382 :「三条家の挽歌、1」 ◆FePZUCQ9Q6 :2006/04/16(日) 02:17:31 ID:MT4djZba
***関西総本山***
怪物たちが押し寄せてくる音と、あまりに膨大な複数の魔力の波動を感じる。関東と関西の最強クラスの魔法使いたちの
激突が始まろうとしている今、いよいよ総本山の戦闘も最終局面に入ったということだろう。
「いや、回復しなくてもかまわない。今は少しの魔力も無駄にしてはいけないよ、木乃香」
腹部の傷を回復させようとした娘の木乃香を、詠春は静かな口調で拒否した。その顔は精悍で、まるで憑き物が落ちたか
のような変わりようである。
「お前がしようとしていることに、その力を使っていきなさい。お前は私の娘だが、私のものではないのだ。これからは木乃香、
お前が正しいと思ったことを、好きなだけやるといい……」
「お父様……」
「あの和泉亜子という吸血鬼には、本当にすまないことをした……。もう遅すぎるし、償いきれることではないが……私は愚
かだった……最も大切なものをいつのまにか、見失っていたらしい」
かつての誇り高き父親が戻ってきたのを感じ、木乃香は喜びと同時に悔しさを露にする。もう少しだけ早く父親が道を改め
ていれば、いや、もう少しだけ木乃香自身がしっかりとしていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
「刹那くん、君には抜け穴を教えておく。ここから裏の森に抜けるルートだ。混乱している間に本山を占拠されて使えないま
まだったが、おそらくは三条にも気付かれてはいないはずだ」
記憶を失った刹那は不思議そうな顔で、詠旬の言葉を聞いて首をひねる。
「私はここに残る。そして、西の長としての責任を果たさなければならない」
* * *
「うぐぐぐ……このままでは間に合わないわ。上空の邪魔者め……」
結界内部の時間を操作しながら総本山から脱出する転移魔法を練る巫女だが、上空の魔力塊のジャミングはかなり強
い。このままでは脱出前に隕石を撃ち込まれる可能性が非常に高かった。結界内部にいる敵は真紀乃と千歳に任せてあ
るが、千歳の技は規模が大きいものが多い。無茶に暴れられて結界が内部から弾けては本末転倒である。
「やむを得ない。上にいる邪魔者だけは私が排除するしかなさそうね―――<ほーちゃん>」
傷を癒すべく地下に潜っている蓬莱の樹怪を呼び出す。直接戦えばカウンターを食らう可能性が大きいが、ほーちゃんの
能力は戦闘能力のほかに優れた結界解析能力がある。そして総本山には対空攻撃に特化した結界兵器が装備されてい
る。総本山に突撃する亜子に発射された光系殲滅魔法、あのシステムを無効化したのはほーちゃんだ。
「今すぐにシステムを復活させて、上にいるハエを撃ち落とすのよ」
巫女は指令が無事ほーちゃんに送れたことを確認して、にやりと顔を歪める。
「見ていなさい、近衛の姫に月の眷属よ。最後に笑うのは私なのだから」
その巫女の顔が、曇った。
「……む? 久美子が消えた?」
三条家の大幹部である御園生久美子に繋いであった魔法の糸が、ふっと消滅した。自らの異能が作り上げた永遠にし
て無敵の存在ゆ、気にかけていたのだが、どうやら存在を維持できずに消滅したようだった。。
「そんな馬鹿な……。剣や魔法はおろか、核ミサイルでも倒れない無敵の論理を上げたはずなのに……」
* * *
「奈天の上溝・彼岸の糸括―――」
蜘蛛の大群と魔法使いの大軍の乱戦が行われる総本山近辺の上空で、木乃香の魔力塊とハルナは破滅への時を刻む。
「まずは命と光の源、乾いた湖、源に近過ぎた不幸、母なる大地、光らない鏡、源に遠過ぎた不幸、13の衛兵を従えし王、
円環の貴族、我に続け、この域に系を成し渦巻け、岩の姉妹、夜空の嬰児300柱、輝く力、惹き合う絆、星の始まりは星が
知る、星の行く先は星が知る、星の願いは星が知る、星空は広がる敵の頭に、星空は映る敵の目に、嬰児が織り成す遊戯
の果てに、希望、破滅、天、地、狭間の星空、天と地が重なる、それは終わり―――」
かつて学園都市を消滅させようとしていた隕石系殲滅魔法「天の落涙」の呪文が、再び朗々と紡がれている。
「地上へ注げ、夢幻の星雲、空よ落ちて踏み潰せ敵を―――」
それに向けて、総本山の本殿から1つの光が飛び出してきた。眩いばかりの聖なる白い光。
木乃香の魔力塊が怪訝な顔をして見るそれは白くスパークする炎を散らしながら夜空に広がり、そして数百メートルはあ
る三日月型の死神の鎌を成していく。中央でそれを操るのはやはり魔力を練り形を成した本物の木乃香である。
本物の近衛の姫と、亜子の心に憑いていた近衛の姫の邂逅である。
「あんたによう似た奴にやったら、夢の中で1回遭うてるけれど、あんたは初めてかもなあ」
本物の木乃香は幽霊のように浮かびながら光の巨大鎌を振りかざす。かつて、夢の中の話で木乃香は、木乃香の形をし
たモノと戦っている。あの時は刹那が助けてくれた。今はいない。
「とりあえず、真っ先に何とかせなアカンのはお前や!」
「あははははははっ! みんな、みんな、潰す。壊す。お前も、みーんな、壊してまうんや! きゃははははははははは!」
系の中心の恒星のように隕石を纏う木乃香は、嘲笑しながら叫ぶ。壊れている存在。
口では呪文を唱えながら、当たり前のように同時に喋っている。人としての形はあまり残されていない。
亜子に憑いて悪夢を見せ、永く苦しめていた存在。巫女の制御さえ軽く逃れた闇の木乃香の正体に、本物の木乃香はこ
の時に気付いた。これは生まれ変わりであると同時に残滓であるのだ。あの無人都市の戦いで亜子に憑いた微量の、それ
こそ何の影響もない魔力の残滓が亜子の恐怖と結びついて、巫女の異能で実体化した存在。
「今度こそ消えてまえ!」
夜空を切り裂かんばかりの木乃香の巨大鎌が、隕石の群れに勢いよく切り込んでいく。
「ナデンノウワズミ・ヒガンノイトククリ! 夜空の姉妹、燃える1柱、彼の者に熱い口付けを、そして眠りを、還元を、消え去る
幸せを、消え去る不幸を、届けたまえ! 『星の気まぐれ』!」
「メテオ(大)!」
木乃香とハルナから巨大な隕石が発射されて木乃香に向かう。木乃香の光の鎌がさらに激しく迸り、そして向かってくる物
を含む10個の隕石を同時に滅した。残像は光の雨のように夜空に広がり、巨大な隕石をさらに塵に変えていく。
そして一気に、鎌が光の奔流に変わり、木乃香の首をザシュっと刎ねる。ハルナはさすがにそれを避けた。
「ナデンノウワズミ・ヒガンノイトククリ!母なる大地、回るゆりかご、万物の存在を与えし者よ、天は自由、地は牢獄、その重
さは愛にして御加護、その大いなる慈愛を以て彼の者を大地に縛りつけよ、 『重力の枷』!」
「くっ!」
光の鎌を操る木乃香の魔力塊を、巨大な超重力場が包み込んだ。隕石を操る木乃香は離れた首を復元しながらにやりと
笑い、ハルナは欠けた隕石を次々と補充し始める。捕らわれた木乃香はしかし墜落せず、煙を払うように重力場を散らす。
「ふん、見掛け倒しやな」
「きゃはははははは。壊してやる! 壊してやる!」
どちらも表情は変わらず、さながら相手の様子見が終わったという風であった。その時、
「え……!?」
「きゃははははは、は?」
実体の無い2人の木乃香がぐらぐらと存在を揺らしていく。その揺れはやがて空気に広く広く伝わり、点と点が結ばれて線
となるように上空に螺旋の軌跡を描く。そして地上から一気に噴き出すや欺瞞の星空を蹴散らして一直線に昇り、天の雲を
も突き破り夜空に突き刺さる。それは―――巨大な竜巻だった。
「な、なんや、これは……まさか……!?」
風の音に耳が利かなくなる。総本山から発生した暗黒の竜巻は―――隕石群を遠ざけ、2人の木乃香を翻弄しながら、急
激にその規模を拡大し始めている……!
「風系の広域魔法……三条殿の仕業やな……」
* * *
「はーっはっはっはっは! 素晴らしい! 素晴らしい御力でございます、御前様!」
少女の両足を抱きながら、血走る目を光らせて魔力を放出する1人の老爺がいた。魔力はすぐに暴風に変わり、巫女の結
界に穴を開けて天高く昇り詰めていく。巨大な竜巻を生み出す千歳の前では、真紀乃が両手を広げて魔法を賞賛していた。
「<怪仙>の異名を持つ関西最強の風系魔法使い! この真紀乃、もう言葉も出ませんな。その神力でそのまま、上空のう
るさい存在や敵を粉微塵にしてしまってください! さすれば巫女は必ずや、御前様の願いを聞き入れてくださるでしょう!」
「ふむ、真紀乃よ」
「はい、なんでございましょう?」
竜巻を生み出している三条千歳はぐにゃりと顔を歪めながらそっと呟いた。
「この程度で驚くとは、お主はわしのことがよく分かっておらぬ……まあええ、見せてやろう。今ではこずえと久美子しか知ら
ん、この三条千歳の力を、のう……。ここらにおる敵をみな殺せば、こずえは生き返るんじゃな……!」
孫の生足を大事に抱き、凶器に染まる眼が動く。
その顔が殺意と染まり、そしてさらに魔力が高まっていく。愛する者を再び失い狂った大魔法使いの容赦の欠けらも無い全
力の魔法が今、全てのものを破壊するために開放されようとしていた……。
* * *
「ううううう……まさか、これほどとはなあ……」
竜巻に呑み込まれて回転している2人の木乃香とハルナが何とか脱出の機会を探っている間に、風は次々と浮かんでいた
隕石を遥か彼方に吹き飛ばしていく。隕石は地平線の向こうまで消えていき、ほどなくして巨大な噴煙が立ち上るのが繰り返
された。既に上空の隕石の半分以上が始末されている。魔力による命令が伝わった隕石が優先的に始末されているため、
木乃香も竜巻の発生源を攻撃できないままだった。
どの隕石に魔力が伝達されているのかを瞬時に見抜いて、その攻撃を実行前に潰してしまう。どれほどの経験と知識、そし
て能力があればそのような芸当が可能なのか―――木乃香は三条千歳の実力を改めて思い知らされる。
木乃香を巻き込んだ竜巻は既に直径が100メートルはある怪物に変わっていた。天まで届いているそれはますます威力を
強めるばかりで、見渡せる限りの空に浮かんだ全ての雲が、その一本の竜巻を中心に渦巻いていた。竜巻の吸引力に巻き込
まれているのである。地平線の彼方からどんどん新しい雲がやってきては、竜巻付近の雲の渦に呑み込まれる。京都はおろ
か、隣接する都道府県からも雲が流れてきているのではないかと思うぐらいの勢いだ。
総本山上空を覆いつくした雲の渦は最早、気象予報の衛星写真に写る台風そのものの姿である。
そして、それは起こった。
集められた雲から、スコールを思わせる猛烈な雨が地上に叩きつけられた。雲が凝集されたということらしい。
蜘蛛の大群も、魔法使いの軍勢も、総本山から立ち昇る巨大竜巻と大雨に戸惑って戦闘を停止した。
魔法使いたちは大規模な魔法を見て純粋に驚き、蜘蛛たちは本能的なと状況把握のため。
「これが三条家の力……ウチらを……ここまで……支配しとったんか……」
雨粒を顔に受けながら、木乃香はしっかりとその奇跡を目に焼き付ける。信じられないがもう信じないわけにはいかないだろ
う。それがこの国のあり方そのものを揺るがしてしまうような事実でも、ここまで見せ付けられてはもう疑いようがない。
「天候の、制御……!」
不吉な出来事の前兆として、空を黒雲が覆う描写は漫画などでよく見られる。
しかし、実際に魔法で空一面の黒雲を呼べるものなどまずいない―――はずだったが、三条はそれを行っている。
木乃香の背筋に冷たいものが走る。地上の巫女の亜空間結界から感じられる三条千歳の気配を読む限り、これだけの自然
現象を引き起こしながら、乱れていない。いたって平常のに思えた。つまり、これぐらいは容易い。
こんなことができるとは関西でも知られていないはずだった。もしもこれが露見していたならば、三条家は今よりも強烈な締
め付けを受けていただろう。もしも、かの三条千歳が天候にまで干渉していたとしたら―――自然現象とばかり思い込まれて
いた天災を実は制御していたとしたら―――。
今の魔法技術ならば遠隔操作で魔法を使うことは難しくない。影響はどこまで及ぶのか、西日本かそれとも日本全体か、そ
の影響は計り知れない。そして、その力を、魔法使いとしての三条家や、表向きの顔である三条財閥のためだけに使っていた
としたら。いや、可能なのに使わないということがあるだろうか。
軽度のものから甚大な被害を出したものまで、天候に絡むあらゆる災害が、実は遠まわしには三条財閥の利益になるように
仕組まれていたとしたら……それはもう、神が行う支配と言っていいのかもしれない。
「……いや、そんなんやない!」
相手は神などではなく、1人の魔法使いにすぎないと思い直す。
それはもちろん、強大な敵ではあるが、無敵ではない。
* * *
「な、なんだったんですかー……いったい?」
巨大な蜘蛛に乗ったのどかは水滴を髪から滴らせながら、雨が止んだ空をぼんやりと眺めていた。いきなりの雨で武器であ
る本が濡れそうになったので、慌てて胸元に仕舞い込んだ。その雨も嘘のようにぴたりと止み、竜巻を中心に空では雲が渦巻
いているが不気味な静寂が戻っていた。
しばらくするとまた蜘蛛と魔法使い軍団の戦闘が開始された。総本山上空の隕石は全て吹き飛ばされて遠方に落下している。
「あ、あれは……何ー? ま、まさかー? いけない!」
渦巻いている雲からまるで無数の蛇が降りてくるように、何かが地上に迫ってくる、あれは―――。
「術者の近くの方が、まだ安全そうですー!」
のどかは慌てて総本山に向った。もう蜘蛛たちも魔法使いたちも構う余裕はない、他のものを意識していたらこちらが逃げ遅
れてしまう。のどかが逃げて数秒後、天から降りてきた巨大な竜巻が、その付近にいた34名の魔法使いと29匹の蜘蛛を一瞬
ですり潰した。まるで蟻を踏み潰すように一瞬で、敵味方問わず殲滅する。そんな竜巻が50本、総本山の周辺に次々と降り立
っては手当たり次第に術者や蜘蛛をすり潰し、そして大掃除をするように前進を開始する。すぐに竜巻は血を巻き込んで赤く染
まった。しかし動きは止まらず、なおも犠牲者を出し続ける。
「ご、御前様、私たちは貴方様の味方です! だ、だから……」
千歳の仕業だと気付いた三条の兵隊たちは口々に叫びながら逃げていく。しかし、それに応えるかのように、新たに数百本の
竜巻が空から降りてきて、悲鳴と蜘蛛もろとも兵たちをこの世から吹き飛ばしてしまった。
風系の殲滅魔法は音もなく空から降りかかってきた。
総本山の周辺におよそ600の竜巻が降り立ち、命あるものを蹂躙していく。巻き込まれた者はみんな血の粒子と肉の欠片に
変わって、天に渦巻く雲に吸い込まれてしまう。
それは敵味方混じっている集団で、敵を味方もろとも倒しているのに過ぎない。
まさに神の業と間違えそうな、掃除機でゴミを吸うような一方的な虐殺だった。
そして中央には、総本山―――千歳から立ち昇る巨大な竜巻が一本……。
* * *
そこに1人の吸血鬼がいた。
かつて人間だったときは血を見るのも苦手な保健委員だった彼女は、真祖に噛まれて真祖となり、そして友人たちを守るため、
恐るべき危機に立ち向かった。
今、望むのは、人間としての生。
不老不死になった亜子が人間として生きていける、限られた時間を楽しむこと。
両親を失い、それを悲しむ暇すらもない彼女の中で、それだけは変わらない。
そこに1人の忍の少女がいた。
少女はかつて魔法の力に魅入られ、友人と共に過ちを犯して危機を招いた。それを悔い改め、修羅に身を投げた。
今、望むのは、妹分である姉妹を救うこと。
姉妹を変質させた魔法使いを倒し、姉妹にかかった魔法を解くこと。
どんなことがあろうとも、彼女たちは人間に戻す。
(……関東で久美子が消滅したわ。そして、吸血鬼たちがもうすぐ、その場所に達するわよ)
巫女からのテレパシーを受けた真紀乃はふんと笑ってそれに応えた。
(このじーさんがいる限り、どのような敵にも負ける気がしないね。ここで始末するのは惜しい……上手く言いくるめて連れて行く
のも1つの手か……蓬莱学団が壊滅した今、使える強力な手駒は1つでも多いほうがいい)
真紀乃はそんなことを考えながら、猛威を揮う千歳を見る。
部下の大半にもその力を隠していた老爺。
三条家の首魁。
「怪仙」と呼ばれし魔法使い。
その力は比喩ではなく、天を動かし地を切り裂く。
隠していたのも分かる。
力に敵は警戒する。
力を持っている者に警戒する。
だから隠した、牙を。
支配。
それは支配。
支配されていることも知らずに、知ることができずに。
国の総ての者は、千歳が操る天の下に生きてきた。
(私や巫女にすら隠し通すとは大したものだ。まあ、巫女が尋ねれば答えただろうがな)
「え―――――――――い!」
亜子が意表をついた作戦を実行に移したことで、前置きなしの戦闘に両集団は突入することになった。
吸血鬼少女、亜子の奇襲に真紀乃も仰天する。
彼らを、親の敵であると認識していた亜子は、空間の壁を破った勢いそのままのドロップキックのポーズで停止せずに、竜巻
を生み出していた老爺を思い切り蹴り飛ばしていた。
障壁が爆ぜる音。
叩き込まれた足。
完璧な奇襲だった。
天候さえも操るという神めいた奇蹟を起こしていたことも知らず、亜子は思い切り千歳の顔を足蹴にする。
ドフっと鈍い音を立ててトラックに撥ねられたように吹き飛んだ千歳は、ゆるやかに曲線を描いて落下していったが、その動き
が空中でぴたりと止まる。生み出していた竜巻は力をゆっくりと失って空気に融けていった。
「ありゃ? もしかして、ぜんぜん効いてへんだりする?」
鋼鉄の塊でも蹴ったような足の感触に苦笑しながら、亜子は老人をじっと見る。
黒いマントと赤い羽を生やした吸血鬼、その身体はあまりに未成熟のまま、永遠にその成長を止めている。
老人はふわりと音もなく宙に浮かび、亜子を見てその皴だらけの顔を歪める。
抱いたままの足は血を失い青白く、千歳の服はその血を吸って黒い。
「わしを誰やと……思っておる……」
少女の生足を抱いた老人は震えながらそう呟く。
目は血走り、本当に血で染まっているようだ。
口元は常にぶつぶつと、孫の名前を唱え続けていた。
完全に狂っている。
風が再び動き出す。
老いた妄執とその破壊活動に抱かれながら。
轟轟、轟轟と音が響いてくる。
「がああああああああああああああ!」
千歳が咆哮し、周囲に暴風が吹き荒れた。
「このっ……!」
亜子が思い切り力を込めると、暴走させた魔力が強力な冷気となって吹き荒れる。
魔力の風と冷気がぶつかり、気温低下を風で撹乱する状態になり、
お互いに反発でもつれるようにスピンしながら吹き飛び、左右に離れた。
そこに1人の少女がいた―――。
深く暗い地下に閉じ込められ、光を求めて足掻いた少女がいた。
そこに1人の老爺がいた―――。
「権力の頂」と呼ばれる関西最高度のビルに立ち、そこから更なる天さえ操っている、魔法使いがいた。
少女は、ついに老爺と同じ場所に立った。
* * *
「巻き込まれてはたまらんからな」
別の空間に塗り替えられた世界で、真紀乃は苦笑するように言った。
「ふっ、やはり君は、私が直々に屠ってあげなければならないようだな! 甲賀の忍よ!」
真紀乃は遅れてやってきた楓と対峙していた。記憶が制限されたダミーだったとはいえ、鳴滝姉妹を誘拐し襲った張本人であ
る。姉妹をもとの人間に戻すには、楓にとってはどうしても倒さなければならない相手である。
「うむ、そろそろ決着をつけるべきでござるよ。拙者とお主の因縁も―――」
楓はそう応えて、殺気を隠さずに微笑んだ。
(続)
最終更新:2012年01月31日 15:55