12 :「集合」 ◆FePZUCQ9Q6 :2006/02/27(月) 18:36:28 ID:bAWCq/JM
***麻帆良学園都市・市庁舎***
ガラガラと音を立てて天井が崩れ、黒煙が部屋中に満ち満ちていた。チャオのミサイル直撃による火災が広がる中、
その場所は室内温度、空気成分ともに、既に人間の生存できるような環境ではなくなっている。もしも今、ここに人間が
いるならば、一瞬で有害気体による中毒症状を起こして呼吸が止まることだろう。しかし、もしも人間ではないのなら、
あるいはこの環境でも生存できるかもしれなかい。
「………おのれ、よくも私の計画を……」
炎の中で、ゆらりと立つ一つの影があった。
丸い眼鏡をかけた女性だ。
服には既に火が付いており、身体中を包むように燃え盛っている。しかし、女性の表情は怒りに歪んでいるが、自身を
焼いている火には全く影響されていない。実際、炎に包まれても、女性は髪一本すらも失っていない。
「よくも、御前様の夢の邪魔を……」
女性の目に映る、怒りの炎と本物の火。その形相はまさしく悪鬼のようだった。もしかしたら怒りのあまり、周辺の炎に
さえ気付いていないのではないか、という疑念すら抱かせるほどである。
「おのれ……おのれ……おのれぇ……」
怒りに震える女性の横に、可愛らしいピンクのクラゲが、やはり炎など気にせずにふわふわとやってくる。そして、女性
の肩にちょこんと乗ると、慰めるかのようにその触手で、そっと女性の頬を撫ぜた。
「………おりがとぅ、みーちゃん」
少しなまった口調で、女性はクラゲを愛でる。
彼女とクラゲは、数十年前からずっとずっといっしょだった。
故郷である妖怪の隠れ里で、同族の手によって崖に突き落とされ、それを三条千歳に救われてからは、共に三条に仕
え生きていくことを決めた。
女性―――三条軍統括司令官、御園生久美子はそう言って微かに笑みを浮かべ、そして、獣に近い声で鳴いた。
***麻帆良学園都市・麻帆良湖***
元関西呪術協会理事の高司は周囲を見渡しながら、転移魔法の転送座標から移動を開始していた。すす塗れのグレ
ーのスーツは紳士というより浮浪者のようだが、それでも気品を失わないのはさすが協会理事といったところか。
木製のステッキをくるりと回転させ、つとめて冷静に状況把握を行う。
「うーむ、ここはいったい、どこだ?」
ミサイルが直撃するのとほぼ同時に、御園生久美子が転移魔法をかけて彼を逃がしたのである。しかし、細やかな場
所の指定まではできなかったらしく、ここがどこであるのか分からない。
市街地からは少し離れており、横には水面が広がっている。麻帆良湖の周囲のどこかであろうと見当は付いたが、土
地勘がないのでそれ以上は無理だ。
「さて、さっさと三条軍のところに戻って……ん?」
正面から遭遇したと言ってよい。少しふくよかな少女を抱いている、ピエロのメイクをした少女が立っていた。ピエロの
肌は褐色で、自分より重そうな少女を抱いているのに、疲労している様子はない無表情。
「………」
ピエロの少女―――ザジは五月を抱いたまま、いきなり高司をびしっと指した。
「………ワン、ツー、スリー」
既に敵だと判断されていた。ザジの指先から煙といっしょに出現したハトの群れが、いきなり高司に襲い掛かる。
「ぬおおおっ! こらっ、突くな! 突くなっ! 頭に糞をするなっ! 平和の象徴のくせになんと好戦的なっ!」
ステッキを振り回してハトを追い払う高司。そんな高司を尻目に、ザジは五月を抱いたまま走り去っていく。目が慣れ
て、ゆっくりと周囲の様子が見えてくる。ザジが逃げる先にぼんやり見えたのは石の橋、図書館島に渡る橋である。
「大人を莫迦にしおって! 関西呪術協会の理事の力を見せてやろう!」
糞塗れにされたスーツを脱ぎ捨て、ステッキを片手に激昂する高司は、そのまま図書館島に向けて走り出した。
***麻帆良学園都市・市街地***
「うぐぐぐ……」
「うぬぬ……」
巨大な水塊を制御する青髪の女性と、巨大な犬に乗った白衣の少女が、敵を攻めあぐねている様子でぎろりと睨む。
高司がハトと格闘しているころ、エヴァやハルナたちは三条に属する2人の魔法使いに襲われていたが、いきなり飛
んできたスケッチブックによって形成は逆転した。そのスケッチブックは、描いた物が現実になるという奇跡を可能とし、
しかもハルナに筆にしっくりと馴染んでいるのである。
「まるで、初めて使うんじゃないみたい!」
大喜びのハルナに対して、エヴァはぼそりと呟く。
「当たり前だ……それは、あの無人都市の事件でお前が使っていたアーティファクトなのだからな」
事情を知るエヴァたちは複雑な表情だ。かつて、ハルナのスケッチブックから生まれた隕石が、学園都市壊滅の危
機を招いたことを知っているからである。味方になれば心強いが、危険なものであることに変わりはない。
「しかし、封印されていたカードがどうして復活したのだ?」
さすがのエヴァも関西総本山で、かつて麻帆良を襲った危機が現在進行形で起こっているとは想像も及ばない。
「ところで那波、村上、相坂、茶々丸よ」
「何でしょう? マスター」
「近頃は、あんなのが流行っているのか? 私はそれなりに漫画などに詳しいと自負しているのだが……うーむ」
「ううん、流行ってないと思うよ……あんな変なの。ていうか知らないし」
「データベースにアクセス不能です」
「私はけっこう好きですけどねえ」
「あらあら、「クレヨンちんちん」や「武装献金」と同じぐらい、子供たちには見せたくない感じねえ」
「ええ、「武装献金」、面白いじゃないですか! 正義の献金を受けた議員たちが政治を動かす闇の組織と戦う、話題
のサイキック・アクションですよ!」
少し好みがマイナーなさよが熱く語るも、それは大した問題ではなかった。
エヴァたちが疑問なのは、ハルナが生み出したそのキャラクターである。
「いっけえ! 某国の王子様で、知能指数360の天才で、12ヶ国語ペラペラで、ヴァイオリンが得意で、乗馬が趣味
で、ペットは馬とインコとペルシャ猫で、許婚は5人でツンデレ・おっとり・おどおど・ダウナー・ロリで、本物の母親が五
つ子でどの人か分からなくて、将来の夢は宇宙飛行士になって宇宙人と会いたいロマンチストで、地球を狙うブラック
でこぴん団と戦うヒーローで、好きな人が隣の家の吉雄くん(3歳年下)で、誘い受けの伊集院くん!」
伊集院くんは全身にキラキラした星を纏うタキシードの美少年だった。異様に優雅な金髪、異様に光り輝く目、そし
て異様に長い足を持っている。外見的には小学生に見える中学生であり、実年齢は14歳である。
「14歳で3歳年下の同性が好みというのは、どうなのだ?」
「同性愛者のショタコンということですね。一般性は分かりませんが、委員長然り、そういう方は確かに存在します」
一方、敵である水塊を操る女魔法使いと、犬に乗った白衣の少女は、いきなり現れた伊集院くんに困惑気味だった。
「エバンジェリン、貴様、ふざけているんか! こいつがお前の従者やと!?」
「わ、私のではない! 悪の魔法使いを舐めるな!」
敵の疑問を真剣に否定するエヴァの横で、伊集院くんは足からいきなりジェットを噴き出した。
『ボクの吉雄に手を出すとは、てめぇら、ドキドキさせてやるぜ!』
決めセリフを叫んで、スーパーマンのポーズで敵の魔法使いに向けて飛ぶ伊集院くん。
『輝け! ボクの無限のスピリット!』
「きゃー、伊集院くん!」
ハルナが奇声を上げた。
「くっ、いちいち伊集院くんのセリフの意味が分からん!」
「気にしては負けだと思われます。マスター」
伊集院くんはそのまま魔法使いたちに突っ込んでいく。
無音。
そして爆発音。
伊集院くんは敵を巻き込んで爆発した。青髪の女性と白衣の少女が悲鳴を上げるまでもなく、光に呑み込まれる。
伊集院くんの流し目がこちらを捉え、そして膨らんでいく光の中に消えていく。
「じ、自爆したっ! びっくりした……というか、なぜ私の方がドキドキさせられているのだ!」
「マスター、落ち着いてください」
苦悩するエヴァの横では、ハルナが泣きながら伊集院くんの最後を堪能していた。
「ああ、吉雄くんを守るために敵といっしょに自爆する……25話の名シーンを再現できるなんて、感激……」
「お、お前は何の話をしているのだ、早乙女」
「そう、今は私が吉雄くんよ!」
「意味が分からん! というか本気で泣くな!」
そんなやりとりを、千鶴と夏美はぼんやりしたままで聞いている。
「ねえ、夏美ちゃん、なんだか記憶が曖昧なのだけど、どうしてこんな状況に私たちはいるのかしら?」
「さあ……とりあえず、帰って寝れるような状況じゃなさそうだし……しばらくこのままかな?」
さよはその間で、伊集院くんによって殺された二人の魔法使いの成仏を願う。
「これが……魔法による戦争なんですね……」
その時、よく知った声がたくさん聞こえてきた。
「あっ、パルにエヴァちゃんに、茶々丸さんもいるよー!」
「あ、佐々木さん」
闇夜に舞った白い影がくるくると回転しながら着地する。白いレオタードにリボンを持ったまき絵は、着地の衝撃を一切
感じさせないようにふわりと舞い降り、そしていつもの能天気な笑顔を見せてブイサインをする。
「みんな、無事だったんだーっ! おーい! こっちこっち!」
「やっほー、みんな無事で良かったね!」
「まったく、とんでもない騒ぎに巻き込まれたものです」
そして、ビルの屋上に、裕奈、アキラ、真名、美砂、円、和美、クー、夕映やのどかまでもが、地上からここにジャンプし
てやってくる。全員、仮契約を果たした姿、美砂はチアのコスにマイクという変則的な姿、円は木乃香の影響が強く学ラン
に釘バットというスタイルだった。
みんな、夏美や千鶴との無事な再会を果たした喜びばかりを顔に浮かべている。
「あれは超さんが開発した変身リングの効果ですね。魔法使いの従者と同様に能力を強化します」
「……」
そんなクラスメイトの姿を、エヴァは不審な目で見ていた。
「茶々丸よ。そのリングとやらは精神面も相当強化されるのか?」
「まあ、平均的な従者としては、です」
「それにしても……あいつら、少し、元気すぎはしないか?」
エヴァが不審に思ったのは、まき絵たちが異様に元気なことだった。全員がニコニコしているが、少し前まで怪物たちに
嬲りものにされていたことは想像がつく。中には壊れる寸前まで責めつくされた者いるはずだが、それが落ち込むどころか、
ぜんぜん平気そうなのだ。
「龍宮よ、あいつらは、実は既に気が触れているのか?」
真名も同じ疑問を抱いていたようで、その表情を少し曇らせた。
「……特に佐々木などは精神的に立ち直れなくても不思議ではないのだが、全く平気らしい。正直、理解できない」
真名もまた、不気味なものを見る目で、まき絵たちクラスメイトを見る。
「まあいい……とりあえず学園都市にいる三条軍を始末するのが先決だな。柿崎と早乙女を呼べ」
エヴァは気を取り直して、悪の魔法使いらしくにやりと嗤った。
***麻帆良学園都市・図書館島***
伊集院くんの最後にハルナが泣いている頃、ザジと五月は図書館の中で高司と対峙していた。五月とザジの背後には数
十メートルの本棚がそびえており、先には進めない。ちょうど袋小路のような地形に迷い込んでしまったのである。
「ふふふ、追い詰めたよ、お嬢さんたち。さあ、お仕置きの時間だ!」
くるくるとステッキを回しながら微笑む高司ではあるが、ハトの糞攻撃を食らった怒りのせいで口元は引き攣っている。
五月はそんな不審者以外の何者でもない高司を見て、少し怯えてザジの手をぎゅっと握る。
「………ザジさん、あの人はいったい?」
「………」
ザジは無言だった。
「…………」
しかし、その表情は「大丈夫だから」と言っているように見えた。
ザジは右手を頭の上にかざす。
右手の中指と人差し指の間には、いつの間にかトランプのハートのエースが挟まれていた。
いつ出したのか、五月には分からない。
ザジはまるで五月を守る騎士のように、ハートのエースをかまえる。
「そんなもので私に勝てると思っているのかねっ!」
にやりと笑う高司。
無言で警戒するザジ。
思わず後ろに下がる五月。
そのふくよかな背中が、後ろの本棚に当たった。
カチリ、という音を立てて数冊の本が、ずずず……、と本棚の中に沈み込んでいった。
「ふふふ、こちらからいくぞっ! はあぁぁぁっ!」
一歩足を踏み出した高司だが、そこに床は存在しなかった。
「なんだとぉぉぉっ!?」
いきなり開いた落とし穴に、高司は掃除機に吸われる埃のように落ちていった。
「………」
無表情のザジは、ハートのエースをかまえままま硬直し、高司が消えた穴をじっと眺めていた。登ってくるのを警戒している
というより、ハートのエースに別のネタを仕込んでいたのにそれが行き場を失ってしまったという、ちょっとやりきれない雰囲気
が漂っている。
そんなザジを見て、五月は何だかいけないことをした気持ちになった。
***麻帆良学園都市・市街地***
麻帆良学園都市上空には巨大なステージが出現していた。
マイクを持った柿崎が立つ横には、その声を何十倍にも増幅させ巨大スピーカーが何十も設置されている。巨大なカラオケ
ボックスのようなデザインであり、美砂の上にはミラーボールがぎらぎら光を撒き散らしている。あまり上品さは感じない。
これは全て、ハルナがアーティファクトで創ったものである。
そこで「平和の歌」を美砂は歌う。
エヴァは美砂に言った。
「歌詞など考えなくてもいい。みんなに逃げろと訴え、それから敵がいなくなって平和になる。それを心から願って声を出せ」
遥か向こうには、あの巨大な鬼もいる。
その前に自分の歌がどれほど通用するのか疑問だが、もとより歌うことは好きである。
美砂は静かに息を吸い、一声を発した。
「んにゃ!? 美砂の声だ!」
「あ、ほんとだ、ちょっと聞こえるです」
桜子と史伽と風香は市街地に入ろうとしているところで、美砂のステージは位置的に見えなかった。しかし、大音量で流れる
歌だけは少し聞こえていた。
「街の人たちがいる!」
そこには数名の男女が立っていた。怪物化現象から回復したらしく、服は半裸のままである。奇妙なのはその表情で、まる
で心ここにあらずというばかりにぼんやりして―――美砂の歌を聞いているのである。
そしていきなり、まるで運動会の徒競走でピストルが鳴ったように、一気に市街地の外に向かって走り出した。それは筋肉が
軋む音が聞こえてきそうなスピードで、人間の限界に挑戦するように走っていく。まるで、理性を失った獣のように。
「何、あの人たち?」
あっというまに、市街地から人の影は消えた。
「洗脳系の音波魔法か。そんなものは私の「百機夜行」で粉砕するのみ」
リョウメンスクナノカミの肩にいる二階は、一気に武装ヘリや戦車の式神の軍勢を召喚して魔力の充填を開始した。溜めるま
でには1秒もかからない。数千発の放出系魔法を美砂のステージに集中させ、術者は跡形も残らず消滅する―――だった。
「ふっ、撃て……」
その時、まるで台風での来たかのように風が乱れ、暴風と化して吹き荒れた。それは音だった。正確にはハルナのスピーカ
ーで増幅された、アーティファクト「傾国のマイク」を通した美砂の声だった。
敵がいなくなった平和を願う「歌」が、強力な波として一帯に広がっていく。
「な……こ、こんな……こんな……」
爆発が相次いだ。
二階の式神たちがお互いの同士討ちを始めて滅び合う。
しかし、それだけではない。二階は知る由もないが今、麻帆良学園中の三条軍がお互いに討ち合っていた。よく知った顔同
士で、逃れることも抗うことも許されず、3000人もの魔法使いが同士討ちという形で殲滅されつつあった。
それは洗脳。敵が存在しない、平和を願う歌―――。
存在しないということはつまり、いなくなるということで、頭に中に流れ込んでくる「消えろ」という声が、圧倒的で。
「こんな、バカなああぁ――――――っ!」
ズドン、と鈍い音が響いた。
愛用の銃で己の額を撃ち抜いた二階が、リョウメンスクナノカミの肩から落ちていく。
同時に、鮮血の豪雨が降り注いだ。
リョウメンスクナノカミが、自分の2つの頭を、自分の4つの腕で引きちぎっていた。
飛騨の大鬼神が、たった2人の少女のアーティファクトによって殺害された瞬間だった。
***麻帆良学園都市・図書館島深層***
「ぬおおおおおおおお!」
落とし穴から右へ左へとぶつかり続け、ごろごろと転がり続け、落下し続けながら、高司はついに柔らかい砂の上に落ちて止
まった。軽く砂を吐き出し、ステッキを突いて立ち上がる。全身に打撲があったが、動けないほどのダメージではない。
「おのれ……あの小娘どもめ、今度はこうはいかんぞ!」
その時、巨大な影がぬぅっと自分を覆った。
「何だ?」
そう言って振り向いた高司の顔が、さっと蒼くなった。
意味が分からない。理解不能。
なぜ、どうして、こんな場所に、このような存在が……!
高司の目の前で、見上げるような巨躯がゆっくりと動き始めた。全身を褐色の鱗に覆われており、足は樹齢数百年の大木の
ようである。背中からは悪魔のような翼を生やし、充血した目は殺気に満ちていた。口からは獰猛さを示しているような肉を切り
裂く牙が覗き、唾液を滝のように垂らして食欲を隠そうとしない。
「ど、ドラゴンだと……待て! 私は別にお前をどうこうしにきたわけではないのだ! 私を食べても美味しくないぞ!」
ゆっくり、ゆっくり、後ろに下がる高司。
その前ではドラゴンが大きな口を開けた。
「私を誰だと思っている! 関西呪術協会の理事の高司だぞ! お前はそのような高貴な血筋の…… 」
ドラゴンの口が閉じる。
真っ赤に濡れたステッキがどさりと砂の上に落ちたが、拾う主はもういない。
***麻帆良学園都市・市街地***
ハルナたちは、どうして敵が自滅したのか分からなかった。しかし美砂の歌が敵を倒したことは事実のようなので、とりあえず
分かることだけで意見を集約し口をそろえた。
「美砂のあだ名、今からジャイアンに決定ね」
「い、いやああああっ!」
あまりに不名誉な称号に美砂が慌てふためき否定するが、そう簡単に払拭できそうもないインパクトを与えてしまっていた。
そんな中でエヴァたちだけは深刻そうな顔で、馴染みのクラスメイトをじっと見ている。
その目は何か異物を観察するような感が強い。アイデアを出したエヴァだが、まさか本当に美砂とハルナだけでリョウメンスク
ナノカミを滅ぼせるとは思っていなかった。あれは日本の魔法協会を長年にわたり手こずらせた鬼神であり、そう簡単に倒せる
ようなレベルの敵ではない。それを、強力なアーティファクトを使ったとはいえ、たった二人の素人が―――。
とりあえず、一般市民はみんな戦場から全力で離れていっているはずであり、三条軍は消えた。
「あの時の危機は、思った以上に大きかったのかもしれんな」
美砂やハルナたちが木乃香の指揮下において、関東魔法協会相手に起こそうとしていた戦争は、想像以上の惨事を招いてい
たかもしれない。しかし、それを食い止めるために動いていた亜子たちも、危機の大きさをは分かっていなかった。
「マスター、どうしましたか」
「それにしても、奴らは全員成長が早すぎるぞ。アーティファクトの強さ以外にもまだ、全員に何かありそうだな」
「このクラスは木乃香さんを守る目的のため、人事に関東魔法協会の手が多少加えられて編成されたものです。
しかし、全員が全員というわけではないはずですが……」
「いや、分からんぞ」
他の者に聞こえないように、エヴァは言う。
「人事に関わった関東魔法協会の誰かが、妙な『実験』でもしたのではないか? 近衛を守るために集められた
特殊クラスだということを隠れ蓑にして、こっそりと……人間を魔力的に強化するような何かを……」
「考えすぎではないでしょうか。一般人を使った人体実験は死刑を免れない行為です。いくらなんでも……」
「茶々丸よ。柿崎や早乙女たちが暴走すれば、この国は滅びるぞ」
「……」
沈黙する茶々丸に、エヴァは言う。
「さっきの歌の破壊力を見ただろう? あいつらの力はもう、そういう領域に達している。もちろん、まだ私の敵ではないがな」
「マスターほどのレベルの力をクラス全員が持てば、それこそ世界のバランスは大きく崩れますよ」
***麻帆良学園都市・市庁舎***
「今のは、洗脳系魔法……助かったのぉ、みーちゃん、ありがとぉ」
みーちゃんはゆっくりと、久美子の耳を塞いでいた触手を離した。みーちゃん自身には、そもそも耳がない。
すっと眼鏡を外した久美子の顔は、まるで童女にように活き活きとしていた。眼鏡を床に叩きつけると、パリンと乾いた音がして
割れる。反撃を食らった怒りも、作戦が失敗した悲しみも、その表情には滲み出ている。
許さない。悔しい。悲しい。三条軍統括司令官になるに伴い、あまり表情が露骨に出るといけないという理由で付けていた、表
情を制御するための眼鏡だった。ついでに、ある程度の言葉のなまりも制御してくれる。積極的に気を緩めてしゃべらない限り、
妙ななまりが出ることはない。
「わたちぃは、本当に駄目だなぁ。こんな大切にゃ作戦で失敗するなんてぇ……」
炎の中で、ぽろぽろと涙を流す久美子。
司令官がこんな喋りで、こんなに感情が外に出てはいけないと理由で、眼鏡をつけた。
自分の喋り方も、感情も、全てを制御していた。それも全て三条家の名誉のため。
自分を救ってくれた三条千歳に恩を返すために、切り捨てたものだ。
「ねぇ、みーちゃん、わたちぃが半妖態になるまで、何とか持ちこたえられない? 敵を、逃がさないでぇ」
久美子の頼みを聞いたみーちゃんは、大きく鳴いて飛んでいった。
敵は思った以上に強敵らしく、人間の姿のままでは勝てそうになかった。
いや、人間の姿でも久美子は負けることはないが、勝つことができないのである。
「みーちゃん、死なないでねぇ」
久美子が半妖態になるまでは時間がかかる。みーちゃんはもしかしたら敗れて死ぬかもしれない。
しかし、それは悲しいが仕方がない。
久美子とみーちゃんの命は、
自分たちのものではないのだから。
「わたちぃたちのぉ、命はぁ、あの時からずぅーっと、御前様のものぉ……!」
輝く瞳に宿るのは、
狂的な崇拝の光。
「今こそぉ、この姿の「枷」を外す時ぃ」
顕在するのは、
妖怪の本性。
真の姿になると、完全に人間形に戻るまでに1年。
「三条に仇なす者はぁ、わたちぃたちが、許さないぃ」
久美子の背中がべりべりと裂ける。
そして、鮮やかな虹色の翼がずるりと、突き出してきた。
***麻帆良学園都市・市街地***
「美砂だーっ!」
「さ、桜子! 何、そのでっかいピコピコハンマー!」
エヴァたちに桜子たちが合流したのが、ほんの数十秒前だった。
「本屋だー、無事だったんだね!」
「ふーちゃん、ふみちゃん」
またまた再開を祝してお祭り騒ぎになる一行に、エヴァは軽い頭痛を覚えた。
これにより、かつて大暴れした木乃香のアーティファクトを持つのがハルナ・のどか・桜子・美砂・円。
超の変身リングにより魔法使いの従者の能力を得たのがまき絵・裕奈・アキラ・夕映・和美。
元々異能を持っているのがエヴァ・茶々丸・真名・クー、あと一応さよ。
さらに人間ではなくなったのが風香と史伽。
非戦闘員が千鶴と夏美。
という、巨大パーティが生まれたことになる。
その時、異様な魔力を察知したエヴァの眉がぴくりと動いた。
緊張。
そして、プレッシャー。
殺気。
「茶々丸、どうやら向こうにはまだ、とんでもない化物がいるようだ」
「巨大な魔力を確認、加速度的に増加していきますね」
びりびりと肌をなぶる殺気。
心地よいような。
寒いような。
「私がこの状態では……」
誰かが叫んだ。
そして全員が気付いた。
「な、なに、あれ……」
***麻帆良学園都市・図書館島***
「………」
「こ、これは……」
五月とザジは呆然として、目の前で起こる怪奇現象を眺めていた。まるで湖の水が何者かに吸い取られているように、みるみる
水位が減少していくのである。そして、湖が干上がった時、上空に巨大な「そいつ」は姿を現した。
天まで届きそうな巨大なゼラチン質の身体に、のたうつ無数の触手。
大きなだけで、先程のリョウメンスクナノカミの倍以上はある、麻帆良湖の湖の水量以上の体積を持った怪物。
形容するなら、蠢く山。
巨大な赤いクラゲの怪物―――水分を吸収して巨大化する能力を持った、御園生の護鬼「みーちゃん」が、麻帆良ごと敵を踏
み潰さんとせんばかりに侵攻を開始する―――。
***麻帆良学園都市・市街地***
「ど、どうしよう、こっち来るよ!」
巨大なクラゲの怪物がむくむくと膨れ上がり、数本の触手を振り回しながら侵攻を開始した。
足元にある図書館島の石橋をぱきりと折って、そのまま投げる。
石橋は回転しながら夜空を舞い、そして落下する。
「全員、ここから離れろっ!」
真名とクーが千鶴と夏美を連れて逃げた。全員がぱらぱら飛び降りていくビルの屋上に、巨大な石橋が刃のように突き刺さった。
「さて、お前ならどうする? 龍宮!」
「隠れるところを探す」
轟音を立てて崩れ落ちていくビルを見ながら、何とか体勢を立て直そうとするエヴァたちだが、大きさのハンデはある。魔法を連発
できる状態なら互角に戦えるが、接近戦が中心のメンバーでは不利は明白だった。
「メテオ!」
「なっ……」
建物を風圧でなぎ倒しながら、燃え盛る巨岩が大砲のように発射された。ハルナのアーティファクトによる隕石は、放物線を描きな
がらクラゲの怪獣に直撃し、なぜか岩なのに爆発を起こした。燃えながらクラゲが市街地に倒れる。
「お前……あの時の記憶があるのか?」
「何のこと?」
どうやら、ハルナは根本的に「メテオ」という発想が出てきやすいらしかった。
「ちょ、ちょっと、パル、あんまり効いてないっぽい!」
「もっとたくさん撃つです!」
見ると、炎を振り払うようにしてクラゲは起き上がっている。目に見えるダメージどころか、その表面には傷すらない。贔屓目に見て
も、先程の攻撃が効果的だとは思えなかった。
「あれで効かないのか……厄介だな。それに、まだ……」
夜空―――何かが学園都市に接近してくる。
「待って、あれは何?」
夜空を飛ぶ赤い影が麻帆良をくるりと旋回し、エヴァたちの頭上を超えてクラゲに向かう。
「あれは、まさか……」
赤い影から無数の閃光とミサイルが発射され、次々とクラゲに直撃して爆発した。
***麻帆良学園都市・上空***
「帰ってきたネ。久しぶりの学園都市! かれこれ3週間になるかナ!」
「でも、余計な連中までいるようですねー! さっさと追い払うことにしましょうか!」
コックピットに並んで座った聡美とチャオはカタカタとパネルのボタンを叩きながら、再びミサイルの照準を巨大なクラゲの怪物に合
わせていく。残弾には余裕があるが、攻撃に関してはある程度は様子見といった感じであることは否定できない。
「大丈夫なのかよ……つか、こんなのありかよ」
2人の間で補助を担当する千雨だが、コントローラーがプレイステーション2のものなのである。異様にハイテクなマシンにも関わら
ず、補助に関しては一般人でもできるような仕様になっていた。
「あ、あの、長谷川さん、私、こういうのをやったことがないのですが……R2ボタンってどこですの?」
「いいんちょ、知らないにもほどが……いや、私が悪かった。ほら、ここだよ、ここ」
そんな後ろのやり取りに構わず、チャオはスピーカーに向けて大声で叫んだ。
「ネギ先生! もう一発いくネ」
『は、はい!』
ジェットの上部にいる明日菜とネギに指示を出す。先程と同じようにミサイルと魔法の一斉攻撃を仕掛けるために。
***麻帆良学園都市・市街地***
赤いジェット機から再び無数の閃光とミサイルが発射され、次々とクラゲに直撃して爆発した。
「いいぞいいぞ! もっとがんばってー!」
「やれー! やっつけちゃえーっ!」
優勢な味方を応援するクラスメイトたちを見ながら、それでもエヴァの表情は険しい。
「ハカセたちか……まあ、少しでも戦力が増えたのは良いことだ。これから来る敵に対して、な」
「お前も気付いていたか」
真名とエヴァは気を許していない。あのクラゲは真の敵ではないと知っているから。
「魔力の急激な上昇は止まりません。危険領域」
「最早、隠そうともしないか」
「あの、燃えている市庁舎の中だな」
クラゲとジェット機から少し離れた場所にある、炎上している市庁舎。
その上半分が、急激な魔力上昇の圧力で吹き飛んだ。
「―――!」
全ての注意が、そちらに向いた。
消し飛んだ部分の断面は、まだ少し火が付いているが、やがて煙だけになる。
そこにふわりと、ひとつの影が降り立った。
「わたちぃが、この姿を晒すことになるとはぁ、思わなかったぁ」
腰まで伸びたエメラルドグリーンの髪に、背中から生えた4枚の虹色の翼は異形を超えた神々しさがある。手足は3本の指に鋭い鉤
爪を生やし、顔は異様な紋様で塗り潰されて、眼球は金色に変わっていた。全身は薄く毛で覆われており、着ていた服の残骸がところ
どころに張り付いている。
「御前様と巫女が創る理想の国にぃ、お前たちぃの、居場所はないのぉっ!」
翼を広げた瞬間に、魔力が開放されて暴風が巻き起こる。
「巫女……かけられたぁ恐怖の「枷」を解除してぇ、久美子は再びぃ、空に戻りますぅ」
久美子は自分にかけられた高所恐怖症という「枷」を外し、ふわふわと空に舞い上がる。その「枷」は、久美子の存在をスムーズに維
持していくための、安全装置のようなものであった。
「三条に仇なす者ぉ、ぜんぶぜーんぶ、滅するためにぃ―――っ!」
「龍宮、戦う手段を持っている者、全員を集めろ」
エヴァはぼそりと真名に言い、真名は無言で走り出す。
「総力戦になる。全員でかかれば、何とかなるかもしれん……」
―――東西戦争、最後の戦いの幕が上がる。
(続)
最終更新:2012年01月31日 15:33