楽日 第三話
× ×
「ほー、上手いモンやなー」
ハッと振り返った愛衣が、ニッと笑う小太郎を見てぬいぐるみをわたわたとお手玉する。
そして、辛うじてそれをキャッチしてから、すーはーすーはーと深呼吸する。
その側で、高音がはあっと嘆息して眉間を摘んでいた。
「姉ちゃん、もう一回残ってるよ」
オヤジの声に我に返った愛衣の目に、ハンターの光が宿った。
そして、一発必中小さいアクセを撃ち倒す。
「おお」
「小太郎さんも認める遠距離戦のプロですから」
銃口を上に向けた愛衣が小太郎にニコッと笑いかけ、小太郎もニッと笑みを返す。
「へえー、上手いモンねー、私もやって見るかなー」
「じゃあ、僕も次に」
「んー、せっちゃん、あれかわえーなー」
「オヤジ、この割り箸を借りるぞ」
小太郎と同行していたネギとかつての通学班の面々が次々と立候補する。
「ん?射的か」
「ふむ、真名もやるでござるか」
「あー、射的面白そー」
「あ、ゆーなやってく?」
丸で誘蛾灯に吸い寄せられる様に、浴衣姿の美女達が龍宮神社夏祭りの一角にわらわらと集結を始めていた。
× ×
「コタロー君」
「おうっ、夏美姉ちゃん」
タタタと駆け付けた夏美に、小太郎が手を上げた。
「はい、コタロー君」
「おう、有り難うな。ん、んまい」
「お、肉うまそ」
「かあー、ついでに一杯欲しくなるねー」
千鶴と夏美と小太郎でフランクフルトをくわえている隣で、
いつの間にやら大集合していた旧3Aの誰かの声が聞こえる。
「ん?」
夏美と目が合った愛衣が、ぺこりと頭を下げる。
「似合ってるねー」
「え?」
「浴衣。やっぱ素材がいいんだねー」
「え、あの、夏美さんもお似合いです」
「そりゃどーも」
にこにこ笑った夏美に言われ、下を向いた愛衣が夏美に言った。
「本当ですねー」
近くでネギの声が聞こえる。
「僕が言うのもなんですが、すらって背が高くて金髪でも似合うんですねー」
「な、何を仰るんですかネギ先生まったく」
にこにこ笑って素直に発言するネギとツンとした高音を見比べて、
愛衣と夏美がくすっと笑みを浮かべる。
「お、金魚すくい」
「金魚すくいですか」
小太郎の声に愛衣が反応した。
「金魚すくいですか…」
「あ、ネギ君ヤキソバ食べに行こヤキソバ」
「え?あ、はい」
「ほな集合は一時間後社殿前でー」
身を浮かしかけたネギが木乃香にぐいっと袖を引っ張られ、
そのまま連れ立って木乃香の叫びと共に目当ての露天に向かう。
「おうっ、やるやんけ愛衣姉ちゃん」
「結構器用な方でして」
ふっと微笑んだ夏美が、ついっと向きを変えて歩き出す。
千鶴が、その横ににっこり笑って寄り添う。
旧友の流れを見渡し、ちょっと浮かない顔でふうっと息をついた亜子の肩を、
運動部二人組を従えた裕奈がぽんと叩いた。
× ×
「愛衣姉ちゃん」
「はい?」
愛衣が、ハッと横を向いて少々怪訝な顔の小太郎の顔を見た。
そうだ、ついさっき、大水槽の上で二人揃ってビニール袋を逆さまにして歩き出して。
「混んで来たさかい、ぼーっとしてると迷子になるで」
「もーっ、お姉さんなんですからね私」
「あー、そやったなー。そーゆー所は…」
「何ですか?」
にこっと微笑む愛衣を見て、小太郎は後の言葉をなんとなく呑み込む。
つと明後日を向いた愛衣は、人混みの向こうにふわりと赤っぽい癖っ毛を見る。
小さく頭を下げると、人混みの切れ目から、ちょっと困った様な笑みが見えた。
「あー、だから何きょろきょろして…」
ぐにっと、腕に伝わる柔らかい感触に、小太郎が目をぱちくりさせた。
「本当に混んできました、迷子になっちゃいそうです」
「あ、ああ…」
小太郎がチラッと斜め下を見ると、その視界に映る愛衣は一際力強く、ぎゅっと小太郎の右腕に抱き付いた。
「さーて、ほな、俺らもヤキソバでも食うか?」
「そうですねー…」
最終的には小太郎の浴衣の袖を掴むと言う形に落ち着いて歩いていた愛衣が、
ふと目の前の小さな光を目で追っていた。
「ん?…」
「えっ?」
ひくひくと鼻を動かしていた小太郎が、ニッと笑うとぐいっと愛衣の手を引いた。
× ×
露天の明かりが何となく遠くに見える森の中。
小太郎と愛衣の周囲には、だらしのない格好の若い男たちが何人もニヤニヤ笑ってたむろっていた。
「ガキがいい女連れてんじゃねーか」
「こんなトコに女連れ込んでチョメチョメしようってーの?ガキが生意気なんだよ」
「姉ちゃん、こんなガキやめて俺らといい事しね?」
「んー、いい女ちゅうのはホンマなんやけどなー」
「あー、二十分の一も出せば片が付きますけど」
「未熟やなー、五十分の一で十分や」
「それでは、二人で百分の一って事で」
「よっしゃ」
小太郎がパンと拳で掌を打ち、愛衣がびゅんと箒を一振りする。
× ×
「小太郎さん?」
駆け出した小太郎に引っ張られ、息を切らせた愛衣が周囲を見回す。
周囲には、とっくに露天の姿は無い。
それ所か、灯りすら見当たらない森の中だった。
「え、えっと…」
愛衣が、ゴクリと喉を鳴らして、桜色の浴衣の袷をぎゅっと掴む。
「この辺やと思うんやけどなー…」
しかし、小太郎は、愛衣からちょっと離れてきょろきょろ周囲を見回している。
「…あ…」
小さな光が、ふわふわと愛衣の前を浮遊する。
それは、段々と数を増し始める。
その幻想的な光景に、愛衣は言葉を失った。
「やっぱりや、ええ水の匂いがしとったからな。方角から見て多分この辺やて。
ま、この神社の水場言うたら愛衣姉ちゃんには鬼門やけどな」
「…綺麗…」
小太郎がニッと笑い、愛衣はほーっと見とれて立ち尽くす。
「ありがとう…」
「い、いや、まあ、そんな改まってあれやねん」
愛衣は言い淀む小太郎にスタスタと近づき、その横に立った。
愛衣は改めて小太郎の腕を取ってぎゅっと体に押し付けた。
「小太郎さん?」
「何や?」
「あの、あの時の、後夜祭の時のその、あれも、
あれもやっぱり、お祭りだけの事、だったんですか?」
「俺も軽く見られたモンやなー」
一言一言選んで言う愛衣の横で、小太郎は頭の後ろで手を組んで嘆息した。
「あー、俺なぁ、ネギとちごうてそんな簡単に誰でも彼でもその場でブチュブチュキスする程器用やないて。
詰まり…」
「詰まり?」
「詰まり」
小太郎が、しっかと横の愛衣を見て、愛衣も見返した。
「詰まり、本気や、ちゅう事や」
丸でメンチを切る様に言い放った小太郎に、愛衣は飛び付く様に抱き付いた。
「信じて、いいんですね?
小太郎さんは怒るかも知れないけど、女性はハッキリさせないとドキドキ不安なんですっ」
「ああ、分こうとる」
小太郎も又、愛衣をぎゅっと抱き締める。
「んっ、むっ…」
熱い口づけ、愛衣の方から積極的に舌を差し込み、小太郎もそれに応じて絡め合い貪り合う。
「…柔らかいなぁ、愛衣姉ちゃん」
「小太郎さん、やっぱり逞しいです」
ついと唇が離れ、優しく抱き締め合いその腕の中に互いを感じる。
改めて、きゅっと小太郎に抱き付き顔を小太郎の胸に埋めた愛衣を前に、小太郎はゴクリと喉を鳴らす。
「あー、愛衣姉ちゃん」
「はい」
小太郎の声はうわずり、愛衣の声にはしっとりとした柔らかさ艶っぽさが加わる。
小太郎は、無言でぎゅっと、華奢な愛衣の身が折れんばかりに抱き締める。
「俺、愛衣姉ちゃんが…」
返答代わりに、愛衣は小太郎にその身を押し付ける様に小太郎を抱き締め、顔を上げ、唇を求めた。
× ×
「わっ!」
「な、なんですか?」
草の上に、むしろ紳士的な程の優しさで横たえられ、
心臓バクバクを通り過ぎていた愛衣が小さな驚きの声に反応した。
「あ、いや、ノーブラなんやな」
「あ、ええ。余り浴衣に合わないですから…」
意外な程に器用な手つきで帯を解き、ぐいっと前を開きながら変な所に反応する。
ぽかんと返答していた愛衣も、心の中でくすっと微笑む余裕が出来た。
さああっと枝葉が鳴り、その隙間からの月光に覆い被さる小太郎が逆光となり愛衣は顔を横に向けた。
「あ、あの…それで、その、どうですか私のその…」
「綺麗や…」
魂が抜けた様に言った小太郎は、揉むのも惜しいと言った有様で、
ぐにぐに掴むが早いかかぷっとむしゃぶりついていた。
「あ、あんっ…」
「ん?」
「んふふっくすぐったいです、小太郎さん」
「あ、ああ…」
「ええ…あんっ…くすぐったくて、気持ちいい、いっ…」
「あ…」
「優しく、して下さいね女性のおっぱいは敏感なんです」
びくっとそこから離れた小太郎の手を取り、愛衣はにっこり微笑む。
だが、その愛衣の手もまた震えを帯びていた事が分からぬ小太郎でもない。
少しの間やわやわと手を動かし、ちゅうちゅうと無心に吸い付きながら、
その張りのある柔らかさ。ぷるんと形良く膨らんで青白く照らされた膨らみの美しさに、
小太郎は魅了されるばかり。
だが、そんな小太郎でも、その先がある事ぐらいは知っている。
我が身が何よりもそれを求めてやまない。
「あー、こっちはゲフンガフン…」
小太郎は体を下に動かし、浴衣の裾をバッと開く。
やや苦戦していたが、それでも、白いショーツをお尻の方からするりと引き下ろす事に成功した。
お臍をアクセントに白いお腹から太股。その下の黒いかげりは楚々としながらしっとりと艶めく。
「ひゃっ!」
愛衣の体が、ひくんと跳ね上がった。
「あー、愛衣姉ちゃん?」
「あ、はい、大丈夫って言うか気持ちいいって言うかそれってはひゃっ!!」
その反応に、どうやら痛くはないらしいと見当を付け、
小太郎はその女性の聖地に向けた舌先を動かし続ける。
その中でも更に鋭敏な急所を探り当てるのは動作も無い事だった。
「あー、なんつーか、大丈夫か?」
はぁはぁ息を荒げて伸びている有様にようやく気付き、小太郎が大汗を浮かべて尋ねる。
「は、はい、大丈夫、です。でも、私もそのそろそろ…」
「ああ、そやな。俺ももうたまらん愛衣姉ちゃんがそのエロ過ぎてああすまんマジで…」
言い淀む小太郎に、愛衣はにこっと優しく微笑む。
正に乱れ切った姿で微笑む愛衣を前にして、愛衣の両脚の間に膝立ちの形になっていた小太郎が、
ゴクリと息を呑んで自分の浴衣の裾の中に手を入れる。
裾が開き、トランクスが下ろされて見事に反り返った若々しく逞しいものが姿を現す。
一応の知識はあるが、禍々しい程のものである
禍々しい程のものだが一応の知識はある。
それなりにいい歳の年上の女性として、どちらが正しいのか愛衣は少々反応に困っていた。
「愛衣姉ちゃん」
だが、切ないくらいの小太郎の声に、愛衣はぐっと頷く。
その顔を知っている、これまで何度も共に死地に赴いて来たパートナーの顔を見た小太郎は、
愛衣の女としての覚悟に腹を決める。
「えーっと、その、つまりそこでそのあにょですからその沈む所のそれをその…」
「あ、ああ、うん、ほな…」
とにかく、後は勘が頼りと言うのが正直な所であっても、
その勘と愛衣を信じて、小太郎は力強く腰を沈め込んだ。
「んっ、つっ…」
「愛衣姉ぇ…」
それは、ぎゅっと抱き締め合っている間に、流れ星の様に通り過ぎていた。
× ×
「ゃん…愛衣姉ちゃん…」
「…え…」
覆い被さる小太郎の顔、諸肩脱ぎになった小太郎を目の前にして、愛衣は目をぱちくりさせていた。
「ああ、良かった、大丈夫そうやな。
なんかぼーっとしとったから、俺なんぞまずい事したかんかなーて…おい…」
ぽろっとこぼれ落ちた真珠の涙に、小太郎の狼狽はピークに達した。
それを見て、愛衣は首を横に振る。
「違うんです…小太郎さん優しい…」
「大丈夫か?」
「大丈夫、私今、すっごく、すっごく幸せですから」
自然に、小太郎の腕はきゅっと愛衣を抱き締める。
「愛衣姉ちゃん」
「はい」
「こーゆーの、女に聞くの失礼かも知れんけど。
愛衣姉ちゃん年上でもう大人で、こんなに綺麗で男に持てるやろ。
協会出入りしてても色々、いや、愛衣姉ちゃんいい女や言うんはうじゃうじゃ聞こえてる。
で、こーゆーの愛衣姉ちゃんって…」
「気になります?」
「まあ、いや、なんつーか…はい、気になります」
口ごもっていた小太郎が、にこっと微笑む愛衣を見て素直に返答した。
「あー、正直そういう奴が目の前にいたら一発挨拶したりたいトコやけど、
そこん所は俺の方が昔ん事言える筋合いちゃうし。
その前に俺、そういう女の事とかよう知らへんし、
何かさっき痛そうでぼーっとしてたからその大丈夫かとか…」
「はい、大丈夫ですよ。それに、これが初めてです。
そういう対象の男性って小太郎さんしか見てませんでしたし、年齢的にちょっと変態入っちゃいますけど。
私はそんなに軽い女じゃありませんからね」
「ほうか…愛衣姉ちゃんみたいなイトはんにそう言われると俺嬉しいわ」
ぺろっと舌を出して笑う愛衣に、小太郎はバリバリ後頭部を掻いて言った。
「俺も…初めてや…すっごい良かった愛衣姉ちゃん」
「嬉しい。小太郎さんもモテモテなんですから。
今時珍しいワイルドでパワフルで結構イケメンの最強肉食男子って。
私を選んでくれてすっごく嬉しい」
「わっ」
そっぽを向いてもごもごと言っていた小太郎が、
きゅっと抱き締められ、くしゃくしゃと頭を撫でられて慌てた声を出す。
「んふふっ、やっぱり逞しいです。小太郎さん、大好きです」
「柔らかくてええ匂いやなぁ。ああ、俺も大好きや愛衣姉ちゃん。俺、大事にするさかい」
「嬉しい」
真摯に見つめ合い、既にはだけて汗ばんだ胸と胸を重ねながら、唇を重ねる。
唇を吸われた愛衣が静かに閉じた瞼から、つーっと一筋の滴が頬へと伝い落ちていた。
× ×
「あ」
「ほう」
自然と指を絡める様に体の横で手を繋ぎ、森の中を露天街へと向かっていた小太郎と愛衣が、
途中で真名と遭遇する。
「何やたつみー姉ちゃん。こないな所で」
「君達には言われたくないがな」
「蛍がいました」
「ああ、向こうは穴場なんだ。ちょうどゴミの片付けが終わった所でな、私も見に行こうとな」
「そうですか」
「あー、佐倉」
ぺこりと頭を下げ、小太郎と共にすれ違おうとした愛衣に真名が声を掛ける。
「神社で染み抜きもやってるぞ。
草の汁に…何ならルミノールにも反応しない様に分解するが?
蛋白質成分も意外と分かるものだぞ。その布地だと結構目立つだろう」
最終更新:2012年01月28日 14:52