05スレ048

48 :座薬 ◆lQS9gmV2XM :04/01/04 23:07 ID:10coGjYf

 …………
 …………
 女子寮周辺の建物から何かが壊れるような音、怒声、そして悲鳴が聞こえてくる。この悪趣味な効
果音はおそらく、女子寮から溢れ出した吸血鬼たちが都市に侵攻しながら奏でているのであろう。
 どうしたことか、学園都市からエヴァの気配を感じなくなっていた。それでも吸血鬼化した夕映が
動けるのは、どうやら木乃香の魔力のおかげらしい。幻覚魔法は破れはしたが、そのタロットには微
量ながら魔力が残存していて、支配されていない夕映をも動かしてくれる。
 エヴァが消えた今、木乃香の魔力が吸血鬼の生命線なのである。

「狙うは、木乃香さん一人ですね。元は私が蒔いた種である以上、刈り取らなければなりません」

 チャチャゼロの残骸と対面して決意は固まっていた。泣き腫らした目で周囲を警戒しながら、夕映
は敵の居城たる女子寮の玄関を目指して走っている。その姿は親友たちも思わず震えあがるような、
殺し屋の如き気迫に満ち満ちていた。
 そして女子寮に玄関から侵入し、どこから木乃香を探すか思案したその時、

 ドォォォ――――――――ン!

「!?」
 上の階から巨大な物体が吹き抜けを落下してきて、夕映の正面の床に激突した。音に遅れて煙が朦
朦と立ち込める。かなり巨大で数メートルはあるその物体は隕石などではないようで、もぞもぞと動
き始めた。そして警戒する夕映の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。

「み゙ょ゙………み゙ょ゙お゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙お゙お゙お゙お―――っ!」

 潰れた大福のようなフォルムの顔は木乃香のそれである。へちゃむくれた平和な顔に似合わない巨
大なトンカチを装備し、白い魔法使いのローブのようなものを纏っていた。

 それは関西呪術協会の武闘派を撃退した、例の木乃香の式神だった。サイズは少し小さくなってい
たが、それでも三メートルはあり、夕映の倍である。
 着地の衝撃から両手で頭部を庇ったらしく、顔は無傷だった。しかしローブに隠れた下半身部分は
明かに潰れていて、不自然にぼこぼこ盛り上がっている。トンカチは床にめり込んでいた。
 しかし夕映の目の前で、潰れたと思しき下半身はみるみる再生して、式神は普通に立ち上がる。
そしてトンカチを手に取った。それを見て、夕映は悟る。
「チャチャゼロさんを壊したのは―――お前か」
「み゙ょ゙………?」
 式神がへちゃむくれな顔を夕映に向けて、太い首を傾げる。そしてすぐにトンカチを構えた。
「私を敵と判断しましたか――――――正解です」
 夕映は静かに、懐から本を二冊取り出し、両手に構えた。本は右手には英和辞典、左手
には漢和辞典である。叩き付けられるトンカチから走って逃げる。夕映は吸血鬼の運動能力を最大限
に発揮し、フェイントをかけながらトンカチを必死に避けていった。
「真正面から殴り合ったら、身体が幾つあっても足らないです、か―――」
「み゙ょ゙お゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙お゙お――――っ!」
 式神がトンカチを天高く振り上げ夕映を狙う。
「やれやれ、あの時のゴーレムを思い出しますね。くっ!」
 夕映が飛び退いた場所にトンカチが叩き付けられ、クレーター状に凹んだ。
「はあ、はあ……ふふ、助けてくれる長瀬さんはいませんか。よろしい、私がお相手しましょう」
 夕映は全力で階段に向けて走り、式神もその後を追った。夕映はそのまま階段を駆け上がり、式神
もそれに続いた。夕映はぴたりと階段の踊り場で立ち止まる。式神にとって、立ち止まった夕映は格
好の獲物であり、そのままトンカチで狙おうと思いきり振り上げた。
 しかしデカい式神の足に階段の足場は不安定で、そこでトンカチを振り上げたのは無理があった。
重心が後ろに移動し、式神はバランスを崩してよろめく。
「ふふっ、間抜け!」
 すかさず夕映が式神の顔に、英和辞典を投げ付けた。
「み゙ょ゙!? お゙、ぉ、お―――っ!」
 それが最後の一押しになり、トンカチの重量に引っ張られた式神は階段をごろごろ転がり落ちた。

「頭を庇っていたという事は、そこが弱点ですね」
 軽やかなステップで、夕映が跳ぶ。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っ!」

 ズゴッ!

 起きあがろうとする式神に、夕映の体重が加わった漢和辞典が垂直に叩き込まれる。それはそのま
まへちゃむくれた顔に沈み込んでいく。風船を殴るのような感触の後、漢和辞典は一気に式神の顔を
突き破った。
「………はあ、はあ、やった………さすがに、喉が、乾きましたです」
 煙になって消えていく式神から、ひらひらと呪符が舞い落ちた。夕映はそれを踏み潰しながら、懐
から『液体χ』と書かれたパックを取り出し、ストローを刺してちゅうちゅうと水分補給する。
 式神がもう少し賢かったら危なかっただろう。
「アホばっかです………」
 空のパックと破れた呪符をゴミ箱に叩き込み、夕映は階段を登ろうとする。しかし急に全身の力が
抜けていき、身体が鉄のように重くなった。猛烈な睡魔が襲ってきて、夕映は堪らずその場にうずく
まった。
「これは、まさか………木乃香さんの、魔力が消え、た…………?」
 エヴァの魔力と木乃香の魔力を両方失えば、夕映はもう動けない。この不可解な現象はもしかした
ら、別の誰かが木乃香を討ち、その魔力を断ったのが原因かもしれない。少なくとも可能性は、無い
とは言い切れない。
「あ、ああ……わ、たしの、手で、チャチャゼ、ロさんの、かた、き、うちたかった……です」
 まるで砂時計の砂が流れ落ちていくように、この女子寮で起きた出来事の記憶が消失していくのを
夕映は感じていた。そういえば桜通りで襲われたまき絵もそうだった。魔力が断たれた状態では、吸
血鬼化した前後の記憶は残らないのだ。
「あ……ぁ……」
 最後の力で振り上げていた漢和辞典が、そのまま床にドサリと落ちた。手がゆっくりと力を失って
垂れ下がっていき、夕映の身体はそれに合わせるように階段の前に倒れて動かなくなった。
 夕映が吸血鬼として目覚めることは、二度となかった。


 ああ………。


 このちゃんに否定された。
 やってきたこと、ほとんど全部を。
 厳しい剣の修行も、
 西を裏切って麻帆良にまでやって来たのも、
 全てはこのちゃんを守るためだったのに………。
 このちゃんとは喋らなかったのも、護衛に専念するとしてのケジメだったのに………。
 しかしそれが、このちゃんを苦しめていたという。
 悲しませていたという。
 追い詰めていたという。
 最低だ。
 護衛失格?
 影からそっと、このちゃんの幸せを守るのが自分の幸せだったのに。
 どうしてこんなことに………。



 このちゃんが悲しんでいることぐらい、分かっていた。
 自分が冷たい態度をとれば、このちゃんは悲しむと分かっていた。
 昔みたいに、仲良く遊んでおしゃべりしながら、護衛を続ければ良かったのだ………。
 どうしてできなかった?
 それは、
 その、
 我慢ができなくなるから。
 必死に気付かないふりをしていた気持ちが、きっと爆発するから………。

 このちゃん、
 私は、
 貴女のことが―――

 …………
 …………
 四方を障子とふすまで囲われている。障子やふすまの向こうには何があるのか分からないが、実は
何も無いのかも知れない。閉じられた小箱のような印象を受ける、純和風の部屋だった。底には畳が
規則正しく並べられていて、天井は立派な木目のラインで封をされている。
 部屋の中央には、純白の柔らかい布団が敷かれていた。息を吸うと、木と畳の香りがブレンドされ
た空気が染み込んでくる。ふすまに印刷されていた記号は、京都の名家である近衛家の家紋だった。
「うえぇぇぇぇぇん………」
 その布団に足を沈めながら、生まれたままの裸体で泣き続けている少女がいた。零れ落ちた涙の粒
はゆっくりと丸い頬をなぞる。そして小さな唇の横を伝いながら落下し、無数の小さな粒となって消
えていく。髪は武士のように結われていた。まだ膨らみかけてもいない胸には、淡い色の突起がぽつ
んと存在するだけで、まだ少年と区別はつかない。肌は若さに溢れ、腕は細くて剣を扱っているとは
思えない。恥部は毛の一本も生えていなくて、滑らかな割れ目がそのまま見えている。


 それは木乃香と初めて出会った頃の、幼き桜咲刹那だった。


 部屋には他に誰もいなくて、刹那はそこで迷子のように縮こまり、ただ嗚咽していた。
「えぐ、ひっく、ひっく、ううぅ………」
 これほど純粋に泣いたのは、果たして何年ぶりのことだろうか。
 少し前に、別の吸血鬼に嬲られて、不覚にも涙を流してしまった気がする。しかも、その吸血鬼と
はクラスメイトの円たちであったように思う。しかし、まるで冬の早朝のように頭には濃霧が立ちこ
め、記憶は曖昧になっていた。それに、今、泣いているのは肉体的な苦痛からくる性質のものではな
く、もっと、心が押し潰されるような苦しみからきている。

「うぅぅぅぅぅぅ………ひっく………このちゃん………このちゃん………」
 凛とした顔をくしゃくしゃにしながら、真っ赤な目から大粒の涙をぽろぽろと産み落としている姿
に、神鳴流の剣士としての威厳や迫力は微塵も感じられなかった。掛値無しの戦闘集団に属している
とは思えないほどにその姿は儚く、弱々しく、(適切な表現かどうかは保留して)女々しい。
 牙と爪を奪われた獣は、一部はこうなるのかも知れない。今まで纏っていた武装を剥ぎ取られてし
まったようである。それは決して武具の類だけではなく、精神面の強さを支えていた要素も含まれて
いるのだろう。今の刹那は何もできない弱者そのものだった。
 虚勢も張れないほどに丸裸にされた刹那に、最後に残されたのは本心だった。
「このちゃん……どこにおるのぉ………?」 
 無音を打ち消そうと、刹那は声を出した。
 震える声は、無音の和室に儚く吸い込まれて消えていく。
「このちゃん……」
 孤独を吹き飛ばしたかった。
 刹那は敷かれた布団をめくる。枕は刹那と木乃香で、二つあった。
「ほらぁ………このちゃん……い、いっしょに………」
 二つの枕を抱きしめながら、刹那は声を絞り出した。
「昔みたいに……ご飯食べたり、お風呂入ったり………いっしょのお布団で、寝たり……」
 返事はない。想う人はいない。
 刹那は一人ぼっちだった。
「あ、う―――」
 孤独に呑まれた刹那の心が、さらに一線を超えていく。
 幼い肉体を枕に寄せ、抱き締める手に力を込める。
「どうして、おらへんのぉ………」
 涙の染みが枕に広がる。
 刹那が身体が震える。


「ウチは、このちゃんを、これほど愛しているのに―――――」


 誰に聞かせるでもなく、唇から自然に本音が漏れた。

 何重にも施錠した心の奥の宝箱から、一番大切な気持ちが解放される。
 それと同時に自分が崩れる。
 同性の、しかも高位の人物に想いを募らせている自分が怖くなる。
 怖くて、寒い。
 許されるわけがないのに。
 止まらない。
 自慰の対象にすらしたことがなかったのに。
 それはこのちゃんを汚す行為だと、
 理性で押し止めていたのに。
 もう、駄目だ………



「ありがとう、せっちゃん―――――」

 橙色の着物を纏うこのちゃんは、いつの間にか私の前に立っていて、そのまま着物の帯を解き始め
た。突然のことに私は驚いて目を覆ってしまう。この闇の向こうで、まるで花の蕾が開いていくよう
に、橙の衣からこのちゃんの肉体が現れているのだろう。
(ああ、今、目の前で、このちゃんが……………)
 着物を脱いでいく音を聞きながら、心臓が破裂しそうなペースで脈打つのが分かった。ばさり、ば
さりと着物が床に落ちる音が耳を刺激する。生まれたままの姿に戻っていくこのちゃんの香りが、鼻
孔をやんわりとくすぐってきた。私の中でむらむらと、下劣な感情が涌きあがってくる。
「はあ、はあ、はあ………」
 呼気を必死で整えながら、指の間からこのちゃんを見てしまう。こんな気持ちは初めてだった。好
きな人が直視できない不甲斐なさが憎たらしい。今まで脱衣場や風呂場で何回も見てきたこのちゃん
の裸が、これほどのプレッシャーをかけてくるとは思わなかった。神鳴流の先輩に聞いた巨大カメ妖
怪でもこれほどのプレッシャーを与えてくるだろうか? 
 理性が沸騰して蒸発し、フラスコならとっくの昔に割れている。自分が爆弾なら三秒後ぐらいに爆
発しそうだった。胸が、心が、熱くなっていく………。

 このちゃんが微笑んでいる。細い腕や肩はとても華奢で、触れば砕けてしまいそうな不安さえ覚え
る。胸がちらりと見えた。なだらかな白い乳房はこれから美しく成長していくのだろう。ピンク色の
乳首が可愛らしい。さらさらとした長い髪が微かに揺れている。恥部は少し毛が生えていて、毛が生
えていない自分の恥部と見比べてしまう。なんだかとっても恥ずかしい。
 このちゃんがその肉体を露にこちらに近づいてくる。毛の生え際まではっきり見える距離になると、
私の中はもうパニックだった。このちゃんの香りが濃くなる。どんな花の香りよりも私を誘う、魔性
の香り。私は蜜を吸う虫のように、このちゃんに吸い寄せられていった。
 そんな私の心中を見透かすように、このちゃんはしゃがみ込んで視線を私に合わせてくれた。
 自慰にすら使うことを許されなかったこのちゃんの、唇を、私が奪うことができるのだ。
 ずっと、ずっと、心の底に封印していた欲望を、このちゃんにぶつけることができるのだ。
「ん、う―――」
 私はこのちゃんを、そのまま押し倒してしまった。失礼かとも思ったが、もう私は護衛でもなんで
もないし、それに我慢できなかった。髪を乱して布団に倒れるこのちゃんの小さな唇に、自分の唇を
重ね合わせた。
「んっ、ううん、うっ、ん―――」
 初めて知ったこのちゃんの唇の温もりを感じながら、私は舌をこのちゃんの口に滑り込ませた。自
分の唾液をこのちゃんの口内に流し込み、舌で中を掻き回す。くちゅ、ちゅぶ、ぴちゃ、と唾液が融
け合い、私たちが結合している音が聞こえる。
「ううん………」
 このちゃんは目を瞑り、顔を赤くして私のキスに応えてくれた。このちゃんの舌が私に絡みついて
くる。踊るように舌を動かし、このちゃんの味を存分に愉しんだ。
 ずっと心の奥底で憧れていた果実は、逃れることのできない麻薬のような味だった。

「ぷはっ………」
 口を離すと、このちゃんの唇と舌先から唾液が糸を引いていた。私はこのちゃんの体温を全身で感
じながらゆっくりと首筋に舌を這わせていき、胸を手で揉み始める。
「う、ううん、せっちゃん、そんな……あんっ!」
 このちゃんのおっぱいは触るととても柔らかい。私は乳首の一つを口に含んで舌で転がしながら、
時々漏れるこのちゃんの甘い声に心をときめかせた。
「うふふ、せっちゃんも」
 このちゃんの手が、私を弄ぶように恥部を撫ぜてきた。
「ひゃああっ」
 私はびくびくと、このちゃんの愛撫に悶えてしまった。
 このちゃんの手が、私の、あそこを、触っているなんて………。
「はあ、はあぁ、あ、ああ………」
 このちゃんの指が、私の弱点をピンポイントで責めてくる。優しく触って温めてくれたと思うや、
いつも自慰でよく弄くる場所を、指先でくりくりと………。
「ひ、あぁぁ―――あ、あ………そ、それは、ぁ………」
 このちゃんの指が私の中に入って来た。くちゅくちゅくちゅ、と掻き回す音が聞こえてくる。
「ふあぁ、あ、ああっ、あぁ、こ、このちゃ……ん、気持ちいい、とって、も、あ、ああっ」
 このちゃんの指が私の快楽の弦を弾くたびに、その響きの心地良さに震えあがる。
「ああっ、あっ、ああぁぁ………このちゃん、ウチは、もう、あっ、あ、あ、ああ―――っ!」
 私は途中で軽くイってしまいびくんびくん震えたが、このちゃんは責めを止めてくれない。
 また指が一本増える。
 ああ………このちゃんは私を玩具にして遊んでいるのだきっと。
 私という快楽人形で、人形遊びをしているのだろう。
 このちゃんは愛液に塗れた指を私から抜いて、遊んでいるように絡めて見せた。私のもう一つの口
から出た涎が、このちゃんの指を濡らしている。嬉しいけれど恥ずかしくて、私は目を少し逸らして
しまったが、このちゃんは罰とばかりにキスをしてくれた。

 このちゃんの吐息と唾液が流れこんでくる。とっても美味しい。私はピンクの靄がかかった意識を
振り絞って、このちゃんの唇を貪った。きっと自分は口からも股間からも涎を垂れ流した、はしたな
い格好をしているのだろう。
 でも、このちゃんとエッチなことができるならもうどうでもいい。
 とろりと二人の唾液が流れ落ちる。このちゃんが私の脚を開いて、顔を股間に近づけてきた。柔ら
かそうな舌が顔を出して、私の恥部をぴちゃぴちゃと舐め始める。私はあまりの快楽に目眩がした。
 このちゃんが………その舌で………私の、性器を………あ、ああ……
「―――っ!」
 またしてもイってしまうが、このちゃんは満足しない。
 私は抵抗をしないで、自分の身体を玩具としてこのちゃんに献上した。
 このちゃんの指が、舌が、微笑みが、私をどこかに誘っていく。
 このちゃんの玩具箱だろうか………。
 でも、それでもいい。だってこのちゃんが私を必要としてくれて、そして気持ち良くしてくれるな
んて、なんて幸せなのだろう。これ以上の幸せがあるはずがない。
「ふぅ、ふぅ、ふぅぅ………」
 お布団の上で心地良い脱力感を味わっていると、このちゃんが横に寝て私に手を伸ばしてきた。
 ああ、また始まるのだ。
 この夢のような時間が、いつまでも、いつまでも続けば良いのに―――


「なっ………ま、魔力が……!」


 このちゃんの悲鳴に近い声に、私は驚いて飛び起きた。
 そして見た。
 このちゃんと愛を確かめ合っていたこの部屋が消えていく。
 まるで砂でできているように、きらきらした緑色の粒子になって崩れていく。
 そんな………。
 私は、ここで、このちゃんと、ずっと、ずっと、ずっと……………………。
 …………………
 …………

 幻覚魔法が崩れた後に現れたのは、殺風景な女子寮の四階だった。天井は崩壊して廊下は瓦礫だら
けになっている。全裸の刹那は木乃香と、そのへちゃむくれの式神の前に佇んでいた。
「あ………ああ………」
 いきなり氷水を浴びせられたように、刹那は固まって動けなかった。その目は驚愕に見開かれてい
た。何かを見て驚いているのではなく、今まで居た部屋が見えなくなってしまった事に戸惑いを隠せ
ない。
 目の前にいた木乃香は顔にはっきりと焦りを浮かべた単なる吸血鬼だった。幻覚の中にいた神聖な
木乃香ではなく、女子寮を巻き込んだ騒ぎの元凶の一人だった。楓の話を信じるならのどか、円、美
砂の三名を吸血鬼化したのも木乃香だという。
「所詮は、夢か、夢だったのか。は、ははは………」
 刹那は大粒の涙を零しながら、転がっていた愛刀を拾う。
「せっちゃんを捕まえて!」
 木乃香が式神を差し向ける。そのへちゃむくれた顔に似合わない物騒なトンカチで、刹那を動けな
くしようと襲いかかった。
「み゙ょ゙!? お゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙…………」
 刹那が横に跳んで避けると、式神はそのままブレーキが効かずに柵を突き破り、そのまま吹き抜け
を落下していった。少し遅れて、下に激突した音が響いてくる。
「あ、ああ。せっちゃん、少し、落ち付いて………」
「このかお嬢様、私の態度によって傷ついたというのであれば、償いは必ずいたします」
「う……せ、せっちゃん、また、そんな怖い刀なんか、持って………」
 剣先を木乃香に向けながら、刹那は一歩一歩距離を詰めていく。
「でも、他の人を傷つけるのはお止めください。貴女の護衛は、暴れ過ぎました」
「せ、せっちゃ……」
「お嬢様!」

 刹那の諌めるような大声に、木乃香は親に叱られた子供のようにびくん、と震えた。
「貴女の目的は何ですか? 貴女に冷たく当たった私への、復讐ですか?」
 木乃香は答えなかったが、刹那はそのまま続けた。
「私の心を弄ぶのは、愉快でしたか?」
「………違う、そんなくだらない事じゃないよ―――」
 木乃香は降参するように両手を上げて、刹那ににっこりと微笑んだ。ただしその笑みには、エヴァ
の影響が消えて弱体化した魔力では刹那に勝てないと判断したのか、少しばかりの諦観が漂っている
ように見えた。
「何が、違うのです?」
「うーんとなぁ、まず、ウチはせっちゃんが好きやよ。そうやなぁ、せっちゃんがウチを好いてくれ
る以上に、ウチはせっちゃんが好きかもしれへん。愛してる。今までお見合いしたどんな人よりもウ
チはせっちゃんが素敵やと思う。信じてくれへんかもしれんけど、本当に、結婚したいぐらい好き」
「え……」
 突然の告白に動揺する刹那だったが、木乃香はどこか冷めた笑みでそれを見ていた。
「ウチもこの気持ちに気付いたのは、クーちゃんに噛まれた後かなあ。上手く言えへんけれど、我慢
していた何か弾けたみたいに、素直になれたウチが生まれたんよ。うん。普段の木乃香とは別人やっ
たけれど、それはまあ大した問題やなかったえ。望みは同じやしな。それでウチは「やったろ」って
思って、まあ少しだけ迷ったけれど、目覚めた記念すべきこの夜に―――――」
 木乃香は刹那を見てにっこり微笑むと、吹き抜けから吸血鬼にメチャクチャにされた寮を見渡し、
刹那の目を見て照れくさそうにしながら、それが当然の事であるかのように言った。

「これを、始めたんよ」



「…………」
「とりあえず一人は寂しいから、まず図書館探検部の誰かは仲間に引き入れたかったんよ。のどかと
パルを同時に見つけれたのは嬉しかったえ。円ちゃんと美砂ちゃんまで従者にできたのは、まあ偶然
やってんけれど、おかげで桜子ちゃんもこっちに引き込めたし、結果オーライやなあ。桜子ちゃんか
ら寮の状況は大体掴めたよ。それで、いけると思ってんけれど、ね」
「…………」
「ウチは作ろうと思ったんよ。ウチと、せっちゃんの夢の世界。わあ、なんて素敵な響きやろ。そこ
でウチはせっちゃんと、出会った頃からやり直してずっと幸せに暮らせるんよ。せっちゃんも護衛と
してではなく、ウチの恋人として誰にも邪魔されずに、甘い生活を送るの。護衛は他の友達になって
もらうことに決めた。桜子ちゃんもかなり強いけれど、せっちゃんが安心できるのは、やっぱ楓ちゃ
んやろうね。あ、桜子ちゃんどうなったかな………気絶してるみたい、負けたんやね。まあええわ。
とりあえずみんなに見守られて、それでウチらは安心して幸せに生きていける予定やった。あ~、も
う、本当に夢みたいやろ? あ、そや。明日菜は後で夢の世界に入れてあげるつもりやったけど」
「…………お嬢様」
「ん。何やろ?」
 刹那は気持ちを整理するように深呼吸を繰り返してから、恐る恐る口を開いた。
「その、二人の関係は、お嬢様が望んだ夢の世界は、これからやり直せば良いじゃないですか。私も
その、自分の気持ちに気付きました。わ、私はお嬢様の護衛を続けますが、同時にこのちゃんと親密
な、お、おお、お付き合いを………」
 「お嬢様」と「このちゃん」は区別されていた。
 告白と判断できるセリフを言った刹那は顔を真っ赤にして、剣先を突き付けている木乃香の返事を
待った。第三者が見れば、刹那は相手に凶器を突きつけて求愛をする、危ない変質者である。

「はあ?」

 しかし意味が分からないといった感じで、木乃香は首を傾げた。

「え……。で、ですから……」
 同じ言葉を鸚鵡のように繰り返そうとした刹那を、木乃香は手でそっと制した。そして呆れたよう
に苦笑しながら、刹那を諭すようにゆっくりと話し始めた。
「そんなん、無理に決まってるやん」
「……え?」
 石化したように固まる刹那に、木乃香は聖女のように優しい口調と笑みで、かなり冷静に告げた。
「女の子同士でそんなん、おじいちゃんが許してくれるわけないやん。お父さんやお母さん、親族の
皆さんにも何て言われるか想像できるやん。それぐらい、ウチの家と付き合いの長いせっちゃんなら
分かってると思ったのに………。せっちゃんって実は、愛があれば何でもできるって思い込んでたり
するタイプなん? いや、可愛いけど」
「………!?」
 木乃香の言葉は、刹那には世界が壊れるぐらいの衝撃となって響いてきた。
「せっちゃん、夢はもう破れたんよ。ウチとせっちゃんの夢の世界は失われてしまった」
 虚ろな目で木乃香を見る刹那に、木乃香は両手を広げて生贄のように身を差し出した。
「さあ、せっちゃん、ウチを浄化して。せっちゃんに消されるならウチも本望やえ。でもこれだけは
忘れやんといてな………ウチが元の木乃香に戻っても、その木乃香も、気付いてないけれどせっちゃ
んを愛してるんやえ。せっちゃんみたいに、夢は見てなあ゛っ…………」
 刀を木乃香に振り下ろした
 刹那の中で何かが切れた。
「お嬢様………だ、大丈夫です………き、きっと、し、幸せに……します、か、ら………」
 刹那は意識を失った木乃香を抱き締めてぶつぶつとを呟いて、数十秒間キスをした。
「ま、参りましょう………だ、誰にも、邪魔されない、ば、場所に……」
 木乃香を抱いて愛刀を持ち、刹那は女子寮の出口へ向かう。
 そして、そのまま麻帆良の夜に消えていった。


 ―――誘拐した。



 まき絵と裕奈は、まるで生まれたばかりの赤ちゃんのような穏やかな顔で眠っていた。二人の口を
開けてみると、あの禍禍しい牙は無くなっている。
 女子寮の周辺に溢れていた吸血鬼の気配がない。夜の暗闇をよく見ると、彼女らは女子寮の周囲に
倒れていた。まるで電池が切れてしまった人形のように、一人の例外もなくその動きを止めている。
「よっしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――っ!」
「あいあい。ちょっと、落ち付くでござるよ………」
「助かった、助かったんだな! 私たちは、助かったんだよな?」
「そのようでござる……刹那を迎えに行かないといけないでござるな」
 千雨の歓声が重い空気を吹き飛ばす。吸血鬼が活動を停止した今、千雨たちに対しての脅威はなく
なったと言っていい。そう、活動を停止したなら。
「………あれ? わたし……どうして?」
 部屋の空気が凍りついた。
 まき絵が目を覚ました。ただしその口からは牙が見えている。先程、吸血鬼から人間に戻ったは
ずのまき絵は今、力の供給源は全て断たれたはずなのに再び吸血鬼化していた。
 楓は少し考えて、考えに入れてなかった嫌な可能性に気付いた。


 木乃香は血を吸って「契約」を結び、護衛を動かしていた。吸血鬼にとって吸血行為が力を移動
する行為でもあるとすれば、もしかしたら「与える」だけでなく「奪う」ことも然りではないか?


「木乃香を吸血鬼にしたのは誰でござるか? 木乃香の血を吸って、雀の涙ほどでも魔力とやらを
手に入れた可能性のあるそいつに、お主は噛まれたのではないでござるか? よく思い出して」
 まき絵は少し考えて、自分の乳房を押さえながら蒼白になって肯いた。
 その時、遠くで壁をぶち破るような音が聞こえ、とんでもない大きさの声が響いてきた。


「かえでえぇぇぇぇ―――っ! どこいったアルかあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――っ!」


「最悪でござるな………」
 無表情のまま硬直してしまった千雨の横で、楓は深刻な顔で呟いた。

 …………
 ……………………
「は、はは、そうかそうか、もう着くのか、早いな……………ここの場所は分かるな?」
 女子寮の近くの茂みに隠れて、ボロボロになった黒服の男が携帯で話している。
 木乃香を拉致しようとして返り討ちにあった、関西呪術協会のメンバーである。唯一、あの戦場か
ら(重傷を負ったが)脱出できた彼は、携帯で近辺にいる関西呪術協会のメンバーやその支持者に連
絡を取っていた。
「言ったように、人数はかき集めたんだろうな? そうか、よし…………何? 上から来るのか」
 黒服に安堵の表情が浮かぶ。どうやら仲間に空の移動手段を確保していた者がいて、もうすぐ到着
するらしい。
「ん? ああ、かまわんよ。ここは吸血鬼だらけだ……思いっきり暴れてやれ」
 男は引き攣った笑みを浮かべる。
「木乃香お嬢様以外は殲滅だ―――木乃香お嬢様も、顔が無事なら誤魔化しはきくだろう……」
 男はダメージのせいで、耳がほとんど機能していなかった。大声の携帯の声が辛うじて聞き取れる
ぐらいである。
 茂みの中で丸まっているので、周囲の状況も分からない。とりあえず男がこの場所に隠れた時は、
顔を出すのも危険なほど周囲は吸血鬼だらけだった。耳が働かなくては敵の接近も感知できない。発
見されればお終いである。男は周囲を確認できずに丸まるしかなかった。
 その吸血鬼たちはもう動いていないが、彼は気が付いていなかった。
 携帯の大声に吸血鬼が気付かないことを、不思議に思えなかった。


 そして電話中に、木乃香を背負った刹那が前を走っていったのに、それに気付くこともできなかった………。




 それぞれがすれ違いながらも、
 女子寮の混乱は最終局面を迎えつつあった―――

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最終更新:2012年02月12日 21:34
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