追って一夏 中編
× ×
黙って歩く小太郎に黙って付いて来た結果、愛衣は小太郎の宿舎の部屋に立ち入っていた。
「で、俺の事連れ戻しに来たんか?」
不機嫌そうに小太郎が言う。
「とにかく、一度話を…」
「協会の指示か?」
「私の一存です。お姉様達には最後まで反対されました」
「そやろな、あんたみたいなエリート候補がや、
俺みたいな半端モン追っ掛けてこっちの世界までて、まともやないで。
そや、半端モンやから、こっちで腕一本でやってく方が性に合ってる。分かるやろ?
こっちの世界はぬいぐるみでもイルカでもなんでもありやからな」
「そういう、事ですか…」
「ま、そんな所や。分かったらさっさと去ね去る、
いい子ちゃんはあっちで自分の仕事してたらええねん代わりなんていくらでもいるやろ」
「戻って来ては、くれませんか?」
「だから…」
「私が、戻って来て欲しいんです。確かに、あなたみたいな、その…」
「あー、亜人でも半妖でもバケモノでもなんでもえーがな」
「色々と、やり難いと言うか辛いと言うか、そう言う事はあると思います。
でも、今までもそういう人はいました。私に出来る事なら…」
「出来る事なら、なぁ…」
座り込んでいた小太郎が、胸に手を当てて言い募る愛衣の前にゆらりと立ち上がった。
「やらせろって言ったら、やらせてくれるのか?」
一瞬の迷いと一瞬の嘲笑が交わった後、愛衣は小太郎をしっかと見返した。
「男に二言は無いんですよね?」
「何?」
「私も、そんなに安くはないです。
女にそこまで言うって事は、小太郎さんも覚悟あって言ってるんですよね?」
「ほー、俺と勝負するんか?」
「どうなんですか?」
小太郎が、ギリッと奥歯を噛み締める。
「…なら、脱いでみぃや。張ったりはきかへん。話はそれからや」
× ×
「…へー、ほそっこいかと思ったら、結構あれやな」
身に着けていた全てを床に落とし、大事な所はまだ手で隠しながらも顔を上げている愛衣の前で、
小太郎は乾いた声でもニヤッと笑って見せた。
「あー、まだ俺ん事ガキやと思ってるやろがな、
こんだけ稼いでスタジアムでもストリートでもキャーキャーワーワーの有名人や。
女の十人や百人向こうから寄って来る何て事あらへんさかいな」
「そんな事言ってるのがお子ちゃまだって言うんです」
「言うたな」
小太郎が、ツカツカと愛衣に近づき、胸に巻かれている愛衣の左腕を掴む。
目と目が交錯する。奥に秘めた怯え、奥に秘めた、悲しみ。
小太郎の目がチラッと下を向く。形のいい脚の動きは、さながら激戦のKO寸前。
不意に、手を離した小太郎が座り込む。
「うぷっ!」
「アホやろ、自分!」
愛衣の衣服を持ち主の顔面に投げ付けた小太郎が叫んだ。
「アホやろ、自分。おかしいやろ、こんなんあり得へんて俺なんかのために、
なあ、明らかにおかしいやろ!!ほら、こんな無理して…」
「分かってますっ!」
へにゃーっと床に座り込んだ愛衣が、服を抱えたまま叫んだ。
「こんなの、変だって分かってますっ!分かってる、けど…」
「…いや、なんつーかすまん。俺が悪かった」
目に涙を溜め、上げていた顔を伏せた愛衣の前で、立ち上がった小太郎は深々と頭を下げていた。
「だからあれや、とにかく、あー服着てくれ俺外すさかい。
もうこんな時間やからここ泊まってな、ほら、俺ぐらいになるとここ部屋数あるやろ。
あー、分かってる分かってる、
指一本触れる気無いさかい約束破ったらBBQでもなんでもしたってかまへんさかいな」
わたわたと言う小太郎を前に、愛衣の顔に、くすっと笑みが浮かんでいた。
× ×
ベッドの上で身を起こした愛衣は、右拳を天に突き出して大あくびをする。
カーテンから覗く朝日に目を細め、寝室のドアを開ける。
リビングに出た愛衣は、足下に転がる、器用な自分簀巻きでうーうー唸っている姿に目を丸くし、
くすっと笑みを浮かべると台所に向かった。
「結構、色々ありますねー」
台所に立ち、ごそごそと冷蔵庫を漁る。
かつて、そこそこ長い事この世界に押し込められているので一通りの知識はある。
「朝ご飯出来ましたよー」
× ×
「いただきます」
「いただきます」
テーブルに向かい合い、小太郎と愛衣が朝食を口に運ぶ。
「旨いな」
「ありがとうございます」
特に、違和感は無い。
今までも、小太郎は愛衣とは任務で何度となく一緒に寝泊まりしている。
海やら山やら謎のなんたらやら、手が空いてる方が食料を調達して食える様にする。
その時とは根本的に状況が違う様な気もするが、愛衣が気にしていない様なので
小太郎も気にする気が失せた。
× ×
「うわーっ、久しぶりだけどやっぱりすごーい」
「ま、年に一度、世界挙げてのお祭りやからな」
小太郎と共に表通りに出た愛衣が、オスティア終戦記念祭の賑わいに素直に感嘆する。
「それで、今日は小太郎さん、半日お休みなんですね」
「まあな、そんで…」
愛衣がつと視線を上に向け、小太郎がニッと笑みを見せる。
小太郎が放った大量の狗神に、空中で何かが突き刺さり消滅する。
「オオガミコジロー、待っていたぞ。大会資格こそ逃したが、貴様を倒し本当の勝者が誰かを…」
「お嬢さん下がっていて下さいな、これから真っ赤な…」
愛衣がすっと前進し、小太郎がニッと笑みを浮かべた。
「アデアット!」
“…無詠唱・炎・この数と速さ、侮れぬぞ弟よ!”
“承知!”
“典型的魔法使い、先に潰せ!”
“承知!一発で…”
「北に30」
「北に50!!」
ざっと後ろを向いた愛衣が箒を下からすくい上げ、咬ませ犬Bがだっと飛び退く。
「むうっ、今の魔法のキレでインファイトにも対応出来るとは…ごふうっ!…」
突然の予定変更に伴い万全のチームワークでの対応策を練り上げた次の瞬間、
咬ませ犬Aは体を小太郎の文字通り目の前で体をくの字に折っていた。
「ほら、あっちも終わったさかい兄弟仲良う寝とき」
× ×
「ナギまんおいしー♪」
お行儀悪く買い食い中の愛衣の隣で、小太郎は指を舐めて紙幣を数えていた。
「通り一本過ぎて十ペアか、ちぃと旨い昼飯が食えそうやな」
「はいっ♪」
× ×
闘技場舞台裏の一角。トサカの蹴りが叩き込まれ、くの字に曲がった愛衣の体が壁に叩き付けられる。
「おらおらおらおらあっ!!」
くずおれる間もなく、ラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュ
“…速くて、重い…”
「どーしたどーしたあっ、旧世界のエリート候補ってのはそんなモンかー?
そんなんじゃなあ、一人の方がマシ邪魔なだけ…」
大きく腕を引いたトサカが、とんと自分の腹を撫でる掌の感触に気付く。
「エーミッタム…」
「なっ?おい、あんだけ食らって…」
紫炎の拘束の中で為す術なきトサカが、後ろに回った愛衣の箒でトンと肩を叩かれる。
「最小面積の防壁で当たった振りで、
可愛い顔して食えねぇ策使いやがる。実戦でやったら命か幾つあっても足りねーな」
「でも、命までは取られない。それに、多分殴り合いなんてさせてくれませんから」
「違ぇねぇ」
拘束が解けたトサカが、やれやれと両手を上げ、愛衣にメモを渡す。
「この治癒術師だ、俺の名前でこれ見せれば分かる。
アバライッたまんまで出る訳いかねーだろあいつのパートナーって事はこっちに響くんだ」
ぺこりと頭を下げた愛衣がタタタッと走り去る。
「最初の攻撃もじゅーぶん痛かったぜ、嬢ちゃん…」
ふーっと座り込んだトサカの顔に、見る見る汗の数が増えていく。
「あーあー、途中から遠くで見ていたママ、俺達の動作はバッチリ見てても会話は把握していないものと…
まあなんと言うか、やっぱり普段の行いがと言うか…」
× ×
「オーマイガッ!!
無茶だ無茶無茶無茶激突激突死んだああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっっっ!!!
…曲がった?ガット!!曲がった曲がったヘアピン突破あああああああっっっっっっ!!
最後の直線追い縋る追い縋る追い縋る追い縋るGoGoGoGoGo!!
エブリバディクライクライクライクライクライフェニックスが奇跡の瞬間オッケー
ゴールゴールゴールゴール
ゴオォォォォォォーーーーーーーーールウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
「うらうらうらうらあああっっっっ!!!」
「きゃあきゃあきゃあ♪」
ローブで身を包み、既に泡だらけで優勝カップを抱える愛衣の頭に、小太郎が私的にシャンパンを注ぎ込む。
「やったな、ホーキGP堂々一等賞」
「はいっ!」
「バトルレースやさかいようけ脱げとったけど、脱げた先から脱がし返してぶん奪って、、
まあうまく隠してたなぁ」
「とーぜんですっ!」
「おしっ、ほな行くか!」
「はいっ!!」
× ×
「ナギスプリングフィールド杯もいよいよ決勝戦。
ここまで圧倒的強さで勝ち上がって来たオオガミコジロー選手。
タッグ戦もなんのその、一人で圧勝まっしぐらだったコジロー選手に
×回戦から急遽エントリーしたパートナーサクラメイ選手。
体術に専念してますます圧倒的な実力を見せつけるコジロー選手、
そのコジロー選手をよくバックアップする正統派魔法使い属性炎のメイ選手。
拳闘士と魔法使いのオーソドックスな正統派の前衛後衛パターンで
危なげなく勝ち上がって来たコジロー・メイペアに…」
× ×
「なんか、優勝しちゃいましたね…さすが小太郎さん…」
「何言うてんね」
「あうっ」
愛衣の頭をくしゃっと撫でて、小太郎が言った。
「さすがに決勝は姉ちゃんの足止め無しにはきつかったで。ほれほれ」
小太郎が新聞を見せる。
「準決勝までの暫定、信用できる数字、出場者の中でも魔法使い部門トップクラス、あんたの実力やでこれ」
「えーと、ランキング…私、こんなに強かったんですか?」
「当たり前やろ、優勝やで優勝。
この試合、ちぃとお勉強出来るぐらいやったらどもならん、あっさり終わるか使いものにならんか。
けど、あんたはキッチリ飛び道具抑えてくれた、前出るのに随分楽させてもろたわ。
つー訳で、ま…ありがとうなこんな物騒な試合に出てくれて」
控え室で、小太郎がぺこりと頭を下げた。
「それは、小太郎さんに色々教えていただきましたから。
それに、前は小太郎さんに任せていれば大丈夫、その事は今まででとっくに分かってた事です」
小太郎と愛衣の目が合い、共にふっと笑みを浮かべる。
「でも、この賞金どうしましょう…」
「ま、取りあえず…ドンチャン騒ぎやな」
「ですね」
× ×
「はい、出来たよ」
最後に櫛を入れ、ぬいぐるみママが鏡台の前に座る愛衣に告げた。
「綺麗な髪だね」
「ありがとうございます」
立ち上がった愛衣が、ぺこりと頭を下げる。
「じゃ、行っておいで、頑張って来るんだよ」
「はいっ」
× ×
「お待たせしました」
「おう…」
廊下の壁に背中を預けていた小太郎が、そっちを向いて言葉を切る。
「…あの…小太郎さん?」
じろじろと無遠慮に愛衣を眺める小太郎に、愛衣が声を掛ける。
「あ、ああ、それ、借りたんか?」
綺麗に髪を梳いた、淡い桃色のパーティードレス。
清楚なイメージにぴったりの姿の愛衣に小太郎が言った。
「はい、ぬいぐるみのチーフさんが手配してくれました」
ベアトップに裾フリルのドレスを自分で確かめながら愛衣が言う。
「ああ、そうか。ほな、行くか」
「…はい…」
そもそも、前回そうだった時も、年齢詐称薬により似た様な姿だった。
そんな、野性的な魅力にタキシードのはまった小太郎に今さらながらほーっとしている自分に愛衣が気付き、
パタパタと後を追う。
「でも…良かったんでしょうか舞踏会私が出ても…」
「あー、俺もあんまし気乗りせぇへんけどなぁ、優勝まで行ってまうと義理とか付き合いとかなぁ。
見せモンみたいなモンやけど、何か、有力者のお嬢ちゅうのが来い来いうるさいとか言われてなぁ。
つー訳で、まーあれや、ちぃと虫除けちゅうかな、頼むわ」
「分かりました」
× ×
「キャー!」
「コジローさんキャー」
「やっぱカッコいー、すっごいワイルドなのに紳士ー」
「素敵ですわねぇ」
「本当にお見事ですわ」
舞踏会の会場で、確かに多少イラッとするのは否定できなくても、
愛衣はむしろ何か誇らしいものを感じていた。
「おお、あなたはコジロー氏のパートナーの」
「サクラメイさんでは」
「いやいやこれは、あのスタジアムの勇ましい戦姫が」
「あの凛々しいメイさんが嗚呼今はなんと可憐なお美しい」
「え?いやー、あのー…えへへ…」
不意に、愛衣はぐいっと腕を引っ張られる。
「え、あっ、ちょっと…」
気が付いた時には、愛衣は正面の小太郎にガシッと両腕を掴まれていた。
「あー、うー、佐倉愛衣、さん。一曲踊っていただけますか?」
仏頂面でかしこまって言う小太郎の前で、愛衣は噴き出すのをぐっと堪え、極上の笑顔で返答する。
「はいっ♪喜んで」
× ×
「ああ、まだドキドキしてる」
ホテルの部屋で、愛衣は普段着に戻ってからも胸に両手を当てて目を閉じていた。
「んー、どないしたんや?」
「どないした、って…でも、小太郎さんってダンス、あんなに上手って一体どこで…」
「まー、俺達人やさかいな」
「自分で言ってる」
愛衣がくすっと笑う。
「で、達人でもない努力家の勉強家のあんたも随分上手だったわなぁ」
「なーんか、トゲあるんですけど」
「そうか?」
「昔、留学中にお兄様お姉様達のプロムが羨ましいって、そんな時期もありました」
「なんか、婆さんみたいやな」
「そうですね。でも、その後で出会った、オチビさんだった小太郎さんが
今はこんなに格好良くってモテモテなんですから、その時から見たらお婆ちゃんですね」
「そんなガキになー、未だに敬語使こてるんやから、こそばゆくてかなんわ」
「だって、実戦では未だに全然かなわないんですから」
「素直やな。なんつーか、ま…
昔っからまあ、あれやったけど、あれや、その、きれーになったで愛衣姉ちゃんもホンマ」
そっぽを向いて言う小太郎に、愛衣はくすっと笑みをこぼす。
中編終了
最終更新:2012年01月28日 14:07