30スレ436

「背にはキョウイか温もりか」

 ×     ×

「いやあーんっ、お姉様ー…」
「おー、カッコイイ!!」

修理中の艦内で展開されていた修羅場も無理やり沈静化し、
安心フィット感を確かめていたコレットがふと横を見る。

「いっ?…」

つーっとコメカミに汗を伝わせるコレットの視線の先では、
ベアトリクスが艦の窓に縋り付き、あのベアリトクスにして決死の形相でガンガンと窓を叩いていた。

「えっ!?」
「あれはっ!?」
「ビーさんどうしたのっ!?」

しくしくと往生際悪くしていた愛衣や高音も事態に気付き、
コレットがベアトリクスを艦内に引きずり込んで事情を聞く。

「………、………、………、………、………、………」
「ふんふん、かくかくしかじかうまうまで、主に痴話喧嘩が原因でパーティーは大混乱、
紆余曲折を経てビーさんが一人で箒で突っ走って魔物を引き付けて結局ここまで逃げて来た。
会敵予想時刻まで後三分」
「おっ、おにぇっお姉さまぁぁーっ!!」
「落ち着きなさい愛衣!そうですか分かりましたそれではあなたもこれを装着しなさい。
これで防御力三倍………」


アリアドネーの制服とランジェリーがポンポンと艦内を舞う。

「おーっ、ビーさん似合ってるーっ」
「…カッコイイ…」
「よくお似合いですよ。これで何が来ようと完璧です!!
それで、規模は?ええ、ええ、そうですか。
じゃあ先手必勝、茶々丸さんに逃げた方々は船の防御を。それでは皆さん、参りますわよ!!」
「おおーっ!」
「…オオー…」
「おぉー…」

 ×     ×

紆余曲折を経てベアトリクスが引き連れて来たのは空戦部隊であり、
出撃した高音、愛衣、コレット、ベアトリクスのカルテットは激戦の末にこれを制し、
一旦近くの岩場に注意深く着陸、小休止していた。

「いやー、タカネさん凄いよこれーっ」
「当然ですわ。この影の鎧を装着していれば何が来ようが恐れる事はありませんっ!!」
「…イイ…」
「………」

愛衣がふと視線を上げ、ベアトリクスの視線も鋭く走る。
四人が、ざっと各方面に構えをとった。

「恐れる事はありません。これを装着していれば、大概の、敵は…」

確かに、実力差と言う意味では、高音の見解にさ程の間違いは無かった。
問題なのは、ここで現れた敵の一群が、
たまたま人間の男性に近い形状でありたまたまマッチョでありたまたまサングラスを装着して
たまたまオールバックに見える外観で
たまたまびょんびょんとジャンプしながらガパッと口を開けて怪光線を発する事ぐらいであった。

「あ、あら、あらあら…」
「おっ、おにぇえ様ぁーっ!!」

果たして、敵遭遇、と、思った時には、高音は怪光線の十字砲火を受けていた。

「へっ!?ちょっ、なっ、これっ!?」
「…脱げてる…」
「…こんのおぉーっ!!」


更に群がる敵の集団を相手に、
愛衣は魔力の力業でなぎ倒して前方を切り開き、ぷすぷすと煙を上げて目を回している高音の元に駆け寄る。

「コレットさん、ベアトッ、ビーさんっ!
今のお姉様はダメダメで使い物になりませんっ各自防御に入って下さいっ!!」
「分かったっ!」
「…何気にひどい…」

高音を背にヒュンと箒を一振りし、血の滲む舌をぺろっと出した愛衣熟練の判断に、
後の二人もチャッとその指示に従った。

 ×     ×

ここで愛衣達が遭遇した敵部隊は、単体であれば彼女達でもさ程手こずる相手ではない、が、

“…数か多い…”

愛衣がびゅんと箒を一振りし、吹っ飛ばされた敵がその背後にいた敵に背中から激突する。
一回転しながら愛衣の放つ炎が取り囲む敵を牽制する。
火炎弾で横手の敵をぶちのめし、空いた所へ突っ走る。敵勢もそちらに向けて飛び跳ねて追跡する。

「囲まれたっ!?くっ」
「…助勢の余裕、無い…」

コレットとベアトリクスがそちらに向かおうと悪戦苦闘している間にも、
愛衣の周辺では包囲陣が完成しようとしていた。

“…お姉様が忘れられてる。成功…”

愛衣の唇が、ふっと笑みに歪んだ。
包囲の真ん中で火球が爆発した次の瞬間には、
敵の大群は集団頭突きで仰け反り倒れ、右手に箒を掴んだ愛衣がふわふわと宙に浮いていた。

「やるうっ!」
「…あっ!?」

コレットが叫び、安堵に表情を緩めたベアトリクスが鋭く叫んだ。
愛衣の足下近くで、倒れていた敵の中の一体がぐぐぐと身を起こしガパッと口を開いていた。


「!?」

怪光線が愛衣の右手を直撃する。対旧世界人効果95%以上カットとは言っても、
ゼロではない事は高音が身をもって示している。

「やっ、あ…」

恐怖で声も止まった、次の瞬間、愛衣の体は太股と背中を下から、
逞しい腕で支えられてガクンと止まっていた。

「あー、あかんなぁーそない油断したら」
「ここ、小太郎さんっ!?えっああっああああにょそのこここここここ…」
「けど、やるやんけ。上出来や」
「はいっ」

ニッと笑みを浮かべて自分を覗き込む小太郎の顔を見て、愛衣は真っ赤な顔のままにこっと頷いた。

「さっすが…」
「…すごい…」

着地した小太郎がひょいと愛衣を地面に下ろし、構えを取るが早いか残るは早々とお星様となる。
目の前の悪戦苦闘が瞬時に跡形も無くなった二人からは、呆れる以上の言葉が出ない。

「まー、愛衣姉ちゃんに、そちらさんは詳しゅう知らんけど、こんだけ片付けば上々…」

腰に手を当てて周囲を見回した小太郎が、鼻を鳴らして言いかける。
アリアドネー勢の顔から血の気が引き、小太郎の全身にも寒気が走る。

「くっ!とっ!?」

振り返った小太郎が、愛衣に蹴り飛ばされそうになった。

「メイ・フレイム・バスター・キィィィィーーーーーーーーーーックッッッッッッッッッ!!!」

小太郎が体勢を立て直した時には、
目の前の愛衣が高々と掲げた右脚を力強く一回転させていた。
頭部に炎渦巻く高エネルギー魔力の塊と化した脛をまともに叩き付けられ振り抜かれた黒いデカブツが、
ぐわんぐわんと揺れながらバッタリと倒れ込む。



「す、すまん…」
「いえ…いっ…」

小太郎が青い顔で言い、笑って応じた愛衣が地面に右足を付けた瞬間顔を歪めその場にしゃがみ込む。

「うらあっ!!」
「アネット・ティ・ネット・ガーネット!…」
「ミンティル・ミンティス・フリージア!!…」

その愛衣の脇で、地面からボコッと現れた新手の黒デカの腹を小太郎の拳がぶち抜き、
コレットとベアトリクスも背中合わせになって懸命の防戦をするが、
その間にも周辺の地面から壁からボコッ、ボコッ、と、黒いデカブツが次々と姿を現していた。

“…くっ…高音姉ちゃんに愛衣姉ちゃん…俺とあの二人で…”

小太郎とベアトリクスが一瞬鋭く視線を交わした。

「とっ!」

敵の間を縫う様に小太郎にぶん投げられた高音の体を、コレットとベアトリクスがガシッと受け取る。

「撤収やっ!あっちに合流するでっ!!」
「分かったっ!タカネさんは任せて!!」
「…引き受けました…」
「分かりました、たっ…」

コレットとベアトリクスが高音の体を支え、
立ち上がろうとしてふらふらと後退した愛衣の体は、腕を掴まれたかと思うと、
気付いた時にはふわりと浮き上がっていた。

「へっ?はっ?あ、ああっ、あああの…」
「脚、さっき凄い音してたで。飛ばすからな、しっかり掴まっときやっ!!」
「はっ、はいっ!!」

有無を言わせぬ小太郎の口調に、愛衣は、
言われた通りに目の前の小太郎の背中に体を押し付け、首に回した腕でぎゅっと抱き付いていた。




 ×     ×

「つっ…」
「大丈夫かっ!?」
「大丈夫ですっ!それよりも先にっ!!」
「ああっ!!」

どう聞いても悶絶しそうな愛衣の声にも、そこに込めた覚悟を汲んで小太郎はそれ以上は言わない。
そうして、どうみても崖以外の何物でもない階段をダーン、ダーンと飛び上がって行く。

“…熱が…出て来たのかな…ふわふわして…ぽかぽかする…”

いつしか愛衣は、ちょっと硬いけど広々とした草むらに埋もれながら、
その温もりに身も心もすーっと委ねていた。

「ひゅーっ」
「…モフモフ…」
「って、シム…モトイ後ろ後ろ来る来るタカネ重いっ!!」

 ×     ×

「愛衣姉ちゃんっ!!」
「ん、んー…」

小太郎の叫びに愛衣がふと目を開くと、ぼやけた視界に長い黒髪と掲げた手の動きが映し出される。

「悪いな、来てもろて!」

小太郎が、器用に愛衣の体を前に回し、下から太股と背中を腕で支えて地面に横たえる。

「こら、見るからに…」
「どう見ても折れていますね」
「うん、綺麗に折れてるみたい。ちょっと待ってな」

小太郎が思わず呻く様に言い、刹那が同意する横で木乃香が白扇でぱたぱたと仰ぐと、
一瞬顔をしかめた愛衣だったが、見るからに毒々しいハム塊と化していたものに本来の美しさが呼び戻される。

「…すまんかったな、俺の油断で愛衣姉ちゃんにあんな体張らせて…」
「とんでもないです、別ルートだった小太郎さんにあんなに助けてもらって、
そうじゃなければ今頃こんなで済んでいませんっ!」


ふーっと安堵の息を吐いた後、そっぽを向いて言う小太郎に、長座した愛衣がわたわたと答えた。

「けど、腕上げたなぁ、最初のアレ雑魚ぽかったけど、あんだけいたら大変やったやろ。今までやったら…」
「お陰様で、小太郎さんに色々と教えていただきましたから」
「…ねえねえ、コジローって言うか小太郎って言うか、メイって弟子だったりする訳?」
「…する訳?…」
「えっと、それは…」
「あー、俺も修行中の身やさかい、ちぃと手伝ってるだけやけどな、
愛衣姉ちゃん西洋魔法使いとしては筋ええし真面目で努力家やさかい、いい線いってるで」

口ごもる愛衣の側で言う小太郎の言葉に、ようやく高音を地面に下ろして這い寄りながら
ベアトリクスと顔を見合わせたコレットが意味ありげな笑みを浮かべる。

「ん、んー…」
「あ、タカネさん、気が付いた?」
「んで、脚、もう大丈夫なんか?」
「ええ、全然大丈夫です」

ぴょんとジャンプした愛衣がすとんと小太郎の前に着地し、
愛衣が着地姿勢のまま小太郎を見上げてにこっと笑みを浮かべ、小太郎もへへっと笑って応じる。
そのまま、愛衣がにこにこ笑ってしゃきっと立ち上がる。
どちらが先か、小太郎と愛衣がぱちくりと瞬きをする。
そのまま、硬直した愛衣の頬に見る見る血が昇り小太郎の頬から見る見る血が下がる。
愛衣がすぅーっと息を吸い込み、ベアトリクスと刹那が耳に指を入れる。
嵐が過ぎ去ったのを見計らい、コレットと木乃香が耳から手を離す。
まだぐわんぐわんと揺れそうな頭を振りながら、
立ち尽くしたコレットとにこにこ微笑む木乃香のコメカミに、つーっと汗が伝い落ちる。

「あ、ご、ごめんなさい…ひいいっ!?おおっ、おおおおにぇえ様っあああのっこれは…」
「ああ、悪い…いっ!?
あー、マテ、これはやな、どちらかと言うとあれや高音姉ちゃんの………
あーーーーーーーーうーーーーーーーーーー………」
「…お星様…」

 ×     ×

「ごめんなさいごめんなさいホントーにごめんなさい」
「いや、ええて別に気にしてへんから、高音姉ちゃんも、な」

ローブをまとった愛衣がひたすら平身低頭誤り倒す前で、
空に輝くお星様から無事生還した小太郎が後頭部を掻いてかえってなだめる様に言う。
その側で、ベアトリクスは、
根は真面目で責任感が強くて礼儀正しくてしゃがみ込んで地面にのの字を書いている高音の肩をぽんと叩く。

「まああれや、素っ裸の姉ちゃんをそのまま引っ張り回してもうたんは確かや。
結局、俺の未熟ちゅう事やからな」
「いえ、その、そんな…あんなに助けていただいたんですから…」

もごもご言って下を向く愛衣の脇で、コレットと木乃香が笑みを交わしていた。

「裸の女引っ張り回して見てもうたからなぁ、ケジメぐらい取らへんとあれやろ」

後頭部を掻きながらナハハと笑った小太郎の前で、
ぺこぺこ頭を下げていた愛衣は真っ赤な頬のままでチラッと小太郎を見上げていた。

「小太郎さん」
「んっ!?」

呼びかけられ、そちらを見た次の瞬間には、柔らかな感触で唇を塞がれていた。

「小太郎さんっ、
じゃあ小太郎さんのお詫びのキッス、確かにいただきましたーっ♪」

小太郎が目をぱちくりとさせている間に、ぴょんと距離を取った愛衣は腰を曲げ、
くるっと回って最高の笑顔を見せていた。

「気が向いたらカードも付けて下さいねー♪」
「ん?おうっ!姉ちゃんみたいに強うて根性あって綺麗な姉ちゃんなら大歓迎や」
「ありがとうございまーす♪」

あえて、と言う軽い調子で言葉を交わす。
わだかまりをなくすための戦友の冗談。小太郎はそう受け取っていた。

 ×     ×

「じゃあ、私達はこれで、一度艦に戻りますので」
「おうっ、気ぃ付けてな」

復活した高音を先頭に、飛び上がる前にぺこりと頭を下げた愛衣に、
小太郎もご機嫌でにこにこと手を振る。
そのまま、愛衣はコレットとベアトリクスを後続にすーっと飛び去って行った。
ゾクッ

“…な、なんや?この、かつてない戦場の悪寒…”

手を振っていたままの笑顔が硬直し、解除出来ない。
後ろを振り返ろうと己を叱咤するがそこから漂う何かが小太郎の本能にそれを拒否させている。
それは、マスクと顔との距離が徐々に開く度に、
知床岬からアラスカ、北極本土のブリザードへと着実な進化を遂げていた。

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「背にはキョウイか温もりか」-了-

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最終更新:2012年01月28日 15:02
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