24スレ090

90 :名無しさん@ピンキー:2006/06/10(土) 21:15:17 ID:OYmA4lja
*― ―) 亜子長編PART4「京都事変」

「総本山脱出」

91 :「総本山脱出」 ◆FePZUCQ9Q6 :2006/06/10(土) 21:16:26 ID:OYmA4lja
 総本山が吹き飛んだのは驚いたが、それよりも重大な問題が刹那たちには会った。
「ちょっと、止めて! 止めてください! だ、誰か……」
 木乃香を抱いた刹那が暗い森を駆けていく。身体には気を引き出す呪符を張られているので、逃げるスピードは悪くな
い。しかし、敵はさらに高速で刹那たちを追い詰め、そして捕らえようとしていた。
「こらぁ! ちょこまかちょこまかと逃げ回るんじゃないよ! 往生際の悪い娘だね!」
 木々が次々と薙ぎ倒され、鳥たちが慌てて空に逃げていく。刹那たちが逃げるすぐ後ろを、10メートルはある牛頭と馬
頭が奇声を上げながら追跡してきた。牛頭の肩にいる太った老婆が、二匹の鬼に対して、刹那たちを捕らえるよう檄を飛
ばす。鬼たちは老婆、元関西理事の華山院の護鬼たちである。同様に、馬頭の肩にいる元理事の東園寺も、懐から将棋
の駒が入った箱を取り出して、何やら呪文を唱え始める。みるみる将棋の駒が光を帯びる。
「い、いけっ! お、おお、お前ら! 何としても、あの小娘どもを、捕らえろぉ!」
 将棋の駒が光りながら宙に舞い、飛車がみるみる膨張して、鎧兜を纏う少女の姿に変わる。他の駒も同様に、鎧武者
の少女に化けた。それぞれ刀や槍や弓矢など、もっている武器もみんな異なっていた。東園寺の護鬼である。
「三条が崩れた以上、東西統一魔法協会構想は捨てるしかあるまい。ああなったら仕方無いからね」
「そ、そしてぇ、近衛の姫に力を代わりに我らが活用しぃ、天下を取るのだっ!」
 刹那と木乃香に向けて、鎧武者少女隊が次々と槍や弓矢を投ずる。それらを紙一重で避けながら、刹那が逃げる。
「おいこら東園寺! 殺しちまったら意味ないんだよ! 攻撃を止めさせないか!」
「し、心配ご無用です。華山院殿! あ、あいつらの刃は当たっても、血はでない。ま、麻痺毒の効果しかない、です」
 刹那は彼らの会話を聞き、ぐっと唇を噛み締める。
「あなたたちは、あれだけの騒ぎを引き起こしておいて、まだバカなことを続けるつもりなんですか!」
 刹那の激昂。記憶は戻らない。ただ、多くの死者を見ていた少女の本音だ。
「ひっひっひ! 済まないが、私たちも後には退けないのさ!」
「おお、おとなしく、つ、捕まれっ!」
 馬頭の影が刹那に重なり、麻痺毒の弓矢がさらに飛来し―――しかし、それは炎によりかき消された。
「何だい!」
 唸る華山院。刹那たちと鬼たちの間に、颯爽と1人の女性が立っていた。

「やれやれ、総本山が騒がしいと思て戻ってみたら、途中でとんだ連中に出くわしましたわ」

 女性―――天ヶ崎千草はそう言って嗤いながら、猿鬼と熊鬼を召喚し、牛頭と馬頭にぶつける。さらに子サルの大群が、
東園寺の鎧少女隊に一斉に飛び掛る。ほどなくして、鬼たちの乱闘が始まった。
「天ヶ崎、貴様ぁ! 裏切るつもりかっ!」
「はあ? 裏切ったのはそっちや! よくもウチを切り捨ててくれたなあ。このクソババアに針金小僧が! しかしまあ、お陰
でようやく、死ぬ前に少しでも罪滅ぼしができそうや!まさかウチが、木乃香お嬢様を助けることができるとはなあ!」
 千草の胸に隠れていたカモが、するりと抜け出して、呆然とする刹那たちの方に向かう。
「桜咲刹那に、このか姉さん! い、いったい、何があったんですかい!?」
 三条園で明日菜たちに置いていかれたカモは、結局、千草と行動を共にしていた。
 そして、状況が把握できない総本山の噴煙を指す。
「あ、あなたは、一体?」
 しかし、記憶がない刹那にはカモが何なのか思い出せない。

「おいこら、そこのエロオコジョ。どうやらお別れの時間のようですえ。お嬢様らを連れて早く逃げぇ!」
 千草は背を向けたまま、大声で怒鳴る。前方ではサルたちを蹴散らした敵の式神が、再び体勢を整え始めている。
「へ、へい! 話は後だ! とりあえず逃げるのが先だ!」
「あ、でも、あの人は……」
 刹那の頭にちょこんと乗ったカモは、千草の背中を見ながらも刹那を急かす。
「あの人は、死に場所を探してんだよ。急ぐぜ! こっちに行けば、街に出られる!」
 千草の仲間はもう誰もいない。残っていた仲間も、全て、あの時、ほーちゃんにやられてしまった。
 刹那が木乃香を抱いて走っていく。
 千草の背中は遠くなり、やがて闇に消えた。

「し、死、死ねえええええええええええええええええええっ!」
「邪魔しやがって、牛頭、あの女を踏み潰せ!」
 東園寺と華山院の式神軍団が迫ってくるのを、千草は冷めた顔で眺めていた。
 力は敵のほうが上、数も敵のほうが上、しかし、それほど大きな差ではない。


「ああ、父上、母上」
 両親を奪った西洋魔術師が憎い。
 しかし千草もいつの間にか道を踏み外し、憎むべき存在に成り果てていた。
「私は、天国にいけるかなあ。きっと、無理やろね。会えへんやろね」


 自爆―――。
 千草の身体から魔法の火が噴いて、東園寺と華山院を呑み込んだ。


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 黒焦げの死体が二つ転がっている。千草のものと東園寺のものだ。
 そんな死体を、でっぷりと太った老婆が嗤いながら見下ろしていた。
「ひっひっひ、あんな見え見えの術式を使うとは、詰めが甘いねえ。ふむ、東園寺も、まだまだ若かったということか」
 結界を張って生き残った華山院は、高らかに笑い声を上げる。
「木乃香お嬢様の力は、この私が有意義に利用させてもらうからねぇ。お前たちの分まで」
 邪魔者はもういない。近衛家も三条家も何もない。ただ、自分だけが生き残っている。
 後は、自爆のガードでやられてしまった牛頭と馬頭を再召喚して、木乃香を押さえればいい。
「この世は本当によくできておるよ。弱肉強食の中で生き残れるのは、私のように知恵と能力と謙虚さを備えたものだけさ。
ひっひっひっひっひっひっひっひっひっひっひ。ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」


「うん。お婆ちゃんの言うとおりだと思うよ♪」


「何………」


 闇夜の中、華山院の背後に、ピコピコハンマーを持った椎名桜子が立っていた。
 闇に溶け込むように気配を消し、暗黒の眼と暗黒の口を開けて、お面を被っているような硬直した笑み。
 人間のものではない。それは、血を貪る吸血鬼のものだ。


「食べようと思ったけど、不味そうだからもういいや。いらない」


 桜子はピコピコハンマーで、闇を薙ぐ。
 華山院の上半身が、千切れ飛んで、散った。


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 ―――時は少し遡る。
 総本山の「穴」での出来事の一部始終である。
 楓と亜子はのどかに追われていた。反撃に転ずることは難しく、のどかの本の射程距離に入れば逃れる術もない。
 しかし、楓と亜子はある気配を察知していた。余程の達人でない限り感じることはできない微弱な、しかし確かな気配を。
この圧倒的に不利な状況の中で、あののどかの黒い本に逆転できるとすればもう、「それ」に賭けるしかない―――。
「和泉殿」
「うん、もう、いちかばちか、やるしかないわ」
 楓は亜子を見てにこりと微笑み、亜子と中の木乃香も微笑み返す。
 それはこの不利な賭けに勝利し、もう一度微笑み合えることを願っているようだった。
 成功すれば、のどかの本は無効化する。
 失敗すれば、二度と光は拝めないだろう。
 しかし、楓はもちろん、亜子も成功を信じている。総本山に来る途中に、亜子も確かに「それ」を見ている。この一帯に「それ」
が広がっているとすれば、ここまで地下に潜ればあるいは、消耗した楓だけの力でも、厚い土を撃ちぬき、「それ」を解放する
ことができるかもしれない。
「むう!」
 楓は渾身の力を込めて、地底を拳で打った。

 どすん!

 数秒後―――。
「ふっふっふ、あははははははははは、私の勝ちですー」
 ブラックリストにより、穴の底で倒れている楓と亜子と、勝ち誇りながらそれを見るのどかの姿があった。
 亜子と楓の名前を塗り潰した黒い本が、のどかの手に握られている。
 彼女たちが着地して1秒後に、2人はのどかの本の射程に入った。
 のどかへの抵抗は無かった。
 2人は寄り添うようにして、倒れていた。


 ごごごごごご………!


 地の底から、何かが向かってくるような音が聞こえる。
 のどかは驚いて意味もなく辺りを見回すが、その正体には気付かない。知識としては「それ」に関することも持っているのどか
だが、咄嗟に結びつけることはできなかった。


ごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごご………!


「こ、これは、まさか―――っ!」

 のどかが悲鳴を上げそうになった瞬間、楓と亜子が倒れていた場所に亀裂が走り、弾け飛ぶように水が噴き出してきた。瞬く間
に水位が上がり、亜子と楓が水に沈む。鬼蜘蛛は慌てて壁を這い上がった。
 地下水脈―――亜子も総本山の何ヶ所かで見ている。綺麗な湧き水が流れているのを。どうやら総本山の地下には、大きな水
脈が存在しているらしく、亜子と楓はその気配を感じ取ることができた。
「しまった! 本がーっ!」
 のどかはこの水の真の目的をようやく理解し、慌ててブラックリストを守ろうとするが、ページは既に水でぐしゃぐしゃになり、読
めなくなっている。読めなくなっている、すなわち、署名自体がなくなっているということは、つまり―――。
「ぷはあっ!」
 水面に亜子が顔を出し、咽かえりながら酸素を吸う。
「く、苦しい! はあ、はあ!」
「良かった! 間におうた!」
 亜子と木乃香の声が、亜子の口から出る。
 ただでさえ酸素濃度の薄い地下なので、いくら呼吸をしても息苦しさは変化しない。落下しているときは耐えられた苦しさだが、
目覚めていきなり窒息状態だと混乱してしまう。顔を浮き沈みさせながら、亜子はバタバタともがく。
「泳げへん! 沈むっ! 何で……っ! あぶぶぶ………ぷはっ! 長瀬さん……! どこにおるんっ!?」
「亜子ちゃん、落ち着くんやっ! きっと吸血鬼やから泳げへんの! とりあえず、どこかの壁に掴まって!」
 必死に周りの土面にしがみつこうとする亜子のマントが、後ろからぐいい、と引っ張られる。
「ああああっ!」
 水の中に引きずり込まれる亜子。それと入れ替わるように、のどかが水面から飛び出して壁にしがみついた。
「ぜぇー、ぜぇー、とんでもない真似をしてくれますーっ! よくも、私のアーティファクトを駄目にしてくれたですねーっ!」
 前髪に隠れた目に怒りを滾らせながら、のどかは壁をよじ登る。素早く壁に登っていった鬼蜘蛛が、のどかを助けようと戻ってき
た。「助かった」という表情を浮かべるのどか。
 そんなのどかのスカートを、水中から出た手が掴み、引っ張る。
 びりびりびりとスカートが裂けていき、ホックが弾け飛んだ。
 さらに、そこから現れた白い下着を、別の手がさらに掴む。
「きゃあああああああああああああああああっ!」
 ぷるんとした尻が丸出しになったのどかが、悲鳴を上げた。
 引っ張られてゴムのように伸びた下着が、のどかを下へとひきずる。
「ぷはあああっ!」
 のどかの下着を握り締めた亜子は、もう一度浮上し、壁に掴まる。
「このぉぉぉぉぉ!」
 のどかが亜子を水に突き落とそうと、亜子の顔をゲジ、ゲジ、と蹴り始める。のどかも吸血鬼なので、水に落ちると不利である。
しかし、この体勢では、亜子が一方的に不利なのは明らかだ。
「うぐううう……」
 亜子の顔が半分まで水に沈んでいく。疲労が極大の状態で、すでに力尽きかけている。ここで沈めば、もう―――。


「そこまででござるよ。偽者の本屋」

 のどかがはっとなって見た先―――水面には長瀬楓が悠然と立っていた。
 その瞬間、楓の拳がのどかの顔面に叩き込まれた。
 まるで金槌で釘を打ち込むように、ずぬり、と、のどかの上半身がそのまま土の中に埋まる。
「ぐううううううううう! ぐううううううううううううう!?!?!?」
 土から足だけを出してバタバタしているのどかを無視して、楓は亜子を助けあげる。水の上に立つ楓の技は、おそらくは気の
応用だろうが、流石にもう呆れるしかない。
 そのとき、光が穴に差した。
 地上の総本山で、木乃香の隕石が爆発したのである。炎の渦が轟々と、穴の中を走るように流れ込んでくる。上に戻ることは
完全に不可能になった。いや、それどころか、この場に止まっても焼き殺されてしまうだけだろう。
 上は火炎地獄、下は水。何とかなると思っていたが、これではどうしようもない。泳げないのも予想外だ。
 亜子の顔に初めて、諦観の念が浮かぶ。
「さて、逃げるでござるよ」
「でも、これ以上の逃げ場所は……」
 上に戻るわけにもいかず、泳げないから水に潜るわけにもいかない。
 亜子の逃げ場所はもう―――完全に途絶えていた。
「いちかばちか、もう少しだけ、この地獄めぐりを楽しむ気はないでござるか?」
「え?」
「拙者、10分ぐらいなら呼吸は続く。お主と分け合っても5分。それなら―――」
 楓の提案を聞き、亜子は絶句した。
「そんなん、絶対無理や……」
「そうするしか、ここから脱出する道はない」
 登っていた鬼蜘蛛が降りてくる。もう時間はあまりない。


「長瀬さんだけなら、ここから逃げるのも可能かもしれへん……」

「拙者が、そんなことを、許すとでも?」

「でも、ウチ、自分でもろくに歩けへんほど、消耗してるし……」

「だから、拙者がいっしょにいる」

 楓の提案に、亜子が怯えるのも無理はない。
 しかし、楓はにっこりと微笑んで、そして、いきなり鬼のような形相で亜子を怒鳴りつけた。

「息を吸うでござる!」

すぅぅぅぅぅぅぅぅ!

 驚いた亜子は泣きそうな顔で、思い切り息を吸った。
 この世で吸う最後の呼吸になるかもしれないそれは、酸素が薄く、苦しいだけのものだった。
 楓はそんな亜子を押し倒すようにして、水の中に引きずり込む。

「ぶはっ! よくもやったですねーっ!」
 土から身体を抜いたのどかが見た光景は、炎に巻かれた鬼蜘蛛が、自分の真上に落ちてくるものだった。その奥からは、巨大
な炎の渦が龍のように走ってくる。
「ひいいいいいいっ!」
 悲鳴を上げて水に飛び込むのどか。
 同時に水が白い蒸気に変わり、のどかが蒸し上がる。
 そこに燃える鬼蜘蛛が落ちて潰され、一瞬で炎に包まれて炭になった。


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 冷たく、寒い。
 暗くて何も見えない。息もできない。
 あの時の地下牢さえも明るく感じるような、本当の闇の中。
 地下水脈の中に逃れた楓と亜子は、抱き合いながら、水の行くままに流されていた。
 抱きしめる腕は相手を離さない。重なり合う唇からは、たまにごぽりと小さな泡が漏れている。
 手を離してしまえば、もう二度と会えない世界。
 亜子は目を開けたが、すぐ近くの楓の姿さえ見えなかった。
 手と唇が、お互いの存在を確認する唯一の手段。


(……大丈夫、きっと、きっと……)


 木乃香が自分の中から励ましてくれるのが、とても心強い。
 楓から分けてもらえる酸素をゆっくりと消費しながら、地上への出口を探す。
 酸素は、5分ほどは保てる。
 それまでに出口が見つからなければ、亜子と楓の運命は決まっている。


 楓は死ぬ。
 窒息してしまう。
 亜子は真祖とはいえ、無酸素ではとても意識は保てないだろう。
 死ぬことはなくても、永遠に意識は戻らない。
 木乃香は、亜子が眠れば本体に戻り、楓と亜子の最後を皆に伝えてくれるだろう。


 光が恋しい。
 空気が恋しい。
 苦しい。
 寒い。
 冷たい。
 何も見えない。
 何も聞こえない。


 ・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ぼんやりと浮かび上がる、ある気持ち。
 部活の先輩に抱いたものでもなく、ネギに抱いたものでもない、さらに強い気持ち。


 姿の見えない楓とキスをしている。
 この、誰の目も届かない世界で、好きになった人と2人で、永遠の眠りにつくなんて。
 それはそれで、あまりに傷つき過ぎた自分には、幸せな最後かもしれない。
 だが、楓はそれを許さないだろう。


 もしも運命が変わっていて、亜子と楓が普通に、恋人として付き合っていたとしたら、どのような関係になっていただろう。
 最初から普通ではない、少し歪んだ関係になっている気もしないでもない。


 もし、生きて楓を見ることができたら、
 告白しよう。この気持ちを。

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最終更新:2012年01月31日 15:20
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