「リボンなナイト10」
+ +
「しっかし、バーゲンやからて人数制限一杯、買い込んだモンやなぁ」
「うん、半分はザジさんがバードテーブルに欲しいって
後半分はいいんちょがタルト焼いてくれるから」
「それ旨いんか?」
「すっごく。ターキーの手配もしてくれるし」
「ターキー?」
「七面鳥、鳥の肉」
「あー焼き鳥か」
「んー、まあね。だから行こっ」
「ああ」
「………」
2003年12月24日午後、麻帆良学園都市内のショッピングセンター。
林檎の詰まった袋を抱えた犬上小太郎と、
同じく袋を抱えてちょっと苦笑した村上夏美が店を出るのを遠くに見届け、
同じく袋を抱えた佐倉愛衣が歩き出す。
距離を取っているのだが、
何しろ住んでいる場所が場所である。必然的に進行方向は同一のものとならざるを得ない。
そんな愛衣の遠くの視線には、しゃがみ込んだ小太郎と前向きに腰を曲げた夏美がいて、
いかめしい顔で後ろの夏美に相談する小太郎の前で、夏美はにこにこ笑ってそんな小太郎を見ている。
結局、小太郎は指輪とお金を露天商に差し出した様だ。
楽しそうに帰路につく二人の後方で、愛衣はくるりと回り右した。
「わあっ!!」
「きゃっ!?」
気が付いた時には、尻餅を着いた愛衣の周囲で大量の林檎がゴロゴロ転がっていた。
「ご、ごめんなさいっ」
「すいません」
互いに謝りながら、せっせと林檎を拾い集め正面衝突で頭突きをかます。
「あっ、すいませんっ」
「ごめんなさい」
「すいません…あれ?佐倉さん?」
「ネギ先生?」
「あのっ、ごめんなさい痛かったですかっ!?」
互いに床を這ったままようやく愛衣が相手を認識した時、
目が合ったネギの慌てた言葉に目をぱちくりさせた愛衣は、
さっとそっぽを向いて腕でごしごしと目を拭う。
「あ、大丈夫です。ホントごめんなさい」
歩道に転がる残り少ない林檎を拾い集め、愛衣はにっこり微笑んで立ち上がり、
袋の底からどざあっと林檎の大群が地面に落下した。
+ +
「あれ?」
「あ、どうも」
麻帆良学園女子寮の一室で、ナツメグこと夏目萌が、
思わぬ珍客を同伴して来た友人を迎えて目をぱちくりさせた。
「ナツメグさん、取り敢えず、何か入れ物持って来て」
+ +
「一緒に運んで来てくれたんですか、ありがとうございます」
「いいえ」
林檎を運び込むついでに上がり込む形となったネギが、萌の言葉に礼儀正しく応じた。
「それじゃあ、僕はこれで」
「いえ、お茶ぐらい飲んで行って下さい」
「いえ、お気遣い無く」
「いいから、お礼ぐらいは。ね、メイ」
「うん」
愛衣もにっこり笑って応じたので却って失礼と思い直して
ネギもテーブル前のクッションに座り直すが、萌の方には少々別の思惑もある様だ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「ふーん、やっぱり大活躍だったんですね」
ぺこりと頭を下げ、愛衣の入れた紅茶を傾けるネギの隣で、
ネギの話を聞いていた萌がうんうん頷く。
「その辺の事はメイからも詳しく聞けなかったから。
私は置いてきぼりだったし。いや、やっぱり凄いですネギ先生」
「いえ、そんな…」
「普通に英雄レベルですから、謙遜も何もないですよ」
ふふっと笑って近くに座り、愛衣が言う。
「紅茶、どうでしたか?イギリスの方は紅茶にあれとか
コーヒー出したら白手袋をぶつけるとか左手で握手するとか…」
「美味しいです、ありがとうございます」
ちょっと恐る恐る尋ねる愛衣に、ネギはにこっと無邪気な微笑みで返答した。
「良かった。ちょっと待ってて下さいね」
パタパタと台所に引っ込む愛衣を、萌は微笑ましく見送る。
+ +
「いい匂いがします」
「そうですね」
「はーい、お待たせしましたー」
台所から大皿を持って来た愛衣に、萌はぱーっと両手を上げて歓迎した。
「アップルパイにアップルティーでーす」
かちゃかちゃとパイとティーセットがリビングに運び込まれ、パイが切り分けられる。
「さっきの林檎ですか?」
「ええ」
「ええ、ホントは今夜のパーティーで色々使う予定なんですけど、
全部使う訳じゃないですから予行演習もかねて。
なんて、ホントは傷んだ林檎も焼いてお腹に入れればおんなじだって言ってましたから」
「ナナナナツメグさん言ってません言ってませんよネギ先生」
「はい」
あわあわと弁明する愛衣とにっこり笑って応じるネギを、萌はくすくす笑って見守る。
「じょーだん、冗談ですネギ先生。この娘本当に真面目でいい娘なんですから。
さ、いただきましょう」
「そそそうです、ネギ先生、どうぞ召し上がって下さい」
「はい、いただきます…」
「いただきます」
それぞれが食事の挨拶を交わし、もぐもぐと一切れ目を平らげる。
「うん、美味しい」
「美味しいです」
「良かった、ありがとうございます」
皆の反応に、愛衣はほっとした様に胸を撫で下ろす。
「ホント、メイって可愛くって真面目でお料理も上手で、出来た嫁でしょネギ先生」
「え、あ、えーっと」
「ちょっと、なんですかナツメグさん嫁ってぇ」
「ほらぁ、学園祭で武道会とかヒーローユニットとかやってましたから、
私の学校とかでもけっこー人気あったりするんですよメイって」
「そうですか。学園祭ですか」
ネギがちょっと懐かしそうに言う。
「学園祭…」
ふっと笑みを浮かべた愛衣が下を向いた。
「ね、そう思うでしょ!」
いきなり萌が大声で割り込んだ。
「ネギ先生も。メイって結構いい線行ってるって」
「ち、ちょっとナツメグさんっ」
叫ぶ様に言う萌に、愛衣が真っ赤になってわたわたと手を振る。
「はい、きれーな女の人です」
そこに、ネギの必殺素直なお子ちゃまホメ言葉が炸裂し、
これはもうヒト科の牝の本能と言うレベルの直撃で愛衣がぷしゅーっと湯気を噴く。
「ひゃーっ、これが噂の…侮れないわ子供先生」
その直撃を間近で見ていた萌も、頬を赤らめながら潤んだ瞳で瞼をぱちぱちさせていた。
「んー、それでですね、ネギ先生」
「はい」
テーブルを挟んでにじり寄って来る雰囲気の萌に、ネギは相変わらず素直に反応する。
「実際の所あれですよ。ネギ先生ぐらいの男の子って、
どれぐらい女性に興味があるんですかぁ?」
「え、えっと、その、女の人に、興味、ですか?」
「そ、ネギ先生なんてぇ、あんな凄い女の人たちとパーティー組んでマスターなんですよね今の所。
何が凄いって、あの先輩達だもん実力的にも凄いけど女的(おんなてき)にもね、メイ」
ちょいちょいと手を振って何とか萌を止めようとしていた愛衣も、
この萌の言葉にはうんうん頷いていた。
「で、どーなんですか?」
「あー、えーと、その…
はい。皆さんその凄く綺麗な人で、
みんな尊敬できる素晴らしい人達ばかり、ですけどその…」
「うーん、やっぱり優等生。
えーと、確かあのお二人と同居してるんでしたよねネギ先生」
「は、はい」
「そーですか。あんな綺麗な先輩二人と寝食を共にしてあれですか、どーですか?
それともえーと、いつもあんな綺麗な年上のお姉さんに囲まれて暮らしたりしちゃってると
あれですかお二人って言うか女性全般に飽きちゃったりしちゃったりするんですか?
もしかしたら、本当に…」
そこまで言って言葉を切る萌に、ネギと愛衣は思わずごくりと息を呑んだ。
「もしかしたら本当に…女の人より男の人に興味があって
コタロー君といけない関係に…ストォーップメイストォーップッ、
ジョーク、イッツジョークッ!!」
愛衣が掲げた両手の上に太陽の様に輝く火球に、
腰を抜かした萌が絶叫する。
「えーと、あの、ナツメグさん、いけない関係とかそれって…」
「あー、気にしないで下さい一生知らないでいい言葉ですから。
最近ナツメグさんちょっとパルさんと意気投合して若干脳味噌腐ってるだけですから」
「ひどーいメイひどーいっ!!言うじゃない」
座り直して紅茶を傾ける愛衣に萌が抗議する。
「………が嫌いな女の人はいませーんっっってっ!!」
「誰もナツメグさんの好き嫌いは聞いていません。
で、どうなんですかネギ先生」
「お、やっぱ気になる?
だよねー、ネギ先生はとにかく、メイが困るからね彼がそういう…
ストォーップッメイストォーップッ、ジョーク、イッツジョークッ!!
で、それでどうなのネギ先生って、あんな綺麗な先輩と同居なんかしちゃったりして」
「い、いえ、そんな事は。ええ、アスナさんもこのかさんもとっても綺麗な人でアスナさん…」
腰を抜かした萌に切羽詰まった声で詰め寄られ、
ちょっと上を向いていたネギの頬が不意にぼっと赤くなった。
「ふふーんっ、赤くなりましたねーネギせんせー、
その人が本命だったりしちゃうんですかー?」
「ちちち違ッ、い、今のはそーゆーことじゃなくってッ、お、思い出しちゃって…」
「思い出した?うふふっ、ネギ先生何思い出しちゃったんですかね。
あれ?何?なーんかいけない事思い出しちゃった?」
「もーっ、ナツメグさん可哀相ですよっネギ先生マジメなんですからぇ」
まんま顔に出るネギの反応を見て、ぐいぐいとのめり込む萌に愛衣が割って入る。
「あー、ごめんごめんごめんなさい。
そーなのよ、ネギ先生もメイもマジメなんですから。
うーん、私も普段は至って真面目キャラで通ってる筈なんですけどね。
キャラ崩壊とかじゃなくってネギ先生があんまり可愛いんですから」
「えーとナツメグさん、誰に言い訳してるんですか?」
「い、いえ、大丈夫ですはい」
ふふっと肩をすくめて笑った萌に、気を取り直したネギが答える。
「でもー、やっぱり気になりますねー」
腕組みをした萌が、横目でネギを見て言う。
「だってネギ先生イギリス紳士だから、
正直どこまでホントかって全部ホントってのが厳しいんですよね女として。ねえメイ」
「う、うん…じゃなくって…」
思わず同意してしまった愛衣が慌てて否定の言葉を探す。
そんな愛衣に萌がごにょごにょと耳打ちし、目を見開いた愛衣はブンブンと首を横に振るが、
萌が負けじと耳打ちして、しばらくやり取りが続いた。
「ちょっと待ってて下さい、ネギ先生」
結局、根負けしたかの様な萌に連れられ、愛衣は萌と共に台所へと引っ込んだ。
+ +
「真っ赤なおっはっなっのぉーっ、トナカイさーんーはーっはいっ」
「いっつもみーんーなぁーのぉーっ、わーらーいーもーのーっ」
台所から最初に飛び出して歌い上げる萌に促され、
愛衣もヤケクソの様に叫び出す。
だが、歌が続くに連れ、目を丸くしていたネギも二人の息の合った合唱を楽しんでいた。
ネギの周りを行進しながら歌い上げる二人にネギはパチパチと拍手して、
二人はネギの両隣を挟む様に着席した。
「どーでしたネギ先生」
「はい、とっても可愛くて良かったです」
ネギの素直な褒め言葉に、萌はにっこり笑った。
「メイも似合ってるでしょー」
「はい、サンタさんとっても可愛いですよメイさんもナツメグさんも」
「ふふーんっ、嬉しい事言ってくれますねーネギ先生。
メイったら素材がいいからねー、こういうセクシー系もバッチリ似合っちゃうの。
やっぱりネギ先生もこーゆーの興味あったりするんですかー」
愛衣とお揃いの肩出しミニスカサンタ服姿で、萌は隣に座るネギにやや前屈みになりながらにじり寄る。
そうされながら眼鏡越しに潤んだ黒い瞳で見つめられ、ネギの顔は自然別方向を向く。
既にミルクの様な柔らかな頬は真っ赤に染まっていた。
「あっ、あのそにょ、
あのネギ先生これはあくまで女子会でその女の子同士でおふざけに披露する予定でしてその…」
萌の言葉に、
お揃いの肩出し腕出しミニスカサンタ服姿の愛衣はその身を縮こめる様にしながら赤い顔で弁明する。
「なーんてっ」
そんな愛衣の背後に、萌がそーっと近づいた。
「きゃっ!」
「ねーネギ先生。メイってば細く見えてるのにけっこー凄いでしょー」
「は、はわわわあっ」
「もーっナツメグさんっあんっ」
愛衣のほぼフルカップで胸を覆った所で途切れていたサンタ服から、
萌の両手に下から持ち上げられてハーフカップ近くまではみ出す中身を前にして、
ネギはあわあわ腕を振って真っ赤な顔を横に向けている。
「ねーメイ、あのネギせんせーですら陥落なんだから。
メイってば素材も中身も一級品なんだから。
最初っからこーしてればイチコロだったかもねー。
こっちじゃ明らかに勝ってるんだからこのアドバンテージでかいよー実際でかいんだもん」
+ +
「ふぁーっくしょっ!!」
「おおっ、びっくりしたなぁ、風邪かいな?」
「ううん、大丈夫。どうしたんだろ?」
+ +
パッと手を離してケラケラ笑う萌の前で、愛衣は下を向いている。
愛衣の声が止まったのに気付き、ネギが前を見直した。
「うっ、うぐっ、うっ…」
「あの、佐倉さん?…」
「ふっ…うええっ、うわあぁーんっ!!!」
いきなり号泣し出した愛衣を前に、ネギは思わずのけ反った。
「ふえぇーんっ!
どうして、どーしてどうして私じゃ駄目なんですかぁどうしてぇっ、
私、私だったら私ぃ、うええっ、これから、これからこれから、
部屋に帰って一緒にパーティーして一緒の部屋で休んで一緒の部屋に暮らして、
それでそれでいつも一緒でうえっ、うえぇえんっ、うわぁーーーーーーーんっっっっ!!!」
ひとしきり泣き叫んだ愛衣は、目の前できょとんとしているネギを見て慌てて袖で目をこすった。
「あっ、あにょっ、ごめんなさいっ!!」
愛衣が立ち上がり、どたたっと洗面台に走る。
「佐倉さんっ?」
「あー、いいですネギ先生」
思わず腰を浮かせたネギを萌が制する。
「ありがとうございましたネギ先生」
「え?」
「そうなんですよねー、ルックスも上々で結構モテモテ、
勉強も魔法も優秀でも、こればっかりはままならないものって世の中あるんですよねー。
あの方がまだマシです。
夏以来着々と鬱ってるのにフツーにしてるから、こっちの方が気が滅入ります」
「はあ…」
最終更新:2012年01月28日 15:05