432 :第24話「ハッピーエンド」 ◆lQS9gmV2XM :04/02/21 01:13 ID:UjWR1PEW
真祖とその従者が学園都市の外に降り立った時、背後には一人の少女がいた。
髪の毛は長くない。赤い瞳。サッカー部のユニホームを着ている。
少女は真祖に支配されている。
しかし意識は残っていた。
絶望していたが、心の中には一滴の涙ほどの希望があった。
知ることができた。
精神力で、その支配には抵抗ができると。
担任の子供教師が、まるで少女に道を示すように、それを教えてくれた。
少女には確信があった。
このまま真祖の進む道についていけば、自分にはきっと未来はない―――
だから、一回だけでも、抵抗してみよう―――
運命的なその偶然は、真祖がとりあえず自由を手に入れてふっと気が緩んだ、その一瞬に抵抗が重なったことだった。
―――がぶっ
「があ゛……?」
抵抗は成功した。口に広がった真祖の血は、ほっぺが溶け落ちるほど美味だった。
真祖が少女を睨んだ。従者が引き離そうとする。
嬲られていた少女の感情は、ここで憎悪となって爆発した。
思い切り牙を立てて、血を貪った。
………………………………少女の全てが壊れた。
三日目。
女子寮の周辺に倒れていた謎の集団は、警察と思しき車両に積め込まれて、そのまま運ばれていった。おそらく警察のふりをした魔法関連の組織だろう、と千雨は想像した。
学園は休校になり、女子寮は半壊し、周辺にヘリの残骸が転がっているという特異な状況下で、生徒たちは戸惑ったまま一日の休日を過ごすことになった。
「甲賀忍軍、心得その一、天気のいい日はお外で遊ぼう!」「わぁー、すっごい、パソコンがあります!」
自分の部屋でコーヒーを飲んでいた千雨は、新手の嫌がらせと思しき行為に頭痛を感じていた。
「えー、ココアはないですかー? 苦いの飲めないです」「甲賀忍軍、心得その二、好き嫌いせず何でも食べよう!」
「手裏剣とりゃあ!」「あ、新しいゲーム機です」
「え、どれどれ?」「あ、これって何ですか?」
「あー、うるせー」
纏わり付いてくる鳴滝姉妹の騒音の相乗効果に、千雨はストレスのゲージは必殺技を繰り出せるレベルにまで上昇していた。
まるで力を溜めているように、アルコール中毒者の振動を見せる。
「うるさいっ!? こら、千雨丸! 甲賀の先輩にむかってそんな事言って―――」
「お、お姉ちゃんダメ、千雨さん、マジでウザがってるです」
千雨の発する信号をキャッチした史伽が、急いで風香を引き離した。
「まあまあ、千雨はそうカリカリせずに。風香、史伽、少し向こうで遊んでいるでござる」
楓は千雨と向かい合ってコーヒーを飲みながら、やんわりと姉妹を部屋から出した。
「はぁ、お前もいろいろと大変だな。あんな連中に付き合わされて」
「ははは。同じ部屋の、可愛い家族でござるよ。さて、それはそうと、昨日の事でござるが―――」
楓はカップを置くと、薄っすらと糸目を開いて言った。千雨も、睨むような視線で楓を見る。
長瀬楓は、昨夜この女子寮で起こった出来事をほぼ完全に覚えていた。
楓はもしかしたら魔法使いの血筋なのではないかと千雨は思ったが、本人も知らないようだから尋ねていない。
「この辺りをうろちょろしている黒服たち、おそらくは近衛家に雇われている連中でござろうが、少しその辺から情報を集めてみたでござるよ。まず、今、ここは安全かどうか」
ごくり、と千雨は唾を飲み込んだ。
「答えは否、要警戒でござる。どうやら近衛木乃香の現状は行方不明。即ち、宮崎のどか、早乙女ハルナ、釘宮円、柿崎美砂、そして椎名桜子、この五人が元に戻ったとは言い切れない」
「桜咲は?」
「状況から判断すると、もうダメでござろう。おそらくは近衛木乃香に攫われた―――」
予想していた答えだった。楓相手では意味もないだろうが、千雨は平静を装う。
「そうか……で、これからどうすればいい?」
「拙者が五人を監視する。寮の半壊で住民は7つの施設に分かれて引っ越す事になるらしい。今夜までには連絡が来るでござるよ。それで、お主や史伽たちをあの五人から隔離する」
「ど、どうやって? 抽選じゃないのか?」
「お主は拙者や史伽たちといっしょに、あの五人のいない施設に行くでござる。その細工はもう完了済み。お主の部屋はネット環境の整った大部屋でござるよ」
「そ、そうか…」
千雨はほっと胸を撫ぜおろす。
「件の五人は同じ施設に押し込んである。3Aのクラスメイト、さんぽ部とは隔離。近衛木乃香は行方不明の者といっしょにしておいた」
「なるほど…すげーな、お前って。でもさ、その工作って、なんか、あからさまじゃないか?」
「7つの施設全てに危険因子が広がるよりマシでござろう」
「……まあ実際、同じ場所に変なのが住んでいるよりはマシかもな。気が休まらねーし。うん、納得した」
「しかし、拙者が人事に細工をした結果、吸血鬼化するかもしれない危険な連中がいる施設に、行かなくてもよかったのに、行くことになった者もいるでござる」
楓はもう、笑っていなかった。怒っているようにすら見える。
千雨は無表情で、コーヒーを置いた。
「これで何かが起こった時、犠牲にならずに済んだ者が犠牲になる事もある。そうすれば拙者は、どう言い逃れをしようと、罪人でござるな―――」
「お前が責められるような事になったら、私も同罪だな」
千雨が歪んだ笑みを作る。
「だが拙者は、罪人になってもあやつらを守りたい。勿論、戦友であるお主も」
「有難いな。……あー、そうだ、セキュリティシステムを使いたかったら、いつでも言え。変更されたパスワードも解読してある」
「……ふふふ。お主は有能でござるなぁ……。これで愛想が良ければ人気者なのに」
「ははは、別にいーんだよ。……知らないだろうが、裏の世界じゃ、けっこう人気者だよ。私」
そして二人はテーブルを挟んで、がっしりと握手する。友情と同盟を足して2で割ったような光景だった。
「話終った?」「あ、握手してるです」
部屋に再び、鳴滝姉妹が入ってきた。どういうわけか風香は自信満々の笑みを浮かべている。
「さっきは済まなかったな千雨丸。おわびにボクらの秘奥義を見せてやる!」「み、見せてやる……」
千雨が「いや結構」と言う前に、楓が目で千雨に合図をした。
「………お、おう。見せてみろよ」
「 鳴 滝 忍 法 ! 分 身 の 術 ! 」
「…………え?」
千雨は場の雰囲気を壊さず、なおかつ自分に素直なコメントを考えるために、頭をフル回転させた。
四日目。
「アデアット!」
五人が声を揃えて呪文を唱えると、与えられたカードはアーティファクトに変わった。
「うひゃあああ」桜子の歓声。「これはすっごいねー」
「うーん。私に相応しい、って感じ」ハルナが眼鏡の奥で笑う。「さっそく試してみる」
「こ、これならネギせんせーの気持ちも」のどかの頬がぽっと赤くなる。「ありがとうございますー」
「……私の武器、チェンジできない?」円は少し不満気。「もっと女の子っぽいのがいい……」
「いやいや」美砂が円の肩を叩く。「ゼッタイ円に似合うって。うん!」
それぞれが好き勝手に感想を言い合う中、鳥篭の中のカモは引き攣った笑みで振り返った。
「こ、こんなもんでどうですかい……? いや、けっこう強力なのが揃ったと思うんですけど……」
五人も談笑を止め、カモと同じ方向を向いた。その先には、一人の人物がいる。
「うん。期待以上や。カモちゃんありがとう、これからもよろしゅうね―――」
近衛木乃香は、にっこりと微笑んでカモを見た。
「それじゃー」桜子がパンと手を叩き、そのまま振り上げた。「木乃香ちゃんのお引越し完了―――よしゃああああああ―――っ!」
「よ、よっしゃあ……ですー?」
「何よそれ?」円が苦笑する。「あ、本屋ちゃんも釣られて腕上げてるし……」
「うんじゃー、私が一曲歌っちゃおうかー」美砂がハンディマイクを片手ににっこり笑った。「このかちゃんの帰還を祝って」
「うーん、早く使いたい! このアーティファクト!」ハルナは肩を震わせていた。何かの禁断症状にも見える。「今日はもう解散しない?」
「えーと、みんな」
ハルナの意見に木乃香は苦笑する。
「学園を監視する目も厳しいから、昼間は、この部屋付近の結界内部でしかアーティファクトは使用禁止。夜は式神相手に特訓してもらうからー」
その時、キーン、コーン……と昼休みの終りのチャイムが鳴った。
「じゃあ、みんな。怪しまれへんように授業に戻ってな。ウチはこの部屋でおるから―――」
部屋の隅で、刹那は鏡の前に座っていた。
「ふう、みんな授業に行ってもうたよ。せっちゃん」
「うん。このちゃん。みんなにぎやかで、このちゃんもたのしそう」
木乃香が髪を下ろしていた刹那に近づき、その黒髪にゆっくりと櫛を入れる。刹那は別人のような笑顔で、鏡に映る自分と木乃香を眺めていた。
「でもこのちゃん。がっこうにせんぷくなんてだいじょうぶかなあ? だいたんすぎるきもする」
木乃香は刹那の頭を、そっと撫ぜる。
「うーん、でも他に場所がないんよ。それはまたウチが考えるから、せっちゃんは心配せんでええんよ。それにこの部屋は決まった人しか入ってこうへんし、変な呪文が聞こえても怪しまれへんし」
「あ、そっかぁ。さすがこのちゃん」
「ふふふ。ありがとう、せっちゃん」
刹那の髪を束ねながら、木乃香はにっこりと笑って鏡の中の刹那を見る。鏡の中で、二人の目があった。
「てへへ。このちゃんにかみのけたばねてもらうの、はじめてだよね」
「そうやね。してあげたいってずっと思とってんけど、できへんまま、ウチは麻帆良に来てしもたから………」
「このちゃん」
刹那が木乃香を見上げた。髪を整えていた木乃香の手が止まる。
「せっちゃん。今日も可愛いえ」
木乃香はそっと、刹那の服に手を差し込む。
「んっ……このちゃん、そんな……」
「ああ、せっちゃん、温かい。ええ匂いや……」
「このちゃん……んっ、あっ……あの、女子寮ではごめんね。このちゃんの気持ち、分からんで」
「ううん。ウチこそごめんな。色々と、酷い事してしもたね―――本当に、ごめん」
二人の口の距離が、零になる。
「愛してる……せっちゃん―――」
五日目。
外はまだ暗い。
「んん、何よー、まだこんな時間? 寝直そう……」
その日も神楽坂明日菜は、病院のベッドで朝を迎えた。新聞配達のバイトは当然休んでいるので、早朝に起きる必要はない。しかし、身体はその時間を覚えているようである。
単調な入院生活も、あと数日で終る予定ではある。
昨日は柿崎美砂たちがお見舞いに来てくれた。いっしょに来たのがチアの桜子と円に加え、宮崎のどかと早乙女ハルナだったのに少し違和感を覚えたが、有難くお見舞いの品を受け取った。
話を聞いて、行方不明になった亜子、茶々丸、エヴァに加えてネギ、カモ、木乃香、刹那も失踪した事が分かった。明日菜は同居人を、一日で全て失ってしまったのである。
「……今は、早く怪我を治すしかないか」
ネギの無事を信じて、明日菜は夢の世界に戻っていった。
六日目。
学園。
「あうー。こんなはずじゃあなかったですー。う、うう」
「どーしたのよ。のどか」
魔法の本を抱きながら落ち込んでいた宮崎のどかに、早乙女ハルナは優しく声をかけた。
「お腹でも痛いのー?」桜子も口を大きく開いて笑う。「あ、シリアスな事情だったらゴメン」
「ハル…。桜…さん。見てよこれー」
本の能力が発動するので、彼女たちの本名を呼ばずにパラパラとページを捲るのどか。そこにはネギの心理描写が小説形式で、何十ページにもわたって綴られていた。
しかし、どうも文中には「アスナさん」という言葉が目立つ。明日菜はその中で、ヒロイン級の扱いだった。
「あんなに一生懸命にアプローチしているのに、ネギせんせーの考えていることはアスナさんばっかりですー……うう……。私なんか、数えるほどしか登場しない……」
「うーん、まあ……あれだけ何時間も調きょ……いや、アプローチしているのに」ハルナは感心したように唸った。「心が折れないってのもすごいよねぇ―――」
「だってエヴァちゃんの支配に打ち勝ったんでしょ?」ページを捲って桜子もいう。「ネギ君て半端じゃないよねー」
「明日菜さんとネギせんせーの話はもういいですっ!」乱暴に本を閉じるのどか。「私は、主役になりたい…」
ハルナと桜子は顔を見合わせて、そしてにやりと笑った。何か良からぬ事を思いついた顔である。
「ねえ、のどか」ハルナの目が細まる。「明日さ、明日菜をボコりに行くんだけど、のどかも行く?」
「え?」
「このかちゃんから攻撃の許可が出たんだよね」桜子が能天気な顔で言う。「本屋ちゃんが読み取った情報によると、アスナには魔力無効化の能力があるんでしょ」
二人の話を要約すると、明日菜はもうすぐ退院してくるが、木乃香は明日菜の性質をかなり警戒しているらしい。
ネギを探して行動を起こすであろう明日菜は、いつか木乃香たちと対立するだろう。
都合が良い事に、今日から学園長は関西に出張する。学園都市の警備も少し緩くなってきた。
そこで明日の夜、病院にいる明日菜を襲撃して問題を解決しておく。
ちなみにその作戦の結果次第で、木乃香は潜伏場所を麻帆良の外に変えるつもりらしい。
「そーこーでー、武闘派一位&二位の私たちが明日、明日菜のところに遊びにいくことになったってわけ」桜子が大きな口を開ける。「うっふっふー。楽しみー」
「で、のどか」ハルナがじろりとのどかを見る。「あんた、どーする? 恋敵と喧嘩する勇気は、ある?」
「行きますー!」
のどかは即答した。
「よっし! 決まりだね!」ハルナはのどかの髪をくしゃくしゃする。「よく言ったのどかっ! 恋敵は容赦なく排除しなくちゃ! ………ん?」
その時―――ハルナと桜子は素早く動いた。
「アデアット!」
桜子のカードが光を放ちながら変形し、ピコピコハンマのような物体になった。ピコピコ鳴る部分は赤色、取っ手は黄色のプラスチックの玩具にしか見えない。
ハルナのカードはそのままスケッチブックに変わった。そしてハルナが「マシンガン」と言うとページが勝手に捲れ、一枚のページが宙に舞った。そこには精密な銃器の絵が描かれている。
絵が光り輝いて、
そこから本物が現れる。
ハルナはその絵からマシンガンを取り出すと、そのまま安全装置を外して銃口を窓に向けた。
「………誰かに見られてた気がするけど」
ハルナが窓の外を睨む。
「まっ、気のせいじゃないよねー」
ピコピコハンマを片手に桜子が笑う。その手には危険物を取り扱うような手袋が嵌められていた。
「寮の人事に細工したヤツもいるしねぇ」
「あのー、ハル…。桜…さん」のどかが少し怖がるように言った。「その物騒なアーティファクトを仕舞ってください。校舎が壊れます…」
二人はそのままアーティファクトをカードに戻し、のどかはほっと安堵した。今の状態で両者がアーティファクトを使用すると、のどかは無傷ではいられない。
「でも、二人がいっしょなら、アスナさんと喧嘩になっても大丈夫ですねー」
のどかは願いを込めるように、自分のアーティファクトをぎゅっと抱き締める。
「お願い、魔法の本、ハッピーエンドを読みたいの―――」
「大丈夫よ、のどか」
ハルナと桜子は、カードを片手ににやりと嗤った。
「ハッピーエンドは、もうすぐそこ」
…………
………………………………
麻帆良学園都市の中。しかしエヴァの家ではない。茶々丸が見つけた隠れ家である。
カーテンによって日光が遮られた部屋で、エヴァは趣味のお人形たちといっしょにベッドに横たわっていた。その幼い外見から、エヴァ本人もお人形の世界に完全に溶け込んでいる。
エヴァの首筋には、鋭い何かが突き刺さった痕があった。
その傷を見れば、それが3Aのような変人の坩堝でもない限り、100人中99人はこう答えるだろう。それは歯型である、と。
「ふっふふふふふ、ふっはっはっはっはっはっはっはっはっは、はははははははははは―――」
メルヘンチックな雰囲気を台無しにする、どこかバネが緩んでしまったような笑い声が起こった。
「………何がおかしいんよ? 面白いギャグでも思い付いたん?」
部屋の暗闇の中、体育座りで雑誌を読んでいた少女はむっとしたような声で、笑い続けるエヴァに言った。
「ははははは、これが、笑わずにいられるかっ! はっはっはっはっはっは。貴様にはもう、孤独な未来しか残されていないっ!」
少女がぶるりと震えて、雑誌を静かに横に置くと、ベッドの上のエヴァをじっと睨み付ける。
「一時間に一回、それを言わんと気が済まんのやね」
「強がっても無駄だぞっ! 朝、茶々丸に聞いた。現在確立されている吸血鬼化の治療法は全て、まったく効果がなかったそうだなっ! ぷぷぷぷぷ、ははは、はははははは!」
ベッドから起き上がったエヴァの笑い声に、少女の身体は小刻みに震え始める。
「当然と言えば当然だ! 今の魔法使い界で真祖の血など滅多に手に入らない。研究しようにもできないのだ! 真祖の血を吸って人間に戻れなくなったアホの治療法などあるはずがぶぐっ!」
少女が投げ付けた雑誌がエヴァの顔に当たり、エヴァはぱたりとベッドに倒れる。
「あんたさぁ……もうその力、10パーセントしか残ってないんやろ。普通の魔法使いレベルやねんで? 今はウチの方が強いんやから、もう少しマシな喋り方できへんの?」
「だ、黙れっ! 哀れむように言うなっ! 第一、貴様の魔力は私から奪ったものだろう! しかも、魔力があっても魔法をほとんど使えないド素人がっ!」
エヴァが少女にマクラを投げ付けたが、少女はひょい、とそれを避ける。そしてそのまま、だるそうにその場所に体育座りをし直した。
少女は髪は乱れてボサボサで、口からは鋭い牙が覗いている。しばらく太陽の光に当たっていない。
ただ、その様子から生気をあまり感じられないのに、目だけが赤くぎらぎらと輝いているのが印象的である。
その時、かちゃりとドアが開き、茶々丸が入ってきた。
「失礼します。マスター、そしてエヴァンジェリン様。報告がございます」
「………それは、ホンマなん?」
「唇の動きを読みました。間違い無く、彼女達は明日、神楽坂明日菜さんを襲撃するつもりです」
驚いて聞き返した少女に、茶々丸は神妙に答える。
「バカげてる……そんなことしたら……」
「神楽坂さんが下手に抵抗して彼女たちがアーティファクトを使えば、病院はただでは済みません。大きな被害が生じると想定されます」
茶々丸は淡々と続ける。
「たとえ明日でなくとも、いつか確実に戦闘が起こります。そのとき、彼女たちはアーティファクトを、躊躇いなく一般人にも向けるでしょう」
少女は、聞きたくないと言わんばかりに耳を塞いだ。
「………なんで、なんでこんなことが、ずっと続いてんの……大切なもの、失ってからじゃもう遅いのに……戻れなくなってからじゃ、もう遅いのに……」
少女はゆっくりと茶々丸と、ベッドの上のエヴァを見る。その目にはじんわりと、涙が滲んでいた。
「なあ、茶々丸。一つだけ……聞いていい? このかちゃんたちは、まだ―――」
「元いた場所に、戻れるの?」
「はい。今ならまだ、戻れます。しかし誰かが無理矢理にでも止めなければ近いうちに、越えてはならない一線を踏み越えるでしょう」
茶々丸は、あくまで無感情な声で告げた。
「………あそこの病院には、マスターが病気の時に大変御世話になっています。これから先の事を考えますと、くだらない理由で蹂躙されるのは阻止したいところではあります」
少女は立ちあがり、黒いマントを翻す。
「………………明日、仕掛けよう。敵は、ウチの、友達やったみんな―――」
少女は決心する。しかしその顔には、悲愴な色が濃い。
「―――何としても、止めてみせる」
最終更新:2012年02月12日 21:49