30スレ374

楽日 第二話

 ×     ×

「まずは、若干15歳にして中等部教師、残念ながら略させていただきます肩書きの持ち主、
ネギ・スプリングフィールド選手」
「キャアアーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!
ネッギセンッセェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッ!!!」

観客席に設置されたパブリック・ビュー観客席を映し出すモニターのみならず実際の観客からも巻き起こる、
耳を射る様な黄色い悲鳴に客席の明日菜が振り返った。

「そして、こちらも同い年。
高等部の実力派学ラン拳法使い、その若さにして学園統一拳法部特別師範の肩書きを持つーっ、
犬神小太郎選手っ!!」
「犬神師範ウオォォォォォォォォォォォッッッッッッッッッスゥゥゥゥゥゥゥッッッッッッ!!!」
「キャアーッ、コッタッロォーウゥーッ!!!」

明日菜は苦笑いしてチラッと視線を走らせているが、
そちらにいる愛衣は真剣に祈りを捧げるばかりだ。

「まだまだバリバリ現役伝説の教師デスメガネ高畑笑う死神高畑Tタカミチ選手との激闘教師対決を制し、
準々決勝では鉄壁の守りと触手攻撃を操る高音Dグッドマン選手に勝利。
準決勝では、
剣士でありながら変幻自在の体術で過去の対戦相手を翻弄して来た桜咲刹那選手を紙一重で下したネギ選手。
一回戦、飛び道具マジックと巧みな棒術で迫る佐倉愛衣選手を一進一退の激闘の末に制し、
準々決勝は謎のニンジャ長瀬楓選手なんの事でござるかな
準決勝ではあの無敵伝説最強殿堂筆頭終身名誉部長くーふぇ選手から、
正に伝説的な打ち合いの末に勝利をもぎ取った犬神小太郎選手。
今、ここに復活した最強伝説まほら武道会、決勝戦のゴングが鳴ります!」

静寂の中、両者、静かに構えを取る。

「Fight!!」

観客の視界から二人の選手が消えた。
池に水柱が上がり、
ステージ中央で開いた両手を前に突き出したネギの頬からは、つーっと一筋の血が伝い落ちていた。


 ×     ×

「いやー、負けてもうた。さっすがネギは強いなぁ、俺の宿命のライバルや」

閉会後、控え室では小太郎がニヤッと笑い、頬に絆創膏を貼ったネギと、
空中で拳と拳をとんと合わせていた。

「けど、これで終わらへんからな。次は勝つさかい、首洗ろうてまっときや」
「うん」

ネギがしっかりと返答する。余計な言葉はいらない。これで十分だった。

「あー、すまんなぁ、最後でいいトコ見せられへんかったわ」
「大きなケガがなくて良かった」
「ま、ドツキ合いする前に終わってもうた」

優しく応える千鶴に、小太郎は乾いた笑みで応じた。

「あー、夏美姉ちゃん…」
「ん、コタロー君格好良かった」

そちらを見た小太郎に、夏美はニコッと笑って言った。

「あの面子で準優勝まで行ったって凄いよコタロー君。
やっぱ、ネギ君最強だよね。それでもコタロー君惜しかったうん。
これで、終わりじゃないんでしょ?」
「ああ、もちろんや」

グッと拳を握った夏美に、小太郎も息の合った仕草で拳を握ってニッと笑った。

 ×     ×

「よう」

無人の医務室で、入って来た愛衣に椅子に掛けた小太郎が手を上げて声を掛けた。

「あの、大丈夫でしたか?」
「ああー、大丈夫や。さっき検査結果聞いて一休みさせてもらってた所や。
控え室までフツーに歩けたさかいな。結果待ちなんて言うたら又妙な心配かけてまう」
「皆さん、それだけ小太郎さんの事を思っているんです」
「…そやな…ここに来てホンマ、色々あって色々な人に出会って、よくしてもろた。感謝してるうん」


たたずんだ愛衣がふっと静かに微笑み、医務室は静寂に包まれる。

「あー、あれや、すまんかったな」
「?」
「勝てへんかった。師匠の威厳ちゅうのが台無しやなこれ」

乾いた声で笑う小太郎に、小さく首を横に振った愛衣が歩み寄る。

「小太郎さん」
「ん?…」

小太郎が顔を上げた時、唇と唇が重なる。小太郎の頬には、一筋の滴が伝っていた。

「あー、同情か?」

すっと離れてたたずんだ愛衣に、剣呑なものを含んだ声で小太郎は尋ねていた。

「それは、おかしいです」
「何?」
「だって、負けたのは私なんですから。日付は違っても今日です。
あなたに出会ったあの年の、
あなたに負けたこの日この時この神社で、私はあなたに恋をしました。
小太郎さん、私はあなたが好きです。迷惑でしたか?」

パチクリと瞬きをした小太郎は、目の前に最高の微笑みを見ていた。
そして、よっこいせと立ち上がる。

「あー、すまん…いや、待て、話は最後まで聞け」
「はい」
「迷惑なんてとんでもないで。愛衣姉ちゃんはすごい美人で真面目で優しくて、
そんなん惚れられたら嬉しいし俺なんかに勿体ない」
「有り難うございます」

ネギの場合すらすらと素直な褒め言葉を吐いて淑女をKOするが、
小太郎の場合はそうそう言わない代わりに言うからには千金の重みがある。
それだけに、それだけでも愛衣は胸が熱くなる。

「けどまぁあれや、今日はほれやっぱり見事に負けてもうたからな。
女の事まではちぃと頭がな」
「すいませんでした時節も弁えず」

「いや、嬉しかったんはホンマやで。
ネギと戦るのだけ考えてギリギリまでやって来たつもりや。
若手トップクラス魔法使いの愛衣姉ちゃんにも随分付き合うてもらってな。
それでも気持ちいいぐらいスパーンて負けてそんで愛衣姉ちゃんみたいないい女に好きや言われて、
正直、このまま、なんてな…」

愛衣は、小さな杖を黙って天井に掲げる。
二人の周囲に、ビロード状に気温の落差が発生して空気が歪む。
自分の胸から頽れそうになった小太郎を、愛衣は抱き留めていた。

 ×     ×

「あ、夏美」
「あ、くぎみー」
「くぎみー言うな。コタロー君どうだった?」
「うん、なんともないみたい」
「そう、良かった」

簡単な会話を交わして神社の廊下をすれ違う。
そうしながら、円はふと、夏美の浮かべた笑みに首を傾げていた。

 ×     ×

「素晴らしい演奏でした」
「よーわからんけど良かったわ」
「そりゃどーも」

学園祭二日目夜、世界樹広場特別ステージ楽屋で会話が交わされていた。

「んー…」

かつての通学班+小太郎で楽屋を訪れていたネギに、腰を屈めた亜子が近づく。

「いっ?」

いきなり、ネギの両頬を摘んで外側に引っ張った亜子の暴挙に明日菜がぎょっとした。

「やっぱり、ネギ君やったんやなー」
「…その節はどうも、本当にすいませんでした」
「ええてええて、ま、あれも青春の一ページいい思い出や」

手を離されて深々と頭を下げたネギに、パタパタと手を振って笑った亜子がしんみりと語尾を沈めて言った。


「でも、本当に良かったよ。でこぴんロケット、今じゃ結構有名だもんねー」
「まあねー」

明日菜の言葉に、美砂が満更でも無く応じていた。

「あのー」
「ん?」
「あー、片づけも終わりましたのでそろそろお願いします」
「ん、そろそろ出るわー」

入口のスタッフに円が手を上げて言った。

「ん?」
「あ」

つとそちらを見た小太郎とスタッフジャンパーを着た愛衣の目が合った。

「あ、小太郎さん、こちらに」
「ああ。ネギらに誘われてな。愛衣姉ちゃんはこっちで仕事か」
「はい。スタッフ登録していますので」
「あ、まあ、大変やな。ご苦労さん」
「はい」
「………」

会話する二人は、その周囲の視線には余り気が付いていなかった。

 ×     ×

「ん?ネギらは?」
「ああ、何か急用思い出したんだって。ま、座りな座りな」
「あ、ああ」

美砂に促されるまま、小太郎はでこぴんロケット貸切チェーン居酒屋の小上がりに上がり込む。

「取りあえず、聖地原点学園祭ライヴ大成功かんぱーい」
「かんぱーいっ!」

小太郎も、ジョッキのウーロン茶を掲げる。
何にしてもお祭りに向けて一生懸命精一杯頑張ったと言う事は分かっている。

そして、一同少しの間は盛大に飲みかつ食う。

「そう言えば、最近コタロー君夏美に会ってる?しばらくこっち離れてたからさ」
「ああ、夏美姉ちゃん?そやなー、時々買い物付き合わされたりやな。
そんでもあやか姉ちゃんが時々飯呼んでくれてそん時に一緒になったり。
けど、最近はもう、俺も夏美姉ちゃんも学園祭の準備に掛かりっきりやったからなぁ」

円の問いに小太郎が答えた。

「んで、コタロー君」
「ん?」

大分いい気分の美砂が、小太郎に声を掛ける。

「愛衣ちゃんと、どうしたの?」
「は?」
「だーかーらー、愛衣ちゃんとなーにがあったと聞いてる」
「ま、待て、何の事やそれ?」
「あー、ダメダメ、ダメダメや、誰がどっからどー見てもバレバレやから」
「ほにゃらばぜーんぶおねーさんにお話しなさい」
「あ、いや、別にあれや、ねーちゃんらにはなぁ…」

ドン、と、ジョッキの底がテーブルを打った。

「…吐け…」
「あー、円姉ちゃん、目が据わってる…」

かくして小太郎は、
男の子としてのプライドに関わる最後の一線を死守する事で精一杯の土俵際にまで追い込まれた。

「ふーん」

そこまで聞いて、美砂が意味深に唸る。

「試合に負けて傷心の所を狙って優しく抱き留めてねー、
あの娘、結構計算高い所仕掛けて来るんだねー」
「愛衣姉ちゃんはそんなんちゃう」

小太郎は、不愉快を明確にして言った。

「分かってないなー」

美砂が、ちっちっちっと指を横に振る。


「女ってのはね、男が絡むとどんな清純派お嬢でも鬼にも夜叉にも女狐にもなるってモンなのよー」
「美砂姉ちゃんと一緒にするなや」
「なにをー」

あからさまにむっとした小太郎に、美砂も半ば本気で言いかけていた。

「で、コタロー君はどうするの?」

ぐびぐびとジョッキを傾けていた円が口を挟んだ。

「確かに、愛衣ちゃんはね、そんな人の弱味に付け込んだりするタイプじゃない。
だけど、マジだよ。あの娘がそこまでするって事は。それは分かってるよね?」
「ああ、分かってる」
「で、コタロー君は?」
「んー…いい女なんだよなぁ」

素直な言葉なのだが、じとっとした視線に囲まれるのは仕方がない事だった。

「愛衣姉ちゃん美人で素直で真面目で優しくて、なんちゅーか、俺なんかには勿体ないと思うし。
けど、俺の事本気で好きや言うてくれて嬉しくて、いい加減な事は出来ひんの分かってるけど…」
「まあ、そこまで分かってるんなら実際私達が口出す事でもないけどさ」

そこまで言った円に美砂が視線を走らせ、円の視線がそれを跳ね返す。

 ×     ×

「うん、私。久しぶり。ああ、観に来てくれたんだありがとう…」

少しの間、円は電話口に向かって旧交を温める。

「…あんまし詳しい事言うの、ルール違反だからさ。一つだけ言っておくよ。
あの娘、本気で勝負懸けて来てるから時間無いよ。後悔しない様に。
明日、あいつも来るんでしょ、来るよね間違いなく。
じゃ、明日、頑張って」

円が、携帯の電源ボタンを押す。

「近すぎるとタイミングが、なのかな…」

呟いた円が振り返ると、美砂を先頭に他のでこぴんメンバーがごちゃっと固まっていた。



「…美砂、もう一件付き合ってくれる?…」
「うん。ひっさしぶりの麻帆良ライヴ、とことん呑もう!」

 ×     ×

「どうしたんですか、小太郎さん?」

麻帆良祭最終日。
学園内劇場の内廊下で、小首を傾げながら歩く小太郎を見かけて愛衣が声を掛ける。

「ああ、愛衣姉ちゃん。仕事か?」
「はい。ここの割り当てになりまして」

スタッフジャンパー姿の愛衣が小太郎の問いに答える。

「それで、小太郎さんは?」
「ああ、楽屋に夏美姉ちゃんに会いに行ったんやけど、終わったら一人でさっさと帰ってもうたって、
劇団の連中に聞いてもなんかハッキリ教えてくれへんかったしなぁ」
「そうなんですか。
役得で私も観せて貰いましたけど、素晴らしかったですね夏美さん」
「ああ、何かよう分からんけど良かったわ」
「それで、小太郎さんはこれから?」
「ああ、ちづる姉ちゃんらも見付からんくてなぁ、
来てた筈なんやけど夏美姉ちゃんらとどっか行ったんかいなぁ?」
「あの」
「ん?」
「お暇でしたらお昼でもどうですか?私はもうすぐ上がりですし」
「おう、そうか?」

割りかしご機嫌に応じる小太郎に、愛衣もにこっと微笑みを返す。

 ×     ×

「おうっ、いたいたっ」
「あ、コタロー君」

夏美がにこっと笑みを作る傍らで、小太郎もよいしょとゴザに腰を下ろした。

「相変わらず旨そうやなー、ええか?」
「どうぞ」

千鶴がにっこり笑って許可を出し、小太郎が肉まんを手掴みする。


「どうだったコタロー君鬼ごっこ?」
「おうっ」

学ランの中から封筒を覗かせ、小太郎はニカッと犬歯を覗かせた。
それを見て、夏美も千鶴もくすっと笑う。

「綺麗やなー」
「そうだねー」

既にとっぷり沈んだ夜闇の中、ぼうっと妖しく輝く世界樹を眺め、小太郎と夏美が言う。

「はい、コタロー君」
「ああ、すまんな」

夏美が小太郎の前にコップを置き、ジュースを差し出して小太郎が持ち上げたコップに注ぎ込む。

「ん、肉まんも相変わらず旨いし、思い出すなー」
「え?」
「学園祭が終わってこうやってな、俺がここ来た年なんて特に大変やったから」
「そうだよねー、何か後で聞いたらすっごく大変な事になってたって。
あの時はさ、まだ私なんにも知らなかったから」
「ああー、当分報せるつもりなかったんやけどな、来てもうたモンは仕方がないわ」
「はい、ごめんなさい。ご面倒お掛けしました」

夏美がぺこりと頭を下げ、互いにふっと笑みを浮かべる。

「あー、夏美姉ちゃん」
「ん、ありがと」

小太郎が、夏美のコップにジュースを注ぐ。

「昼間、劇団見に行ったけど、良かったで。後で楽屋行ったけどいなかったな夏美姉ちゃん」
「うん、そうなんだってね。ごめん。ちょっと外しててさ。演劇関係で会う人がいて」
「スカウトとか来てるんか?」
「あー、いや、そんな大袈裟なモンでもないけどね、ちょっと外せなくて、本当にごめん」
「いや、そんなんええけど」

手を合わせて目をつぶる夏美に小太郎が言った。

「でも、やっぱ凄いわ。ああ言うの、何が凄いって言う程分からんけど良かった。
綺麗だったで夏美姉ちゃん」
「うん、有り難う」


ちょっとの間、目をぱちくりとさせていた夏美がにっこり笑った。

「でも、この学園祭、ホントに凄いのコタロー君だよ」
「ん?」
「武道会だって、あのメンバーで準優勝って凄い事だし、今夜の鬼ごっこだって」
「ああ、まあな。今度姉ちゃんらにもなんぞおごるさかい」
「ん、ありがと」
「楽しみに待ってるわ」

夏美と千鶴が微笑みと共に言い、夏美がジュースのペットボトルに手を伸ばす。

「ええーいっ!!」

小太郎が、叫び声にふと目を向ける。
そちらで、ズガーンと一際大きく地面が爆発している。

「おー、やっとるなー」
「何ー、まだ暴れ足りないコタロー君ー?」
「おー、喧嘩と花火と賭け食券は麻帆良の華言うからなー」

カラカラ笑う小太郎に、夏美は呆れた様に微笑みかける。
その間にも、ドカドカと爆発が連鎖して歓声が巻き起こる。

「全く、最近の若い人はバカ騒ぎの程度を知りません」

パンパンと自分の両手を叩きながらツカツカと歩いていた愛衣が、
パチクリと自分を見ている小太郎に気が付いた。

「何や、愛衣姉ちゃんやったんか?」
「ああ、小太郎さん」

挨拶を交わした愛衣が夏美と千鶴にぺこりと頭を下げ、二人はふっと微笑んでそれに応じる。

「おー、始まったなー」

小太郎が言い、そちらに目を向けた愛衣がザシザシと動き出す。

「凄い…」

目の前で激突する
麻帆大の格闘技系団体の大群と工科大の格闘技系団体の大群の間に愛衣が無言で割って入り、
箒の一閃ごとに大の男共がバラバラと宙を舞う風景を夏美は呆然と眺めていた。


「おーっ、やるやんけ」

ニッと笑った小太郎がよいしょと腰を上げ、ツカツカと歩き出す。
その背中を、夏美がふふっと笑って見送り、その夏美を千鶴が静かに見ていた。

「やるな姉ちゃん!」
「!?」

愛衣の背後からぐわっと覆い被さって来た丸太の様な両腕がガシッと掴まれ、
そのままハンマー投げに吹っ飛ばされた。

「なんや、もう息上がってるんか」
「まだまだ、いけます」
「おっし」

生真面目に答えた愛衣に、小太郎がニッと笑ってバキッと拳を鳴らす。

「ん?」
「武道会の犬神小太郎?」
「あっちも、小太郎に善戦した佐倉愛衣かよ」
「たたっ、退避ぃーっ!!」
「おいおい、ここで奪ったら真の…おぶううっっ!!…」
「おーっ、いいねーっ、大歓迎やで」
「お次の方どうぞー♪」
「なんか、増えてない?」
「有名なのね、二人共」

夏美がたらりと汗を浮かべて言い、千鶴の回答に夏美はむーっと前を見る。
千切っては投げ千切っては投げ、
背中合わせで大暴れしていた二人がふっと同時に後ろを向き、ニッと笑みを交わすのを、
夏美はむーっと眺める。

「全くみんな、仕方がないなーハッハッハッ」
「い、行くで!」
「はいっ!!」

小太郎が愛衣の手を取ってダッシュするのを見て、夏美はふっと笑みを浮かべた。

「夏美ちゃん」
「ちづ姉ぇ」

にこっと笑ってそちらを見た夏美は、千鶴の胸にすとんと顔を埋めていた。

 ×     ×

広場の中の、どことも分からぬど真ん中。
揃って肩を息をしながら、小太郎は握った手をそろそろと離した。

「毎年毎年、相変わらずの大騒ぎですねー」

愛衣が、にこにこ笑って言った。

「んー、こういうのどうなんや?愛衣姉ちゃんって」
「え?あ、楽しいですよ。いっつもだと身が保ちませんけど…
別に私、そんなに真面目なだけじゃないですよー」
「ん、ええこっちゃ」
「え?」
「いやな、その真面目なんが上目指すのにえらいネックになっとったの一人知り合いいるさかい。
やる時はやる、そんで楽しめるのはええモンや」
「はい、師匠」

愛衣がしゅたっと敬礼し、小太郎がニッと笑う。間違いなく、愛衣は後夜祭に当てられている。
そう、お祭りは今夜で終わりで最高にハイな時間。

「綺麗です…」
「綺麗やな…」

愛衣と同じ方向を見て、その輝きを眺めていた小太郎がふっと視線を身近に移す。

「綺麗や」
「はい…え?」

年に一度、整った顔立ちを世界樹に照らされた妖しい程の美しさ。
全ての障壁は熱気に溶かされ、小太郎は只その魅力に吸い寄せられた。
吸い寄せられる様に唇が重ねられ、
互いをきゅっと抱き締めてその柔らかさ、逞しさをその身で確かめる。
そう、お祭りは今夜で終わりで最高にハイな時間。珍しくもない光景。

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最終更新:2012年01月28日 14:44
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