リボンなナイト09 第三話
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「どこも一杯やなー」
「クリスマスだしねー」
何件かの食べ物屋を回った後、小太郎の言葉に円が苦笑して言った。
「なんつーか、どこもあれ、男と女のアベックやらカップルやらで一杯やな」
「私達もカップルだけどね」
「カップルちゅうか、見た目フツーに姉弟やん」
「まあね」
冗談めかした円の言葉に小太郎があっさりと言い、円は曖昧な笑みで応じる。
「ごめんねーこんなんで」
「いや、ええて、急に一緒んなっておごってもろて」
「素直だねーコタ君は」
結局、最後に立ち寄った牛丼屋も満員御礼、
これからアンチ・クリスマスの大行列にでも繰り出すのかと言う男祭りの真っ最中。
温めたハンバーガーをコンビニの外でかじっていた円が、
ぺろりと平らげた小太郎の髪の毛をくしゅくしゅとかき回した。
「なんやねん」
「別にー」
にこにこ笑っている円を見上げ、小太郎はやれやれと憎めなく感じる。
なんとなく、そんな気分になったのは、屈託のない笑みが先ほどの愛衣に似ていたからかも知れない。
そんな円が、空を見上げる。
「何や?」
「雪だよ」
「そやな」
「もーっ、ホワイト・クリスマスだよーっ」
円が、本気ではないにせよ何を怒っているのか今いちピンと来ない小太郎だったが、
そんな円がなんとなく可愛いとは思う。
「ホワイト・クリスマスねぇ」
「そ、ホワイトクリスマスにイルミネーションの下をあーやってカップルで、
女の子の憧れって奴?」
「すまんなー、俺みたいなガキ連れて」
「いいっていいって」
「だからなんやねん」
また髪の毛をかき回され、小太郎は嫌がって見せるが、笑顔の円にそうされるのはどこかくすぐったい。
そうやって、浮かれるイブの街を二人そぞろ歩く。
「…けど…」
「何?」
「ちぃと、ヤバイかもな」
「え?ひゃっ!」
雷鳴が静まった時、円は、小太郎に抱き付いている自分の状態に気が付いた。
「ご、ごめん、いきなりだったから」
「いや、ええて」
ちょっと赤くなってそそそと離れる円に小太郎が言い、チラッとそちらに視線を向ける。
半ばまで開いた黒いジャケットの下はざっくりとVカットされた黒いタンクトップ、
黒革のミニスカから円の形のいい健康的な腿が見える。
“…あのステージがこんなんやったっけ。寒そうやなぁ……”
目にした時にはその様に考える小太郎であるが、同時に生唾を飲んでいる自分のそんな気分にも気が付く。
「…って、何よこれーっ!!…」
「ミゾレや」
「そーゆー事じゃなくてーっ!!」
無感動に言う小太郎に突っ込みながら、円は小太郎を連れてばしゃばしゃと駆け出す。
「うわぁー、参ったねこりゃ」
「そやなー」
逃げ惑うカップルに一足遅れ、ようやく軒下を見付けた円が言い、隣の小太郎が応じる。
何しろ、体を冷やしてえらい目に遭った女の子とついさっきまで一緒だった小太郎である。
黒髪が濡れて乱れ、服から除いている胸の谷間や腿に大小の雫がびっしょりと浮いているのは、
見ていて実に不健康に見える。まずそう考えるのだが、
同時に、やはりごくりと生唾を飲みそうになる、そんな自分の事にもちょっと気が付いている。
「うあー、まだ降ってるよー、どっか入れないかなぁ…」
「えーと、この辺ちぃと無いんかー?」
今の所はあくまで円の健康第一を発想とする小太郎がきょろきょろと周囲を見回すが、
なかなか適当な所が見当たらない。
「ん?…そうだ、コタ君アレ持ってる?」
「アレ?」
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「ふーっ」
つい先ほどまでワイルド系イケメン高校生と化していた小太郎が、
さすがに冷えた体で用を足し終えて部屋のリビングに戻る。
そして、バカでかいベッドに背中から倒れ込んで一息ついていた小太郎だったが、
身を起こした時、目をぱちくりさせていた。
「ふーっ、さっぱりしたーっ」
程なく、つい先ほどまでボーイッシュ美人女子大生と化していた円が、
ほこほこと湯気を立てながらバスローブ姿で姿を現す。
「ん?どったのコタロー君?」
ベッドに座って下を向いている小太郎を前に円が言い、
小太郎の顔が前を向いた場合の視線を追ってくすっと笑った。
「あー、そっかー、こーゆー風になってんだー。
入っていきなしトイレ争奪戦してたもんねー」
「み、見てへん、見てへんからな俺は」
「はいはい、分かってます、コタ君硬派だもんねー」
鏡が内側のマジックミラーなバスルームの壁を前にして、
真っ赤な顔で俯く小太郎の髪の毛を、円が又にこにこ笑ってくしゅくしゅかき回す。
「でも、コタ君もびしょ濡れ、風邪ひくよ。入ってきなよ、って、やっぱ恥ずかしいかな」
「べ、別になんて事あらへんっ」
「んじゃ、行ってらっしゃーい。大丈夫だって、そんなお子ちゃまの見てもしゃーないでしょ」
くすくす笑った円が、ひらひらと手を振る。それが円なりの気遣いである事は小太郎にも何となく分かる。
それに、小太郎にもチラ見とは言え多少の疚しいものがある。
ギクシャクと動き出した小太郎の姿に、円はもう一度くすくす笑う。
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「でも、便利なモンもあったもんねー」
バスローブ姿でベッドに座り、下を向いた小太郎の隣で円が言う。
「たまたまポケットに残っとったからなー年齢詐称薬」
「お陰で一休み出来た訳だけど、ラブホって色々よく出来てるんだねー、はい、タダだって」
「おう」
円にコーヒーを渡され、小太郎はドプドプと甘く味付けする。円もそのつもりでごっちゃりと用意していた。
「まー、夏に色々あって、ちょっとびっくりしたりもしたけどねー」
「ちょっとかいな」
「あのクラスだもん、魔法使いでも超能力者でもねー」
「あー、それ表で…」
「分かってる分かってる」
隣でにこにこと笑う円が、まぶしかった。
最終更新:2012年01月28日 14:17