84 :第二十話 ◆lQS9gmV2XM :04/01/11 03:03 ID:x3av6/N0
その三つの影は、風の魔法に助けられながら、麻帆良の領空に猛スピードで接近していた―――
「ちぃ、あのアホども先走りよってからに、面倒なことになったわ、ほんま」
眼鏡をかけた長髪の女性は、忌々しげに仲間に吐き捨てていた。
独断行動で麻帆良に潜入した仲間からの救援要請で、関西呪術協会のメンバーは急遽集結し、麻帆
良学園都市に向かっていた。
元々は修学旅行の時に近衛木乃香を誘拐しようと、交通機関や宿泊施設に構成員を送り込む裏工作
を行っていた一派であり、そのほぼ全員がこの作戦に参加していた。
その目的は、関西呪術協会が事態に関わった証拠の、完全なる隠滅―――
・潜入した四人の仲間を、関東より先に回収または処理。
・彼等を「目撃した可能性」のある人物を全て、完全に始末すること。
この二つをクリアできれば、あとは真祖の仕業にする事も可能だった。
「こうなった以上は木乃香お嬢様も切り捨てる。確保できれば越した事はないが、抵抗するなら別に
かまへん。ウチ等の事を関東に漏らす前に、殺害する―――」
眼鏡の女性の横から、派手なフリルを身に纏った剣士が声を上げた。
「それって問題発言ですよ~。近衛の姫を暗殺やなんて、関西への反逆になるんとちゃいます? そ
れに、関東の施設に対してこんな大戦力を動かすやなんて、とても痕跡は隠せまへんよ」
「ふふふ、姫も死ねばそれまでどす。代わり探しが始まるだけ。痕跡に関しては最初から諦めとりま
す。不特定多数の女子寮の住民に仲間が目撃された以上、最低限の証拠の隠滅だけで精一杯どす」
眼鏡の女は歪んだ笑みを浮かべて、仲間たちに指令を出した。
「みんなええか? 三十分で女子寮住民を殲滅し関東を離脱する。さあ、張り切っていくで―――」
濃厚な殺気が狭い機内に充満し、一部からは暗い歓声も上がった。
「まあ木乃香お嬢様が関東で変死すれば、「無理矢理にでも木乃香お嬢様を関東から連れ戻すべき」
と主張していたウチらの主張は、正しかった事になる。上手くいけばあの鬱陶しい平和ボケの穏健派
どもを黙らせることもできるか。最後までまあまあ役に立つカードやな。近衛の姫―――」
…………………………………………
古菲が木乃香の血を吸ったのは、本当に偶然の悪戯でしかなかったのである。たまたま古菲が吸血
鬼化したばかりでお腹が鳴っていた時に、643号室で人間だった木乃香が抱き付いてきた。前向き
な性格の古菲はその行為に「私を食べてください」という木乃香の心の声を勝手に感じ取り、そして
そのままいただいてしまったのだった。
覚醒こそしていなかったが、それは魔力を含む魔法使いの血である。僅かな魔力を気付かないうち
に自らの血肉とした古菲は、その後に暴行を加えていたまき絵の乳房を噛んでしまう。
それは性質の悪い伝染病のように潜伏しながら、古菲からまき絵へと感染していった。
しかし女子寮には、別に二つの感染ルートが存在していた。
真祖→まき絵・裕奈・ハルナ→桜子・双子・夕映→古菲→木乃香の真祖ルート。
木乃香→ハルナ・のどか・円・美砂→桜子→まき絵・裕奈・夕映の魔女ルート。
女子寮で両ルートが混在、乱戦状態に陥った結果、古菲→まき絵という感染ルートは誰に気付かれ
ることもなかった。
その第三の感染ルートがここで、ついに現れたのである―――
「―――って、ビビらすなよ! このバカっ!」
「くーふぇのせいでちびっちゃったよぉ! もう!」
「…………まあまあ、二人とも落ち付くでござるよ」
顔を真っ赤にして怒鳴る千雨とまき絵をなだめながら、楓は苦笑して問題の古菲を見た。
「ごめんなさいアル………ていうか、そんなに怒らなくてもいいアルよ………」
千雨の部屋で古菲は小さくなっていた。吸血鬼になっていたせいで好戦的になり、壁をぶち破って
部屋を出てきた古菲だったが、理性はしっかり残っていて安全な状態だった。
「うう、カエデー、まき絵と千雨がいじめるアル」
「あんな派手な事をするからでござるよ………。出るなら普通に出るでござる」
怒られて落ち込んだ古菲をなぐさめながら、楓は真面目な顔で言った。
「さて、くーふぇの問題は解決として、次は刹那と木乃香でござる。戻ってこない」
楓は言葉の続きを待つ千雨とまき絵、そして状況を掴めない古菲を見て続けた。
「どちらかがどちらかを連れ去ったか……まあ決着がついた以上、実害はないと思うが―――」
しかし、流石の楓も楽観的な分析をしてしまう。木乃香の魔力が遮断されたのは事実だからだ。
「ん? 何か変でござる―――」
最初に異変に気付いたのか楓だった。続いて古菲、千雨、まき絵の順で、突然起こった異変を察し
て顔を見合わせる。四人が吹き抜けから下のフロアを覗きこむと、下は女子寮に戻ってきた生徒たち
でごった返していた。吸血鬼を恐れて逃げ出した生徒と、吸血鬼化していた生徒が玄関から流れ込ん
でくる。一階はまるで昼休み前半の食堂のような、異様な混雑を起こしていた。
ただし異常なのは―――戻ってきた生徒の大半は意識を失っている事だった。
その集団はふらふらと左右に揺れながら、虚ろな目で建物をさ迷っている。理性を感じられない集
団が廊下を徘徊する光景は、趣味の悪いゾンビ映画を連想させる。
「うう……何か、頭の中に声が聞こえる……くーふぇ、拙者を噛め。早く!」
古菲が素早く楓の首に噛み付き、その血をじゅるじゅると啜る。今この瞬間、吸血鬼を相手に奮闘
していた忍の少女は、状況に対する確信を胸に、躊躇い無く人間であることを捨てた。
「どうし、て、せっかく、助かったのに………」
楓の行動に、千雨は悲しそうにそう言うやふらりと倒れ、そのまま意識を失ってしまった。
玄関から戻ってくる人間がいなくなった。三階まで達していた昏睡状態の歩行者たちはほぼ一斉に、
その場に倒れ込んで眠ってしまい、女子寮は再び静寂に包まれる。
戻ってきた人数を見る限り、どうやら女子寮の住民は、ほぼ全員が寮の中に戻ってきたようである。
「もはや拙者は、吸血鬼にでもならねば戦えない。くーふぇ、感じるでござるか? この殺気を」
「ああ、あたり一帯に満ちているアル。こんな感じは初めてネ。ふふ……ゾクゾクするアル」
「まき絵、お主は部屋にいる生徒を廊下に出すでござる。できるだけ窓には近づかないように」
「え? どうなってるの!? くーふぇ! 長瀬さん!」
意味が分からず困惑するまき絵に、吸血鬼と化した楓は冷静に告げた。
「みんなを寮に押し込んで何をする気なのか知らぬが―――これは紛れもない、敵襲でござるよ」
麻帆良学園都市の上空に、無数の呪符が浮いている。
夜は眠る時間だよ………
みんな、自分の家にお帰り………
そして夢を見ながら、朝が来るのを待つがいい………
二度と朝日を見ることも叶わず、これから消される運命だとしても―――
呪符に込められた魔法が、街中の人々の、頭の中に囁きかける。
吸血鬼の騒動で外に溢れ出た人々はみんな、催眠術にかかったようにふらふらと自分の家に戻り始
めていた。女子寮から外に出てきた大勢の少女たちも、そのまま寮に引き返していく。
麻帆良の上空には場違いも甚だしいヘリが三機、その禍禍しいフォルムを星月夜に浮かび上がらせ
ていた。風の魔法で音は非常に小さく押さえられていて、最新型の洗濯機ぐらいの音しか聞こえない。
二機は輸送用の大型ヘリ―――呪符使いと神鳴流の混成部隊「乙班」「甲班」を運んでいる。
残る一機は小型の軍用ヘリ―――ミサイルやら重火器で武装している。操縦するのは「丙班」。
それとは別にトラックで、増援が遅れて到着する予定である。
情報収集用の式神が、一足早く女子寮を偵察し、ヘリの内部にその映像を送ってくる。
人払いの呪符を応用した集団暗示により、女子寮周辺の混乱は完全に消滅し、住民はみんな自宅に
戻って眠りについている。今、外を歩いている者がいれば、そいつは吸血鬼である。
つまり今、女子寮の住民は全て寮に戻り、しかも、異変が起ころうが周辺住民は気付かない。
「みんな、あくまで真祖の仕業にするんやから、呪符とかの証拠を現場に残さんように。まあ、全員
殺した後に一応、火ぃ放って全部焼くけどな」
仲間を目撃した生徒を、その「巣」に集めて叩き潰す―――
どの生徒が、何を目撃しているか分からない以上、全員を殺害しなければ安全とは判断できない。
ヘリの編隊は風の魔法に包まれて、災厄を届けるために、猛スピードで女子寮に近づいていく。
「丙班、攻撃開始や! 派手に風穴開けてビビらしたれい」
「―――了解」
小型ヘリが隊の先頭に出て、先制攻撃を開始する。
「丙班」のパイロットは何の躊躇もなく、それを使用できるのが嬉しいかのようににやりと笑いな
がら、ミサイルを数発女子寮に向けて発射した。それは白い煙の軌跡を描きながら徐々にコースを修
正し、女子寮の中央付近に向けて加速していく。
ヘリに数発搭載されているそれは破壊力はそれなりだったが、別に特殊な基地でもない寮を攻撃す
るには十分である。炸裂すれば壁を粉砕し、衝撃波と破片で内部の人間を殺傷する。
ミサイルと寮との距離が縮まる。
眼鏡の女が鋭い目を細める。
女の横では、派手なフリルの剣士が面白そうに、花火でも見物するように光景を眺めている。
もう少し………
もう少し…
そして、赤い炎と煙が見えた。
「よっしゃ―――直撃や」
式神から送られてくる映像の中で爆発が起こり、女子寮は灰色の煙に遮られて見えなくなった。
「きゃあああああああ―――!?!?!?」
まき絵は吸血鬼の反射神経で、ロープで縛られて部屋に閉じ込められていた円、のどか、美砂を背
負って素早く部屋を飛び出した。廊下に出た瞬間に窓の外で爆発が起こり、窓ガラスの残骸が部屋の
中を吹き荒れた。
「こ、これで最後……ぎりぎりセーフだね」
廊下には多くの生徒が寝転んでいた。まき絵が部屋から引きずり出した生徒たちである。もしも彼
女たちを部屋から出していなかったら、先程の爆発で負傷していたかも知れない。
「でも、いったい何が起こってるんだろう………長瀬さんは敵襲って言ってたけれど」
窓の向こうで爆発の余韻は消えていくが、まき絵の不安は消えることない。
しかしできる事はもうない。
まき絵は外に出ていった古菲と楓を案じながら、千雨たちと身を寄せ合って息を潜めていた。
「ふふふふふ、何匹かは仕留めれたかな。よーし、甲班は正面から総攻撃、乙班は裏からや。丙班
は窓からアホ顔出した奴を、機関銃で片っ端から掃討してしまえ」
「了か―――な、何っ!」
「ん、どないした?」
「それが………直撃ゼロ。全弾、命中前に撃墜されました。標的に被害は確認できません」
「………はぁ? げ、撃墜って……」
予想すらしていなかった事態に、女や他の術者たちが一斉に送られてくる映像に注目した。
煙の幕が晴れる。
女子寮が現れた。
被害は窓だけである。
ほぼ無傷。
そして、女子寮の屋上に、二つの人影が立っていた。
一方はすらりとした長身の、チャイナ服を来た糸目の少女―――――
もう一人は褐色の、拳法の胴着を纏った少女―――――
二人はまるで女子寮の守護者とでも言わんばかり堂々と、三機のヘリを睨み付けていた。
「何やねん、あいつら!」
「あれは……確か木乃香お嬢様のクラスメイトです。名簿で顔を見たような気が」
女はその鋭い眼光に一瞬だけ怯んだが、すぐに気を取り直して言った。
「ふ、ふん。吸血鬼化しとっても中学生のガキや。ミサイル撃墜なんて偶然に決まっとる」
そして、女子寮の存亡をかけた戦闘の火蓋を切った。
「予定通り、攻撃続行! あの寮の中にいる標的を、一人残らず殲滅や―――」
「一応聞いておくアルが、あれは楓のお友達アルか?」
屋上のコンクリートを抉り出してミサイルにぶつけた古菲が、笑いながら楓に聞いた。
「はははははははは………そんなわけなかろう。まさか、くーふぇの友達ではないでござろうな?」
手裏剣でミサイルを撃墜した楓も、優雅に笑いながら答える。
「にゃはははは………あんな連中知らないアルよ。でもまあ、ミサイル撃ってきたってことは」
「拙者らとお友達になりたいわけでは、なさそうでござるな」
そう言っている間にヘリたちが動きだした。大型ヘリの一機は、ミサイルを撃ってきた小型ヘリと
共に寮に接近してくる。もう一機は寮の数十メートル向こうにハシゴを降ろし、そこに十五~六名の
人影が降り立った。
「やれやれ失礼な連中アルな。初対面の相手には―――」
古菲が話している間に、小型ヘリがミサイルを再び発射してくる。
「まず自己紹介が普通でござろうに―――」
巨大な十字架型の刃を振りかざしながら、楓は軽口をたたき手裏剣をミサイルに投げる。普段の数
倍の威力の手裏剣に、ミサイルは先端から一直線に撃ち抜かれて爆発する。
炎に照らし出された二人の顔は、手加減も、容赦も、まったく必要の無い敵の出現を喜んでいるよ
うに、とても愉しそうに笑っていた。両者とも武道を嗜む者である以上、戦闘が好きかどうかは別と
して戦闘の楽しみ方は知っているし、己の力を振るう快感も知っている。
今の二人は理性は残していたし3Aの仲間だったが、吸血鬼化したせいで戦闘意欲に溢れていた。
「む、来たか―――」
小型ヘリが接近する。爆竹が爆ぜるような乾いた音と共に機関銃が掃射され、無数の弾丸が屋上に
浴びせられた。屋上のコンクリートに弾丸が食い込み粉砕される。その弾丸の嵐は容赦無く二人を襲
ったが、楓は十字の刃を回転させてそれを軽やかに弾き返した。
「のろいアルネ―――」
古菲に至っては高速で襲いかかる弾丸の軌道を、首や足を少しずらして避けていく。
ヘリの操縦席にいる人間がそれを見て蒼ざめる。装備が通じないと悟り、小型ヘリは慌てて屋上か
ら離れ始めた。
同時に、屋上の真上に来た輸送ヘリの「乙班」が予定を変更、楓たちを排除するために十六名の戦闘
要員「乙班」が闇夜から落下してくる。
「くーふぇ、殺してはならんぞ―――」
楓が笑いながら言った。その周囲に次々と人影が着地する。神鳴流と呪符使いの混成部隊の彼らは
十六人で楓と古菲を取り囲み、呪符による炎や氷の魔法と斬撃の嵐を浴びせかけようとした瞬間に、
「ぎゃあああああああああああああああああ―――――――」
十六人に分身した楓に、十六通りの叫びを残して屋上から叩き落されていった。
「なんて連中だ! はっ、褐色のヤツがいない!?」
まるで、剥いたミカンの皮をゴミ箱に投げるようなノリで関西の武闘派を蹴散らす楓に、小型ヘリ
のパイロットは驚愕していたが、次の瞬間に背筋が凍りついた。彼はいつの間にか、古菲を見失って
いたのだった。
「え……?」
古菲を発見できた。ただし古菲は既に跳躍しており、そのジャンプキックがまるで操縦席に吸い寄
せられているように近づいてくる。
「アイヤァァァァァァァァ――――――っ!」
「ひぎゃあああああああ―――っ!」
風防を突き破った古菲の脚が、パイロットの頭の数センチ横の空気を切り裂いた。古菲はパイロッ
トを操縦席から投げ捨てるとヘリの上に登り、回転するヘリのローターをぱしっ! と指で止めた。
「これ、貰うアルネ」
ヘリに乗っていた他のメンバーが声にならない悲鳴を上げるのを無視して、古菲はローターを根元
からへし折ると、そのまま地上に着地する。屋上から叩き落されてくる「乙班」のメンバーが何とか
着地していくところに、死に物狂いでヘリから脱出した「丙班」のメンバーが落下する。そして、そ
の上から地球に引っ張られた小型ヘリが墜落した。
「――――――――――――――――っ!」
ヘリが大爆発を起こした。「丙班」と「乙班」は共に落下するヘリの直撃は免れたものの、巻き起
こった爆風に枯葉のように吹き飛ばされて地面を転がっていく。
古菲の正面には大型ヘリから地上に降りた「甲班」が展開していた。指揮しているのは目つきの鋭
いサルの着ぐるみを纏った女で、横には派手なフリルを纏った二刀流の剣士も控えている。そして、
彼女たちの真上を大型ヘリが浮上していく。
それを見た古菲は持っていたローターをブーメランのように、大型ヘリのローターに投げつけた。
大型ヘリのローターの破片が、回転運動に合わせて綺麗に周囲に飛び散った。
「え………?」
同時に屋上の楓が十字架の刃を真上に投げ、それは重力から解放されたような勢いで鉛直に飛んで
いき、そのまま「乙班」を投下したヘリのローターを鮮やかに粉砕した。
「あ……ぎゃああああああああ――――っ!」
時間差をつけて落下してきた二つの大型ヘリが地面に激突し爆発する。まるでこれが地獄の光景だ
と言わんばかりに、連続する爆発が関西のメンバーを哀れなほどに弄んだ。
しかし、彼等にとって本当の地獄はここから始まった。最早総崩れになった術者たちを襲ったのは
古菲の正拳と蹴りの嵐だった。呪文を唱えている最中にぶちのめすという、魔法使いの弱点を的確に
ついた戦法を、古菲は知らないうちに実践していた。呪符を取り出した時には脳天にカカトが落とさ
れ、善鬼や護鬼を呼び出した瞬間に術者に正拳がめり込む。神鳴流剣士が剣を振り降ろした時には、
自分の身体が古菲の蹴りに吹き飛ばされていた。
物陰からこそこそ逃げようとしていた黒服の男の上にピンポイントで楓が着地した。黒服は変な声
を上げて動かなくなった。左右から神鳴流の剣士が跳びかかってくるので、楓も左右に苦無を投じな
がら前の術者に蹴りを叩き込む。苦無が手に刺さった神鳴流の剣士が左右から悲鳴を上げる。背後か
ら別の術者、正面からは別の剣士が迫ってきた。左右の剣士もまだ諦めない。
そして十字の刃とともに一回転した楓の周囲で、暴風に吹き飛ばされるように四人は宙に舞った。
「くたばれ化物っ!」
術者の一人が呪符から炎を呼び出し、至近距離から古菲に放った。
「熱っ!」
回し蹴りが炎を切り裂き、その風圧が呪符を粉砕し術者の頬を裂いた。赤い血が流れ落ちる。
「うそ………」
「お前何するアルか熱いアルネ―――っ!」
古菲の蹴りが術者に食い込んだ。儚く吹き飛んでいく術者を、驚愕の顔で眺めていた眼鏡の女はつ
いに、自慢の善鬼・護鬼を使用する決断を下した。
術者が地面に激突して動かなくなった。その上で無数の刃が激しく火花を散らす。巨大な十字と苦
無を持った楓と、長短二本の刀を持ったフリルの剣士が横に走りながら切り合っている。
十字の刃と長刀、苦無と短刀が押し合う中、両者の顔は楽しそうに笑っていた。
「その戦い方は、甲賀と見受けました~。なかなかやりますね~」
「ふふ、お主も他のヤツとは違うようでござる―――」
フリルの剣士の連続斬撃を、しかし楓は軽やかに捌いていく。
「ん~。貴女とは、もっときちんとした場所で戦いたいな~。ここは退いてくれません?」
「拙者も同感だが、ここでお主らを通すわけにはいかんでござる」
「残念~」
両者の動きが静止する。
次の一撃で決まる。
瞬間に渾身の斬撃を相手に放ち、
そのまま交差した。
「…………」
振り返る楓の前で、
「あ~………おみ、ごと……」
フリルの剣士から長短の刀が滑り落ちて地面に刺さった。
そして花が散るように、剣士は静かに崩れ落ちる。
「甲班」もほぼ壊滅状態にあった。
「ま、待って、ここは一つ、平和的に話し合いましょ! ね? ね?」
呼び出した熊鬼の頭を正拳一撃で粉砕し、纏っていた猿鬼を蹴りの一撃で吹き飛ばした古菲が、眼
鏡の女に迫っていく。
「ど、どうもあんさんは、誤解してるようや……ウチらは、別に、怪しい者じゃ―――」
「いきなりミサイル撃ってくる連中、十分怪しいアル!」
眼鏡女を沈黙させる一撃を古菲が放とうとした時、女子寮に向けて一台のトラックが近づいてきた。
「ひ、ひひひ、お前ら、こっちや―――っ! 早く来い!」
一瞬の隙をついて眼鏡女が逃走し、そのままトラックの方に走っていく。
トラックのコンテナが開くと、そこには二十人ほどの術者と剣士の姿があった。
「くっくっく、こ、こいつらは遠くからわざわざ連れてきたプロ中のプロ……お前らもここまでや!」
古菲と楓が寮の前に立ち塞がる。
トラックから降りてきた増援が、二人を攻撃せんと展開する。
「あのクソガキどもを、ぶっ殺せ―――っ!」
眼鏡の女が狂的な顔で叫び、増援が二人に襲いかかる。
寮を背に二人が迎え撃つ。
そして、再び激突―――
………後に、ここにいた関西呪術協会の構成員は、そろってこう証言した。
麻帆良に真祖はいなかった。
ただ、二人の鬼がいた―――。
…………
「はあ、はあ、ふ、服をなんとかしないと、お嬢様、しばらくここでお待ちください」
学園の近くの公園のベンチに木乃香を寝かせて、全裸の刹那は服を調達しようと走っていった。
用心のため、木乃香には人払いの呪符が張られている。
…………………………………………………
…………………
刹那が離れてしばらくたって、木乃香はゆっくりと目を開けた。
刹那は意識を失っていると思っていたが、木乃香は実は、ずっと覚醒していた。
女子寮の方角を向いて、何かをずっと眺めている。そして安心したように息を吐いた。
「ふふふっ―――」
木乃香の口から、笑いが漏れる。
橙色の着物を翻し、木乃香は闇に踊り出る。
「ふふふっ、はははっ―――」
喜びに満ちた顔で、闇を飛ぶ蝶のように、辺りを舞う。
「ん―――」
そして、それを発見した。
「裕奈ちゃんの携帯、なんでこんな所に……? まあええわ。どっかで携帯は調達するつもりやったし―――」
それを懐に隠し、木乃香はベンチに戻る。
そしてゆっくりと目を閉じた。
……………………………………………………………
………………
「はあ、はあ、お待たせしました、お嬢様―――」
戻ってきた刹那は、木乃香の無事な姿に安堵する。
そして、眠り姫のような木乃香を背負うと、そのまま夜の闇に消えていった。
「………ううん」
柔らかい何かを抱きかかえながら、長谷川千雨はゆっくりと目を覚ました。
「ん、うおっ!」
抱いていたのはまき絵だった。
周囲にはたくさんのクラスメートが、まるでおしくら饅頭もしていたかのように、みんなで固まって眠っていた。
まき絵の口を見てみると、牙はどこにも無かった。
千雨は外の様子に気付いた。
そのまま走り出す。
階段を乱暴に駆け下りる。
学園の生徒たちが、いたる所で寝ている。
一階の階段には、綾瀬夕映がすやすやと眠っていた。
一階のフロアは、何か巨大なものが落下したのか、妙に凹んでいる。
しかし気にせず、千雨は走った。
玄関から外に出る。
気持ちよい風が、頬を撫でた。
澄み切った青空の下、太陽の光が都市に降り注いでいる。
「朝だ…………!」
夜は終っていた。
都市は光に満ちていた。
「うっ………」
目から涙が滲んだのは、太陽が眩しいせいだけではないだろう。
全て、終ったのだ。
寮の周辺は激変していた。
燃え尽きたヘリ。横転したトラック。破れた呪符。折れた刀。
そして女子寮の周囲に倒れている、無数の人間。
向こうの木には、ボコボコにされた女が一人、枝に引っかかっていた。
まるで女子寮に襲いかかろうとしていたかのような―――いや、襲いかかろうとしていたのだろう。
しかし、彼らは女子寮に到達することはなかった。
全員が、侵入する前に動けなくされている。
誰がやったのか―――考えるまでもないか。
「なあお前ら―――」
女子寮の前で、ボロボロになった楓と古菲が倒れていた。
ただし寝顔は穏やかで、両者とも規則正しいいびきをかいている。大丈夫らしい。
楓も古菲も、牙はない。人間に戻っている。
感染源の古菲が力を消費し過ぎて、元に戻ったのだろうか………?
奇蹟の類か? あまり信じていないが。
ただ、人間に戻ったのなら、全てを忘れているかも知れない。
桜通りの事件の後のまき絵のように、記憶は残らない。
楓と過ごした壮絶な夜は、千雨の記憶に残るだけで、楓からは失われてしまうのか?
仲良くなれたのに、忘れられてしまうのだろうか?
「不器用なんでな。悪いが一人ずつだ」
古菲に謝りながら、千雨は楓を膝枕をする。
「ったく、面倒な事になったな………また最初から仲良くなるために、どう言えばいい?」
降り注ぐ陽光に包まれて、千雨は泣きながら、目覚めた楓にかける言葉を考えた――――――
女子寮編・了
最終更新:2012年02月12日 21:35