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棗は運命を司る男神で、大切な物と引き換えに、力を貸してくれます。両性具有であり、知名度が抜群です。もの作りの神とは主従関係です。

エテュポス(古希:Etypos)は、ギリアス神話の運命を司る神である。有為転変を象徴する、林檎の木で作られた運命の車輪(舵)、黄金の天秤を携えており、この二つを用いて人の運命を決めるという。幸運の逃げやすさを象徴する力強い翼を持ち、彼の天秤もまた、何かを望むには同じだけの何かを支払う必要があることを象徴している。運命を司る故に人間と関わる事も多く、世界各国で広く信仰され、東の果ての島国では秤道天という名で知られている(後述)。

神々の王たる最高神の数多く居る子供の一人で、最高神の涙より生まれた。元々は生命の誕生と死期も含めて「運命」だとしてともに支配していたが、ある時生命の糸を切る白銀の鋏で指を切り、滴った血の落ちた土は死の神となり、血の染み込んだ生命の糸は受胎の神となり、エテュポスはこれ幸いと彼らにそれぞれ誕生と死を預けた。このため、エテュポスは人間の生死に直接干渉しないのである。
子供の時分、オランボスの禁じられた渓谷へ度胸試しで入った際に怪物・ゴルゴーンに襲われ、辛くも勝利したが、神雷のナイフを突き立てた際に噴き出した毒の血が目に入り、彼は光を失った。これを聞いた最高神はたいそう怒り、禁じられた渓谷へ足を運んだ罰に、月への移住を命じられた。こうしてエテュポスが光を失い、人間を見守ることが出来なくなった為に人は度々無慈悲な運命を架せられるようになったのだとする説も。このことから、ギリアス地方では無慈悲な災難のことを「ゴルゴーンの血涙」と呼ぶ。
女遊びの激しい最高神を父に持つだけのことあり、非常に性にだらしなく気紛れな気性の神である。また、美しい青年の姿をしているが男女両方の性を持つため、産ませたことも産んだこともあり、子供も多い。前述した死の神と受胎の神は彼の血から生まれ、ものづくりの神は月の土とエテュポスの涙の混じった泥から生まれた。

エテュポスは人間の願いを聞く際に、持っている黄金の秤を用いて「願い」を片方の皿に乗せる。そしてもう片方の皿には「願い」の皿と高さが同じになるように「対価」をどんどん乗せて行く。当然、「願い」が大きければ大きいほど求められる対価は大きく、願った者の一族郎党の命と財産の全てを根こそぎ「対価」として持ち去ったこともあるという。
そうして「願い」と「対価」の審判を終えたエテュポスは翼で飛び立ち月へと帰っていく。

エテュポスの知名度は高く、東の果ての異国にも知れ渡っている。和国においては秤道天(しょうどうてん)との名で知られ、何かを得るには何かを失う覚悟を伴うという「代償」を司る、無慈悲で平等な神として信仰されている。
運命を司るという点で、捉える人間によっては神にも悪魔にも見えるが故か、さまざまな文化圏でさまざまな姿で描かれている。ことに和国においては秤道天は御伽草子「竹刈物語」の原典として知られるため、より女性的な、天女のように美しい姿で描かれる。
最終更新:2015年01月07日 19:13