29スレ332

「姉ちゃんは俺の」

第2話

洒落た街並みを見下ろせる世界樹広場の柵の前で、
小太郎は腕を交差させて深呼吸する佐倉愛衣を前にぽりぽりと後頭部を掻いていた。
「あのっ、小太郎さんっ!」
「何やねん?」
異様に気負い立ってる愛衣に、最早何もかもどうでも良くなりつつあった小太郎が気の抜けた返答をする。
「私と、結婚して下さい」
小太郎は、まじまじと、ひたすらまじまじと愛衣を見る。
その小太郎を、愛衣はしっかりと見返す。
「あー、えっと、結婚てあれか?つまりそのあれ、
総統だかが天下とってから、ガキでも出来る様になったちゅう」
愛衣がこっくり頷く。
「出来る様になったんはいいけど、何で俺とお前が結婚ちゅう話になってるんや?」
「小太郎さん、小太郎さんも知ってるでしょう?
このまま行ったら小太郎さんも…」
「ああ、あの件か?」
小太郎がうるさそうに言った。
「あんなモンどうにでも…」
「なりませんよ!魔法世界でも賞金稼ぎと言う職種は全員休業、あと十年天下が続けば確実に絶滅します。
何を思ってか日本国内の、その、亜人は第一種の強制収容か国外追放と言う事ですから無事では済みません。
でも、人間の日本人と結婚すれば原則特別在留許可が出る事になります」

「それは聞いてるけど、だからちゅうてわざわざ俺と結婚するって…」
「私は小太郎さんが好きです」
愛衣は一気に言った。
「あの時から…私は、ずっと小太郎さんの事が好きでした。
時々一緒に修行して、男らしくて本当は優しくて、その気持ち、大きくなっても変わったりしない。
このままだと、二度と会えなくなるかも知れない。それなら私…」
「あー、ちょっと待て、お前がマジなんはよーく分かった。
けど、結婚やで結婚、一応誰でも出来る様にはなったけど、
そん代わしあんましいい加減な事したらこれも偉い事になるて聞いてるで」
「…小太郎さんなら…私、いい加減な気持ちなんかじゃない。
小太郎さんは、私と、嫌ですか?」
「いや、そうは言うてない、ちゅうかお前いい女思うてるしな。
けど、まあなんちゅうか急な話やし、ちゃんと返事するから今日は待ってな」
「はい。でも、時間がありません。その事だけは忘れないで下さい」
「ああ、分かってる」
小太郎の背中が、ひらひらと手を振って離れていく。
それを見ながら、愛衣の足腰がふにゃーっと砕けた。

「うーん、先手は佐倉愛衣かぁ、やっぱりねぇ」
茂みの中で、早乙女ハルナがのどか、夕映をバックにうんうん頷いていた。
「分かってたのハルナ?」
のどかの問いに、ハルナがにいっと笑みを浮かべる。
そして、メモ帳に何かを書き付ける。

千鶴>小太郎
いいんちょ=小太郎
夏美=小太郎
愛衣<小太郎

「?」
のどかが首を傾げ夕映が頷く。
「聞いた話だと、小太郎君は那波さんに負い目がある。
助けてもらった上にケガまでさせたってね。
そうじゃなくっても精神年齢がまるで大人と子供。
いいんちょと夏美は小太郎君と喧嘩友達みたいなモンだからね。
逆に、今更そっから先にはなかなか意識が進まない。
で、佐倉愛衣ちゃん。
ファーストコンタクトからラブ臭ぷんぷんだったしねー、
あの娘は最初っから尊敬って言うか憧れって言うかそーゆーのがあった。
そう言うのあると、ドキドキ恋愛モード自覚し易いんだよねーのどか」
「あーうー」
小太郎と愛衣の本当のファースト・コンタクトを知らないハルナが、
のどかの頭をガクガクと揺らしながら言った。

「むっ」
その動きを止めたハルナの眼鏡がキランと光る。
「ターゲット、移動開始、付けるよ」
「あうあう」
「全く…」
「これは…ほうほう、もう一人イコールがいましたか…」

黙々と商店街まで戻って来た来た小太郎の前を、数人のお姉様がざっと塞いだ。
「よっ、小太郎君」
でこぴんメンバーの中心で、美砂が言った。
「ああ、何や美砂姉ちゃんか」
美砂にドンと肘鉄を食らった円がふらりと前に出る。
「おう、くぎみー姉ちゃんいたんか」
「くぎみー言うなっ!」
「で、どないしてん?」
「うん、ちょっと練習の帰りでさ、これからちょっとご飯なんだけど一緒にどう?」
「ん?飯か?」
「ここであったが百年目、円がご馳走してくれるってさ」
「美砂、日本語変やで」
「そうか、じゃあお言葉に甘えさせてもらうか」
小太郎が言う。何となく、部屋に帰りたくない気分もあった。
そんな小太郎の前で、円がこっくり頷く。
そして、歩き出す。
一同が店の前に立つ。
「あ、ごめんまどかわたしきゅうようおもいだした」
「ほにゃらば私もー♪」
「うちもー」
「ちょっ、話が…」
「頑張んなくぎみー」
「くぎみー言うなあっ!」
「じゃ」
美砂が手を挙げ、三人はそそくさと去って行く。
「な、何やねん?」
「入ろっか」
「あ、ああ…」

「大丈夫コタロー君っ!」
テーブル席でどんどんと胸を叩く小太郎に、円が水を渡して背中をさする。
「飯食うてる時に、いきなり変な事言うからやっ!」
「変かな?」
円が真面目な口調で言った。
「だんまりしてると思うたらいきなし結婚しようって、変やろ明らかに」
「変かな?」
円がもう一度真面目に、小太郎の目を見て言うと、小太郎は言葉に詰まった。
「大体あれや、円姉ちゃんがほれとったのはあれ、オオガミコジローとか言うスカした兄ちゃんやろ?」
「オオガミコジローは目の前にいるでしょ?」
「まあ、それはそうやけど、別人やろ明らかに」
「でも、中の人はおんなじなんでしょ?」
「妙な言い方するなて」
「どうして、急にこんな事言い出したか、分かってるよね?」
「…ああ…」
小太郎が、牛丼をテーブルに置いてもう一度持った割り箸をからんと置く。
「けど、俺の事心配してくれるのは有り難いけど、結婚するのは円姉ちゃんやで。
円姉ちゃん、それでもいいんか?俺なんかと結婚するて…」
「自信持っていいよ」
円はにっこり笑った。
「ガキでちょっとバカっぽいトコあるけど、あるけどさ、
それでも今時珍しい硬派でよくも悪くも一本気。力持ちで根は優しくて、私は好きだよ小太郎君の事」
「それと結婚とは話は別やろ」
「ま、フツーはね。でもさ、フツーじゃないんだしここで後悔するよりずっといい」
真剣な眼差しの円に言われると、小太郎も返す言葉に詰まる。
それは、どんな武人にも勝る、斬られる様な迫力は、円が本気である事をひしひしと感じさせる。
「ま、待て、ちょっと待ってくれ。
急な話やし、その、結婚言うたらくぎみー姉ちゃんにも大変な事やし…
ちょっとだけ待ってな、ちゃんと答えるさかい」
「くぎみー言うな。うん、分かってる」
円は、あえてまぶしいぐらいの極上の笑顔で答えた。
「マジ?」
近くのカウンター席で、髪の長いスケバンがベレーの女流漫画家に言った。
「うん、あの武道会の佐倉愛衣、あの娘が先にプロポーズ掛けてる」
「うわぁ、あの娘結構可愛いでしょ、どっちかってと大人しい守ってあげたい系でさぁ…」
「やっぱ男の子ってそう言うのに弱いんかなぁ」
「円、ピンチだにゃあ」
ドンとお冷やのコップがテーブルを叩いた。
「そこ、聞こえてる」
既に小太郎は手を振って店を出た後だった。

「ただ今」
「お帰りなさい」
小太郎が、夕飯は済ませて来ると連絡を入れておいた夜の女子寮665号室に戻る。
いつも通り千鶴の優しい返答が聞こえる。
「お帰り、小太郎君」
「お帰りなさい」
「ああ」
にっこり笑って出迎える夏美、平静なあやかに小太郎がヒラヒラ手を振ってすれ違う。
二人の少女は、互いに僅かにかげりの差す友人の顔を見ていた。

「あら…小太郎君」
翌朝、チラシを手にした千鶴がこれから登校しようと言う小太郎に言った。
「ん?」
「今日はご飯までに帰って来てね」
「あ、ああ…」

「何とかなりそうなんですか?」
朝のHRが終わった後、ネギは、夏の間に嫌でも「こちら側」にしっかり関わったアキラに尋ねられていた。
「学園長先生や西の長が何とか総統とコンタクトを取ろうとしてるみたい。
あの人、変な事する事もあるけど頭もいいし大体良心的だから話せば分かるだろうって」
「でも時間が…」
ひそひそと話を続けるアキラの言葉にネギが小さく頷く。
「もし、時間切れなんて事になったら…ゆーな、本気になってるし」
「こっちもそうです。このままだとアスナさんが…
今までとは根本的に違う、科学でも魔法でもどうにか出来る相手じゃないのに…」

「おっ、鋤焼きか」
何事も無かったかの様な半日をすっ飛ばし、665号室で小太郎が言った。
「旨そうやな」
「お肉とおネギが安かったから、一杯買って来たのよ」
千鶴がいつもの優しい微笑みで言う。
「うわぁー、美味しそー♪」
「オホホホホ」
一同が席に着き、思い思い挨拶と共に食べ始める。
「うん、おいふい」
「ちょっと肉ばかりバクバクと、野菜も食べなさい野菜も」
「相変わらずこまいなぁあやか姉ちゃんは」
「なんですって、相変わらずお行儀の悪いオサルさんは」
「あらあら、駄目よ、小太郎君ネギも食べないとネギも」
「あ、ああ…」

いつもの夕食いつもの団欒、いつものものになっていた。
そう思っていた、それがあっさり消えて無くなる。ついこの間までなかったもの、
いっそ最初から無かったら良かったのに、
ふと胸をかきむしられそうなものを覚えたその時、
「小太郎君、私と結婚しましょう」
見事なハーモニーに、四者四様目をぱちくりさせる。
映画であれば、ぐつぐつと言う音だけが最大限に活かされただろう。
三人の少女は、それぞれに友人の顔を見る。
そして、たまらず吹き出してしまった。
「!?小太郎君っ!!」
そして、顔を伏せ飛び出す小太郎に夏美が叫ぶ。
「どうしましょう…」
あやかが下を向く。馬鹿にされたと受け取ったか、もっと辛いものを感じたか、
それを思うとあやかも胸が痛む。
その中で、千鶴は一人悠然と、落ち着いて成り行きを見守っていた。

「コタロー」
龍宮神社の屋根の上で、膝を抱えて座る小太郎に楓が声を掛けた。
「何や、楓姉ちゃんか。
まさか楓姉ちゃんも結婚してくれ言いに来たんとちゃうやろな?」
「おお、モテモテでござるなコタロー」
「総統様々でな」
「それぐらいの事が言えるのならば大丈夫でござるな」
「あんまし大丈夫やないけどな…」
小太郎が気弱な笑みを見せた。
「それで、現状はどうなっているでござるかな?」
楓に聞かれ、必要最低限の事を答える。
「ほう、やはりモテモテでござるなコタローは」
「みんな、俺に同情してるだけや。そやないと、まだガキなのに俺と結婚なんて言う訳ないやろ」
「そうでござるな」
「否定せんのかいな」
「少なくとも、あの理不尽な法律さえなければこの様な事態は起きなかった。
皆、それ程までにコタローを失いたくないのでござろう、それも一つの愛と言うものではござらぬかコタロー?」
「愛、ねぇ…楓姉ちゃんにそっちの師匠までしてもらうとはなぁ…」
小太郎がはあっと嘆息する。
「まあ、それはまあ大事に思うてくれるのは嬉しいけどなぁ…
けど、結婚やで、それもこの歳で、俺に縁のある話やて思ってなかったさかいな」
「まあ、大概そうでござろうな」

「ただ今」
「お帰り、小太郎君」
いつも通りの千鶴の優しい声だった。
「牛丼食べる?」
「ああ、頼む」
そうして、千鶴がテーブルに牛丼を置いた。
「すまんな、せっかく鋤焼きだったのに」
千鶴は、何も言わず小さく首を横に振った。
「今夜は食べて、休んで。夏美もあやかも小太郎君に任せるって」
「…すまん…」

翌朝五時。
目を覚ました小太郎は、リビングできょろきょろと周囲を見回していた。
寮なのに室内には各自の個室がある。
ちょっと寂しいと言う感情を小太郎は自覚していたが、それで良かったとも思う。
「…もっぺん…ちゃんと飯食いたかったな」
目からあふれ出る前に、小太郎は玄関に向かった。

一度だけ、振り返って女子寮を見上げ、前を向いて黙々と歩く。
そんな小太郎が、朝靄の中、気配に気付いた時には既に手遅れだった。
鋭い手刀がその首筋に叩き込まれる。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年01月28日 16:35
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。