30スレ149

「追って一夏」前編

  ×     ×

そろそろ日差しが厳しい季節、
若いOLと言った雰囲気の三人連れが、楽しそうにお喋りしながら
麻帆良学園都市のスターブックスに席を取った。

「!?」
その中で、佐倉愛衣が、何かを感じてハッと天を仰ぐ。
次の瞬間、

「きゃあああっ!!」
「Ohモーレツッ!!」

辺り一帯に、突風が吹き荒れた。
何か、天から叩き付けて巻き上がる様な、異様な風だった。

「愛衣!?」

ガタッと席を立った愛衣がトイレに駆け込む。
個室でカードを額に当てていた愛衣がダッと飛び出す。
次の瞬間、びいっと不穏な音が聞こえた。
「?ああもうっ!」

びゅうっと飛び出した愛衣が、びゅうっと席に戻って来た。

「これお願いっ!」
「ちょっと愛衣っ!?」

愛衣は、ドアの金具に引っかけて大きく裂け目の出来たサマースーツのジャケットを席に放り出し、
そのままどこへともなく走り去っていった。

 ×     ×

「ええ、はい、それじゃあ、危険回避のために龍宮神社上空…」

箒で上昇しながらカードで通信し、愛衣は現場へと向かう。

「クエエエエーーーーーッ!!」

現場に到着し、愛衣が目をぱちくりさせる。


「ちょwwwww
何よこのワンダバぁーーーーーー!?!?!?」

ゴーレムに乗って応援に駆け付けたハルナも、目の前の光景に絶叫する。

「あ、明らかに魔物、ですよね。どうやって結界を…」

大型トラック並の図体の鳥さんを目の前に、愛衣が言った。

「強行突破したと言う事です。今は季節はずれの花粉注意報も出ていますし。
あーあー、そこのバケ鳥、分かるかどうか分からないけど、大人しく捕獲されなさい。
さもなくば実力行使を…」
「ケエェェェェーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」

長いクチバシががぱっと開き、愛衣はとっさにハルナを背後に防壁を張るが、
空中で先頭に立っていた高音は、突然の音速攻撃にとっさに肉体防壁を張るので手一杯だった。

「超音波!?」

愛衣とハルナが物理的打撃は抑えられても耳を突く音に両耳を閉じる。
強烈な振動で体以外全てを粉末にされた高音が、ぐわんぐわんと平衡感覚を失い、墜落する。

「脱げ女だ!」
「脱げ女が落ちて来たぞー!」
「………」

 ×     ×

「おー、でっかいなー。どーやって入ったんやー?」

狗神に乗って駆け付けた小太郎が、額に手を当てて感心した様に言う。

「あ、小太郎さんっ」
「クエエェーーーーーーーッ!!」

巨大な紫炎の捕らえ手で何とか巨鳥を拘束している愛衣が振り返る。

「やむを得ません。今の内に一撃入れて抵抗力を奪って下さい」
「おう…おいっ!」
「クエエエッッッ!!!」


次の瞬間、紫炎の捕らえ手が弾け、目に怒りの炎を燃やした鳥が愛衣の間近で右の羽を振る。

「きゃあああっ!!」
「おいっ!」
「あーーーーーーーーうーーーーーーーー」
「てめえっ!!」
「待った待った待ったっっ!!」

小太郎が、右腕にぐおっと黒いものを呼び起こした所で、刹那が猛接近して来た。
羽ばたく刹那の腕には小さい、と言っても白鳥ほどの鳥が抱えられている。

「くえっ」
「クエッ」
「くええっ」
「クエックエエッ」

暫しの会話を経て巨鳥はしゅたっと刹那を向いて右羽を天に振り上げ、
二羽の鳥は遠くの空へ仲良く消えていく。

 ×     ×

「おー、いたいた」
「あー、コタローさーん…」

小太郎が駆け付けると、果たして愛衣が神社の池でばしゃばしゃともがしている所だった。

「いちおー用意しておいて助かりました」
「んな暇あったら、いい加減泳ぎぐらい覚えや…」

岸辺に座り、ザックから空のペットボトル二本を取り出している愛衣の隣で、小太郎が呆れた様に言う。

「何やろなー、魔法も格闘も大概の事よう出来るのに自分」
「えへへ」

愛衣がぺろっと舌を出し、そちらを見た小太郎も呆れた様に笑みを浮かべる。

「でも、神社に着替えあるかなー」
「そやなー…」

水も滴るいい女の隣で生返事をした小太郎の首は、明後日の方向を向いていた。

 ×     ×

「報告では、認識阻害を張って位層から位層に移動する渡り鳥であり、基本的には無害であると…」

魔法協会支部で、デスクに掛けた高音が言った。

「はい、既に親子とも別次元に移動してこちらの各種レーダーからも消滅しました。
過去の文献・データからも確認済みです」

デスクの前に立つ愛衣が言う。

「それが、魔力の未熟なひな鳥が密猟者に撃たれて、親鳥が怒りの余り結界を突破して探しに来たと」
「あー、そいつら楓姉ちゃんにシメられてガキ鳥はこのか姉ちゃんが世話しとったみたいやがな」

小太郎が頭の後ろで手を組んで言った。

「でも、それであの程度で済んで良かったです。
あの魔力で、もしひな鳥が死んでいたらと思うとゾッとします」
「そうですね」

高音の眉がひくひくと震える。

「データによると牝だったみたいですから、母は強し、ですか。学園結界を突破するぐらい。
分かりました。下がって結構。小太郎君の報酬はいつも通りに」
「はい」
「おー」

佐倉愛衣は関東魔法協会の言わば正社員、
犬上小太郎は形式上高校に通いながら、契約ハンターとして東西両協会に登録。

「そう言えば、お昼食べ損ねました」
「おー、一働きしたから俺もちぃと小腹すいたなー。超包子でも寄ってくか?」
「はい」

愛衣の学生時代から彼女の師匠みたいなものだった小太郎とは、今でもしばしば仕事を共にする。
2008年初夏の事だった。

 ×     ×

「愛衣、愛衣っ」
「どうしたの?」


2008年夏、魔法協会の事務所で書類を作っていた愛衣が、駆け込んで来た同僚の夏目萌に言う。

「…知ってた?…」
「何、それ?…」

 ×     ×

「私も、ついさっき知りました」

駆け込んで来て自分のデスクの前に立つ愛衣に、高音が言った。

「犬上小太郎は、前回の仕事をもって以後の魔法協会での仕事は断りたいとして登録抹消を申し出、
学校にも退学届けを提出しています」
「前回の、仕事?」
「魔法協会内部の調査もありましたので、直接のメンバーではない忍者の彼に依頼しました。
その仕事は無事終了しています」
「それじゃあどうしてっ!?」
「分かりません。事務局への一方的な申し出があっただけです」
「そんな…」
「それで…あなたはどうするつもり?」

視線を落としていた高音が、すっと愛衣の目を見て言った。

 ×     ×

「キャー!コジロー!!」
「コジローッ!!」

ナギ・スプリングフィールド杯開催中。
魔法世界オスティア拳闘場の通路を、いつも通り不機嫌な顔つきの小太郎が通り過ぎる。
その姿が又、係員に制止された乙女達、心は乙女達のハートを熱く揺さぶる。
その事が又、小太郎の表情を不機嫌なものとし、その事が又(以下略)

「コジローッ!」
「小太郎さんっ!!」

小太郎が、ふと足を止めた。
振り返った小太郎の前に、制止をかいくぐって飛び出した愛衣がとん、と立っていた。

「小太郎さん」
「何あの女ヒソヒソヒソヒソ…」


一瞬だけ目を見張った小太郎は、くるりと背を向けて歩き出した。

「小太郎さんっ!!」

小太郎の姿は、屈強の衛視に固められた専用口へと静かに消えて行った。

 ×     ×

「ありがとうございます」
「…お嬢ちゃん…」

ぺこりと頭を下げて立ち去ろうとした愛衣の背中に、トサカが声を掛けた。

「…覚悟…あるんだろうな?」

脚を広げて椅子にふんぞり返るトサカの言葉に、振り返った愛衣がもう一度一礼してバルコニーを後にした。

「真っ直ぐでいい目、してるねぇ」
「ママ」
「アコの事思い出すねぇ、マホラの娘ってのはそうなのかね?私にもあんな頃が…」

 ×     ×

「おーっ、今日も勝ったで稼いだでー、今夜も奢りや飲めや歌えやどんどん来いどんどんー!」
「おおーっ、さっすがコジロー!」
「コジロー様最っ高ーっ!!」
「キャー、コジロー!!」
「やーんコジローさーんっ!!」
「小太郎さんっ!」

薄暗い酒場の中心で、人垣を割ってツカツカと歩み寄った愛衣がドン、と両手でテーブルを叩いた。

「どういう、つもりですか?」
「なんや、あんたか?こんな所まで来て何してんね?」
「それはこっちの台詞ですっ!」

一見すると半ば出来上がっている小太郎の手から、グラスを奪い取って愛衣が叫ぶ。

「いきなり私達の前から姿消して、どこに行ったのかと思えば魔法世界に渡って…」
「おーっ、色男、とうとう旧世界から捨てた女が追っ掛けて来たってかー」


軽口を叩いた男に、小太郎がほんの一瞬、ギロッと鋭い眼光を見せた。

「どーでもえーやろそんな事、ちゃんと仕事終わらせて手続きしたんやし。
あんたと違ごて俺は一回契約や、その後どないしようと協会に関係あらへんね」
「私とは、関係ないんですか?」
「私て、あんたとか?」
「私と…あー、その…今までずっと仕事してて、あんまりじゃないですかこんなの。
戻って来るつもり、無いんですか」
「あー、そやなー、こっちで腕一本でやってる方がむっちゃ稼げるねん。
もうなー、公式非公式裏も表も賞金街道まっしぐらってなぁ」
「お金、ですか」
「そやなー。だから俺は高いで」

小太郎が、愛衣の顎をぐいっと掴んだ。

「あんたぐらいなら、何でもあり宣言付きで奴隷契約一ヶ月、ってトコか」
「やーん、コジロー私にぃ」
「私にコジローの首輪ちょーだいー」
「一ヶ月…そうですか、わか…」

はべっていた女達の嬌声の中、言いかけた愛衣の体が床に吹っ飛び女たちが悲鳴を上げる。

「おい、このストーカー女つまみ出せ」
「へー、確かに可愛いなー、触っていーんか触って」
「好きにせぇや、自業自得や」

張られた頬を押さえた愛衣に酒場の男共がわらわらと向かい、小太郎が席を立つ。
ふと、気配に気付いて小太郎が振り返る。
次の瞬間、パーンと愛衣の平手が振り抜かれ、首の向きを直した小太郎がニッと不穏な笑みを浮かべた。

「…腕、上げたか?…」
「一発は一発です、いただいたのはこの一発だけです。
ジョンソン首席のいい子ちゃん、余り舐めないで下さい。
小太郎さんには遊び程度でも、伊達に小太郎さんにしごかれてた訳じゃありませんから」

ぷっと一度床に血を吐き捨ててから、
箒を後ろ手に死屍累々の中に立つ愛衣がしっかと小太郎を見据えて言った。



前編終了

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最終更新:2012年01月28日 14:09
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