23スレ079

79 :名無しさん@ピンキー:2006/03/07(火) 20:50:21 ID:Xuq/G/7x
***麻帆良学園都市・市街地***
 瓦礫の山から、それはころころと転がり出た。みーちゃんに投げつけられた石橋の、石と石の接合部の隙間に挟
まっていたその物体は、何の危険な気配も発さずに、ただ他の石ころと同じように潜んでいた。本当にひっそりと、
獲物が油断するように静かに―――。
 ころころ、ころころ。
 転がり進む物体は、ついに少女たちの集団にまで達した。
 それは何人かの少女たちの足をすり抜けていく。
「あれ? 今の何?」
「どうしたの? 桜子」
「今、丸いボールみたいなのが……」
 ころころ、ころころ。
 それは転がり進むうちに、ある少女の足に当たる。
「ん、何これ?」「どうしたの? ゆーな」「まき絵、いや、こいつが足に当たって……」「ボール?」
「お前たち、話がある。ん、それは何だ?」「なんですかー、これ?」「何をぐずぐずして……ん?」
 エヴァが、茶々丸が、さよが、クーが、真名が、まき絵が、裕奈が、アキラが、のどかが、ハルナが、夕映が、
和美が、千鶴が、夏美が、風香が、史伽が、桜子が、円が、美砂が―――そのボールのような物体を見た瞬間、

「きゃ―――――――――っ!」

 半分以上の少女たちが、悲鳴を残して消え去った。
「あ、ああ………な、何ですか、このボールは!?」
 残されたのは、のどか、ハルナ、夕映、首だけの茶々丸、夏美、千鶴だった。
 信じられるはずがない―――あれだけいた人数が次々と、そのボールに吸い込まれてしまったなど……。そして
ボールは少女たちを吸い込んだまま、ゆっくりと浮き上がって、そのまま飛んでいってしまった。
 彼女たちが助かったのは、たまたま近くにいたさよに支えられたのと、咄嗟に桜子に突き飛ばされたからである。
 さよが助けたのは夏美と千鶴だった。桜子は危険を第六感で察知したのか、のどかたち図書館組を強化された手
で思い切り突き飛ばし、数メートルも離した。近くには他の面々がいたのに図書館組を助けたのは―――タイミン
グ的には偶然としか思えない。桜子の「偶然」とはそれ以上の意味を持つこともあるが、現時点では評価のしよう
がない。
「ど、どうしようー……私たちだけじゃー……」
 いきなり主戦力の大半を失った少女たちは、呆然とその場に立ち尽くすのだった。


*      *     *

 まき絵たちを吸い込んだ球体はふわふわと飛んで、みーちゃんを攻撃していたチャオたちのジェット機の横を通
り、半分消滅した市庁舎に向かう。
 異形と化した久美子は、それをぱしりと握り締めると半妖の顔をにやりと歪める。
「さすがぁ、みーちゃん、人質をとればぁ、あいつら逃げないぃ」
 久美子の言葉に、みーちゃんが触手を振り上げながら、歓喜に打ち震える鳴き声を上げた。
 巨体の動きに都市が震える。
「真に有効な攻撃とはぁ、一手で二手三手を兼ねるものぉ。御前様の御教えだよねぇ」
 敵もどうやら、放り投げた石橋の中に捕獲用の魔法アイテムが隠れているとは考えなかったらしい。戦場におい
て「敵が放った物」には最大限の警戒をしなければならないが、逆に攻撃するならば可能な限り警戒されないよう
にしなければならない。
「みーちゃんが力技しか使えない怪獣だと思ったのならぁ、大間違いよぉ」
 久美子はくすりと微笑んで球体を夜の闇に放り投げる。
 みーちゃんはそれを触手で捕まえ、そのまま自分の身の中にずぶりと埋め込んでしまう。球体は赤い肉質に沈み
込んでいったまま、ついに見えなくなった。
 球体の代わりに巨大な斧がゆっくりと、みーちゃんの肉に浮かび上がってくる。
それは、どぷん、とみーちゃんから吐き出されて、久美子の手に吸い込まれるように飛んだ。
「体内にいくつかのアイテムを保存できるぅ、それがみーちゃんも特性」
 牛でも一撃で真っ二つにできそうな数メートルの巨大な斧を構え、久美子はばさりと虹色の翼をはためかせる。
斧には無数の呪言が刻み込まれており、魔力を込めると破壊力を増幅させる効果を持つ。
「聞こえるかしらぁ。三条の敵、及び、裏切り者よ。球体に吸われた者の命はぁ、こちらで預かっているぅ」
 裏切り者というのが、小田原と光仙の庇護下にいたチャオと聡美のことをいうのは間違いない。久美子は当然
彼女たちのことを知っているし、彼女たちも久美子のことは知っているだろう。三条の裏に近づいて、久美子の
ことを知らないものはいない。
 そして、おそらく小田原と光仙が生きていないことも、久美子は想定している。生きているならば、チャオた
ちを自由にするはずがない。「自分たちの後継者がみつかった」と喜んでいた2人だが、おそらく敗れたのだろ
う。もっとも、あの2人の性格からすれば、敗れたことを悲しむとも思えないが。
「逃走すれば仲間の命はないぃ。仲間を解放する手段はぁ、球体を発動者である、わたちぃの魔力を遮断するだ
けぇ」
 久美子はにやりと嗤って、周囲にいる全ての敵に告げる。
 逃げないように、わざわざ告げる。
 声に、おぞましいほどの殺気が宿る。
「三条軍統括司令官、御園生久美子、参る」
 巨大な斧を手に、久美子が市庁舎から飛び立つ。
 その衝撃で市庁舎はさらに崩れて、ついに完全に崩壊した。
 みーちゃんも奇声を上げて、都市を踏み潰しつつハルナたちに向けて進み始めた。
 久美子が飛翔すると爆発するような暴風が吹いた。
 翼の虹色の軌跡がチャオたちのジェット機に向かう。
 チャオたちのジェット機からミサイルが次々と発射され、一直線に久美子に向かう。
 久美子はそれを避けようともせずに斧を振り上げ、そこにミサイルは次々と着弾して爆発した。
 しかし、その煙の中から、斧を振り上げたままの状態で、久美子が嗤いながら現れる。
「小賢しいぃ」
 全くの無傷で―――本当に傷一つ無く。

*      *     *

「ミサイル第二弾、発射準備、ロックオン完了。いつでも発射できます」
「2秒後に発射ネ。ある程度まで引き付けて」
「了解」
 チャオと聡美は、接近してくる久美子の影を見ていた。
 レーダーに映るのは接近してくる敵を示す赤い光点。
 そして、こちらから発射されたミサイルを示す6つの青い光点。
 赤い点に青い点が次々と重なっていくが、赤い点は決して消えない。それどころか、相手には全くダメージがな
いことが、機体表面の魔力値観測センサーからの情報で伝わってきている。
「うーむ。これは……」
「一筋縄ではいきそうもありません」
 チャオと聡美の会話を聞いていた千雨とあやかは不安げに、聡美とチャオの席の間に顔を出す。
「どうした? そんなにやばいのか?」
「やばいというか、攻撃が全く効きませんねー。この機の火力では勝負にもなりませんー」
 聡美は苦笑しながらモニターに敵の姿を映す。
 それを見た千雨はぎょっとした。外見は変わっているが顔の造りなどは変わっていない、こいつは―――。
 千雨は真っ青になって震えだした。忘れられるはずもない。モニターに映っている敵は、京都で千雨の腹部をぶ
ち抜いた、あの眼鏡の女に違いなかった。もう会いたくない、まさか学園都市にいるとは想像もしなかった。
『ちょっと、あいつ、何かやり始めたわよ! 黒い電気みたいなのが、バチバチって!』
『雷系の攻撃魔法がきます! かなり大きいですよ!』
『とりあえず、こっちは私が盾になるから!』
 上部にいる明日菜とネギの悲鳴に近い声が聞こえてきた。その声からは危機的状況であることが嫌というほど伝
わってきた。
「くっ、回避―――できるかネ!?」
 ジェット機の正面に雷系攻撃魔法の黒い稲妻の嵐が広がり、操縦席の計器が火を噴いた。
「駄目! 脱出するネ!」

*      *     *

 黒い稲妻の直撃を受けたジェット機が爆発し、救命艇がいくつか落下するのを尻目に、久美子はさらに速度を加
速する。最初の目標は、さきほど球体に捕らえ損ねた集団を殲滅することである。三条軍を直接壊滅させたのが彼
女たちである以上、優先順位はそちらが上であった。

*      *     *

「彼女の名前は御園生久美子。関西では有名な術者です。能力の詳細は不明ですが、接近戦を得意とする武闘派だ
と言われています」
「よく分からないけど、そいつが敵のボスなわけ? ところで術者って……何?」
「ああ、ハルナ……何といったらいいのでしょうか。何かあるのでしょう、そういう組織が」
 魔法というか異能の世界の存在に既に気付いている夕映やのどかと、あまり分かっていないハルナたちでは呑み
込み方も違う。取り残された面々が不安げに茶々丸の話を聞く中、のどかは何気なく読心術の本を抱きながら、そ
の名をぽつりと言った。

「みそのう、くみこ、さん。それが名前……きゃ!」
 本がいきなり発動した。
 本来ならば1ページぐらいで止まるほどの思考の読み込みが、数十ページも一気に読み込まれた。それでもまだ
止まらない。本がおかしな動きをしていることに戸惑うのどかだったが、それよりも重要なことにすぐに気付いた。
本が発動するということは、対象が有効射程距離内にいることを意味する。
「上空に反応……しまった!」
「ひっ!」
「きゃああああ!」
「か、怪物……」
 夏美が悲鳴を上げて千鶴の背に隠れる。
 のどかや夕映たちも思わず息を呑んだ。
 上空に―――巨大な斧を構えた女の怪物が、にやりと微笑んで浮いていた。その全身から迸る殺気を隠そうとも
しない。この圧倒的な殺意の塊のような存在が、自分たち全員を殺しに来たのだと、その場にいる誰もが理解した。
「まずはお前たちからだぁ、死ぬがいい!」
 久美子が斧を振り上げて、そのまま気を込めた一撃を地上に叩き込もうとする。本気で気を込めて一撃を放てば、
のどかや夏美たち全員を粉々の肉片に変えるぐらい容易い。ハルナのスケッチブックも間に合わないし、他に対抗
できる戦力もない。
「死ね―――」
「こっちの科白ネ!」
 その時、久美子の正面の空間がぐにゃりと歪み、そこからいきなりチャオが飛び出してきた。科学に「再現」さ
せた転移魔法―――その奇襲ぶりはかの小田原を彷彿とさせる見事なものだった。
「ぬっ!」
「お前の相手は、私たちネ!」
 取り出したフラスコが赤い炎を吹き出して、久美子の顔を直撃する。
 チャオは一瞬でその空間から消えた。
「うぬー!」
 久美子が炎をものともせずに斧を振り下ろそうとするが、背後に転移したチャオの炎を食らってよろめく。
「鬱陶しい!」
 久美子がチャオに向けて斧を振るう。
 チャオはもう別の場所に転移した後だった。
 空振りになった斧から発せられた衝撃波が、都市をばりばりと薙ぎ払って、地面を裂いた。
「チャオさん、す、すごいー!」
「いえ、決して優勢ではないです!」
「えっ……」
 よく見ると、久美子はまるでダメージを受けていない。
 炎が消えた後には、火傷一つ残っていなかった。
 チャオは結局のところ、攻撃しては逃げるを繰り返しているわけで、それは単なる撹乱にすぎなかった。
「逃げることだけは一人前かぁ。小田原は逃げるだけでなく攻撃も上手かったけれどぉ」
「まあまあ、とりあえず、いっしょに来るネ」
「ぬっ!」
 久美子の前に現れるチャオ、
 その瞬間―――。

 ふっ。

 久美子はチャオといっしょに消えてしまった。転移魔法で別の場所に移ったらしい。

「な、なんていうか……」
「レベルの違う戦いって感じ……」
 天才と怪物の瞬間移動を連続で行う戦いに半分呆れたような雰囲気になる中、のどかは本で読み込んだ久美子の
「心の内容」を読んでいく。
 さすがに場合が場合なので、いつもより速読で。もしかしたら、先程の怪物の弱点が見つかるかもしれない。
 しかし、読み進めたのどかはその内容に、表情は驚きで塗り潰された。
「こ、これって……じゃあ、あの人はもう……」
 思わず、さよを見るのどか。
「どうか、しましたか? 顔に何か付いてますか?」
 さよはのどかの言いたいことが分からなかった。
「ねえ、ゆえー……これを見て……さっきの怖い人、あの人は……」
「のどか、とりあえずそれを読むのは後です。今はあのクラゲの怪獣からも逃げなくては!」
「ああっ……」
 見ると、みーちゃんは先程よりもこちらに近づいている。
 のどかは夕映たちに引っ張られて走り始める。
「ゆえー、走りながらでも、これを読んで!」
「ですから、今は……」
「大事なことなの! とっても!」
 本が発動して夕映の心を読み込んでしまうが、のどかはそんなことには構いもしない。
「さっきのチャオさんみたいな火とか、叩くとか、銃とか、そ、そういうんじゃ、あの怖い人、あのクラゲのお化け
もだけど……絶対に殺せない。あ、でも、その、殺せないって言うと正確じゃないんだけど……あの人は……そうい
うのじゃなくて……つまり」
 のどかは確信を持って、言い切った。
「あの怖い人を倒せるのは、たぶん、ゆえしかいないの!」

*      *     *

 転移した先は学園都市の端の端の、山岳部に面しているエリアだった。都市部からは離れており元より人口が少な
く、美砂の歌による影響を受ける今や人の気配すらない場所である。この場所をチャオが選んだのは、戦闘に巻き込
まれる被害者を減らすのが理由であろうが、言い換えれば気兼ねせずに大技を使えるという理由にもなる。
「むぅ、さっきのやつぅ、どこいった?」
 久美子は上空を舞いながら敵の気配を確認するが、少し見渡した限り誰もいない。もしかしたら久美子を切り離し
て、先にみーちゃんを集中攻撃して撃破しようとしている可能性もある。それならここにとどまる理由など無い。
 と、その時―――
 ざしゅっ!
 それは久美子より上空にいた明日菜の、魔法無効化の一撃で、久美子と障壁を同時に切り裂いていた。
 障壁が消滅するのと同じくして、久美子の身体が右肩から左腹部にかけてずるりとずれ、血が切断面からぷつぷつ
と噴き出してきた。斜めに真っ二つになった身体は傍目には致命傷で、久美子の命はここで尽きてもおかしくない。
 しかし、
「……わたちぃは、負けないのぉ」
 そう言うと久美子の身体はゆっくりと再結合し、傷も跡形も残らずに消えてしまう。
「ふふふ、この程度で―――」
 そう言って嗤った、しかし障壁が消えたまま久美子の真正面に―――本物の核ミサイルが飛んできた。


*      *     *

「それはこの時代に存在する最大クラスの20倍の破壊力! 障壁無しで直撃すればどんな化物でも蒸発ヨ」
 ステルスバリアを張ったチャオは高らかに勝利を誇りながら、自らが実体化モジュールで実体化させた1788の
理論式を組み立て製造した特殊核ミサイルを発射した。今頃は聡美に支えられた明日菜が奇襲して、久美子の障壁を
排除しているころだ。後はチャオの手のひらで生まれたミサイルが勝負を決める。
「私の科学の力に驚きながら、そのまま欠片も残さず消滅するがいいネ!」
 そのミサイルは破壊力こそ20倍だが、爆発は数キロに止まる。チャオの空間結界が同時進行で被害エリアを限定
する。
 理論を直接現実に引きずり出す実体化モジュールは聡美はもちろん、チャオにも使いやすいツールである。空気や
水、土中の無機物や有機物に理論を加えて素材を生み出し、別の理論を与えるだけでそれは核にすら変わる。未来の
あらゆる理論に精通したチャオならば、準備がなくてもある程度のことはできる。
 チャオは笑う。この時代で一番の叡智を持つ存在として。
 その姿を直視すれば、たとえ国家の指導者であろうと、その少女を崇めたかもしれない。
 そう、核さえ生み出し、制御する―――「神なる存在」と。
 少女がふと気まぐれを起こせば世界の情勢が一変するような、そんな位置に達した―――。

*      *     *

 やがて大きな火の玉が上空にぽつりと点り、
 それはみるみる膨張して地上の全てを呑み込んでいく。
 光が伝わり、
 音が伝わり、
 衝撃が伝わる。

 核爆発。

 全てを消し去りながら膨らむ爆発は、
 やがて大きなキノコのような雲に変わり、
 そして崩れ始めた。

*      *     *


「上手くいきましたかー? チャオさん」
 背中にジェットを付けて空を飛ぶ聡美と、それに掴まれる形で破魔の剣を持った明日菜がチャオの傍にやってくる。
「うむ、上手くいったね。直撃であいつはもう影も形も残ってないヨ。今は後処理として放射能の除去と噴煙の拡散防
止処理を行っているネ。周辺数キロは壊滅しちゃったけど、一般の犠牲者はいないし、まあ苦い勝利とするかネ」
 そこに、衝撃から身を守るべく隠れていたネギやあやかや千雨も、安全だと分かってぞろぞろと姿を現す。
「なんつーかさ、いくら破壊領域を最小限に抑えて放射能も除去できるっていっても、普通、核を使うか?」
「あいつは過大な戦力でも一気に叩かないと、こちらが逆にやられるネ」
 チャオは無邪気な笑みを浮かべた。
「これは歴史に残らない核爆発ネ。歴史は事実の記録に非ず。望むように変えるべきもの―――ネ」
 そう言って笑うチャオは、まるで自分は歴史を変えることができると言っているようで、千雨にはそれがどうも不気
味に思えた。
「やだ、チャオさん、神様みたい」
「ははは、冗談ネ。冗談」
「あの、チャオさん」
「どうしたか、ネギ坊主」
「爆発の跡から、魔力の反応が……」
「はっ、そんな馬鹿な。あの爆発で……」
 そう言って笑ったチャオの表情が、硬直した。

 核が直撃したはずの久美子が、巨大な斧を持ち、無傷で微笑んで立っていた。

 核爆発に巻き込まれたはずなのに。直撃したはずなのに。
「ちょっと、痛かったわよぉ」
 にっこり。
 それが、核ミサイルを食らった感想。
 まるで小石をぶつけられたような、その程度の―――。
「今頃、フランス魔法協会にぃ、こずえ様が核ミサイルを発射しているはずぅ。放射能の処理などができるのなら、貴
方たちは使えるわぁ。洗脳したら三条12大幹部の欠員補充にできそうだしぃ、「殺すの」は止めておくわぁ。でも」
 虹色の翼を広げて、久美子は斧を構えて微笑んだ。
「相応の報復は、させてもらうぅ」
 久美子の目がぎろりと輝く。
「……あ、うあ……」
 チャオがじりじりと後退していく。
 障壁なしで核の直撃に耐えた存在に、どう対処すればいいのか分からないという顔だ。チャオがそのような顔をする
のはとても珍しく、それゆえに不安は周囲にも伝染していく。
 ネギたちも、ゆっくりと久美子から離れていく。
 そして―――、一斉に逃げ出した。
「くっくっくっくっく、はっはっはっはっはっは! その人数じゃ転移魔法できないのねぇ!」
 走って闇に消えていく少女たちを見ながら、久美子は斧を天に翳し、翼を広げて高らかに嗤う。
「逃がすかああああああああああああああああああああああぁ―――っ!」


*      *     *

「しかたがないわね! 私が時間を稼ぐ!」
 明日菜は一人立ち止まり、破魔の剣を手に闇を睨む。あの怪物がすぐに追いついてくるだろう。
「神楽坂!」
「アスナさん! ひ、一人でそんなの、駄目ですよ!」
「そうですわ、この非常時になにを一人で格好付けているんですの!」
 友人たちの呼びかけにしかし、明日菜は首を横に振った。
「私がいると転移魔法は使えないし、杖に乗せてもらって飛ぶこともできないでしょ」
 沈黙が一行に満ちた。この現状で、明日菜の意見は残酷なほど正しい。ネギも理解してしまっている、ここで最善の
選択し―――可能な限り大人数が生存するための一番は、
「チャオさんとハカセとネギで、いいんちょと長谷川さんを安全な場所まで運ぶの。チャオさんの転移魔法は本人含め
て定員2人だって言うし、私はさっきハカセに運んでもらったけど、あのスピードじゃ逃げるのは無理。でも、チャオ
さんがいいんちょと長谷川さんのどちらかを転移魔法で運んで、ハカセとネギで協力してどちらか一人を運べば、きっ
と逃げ切れるわ」
 それが明日菜の出した結論だった。
 チャオは黙ってうなづく。それは、それが最善の方法だということを理解したからだった。
「で、でも、何とかしてアスナさんもいっしょに」
 なおも食い下がるネギの頭を、明日菜はぽんぽんと叩く。
「もうちょっとダイエットしときゃ、良かったかもね」
 明日菜は笑っていた。
 諦めたのではなく、自分は間違ったことをしていないという確信の、笑み。
 しかし、その笑みは、ネギにそれ以上駄々をこねることを許さなかった。
「………! ぜ、絶対に、すぐに戻りますから!」
 闇に消えていく仲間。
 それを見ながら、明日菜はふう、と息を吐いた。
「さーてと、核ミサイルも効かない相手に、どうしよっかなぁ……」
 少し呆れながら考えるが、答えがでるわけもない。
 亜子を脱獄させる時点である程度の混乱は予想できたが、あのような化物が出てくるのは予想外だ。
「いや、きっと、いつかはこうなってたんだよね……」
 亜子の脱獄はその瞬間が早まっただけで、遠くない未来にこの混乱は起きていただろう。たまたま亜子が起こした騒動
が機会となり、魔法使いの世界という訳の分からない所で蠢いていた三条家とかいう勢力が、一気に表に出てきただけだ。
亜子の騒動前から、三条家はクーデターの準備を進めていたに違いない。
 ざわり、と木が揺れた。
 気配を感じられる。
 いや、隠そうとすらしていない。
「ったく、やってやろうじゃないの!」
 明日菜は剣を構えて闇を睨み、そこにぼんやりと久美子のシルエットが浮かび上がる。
「一人で足止めぇ? 涙ぐましいわねぇ」
 久美子は微笑みながら斧を構えて、明日菜にゆっくりと近づいてくる。
「うっさいのよ、この化物!」
 剣をかまえて明日菜は走る。
 喉から叫び声が迸る。
 自分を前に進めるために、明日菜は吼えた。
 剣は障壁を切り裂くので、一撃を加えれれば多少は効くはず。効いてくれなければ困る。
「はああああああっ!」
 ガキン!
 剣と斧が切り結び、火花が散った。久美子は斧で剣を受け止めたまま微動だにせず、明日菜は弾き飛ばされた形でよろめ
くも、すぐに体勢を立て直す。
「もう一撃!」
 明日菜は大きく剣を振り下ろした時、久美子が斧を横に流した。
 斧の刃が明日菜の腕に食い込み―――。

「きゃああああああああああああああああ―――――!」

 剣を握った腕の肘から先が、血を撒きながら満月の夜空にくるくると舞い上がった。

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最終更新:2012年01月31日 15:37
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