30スレ424

楽日 第六話

 ×     ×

リーンゴーン・リーンゴーン・リーンゴーン

鐘の音が響き、暖かな光が差し込む。
余所行きを着て、招待客の中でその時を待つ自分がいる。
扉が開く。
タキシード姿の彼は、カチンコチンに緊張して現れた。
自分は、余所行きを着て、盛大な祝福を送る招待客の只中にいる。
じゃあ、彼の隣にいるのは?
そもそも、自分があそこにいるなら私は誰?

「―――管理エリア―――割り込み―――干渉―――強力な魔力で―――
―――だから―――誰かの―――混線―――」

それ自体混線しているとしか思えない声に、愛衣は耳を澄ませた。

「―――だが―――あるいは―――真実―――であると―――それでも―――」

愛衣は、キッと前を見据え、ひゅんと箒を一振りする。

「メイプル・ネイプル・アラモード。
精霊に告ぐ宇宙天地森羅万象、我は求める理(ことわり)の言葉を…」

「―――世界を構築する―――膨大な魔法言語―――要の言葉を探し出す―――
―――理論的には―――正しい―――正攻法―――幻想の解呪法―――正統派の魔法使いらしい―――」

目を閉じて念じていた愛衣の体が、額に何かが突き抜けたかの様にガクンと前後に揺れた。

「―――その方法―――プロテクト―――真っ向勝負―――副作用―――既に始まっている―――」

立ち尽くしたままの愛衣の瞳から輝きが失せ、涙だけがぽろぽろと止め処なく伝い落ちる。
指先、爪先が凍りつき、体の中心に向けて凍結が進行していく。

「―――真逆の世界―――光景―――五感―――直接流れ込む―――凍てつく―――心―――
―――人間―――精神力―――耐えられない―――必ず―――戻る―――安息―――求め―――」


愛衣の全身が一瞬炎に包まれ、首に届こうとしていた凍結が湯気に変わった。

「メイプル・ネイプル・アラモード、物皆焼き尽くす炎…清めたまえ…」

愛衣の力のこもった詠唱と共に、一帯は紅蓮の炎に包まれる。

「―――退路―――断った―――なぜ―――望み―――全て―――満ち足りた―――温かな―――」
「ジョンソン首席、小太郎さんの一番弟子を余り舐めないでいただけますか?
…解けよ…我の求めし…その言葉は…」

 ×     ×

「愛衣?愛衣っ!?」

体がゆさゆさと揺れる。目の前に、高音の鬼気迫る表情が一杯に広がる。

「気が付いたっ!?」

高音の叫びを聞きながら、愛衣はぶんぶんと頭を振る。

「大丈夫、愛衣?状況、把握出来てる?」

立ち上がった愛衣は、目の前で見つめていた両手をあちこちに走らせる。
いつもの髪飾り、お揃いの黒衣、硬さの残る青い膨らみ。
愛衣が、振り返り様に振るった箒が長爪とぶつかる。
二度、三度、鋭く箒が振るわれる。
岩をも割ろうと言う一撃が爪で流され、それでも、コンパクトに切り返した箒が動きに追い付く。
だが、それも又するりと交わされる。
ターンターンターンと明らかに人間離れした大きなバック転で飛び去った先に向けて、
大量の火炎弾が撃ち込まれる。
愛衣が元々得意とする無詠唱としては大量と言える数だったが、それも又ひょいと交わされた。
そこに向けて殺到した高音の影法師は空中頭突き大会を展開し、触手も虚空を切るばかり。

「タロット!?」
「くっ!」

代わって愛衣と高音に向けて殺到する大量のタロットカードを迎え、二人は防御魔法を展開。
それでも足りずに、愛衣は直接箒を振るって防御をすり抜けたカードを叩き落とし焼き尽くした。


「消えた…」
「今の私達のコンビネーションをかいくぐるとは…
それより、恐ろし過ぎる術です。行きましょう、先行した人達が心配です」
「はいっ!」

青い顔をしながらもキッと前を向いた高音の指示に、愛衣も従った。

「…腕を上げましたね。粗暴で下品でおバカで云々、
でも、教える才はあるみたいですね。もちろん教わるあなたの才が大きいのですが。愛衣」
「はい」
「いい夢を、見られましたか?」
「はい」
「自分で、掴み取りますか?」
「はいっ!」

 ×     ×

「ありがとう…おかあさん…」
「ほな、ありがとうな」
「にゃー…」
「さようならです」
「嗚呼、私のために…何て罪な女なのでしょう」
「うむ、いい勝負だった。一片の悔い無しアル」

友人達と共に身を起こした夏美が、ゴキゴキと首を鳴らしてうーんと背筋を伸ばす。

「…無い無い無い無い…うん、無いわな。アハハハハ…」

天を仰いで乾いた笑い声を立てながら、ソバカスの頬にぽろりと伝う感触まではごまかせない。

「夏美っ!!」
「!?」

ハッと前を見た時には、流れ弾らしい幾筋もの黒い雷を、
ザッと割り込んだ愛衣が箒で抑え込んでいる所だった。


「あ、あ…」

雷が消え、肩で息をしていた愛衣がくるりと夏美の方を向く。

「へ?」

そして、愛衣はぺこりと頭を下げる。

「村上さん、ありがとうございました」
「うん、こちらこそ有り難う」

人差し指を立ててつと上を向いた夏美も、思い出したかの様に頭を下げる。
そして、どちらともなく、コンと互いの拳を当てて、二人はすれ違った。

「楽日」-了-

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年01月28日 15:00
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。