06スレ457

457 :第37話「敗北と逃走」 ◆LsUrNEsQeQ :04/05/16 17:59 ID:5zLneMei

「うわあああああ―――っ!」
 明日菜は破魔の剣を構えると、そのままハルナと、木乃香の形をした物体に向けて走り出した。
ハルナのスケッチブックからは2枚の絵が舞い上がり、そこから剣が2本発射される。木乃香の形
をした物体が剣を指差すと、剣は魔力に包まれて青白く輝き出した。攻撃力を増したらしい。
 しかし、一直線に明日菜の胸に向けて飛ぶ刃を、明日菜は破魔の剣を一振りして粉砕した。
 その時、後ろから悲鳴が聞こえた。それは瞬く間に泣き叫ぶ声に変わった。
「ネギ!?」
 明日菜が攻撃を防げたのはアーティファクトの能力のお陰だった。ネギに向けて飛んだもう一本
の剣は、易々と障壁を突き破ってネギの太ももに深く刺さっていた。血が流れ落ちてネギの足が
赤く染まり、杖は横に虚しく転がっている。太ももを押さえて泣き喚くネギを落ち付かせようとしなが
ら、赤く染まったカモが何とか剣を抜こうと、その柄を引っ張っていた。
「抜いちゃダメっ!」
 明日菜の大声にカモの動きが止まる。刃物が刺さった時は、抜いたときに大量に出血するという
話を明日菜は聞いたことがあった。
「ネギ! あんたは亜子ちゃんを連れて何とか逃げて!」
 最早、亜子とネギは逃がすしかない。明日菜がハルナと木乃香もどきの相手をして、その間にネ
ギの杖で亜子を運ぶ。そして、ネギたちが逃げる最中に狙われないように、明日菜が盾となり攻
撃を防ぐ。重傷のネギには辛いかもしれないが、それが最善の策だろう。
「亜子さん……しっかりしてください……」
 刺された足を引きずりながら、ネギは激痛に耐えて亜子を慎重に杖に乗せようとする。亜子は口
から血を流し、蒼白になった顔で苦しそうに呼吸していた。危険な状態なのは明らかだ。
 一刻も早くこの場から脱出しなければならないが、亜子は意識が怪しく、ネギは足を負傷してい
る。亜子を杖に乗せるだけでも大変であり、時間を食っていた。
「ふふふ、ふふふ、逃がさへんよ」木乃香の形をした物体が嗤う。

「く、うっ―――ネギ、早くぅ!」
 攻撃は一気に激しくなり、刃や炎、火器や隕石を乱射してくるハルナを相手に、破魔の剣だけで
は防ぎ切れなくなってきていた。このままでは、攻撃がネギと亜子に届くのも時間の問題である。
「あっ!」
 亜子を撃ったのと同じ魔法銃の弾丸が、撃墜しようとする破魔の剣をかいくぐっていった。
 その先には、亜子を杖に乗せて浮上しかけているネギがいる。
「ネギ危ない!」
 その時、1人の少女がまるで盾のように、両手を広げてネギたちの前に立ち塞がった。その風に
靡いた前髪が印象的な少女と、明日菜は目が合った。
 まさか、そんな行動に出るとは誰も思っていなかった。宮崎のどかは倒れていた場所から跳ねる
ように起きあがると、明らかに人間ではない速度でネギと銃弾の間に割り込んだのである。
 迫り来る銃弾を前に、その目は恐怖で歪んでいた。
「わ、私、だって―――盾になれますー!」
 しかし、その顔は笑っていた。
 胸に赤い華が咲いた。
 持ち合わせていた護符の障壁を全て突き破られ、胸を撃たれたのどかが反動でネギたちに激突
する。浮きあがっていたネギと亜子は地面に放り出され、さらにのどかがネギの横にどさりと倒れ
込んだ。
「ネギせんせー……」胸を赤くして倒れたのどかの口が、ネギの見ている前でゆっくりと動く。


 これが、私の、気持ちです……。


「うあぁ―――――――――――――――――――――っ!」
 ネギは目に涙を溜めながら、血塗れで倒れている亜子とのどかを見て、頭を押さえながら狂った
ように大声で何かを叫んでいた。杖に乗せるときに付いた亜子の血と、今付いたのどかの血で服
を赤くしながら、喉が潰れんばかりの大声で喚き散らした。

「しっかりしなさい! あんた先生でしょ!」
 明日菜の喝にネギはびくりと震えた。その顔は魔法学校の首席にしてマギステル・マギ候補生
でもない、教師でもない、現実に対処する能力を持たない只の子供だった。
 ハルナを操った木乃香の姿をした物体が明日菜を指差した。その表情からは優しさが欠如して
いて、響き渡る声は凍りつくように冷たい。
「ナデンノウワズミ・ヒガンノイトククリ―――ミニステル・コノカ・早乙女ハルナ」
 始動キーらしき言葉と合わせて、ハルナの身体に纏わり付く霧が濃くなった。それが切欠となっ
たように、ハルナは寝惚け眼のまま機械のようにぎくしゃくと動き、明日菜に襲いかかる。
 ハルナの動きは、先程とは別人のように鋭くなっていた。倍以上の魔力を投入されているらしく、
動きはようやく目で追えるほどに速い。
「あ゙うっ!?」
 ハルナが拳を前に突き出し、明日菜が腕と破魔の剣でそれをガードした。しかし、余りの威力に
明日菜の身体は後ろに吹っ飛び、ごろごろ転がりながらネギの前に滑ってきた。
「あ、明日菜さん! 大丈夫ですか?」ネギが不安げに言った。
「はは……ちょっと効いたかな。それよりネギ、あんたこそ足は大丈夫?」
 痛みに耐えているように顔を歪めながら、明日菜はネギの顔を見る。
「私がもうちょっと時間を稼ぐから、その間にあんたが亜子ちゃんと本屋ちゃんを連れて逃げるの」
「あ、明日菜さんは……」
「あーもう! できるの? できないの? どっちなの!」
「……で、できます!」
「よし!」ネギの頭をくしゃくしゃと撫ぜると、明日菜は立ち上がって破魔の剣を構える。
「ふふふっ、あと、にひき―――」
 正面からハルナと、木乃香の姿をした物体が近づいてくる。

「何だかよく分からないけど、あんたたちの相手は私よ―――」
 明日菜が地面を蹴り、破魔の剣を握り締めてハルナに挑みかかる。
「たあああああ―――っ!」
 その姿はまるで、大切な人を守ろうとする戦士のようですらある。
 木乃香の形をした物体がにっこりと微笑んで、ハルナの懐から呪符を取り出させる。ぶつぶつと
呪文を唱えると、呪符はみるみる膨れ上がって大福のような顔に白いローブを纏った、「のんびり
しろまじゅつし」に変わった。
 木乃香の形をした物体が、明日菜に向けても呪文を唱え始める。


 ナデンノウワズミ・ヒガンノイトククリ―――
 母なる大地、回るゆりかご、万物の存在を与えし者よ
 天は自由、地は牢獄、その重さは愛にして御加護、
 その大いなる慈愛を以て彼の者を大地に縛りつけよ、

 『重力の枷』!


「――――――っ!?」
 明日菜の周囲の空間半径20メートル程が、ぐにゃりと陽炎のように歪み始めた。そして空間内
の全ての物質に何倍もの重力がかかり、そのまま自重で潰れ始める。街灯は次々とくの字に折れ
曲がり、アスファルトは巨大な蟻地獄が出現したように陥没し、巻き込まれた全ての建物がぎしぎ
しと軋んだ。空間全体が沈降しつつある。
「服が重い……!」
 シャツとジーンズしか着ていないのに、まるで西洋のがちゃがちゃした鎧を着ているようである。
しかし明日菜は重力の変化した空間の中で立ち上がって、破魔の剣を構え直す。
「あれえ? 潰れへんの?」
 木乃香の姿をした物体が、驚いたような声を上げた。

「あ、明日菜さん!」ネギは亜子とのどかを乗せて飛んでいた。どうやら逃げられそうである。
「私なら大丈夫! 早く行って!」明日菜が声を上げる。
「『メテオ(小)』!」ハルナが叫んだ。
 ネギが逃走を開始する。遠ざかっていくネギを撃ち落そうと燃える石が発射されたが、それは外
れて別の建物を崩壊させるだけに止まった。そのままネギたちは夜の都市に消えていく。
「逃がさへん―――敵を消し去れ、ミニステ……」
 ネギたちを追いかけようと、木乃香の姿をした物体がハルナと善鬼を動かし始める。
「木乃香の姿してんじゃないわよ―――あんたが消えなさいよ、この化物!」
 破魔の剣で木乃香の姿をした物体をどつこうと、明日菜が地面を蹴って跳躍する。霧は破魔の
剣を避けていたので、多少の効果はあるのだろう。
 しかし、善鬼の腕がろくろ首の首のように伸びて、破魔の剣を持った明日菜の腕を掴んだ。
「こ、この……は、離してっ!」
 外見に似合わない猛烈な力に、明日菜の腕がぎしぎしと鳴った。破魔の剣を使おうとするが、持
っている腕を掴まれてはどうしようもない。何とか引き剥がそうとする明日菜だったが、力では遥か
に相手が勝っていた。明日菜の叫び声は、すぐに悲鳴に変わっていた。
「あ゙っ……あ゙あ゙あ゙っ、痛っ! 離して、や、止めて―――あ゙、あ゙あ゙あ―――っ!」
 そのまま地面に叩き付けられ、明日菜の視界が反転した。
 ぼきんっ。
 乾いた枝が折れるような音がして、明日菜の手から破魔の剣が滑り落ちた。魔力でパワーアッ
プしていた肉体でも、当然限界があった。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああ―――っ!」
 あり得ない方向に曲がった腕を掴んでのたうちまわる明日菜を捕まえながら、善鬼はしゅるしゅ
ると腕を縮めていく。破魔の剣を落としたまま、明日菜は善鬼に引き寄せられていった。


          *


「麻帆良学園都市内部に、高密度の魔力の塊が出現しました。位置は和泉亜子さんに頼まれて
用意した人払いの結界のほぼ中央付近です。レーダーに反応あり」
「おお茶々丸、動けるようになったか」

 再起動した茶々丸の前には、手を繋いで眠っている木乃香と刹那、そして横で穏やかな顔で微
笑んでいるエヴァンジェリンがいた。泣いたのだろうか、エヴァの目は赤く充血していた。
「マスター、ここで一体何が?」
「何があったか? ふっ、もう遅い……全ては終わってしまった……」
 エヴァはぼんやりと学園都市の光を見つめており、その背中は小さい。
「学園都市の中に出現したのはな、暴走したジジイの孫の、執念のようなものだ」
「……よく分かりません」
 エヴァは憑き物が落ちたような優しい顔で、茶々丸に横に座るよう促した。これまでそんなことは
無かったので少し戸惑いながら、茶々丸はエヴァの横に座る。
「ジジイの孫はな、全ての邪魔者を排除するように従者に命令を送ったんだよ。馬鹿デカい魔力と
いっしょにな。その魔力が式神のようになって、勝手に動いて命令を実行しているのだろう」
「勝手に、ですか」
「そう、勝手に、見境なく敵を攻撃する……力を使い果たして消滅するまで止まらない。強大な魔
力で暴れ狂い、全てを壊して全てを殺し尽くす……麻帆良は草木一本残らんぞ」
 エヴァはあっけらかんと言った。
 しかし、軽い口調だったがそれは、その魔力の塊に麻帆良が滅ぼされると言っているのである。
「方向性と力だけ……ベクトルが具現化したような存在ですか」
「ん? べ、べく……? まあ、よく分からないがそんなものだろう……」
 エヴァはまるで抜け殻にでもなってしまったように、曖昧に微笑んだ。
「お前の可愛がっていた猫どもも、一匹も残らず消されるぞ。向かってくれば敵。逃げたら敵。抵抗
したら敵。降伏したら敵。アレはそれぐらいの思考しかできないだろう。その魔力の塊にマトモな知
能が備わっているとは思えんし、大切な桜咲刹那を判別できるかどうかも怪しい。ジジイの孫と桜
咲刹那がいるここも、いつ襲われるか分かったものではない」
「そんな……」

 今の状況と、自分の主人の弱々しい姿に茶々丸は驚いた。力が無くても知識はある。何か対策
の一つもないのだろうか?
「マスターはそれでいいのですか? この都市にはマスターが御世話になった方も多数いらっしゃ
るのですよ。それが、みんな、そんなくだらないモノに蹂躙されるのを―――」
「いいわけないだろうがっ!」
 エヴァは立ち上がって怒鳴っていた。
「私が全力を出せればそんなヤツの好き勝手にはさせん! 最強クラスの攻撃、いや殲滅魔法を
ぶつけて力ずくで消滅させてやる!」
 しかし、エヴァはすぐに力なくしゃがみこんでしまった。
「全力を出せれば、の話だ。今の私では無理だ。力を取り戻せるのは……二ヶ月はかかる。遅す
ぎるな。……そう言えば、和泉亜子はどうした? やはり殺されたのか?」
「私に聞かれても……マスター、随分気にしていますね」
「そんなことはない……いや、気にはなるが……やはり無理だろう……」
 既に何もかも諦めた顔で、エヴァは学園都市の光を眺めた。
「茶々丸よ。共に見届けるか、麻帆良の最後を。ジジイの孫の夢の続きを」


「そして、結末を―――」




          *


「ちょっとその人押さえといて。試したいことがある」
 木乃香の姿をした物体は、そう言うとふわりとハルナの身体を浮かび上がらせた。高等魔術であ
る浮遊術である。青白い球体に包まれて、木乃香の姿をした物体とハルナは、黒雲に覆われた空
に消えていった。
「ぐ、うぅっ……は、離してよ! ……こ、このっ! うっ、くう……!」
 善鬼に押し倒された明日菜は、腕を折られながらも善鬼を振り払おうとしていた。しかし、明日菜
の顔には恐怖と、骨折による苦痛が隠しようのないほどに浮かび上がっている。

 善鬼の中に、妙なひらめきが浮かぶ。
「みょゔ……」大福のような間抜けな顔が、明日菜を見下ろしてにたりと歪んだ。
 善鬼は起き上がるや明日菜のジーンズに手をかけ、怪力でそのまま引き裂いてしまった。股の
部分がぱっくりと開き、その間からクマの絵が書かれた下着が現れる。逃げようとする足を掴んで
それも毟り取ると、陰毛の一本も生えていない恥部が露になった。
「……ま、まさか……」
 蒼白になる明日菜の予想を肯定するように、善鬼は明日菜を再び押し倒した。
「い、嫌っ! いやああっ! なんでアンタに、そんなものが付いてるのよっ! あっ……」
 片手で善鬼を叩いて抵抗するが、善鬼はそんなことを気にもかけない。明日菜は性器に押し付
けられる固い物体から逃れようと腰を捻るが、上に乗っている相手から逃げることができない。
「いやあっ! 止めてっ! やだああっ! いやっ! ……いやああっ!」
 向こうに転がっている破魔の剣に片手を伸ばすが届かない。魔力でパワーアップしていても、そ
の力は敵には遠く及ばなかった。巨体にのしかかられて息も苦しい
「あっ、ああっ、いやあああっ、誰かぁ―――っ!」
 喧嘩慣れはしているが、ここまで力量差のある相手とはしたことがなかった。明日菜は泣きそう
な声で助けを求めるも、誰も来るはずがない。善鬼の両脇からハの字に開いた足がバタバタと虚
しく地面を蹴る。一方的に犯されるという恐怖に呑まれた今の明日菜は無力だった。
「―――っ!?」
 折れた腕を掴まれて激痛が走った。抵抗がぱたりと止む。
 明日菜の性器に、肉の塊が捩じ込まれていった。狭い道を押し広げていく途中で、固い物体が
自分の体内に挿入される痛みが下半身から伝わってくる。
「い、痛い!」
 つるりとした明日菜の股間に、処女の赤い血が伝い落ちた。善鬼はゆっくりと、明日菜の肉体を
貫いていく。覚悟を決める暇もなく、明日菜の処女は散っていった。

「あ゙あ゙っ……あ゙あ゙っ……あ゙あ゙っ……」
 明日菜の上で善鬼が動き始め、それに合わせて明日菜は悲鳴混じりの声を上げていった。両者
は繋がっていた、それが現実である。
「あ゙っ、あ゙っ、あ゙っ、あ゙っ、あ゙っ、あ゙っ、動かないで、ぇ……あ゙っ、あ゙っ……」
 善鬼の下で、明日菜が悲痛な声を上げた。
 逆に善鬼は明日菜を犯しながらにやにや笑っていた。一人で立ち向かってきた従者、自分たち
式神にとっては天敵とも言える「式払い」の異能を持った少女を蹂躙しているのは愉快なのだろう
か? 処女の締め付けをじっくりと愉しみ、肉棒でかき回す。
「あ゙あ゙あ゙っ、あ゙あ゙あ゙っ、あ゙あ゙あ゙っ、あ゙あ゙あ゙っ……やめてよぉ……」
 泣き出した明日菜に対して腰の動きを激しくしていく。遠慮なく明日菜の膣で己の肉棒をしごき、
そのまま大量の欲望を吐き出さんと子宮を突く。明日菜は破魔の剣がなければ、式神を倒すこと
ができない。必死に手を伸ばしても、やはり破魔の剣には届かなかった。
「あああ゙っ……やあああっ……!」
 どぴゅるる、どぷどぷどぷ……
 そしてトドメとばかりに中に欲望を吐きだし、明日菜の肉体を汚した。
「……う、うう、うええ……ひく、ひっく……」
 善鬼は行為が終わると消えて呪符に戻ったが、明日菜は立ち上がることができずにすすり泣い
ていた。処女を奪われ、汚されたショックに打ちのめされていた。
 倒れた明日菜はぼんやりと空を見上げる。
 そこには青白く輝く、大きな石が浮いていた。



          *


「ちょっ……ちょっと嘘でしょ―――っ! ここで、アレを使うなんて!」
 黒雲に覆われた空に浮かび上がる火の玉は、桜子の記憶が確かならば相当危険なものである。
味方が近くにいる時には、絶対使わないとハルナは言っていたはずだったが……。

「ひい、ひい、ひい、ひい―――」
 何とか落下地点から離れようと、桜子は無人都市の中をあちらへこちらへと走りまわっていた。
そもそもこの辺りはあまり詳しくなく、どう動けばどこに行けるのかよく分からない。
「あっ! ネ、ネギ君!?」
 すぐに建物の影に隠れて見えなくなったが、ふらふらと飛んでいるネギの姿を確かに桜子は見
た。のどかと亜子らしき少女を二人、杖に乗せて運んでいた気もする。
「ネギ君待ってえ―――っ! わ、私も……」
 急いでネギが見えなくなった場所に向かう桜子だったが、既にネギの姿は影も形もなかった。
「ね、ネギくーん!? どこ行っちゃったのおっ!? ねえってばあ!」
 しかし、それに答える者は誰もいない。
 ぽつん、と一人取り残された桜子をバカにするように風が吹いた。
「う、うわあああああああああ―――んっ!」
 上空に見える火の玉は、青白く色を変えている。意味はよく分からないが、もう時間は残されて
いないはずである。取り敢えず遠くに逃げなくてはならない。
 桜子は泣きながら、無人都市の中を走り出した。


          *


「『メテオ(大)』」
 木乃香の姿をした魔力の塊とハルナは、燃え盛る巨岩を見上げながら麻帆良数百メートル上空
にふわふわと浮いていた。メテオ(大)はハルナの描いた絵の中で最大の攻撃力を持った作品で
あり、大きさだけでメテオ(小)の数十倍はある。
 木乃香の姿をした魔力の塊は、さらにそれに力を与えた。従者を魔力で強化するのと同じように
魔力で破壊力を増した巨岩は、青白い炎に包まれて夜空に綺麗に浮かび上がっている。
「ふふふ。ほんまに魔法は効かへんのか、試してみよう」



 ナデンノウワズミ・ヒガンノイトククリ―――
 夜空の姉妹、燃える1柱
 彼の者に熱い口付けを、そして眠りを、還元を、
 消え去る幸せを、消え去る不幸を、届けたまえ―――

 『星の気まぐれ』……


 木乃香の姿をした魔力の塊とハルナの前を、青白く燃える巨岩が一気に落下していった。
 それはそのまま、犯されて倒れている明日菜に一直線に落ちていく。
 爆発。
 青白い炎の渦は無人都市を一気に呑み込んで膨張し、次に衝撃破が周囲をなぎ払っていく。無
数の建物が炎の海の中に消え、噴煙が上空に巻き上げられてぱらぱらとゴミの雨を降らせた。
「これで生きてたら大したもんやけど―――」
 ハルナと木乃香の姿をした魔力の塊は、爆発が収束するのを待った。
 明日菜がいた場所は半径50メートルほどのクレーターができている。その周囲は衝撃波で壊滅
し、5~600メートルに渡って無人都市は廃墟となっていた。無人だからこそ良かったが、もし人が
いた状態でこの攻撃が行われたら、その被害は甚大だっただろう。
「跡形もないやん」
 黒雲に覆われた空を見上げながら、木乃香の姿をした魔力の塊は愉快そうに嗤う。
 闇に朗々と響いていく嗤い声の中、ハルナは意志を奪われた傀儡となって浮かんでいる。
 体の一部を抉られた麻帆良学園都市は送電網などを破壊され、爆心地から黒いカーテンを敷い
たように停電が広がっていった。ぽつん、ぽつん、と、予備電源などの設備を持っている場所に光
が灯り、さながら闇に舞う蛍のように疎らな光が浮かび上がる。信号などの最低限の設備も復活
しているようであるが、大半の光は失われたままである。
 無人都市を中心に、爆撃の影響は麻帆良全体に波及していった。

 まるで標的を探すように、木乃香の姿をした魔力の塊はぐるぐると首を360度回転させて、麻帆
良学園都市を見渡した。生身ではない以上、もちろん骨などない。
 魔力の塊の、右足の親指の爪が形を失って空気中に霧散していった。どうやら魔力を消費して
その部分は形を維持できなくなったらしい。
 それでも爪だけである。魔力を使い果たして完全消滅には程遠い―――。


 光を失った地上と、黒雲に覆われた夜空の間―――
 そこにふわふわと、木乃香の形をした魔力の塊と、傀儡になった従者は浮いている。
 先程逃げた名前も知らない敵たちは、どこに隠れてしまったのだろう?
 見つけだして、とどめをささなくてはならない。
 下界には一部が廃墟と化した無人都市と、何万人が暮らす学園都市が広がっている。
「うふふ、ふふふ。せっちゃんとウチの……ん?」
 木乃香の形をしたそれは、ゆっくりと首を傾げた。
「せっちゃんて誰やったっけ? うーん、まあえっか」
 その頭は空っぽに近く、欲望も理想も何もない。ただ、敵を排除する目的だけが存在していた。


 この瞬間、麻帆良に安全な場所はなくなった。




          *


 ネギたちは無人都市内の薬局に逃げ込んでいた。できれば病院に行きたかったが、スピードも
でない上に場所も分からない。亜子とのどかを運んでいたネギも限界に近く、痛みで意識を失い
そうな状態だった。それに、明日菜をいつまでも戦場に残しておくわけにもいかない。
 カモがのどかと亜子に応急処置の止血を施す横で、ネギは足を縛って刺さっていた剣を引き抜
いた。どろどろ血が流れるが無視して包帯を巻いていく。

「兄貴、これからどうするよ……」
「とりあえず、明日菜さんを呼び戻して、作戦はそれから考えよう……病院に行くなり、戦うなり」
 ネギは苦しそうに仮契約カードを懐から出した。
「召喚!」
「もう明日菜の姐さんしか頼れる人もいねーしなぁ……」
 のどかと亜子の傷にタオルを押し当てながら、疲れたような声でカモが言った。
 光り輝く魔法陣が床に現れ、そこから明日菜が呼び出される。しかし、ネギとカモは明日菜の姿
を見て言葉を失った。
「ね……ネギ……ここは……? ……あの火の玉は?」
 明日菜は泥だらけで、右腕は奇妙な方を向いていた。いつもの力強さが感じられない憔悴し切
った顔で、裂けたジーンズから見えている血が流れた股間を隠そうともしない。色の異なる双眸か
らはぼろぼろと涙が零れ落ちており、一歩進んでそのままふらりと倒れた。
 火の玉が直撃する寸前に呼び戻せたのは良かったが、少し遅すぎた。自ら盾となってネギたち
を逃がしてくれたパートナーは、戦いに敗れた無惨な姿で帰還した。
「あ……あ……」
 ネギが何かを言おうとした時、窓の向こうで爆発が起こり、びりびりと建物を揺らした。
「う、うわああああああ―――っ!?」
 天井が落ちてきた。無人都市に加えられた爆撃の衝撃で、薬局は周囲の建物といっしょに倒壊
し、ネギたちを下敷きにしてしまった。


 ………瓦礫の中で、亜子とのどかは光のない瞳をさ迷わせていた。




          *



 ……………………………………
 ………………………………………………
 キーンコーンカーンコーンと、朝のある時間を示すチャイムが鳴り響いた。
「―――ん。―――こさん」
 机に顔を乗せてすやすやと眠る亜子の肩を、横から伸びた手が揺すってくる。
「ううん……もうちょっと寝かせてえな……だって日曜やん……」
 昨日はサッカーの試合があって、その準備や後始末で疲れてしまった。今日も朝早くから朝錬が
あり、亜子はまき絵が眠っている時間に寮を出たのである。朝錬にはマネージャーは来なくていい
と言われていたが、今はみんなで頑張って大会出場を目指しているの時期である。
 部員が朝早くから頑張っているのだ。亜子もできる限りのことをしようと、朝錬に参加している。
「―――こさん。亜子さん―――」
 しかし眠い。亜子は口から涎を垂らしながら、幸せな顔で夢の世界を旅していた。
「亜子さん。ホームルームが始まってますー」
「えっ? あっ……」
 のどかの声にようやく亜子が目を覚ますと、クラスの視線が亜子に集中している。
「亜子ちゃん、今日は月曜日だよ―――っ!」
 桜子の一言で2-Aに笑いが起こった。
「えっ? あれ? あ、あっ! ちょっと、のどか、起こしてや……」
 どうやらホームルームが始まっても、亜子だけが爆睡していたらしい。
 顔を真っ赤にしながらのどかを見る亜子に、のどかは苦笑しながら反論した。
「ずっと起こしてましたー。でも、ぜんぜん起きてくれなくて……」
「和泉さん……お疲れですか?」
 ネギがにこにこしながら亜子を見ている。亜子は顔をますます赤くして肯いた。
 2-Aにまた笑いが起こった。

 ―――あれ?

 この平和な、しかし当たり前の光景に、亜子は違和感を覚えた。



  <続>

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最終更新:2012年03月04日 00:15
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