666 :「司書再戦」 ◆FePZUCQ9Q6 :2006/05/28(日) 03:39:01 ID:ulFuBnap
ガサガサガサガサ。ガサガサガサガサ。
それは総本山の千本鳥居を駆け上がる。
「説明するの大変やから、えい」
亜子の顔から生えてきた木乃香の魔力体の指が、楓の後頭部にずぶりと突き刺さり、亜子と木乃香がシンクロする
に至る過程と、現在の総本山の状況を伝える。
「なんだか妙な気分でござるなー。脳に直接何かを繋げられているような……うーむ」
亜子を背負いながら半壊した総本山を駆ける楓、しかし本山はハルナの鬼蜘蛛にほぼ占領されており、逃げ道らし
きものはない。
「よっ、と」
飛び掛ってくる鬼蜘蛛の、頭を踏みつけて楓は飛ぶ。すると、爪先から気を叩き込まれた鬼蜘蛛の頭はスイカのよう
に割れた。
楓が軽やかに舞うたびに、鬼蜘蛛たちは爆散してその身体を散らした。
「いやー、楓ちゃん、かなりレベルアップしとるなー。鬼蜘蛛相手じゃ勝負にならんかー」
「ほんま、戦ったらウチ、負けそうや」
「冗談でも、それだけは勘弁願いたいでござる」
「……うん。…………せやな」
楓が冷や汗を垂らしながら、亜子と木乃香の声に応えた。亜子は楓の背に、少し眠そうな顔を埋める。
「不測の事態が起こるやも知れんので、意識だけは保っていて欲しいでござる」
「大丈夫、ちょっと疲れただけやから」
亜子は楓の身体に、ぎゅっとしがみ付く。
「うむ。しかし、これからどうするかが問題でござる」
無数に蠢く鬼蜘蛛、そして空には―――。
「あれの倒すのは、今の拙者たちでは無理でござるな」
半身のハルナと木乃香の魔力体が、しつこく隕石を量産して空爆を開始しようとしていた。さすがに以前の魔力は見
られないが、それでも総本山を吹き飛ばすぐらいの攻撃は繰り出せそうである。
ガサガサガサガサ。ガサガサガサガサ。
それは、総本山にいる楓たちをみつけた。
「楓ちゃん、あそこ!」
木乃香の声が響く。楓が見た先にあったのは、ぽっかりと開いた穴。それは巫女の結界内部で、亜子に撃退された
ほーちゃんが逃走した穴だった。おそらく、地下深くまで続いている。しかし、出口があるかどうかは分からない。もしも、
ほーちゃんが総本山から逃走して地上に出ているのなら、それは総本山から脱出するトンネルになり得る。しかし、
その可能性は極めて低い。地下でほーちゃんに再び遭遇するか、もしくは穴が崩れて生き埋めになるか―――。
「どう見ても地獄行きのトンネルでござるよ!」
「でも、もう時間が……」
上空の木乃香は、今にも隕石の雨を降らしそうである。
そして、穴の向こうからは、雪崩のような鬼蜘蛛の大群が迫ってくる。総本山周辺に散っていた蜘蛛たちが集まって
きたのだ。いくら楓でも、簡単に潜り抜けられる数ではない。
「ええい、いちかばちか! とう!」
穴に飛び込んだ楓は、暗闇の奥へ落ちていく。
「きゃあああああああああ! 待って! ちょっと待って! きゃああああああああああ!」
「亜子ちゃん!? 落ち着いて、どうしたん!」
「ウチ、こういうのアカンねん! 胸、気持ち悪……ジェットコースターみたい……!」
「お主、真祖でござろう! そこは我慢するでござる!」
「慣れやって、慣れ。ついさっきも、三条殿に思いっきり空から落とされとったやん」
「あんなんで慣れへん! よけい怖くなってもーた! ひやああああああああああ! 助けてええええ!」
ガサガサガサガサ。ガサガサガサガサ。
それは8つの眼を持ち、少女を乗せて迫りくる。
半泣きの亜子の頬を、何がが掠った。
頬が切れて血が流れ出し、血は落下する亜子の頬から、上に流れていく。
亜子の様子が一変して冷静な顔になり、背負っていた楓がその豹変に震え上がる。
恐ろしい殺気。
立派な真祖だ。
それが告げている―――。
敵がくる、と。
「銃撃、やと思う。上から。距離は100mぐらい」
上から迫り来る敵の気配を読む亜子。楓は左右に壁を蹴ってジグザグに動き、相手を撹乱する。暗闇とはいえ、楓
も周囲の気配を読んで大まかな状況は把握している。亜子が知っていてそれを言ったのは、単なる状況確認にすぎ
ない。
「何者でござろうな?」
「ウチ、前に、この銃で撃たれたことがあるわ。そういえば、直接決着はつけてなかったかな」
瞬間、楓の周囲が明るく照らし出された。
地下へと続く闇。
眩い光は上から。
敵が、楓と亜子に狙いを定めるべく、光源を動かしたのだろう。
落下し続ける穴の中、逃げ場はない。
「仕留めるしかないでござるな」
*
ガサガサガサガサ。
ガサガサガサガサ。ガサガサガサガサ。
「逃がさないー。今度こそ逃がさないー! 今度は、私が勝つですー」
鬼蜘蛛の巨体は土の壁を器用に駆け下りる。
そして、それに掴まる1人の少女。巨大なライトを鬼蜘蛛の背中に設置している。全身に巻きつけた銃器の弾丸に、
腰にぶらさげたモーニングスター。背中にはハルナの羽を生やし、手には巨大な魔法銃。そして、花の周りを飛ぶ蝶
のように、少女の周囲を舞う2冊の本。
一冊は少女のアーティファクトで、有効範囲内の相手の心を読む。
一冊はハルナが造った兵器で、有効範囲内の相手の心を殺す。
「ふふふふ、今度こそ蜂の巣にしてやるですよー、長瀬さん、そして、「エヴァ」さん」
前髪に半分隠れた少女の顔が、歪んだ笑みを形作る。
クラスメイトの宮崎のどかの形をした怪物は、鋭い牙を覗かせ亜子たちを見据える。
「ハルナが創ってくれた「ブラックリスト」、今こそ、その力を見せてやるですー!」
少女は微笑んで周囲を舞う本に、さらさらとペンを滑らせる。
*
ブラックリスト―――。
のどかの黒い本、美砂や円には恐怖と畏敬の念を込められて「アレ」とだけ呼ばれていたその物体は、ハルナが非
戦闘員ののどかの為に創り与えた広域攻撃兵器。
モデルにしたのはのどかのアーティファクト「魔法の日記帳」である。有効射程範囲は本から200メートル。その範
囲内にいる対象の名前を唱えれば、ブラックリストは自動的に対象の脳内情報を読み込み保存する。そこで対象の
名前を墨で塗り潰すと、対象の意識は墨に染まったように暗転して停止し、そのままのどかの命令を聞く傀儡に成り
果てる。解除するには、ブラックリストから該当するページを破り取らなければならない。
即ち、攻めてくる敵の名前が分かっていれば、名前を言う→塗り潰すという数秒の動作によってその敵を精神崩壊
させて奴隷にできる。
亜子は無人都市の戦いで、のどかの持つこの本に対抗するために、名前を変えた。結果としてそれは不発に終わ
り、史上最強の魔法兵器は使用されること無く消滅した。
楓も学園都市が破滅するヴィジョンを見たときに、この本の恐ろしさを垣間見ている。
「名前がばれとる! 楓ちゃん!」
「あの本は……まずいでござるな!」
楓は左右の壁を蹴ってスピードを殺すのを止め、逆に壁を蹴り上げて落下スピードを増した。
結果として、のどかの本の200メートルの射程圏内から何とか逃れる。
*
「しかし、もう、鬼ごっこも終わりのようですねー」
のどかはにやりと微笑む。それは、この穴の底が近いことが予測されるからだ。
どれだけ強力な術者であろうと、200メートル先の敵を一瞬で倒すのは難しい。ましてや、完全に足手まといの亜子
を背負った楓が、上空ののどかに反撃するのと、のどかが楓の名前を塗り潰すのはどちらが早いだろうか。楓の動き
を止めてしまえば、ろくに動けない亜子を仕留めるのは容易いだろう。
「私の勝利は決定的ですー。私の特性をハルナが描き、それを私が使う。この「司書」である私が―――」
名前を知るだけで心を殺す。そこにはいかなる体格差も、腕力差もない。
圧倒的なルールがあるだけだ。
「力だけが強い人が勝つような時代は、もう終わりー。これからはー、ここの差がものを言うんです」
頭を指してのどかはにやりと嗤う。
知性に相応しい強力なアーティファクトを与えられたという自信が、そこにある。
*
「まずいでござるな……」
「どないしょう……」
亜子と楓は呆然と、迫りくる「底」を眺めていた。
幸い、ほーちゃんはいなかった。
しかし、底で止まれば、すぐにのどかの本の射程圏内に入るだろう。
「……そんな、ここまで来たのに、やっぱりアカンの?」
木乃香の声に、答えは返ってこなかった。
数秒後―――。
「ふっふっふ、あははははははははは、私の勝ちですー」
ブラックリストにより、穴の底で倒れている楓と亜子と、勝ち誇りながらそれを見るのどかの姿があった。
亜子と楓の名前を塗り潰した黒い本が、のどかの手に握られている。
彼女たちが着地して1秒後に、2人はのどかの本の射程に入った。
のどかへの抵抗は無かった。
2人は寄り添うようにして、倒れていた。
「魔法の本が叶えてくれる―――ハッピーエンドは、もうすぐそこ」
(続)
最終更新:2012年01月31日 16:10