189 :夜の話 ◆lQS9gmV2XM :04/01/19 01:25 ID:8WfmLwvA
暗闇の中に一人の少女が立っていた。
「亜子、大丈夫か?」
「えっ!? あ、なんやアキラかぁ。びっくりさせやんといてよぉ、もう」
背後から声をかけられた亜子は、アキラの姿を確認して一瞬だけ戸惑ったような顔をしたが、それを打ち消すように微笑んでみせた。
しかしその笑顔は、いつもの亜子とは明らかに違っていた。
それはまるで散りかけた花が、最後の花弁を残して風に耐えているような、触れば壊れてしまいそうな必死な笑顔である。
「な、なんか用なん? ウチ、今はちょっと……」
笑顔が崩れかけたのか、亜子はアキラに背を向けて黙ってしまう。その背中は小さい。
何か亜子にとって辛い事があったのだろう。アキラはそれを確信した。
アキラの前にいるこの少女は優しいが、気が弱くて傷つきやすい。
そして友人に心配をかけまいと、悩みなどを相談しないで自分の中に押さえ込んでしまう。
「………」
背を向ける亜子と動かないアキラ、両者の間には夜よりも静かな沈黙が存在していた。
「……ウチ、用事を思い出したから」
「亜子!」
走り去ろうとする亜子が、アキラの声でぴたりと止まる。
「迷惑ならもう何も言わないけれど……私だけじゃなくて、まき絵や裕奈も心配してる。だから!」
アキラの言葉が、途中で止まる。
亜子は顔をくしゃくしゃにして涙を流し、倒れるようにアキラに抱き付いてきた。
「うう……ひっく、ひっく、あ………アキラぁ……ウチ、ひっく、先輩に……うぅ、ひっく」
「……とりあえず、部屋に戻ろう。な?」
亜子の重みをその身で受け止めながら、アキラは優しく亜子に呟いた。
「あ、アキラ……」
「ん、何だ?」
亜子は怯えているような声で、ゆっくりとアキラの耳に自分の言葉を伝えた。
………キスしても、ええかな?
アキラは驚いたような顔で亜子を見た。
「変なこと言ってごめん……でも、なんか、アキラと話してたら………キスしたくなって……」
亜子に好きな先輩がいたことはアキラも知っていた。
亜子とその先輩に何があったのかは分からないが、確かなことはその亜子が、傷ついた瞳を潤ませてアキラを見ていることだった。
亜子が自分に何を期待しているのか、自分はそれに応えられるのか―――
アキラは自問しながらも、そのまま何も言わずに首を縦に振った。
「ありがとう……」
亜子はそう言うと目を閉じて、背伸びをしてアキラを待った。
アキラは亜子の小さな唇に、そのまま自分の唇を重ね合わせた。
「んっ…んんっ………う、うむ、ぅ、っ………」
亜子の舌がアキラを求めて絡み付いてくる。アキラはそれに応えながら、亜子の身体をしっかりと抱き締めた。
そして亜子はアキラの身体を抱き締め返して、言葉ではないアキラのメッセージにも答えた。
舌を擦り合わせて唾液を啜る、甘く、苦い行為が続いた。
深夜の闇黒の中、二人の少女はお互いを温め合い、貪り合い、通じ合う。
目を逸らせば闇に溶けて見えなくなってしまいそうな、儚い光景がそこにあった。
「さあ、亜子」
「………うん」
アキラに連れられて、亜子はゆっくりと歩き出した。
そして本当に何も見えなくなった。
そしてそのまま朝になる。
誰にも語られることなく、夜だけが知っている、ささやかな話―――
最終更新:2012年02月12日 21:38