789 EVANGELINE sage 03/10/03 10:50 ID:ePEkykzS
ほんの少し朝の気配は混じっていても、まだ、夜と呼ばれる時刻。
空間に、機能的な意味での『無駄遣い』が許された時代に建てられた、欧風建築女子寮で。
天井の深さに見合う背の高い両開き窓から、エヴァはぼんやりと窓外を見ていた。
だぶだぶのバスローブを床に擦りつつ、そこから出した手が触れる硝子の冷たい心地よさを感じながら、
傍らのベッドに目を転じれば、鼾かいた男が枕を抱いて布団をはだけ、涎まで垂らしていて。
うすく苦笑しながら再び窓の景色に目を戻す。
針葉樹まばらな冬の校庭。
広い敷地に数々の巨大建築物を望む全景に、広がる曇天が黒々と明日の空模様を予感させ、
侘しい茶薄緑の枯れ芝絨毯には雪の名残が白く斑を描いている。
ぱちぱちと暖炉で爆ぜる薪に温められた部屋にいては失念しがちな、その寒々とした冬景色は。
この部屋を、温もりを、失った自分が歩まねばならない、世界そのものにも見えた。
「……どうした。」
声に、真祖の暗視に紅い眼を無意識に切り替えながら振り返ると。
いつの間に起きたのか、男が横たわったまま肘をついてこちらを見ている。
「別に……」
口を開いてその時、気付く、自分が泣いていたことに。
ごしごしと、幼子のように手の甲で涙を拭い鼻を啜る音に、男の大あくびが重なった。
「……なんでもない。」
少し考えたくらいで、そううまい言い訳を思いつくわけもない。
結局、返した返事はそんなものだった。
けれど、状況証拠と違いすぎる答にも、男は何も言わない。
ただ、ぐいと手を引き、エヴァを褥に連れ戻す。
「っ」
ローブが翻り、起伏の少ない肢体がさらけ出されたと思った次の瞬間
エヴァは、男の腕の中に還っていた。
世界で、一番安心できる場所へ。
「……はなせ」
声が震えた。今更だった。自分でもわかってた。
けれどこれは、本心でもある。
これ以上この男に依存するのは『嫌』というより『恐い』。
最後に人を愛してから、何十年経ったろう?
喪って、ほんとうはあまりに弱い自分を繕えるようになるまで、何十年を費やしたのだったか?
……忘れてしまった。
忘れることで、強くなったのだから。
「……っ」
キス、されるだけで全てが溶ける。
何度も生まれて、殺される想い。
こうされる時だけ、素直に抱き締める想い。
この男が好きで。
愛してるということ。
ずっと……ずっと一緒に居て欲しいということ。
ちいさく、白い、綺麗な歯並びを男の舌がねぶり。
絡み合う唇同士が互いの声を押し殺し、微かに湿った音だけが響く。
この男も今、自分に夢中でいてくれる。
そう、強く願いながら。
見上げる角度をさらに水平にとると、肩がけしたローブがしゅる、と落ちた。
「……ぁ……っ」
透明な糸を引いてはなれると、暖かい筈の部屋を凍えるように寒くすら感じ、反射的に縋りつく。
せめて、惨めにも気持ちを隠せない顔だけでも見せたくなくて、男の胸に顔を埋めると
大好きな、汗のにおいがした。
……この男が負けるところ、死ぬところを想像できたことはない。
だが、いつまでも共に在れると、そう思えたこともなかった。
せめてそれに確信が持てれば、いかようにも『可愛い女』になれるのに。
「エヴァ」
僅かに苦痛の滲む声に呼ばわれて我に返ると、抱きついた背中に強く爪を食い込ませていて。
「すまぬ」とだけ言い、手を緩める。
と、それを待っていたかのように押し倒され。
その拍子に一瞬見えた男の表情。
それは、どこか火急の治療を施す医者に似ていた。
(……この男の、自分に対する気持ちは、結局そういった類のものなのだ)
『わかってはいた』けれど、それは……辛い。
暖炉の火の赤に照らされ、闇紺とグラデーションを描く天井が、涙に滲んだ。
仰向けになって無いも同然の胸をまず吸われ。
桜色のちいさな乳首、優しく、痛く、甘噛みされて
肘を高く掲げた男の右手が産毛しかないそこに触れ、びくり、と反る背をおさえられない。
「ぁっ……はぁっ……」
荒れる息、愛しい人の手管であれば、拙くてすら閃熱の悦び。
なのに、男の技術はそれに輪をかける。
限りなく繊細なタッチに犯罪めいた絵図をオブラートされて、幾許か許しただけで。
溢れた蜜が漏らしたようにシーツを湿らす。
……哀しい。
こんなにも愛しているのに、男は自分を一途には愛してくれない。
こんなにも切ないのに、男から離れるなんて及びもつかない。
体だけでもいい、本当に求めてくれたら……
……けれど、そんな思考さえも、限界が近付いていた。
男の『対処』はいつも正しい。
精神の痛みより、肉の悦びが勝りだしていたのだ。
花芯すらいじりだした愛撫に、染まりはじめた頬と。
意味を変えはじめた潤んだ瞳。
やがて、いい加減我慢出来なくなった頃に見下ろしたエヴァの目が
丁度手を休め、胸から顔を上げた男のそれと合う。
表情が、微かに悪戯っ子の風情を見せていて。
くだらぬとわかっている意地が、むくむくと頭を上げた。
『絶対に、おねだりなんかしたくない。』
ふい、と顔をそらす、と、男が笑うような気配。
一拍の間の後、新たな刺激が大事なところに沸く。
慌ててそこにやった両手が男の頭髪を掴んだ。
「……ぅあっ!」
時既に遅く、足首を持ち上げられて全てを見られてしまい、勿論それだけでは終わらない。
侵入してくる粘膜に、男の舌先が伸びて身体の芯まで貫かれたような錯覚さえ覚える。
ぞくぞくと蝕まれる動きを一ミリも逃すまいと。
意識と無意識の間で、ふるえるほどのそれに身動き一つとらない。
「あっ……ぅあっ……あぁあっ……」
喉をみせつけるようにのけぞりながら。
いつからか男の頭を抑える手には、そこから離すまいと方向を変えた力が篭り。
元々形だけの抵抗は脆くも崩れ去る。
「やだっ……ぁ……そこ……あぁっ……ちが……ぃっ……いい……」
腰が動き出していた、不動より気持ちいいリズム、律動。
みっともなく持ち上がって、ゆるゆると上下するお尻。
きもちよくてきもちよくて……
一度目の絶頂を迎えるために高い位置をキープしたそれがぶるぶると痙攣した後。
とさりとシーツに落ちた腰のはずみで、溜まっていた涙が、零れた。
「……はぁっ……はぁ……」
荒く息を吐きながら、瞼を静かに閉じて。
「入れるぞ」
効かない視界に、男の音源が少しだけ近く聞こえる。
相手の顔が見えないと、妙な意地を張る気も失せるのか。
無言のままこくりと頷いて、半拍の覚悟、後
「んっ……」
かなりきついそこに、男のものがこじ入れられて。
痛々しいくらいに広がるものの、やがて全てを受け入れる。
「はっ……ぁ……」
止めていた息をじわり、と吐くと。
男も慣らすように待つ。
いたわるような、探るような秒。
「……いいぞ」
眉根を微妙に寄せたままで出した許可に、躊躇なく男が動きだした。
「っあ……っ!……あぁっ!……っ!」
鋭くは無くても、ごりごりした鈍痛が走る。
狭く、浅い、秘所。
未発達な壁をなぎ倒すように腰をつかう男を迎えて、ただただ痛みに耐えているようにも見えたけれど。
本当は違うことを、二人だけは知っていた。
幾許かの出し入れが経過した頃、食い千切られそうな締め付けが、ふわり、と緩む。
「ぁっ……」
同時に、今までにない鼻声がエヴァから洩れて。
スイッチが、入る。
気遣うようにしていた男が、挿入の段階を荒々しく上げて。
痛みにしかめられていたエヴァの表情が耐える対象を快感に代えはじめる。
正常位で繋がった場所からは、にちゅにちゅという粘着音と共に、混じり合った先走りと愛液が飛沫き。
子宮口にすら先端を届かせながら、シーツを握るエヴァの両肩はいかるように首を埋めた。
「はっ……あぁあっ!……あっ!……ぅあぁっ!!」
両手でエヴァの腰を抱えた男の速さが徐々に上がり、エヴァの顔が切羽詰った呼吸で上下する。
互いの頂点が重なる予感に心震わせながら
「……かにっ……なかにだしてっ……!」
息も絶え絶えにそれだけを言う。
どこか澄んだ表情で男が頷くとほぼ同時に、まずエヴァが二度目の絶頂に淫窟をわななかせ、
誘うようなそれに自身をシンクロさせた男のものも、深奥にたたきつけるように放つ。
どくん、どくん、と脈打ち終わって、ようやく解かれた緊張に。
覆い被さるように、男がエヴァを抱き締めた。
そのままごろりと横向きに転がり、拍子に男のものが抜ける感触にぞくりとしたものを感じながら。
腕ごと拘束されるように手を回されて少しだけもぞもぞと抵抗する。
やがて男に解放の意思がないとわかる頃に
「……お前の子なら……産んでもいい」
ぼそり、と。
ありったけの勇気で言った。
……諾はおろか、拒否の気配さえ無い反応に、男の腕の中から恐る恐る見上げると。
静かな寝顔が待っていて。
呆気にとられて……安堵、の次に、腹を立て。
丁度、顔の横にあった二の腕に噛みついた。
……血も吸わない、ただの甘噛みになってしまったけれど。
最終更新:2012年02月12日 20:49