02スレ299

299 座薬@一日目1 sage 03/09/01 14:58 ID:eN7KNrCN

「先生、ウチなら十歳の男の子がパートナーでも、いいですよ」
 その時、部屋には二人と一匹だけだった。
 今日、風呂場に乱入したオコジョを撫ぜながら、和泉亜子はにっこりと微笑んだ。
 英語の時間にネギに質問された事、パートナーが十歳の年下の男の子なのはイヤかどうか。その答えを
持って亜子は、ネギと二人っきりになれる時を狙って、彼の部屋を訪れたのだった。
「ウチ、先生の事、好きやから」
「い、和泉さん!?」
「しょーもない理由で、人を簡単にフリよるアホもおるけど、先生は、そんなんと、違うよね………」
「え、それって、どういう意味―――」
 亜子は何も言わずに膝を落として、ネギと目線を合わせる。
 そしてネギを、ぎゅうっと抱き締めた。ネギの小さな身体から、温もりが伝わってくる。
 久しく忘れていた、男性を抱き締める感触が、亜子の中で甦ってくる。
(ネギ先生……前の彼氏より背も小さくて、年下で、先生やのに、ウチ、この子を求めてる……)
 亜子の脳裏に、恋人にフラれた記憶が甦る。前の恋人には、キスまでしかされていなかった。
 セックスを断り続けた、それがフラれた直接の原因だった。
 微かに亜子の身体が震えて、抱き締める腕に力がこもる。身体が興奮しているのが分かる。
「お願い……それ以上聞かんといて……な?」
 フラれた事をこれ以上思い出すと涙が出そうで、亜子は声を絞り出す。
(寂しいのを慰めてもらうだけ……先生から言ってきたんやし、かまへんよね……)
「い、和泉さん……」
 ネギの吐息を感じるほどにまで、唇が接近した。
「んっ……」
 唇と唇が重なり合った。亜子は積極的に舌を入れて、ネギの舌と擦り合わせる。唾液を絡めてお互いを
行き来させて、ネギの息を感じながら行為を愉しむ。久しぶりにしたキスは、すこしほろ苦く感じた。
 お互いの意識が唇で繋がり、溶け合ったところで、亜子は唇を離した。
 余韻に浸るような、一瞬の沈黙があった。
「おっめでとぅ兄貴! これでパートナーが見つかったじゃん!」
 状況を静観していたカモが、遂に口を開いた。
「…………オコジョが、喋った!? ………………なんでやねん」
 流石の亜子も、上手いツッコミが浮かばなかった。


 ネギの説明は分かりやすかった。とりあえずネギが魔法使いで、エヴァが吸血鬼で、カモが下着ドロだ
という事が判明した。
 亜子は正直、ネギの話は半信半疑だったが、話の内容を理解はできた。しかしネギの次の言葉は、失恋
で弱った亜子にはあまりに辛いものだった。
「でも、和泉さんにパートナーになってもらう気は、ありません」
「な、なんでっ?」
 亜子が驚いて、ネギを見る。
「和泉さん、授業の時に言っていましたよね、「フラれました」って。僕は先生だから、和泉さんが落ち
込んでいるのなら相談には乗ります。だけど、その、前の恋人さんの代わりにはなれません」
 真剣なネギの顔に、亜子は怖くなって一歩下がった。
(イヤや……そんな顔でウチを見やんといてよ、ネギ先生……)
 いつもの優しい子供先生は、そこにはいなかった。
 そしてフラれて寂しかったから、先生に代わりの相手になって欲しかったという、自分でも嫌悪を覚え
るような「弱さ」を見透かされた事に、亜子はとてもショックを受けていた。
「ちゃう! ウチは、そんな事思ってません!」
 内心思いまくっていたのだが、肯定できるはずもない。
「……和泉さん、僕が和泉さんに魔法の事を説明したのは、カモ君が話すところを見られたからです。確
かに今、僕はパートナーを必要としていますが……僕もパートナーを、選びます」
 亜子はその言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。
「ひ、ひどいわ……それって、ウチはネギ先生からお断りって事!?」
「僕は和泉さんの事を、生徒としては信頼しています。でも、フラれて寂しいからパートナーに志願して
くるような人を、僕はパートナーとして信用できません。ごめんなさい」
 ぺこり、と頭を下げるネギ。
「う、うう……そ、そんなん……う、ひっく、えぐ、……」
 亜子は涙を流して、顔を真っ赤にしながらネギを睨んだ。ネギは怯みもせずに、それを見つめ返す。
 どちらが年上で、どちらが年下なのか、亜子は分からなくなってきた。
「先生の、言う事、えぐ、多分、正しいと、ひっく、思うけど……思うけどぉ……」
 亜子は限界だった。これ以上、ネギの視線に耐えることは、できそうになかった。
「先生の、あほぉ―――っ!」
 亜子は部屋を飛び出してしまった。


 …………
 …………
 同時刻。
 その家の中はドールハウスのように、多くの人形が飾られていた。人形たちはまるで家族のように身を
寄せ合いながら、鈍く光を反射する作り物の瞳で、自分たちの主を囲んでいる。
「何、それは本当か! 茶々丸」
「はい、マスター、この学園の結界は多大な電力を用いて維持されています」
 パソコンを叩く茶々丸の横で、エヴァは凶悪な笑みを浮かべた。
「茶々丸、魔力ではなく、電力面から結界に介入するのは可能か?」
「一日あれば、計算上は20.43266%、出力を弱められます。マスター」
「十分だ」
 エヴァの目に、危険な光が宿った。そのまま窓に歩みより、ゆっくりと開ける。煌煌と夜を照らす麻帆
良学園都市の光、そのどこかにいるネギを脳裏に浮かべ、エヴァは殺気のこもった声で宣言した。
「明日こそが、≪闇の福音≫の復活の日だ、はっはっは、は、は、はっくしょん!」
「マスター、夜とはいえ、窓を開けると花粉が入ってきます」
「………じゅるる」
 エヴァは窓を閉めて、ティッシュで鼻を拭いた。
「ふん、花粉症に苦しむのも今宵までよ。今に見ていろ、坊やも、坊やに手を貸す者も容赦はせぬ」
「マスター、それは結構ですが、目を開けてくれませんか。目薬がさせません」
 エヴァは目薬が苦手だった。目薬を持って来た茶々丸だったが、それを近づけるとエヴァは目を閉じて
ぷるぷる震えてしまい、なかなか上手くさせない。
 そんなエヴァだったが、しかし目を閉じ震えながらも、叫び続けていた。

「坊やの体液を一滴残らず吸い尽くしてやるぞ、ふふふ、はーはっはっはっは―――っ!」

 どんな時でも、エヴァは決して夜の女王の誇りを忘れないのだった。


 …………
 …………
「ど、どうしよう……ウチ、先生になんて事を―――あほって言ってもうた……」
 部屋に戻って冷静になった亜子は、一人頭を抱えていた。このままでは明日、ネギにどんな顔をして会
えばいいのかも分からない。
「とりあえず謝らなアカンよね。い、今から先生の部屋に戻って……でもアスナとかおったら……」
 焦れば焦るほど、考えがまとまらない。
 時間が過ぎる毎に、素直に謝る勇気は失われていく。
「そ、そうや、吸血鬼か何か知らんけど、先生はエヴァちゃんと喧嘩してるんやった!」
 ネギの説明は亜子の中で、クラスの普段のエヴァの雰囲気と中和されて、間違ってはいないが、正しく
もない内容になっていた。
「じゃあ、ウチがエヴァちゃんの事調べて、もしも弱点とか分かったら………謝りやすくなるよね」
 状況を正しく理解していない事に気付かずに、亜子は暴走しつつあった。
 「エヴァ」という単語に、同じ部屋で寝ていたまき絵が、ぴくりと反応した事にも気付かなかった。
「でも先生に、エヴァちゃんには近づくな、って言われたし……うーん、そや、尾行してみよか」

 その行動がどんな災いを自分にもたらすか、亜子はまだ知らない。


@二日目

 …………
 …………
 放課後。
「あっ、茶々丸だーっ!」
「茶々丸、飛んで見せてよ!」
 元気な子供たちが、茶々丸の周りに集まってくる。ヨーロッパ風の建築で統一されている麻帆良学園都
市は、今日も学生や市民で賑いを見せていた。エヴァと茶々丸も、ごく自然にその中に溶け込んでいる。
「ずいぶんと人気者だな、茶々丸。それで、例の作戦は?」
「現在も結界に工作を続けています。今晩にマスターの魔力は、約20%が元に戻ります」
「うむ、力が少しづつ戻ってきている。まだ行動を起すには足りないが」
 エヴァの口からは、短いながらも牙が見えていた。
「で、それは良いとしてだ、茶々丸」
「はい」
「我々の後ろのアレは、新しい遊びか?」
「不明です」
 エヴァたちの後ろには、動きが素人同然の尾行が張り付いていた。
 その尾行は茶色のサングラスに帽子を深くかぶり、なぜかたこ焼きを食べながら追いかけてくる。
「99.9% 和泉亜子さんだと思われますが」
「ああ、私もそう思う。だが意味が分からん」
「和泉さんが教室でよく語っている「ツッコミ」を待っているモードでしょうか? ツッコミますか?」
「必要ない」
 エヴァと茶々丸はしばらく歩いてみたが、亜子はやはり後ろからつけてくる。
「もしかして、我々の事を探っているのか……なるほど、坊やの協力者というわけか」
「この件に関わらないように、注意してきましょうか?」
「いや、その必要はない」
 口から牙を覗かせ、エヴァはにたりと嗤う。
「獲物が向こうからやって来たのだ。望み通りに可愛がってやろう―――」
 エヴァの喉が、ごくりと鳴った。



 …………
 …………
(よっしゃ、我ながら完璧な変装や……それにしても尾行って、思ったより楽やけど暇やなぁ……)
 口が寂しくなって、近くの店で買ったタコ焼きを食べながら、亜子は尾行を続けていた。
 結局、学園では亜子の方がネギから逃げてしまい、やはり謝る事ができなかった。
(にしても、エヴァちゃんが吸血鬼て、なんか実感わかへんなぁ……)
 会話は少ないとはいえ、クラスメイトのエヴァがそれほど危険だとも思えない。
(あっ、やばっ、エヴァちゃんが角を曲がった)
 亜子はたこ焼きの容器をゴミ箱に捨てて、慌ててエヴァの後を追っていく。


 …………
 …………
「あれって、亜子ちゃんやなー」
 商店街で買い物をしていた近衛木乃香は、エヴァを尾行している(まる分かりの)亜子を見つけた。
 声をかけようとしたが、亜子はエヴァを後を追って人ごみに消えていった。
「何してるんやろ……明日聞いてみよか」
 木乃香は首を傾げながら、買い物に戻っていった。

 それが木乃香が見た、亜子の最後の姿だった。

 続く

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最終更新:2012年02月12日 20:20
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