30スレ179

追って一夏 後編第二部


 ×     ×

「…あー、愛衣姉ちゃん…」
「はい」

覆い被さったまま、小太郎が尋ねる。
にこっと微笑む顔に、僅かな苦痛の歪みが覗くのを小太郎は見逃さない。

“…血の匂い…”
「あー、なんつーか愛衣姉ちゃん、その、こういう事って今まで愛衣姉ちゃん…」
「気になりますか?」
「まああれや、つまりその…はい、気になります」

にこっと微笑まれた小太郎が、こくんと頷いて観念する。

“…つーかこういうの、にこってゴゴゴゴゴッて、愛衣姉ちゃんも出来るんかいな…”
「初めてですよ。だって、そういう男の人って、小太郎さん以外見てませんでしたから。
今思えばあの時からですから、年齢的にはちょっと変態入っちゃいますけどね。
でも、さっきも言いました。好きでもない男の人に自分から裸を、ましてやこーゆー事、
そんなに私、安くないですよ」

ぺろっと舌を出してにこっと微笑む愛衣に、改めてかなわないと痛感する。

「…あーうー…嘘やからな」
「え?」
「だからあれや、こないだ言うたほら、女の十人とか百人とか、あれ、真っ赤な嘘やからなすまん嘘ついた。
いや、勘違いするなや、モテる言うのはホンマやで。
そいで、据え膳食わぬはなんたら言う場面も一回や二回や
ミスなんたらとかお忍びでどこぞの姫さんとか…ああ、悪いこんな時に。
けどな、結局あれや。つまりほら。俺もな、まあなんつーか…」

もごもごと言う小太郎の横で、愛衣がくすっと笑った。

「嬉しい」

ちゅっと愛衣に吸われた小太郎の頬が、改めてかああって真っ赤になった。
二人が向き合い、再び唇を交えながらベッドに転がる。


「…やっぱり、綺麗や…」
「嬉しい…あっ」
「ん?」
「…又、小太郎さんのがお腹に当たって、こんな熱く…」
「愛衣姉ちゃん、綺麗でエロッぽくて、柔らこうて気持ちええから…」
「コタロー君おねーさんに抱っこされてこーふんしちゃったんだー」
「むー…」
「ひゃっ!」
「なんや、愛衣姉ちゃんかてこんなんやないけ」

目の前でにちゃーっと指の間に糸を張られ、ニッと笑う小太郎の前で愛衣がかああっと頬を染める。

「うりうり、おねーさん言うて愛衣姉ちゃんの方がエロエロやないけ」
「あううっ、そ、そうです。だって、小太郎さんだもん、コタローさんなんだもんずっと夢見てたっ!」

ヤケ気味に叫んだ愛衣にいきなりぎゅっと掴まれ、辛うじて一線を死守した忍耐力を小太郎は誇りに思う。

「お、おい、何…」
「だから、コタローさんなんだからずっと想ってたっ!!
だから、こんな風に私、私だって欲しいんだもんっ!!」
“…な、なんや、ガキかいな…けど、なんかかわい…”
「おうっ!」

ずりゅっと呑み込まれる感触に辛うじて耐えた小太郎が視線を上げると、
身を起こした愛衣が、形のいい白い乳房をぷるぷると揺らして喘いでいた。
あの、真面目でちょっと気弱な印象もある愛衣が、こんな風に自分を求めている。
解かれたセミロングの髪の毛が幻想的に揺らめき、
隠す事もなく女の顔を剥き出しに。それはきっと、自分にしか見せない顔。
ちょっと呆然としていた小太郎も又、むくっと身を起こす。

「あうっ」

ふるふる揺れる乳房の先端で、ちゅっと乳首に吸い付き貪りながら、
小太郎も又、少しでも愛衣と交わろうと、本能的に腰を使う。
だが、その行為は、まだまだ初心者の小太郎の忍耐ケージをあっと言う間に突き破る。

「ああっ…」
「愛衣姉ぇ…くうううっ…」

下半身だけが全く意思力に関係なしに反応し小太郎の脳に快感を突き上げる中、
小太郎は、ぎゅうっと抱き締めて想いを伝える事しか出来なかった。それに、愛衣も力強く応じた。

 ×     ×

「あっ…」
「ん?」

ベッドの上でまどろむ様に抱き合い、
時折かぷっと乳房を含みながら自然と手が動いていた小太郎が、むずかる様な愛衣の声に反応した。

「女って髪の毛、気持ちいいんか?」
「女性のエッチな気持ちいいは、90%以上ムード、心で出来てるんです。
女性は、ムードで満たされて初めて、体も本当に気持ちよくなるんです」
「ふーん、なんかややこしいなぁ…
けど、俺も、愛衣姉ちゃんに髪の毛撫でてもろてなんか気持ちええわ。こんな感じでええんか?」
「あんっ。はい、嬉しい…又、小太郎さんのが、こんな熱く硬いの…」
「それはまあ、俺もまだガキやし、愛衣姉ちゃんめっちゃ綺麗でエロッぽいから…」

くすっと微笑むその笑顔。小太郎は自覚してしまう。もう、この笑顔からは離れられないのだろうと。
だから、逃げようとしたのだろうと。

 ×     ×

「あ、ドネットさん」
「ああ…」

ゲートポートで愛衣にぺこりと頭を下げられ、ドネットが言いかける。

「お、おう、久しぶりやな」
「ええ…ああ、支度がありますので少しここで」
「はい♪」

にこにこにこっと慈母の如く微笑んで、ツヤツヤテカテカ輝いている愛衣と、
その後ろから木の棒に縋り付いて現れたほとんど真っ白な灰の小太郎を見比べたドネットが、
さささっとその場を離れて肩を震わせる。遠い日の事を思いながら。

“…遠い日?失礼な、私もまだまだ…”


 ×     ×

「お帰りなさい」
「ああ」
「ちょうど良かった。ちょうど人手が足りなくなる所でしたから、次の契約は少し長目にお願いします」
「ああ…」

愛衣と並んでの出頭早々、当たり前の様に高音に契約書を渡されても、小太郎はもう拒むつもりもなかった。

「愛衣、推薦状です、マギステル・マギ第二研修の。小太郎君が穴埋めしてくれる事ですし、
心置きなく行ってきなさい」
「はい♪」
「へ?」

にこにこと推薦状を受け取る愛衣を前に、小太郎が目をぱちくりさせる。

「それって…推薦取れたんか?」
「余り見くびらないでちょうだい、愛衣の事も私の事も。
その程度の詰まらぬ不利、跳ね返して見せます。
それに、愛衣は、あなたからそんなものよりもっともっと大切なものを受け取っています。
個人的にはいまだに理解出来ないチョイスですが、
理屈ではない現実がそうなのですから仕方がありません。私は妹の聡明さを信じていますから」

決然と言う高音、頷く愛衣の姿が、小太郎にはぐにゃりと歪んで見える。

「わ、悪い、俺便所!」

 ×     ×

「…こんなモンやろ。ったく、とっとと片して…」

うっとうしい仕事も大方片が付いた。全く、ぶっ飛ばして終わる仕事が性に合ってると、
その時、さして遠くもない過去のある日に、小太郎はつくづくそう思っていた。
そして、会議室の天井裏を離れようとした矢先に、次の会議の面子がぞろぞろ来てしまった。

「しゃあない、待たせてもらおか…」

開き直り、寝転がった小太郎の下で、資料が配付されていた。


「この娘ですか」
「ええ、本人に関しては、学歴、実績、年齢的に見て申し分ありません」
「ふむ、実に見事な内容です。では結果が楽しみですな。早速推薦状を…」
「それなんですがねぇ…」
「ほう…」
「それは…相当に親しいと?…」
「マギステル・マギともなると協会としても相応のポストで処遇する事になりますからなぁ」
「元々が西の人間、今でも直接人脈が…色々筒抜けになるのもどうも…」
「素性も曖昧、実際に良からぬ連中と関わっての前科もありますし、どんな連中とどう繋がってるか…」
「何かあったら、推薦したこちらの責任にもなりますな」
「この実績に美貌とあらば今後の人脈作り、行く行くは閨閥も…」
「名家から声が掛かるとなると…半妖などとは風聞だけでも…」

 ×     ×

「やーっ、コタロー君お帰りー」
「おう、えーと美砂姉ぇ桜子姉ぇくぎみー姉ちゃんに亜子姉ちゃんやないけ」
「くぎみー言うなっ!」

勝手知ったる麻帆良に戻って幾日か、そんな夕方に小太郎は出くわした。

「丁度練習帰りでさー。又あっち行ってたんだってー?聞かせてよーおごるからさー」

とっくに公然の秘密になってる3‐A卒業生柿崎美砂が、ガシッと小太郎の肩を掴んでニッと笑った。


 ×     ×

「じゃあチーフもトサカさんも元気やったんや」
「おうっ」

手近な焼鳥屋で、話の弾む小太郎と亜子を余所に美砂が鋭く視線を走らせ、
シュタッと右手を掲げて立ち上がる。

「あ、まどかごめんわたしちょっときゅうようおもいだした」
「ほにゃらば私もー♪」
「うちもー」
「ち、ちょっ、なっ…」

止める間も無く、二人はそれでも置いては行かれた千円札と共にテーブルに取り残された。

「何やねん?」
「さ、さあ…ま、ぐっと一杯、ほら飲めやれ飲めぐっと飲め、
じゃあ聞かせてもらおうかなーコタロー君。コタロー君の一夏の愛の逃避行って奴」

頬杖をついてにこにこ微笑む円の前で、サイダーが噴水していた。

「コタロー君もやるモンだねーっ、て言うかあの真面目で大人しそーな愛衣ちゃんがねー」
「ま、マテ、一体何がどっからどーゆー事になってんね?」

 ×     ×

「ハクシュッ!!」
「パルせんせー風邪ですかー?」
「風邪なんて引いてる場合じゃないですよ。こっち作者急病枠使い切ってるんですからねっ!!」
「んじゃ作者取材で頼むわじょーだんじょーだんだってだからジャキッて何ジャキッてえっ」
「あー先生こっちは印刷所止めてますよーせんせーっ」
「オッケー畳み掛けるよーっ五分で上げるからエンジンあっためといてーっ!!」

 ×     ×

「あれ?」
「あ、皆さん今晩わ」

通りで急ぎ足の愛衣に頭を下げられ、一名欠けたでこぴんロケットのコメカミには既に汗が浮かんでいる。

「あのー、愛衣ちゃん、何してるのかなこんな所でー…」

問いかける美砂の笑顔は、既にひくひくと引きつっていた。

「はい、急な仕事が入りまして、小太郎さんの携帯がつながらないものですから業務用の魔力波形GPSを…
この辺の筈なんですけど、見かけませんでしたか小太郎さん?」

 ×     ×

「あーーーーーーーーうーーーーーーーーーー………」
「あー、せっちゃんあれー、きれーやなー」
「そうですねー」

その白い火柱が、どこぞの犬コロ共々某居酒屋の天井を突き破ったものである事など、
知った事ではなかった。

ちゃんちゃん
「追って一夏」-了-

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最終更新:2012年01月28日 14:12
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