23スレ184

184 :「東西戦争、終戦」 ◆FePZUCQ9Q6 :2006/03/17(金) 23:08:21 ID:jj0pYxFs

 むかしむかし、あるところに、おばけたちの村がありました。
 そこにいたひとりの少女は、とてもさいのうがありましたが、いつもいつもほかのおばけからいじめられていました。
 ほかのおばけはすぐに少女のちからを知りましたが、少女は自分のちからを知りませんでした。
 ちからにめざめた少女のしかえしをこわがるおばけたちは、ますますひどいいじめを少女にしていきます。
 おばけたちはついに、力にめざめるまえの少女をころしてしまおうと、なぐったり、さしたり、しずめたり、しました。
 しかし、それでも少女は生きていて、ともだちのおばけたちに、

「わたちぃをいじめないで。みんな、仲良くしてよ」

と言いつづけました。
 どうしても少女をころせなくて、おばけたちは少女を恐れ、おののきました。
 ある日、少女は小さなクラゲのおばけをひろって、おともだちになりました。
 少女にとってそのクラゲは、はじめてできた、おともだちでした。

「あなたはいつもぉ、みー、みー、ってないているから、みーちゃんって名前にしましょうねぇ」
「みー、みー」
「いつまでも、わたちぃと、なかよくしてね。みーちゃん」

 みーちゃんは、えたいのしれないおばけでした。
 ほかのおばけたちにみつかり、なんと、少女はみーちゃんといっしょに、がけから落とされてしまったのです。
 それを助けてくれたのは、山にしゅぎょうにきていたにんげんのまほうつかいでした。
 まほうつかいは風をあやつり、おとされた少女とみーちゃんを助けてくれたのです。
 なまえは、三条千歳。
 少女はおんをかえそうと、いっしょうけんめいになりました。

 「わたちぃが、みーちゃんといっしょに、あなたさまをおまもりします。
  だれかにいじわるされたり、つらいことや、やりたくないことがあったら、いつでも、いってください。
  わたしとみーちゃんの命は、あなたさまのものです」

 少女はやがて御園生久美子という名前をもらい、三条の中で偉くなっていきました。
 そして今、少女は関東の学園都市に立っています。
 関西の爆破テロと英国崩壊の首謀者の一人として、そして関東侵攻の司令官として―――。

*      *     *

「メテオ、いっくよーぉ!」
 みーちゃんの巨体が市街地を押しつぶしながら侵攻し続け、逃げるハルナたちをもう少しで押し潰すところまで迫っていた。
その時、レンガ造りの商店から突然、燃え盛る岩が次々と飛び出してみーちゃんに炸裂する。ハルナのスケッチブックで創
られたメテオであるが、しかしみーちゃんは衝撃によろめきこそすれ、ダメージらしいダメージは受けていない。
 それどころか、耐性が付いてきたのか、巨岩に撃たれながらもゆっくりと前に進み始める。
 ―――その時、燃えていない岩がみーちゃんの上を飛んでいった。みーちゃんは敵の攻撃が失敗したと判断して、そのま
ま一気に敵を滅しにかかる―――しかし止まった。
「みゅううううううううううううううううう!」
 みーちゃんはある可能性に気付いて上空を見る。そして、それを証明するかのように―――頭上を越えていった燃えてな
い岩が、まるで乗り物のように翼を生やして、ぱたぱたと飛んでいた。

*      *     *


「うっひゃー! もうバレちゃった! あのクラゲ、意外と頭いいかも!」
 岩の上に乗ったハルナの声に、そこにいる全員に緊張が走る。のどかたちはメテオに偽装できるようハルナが創った「空飛
ぶ岩」に乗り、何とかみーちゃんを振り切ることに成功したのだが、あの巨大クラゲはすぐにそのことを見抜いた様子だった。
「あわわ、早く逃げてよ! 早く早く!」
「いや、これが全速力だから!」
 夏美がガタガタ震えながらハルナに詰め寄る。テレビの中の出来事とは違い、自身にぎりぎりまで迫った巨大怪獣は想像
以上の恐怖をもたらしていた。
「落ち着きなさい、夏美」
「うっ……」
 静かな千鶴の声にびくりと震えた夏美は、ごめんと謝ってハルナから離れる。夏美の中では巨大怪獣と千鶴の影響力が同
じなのだろうかとさよは思ったが、そんなことは尋ねられるはずもなく、そっと実在しない胸の中に仕舞いこんだ。
「大丈夫、すぐに追いつかれることはありません」
 茶々丸の首も冷静にそう告げる。ロボットの感情がない声は妙な説得力があった。
「もっとも、あいつらを倒さない限り、いつかは追い詰められてしまうです」
「……私たちがやらないと、ううん、私たちしかできないの」
 風を受けて髪とスタートをばたばたと乱しながら、のどかと夕映は決意を固めた表情で言う。
「で、でもさ、本当に私たちに、あいつらを倒すことができるの?」
「いちかばちか……死ぬかもしれないわね」
 千鶴はふっと目を細めて、夏美を自分へと抱き寄せる。
「とっても危ないことだもの」
「ちづ姉……」
 ハルナも引き攣った笑みを浮かべながら、ゆっくりとのどかたちの方に近寄る。
「やれやれ、参っちゃうわねー、もう。私だってもう、足がくがくしてるんだよ?」
 目は少しだけ潤んでいた。
「マジで、死んじゃうかも……マジで頼むよ、ゆえ」
「宮崎さん、あの怪物が怖くないのですか?」
 いつもより凛としたのどかに茶々丸が尋ねると、のどかは少しの沈黙の後でこう答える。
「あの人は怖いけど……それ以上に、可哀想だから……」
 のどかはアーティファクトを手に、意志を示す。
「私はあの人をもう、終わらせてあげたい。あんなの、可哀想すぎるよ……」
「それに、あの存在を許すことなど、できません」
 夕映はそう言って、怯えた様子の皆を振り返る。
「私は、毎朝目が覚めれば、また平和な日が始まるものだと信じていました。戦争などは遠い海の向こうの話で、怖い疫病も、
飢餓も、弾圧もない。そんなことは私たちに関係ないことなんだと、心の中で思っていたのです。でも、違いました」

 夕映は見渡す。手を広げ。まるで鳥になったように。
「見てください。この光景を」
 地平線の向こうに見えるのは、炎上する都市。延々と、まるで蝋燭が列を成しているように。人々の営みが、燃えている。
 混乱によって。どこまでも燃えていた。
「死んだ人々を」
 学園都市中に散乱した、自害し果てた魔法使いたち。殺されたのは侵略者たち。殺したのはクラスメイト。
 怪物化していた住民たちは、一部は都市を離れた。一部は死んだ。巨大な墓場のように。
「全ては断たれて」
 携帯は繋がらないまま。テレビは映らないまま。ラジオは雑音のまま。電気は、こないまま。
「もしかして、この国はもう、滅んだのですか?」
 人々は怪物化し。都市は燃え。助けもこず、ひたすら悪意のみ。反論は―――ない。
「命をかけるような戦いは、日常と紙一重の場所に潜んでいました」

 地平線から光が膨らみ、一帯は昼のように明るくなった。
 猛烈な光と音と衝撃を発しながら、爆発は巨大なキノコ雲を形成する。

「ああ……」
 初めて見た核の雲は、思ったより綺麗なもので。思った以上に、戦意を奪うものだった。
「どうして……」
「まさか、チャオさん?」
「きっと、あの爆発を食らっても、あの怪物は何のダメージも受けていないです」
 夕映は顔を歪めて、明るい声を出していった。
「信じられますか? 核兵器ですら全く効かないような、もう世界だって1人でどうにかできてしまいそうな存在に、昨日まで普
通に中学生をしていた私たちが、戦いを挑むだなんて! しかも、口先だけでです!」
「ゆ、ゆえー……」
「でも、私は負けません! あの存在がどういうものかを知った以上、綾瀬の名にかけて負けるわけにはいきません! 私は
どれだけ譲歩しても、あの存在を認めることはできません! 私は戦うです! 自分の価値を守るために! 自分の心を守る
ために! そして、大切なみんなと、これからも生きるために!」
 夕映は半分泣きながら、そう叫んだ。分かっていた。自分は殺される可能性が高いことを。
 でも、逃げない―――あの「弱さ」と「敗北」が顕現した敵は、祖父の教えと究極的に対立する存在であるから。
 知ってしまった敵の正体。
 悲しき敗者であり、弱者であり、そして理想と現実の狭間で永遠の存在へと堕ちた、久美子という存在を。

*      *     *


「きゃああああああああああああああああ―――――!」
 剣を握った腕の肘から先が、血を撒きながら満月の夜空にくるくると舞い上がった。明日菜が腕の断面を押さえて倒れるの
を見て、久美子はにやりと笑いながら斧を振り上げる。
「ふん、この程度かぁ」
 明日菜の瞳に満月と、その横で笑う久美子の姿が映る。
 これから自分に振り下ろされようとしている斧の姿も。その時、明日菜の顔からは苦痛の一切が消えていて、その表情は緊
張の糸が切れたように緩んでいた。ぼんやりとした瞳は己のした行動とその結果を予想し、そして今それを受け入れている―
――それは妙にやすらかな諦観の色だった。
「あ……」
 まるで地面に縫い付けるように、久美子は明日菜の腹部に斧を振り下ろした。
 柔らかい肉の感触と硬い地面の感触が久美子の手に伝わる。明日菜は痛みよりも衝撃に驚いた顔をした。
「まずは一人ぃ……あ、いけないぃ、殺さないつもりだったんだっけぇ」
 久美子が斧を引き抜くと、明日菜の腹部からごぼりと赤黒い血が溢れ出す。
「ん?」
久美子はその気配を感じてふわりと浮かび上がった。
「……よほど早死にしたいらしいわねぇ。愚民ども」
浮上した久美子の前には、羽が付いた巨岩に乗った夕映たちがいた。

*      *     *

「貴様たちぃ、自ら首を刎ねられにくるとはぁ、見上げたこころがけであるぞぉ」
 遥か遠方、とはいえ数秒で詰められてしまう距離を残して、岩上の夕映たちと久美子は向かい合っていた。夕映たちの背後
にはみーちゃんも着実に迫ってきている。対して夕映たちの中で独自に戦闘が行えるのはハルナだけであるが、最強のメテオ
でも敵に通じないのは明らかであり、戦力差は大きい。
 岩の上で、のどかと夕映とハルナが立っている。背後には千鶴たちもいる。しかし、彼女たちは誰も戦おうとしている様子がな
く、武器の一つも持っていなかった。
「……どういうつもりぃ。武器を捨てて降伏するから、許してくれとでもぉ?」
「そう言ったら、どうするです?」
 どちらも大声を出せば、ぎりぎり会話ができる。久美子の問いに夕映は答えず、問いで返す。
「お前たちは死ね」
 久美子は笑みを浮かべて、斧を向ける。
 しかし、夕映は焦らない。先手必勝とばかりに切り札の一つを口にする。

「その、前に一歩踏み出すための勇気が、本当の魔法を創るのよ」

「……!? ………!? な、なに………!?」
 久美子の顔がみるみる変わった。しかし、久美子自身もその言葉が誰のもので、どうしてその言葉に自分が動揺しているの
かが分からない。しかし、その言葉がまるで自分の存在を根幹から揺らしてくるような気がして、久美子は思わず硬直する。
「貴女に教えてあげるです。忘れている真実を―――貴女という存在を崩壊させる真実を」
 ふと気が付くと、みーちゃんも夕映たちのすぐ背後にいる。しかし、やはり久美子と同じでそれ以上近づけない。
 夕映は高らかに宣戦布告する。
「貴女はもう死んでいるのです。今の貴女は、巫女という怪物により存在している残滓に過ぎない……!」
「な、なにを……」
「思い出せませんか―――いえ、思い出せなくされたのですね。存在を維持するために」

*      *     *


「止血は何とか終わったネ!」
「あ、明日菜さん! 明日菜さん!」
 戻ってきたチャオとネギが何とか止血をしたものの、明日菜の意識は戻らない。危篤状態。チャオとネギは攻撃魔法やそれに
類する行為なら得意だが、回復魔法はそれほどでもない。チャオはある程度の怪我までなら回復させられるが、危篤に陥った
者を復活させることは難しい。このままでは明日菜は死んでしまう。
 チャオたちのモジュールは魔法を数式化したモデルとして効果を再現するものなので、元となる回復魔法なりが要るが、それ
がなかった。
「しかし、これ以上どうすればいいネ―――あの化物も……」
 チャオはぎりりと唇を噛む。上空では久美子と夕映たちが睨み合っている。
 果たして―――核すら効かない怪物たちにどう立ち向かえばよいのだろう? 夕映たちに策はあるのだろうか?

 と、その時、久美子の気配が消えた。

「人質の人たちは、あのクラゲがいた場所に倒れていました。みなさん、無事です」
 岩から降りてきた夕映はチャオたちにそう告げた。
「あの怪物は、クラゲといっしょに消えて無くなりました。真実を思い出して、いいえ、私が教えたから、消えた」
 夕映は悲しげに、言う。
「私が、殺したのです。この、言葉で」
 それは核兵器すら効かない最悪の敵に勝利したと遠まわしに言っているのだが、チャオでも理解するには数秒ほど要した。

*      *     *

 結果だけ言うと、瀕死の明日菜を救ったのは千雨だった。
 明日菜が危ないと知った千雨は、あることを思い出して聡美に告げたのだった。それは夢とも現とも区別がつかないような出
来事だったのだが、千雨は一度、京都の地下で久美子に襲われて腹をぶち抜かれ、殺されているのである。しかし気がついた
ら傷は消えていて、千雨は首をひねったという話だった。
 聡美が調べてみると、千雨の身体には治療に特化した実体化モジュールが使用されているのが分かった。聡美はそれがア
メリカ合衆国で実体化モジュールの開発に成功している某グループのものだと判断したが、それがどうして千雨の身体に使用
されたかは分からなかった。
 それを利用して、明日菜は完治した。
 もしも千雨のパソコンにゼロスパイダーの子孫がいなかったら……もしも千雨が久美子と遭遇しなかったら……もしも聡美た
ちが光仙の下で実体化モジュールを開発していなかったら……ネギたちとチャオが合流していなかったら……もしも聡美たち
が三条に拉致されていなかったら……それはどこから始まったのかも分からない、偶然の掛け合いで生まれた、まさに奇跡と
いって良い確率のものだった。


「体勢を立て直して向こうに戻るはずが、かなり時間食っちゃったわね」
 回復した明日菜はそう言って、チャオやネギたちといっしょに関西に戻る準備をし始める。混乱する関西総本山には、今も亜
子と楓と刹那、そして木乃香が取り残されたままなのだ。
 気絶していたまき絵たちに関しては、上手く記憶を処理しておくとチャオは言った。
 千鶴と夏美、ハルナたちは記憶を消さないことを望み、そうすることになった。また、さよの願いにより和美の記憶も、とりあえ
ずは消さないことにした。


 ………そこから少し離れたところで、のどかは1人読心術の書のページをめくっていた。
 通常ならばせいぜい1頁ほどの読心術が、一気に数十ページも読み込まれてしまった理由は、久美子の中で同じ思考が延
々とループされていたからだった。例えるならば、無限ループに陥っているプログラムの計算結果を延々と出力させてしまった
ようなもので、数十ページの大半は同じ記憶の繰り返しだった。
 夕映曰く―――「完結しないがゆえに本人も認識できない」のであろうその記憶は、久美子の存在理由に関わるものにほか
ならなかった。
 それを表面的とはいえ読み込むことができたのは、のどかのアーティファクトの性能ゆえであった。
「あの人は……」
 のどかはページをめくるたびに、胸が痛くなる。自分は好きな人のために、果たしてここまでのことができるだろうかと―――。

*      *     *

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 力が欲しい。
 久美子が狂ったようにそう望み始めたのは、こずえが変死した時だった。

 こずえが急死してからというもの千歳の老衰は激しくなり、三条家はもう風前の灯というような時、真紀乃という幹部が連れて
きた「巫女」なる存在はこずえを復活させ、三条家の救世主として迎えられていた。
 滅びかけた三条家を目の当たりにして何もできなかった久美子とみーちゃんは、巫女の前に跪き、その奇跡を乞うた。
 自分たちにも、三条を守れるだけの強大な力が欲しい―――と。

 ―――貴女の想いが強く、真なるものならば、貴女たちはきっと「永遠」になれるわ。

 巫女は優しく笑った。それは、この笑顔を信じて言うことをきいていれば全て上手くいくと錯覚させるような、まさに慈愛の神が
顕現したかのような笑みだった。それは心の中まで染み込んでくるような、優しい、優しい、笑みだった。
 しかし、その意味を聞いた久美子とみーちゃんは、自分たちの運命に怯えた。三条のためならば死ぬことはできるが、恐怖が
ないといえば嘘になる。
 巫女は微笑みながら―――それが正しいことなのだと言わんばかりの、笑みで―――自分だけが貴女を救えると、説く。

 ―――怖いのは分かる。

 ―――でもね―――その、前に一歩踏み出すための勇気が、本当の魔法を創るのよ。

 ―――貴女たちは成れる―――永久に三条を守る存在に。

「永久に?」

 ―――永久に、よ。

 ああ、永久に……命が続く……ずっとずっと。

「巫女さまぁ。どうか、わたちぃに、その、奇跡を、お与えください……」

 久美子とみーちゃんを前に、巫女は異能でその心を現実へと引き出していく。
 心の底から願うのは、何者にも敗れない無敵の自分―――身体をバラバラにされても焼かれても、例え核弾頭の直撃を食
らっても死なないような、老いず、衰えず、いつまでも無敵の、そんな自分。
 久美子は泣きながら喜んでいた。きっと自分がこれから、永久に三条を守ることができるのだと思って。

 やがて、久美子とみーちゃんの前には―――無敵の久美子とみーちゃんが立っていた。
 久美子と久美子、みーちゃんとみーちゃん―――本物の自分と理想の自分。

 しかし、完全無欠の存在などあるわけがない。無敵の自分がその存在を疑わないように、欠点を一つ設けることにした。
 それは崖から落とされた思い出と繋がるように、高所恐怖症ということにして飛べなくした。
 存在を維持するための、心の枷のようなものであった。
 そして―――無敵の存在となった久美子たちを揺るがす最後の要素は、本物の久美子たちの存在に他ならなかった。

 ―――じゃあ、約束どおり、かまわないかしら?

「はい、巫女さまぁ、どうぞ、代償として、私の命を奉げます」

 ―――ふふ、じゃあ……。

「私の命は御前様のもの、御前様のために、御前様のために」

 ―――貴女たちぐらい栄養があれば、一週間ぐらい人を食べずに済みそうね。


 久美子とみーちゃんの前で、巫女の肉達磨のような巨体が蠢き、大きな口がばくりと開いた。
 そしてバリバリと、本物の久美子とみーちゃんを食べた。


*      *     *

 のどかはページをめくりながら、そのおぞましい儀式にぶるりと震えていた。
 夕映は久美子を「自分を否定した敗者」だと断じ、巫女を「人間の弱い部分を増幅させて支配する存在」だと切り捨てた。
 忘れていた自分の正体を、夕映の口から教えられた久美子の顔が忘れられなかった。
 自分の存在が否定され、崩壊していく姿は、哀れでならなかった。
 敗者となった瞬間に、無敵であるべき久美子は矛盾に呑まれ、ふっと消えてしまった。
 彼女と運命を共にしたクラゲのみーちゃんもまた、消えた。
 巫女の魔法が崩壊した後に、彼女たちは何も残らなかった。

 最後のページを見ると、消滅する直前に久美子が思ったことが記されていた。


*      *     *

 その場所は三条園と呼ばれ、三条財閥の総本山として発展を続けてきた巨大都市だった。その中でも一番高いビルの上に、
1人の男と少女が立っていた。少女の肩では可愛らしいピンクのクラゲが鳴いている。
「見てみい、この御園を。ここをな、麻帆良にも負けへんような魔法都市にすることが、わしの夢の1つなんや」
「はい、御前様」
 少女は妙な矯正眼鏡をかけていて、いつものなまった口調は消えていた。
「なんやぁ、面白ないしゃべりになってもうたのぉ、お前。別に無理せんでもええぞ」
「私が決めたことですので」
「ふぅん」
 男は少しだけ寂しそうな顔をして少女に背を向け、そしてぽつりと言う。

「お前は今日から三条に幹部として入れ。断ることは許さん。もう入れると決めたからな」

「はい………は? へ? えぇえええええええええええええええええええええええ!? わたちぃがでございますかぁ!?」
 少女は仰天して素の口調に戻り、さらに男からずざざざざ、と数メートル後退して、そのまま地にゴツンと頭を付ける。

「それはぁ……だって、わたちぃは人間の名前もありませんしぃ……妖怪などがそんな」
「関係ない。わしが信用したお前やからこそ、その資格をやる言うてんのや」
 男は笑いながら、少女にゆっくりと立たせて、頭をなぜた。
「今日、お前は妖怪の端くれから、関西呪術協会の正式な一員として、今、ここで生まれ変われ」
「は……で、でも、わたちぃには、に、人間の、な、なな名前が、ありませんからぁ……」
「お前はこの三条園という「御園」で「生」まれ変わる……御園生なんて氏はどうや。珍しい氏でもないがな」
「は……あ……」
「名は久美子と名乗るがええ」
「そ、それは……御前様の、母君の御名では…そ、そんな、おそれおお……」
「かまわん。今日から久美子な」
「ひ、ひえええええええええええ!?」

 涙目でがたがた震えている少女に、男は優しく微笑んだ。

「まあ、三条に入ってくれや。お前を信用してのことなんやぞ、久美子よ」
「は、はあ……」
「わしはお前より先に死ぬ。こずえやって、寿命を考えたら妖怪のお前より先に死ぬやろう」
「その時は、わ、わたちぃも、御前様といっしょに御墓に……!」
「アホかお前は」
「はひっ!」
「アホなこと言う口はこの口か? ん?」
「ふににににに!?」
 ほっぺたをぐにぐにと伸ばされ、少女は涙目になって手をじたばたさせる。
「なあ、久美子。三条には敵が多い」
 男は手を離すと、真面目な顔になって、少女に頭を下げた。
「三条を守ってくれ。わしが死んでこずえの代、またその次の代にまで、何とか守ってくれ……」
「…………御前様」
「三条家の当主としての願いや」
 無言の後。
 少女は微笑み、そして男に跪いた。
 やっと恩が返せるんだと、喜びの笑みで。


 心は清く濁り、歪み捩れ、時に悲劇となりて、
 それでも流れゆくのみ。


「私の命は御前様のもの。御前様が望むならば、御園生久美子は、命にかえても三条をお守りいたします」





 その命、続く限り。

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最終更新:2012年01月31日 15:45
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