第四話
本屋轟沈事件の夜 宮崎・早乙女・綾瀬宅
「ただいまー、のどか。……あれ、もう寝てる。」
(あ、そっか。『例の作戦』の為に寝てるんだ…。)
気を遣い、なるべく音を立てないように動くハルナ。
明日の準備をしようとしていたとき、不意に、のどかが借りた本に目がいく。
(ん?医学書っぽい本に写真週刊誌のストック…何に使うんだろ…ちょっと見ちゃえ…………な、何じゃこりゃぁああ!!)
その本の中身に、ハルナは心で叫ぶ事を禁じえなかった様である。
(あ、あは、あははははは…………同人誌でも試してない事を……
私の想像の遥か上飛んじゃってる…じゃなくて、のどかちょっとそれは先走りすぎだよー。)
一体ハルナは何を見て戦慄しているのだろうか?
「ただいまです…。」
(のどかはともかく、なんでハルナまで寝ているですか…?)
安らかな寝息をたてて寝ているのどかと、何かに怯えるように蹲って布団虫になっているハルナを見て、
原因を目で探る夕映。そして、のどかの机にあった先ほどの蔵書を見つけ、目を通し……そして、口元を歪めた。
(ふふ……これで、朝の件以上にのどかの本気が判りました。
しかし明日はバカレンジャーの居残りテスト……ここは一つ、二人の為に一肌脱ぐとしましょう!)
特殊部隊を彷彿とさせる、普段はパジャマ代わりの抹茶色のツナギを纏い、軽装備で夜の図書館島へ出向いていった…。
ほぼ同刻 神楽坂・近衛・ネギ宅
今回は人助けという事で明日菜の御咎めを受けなかったネギ。
明日の労働のために既に寝た明日菜をよそに、明日の授業と小テストの準備をしながら物思いに耽っていた。
(むー、何なんだろう。アレ以降、どんなに集中しようにも宮崎さんの事が頭をよぎる……。
確かに、バカレンジャーや木乃香さんより会う事は少なくても、中身は濃密だよなぁ。
図書館での一悶着、彼女の友達による前髪御開帳、それと、着任初日と今日の救出劇…。
特に今日は、助けたあと、何となく、胸の中が甘酸っぱい感じで一杯になっていたし………。)
「ネーギ君っ、何仕事止めて考え事してるん?」
木乃香が、ホットレモネードを持ってきてネギの様子を伺った。
「あ、木乃香さん。いや、今日もまた色々とあったなー、と思いまして。」
「本屋ちゃん救出とか、本屋ちゃん救出とか、本屋ちゃん救出とか?」
「ぶ――――――――――!!!!!ななななな、何言い出すのですか!?」
「あははは、やっぱり。そんな事やろ思たわ。」
木乃香に図星を突かれ、レモネードを噴き出してしまうネギ。
「まぁ、確かにその通りなんですが…。教師として、なるべくなら不平等無く
皆と接していきたいと思っているのですが、今日はどういうことだか、そういう考えが飛んでしまって…。
気が付いたら、まぁ、木乃香さんの読み通り、宮崎さんのことばかり考えているな―――――――、と。」
「なるほどなー。まぁ、たまたま本屋ちゃんとの間で衝撃的な事が重なったからとちゃうんかな?
せやから、あまり気にする事はないんちゃう?もうちょっと教師続けてみれば、他の子とも色々あるから、それで釣り合う思うけど。」
「そ、そうですか…。だといいんんですが……。」
「ふふ。まぁ、ウチもあくまで生徒の身やから、あまり自信持てないけどな。…ささっ、早く仕事片付けて寝よっか?」
「あ、はい。それじゃ、もうちょっとやってから寝ます。」
「了――解。」
(……と、当たり障り無く答えてみたけど、ネギ君、本屋ちゃんに淡いながらも好意を抱いているなぁ、これは。
多分本屋ちゃんもネギ君のことは満更ではなさそうな感じやしな…アスナ、もうちょっと素直にならな、いつまでたってもバカレッドやで。)
良きお姉さんを演じつつも、しっかり裏を読んでいる木乃香。流石は学園長の血を引く存在である。
翌朝 午前4時すぎ
「あ、おはよう、ネギ坊主。どうしたの?夕べはいつものようにアタシのベッドに潜り込んだりしないで。」
「僕だって……いつまでもそこまでの子供のままではいませんよ。」
「ふーん、変なの……。一丁前に大人ぶっちゃって。この時間生かして魔法の練習でもしてなさい。そんじゃ、行って来るね!」
「いってらっしゃい、アスナさん。」
(……でも何か調子狂うな。最近ではアイツが潜って来るのも満更じゃなくなったのに。
……不正直な自分の自業自得か。ま、私には高畑先生がいるしね――――――――――!)
―――――明日菜、永続バカレッド、確定―――――
「さて…木乃香さんは寝ているし、今日の準備は済んでいるし、出かけるまで魔法の練習しておくか。」
教師としてのいつもの正装を纏い、魔法の練習のために寮の裏の広場に出ようとするネギ。
しかし、目の前に、部活には早いのに制服に着替えてうろついている生徒を見かけ、誰であるか気づいた。
「ん……誰かなー、アスナさん以外でこんな朝早くに……
あれ、まさか………………宮崎さん?!……宮崎さーん!」
「……あ!お、おはようございます……ネギせんせい。」
「どうしたんですか?こんな朝早くに。まだ寝ていてもいいんですよ。」
「い、いえ……今日はたまたま、目が覚めてしまったので、散歩でもしようかと……。
あ!えっと……昨日、早退して聞いていなかった所、やっておこうと思うのですが…ダメですか?」
「いえ、僕は構いませんよ。しかし、誰から僕がこの時間に起きている事を聞いたか知りませんが、殊勝な心がけです。」
「そ、それ程でもないですー。……あ、教科書とノート、取りに部屋に戻るので待っててくださいー。」
一欠片の勇気を振り絞ってネギと対面したのどか。なんとかきっかけを掴もうと授業の質問という形で近づいた。
そして、寮の玄関前のロビーにて……
「……ふむふむ。ふむふむふむ。全く問題ありません。
すごいですよ。これだけ短時間で理解できるなんて。昨日の所だけでなく次の所まで。」
「あ…ありがとうございますー。」
「何となくですが、宮崎さんが皆から「本屋」と呼ばれている理由がわかった気がします。」
「……ネギせんせいまでそういう事言うとは思わなかったです……。」
「あ、ご、ご、ごめんなさい!!気に障ってしまいましたか?」
「くすくす……いいんです。もう慣れっこですので……。」
「あ、あは、あはは…………。
えっと、他には、何か質問はありませんか?授業の事だけでなく、クラスの事とか、生活態度とか。」
「あの……着任して早々忙しかったみたいなのであまり知らないのですが、
ネギせんせいの事とかについて……色々とお話をしたいのですが……ダメ、ですか。」
「え?ええ……まだ時間はいっぱいあるので、いいですよ。聞きたい事があれば、何なりと。」
(なななな、何で僕の事を……。でも何でだろう、あまり気恥ずかしいと思わないな。魔法以外の事だったら…。)
のどか、早い目覚めで少しハイになったのか、普段では考えられない大胆なもう一歩を踏み出した。
「えっと……いま、居候している部屋の、アスナさんの事は、どう思っているのですか…?」
「んー、皆の評判どおり、粗野で、凶暴で、言いたい事をズケズケいう、怖い人です。
でも、時折、生徒として、或いは人として至極真っ当なことを言う、良い面を持っています。
まぁ、性格が性格だからか、たまにそれだけの事を言っておきながら自分を律せない事があるようですが。
今同室しているのは、さっきの良い所と、自分の姉に雰囲気が似ている所に惹かれたから、かな?そんな所です。」
「そうですか…………。」
(なんで、アスナさんの事を僕から訊く必要があるんだろう……。まさか……ねぇ?)
この時点で、そのまさかが、現実となり、自分の世界を変えるとは、ネギには夢にも思わないであろう。
「あ、あの……。」
「は、はい?」
「私の事は……せんせいから見て、どう思いますか?どんな事でも言って構いません!」
(宮崎さん、なんで、こんな事でムキになっているのかな?
顔赤くして……でも、何か、愛おしく感じる……。この際、嘘を言うのは止めよう。)
「率直に言うと、宮崎さんは、端から見て、危なっかしく思えてくるのです。
引っ込み思案だったり、あまりイヤな事をイヤと言えなかったり、よく逃げたり、転んだり。」
(!!!!そ、そんな…………。)
いきなり、ネギに神妙な顔で自分の短所をハッキリと言われ、落胆しかけるのどか。しかし……。
「でもその一方で、普通なら聞き流しそうな事もしっかり聞いて記憶する覚えの良さを持っています。
そして、普段、人があまりしたがらない事も、文句を言わず、黙々と成し遂げるような粘り強さもあります。
追われている僕を匿ったり、この前のドッヂで相手の不正を暴いたりといった、やる時にはやる、という姿勢も好感が持てます。」
(え……ネギせんせい……そこまで……。)
まだ完全に慣れない環境下でも、自分の事をしっかり見ていたネギに、のどかは心から感謝と好意を思い、顔を紅潮させた…。
(好感が持てるって、何を堅苦しい事を……って、!!!!!!!!!……そっか、僕は、そんな「堅苦しい事」抜きに、宮崎さんの事を……。
気が付いたら、自分に言い訳してアスナさんを何とか美化してたのと違い、宮崎さんに対しては、素のままの心で見てたっけ。
でも、今は僕は教師で、宮崎さんは僕の教え子。しかも、年齢的には本来、立場は逆。この場は一旦、婉曲に伝えておこう…。)
やっと、自分の心の霧が晴れ、素直な自分の心に気づいたネギ。しかし、教職という立場上から、理性をフルに稼動させ、想いを少し殺し、結ぶ。
「宮崎さんのような人は、将来、困った人を、心と知識で助けるような人…弁護士とか、カウンセラーとかに、向いているような気がします。
多分、粘り強さ、正義感、優しさで、例え世間の名声は浴びなくても、慕って頼りにする人が多く集まるでしょう…………。
自分が、何か困った事が起きたときには、ぜひとも、このような先生に相談してみたいです。
このような人のパートナーになる男性は、例えどんなに大事な日を忘れても、怒られずに思い出せそうで、幸せだと思います…………あっ!」
自分の想いを、教師らしい表現で婉曲に纏めた刹那、のどかは、ネギを自分の胸にぎゅっ、と強く抱きしめた……。
「み、宮崎さん!い、一体何を…。」
「すいません…ネギせんせいが、私の事、ちゃんと見ていた事が嬉しくて、つい…。」
「そんな…大袈裟ですよ。教師として…時間がかかっても、教え子について理解に努めるは当然のことです。」
「それでも一向に構いません!私の…悪い所、良い所、自覚していた通り理解してくれたですから…。だから…。」
「だから…………何でしょう?」
「時間が来るまで…………もう少し、このままで居て、いいですか?」
「わかりました……。宮崎さんの、お気の済むまで……。」
(まさか……とは思ったけど、宮崎さんも、僕の事を……。こういうのを、「運命の出会い」…超さん的に言う所の「邂逅」とでも言うのかな。
嗚呼……今の立場…教師と生徒、自分が年下、そして、互いに社会的に年端がいっていない今の状態が、こんなに恨めしいものなのか…。
それにしても、宮崎さんの胸の中…お姉ちゃんとも、アスナさんとも、におい、感触が違うのに、すごく落ち着く…それでいて、、心が昂っていく……。)
図書委員・図書館探検部という所属ゆえに微かに染み込んだ蔵書のにおい。
部屋を出る前に身を清めていたのであろう、石鹸のにおい。
そして、のどか自体が放つ固有のにおい。
その三つのにおいが三位一体となってネギの鼻腔をくすぐり、落ち着きつつも昂る感情を創り上げていく。
「ネギせんせい……ちょっと、顔を上げてくださいー…。」
「は、はい?」
「……昨日、倒れそうになった私を助けてくれた、お礼です…………。」
「あ…。」
見上げたネギの顔を前髪で覆い隠すように、のどかはネギに熱いキスを与えた。
ネギの小さな口を舌で器用に開け、互いの舌を絡め合う…。
片や、上から覆いかぶされるようにされ、片や、不意に自分の素顔を見られながら行っているため、
双方共に、キスとは思えない昂揚感が襲い掛かり、また、それに陶酔していた……。
第四話終
最終更新:2012年02月01日 13:06