04スレ583

583 座薬 ◆lQS9gmV2XM sage 03/12/26 00:48 ID:N54BGUbz

 …………
 …………
 何時間が過ぎたのかは分からないし、それはここでは大した問題ではないのだろう。
 顔を手で覆って離すと、ねちゃねちゃとした精液が顔から糸を引いていた。身体中がベトベトして
ぬるぬるしている。この白色であったり黄色であったりする生臭い粘液が、子宮に入ると場合によっ
ては受精してしまい、そして赤ちゃんができるのだ。もちろん綾瀬夕映はその事は知っていたが、だ
からといって夕映が置かれた状況がどうにかなるものではない。
「ああ、こんなに、いっぱあい、ついちゃってますです……せぃえきぃ―――いっぱあぁい」
 白濁に塗れた小さな胸を見ながら、夕映はぼそりと呟いた。胸だけではなく脚も、顔も、手も、髪
の毛の生え際にまで浴びせられた欲望をぽたぽたと垂らしながら、夕映は腐りかけた魚のような目で
周辺の空間を見渡し、薄っすらと微笑んでいた。
 思考の停止は、夕映にささやかな休息を与えてくれた。
 喉の奥で胃液と精液がぐちゃぐちゃ混ざり合っている事も、お尻の穴から血と精液が流れ落ちてい
る事も、全身から漂う牡の臭いも気にならなくなった。
 犯されつづけた肉体は疲労で動かなくなり、ただ猛烈な脱力感が夕映の精神を蝕んでいた。
 考えるから苦しいのである。考えなければ苦しくない。
 考えるから悲しいのである。考えなければ悲しくない。
 考えるから怖いのである。考えなければ怖くない。
 だから、考えるのを放棄すると楽になった。
 それは哲学を愛好した夕映が、最も軽蔑し唾棄するべきものだと考えていた、逃避による安定に他
ならなかった。問題の解決能力を有さず、状況に変化を及ぼさない。褒められるべき要素は一つもな
い、致命的に負けた者がとる最後の手段、いや、手段以下の愚行でもある。それを夕映は受け入れた。


「おーい、夕映よう、大丈夫か? お、漏れてる! 漏れてるよっ!」
 夕映を陵辱していた数百体のチャチャゼロたちが、無邪気な声で夕映に指摘してきた。
「あ……あ、あえ、あ・…………出ちゃいました………」
 他人事のように言った夕映の股間から、ちょろちょろちょろと黄金水が漏れ出した。
「あはは、出ちゃいましたぁ、あ、ほら、ぴゅーぴゅー飛んでますですね。ぴゅーぴゅー………」
 派手な噴水を見物する子供のように、黄金水が描く放物線の軌跡を見て、夕映は笑っていた。
 夕映は笑う時に足をバタバタ動かして、床に広がった黄金水がびちゃびちゃと飛び散っている。首
が折れそうなぐらい頭は前後左右に振れ、口からは精液混じりの真っ白い涎が飛んでいた。
「あ―――は―――は―――は―――べちゃべちゃぁぁぁぁ、あ゛あ゛あ゛―――」
 精液と尿塗れの下半身を見ながら、夕映はいきなり大声を上げた。
「チャチャゼロさぁん、紙ぃ、紙をくださいです。おしっこしたら拭かないといけませんから」
「…………はい、これ」
 チャチャゼロからトイレットペーパーを受け取ると、猛烈な勢いでペーパーを千切り始めた。その
ままぐしゃぐしゃ丸めて塊にすると、夕映は股間を広げてゴシゴシと恥部を拭き始めた。
「お漏らししたら、拭かなきゃ、いけませんですよ」
 紙の繊維が陰唇にこびり付き、逆に汚らしくなったが夕映の手は止まらなかった。
 夕映は腫れあがった股間を、没頭するように、必死になって拭いていた。


「拭いて綺麗にしておかなければなりません、ごしごし、ごしごし」
「そうだ夕映、そこは綺麗にしとかないとなっ」
 最早、崩壊寸前と言っていい夕映の行動に、チャチャゼロの大群がエールを送る。

「もちろんです。だって、ここから、外に出てくるのですから―――」

 夕映はにっこりとチャチャゼロたちを見渡す。そして自分のお腹を、精液が乾いた手でゆっくりと
撫ぜていく。まるでスイカが入っているように、夕映のお腹は膨らんでいた。
「えへへ、お腹、どんどん大きくなりますね、あは、あはははは、あ、あ、あはは―――」
 重いお腹を支えながら、夕映は歪な笑みを浮かべている。
「な、名前を、考えないと、いけ、ません、ね?」
 目から涙がぼろぼろ流れ落ちていた。尿がちょろちょろと、また漏れ出した。
 膨らんでない胸の突起から、どろどろと白い液体が垂れている。
 涎が落ちた。
 緩みきった肉体から汁が溢れ、床に溜まる。
 理性が溶け出して肉体から流れ出しているように、途切れることなく垂れ落ちていく。

「ふふ、ふふふ、わ、わ、わたしの、赤ちゃん………は、はは……」

 …………………………………………
 ………………
 ……

 綾瀬夕映にかけられた幻覚は、今や夕映の精神を食い潰していた。



 …………
 心音が高鳴るのを感じる。
 セキュリティシステムを制御した千雨は、その十本の指で、都市の秘密の機能を支配した。
「はあ、はあ、はあ…………さあて、始めようか―――」
 千雨は笑っていた。
 目に危険な輝きが増す。
 カタカタカタと、心地良いリズムで指が動く。
 興奮する。
 意識が画面に焼き付いている。
 これを成功させれば全てが終るのだ。
 自分を助けてくれた者たちは助かり、自分を襲った連中は動きを止める。
 吸血鬼だ? 魔法使いだ?
 知るかそんなもの。
「勝つのは、私たちだ―――私たちが、私たちが、私たちが、私たちが―――」
 コマンドを入力する。
 動かない? 動けよ。
 結界よ、復活しろ。
 私の命令を聞け。
 私と、そして、あいつらを守れ!
 動け! 動け! 動け!
 自分は、最強だ。
 剣士も、忍者も、吸血鬼も、その護衛も、魔法使いも、これに関しては私に敵わない。
 自分にしかできない事なのだ。
 最強のハッカーである、「ちう」にしかできない事だ。
 キーに、指を叩き付けていた。
 画面に文字が浮かんだ。
 それは―――



 結界予備シムテム、起動―――!



 結界が起動する。
 学園都市に魔法の力が広がり、一人の真祖がばら撒いた力の全てが封印されていく。


「こ、これ、は………何事ですか?」
 夕映が膨らんだお腹を押さえて立ちあがる。その前で数百のチャチャゼロたちがぐにゃぐにゃと歪
み始めた。まるで空気の屈折率が変化したように、空間が陽炎のように揺らめき、ピントがずれたよ
うにぼやけていく。
「い、ぎぃぃぃぃぁぁああああああ―――、そ、そんな馬鹿なあああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛………」
 チャチャゼロたちの苦しそうな悲鳴の合唱が、部屋に響き渡る。チャチャゼロが横のチャチャゼロ
と同化し、床とも壁とも同化し、空間そのものと同化し始めた。夕映の膨らんだお腹がその現象に取
り込まれ、そのまま夕映から離れていく。全身に塗れていた体液も消えていく。
「夕映ぇ……! た、すけ………ぇ………………………」
 チャチャゼロたちが緑色の光に変化していく。それだけではなく世界の全てが緑光に変化し、それ
は虫の繭のように夕映を包み込んでいた。夕映の悪夢は本当の姿を晒した。
「え―――いっ!」
 夕映が拳で緑光の繭を突き破る。
 緑光は粒子に変わって消えていき、輝きを失ったタロットが床に落ちた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………」
 幻覚を破った夕映は、ゆっくりと周囲を見渡した。
 そして、本物のチャチャゼロを見つけた。ボディの部分が完全に潰れ、頭と手と足が残っている。
 夕映や木乃香たちを襲撃した四人組の三人が、周囲に倒れている。もう一人の姿はない。
 女子寮の周囲の街が、なんだかとても騒がしい。
「ああ………」
 夕映はしばらくの間、その場に立ち尽くしていた。


 木乃香はエヴァの眷族である吸血鬼に噛まれ、真祖の魔力と自分の魔力を合わせて使用していた。
 とりわけエヴァンジェリンは幻術に長けており、幻覚魔法の威力はそれに甘えてもいた。
 それが、消える。


「な、なんで!? ど―――してよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 桜子が絶叫する周囲で、沼の世界が崩壊し始める。水面から緑色の光から溢れ出し、触手化した蓮
や睡蓮、楓を陵辱していたカエルたちを呑み込んでいった。空が緑色に変わって、そこにぴしぴしと
亀裂が入っていく。青空ならぬ緑空の向こうに映ったのは、紛れもない女子寮六階の天井である。
「や、やったで、ござるか……!」
 楓の意識が引き戻される。緑光に満ちたその世界から、楓だけが消えていく。
「ど、どうなってるの!?」
 沼が消え去って、残ったのは緑光のドームだった。まるで硝子玉のようにぴしぴしと罅が走り、そ
れはあまりに呆気なく砕け散ってしまった。
「………!?」
 桜子は深刻な顔でラクロス棒を握り締めると、バチリ、と青いスパークが起こる。
「幻覚以外は使えるね、良かった………でも、威力は大分落ちてるかな―――」
 倒れているまき絵や裕奈には目もくれず、桜子は棒を構えて倒れている楓に向かう。
 幻覚の中とはいえ、相当に痛めつけている。簡単には立ち直れないはずである。
「よく分からないけれど、さっさと片付けて、木乃香ちゃんの助っ人にいくか……」
 状況の急変を冷静に受け止めながら、桜子はラクロス棒を振り上げた。



「あいつ、まだ、動いてやがる…………」
 ドアの隙間から外を覗っていた千雨は、ゆっくりとドアを閉めて、そのままへたり込んだ。
 エヴァの魔力は消えても、木乃香の魔力は存在している。
 エンジンは二つとも壊さないと駄目―――結界の中で動く桜子が、その事実を証明していた。
「逃げなきゃ……逃げなきゃ………」
 楓が現れた天井裏に隠れようと、千雨は椅子を急いで運び始めた。桜子に見つかれば、どういう目
に遭わされるかは簡単に想像できる。楓がやられたら、桜子は次の獲物を探すかもしれない。
 やられたら……?
 楓がやられている間に、自分は逃げる。
 それは、前と同じだった。
 千雨が円たちに襲われそうになった時、刹那がそれを救ってくれた。
 そして千雨は、その刹那が嬲られているのを見殺しにしていた。
 そして、今。
 ドアの向こうの楓がやられそうになっているのを、千雨は見殺しにしようとしている。
 自分には戦う力は無いとか、足手まといだとか、1000も1001もそれほど変わらないとか、
 そんなものは言い訳に過ぎない事を、千雨は分かっている。
 友人を見捨てて、犠牲にして逃げ続ける。
 結局、自分はそういう人間だった。
 それだけのことだった。
 ……………実際、助けられるかどうかは、試してみないと分からない。
 ただ、怖い。
 千雨は泣いていた。
 別に魔法が使えなくてもいい。戦えなくてもいい。

 ただ、わずかな勇気が欲しかった。

 ……………椅子をセットする。なんとか天井には登れるだろう。
 足をかける。その時、

「ダメぇ―――――――っ!」

 ドアの向こうから聞こえた声に、千雨の足が止まった。


「なっ、は、離せっ!」
「ダメぇ! 絶対にダメ! ダメぇ―――っ!」
 ラクロス棒を振り上げた桜子に、背後からまき絵が飛びかかった。ラクロス棒を持った桜子の腕を
掴み、振り下ろされようとするラクラス棒を奪い取ろうとする。バチチ、と青い電撃を纏うラクロス
棒に照らされたまき絵と桜子が睨み合う。
「あんた……木乃香ちゃんの支配が解けてるね。こんな事して、ただで済むと思うなよ!」
「最初から……思ってないよそんなことぉっ!」
 まき絵が桜子を押し返し、楓から離れていく。涙目で桜子を睨むそのまき絵は、普段の様子からは
考えられない鬼のような形相だった。気圧された桜子が息を呑む。
(木乃香ちゃんの影響力が低下してる……何が、何が起こったのよ!?)
 桜子はまき絵を睨み返しながら、状況を変えた要因を必死に考える。しかし答えは出ない。
「私だって……自分がした事の意味ぐらい分かるよっ! みんなに……亜子にも、夕映ちゃんにも、
他にもいっぱい……いっぱい酷い事した! 許してもらえるなんて思ってないよっ! でも、でも、
みんなをこれ以上裏切りたくないっ! もう私はどうなってもいいけど、こんな私でも助けてくれた
楓ちゃんに、これ以上酷い事は、絶対にさせないっ!」
 夕映に使われるところを遠くから見ていたまき絵は、幻覚魔法の性質の悪さを知っていた。
「このぉ……楓ちゃんといっしょにブッ壊してやる!」
「くぅ………み、みんなぁ―――っ! 起きてぇ―――っ!」
 まき絵の声が目覚ましになったのか、倒れていた吸血鬼たち―――楓に敗れた親衛隊の面々が、寝
惚けたような目で起き上がってくる。どうも支配が薄れているらしく、桜子とまき絵のどちらに味方
すべきか決めかねているようである。
「お前ら……あくまで逆らう気ならこっちだって……ふぎゃっ!」
「まき絵、あんたは楓ちゃんを! 喧嘩なら私の方が得意だよっ!」
 後ろから桜子を蹴り飛ばした裕奈が桜子を押さえ付ける。他の吸血鬼も裕奈に続いた。


「裕奈!」
「早く!」
 まき絵が桜子から楓の方に走る。ぐったりした楓を肩に担ぐと、そのまま引き摺って逃げ始めた。
「う……ううん……」
 楓が意識を取り戻し始めて、まき絵が少しだけ安心した顔になる。しかし、

「鬱陶しいなぁ―――ザコのくせにっ!」

 魔女のローブが触手化し、群がった裕奈たちを弾き飛ばした。鋼鉄の手摺を切り裂いたような、以
前の威力は見られない。しかし渦巻くローブの繊維に護られた桜子に対抗できる戦力は、その場には
いなかった。
「くっ―――」
 裕奈たちを蹴散らした桜子が迫って来る。
「遊びは終りだよ……後で木乃香ちゃんに、回復魔法は頼んであげる」
 ラクロス棒にセットしたボールが、赤い魔法の光を帯びて輝き始めた。まき絵はそれに見覚えがあ
った。逃走していた裕奈とまき絵を襲った、爆撃のそれである。
 それは、この距離では回避はできそうにない。
「ふっふっふ、今度こそ―――」
 赤い危険な光に照らされた桜子の顔が、にやりと歪む。
「ザコがちっぽけな勇気を出して向かってきても、結果は変わらない。弱者は哀れだねぇ」
「……………」
 まき絵は楓をその場に寝かすと、両手を広げて前に出る。どうやら自分を盾にして楓を守るつもり
らしい。桜子は目が点になった。
「…………あんた、そこまでバカだったの」
 まき絵の身体はがたがた震えていたが、その場から一歩も動かない。
「私は、楓ちゃんを守るよ。…………………他に、償う方法が分からないし」
 まき絵は先程と異なり、穏やかな表情で桜子に言った。
 覚悟を決めた、そういう顔だった。
「ふふ、ふふふ……………………じゃあ、望み通りに盾になれっ!」
 桜子が構える。
 まき絵が目を瞑る。


その時、がちゃっ、と桜子とまき絵の間のドアが開いた。


「やれやれ……バカに関わった悪影響だな、こりゃ―――」


 桜子の身体はボールを発射する動作を取り始めていた。そこにクラスメイトの中でも協調性の欠片
もない長谷川千雨が突然現れる。しかも何故か千雨は、巨大なニンジンを持っていた。訳が分からな
い。そのニンジンをどうするのだろう? と桜子が思った時には既に千雨は無駄のない動作で、ニン
ジンを桜子に投げつけていた。
「な、にいぃぃぃ――――――――っ!」
 ボールが発射される。それは飛んできたニンジンに被弾し、桜子のすぐ近くで爆発した。桜子が咄
嗟にラクロス棒を構え、魔女のローブを触手化して前面に押し出し盾にする。そこに自分で発射した
魔法の衝撃とニンジンの破片が押し寄せてきた。
「う、ぎ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――っ!」
 ラクロス棒が粉々に吹き飛び、魔女のローブが千切れとぶ。半裸になった桜子が床をごろごろ転が
り、数十秒たってよろよろと立ちあがる。
 そして、見た。
「あ、ああ………か、え、で、ちゃん……起きちゃったん、だ……」
 爆風から千雨とまき絵を守った長瀬楓が、二人を床に伏せさせながら桜子の方を見ていた。いつも
の細目である。しかし桜子はその穏やかな視線に、普段はない猛烈な怒りを感じ取っていた。背中が
ぞくぞくと震え、逃げたほうがいい、と第六感も告げている。


「は、は、ははは―――、じゃ、勝負の決着はまた今度ということで―――うぎゃ!」
 回れ右をして走り始めた桜子は、いきなり床にべちゃ、とこけてしまった。足をよく見てみると、
そこにはリボンが巻き付いていた。そしてそれは楓の横にいるまき絵が握っていて、そのままずるず
ると引き寄せられていく。もはや釣られた魚の状態である。
「ひ、ひいぃ―――は、外れろ、こいつ! あ、あ―――っ!」
 リボンを外そうとするが以外に固く、とれない。その間にも楓との距離が縮んでいく。
「こ、こうなったら―――」
 よく考えたら普通に楓に勝てるかもしれない。そもそも楓はずっと幻覚で痛めつけられていて、決
して本調子ではないはずである。桜子はそう判断した。
「勝負だ! 楓ちゃ――――――――」

 ズドンッ!

「あ………が、ぁ…………………!?」
 瞬時に間合を詰めて、楓の苦無が叩き込まれる。強烈な一撃を食らった桜子は、セリフも最後まで
言えずに二、三歩後退し、そのまま床に倒れて動かなくなった。
 千雨やまき絵、裕奈がゆっくりと楓に近づいてきて、四方から桜子を見下ろした。
 のどか、美砂、円、ハルナの四人の使用していた魔法を操り、その強大な力で大暴れした近衛木乃
香の最強の護衛は、口から短い牙を覗かせ、ぐったりと横たわってただ、息だけをしていた。
「…………………」
 ―――完全に撃沈していた。


「なかなか手強かったでござるな。やれやれ」


 楓がいつもの、ゆったりした口調で―――勝利を告げた。


 まき絵と裕奈が、気まずそうに楓と千雨を見ていた。


「おぬし等は、拙者のクラスメートで、友達でござるか?」


 楓の質問に、二人は答えられない。
 操られていたとはいえ、自分たちがした事を考えれば、もはや友達とは言えないかもしれない。


「狂暴なだけの吸血鬼ではなく、いつも明るく元気なまき絵と、いつも騒がしくて楽しい裕奈でござるか?」


 二人はお互いを見て、千雨と楓を見て、ゆっくり肯いた。
 拒否されるのは、覚悟していた。


「おかえり」


 二人の肩を叩いて、楓はその場でよろめいた。千雨が何も言わず、それを支える。
「うう……あの幻覚、かなり効いたでござるな。まあ、拙者ももう動けそうにないし―――」
 千雨に肩を担がれながら、楓はにっこり笑った。
「いっしょに世間話でもして、ゆっくり待つでござるよ―――刹那と木乃香の、結果を」
「ほら、お前らも………コーヒーぐらい出してやるよ」
 千雨が少しだけ微笑んで、そのまま部屋に入っていく。


「あ……………ああ……………た…………た、たっ、ただいまぁ―――――――――――っ!」


 まき絵と裕奈は涙ぐみながら、吸血鬼の支配から解放され、仲間の元に戻ってきた………

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最終更新:2012年02月12日 21:22
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