06スレ093

93 :第30話「想う人との幸福な再会」 ◆LsUrNEsQeQ :04/03/24 19:34 ID:X+TIjmD+

 ―――その時、何が起こったのか?


 まずは木乃香が皆を出し抜いた。桜子・のどか・ハルナの仮契約カードを手に、木乃香は楓の隙
を付いて早口で呪文を唱え始めた。
 カードで従者を呼んで、木乃香は命じる。
 それに対し、最初に行動を起こしたのは、木乃香の後ろで横たわっていた刹那だった。
「―――!」
 それがエヴァの魔法薬の効果か、自らの身体を刀で貫いたショックか、それとも木乃香の回復
魔法が効き過ぎたのか、その結果に正確に答えられる者はいなかった。ただ事実として、その時
の刹那は正気に戻っており、そして間違いなく木乃香を止めるために行動していた。
 刹那はよろめきながらも、残り少ない力で木乃香の背中に体当たりをする。
「―――うぐっ!」
 背中に鈍い衝撃を感じて、木乃香の身体が大きく傾いた。その反動で、桜子とのどかのカードが
滑り落ちるように木乃香の指から離れていく。木乃香は呼吸ができないのか、口を金魚のように
パクパクしながら崩れ落ちていった。誰に攻撃されたかは分からなかっただろう。しかし、その目
はしっかりと、手元に残った最後のカードを捉えていた。
「そのカードを奪え―――っ!」
 次に叫んだのはエヴァだった。エヴァは情報を収集していた茶々丸から、残る3人の従者の能力
は大体ではあるが報告を受けている。実際に戦ってみないと強いか弱いかは分からないが、少な
くとも今のエヴァでは従者3人を相手に戦う力はない。魔法が完成する前に木乃香の妨害をする
のは正しい判断だったと言える。

「―――っ!」
 エヴァの声に反応したのは楓だった。楓は直感的に、状況が危機的であることが分かったのだろ
う。苦無を取り出して木乃香に踏み込み、持っていたハルナのカードを真っ二つに切り捨てた。
 刹那が、エヴァが、楓が、それで終ったと思った。
「う、ふ、ふふっ―――」
 しかし木乃香は愉快そうに嗤っていた。それは敵を嘲笑い、勝利を確信した歪んだものである。
同時に、木乃香の身体から魔力が噴き出したのを、エヴァと刹那は感じていた。木乃香は魔法使
いとして覚醒して約一週間、天賦の才能を完全に使いこなすには時間も経験も不足している。
その木乃香の余力は、限界に達した木乃香が絞り出した、まだ使いこなせていなかった才能の一
部だろう。
 そして木乃香は、半分になったハルナのカードに、その全ての力を注ぎ込んだ。
 エヴァが舌打ちをして木乃香に近づく。刹那が悲鳴に近い声を上げて木乃香に迫る。楓は訳が
分からないままその場に立ち尽くしていた。
 三人の目の前で、半分になったハルナのカードが爆発するような光を放った。
 従者の召喚は失敗した。
 しかし、命令は送り込まれた。


 滅せよ。処刑せよ。沈黙させよ。排除せよ。滅殺せよ。全殺せよ。
 エヴァンジェリン、茶々丸、長瀬楓、近衛家、関東魔法協会。
 敵を滅ぼせ。討て。焼け。崩せ。壊せ。切れ。解け。
 そして、せっちゃんと二人きりの楽園を、天国を、夢を、世界を―――
 主人の最後の命令を、
 実行せよ………………



 破滅をもたらす命令と渾身の力を遠方のハルナに送り、木乃香は満面の笑みで力尽きて倒れ
た。エヴァと刹那は背筋に寒いものを感じて立ち尽くす。サウザンドマスターを超える魔力を持っ
た近衛の姫は、呪いに近い執念で、麻帆良を壊滅へ導いていくレールを敷いたのである。
「…………! どうして! どうして!」
 刹那がよろめきながら涙目で、楓に掴みかかった。刹那の顔には、木乃香の凶行を止められな
かった自責の念と、楓の行動を非難する感情、そして何よりも、傀儡と化してしまった自分への情
けなさが入り乱れていおり、やり場のない怒りを楓にぶつけているようにも見えた。
「せ、拙者は、ただ……うぐうっ!」
 楓の言い分を無視して、刹那は大声で呪文を唱え始めた。陰陽術系の呪文である。楓の胸に手
を置いて、一気に力を送り込んで楓を吹き飛ばした。
「………身体能力を封じる呪いだ。一時間ほどで解ける」尻餅を付いた楓を、鬼のような形相で見
下ろして刹那は言った。「貴女にはしばらく、ここで「闇の福音」を見張っていてもらう」
 刹那は次にエヴァの方を向いて、楓を指差しながら言った。
「エヴァンジェリンさん……いや、闇の福音。貴女にはしばらく、ここで、この危険人物である甲賀
の忍びを見張っていてもらう。嫌と言うなら斬り捨てる」
 エヴァと楓は無言だったが、刹那はそれを肯定と解釈した。
「今から私はお嬢様の心の中に入り、その中に巣食った魔から直接お嬢様を助け出します」
 木乃香浄化の準備をする刹那、体力はまだ残っているようである。
「おい、近衛木乃香の従者はどう始末をつける気だ?」
「……できる事から、先に解決していきましょう。今の我々に、従者を止める手段はない」
 エヴァの質問に、刹那は無愛想な口調で答えた。その間にも呪符を作り、木乃香の心に侵入す
る準備を整える。木乃香の額に呪符を貼りながら、刹那はふと思い出したように言った。
「あ、そうだ。エヴァ……闇の福音、貴女に伝えておきたい事が一つある」


 刹那が語った事、それは事件勃発の原因となった、あの―――


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「遅れて申し訳ありません、このかお嬢様。今、闇からお救いいたします!」
 燃える麻帆良学園都市を背景に、白い巫女姿で軍勢の前に現れた刹那は宣戦布告すると、そ
のまま剣を群衆に向けて駆け出した。群衆の中から、背中に翼を背負ったハルナが上空に飛び
出して刹那を睨み、下にいる美砂に手で合図をした。
「ふん、たった一人で何ができるのかなあ―――?」
 美砂の歌に導かれて群衆は左右に分かれ、刹那を凹字の形で取り囲むようにぞろぞろと動き始
める。手に持っているのは刀剣の類の他に、銃器を持っている者も少なくない。
「私たちに、貴女一人で勝てると思っているんですかー? 桜咲さん」
 のどかが黒い本を持ってジャンプし、群衆の前線に軽やかに着地する。楓を壊した黒い本がぱ
らぱらと風に捲られた。刹那が射程距離に入るまで数十メートルである。
「確かに、現実だったら私だけではお前たちに勝てない―――」
 ハルナのスケッチブックが光り輝いてマシンガンを具現化する。ハルナはそれを片手で持ち、刹
那に向けて慣れた手つきで引き金を引いた。タタタタタタタタ、と火薬音が響き、無数の弾丸が刹
那に向けて発射される。群衆の中からは桜子と円が刹那の隙を伺っていた。
「桜咲刹那、さん―――」射程距離に入った刹那に対して精神を壊す黒い本が発動する。しかし刹
那の情報が読み込めない。「あ、あれ!?」

「現実では、な。―――ここでは話は別だっ!」
 マシンガンの弾丸の軌跡を、刹那が剣で遮断する。鈍い金音が連続して響き、撃墜された弾丸
ぱらぱらと地面に落ちた。刹那は刀で弾丸を叩き落しながら疾走し、前方に群れてきた美砂の兵
隊数十人を一振りで斬り飛ばした。バラバラと斬られた兵隊が後ろに飛ぶ。
「なっ!?」美砂が驚きの声を上げる。「そ、そんなのあり?」
「あううっ!?」のどかが美砂の兵隊に紛れて逃げた。
 刹那のスピードは衰えない。美砂の兵隊をまるでオモチャのように蹴散らし、のどかを兵隊ごと
横に斬り払った。黒い本が分解し、ページがバラバラになって宙を舞う。
「調子に―――」「乗るんじゃないよ―――っ!」
 左から円が釘バットを、右から桜子がピコピコハンマを振り下ろしてくる。刹那は地面を軽く蹴っ
て一回転しながら数メートル下がって着地した。桜子のピコピコハンマで叩かれた地面が粉々に
吹き飛んで穴ができる。円が体勢を整えてバットを片手に接近してきた。周囲に刹那を逃がすま
いと美砂の兵隊のバリケードができ、桜子がピコピコハンマを振り翳して高く跳び上がる。
 前後左右上から敵に迫られた刹那は剣を構え直し、
「神鳴流奥義…百烈桜華斬!!」
 円と桜子、そして美砂の兵隊を鮮やかな螺旋の軌跡を描いて切り裂いた。刹那を包囲していた
敵の陣が一気に崩れて散っていく。倒れた兵隊や従者は血を流さずに、そのまま煙のように消え
ていった。ハルナが険しい顔でスケッチブックを開き、『メテオ(大)』と連呼する。燃え盛る巨大な
隕石が現れて、夜空が紅く染まった。
「ぐう、う、うううう……」
 オレンジの着物を纏う木乃香が苦しそうに座り込み、横の刹那がおろおろしながら木乃香を助け
起こした。しかし木乃香の影が、モゴモゴと生物のように動き始めたのを見て顔色を変える。

「こ、こいつ! こっちに、出てくるなあ―――っ!」
「ぷはあっ!」
 木乃香の横の刹那が顔を歪めて怒鳴った。オレンジの着物を纏う木乃香の影に波紋が生じ、そ
の中から全裸の木乃香が苦しそうな顔をして飛び出す。その裸体には巨大な鎖が巻き付いてい
て拘束されていた。はあ、はあ、はあ、と縛られた木乃香は呼吸を整え、美砂の兵隊の陣を切り崩
す刹那に、大声で叫んだ。

「せっちゃ―――ん! ウチはここぉ――――――っ!」

「お嬢様!」
 刹那の顔がぱっと明るくなる。今だ敵の手の内にあるものの、呼びかけてきたのは女子寮で魔
に憑かれて以来、眠り続けていた本物の木乃香だった。木乃香の心の中で、助けにきた刹那の
呼びかけに本物の木乃香が目覚め、魔に抵抗して現れたのである。
「黙れええええっ!」
 偽の木乃香と刹那が二人がかりで、縛られている木乃香を押さえ付ける。
「せっちゃん、口塞いで!」
「うん!」
「ゔゔゔ、ゔ―――っ!」
 偽者の木乃香に鎖を締め付けられ、刹那に口を塞がれて、木乃香は苦しそうに顔を歪めた。
「木乃香ちゃんのところに行かせるなぁ! 全員でかかっちゃえ―――っ!」
 美砂がマイクを片手に叫ぶと群衆がうねり、おぞましい数で刹那に殺到する。その頭上ではハ
ルナが具現化した燃え盛る隕石が4つ、夜空を炎色に染め上げている。

「『メテオ(だ―――あ゛」
 ハルナの言葉が途中で止まる。美砂も真上を見上げたまま静止してしまう。たった今、襲いかか
る群衆の最前にいたはずの刹那が何時の間にか、美砂の真上を飛ぶハルナに斬り込んでいた。
「い、れ、ん……」
 群衆の中に落下するハルナ、続いて頭上で燃え盛る4つの隕石が指揮官を失い、そのまま真下
で群れる美砂とその奴隷たちに向けて落下する。衝撃が近衛の姫の軍勢を呑み込み、美砂とハ
ルナが煙のように消えた。複数の爆風は互いに衝突しながら波状に麻帆良に広がり、一帯を焦土
と化しながら拡散していく。
 焦土の世界にピシピシとにヒビが走り、そのままガラガラと崩れて消滅し始めた。偽者の木乃香
は本物の木乃香を連れて闇に融けるように逃げ、本物の刹那がそれを追いかける。その途中で
へらへら笑いながら偽者の刹那が立ち塞がった。
「ここは通さな、あ―――?」
 「い」を言う前に本物の刹那が偽者を斜めに叩き切る。偽者は煙のように消えていった。
 壊れていく世界の中を、木乃香を追って刹那は駆けていく。
「さあ、お嬢様を解放してもらうぞ!」
 燃える学園都市が消えた後に残されたのは狭い、球体の闇の世界だった。刹那が剣を向ける先
には縛られた木乃香と、オレンジの着物を纏う偽者の木乃香がいる。おそらく外見は単なるイメー
ジだろうが、実質は魔の元凶であるその「木乃香のカタチをした者」は、本物の木乃香を解放する
つもりはないらしい。
「ゔゔゔ、ゔ―――っ!」
 偽の木乃香は本物の木乃香の口を手で塞ぎ、余裕たっぷりの笑みを浮かべて刹那を黙って見
ていた。刹那の刀を握る手に汗が滲む。相手はあれだけ酷く女子寮で暴れた敵であり、先ほどの
従者たちのように簡単に排除できるとは思えない。実力差は歴然としており、現実では刹那は従
者一人にも勝てないだろう。

(ここからが問題だ―――)
 偽の木乃香から、本物の木乃香をどうやって取り返せば良いのか?
 それは、本物の木乃香が偽の木乃香に抵抗して打ち勝つしかない。
 実際問題として刹那は木乃香の心の魔を狩っているが、それは木乃香を救う手助けであって直
接救う事には繋がらない。場所が木乃香の心である以上、本物の木乃香が刹那に協力して、魔
に怯えず全力で抵抗しなくては勝利することはできない。逆に万が一、木乃香が諦めたりした場合
は刹那が逆に魔に殺されかねない。そうなれば現実の刹那は廃人である。
「ふふふっ、せっちゃん、あれほど可愛がってあげたのに、だま足りへんのかなあ―――」
 闇がざわりと蠢き、にゅるにゅるにゅると無数の黒い触手になって刹那に殺到した。
「くっ!」
 刹那が刀を振って触手を切り裂くが、1本斬ると10本の新たな触手が現れる。小さな島が波に
削られて消えてしまうように、刹那は圧倒的な物量に押し切られる。手首と足首を触手に掴まれ、
手から愛刀が転がり落ちた。本物の木乃香が涙目で見ている前でビリビリと巫女装束が裂かれ、
刹那は半裸で大の字に拘束されてしまう。
「ぷはっ! せ、せっちゃん!」
「お嬢様、気を確かにお持ちください! そいつはお嬢様が……う゛あっ…」
 喉が潰れたような悲鳴を残して刹那の顔が引き攣っていく。刹那の下半身では、イボ付きの太い
触手が陰唇を押し広げながらずぬりと挿入され、白い太ももに赤い血が流れ落ちていた。触手は
まるで先端に目があって、少し進むたびに膣壁をいちいち観察しているようなスローペースで、少
女剣士の性を貪っていく。木乃香も、刹那がされている行為の意味は理解できているようで、その
可愛らしい顔はみるみる蒼白になっていった。

 刹那の膨らみかけた乳房を押し潰すように触手が巻き付き、文字を書いているように肉質を捏
ね回した。触手に合わせて乳房は形を歪に変え、ピンク色の乳首が木乃香の見ている前で上下
左右に揺れ動く。刹那は歯を食いしばって悲鳴を堪えた。木乃香のためならどうなっても良いと思
っていようが、物理的または精神的な苦痛に完全に耐えられるわけではない。
「ああっ! ううっ……! くう……! ほ、んきで……逆らってくる……のを、恐れて……」
 刹那は拘束を解こうと手足に力を入れるが、固定された肉体を動かす事ができない。刹那の足
首に巻きついていた触手はぐるぐると刹那の脚に巻き付きながら上昇し、脹脛から太ももを締め
ながら股間に到達した。手首に巻き付いていた触手も刹那の肘から肩まで迫ってくる。腹にも何十
も触手の輪ができ、細い首にもぐるりと触手の首輪ができた。そして触手はぎちぎちと力を込めて
全身を締め始め、苦しむ顔が木乃香に見えるように位置を動かしながら刹那を嬲った。
「いる、だけ……ゴホッ、ゴホッ……あ、あ……あ、が、ぁ…………」
 性器からもぐり込んでくる触手の圧迫感、肉体を締め上げられ弄ばれる苦しみ、愛情の欠片もな
い物体に犯される悔しさ、想いをよせる本物の木乃香の前で汚される絶望。しかし、何よりも刹那
の心を抉るのは、この光景を凝視させられ続けている木乃香の姿だった。
 希望の類は裏返れば絶望になる。高く飛べば落ちた衝撃も大きい。刹那の呼びかけに応えて抵
抗を始めた木乃香に対し、どうすれば一番ダメージを与えて追い詰め、決意を揺さぶり、戦う力を
奪い、絶望させ、心を折り、諦めさせる事ができるかを、
 「木乃香のカタチをした者」は残酷なほどよく理解していた。

「うぐっ、うあっ、ああっ、あっ、ぐうっ、ああ゛っ、あ゛あ゛っ!」
 突然触手は狂暴化し、今までのスローペースが嘘のような猛烈なスピードで動き始めた。子宮を
ごつごつ突き上げられる腹に響く衝撃に、締められている喉からも悲鳴が漏れる。サイズをオー
バーした太さの触手は木乃香の前で勢いでぐちゅりぐちゅりと出入りを繰り返し、血と愛液を飛ば
しながら刹那の身体をガクガク揺らす。先端の尖った触手が伸びて刹那の乳首にそれぞれぷすり
と刺さり、痣だらけの乳房に赤い筋が伝った。
「あ゛、あ゛あ゛―――っ! あ゛あ゛っ!」
 手足を縛る触手がそれぞれの方向に刹那をひっぱり、突き上げに身体を揺らす刹那がさらに上
下左右に振れる。血塗れの乳房は指より多い本数の触手で押し潰され、挿入されていた触手が
どくん、と一回り大きくなって性器を広げながら突き上げる。両足の触手は刹那を開脚させ、股間
が一直線になるまで広げて力を緩めず、木乃香の前で股裂き状態になった。どす黒い触手が刹
那の陰唇を押し広げて結合している光景が、木乃香の目の前に近づけられる。
「い、嫌あああ! せっちゃんが……せっちゃんがああ――――――っ!」
「あーあ、あんたがウチに逆らわんと大人しゅうしとれば、せっちゃんはこんな惨めな事にはならん
かったやろうなあ。あんたのせいや。目の前の光景はぜーんぶ、あんたのせい」
 泣きながら叫ぶ本物の木乃香の耳元で、偽者の木乃香がぼそぼそと語りかける。その口調はと
ても優しくて穏やかなものだったが、温かみの欠片もない。
「ウチ、が、あんたの言うことを、聞いたら……?」
「あ゛あ゛っ! うっ、ぐっ、う゛っ! お、嬢様、耳を、貸してはいけませ……があ゛っ!」
「せっちゃんは、助けてあげるえ」
 本物の木乃香の言葉に、偽者の木乃香はにっこりと微笑み、その言葉を待っていたようにゆっく
りと肯いた。細い指がそっと、まるで本物の木乃香を誉めるように頬を撫ぜる。

「ウチに全て任せとき。あんたはゆぅーっくり、ずぅーっと、永遠に、眠っとればええんよ―――」
 偽者の木乃香は、震える本物の木乃香の頬にキスをして嗤う。
「おじょ、う、ざまぁ! あ゛あ゛っ! いけま、せん!」
 本物の木乃香は怯えた瞳で、涙を伝わせながら、口を開いた。
「…………ごめん、せっちゃん………。分かり……ました。言うこと、ききます」
「ふふふっ、ええ子やなあ」
「だから……だから……」
「うん?」
 本物木乃香の瞳から、更に涙が溢れ出した。
「うぐっ…ひっく……せっちゃんを……助けて……ひくっ……ください……」
 偽者の木乃香は、目を細めて嗤い、
「約束は―――守るえ」
 刹那を責めていた触手が、動きをぴたりと止める。
 偽者の木乃香は手でそっと、本物の木乃香の目を閉じた。
「ほな、おやすみ」
 刹那の前で、本物の木乃香は目を閉じたまま、
 ずぶずぶと、まるで底無し沼に沈んでいくように闇に消えていく。
 木乃香の脚が消え、
 腹が消え、
「お嬢様、諦めてはいけません!」
 刹那が叫ぶ。
 木乃香は抵抗もないまま。
 ただ、涙を残して。
 闇に呑まれていく。
「お嬢様! お嬢様!」
 狂ったように刹那が叫び散らす。
 木乃香の胸が消え、
 腕が消え、

「このちゃん! 諦めちゃダメ! 諦めたらアカンよ!」
 ぼろぼろと涙を零して。
 刹那は叫んだ。
 木乃香の首が消え、
「―――もう遅いわ」
 偽者の木乃香が、くすくす嘲笑う。
「このちゃん!」
 木乃香の頭が、消え―――


「ここから帰って、また、昔みたいに、いっしょに遊ぼう! だから、がんばって―――」


「ぷぷっ。ふん、何を今更―――」
 偽者の木乃香の嗤いが、途中で固まる。
「なっ……!?」
 闇に沈んだはずの木乃香が、刹那の前に立っていた。
 鎖はない。拘束からは解放された自由な姿で、泣きながら、刹那の瞳をじっと見つめている。
「このちゃん……」
「せっちゃん、嘘ちゃうよね? ホンマやよね?」
 木乃香は目に涙を溜めながら、にっこりと微笑んだ。
 そっと刹那に手を伸ばすと、刹那を嬲っていた触手は煙のように消えた。
「ふ、ふざけた真似を―――」
 偽者の木乃香が、本物の木乃香に襲いかかる。偽者がぶつぶつと陰陽術系の呪文を唱え始め
て手を本物に向ける。本物の木乃香も全く同じ呪文を唱えて偽者に向けた。

「ウチに逆らう気かああ――――っ!」
「せっちゃんに近づくな―――っ!」
 同種の呪文が両者の中間で激突した。偽者が悲鳴をあげて吹き飛ぶ。刹那たちを覆っていた闇
の世界にピシピシとヒビが入り、そこから光が差し込んできた。本物の木乃香もよろめき、刹那の
前で膝を折る。しかし、互角に思えたが、立ちあがったのは偽者の方だった。
「ふふふっ、ウチの、ウチの勝ちや―――」
 崩れていく闇の世界と連動するように、ぐにゃぐにゃと輪郭を歪ませながら偽者の木乃香が迫っ
てくる。オレンジの着物も顔も完全に闇に同化し、巨大な闇の塊になって木乃香に殺到した。
「―――!?」
 固まって動けない木乃香に、偽者の木乃香だったモノが襲いかかる。
 その時、木乃香は誰かの、大きな背中を眺めていた。
 木乃香と、闇の塊との間に滑り込んだ、少女。
 手には愛剣が握られていた。
 魔を討ち。
 人を救う。
 神鳴流の剣士。
「せっちゃん!」
 桜咲刹那はゆっくりと剣を構え、
 後ろに木乃香を守りながら、
 襲いかかる敵に立ち向かう。

「このちゃんに近づくな―――っ!」

 殺到する闇を、真っ二つに斬り捨てた。
 周囲を覆う闇が砕け散る。
「あ、ああ゙あ゙あ゙あ゙―――っ!」
 闇がオレンジ色の着物を纏う木乃香に戻り、鬼のような形相で刹那たちを睨む。
 しかし、すぐに形は崩れて闇に戻り、そのまま砕け散った。

 刹那と木乃香の周辺に、光が差し込んでくる。
「せっちゃん!」
 木乃香が刹那に抱き付いてくる。
 刹那は顔を赤くしながら、そっと抱き締める。
 魔に憑かれた近衛の姫と、
 傀儡に堕ちたその護衛
 魔から解き放たれた近衛の姫と、
 心を取り戻したその護衛
 いや、
 ただ想い合う二人。
 長い時間をかけての、ようやくの再会
 そのまま、
 見詰め合い、
 口を近づけていく。
「このちゃん……」
 二人の距離が、
 ゼロになる。




 そして、光が満ちる―――






 …………………………………………
 ……………………………………………………
 ………………………………………………………………………
 ………………………………………………………………………………


 エヴァが楓を誘って、残る僅かな魔力を使って木乃香の夢を覗いたのは、もちろん「やれ……全
部壊してまえ……」などと呟いている木乃香の夢への興味もあるが、楓に、自身の行為がもたら
す結果を教えるためでもあった。
 木乃香がハルナに送った命令は救いの無いものであり、送った力は簡単にコントロールできるレ
ベルではなかった。99.9%ハルナは力を制御できずに暴走する、そうエヴァは読んでいる。ハル
ナのアーティファクトはその能力の応用性はもちろん、戦闘力をとっても従者の中で別格である。
あの燃え盛る隕石を麻帆良学園都市に発射し続ければ、おそらく30分ほどで麻帆良全体が木乃
香の夢と同じように炎上し、壊滅するだろう。そして、おそらく、何も残らない。
「拙者は……ただ……ちょっとだけ……魔法の力を使ってみたいと思っただけで……だって……
みんな使っていたではござらんか……拙者だって……ちょっとぐらい……ちょっとぐらい……」
 千雨に「双子を連れて麻帆良から逃げろ」と電話した楓は、虚ろな目でふらふらと歩いて、そのま
まエヴァの視界から消えていった。エヴァが楓に夢を覗かせたのは、状況を理解させて的確に動
き回らせる狙いもあったのだが、事態の原因となった楓は精神を押し潰されてしまった。
「ははっ。無敵の者などいないか」
 エヴァは自嘲するように、そう呟いた。口からは牙も失われて血も吸えない状態である。

 エヴァと楓が木乃香の夢から帰って一分ほど過ぎた。刹那が木乃香の心に潜入してからは二分
ほどである。そろそろ刹那と木乃香は決着しただろう。現実の二分も心の中では数時間に近い。
刹那が木乃香を浄化するか、闇に呑まれて廃人になるか、二択の結果はもう出るはずである。
「ん、どうやら浄化には成功したようだな」
 同じ呪文が書かれた呪符を額に貼った木乃香と刹那は手を繋ぎ、まるで二人で遊んでいるよう
ににっこりと微笑んで眠っていた。すやすやと安定した呼吸音も聞こえてくる。しかし、浄化が成功
すれば自分の意思で目覚める事ができる術者の刹那が、なかなか目を覚まさない。
「……いつまで夢の中にいる気だ? もうすぐ現実の麻帆良は火の海になるというのに」
 そこでエヴァはふと、気付いた。
「ふふっ。はははっ。 そうか……桜咲刹那……お前もまた、逃げてしまったのか……」
 浄化が成功した刹那は、夢の中で本物の木乃香と再会していることだろう。コミュニケーションと
して不完全な言葉などではなく心同士で触れ合い、誰にも邪魔されずに結ばれているのだろう。
 そして、麻帆良崩壊が始まる現実に戻ってこない。
 今の状態なら普通に目覚まし時計で起こすこともできる。叩き起こしてやろうとも考えたが、エヴ
ァはそれを実行しなかった。起こしたところでハルナ相手に刹那は役に立たないだろうし、記憶が
残っているかどうかも怪しい木乃香は、もう力も使い果たされて戦力外である。
「……………ふう」
 風が虚しく吹いて、ブロンドの髪を靡かせる。
 目から涙が伝い落ちた。

 刹那から聞いた事実は、エヴァにとって衝撃的だった。

 実は、サウザンドマスターは生きている。

 木乃香に囚われていた時、刹那とネギは一時期、同じ部屋で過ごしていたらしい。その時に雑
談していて、刹那はネギからサウザンドマスターのこと、そしてエヴァの目的を聞いていた。
「生きている……サウザンドマスターは生きている………」
 サウザンドマスターを生き返らせて、もう一度会いたい。
 その一心で始まった今回の事件は、はっきり言ってしまえば、
「無意味だった……な」
 停止しつつある思考は、これが悪い夢であることを祈ってしまった。
「全て無意味だった……これから麻帆良が壊滅しても、もう意味すらも存在しない……」
 麻帆良の、まるで嵐の前のような静かな夜景を見ながら、一人で嗚咽する。
 その時、脳裏に一人の、人間に戻れなくなった少女の顔が浮かんだ。
「そうだ……まだあいつがいたか。うむ、名前を使う魔術に対抗でき、使えないながらも真祖の魔
力を持ち、そして私の名を受け継いだ吸血鬼―――あいつがもし、勝てれば……」
 その考えを、エヴァはすぐに否定した。
「あいつが勝てれば? 奪った魔力もろくに使えない奴が、従者に勝てるわけがない……」
 そんなことは、当たり前なのに。
 しかし、それを否定している、いや、否定したい自分がいる。

 あの、和泉亜子が勝つのを望んでいる自分がいる。
「なんだ、この気持ちは……」
 そもそも亜子は、既に殺されているかもしれないのに。
 近衛の姫の夢は、もうすぐ現実のものとなるのに、それでも否定したい。
 サウザンドマスターが生きていると分かった時に生まれた、心の揺れ。
 15年暮らしてきた、麻帆良学園都市。
 平和ボケした連中にはうんざりしていた。
 平和な暮らしにもうんざりしていた。
 自分は夜の女王なのだから。
 闇の福音なのだから。
「ダメだ。私もどうやら、本格的に狂ってしまったらしい……」
 自由になりたかった。
 闇に戻りたかった。
 それなのに。
 サウザンドマスターが生きている。
 それが分かると、もうどうでもよくなった。

 バカな中学生といっしょに授業を受ける。まあ楽しかったではないか。
 バカな中学生といっしょに部活をしたり、まあまあ楽しかったではないか。
 学園都市で、のんびりと平和に暮らす。まあまあ、それなりに楽しかったではないか。
 それが今になって、本当に、分かる。
 今になって、消える前になって……。
 今更。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!」
 半壊した学園で一人だけ残ったエヴァは、絶叫するように泣き喚いた。
 静かな現実の麻帆良学園都市。
 炎上し壊滅する夢の麻帆良学園都市。
 近衛の姫の夢。
 夢が重なる。
 現実になる。
 麻帆良は、
 終わる。


 闇の福音の横では、木乃香が幸せそうな寝顔で眠っている。
 木乃香が見ている夢は、温かく、愛に満ちた、
 想う人との、幸福な再会。

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