親が親類宅に行くから八時頃まで使えるわ」 
多軌の提案に西村が大げさに手を打つ。 
「よっしゃ決まり!じゃあ明日の……五時に多軌さんち集合!お菓子と食べ物は各自持ち寄りな」 
「了解。北本にはおれが電話しとく」 
「あと用意するのは飲み物でいいの?」 
「はは、楽しみだな」 
「一体何の話なのよ」 
蚊帳の外だった笹田がようやく疑問をはさんだ。 
「予定の話」西村がにやっと笑って親指を立てる。 
「はあ?」 
「クリスマス会!委員長はしおりよろしく。プレゼント交換は千円以内でな!」 


484 :『らしくない 3/6』 :2010/12/27(月) 14:21:51 ID:kYTh0fgx


走りながら手首の時計を確認して、笹田は一瞬目を閉じた。たぶん、間に合わない。 
(──せっかく) 

せっかくの予定なのに。 

家を出る直前に電話を受けた。逆方向のバスで多軌の家にしおりを届けた。電車は信号の故障で遅れていた。戻るのに乗り換えを入れて一時間はかかる。 
今はもう、六時を過ぎた。 
街灯が滲んで強く瞬きをした。らしくない。そう自分に言い聞かせて笹田はまた前を向いた。 


「笹田さん、遅いね」 
飲み物を追加しながら多軌は壁を見上げた。夏目がペットボトルを受け取って尋ねる。 
「何て言ってたんだ?」 
「用事ができたって。済ませてから来るわってしおりだけ置いてっちゃったの」 

時計の針は六時半を回っていた。北本と田沼が顔を見合わせる。 
「委員長の家に電話してみるか?」 
「そうだな。タキ、名簿あるか?」 
「たぶんいないぞ」 
烏龍茶を一気飲みして西村が立ち上がった。珍しく険があるその表情に全員が固まる。 
「連れてくる。続けててくれ」 
カバンを引っ掴んで廊下を走っていった西村を、その場の誰も追えずにただ見送った。がしゃん、と玄関の引き戸が閉じた音でやっと田沼が口を開いた。 
「どうしたんだ、西村は」 
「連れてくるって言ってたけれど……」 
「笹田の居場所がわかるってことか?」 
呆気にとられる三人に、北本がまあまあ、とポッキーを持った右手を振った。 
「西村に任せとけ」 
「え」 
「はは、わかんないか」北本が夏目の問いに笑顔を返す。 
「あいつのは行動力だけじゃなくてちゃんと理由も結果もともなうよ。つきあい長いけど、空回りしてんのは彼女くらいだ」 



485 :『らしくない 4/6』 :2010/12/27(月) 14:22:37 ID:kYTh0fgx


駅に向かう大通りに出て笹田は目を疑った。 
さっきここを通ってから三十分も経っていないのに、道には人が溢れていた。 
さっと周囲を見回すと、ライトアップされた一角が目に入る。駅とは反対方向だ。 
笹田は唇を噛む。慣れた町ではない。抜け道も回り道も知らない。 
「……私」 
──どうしたかったんだろう。 
紙袋を抱えた腕が重くて俯いた。 
その、俯いたダウンの裾が強く引かれて、笹田は顔をあげた。 

「西村君……何やってるの」 
「委員長こそ何やってんだよ」 
口調に刺がある。西村らしくもない態度に気圧されて笹田は目を伏せた。 
「メーカーから届いたって連絡があったから、受け取りに来たのよ」 
「クリスマス会だって言ったじゃんか」 
「しおりは届けたじゃない」 
「しおりだけ来ても意味ないだろ」 
「誰かが取りに来なくちゃ間に合わないでしょ」 
「だから!」西村が声を荒げた。「それが何で委員長じゃなきゃだめなんだよ!」 
笹田は思わず目を瞠った。流れていく人が二人を見て驚いている。気づいた西村が開きかけた口を尖らせた。 
「それ」 
「えっ」 
「おれが荷物係なんだろ」 
抱えた紙袋を素直に渡すと、そっちも、と西村は笹田が肩にかけたトートバッグを指差した。 
「これは……軽いから」 
「じゃあ帰るぞ」 
裾の手が腕に移動してダウン越しに笹田の手首が掴まれた。文句を言う隙もなく、西村は人混みを器用に避けて進んでいく。 
改札で切符を渡されて、改めて笹田は西村を見上げた。 
「……ありがとう」 
「あのさあ、委員長は委員長らしくなきゃだめなのか?」 
「え……」 
西村はさっさと改札を抜ける。ちょうどホームに入った電車に手と手首を繋いだ状態で乗り込むと、真ん中付近に座った。 
向かいの窓には隣り合わせの二人が映っている。不貞腐れた西村と俯き加減の笹田。 
一駅過ぎて、先に沈黙を破ったのは西村だった。 



486 :『らしくない 5/6』 :2010/12/27(月) 14:23:26 ID:kYTh0fgx


「他のやつらみたいに、友達と約束ができたって言やいいじゃんか」 
「無責任よ」 
笹田はきつく唇を結んだ。 
「おれにはわからないけどさ」 
西村は真っ直ぐ前を見つめたままだ。 
「委員長がいつも真面目なのには理由があるんだろ。でもさ」 
「でも何よ」 

「委員長らしくなくたって──それもちゃんと笹田だろ」 

手のひらが震えてトートの端を強く握った。ただの、飾り気のないシンプルな生成りのトートバッグ。 

──らしくなくてもいいの? 
そう尋ねたかった。 
誰にも恥じることなくいようと、今ある場所を繋ぎとめようと、必死だった。 
笹田純らしくなければ、笹田純でなくなってしまう気がして。 
きっと──縛っていたのは笹田だ。 

「ほい」 
指先に何かが触れた。目を遣るとピンクにレースの透かしの入った包みだ。 
「おれの。この時間じゃ交換終わってるだろ。だから笹田のくれよな」 
後頭部で交差した腕ごと窓に寄りかかって、西村が笹田の方を向いた。いつもの暢気な口調に戻っている。 
「つぶれてたらごめんなさい」 
「つぶれるもん?」 
「クリスマス会なのに、ケーキ無しじゃ物足りないでしょ。だから、シュークリーム」 
ごそごそとリボンをかけた箱を取り出すと、西村が目を輝かせた。 
「マジか!うわおれ大好きなんだ!どこの?」 
「どこのって……作ったんだけれど」 
「誰が」 
「私が」 
「シュークリームって、作れんだ……つうか、委員長作れんだ……らしくねえーーっっ!!」 
西村が頭を抱えて叫んだ。思い切り失礼なことを言われて笹田は膨れる。 
「たった今らしくなくていいって言われた気がするんだけど」 
「そういや言ったなー。それよか、おれの開けようぜ委員長」 
「──まったく」 
丁寧にシールを剥がし、膨れっ面で中を覗いた。 

二駅目に到着してドアが開く。数人が足早に降りてドアが閉まった。車内に西村と二人だけになってようやく──笹田は息をした。 
「これ……」 
手のひらにはレースで縁取られた黒いベルベット地のリボンがのっている。 
それは昨日、覗き込んで諦めたガラスの奥の。 
「小遣いの結晶だ。使わないとか言ったらへこむからな」 
「……似合うかわからないわ」 
カバンでもいいじゃん、笑って西村がトートを指差す。裏側のピンを外してリボンを留めた。 
「……かわいい」 
「好きなもんもさ、我慢しなくていいと思うぜー」 
「らしくないけど」 
「まあな」 
にっと笑った、西村の笑顔が本当に楽しそうで。 



487 :『らしくない 6/6』 :2010/12/27(月) 14:24:12 ID:kYTh0fgx


笹田はその右手を掴んだ。ジーンズの膝に重ねて押しつける。西村の方に傾いだ肩から髪が流れて、さらさらと鳴った。 

目を閉じて、唇に触れる温度は──そのまま体温だった。 

「……いっ」 
西村の顔が真っ赤に染まった。心拍数だけが早くて、意外に冷静な自分に笹田は驚く。 
「らしくないでしょ」 
「なん……っ」 
「我慢しなくていいっても言ったじゃない」 
「言ったけど……その」 
西村が下を向いて口ごもる。 
「──勢いでなんて、それこそらしくねえぞ」 
重ねたままの、まだかすかに震える手を握り直して笹田はもう一度キスをした。 
さっきよりずっと長く。 

「勢いじゃないわ」息を吸うと唇が冷たかった。 
「だめなの?西村君は……いや?」 
少し落ちた眼鏡の隙間から西村を見上げた。視界が潤んで、その表情はよく見えなかった。 
「いやって……くっそう」 
西村が口元を覆った。 
「なによ」 
「なんでもない」 
「ちゃんと答えて」 
ついいつもの調子で笹田は尋ねる。そっぽを向く西村にさらに詰め寄った。 
「委員長命令よ、答えなさい」 
「……ああもう、かわいいんだよ笹田が!」 
「えっ……」 
かあっと顔が火照って慌てて下を向いた。急に恥ずかしくなって、笹田は右手で頬を包む。 
「……なによそれ」 
「答えろって言ったじゃんか」 
「らしくない」 
「委員長もらしくない」 
「なによ」 
「なんだよ」 
言い合って、逸らしていた目が合った。 
今度はまっすぐに視線を重ねた。頬が──体中が熱かった。 
「なら……いや?」 
「……じゃない」 
膝の上の手を解いて、隣り合わせの手を握る。目を瞑ると笑みがこぼれて。 
「──そうね」 
「ん?」 
訝しげな西村を、笹田は見上げる。 
「私だわ」 

らしくなくても、らしくても。 
なんでもなくても。 
あなたが見つけてくれたなら。 

 

最終更新:2011年04月27日 19:15
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