403 :第23話「真祖の進む道(後編)」 ◆lQS9gmV2XM :04/02/18 23:30 ID:EbfZptqu
「ネギ、嘘よね? 私、貴方を助けに来たのよ……な、なのに、こんな―――」
口の端から血を流してぐったりと横たわる明日菜を、エヴァに操られたネギがゆっくりと起こした。
明日菜からは、普段の有り余った元気は何も感じられない。弛緩して弱った肉体は重く感じられたが、魔力で強化されているネギには問題ではなかったのである。
「ネ、ネギ、止めて、よ……わたし、初めてなんだか、ら……」
明日菜を起こしたネギが、無表情でゆっくりと唇を近づけていく。その色が異なる大きな瞳に、ネギの口元から生える牙が映り込んだ。
ネギが既にエヴァの傀儡と化している事実と、食物連鎖で人間の上位にいる吸血鬼の牙そのものに本能的な恐怖を覚え、明日菜の身体は少し震え始めていた。
しかし抵抗はできなかった。明日菜は既に、和泉亜子に一撃で打ちのめされてしまっていた。
強烈な蹴りを食らった瞬間に意識は分断され、そのまま胴体が千切れたと錯覚するぐらい衝撃だった。
たった数十秒の、魔法使いの従者との戦い。あまりにレベルが違い過ぎたために、それが明日菜に恐怖感を植え付けてしまったのである。
前にエヴァからネギを救出した時の、あの勇気が、全く涌いてこない。
「こ、こんなの……」
弱々しく呟いた明日菜の目から、涙が伝い落ちていく。しかし逃げることはできない。
最早、明日菜は嬲られるのを待つだけの、ただの獲物となっていた。
ネギは明日菜の後頭を抱いて顔を定位置で固定すると、そのまま半開きにした唇をゆっくりと、明日菜の顔に落下させていく。
明日菜の香りがネギの鼻をくすぐり、吐息が頬を撫ぜる。
怯えて泣きながら、許しを乞うように見上げてくる明日菜。
普段の勝気な明日菜を知っている者がいれば、少なからず嗜虐心を刺激されてしまうだろう。
ネギの行動は素早く、明日菜に目を閉じさせる時間も与えなかった。
ネギは明日菜の仄かに濡れた唇に、十分に唾液を塗した自分の唇を押し付ける。
「うっ、ううんっ、うっ、ん、ん、う、んん―――っ」
明日菜の目が見開かれた。固く閉ざした扉をこじ開けて、ネギの舌が明日菜の口に唾液を流し込みながら侵入し、その味を確かめるように動き始める。
「うむぅ―――」
何とか逃れようとする明日菜の頭をしっかりと固定して、ネギは明日菜の唇を貪り続ける。
分泌された唾液がとろとろと溶け合い、お互いの口の温度が流れ込んでくる。
口と口で生まれた生温かい空間で、お互いの舌が邂逅を果たした。
吸血鬼していたネギにとって、唾液と血液に塗れた明日菜の舌を弄ぶ行為は、食欲と性欲を酷く刺激されるものだった。
「ん、ぷはあっ……はあ、はあ、あ、やめてっ、ネギ、ネギぃ! あ、うぶ、んん―――」
苦しげに明日菜が声を上げて、ネギの唇から逃れようと顔を背ける。
しかし、操られているネギはむしろ積極的に辱めを行い、明日菜のファーストキスをむしゃぶり続けた。
だらりと糸を引きながら逃げる明日菜の唇を追いかけるように頭を動かし、ネギは明日菜のほっぺにまるで烙印のように唇を押し付けた。
弾力のある肌に唾液を塗りたくりながら舌を滑らせて、どろどろの明日菜の唇に吸い付いて舐めまわす。
これが食事ならネギの行儀は最悪だろう。明日菜の顔を唾液塗れにしながら自らの快楽の為に行為を続けるその姿は、理性を失った動物のレベルだった。
「ううっ、んんっ、ん、うんん………」
絡む舌から無理矢理に女の味を搾取され唾液を飲まされ、飴玉のように顔を舐めまわされる度に、明日菜の目から大粒の涙が零れる。
大切にしていたファーストキスの喪失と、助けに来た相手に陵辱されるという非情な現実は、カッターの刃を突き刺すように明日菜の心に深い傷を刻んだ。
「吸血鬼の唾液は麻薬に近い淫乱成分だからな。すぐに気持ち良くなれるだろう―――」
遠くからエヴァは、他人事のように明日菜にそう言って嗤った。
「ぷはっ、はあ、はあ、ああ……ネギ、はあ、はあ、本当に、私が分からないの?」
「…………」
無表情のネギはしかし荒い息で明日菜の上に圧し掛かると、そのまま明日菜の服をびりびりと縦に裂き、白いブラを力づくで毟り取った。
「いやあああっ! ね、ネギぃぃぃっ! あ、あ―――」
もしかしたら、ネギはここで正気に戻ってくれるのではないだろうか? このまま一線を越えずに踏みとどまってくれるのではないだろうか?
明日菜の心の中にあった希望を、ネギは服といっしょに引き裂いてしまった。
外気に触れた肌は強張るようにびくりと震え、服の中に溜まっていた熱気は夜の中に逃げていく。
形の整った小ぶりな胸は中学生相応だったが、揉んでみると肉厚が確かに伝わってきた。
ネギは明日菜の乳房を片方の手で捏ねまわす。明日菜の口を貪った舌はターゲットを、乳房の頂上の桜色の突起に移していた。
「あっ、あん、うっ…ぅあ、ああ、や、めて……」
まるで子供が母親の乳を欲しているように、乳首を吸い上げるようにネギは口に乳房を含んでいた。
舌の先で乳首を弄ぶのは悪戯小僧のような印象さえ受ける無邪気なものだったが、手で乳房を捏ねまわす動きは明らかに、明日菜を嬲る悪意が感じられる。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ………」
肉体を玩具にされていた明日菜に変化がでてきたのは、ネギが胸で遊ぶのを止めていよいよ犯されるといった時だった。
エヴァはネギを明日菜から離れさせると、横で見ていた亜子に指示を出す。
「和泉亜子、そのじゃじゃ馬を大人しくして、開いて我に見せよ」
「い、やあ、あ………」
むっちりとした明日菜の太ももが、亜子によって無理矢理こじ開けられた。
「やっ、なにするのよっ……」
「堪忍やアスナ……エヴァ様の命令には逆らえへん」
亜子は目に涙を溜めて顔を赤らめながらも、身体はエヴァの命令通りに明日菜のスカートや下着を破りとっていく。
毛が生えていない幼さが残る股間が露になると、明日菜は悔しげに俯いて羞恥に震え、エヴァは大声で嘲笑した。
「はっはっは、なんだお前、まだ生えてもいないお子様だったのか!」
高い声が響く。
「まあ坊やの相手にはちょうどいいな。ほら、最後なのだから坊やもよーく見ておくのだ」
「くぅ……こんなの嫌よぉ、ネギぃっ!」
手を弱々しくばたつかせて抵抗する明日菜に、エヴァは舌打ちして亜子に合図した。
「アスナ、本当にゴメン……!」
「うぐっ!? ……うあ、あ………」
亜子が明日菜の首筋にガブリと噛み付いた。すると暴れていた明日菜は嘘のように動きを止めて静かになる。
「せっかくだから貴様も愉しむがよい、神楽坂明日菜。どちらにしろ帰る場所はなくなるだろう」
エヴァはにやりと笑った。
「ジジイの孫が私の魔力に毒されて暴走している―――女子寮の壊滅は時間の問題だしな」
「なっ………それってどういう―――」
しかしエヴァは明日菜を無視して、はるか遠くの女子寮の方角を見て、自嘲気味に顔を歪めた。
「チャチャゼロの気配も消えてしまった……行かせるべきではなかったかも知れんな」
急に強い風が起こり、エヴァの長いブロンドの髪が一気に舞い上がった。
それはまるでエヴァの背を押しているような、不思議な突風だった。
「………我が想う道を進めと言うのか。ふん、最後まで生意気なヤツだ―――」
エヴァがゆっくりと天を仰いだ。風はエヴァの顔を隠すように髪を乱れさせたが、しかしすぐに静かになる。現れたエヴァの顔に変化はない。
「このかがどうしたのよ……? ああんっ」
亜子の指がゆっくりと明日菜の割れ目に伸びていく。
現れた肉の色はピンクより少し赤みがかかっていて、吸血鬼の唾液の効果だろうか、愛液で濡れて受け入れ準備を完了させていた。
「ふん、小便臭いガキだがまあいい。さあ坊や、その生に悔いを残さぬよう、存分に、な」
「………ね、ぎ、ぃ………」
明日菜の唇が少し動き、絞り出すように声を紡いだ。ネギはぴくりと反応したが、そのまま無表情で明日菜を犯さんと近づいていく。
陵辱される恐怖に、明日菜は固く目を閉じた。
「……………」
「…………」
「………」
「?」
恐怖とは長く感じるものだろうが、いくら何でも陵辱されるまで長過ぎる。明日菜は不思議に思ってそっと目を開ける。
「ば、バカなっ!」
エヴァも驚愕の声を上げてネギを見る。
「あ、すな、さん………」
ネギは―――耐えていた。
教師としての意地なのかそれとも別の感情か、顔を真っ赤にして歯を食い縛りながら、ネギはその精神力でエヴァの支配に抵抗していた。
「ネギ!」
明日菜がその名を叫んだ。
「私の支配から解放されたと言うのか!? いったい、どうして……いや、そんなはずはない!」
エヴァが魔力をネギに集中させ、再び支配しようとする。が、ネギはエヴァを睨んで大声で叫んでいた。
「僕は……アスナさんに、これ以上、ひどい、ことを……したくありませんっ!」
「ううっ!?」
人形の糸が切れた。その叫びに気圧されてエヴァが後退する。亜子も反射的に明日菜から離れた。
「ネギ……!」
「明日菜さん、大丈夫ですか?」
ネギはふらふらしながらも、明日菜に駆け寄る。
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
「うん、それは、もういいから。………あんたも無事でよかったわよ………」
ネギと明日菜はそのまま深く抱き合い、そしていっしょに逃げ出した。
「ええい! 女が目の前で股を開いているというのに、何もしないというのか!?」
エヴァが顔を真っ赤にして叫んだ。
「坊やはそれでも、この人形使いの私を、人形のように弄んだサウザンドマスターの息子なのかっ!」
エヴァを無視して逃げる二人の前に、そっと亜子が立った。
「ウチがエヴァ様や茶々丸に犯されてる時は、何もしてくれへんだのに……アスナやと、やっぱ違うんやね……」
逃走を阻止しながらも、亜子は静かに涙を流した。
「ウチは結局、先生にとってそれぐらいのもんやってんね……」
「あ、亜子さん……」
「最低や」
何かを言おうとしたネギは、その一言に黙ってしまった。
「くっ、なんだこの不愉快な展開はっ! まだだ! 坊やが駄目でも、神楽坂明日菜を操ってくれる!」
明日菜は亜子に噛まれている以上、エヴァの従者となったはずである。当然、エヴァの魔力によってコントロールできるはずだった。
しかし、
「あ、操ることができない!? 魔力が無効化されている……のか?」
エヴァが驚きの声を上げる。
「ジジイがわざわざ孫娘と住ませるくらいだから、只のガキではないと思っていたが、貴様何者だっ!」
明日菜はエヴァが言った意味がよく分からなかったので、何も言えなかった。
「マスター! 結界の中和が完了しました。これでマスターは麻帆良から脱出が可能です」
その時、事態の外にいた茶々丸がエヴァに駆けよって報告する。しかし報告には続きがあった。
「しかし同時に、マスターの魔力を封じ込めている結界が復旧しつつあります。ここからでは阻止できません」
機械音声が緊迫感もなく、状況を伝達する。
「復旧まであと30秒です。今すぐに麻帆良から脱出を」
「ほう、そうか………って、おい!」
麻帆良から脱出できるようになっても、魔力が封じられていれば捕まってしまうだろう。
「しかし坊やが!」
「ネギ先生の抵抗を考慮に入れますと、拉致する時間はもうありません。マスター、ここは退くしか……」
「く、くそっ! ここまできて!」
エヴァはしかしすぐに決断すると、蝙蝠で編んだマントを両脇に広げた。そして従者を連れて虚空に舞い上がる。
「えっ!? き、きゃあああああ―――っ! 先生ぇ! アスナぁ!」
亜子もまた見えない力によって、空中に浮かび上がっていった。亜子は明日菜たちを掴もうと手を伸ばすが、虚しく空気を掻く。
「和泉亜子は人質だっ! 覚えていろ坊や!」
「亜子さん!」
「亜子ちゃん!」
ネギと明日菜がよろめきながら、手を伸ばした。しかし亜子には届かない。
「ああっ……あかん」
亜子は伸ばした手をだらりと脱力させる。その顔は諦めの色が濃い。
「ネギ先生」
亜子はネギを見下ろして言う。
「ごめん、さっきは言い過ぎたわ」
真祖に連れられていく亜子は少し疲れたような顔で、ネギと明日菜を見て微笑んだ。
「助けに来てくれたんは嬉しかった。明日菜も、無事でよかったやん―――」
そして最後に、
「また、助けに来てな―――」
泣きながらそう言って、そして―――
それは麻帆良学園から遠く離れた、学生の女子寮の一室だった―――
カタカタカタ、とキーボードを打つ無機質な音だけが響いていた。唯一の光源であるパソコンのディスプレイが、暗い部屋をぼんやりと浮かび上がらせている。
学校では眼鏡をかけた地味な風貌の非協調性のある学生、そして部屋ではインターネット界の人気ナンバー・ワン・ネットアイドル。
この二つの顔を持った少女はチェアに浅く腰を降ろし、目と指だけを高速で動かして麻帆良のセキュリティシステムに侵入を試みていた。
ドアの向こうの廊下は戦場である。中学生離れした身体能力を持った忍の少女と、吸血鬼化し狂暴化した勝負師の少女が壮絶な死闘を繰り広げているはずだった。
「はあ、はあ、はあ…………さあて、始めようか―――」
少女の瞳に危険な光が宿る。
「勝つのは、私たちだ―――私たちが、私たちが、私たちが、私たちが―――」
興奮の度合いを現すように、キーを打つ指に力が篭っていく。
しばらくして、画面に文字列が現れる。
『結界予備シムテム、起動』
結界。
予備。
システム。
起動。
少女は画面に浮かんだそのメッセージを何度も確認する。
何度も各単語に焦点を合わし、その意をしっかりと認識する。認識を反復し理解を数回行い、
「―――っ!」
少女はまるで花火が爆発するように歓喜の声を上げた。
明日菜とネギは静かになった屋上で、お互いの無事を確認するようにしばらく見つめ合っていた。
明日菜はネギの無事を、ネギは明日菜の無事を確認した。
屋上は今までの騒ぎが嘘のような静寂に包まれていた。夜の闇に染められた屋上は、まるで時間すらも止まったような無音の世界と化していた。
エヴァと茶々丸の姿は消えていた。明日菜の記憶の中に、逃げるように夜空に飛び去っていくエヴァの姿が残っている。
和泉亜子の姿も無かった。彼女もまた、エヴァたちに攫われて屋上から消えてしまっていた。
「わたし、たち、助かった、のよ、ね……?」
口の端から血を流しながら、明日菜が苦しそうな声を出した。
「ええ、たぶん。でも、亜子さんが……」
「ネギ」
明日菜は苦しそうに呼吸しながら、ネギの手を握って力を込める。
「亜子、ちゃん、のことは……とっても悔しいけれど………」
明日菜の目にじわりと涙が浮かび、そのまま流れ落ちた。ネギは、はっとして明日菜を見る。
「今は、あん、たが……無事でよか……っ……………」
そう言って明日菜はずるりとネギの身体から崩れ落ちる。
明日菜は操られてはいなかったが、吸血鬼化していた。魔力の供給が断たれたため、桜通り事件のまき絵のように眠ってしまったのである。
「あ、明日菜さん!? ……すぐに助けを呼んできますからっ! カモ君っ!」
「お、おう!」
どこからともなく現れたカモが、ネギの頭にぴょんと飛び乗った。
「兄貴、落ち付いたらよ。姐さんにパートナーになってもらおうぜ。あれ以上兄貴に似合う人、そうはいないと思うぜ―――」
今まで隠れていたのに負い目があるのか、カモはいつもより少し大人しかった。
「はあ、はあ、はあ、待っていてください……明日菜さん」
父親から貰った魔法の杖を、杖として実用的に活用しながら、ネギは屋上から校舎の外へと移動を続けていた。
宿直の先生もエヴァにやられたのだろう。明日菜と同じ状態だった。魔法を使うエネルギーは最早残っておらず、携帯電話は壊れてしまっていた。
しかし、ネギのダメージが大きくて明日菜の治療できない以上、明日菜の治療のためには人を呼ばないとならない。
ネギも血を失血死寸前まで吸われて治療が必要な状態だったが、明日菜を救うために重い身体に鞭を打ち、杖で支えながら歩いていく。
かたつむりのようなスピードだったので、校門まで辿り付くのに時間がかかった。
「あっ! 誰かいるぜ兄貴!」
カモがそう言って校門の方を指した。暗闇をよく見ると確かに、校門の辺りにぼんやりと人影が動いているのが分かった。
「貴女は、桜咲さん……?」
ネギがその人影の名前を呼ぶと、その人影、桜咲刹那は驚愕したような顔で振り向いたが、明らかに様子がおかしかった。
まるで犯行現場を見られた犯罪者のような挙動不審。怯えと動揺が入り混じるその顔に、普段の凛々しい少女の面影はなかった。
持っていたのは肩から下げたバックが一つ、ぱんぱんに膨らんでいた。ファスナーからは衣類がはみ出している。
まるで校舎に忍び込んで衣類を掻き集めていたような、余りにも怪しい姿である。
「ね、ネギ先生……ど、どうして、ここに……」
ネギが一歩近づくと、刹那は一歩ネギから離れる。
この時の桜咲刹那は、実は誘拐した木乃香を近くの公園に残して、衣類その他を調達する為に校舎に忍び込んでいた。
しかし、そんな事を知らないネギは不幸にもエヴァの言葉を思い出し、絶対に言ってはならない、災いを呼ぶ言葉を口に出してしまった。
「女子寮で何かあったんですか? 木乃香さんが暴走しているってエヴァさんがうぐっ」
鞘に収められた刹那の刀が、ネギの言葉が終わる前に脳天に振り下ろされた。鈍い音と共にネギは崩れ落ちる。
「ち、違うんですっ! これは、私とお嬢様の合意の上なんですよっ! だから私は悪くありませんっ! も、もちろんお嬢様も悪くありませんっ! し、信じてください……」
ネギを殴り倒した刹那はガタガタ震えながら、気絶したネギに弁解を始めた。殴った鞘には赤い血がべっとりと付いていて、倒れたネギの頭部からも血が流れている。
「ネギ先生……?」
「いきなり何しやがるんだっ! 兄貴、しっかりしろっ!」
刹那は呆然となって、虚ろな目で鞘についた血をじっと見つめている。しかし、いきなりカモを見て、その場に土下座した。
「も、申し訳ありませんっ!」
そして立ち上がると、一歩ずつネギから離れ出した。
「すみません。わ、わたし、急用が―――」
「て、てめえちょっと待てよっ! 逃げる気かよっ!」
「あ、ああ、ご、ごめんなさい、わざとじゃないんです、ほんとうですよ、は、はは、だって、ねぎせんせいが、このちゃんのことを、きいたりするからわるいんです」
一歩離れる毎に、ネジが一本、また一本と頭から落ちていくように、刹那の口調が怪しくなる。
「だ、だ、だって、このちゃんが、わたしのかえりをまっているんです、このちゃん、ああみえてさびしがりやだから―――」
そのとき、刹那の背中からひらりと、一枚の呪符が舞い落ちた。
「わたしが、そばに、い、いてやらないと、わた、しがいないと、このちゃんがかなしみ、ますから……ほんとうにごめんなさいっ!」
そう言って刹那は、校門を飛び越えて走り去ってしまい、カモは呆然とそれを眺めていた。
「な、なんてこった……兄貴、おい兄貴、せっかくパートナーも見つかったってのに! 和泉さん助けるんだろ! しっかりしろ兄貴!」
カモが呼びかけるも、ネギは動かない。
その時、別の女の声がした。背筋が凍るようなマイナスの雰囲気を持った、しかし美しい声だった。
パートナー? そういやネギ君、パートナーを探しに日本に来たって、言っとったなぁ―――
その声は刹那の背中から舞い落ちて、しかし空中に静止したままの呪符から聞こえてくる。
「こ、この声は……このか姉さん!?」
ふふっ、ふふふっ、ネギ君も魔法使いやったんやぁ。なら、いろいろ教えてもらえるかなぁ―――
呪符が発光し、まるで風船を膨らませているように巨大化していく。
それは大福が潰れたようなフォルムの顔になり、白い魔法使いのローブになり、巨大なトンカチになる。
それは「のんびり白魔術師」といった感じの外見の、しかし数メートルはある怪物だった。
「ちょっと、一緒に来てもらおうかなぁ―――」
桜子の数倍はある巨大な口から聞こえてくるのは、美しい木乃香の声である。
「ペーパーゴーレム……し、式神ってやつか? でも、どうしてこのか姉さんが……うぐっ、ぐあ、ぁ……」
式神はネギとカモの首根っこを掴み、カモをぎりぎりと締め上げる。
そのままカモを気絶させると、式神は刹那を追うように校門から出ていった。
誰もいなくなった校門付近に、風が虚しく吹いた。
明日菜は早朝に、出勤して異変に気付いた教師によって発見され、十時間後に病院のベッドで目覚めた。
女子寮などの混乱で翌日は臨時休校となり、明後日から学園は再開されることになった。
屋上は立入禁止になった。この屋上はある人物の血で染まることになるが、それはまだ先の話である。
…………
…………………
御世辞にも綺麗とは言えない安ホテルで、刹那、木乃香、ネギ、カモは夜を過ごしていた。
木乃香を連れた刹那が用意した部屋、広さは女子寮より少し狭い。壁紙は変色し、全体的に湿っぽい空気が満ちている。備え付けのベッドも妙な染みやらがついていた。
「まあ、中学生のせっちゃんじゃあ、こんな部屋を用意できただけでもすごい。貯金もないみたいやのに。ねえ、カモちゃん」
「へ、へい。そうですね……このか姉さん」
鳥篭に入れられたカモが、媚びを売るように尻尾を振り、愛想良く木乃香に応える。
木乃香はネギに回復魔法を使用していた。床に寝かされたネギを魔法の光が包み込み、エヴァと刹那につけられた傷が治っていく。
「ふう、回復魔法連続は疲れるわぁ。しんどー」
「兄貴も回復魔法は苦手ですからね。いや、流石はこのか姉さんだっ! 家系も才能も申し分ねえやっ!」
カモは引き攣った笑みで木乃香を持ち上げた。
「おまけに家庭的! 美人! いよっ大和撫子! こんな人に飼ってもらえるなんて、お、俺っちはオコジョ一の幸せ者だぜっ!」
「嫌やわー、カモちゃんたら」
笑顔で微笑み返す木乃香に、カモも「へへっ」と頭を掻いて笑い返す。しかし、尻尾は恐怖でガタガタ震えていた。
カモが木乃香のペットになるか、オコジョ鍋になるかはまだ決まっていない―――だから必死に木乃香を持ち上げているのだ。
刹那は部屋に入るや倒れ、死んだように眠ってしまった。怪我は治っていても、疲労は溜まっていたのだろう。ベッドですやすやと寝息を立てていた。
その後に木乃香は、ネギとカモを部屋に連れ込んだ。
「ネギ君もせっちゃんも、この分やと明日は目ぇ覚まさへんな。かなりの疲労や。さてと、桜子ちゃんたちを早速呼び出して……ここを移動する段取りでも―――」
木乃香は拾った携帯を取り出すと、メモリから従者たちの番号を呼び出す。しかし止めた。
「まあ……桜子ちゃんたちも、少し休ませとこか」
そして木乃香はベッドにネギを寝かせ、そのまま自分も横たわり川の字になった。右から刹那、木乃香、ネギである。
狭いベッドだったので、三人ではぎゅうぎゅう詰めだった。
「まあ、夜に寝る吸血鬼ってのもアレやけど、一回ぐらいは悪くないかな……」
刹那とネギに挟まれて、木乃香は幸せそうに微笑んだ。
「温かいなぁー。夢の中でも、せっちゃんと遊びたいなぁー」
木乃香はうふふ、と笑いを噛み殺して言った。
「今日はいろいろな出来事があったなぁ。思えば昼間に亜子ちゃんがエヴァちゃんを追いかけとったんが、始まりやったんか―――?」
今日の出来事を思い返しながら、木乃香は刹那の頬をそっと撫ぜる。
「今日は失敗してもうたけど、そんなん言うたらウチらは、かなり前から失敗してるよね。せっちゃん」
木乃香はそう言って、刹那の頬にそっと唇をつける。
「えへへ、寝る前のキス。いっしょに寝るなんて何年ぶりかなぁ。あ、ネギ君も、ちゅー」
木乃香は布団の中で、楽しそうにもごもごと動いている。
残虐な手段で刹那の心を惑わせ、兵隊を量産した木乃香が望んでいる夢。
誰にも邪魔されずに、好きな人と分かり合い、いっしょにいたい―――
本心を分かってくれない刹那を嬲り、邪魔者を打ち倒すために吸血鬼を増やした目的であるその夢は。
みんなでいっしょに仲良く寝ている、汚いベッドの延長線上にある、誰もが望む夢なのだった。
「あ、カモちゃんも適当に休んでな。起きたら仮契約とかしてもらうから」
何もしていないのに電気が勝手に消え、部屋は夜よりも暗い闇黒に包まれた。
「そんなら、おやすみー。今日の続きを始めるべき夜まで―――」
to be continued
最終更新:2012年02月12日 21:48