29スレ101

逆まる

「私は、また、何にも出来なかった…」
明日菜は、自分の言葉にふと首を傾げる。
「又?又って言った?」
よく分からないまま、明日菜は世界樹広場を前に階段の下で膝を着き、顔を覆う。
「ネギ、千雨ちゃん、パル、朝倉、私…私は…
どうして?どうしてなの?ねえ、どうして?
私、私は何なの?何の、何の役にも立たないで、私、私…
…会いたい…会いたいよ…」
はっと顔を上げた明日菜は、遠くに光る世界樹を見た。
「なんで?なんでこんなこの時期…」
明日菜が振り返る。フードの中の笑顔、懐中時計…

<枝ルート5・アルナツノヒノコト>

2003年夏、長谷川千雨は建物の中でノーパソに向かっていた。
「ったく、ファンタジーの世界でハッキングってなぁ…
しかも、電波届くのここしかないし、お前ら早くしろよ、見つかったら一発アウトだからな」
「はい、ちう様、全速力で検索解読しております」
コメカミに汗を浮かべる千雨の横でた゛いこが言った。
「とにかく、こいつを解除しちまわないと、先に進む所か全滅、だからな…」
足音を聞き、遠ざかるのを感じた千雨がふーっと息をつく。
「やってる場合じゃねぇ、とにかく急いで、だ」
キータッチ一つも慎重に、しかし迅速に、千雨の神経戦が続く。
「何やってんだかな、こんなファンタジーの世界で?…
何で私こんな事やってんだ、下手すりゃ命だって?…
じゃあ、やめるか?…」
はたと千雨の思考は止まったが、指は動き続けていた。
「な、訳ねーよな」
自嘲の笑いを浮かべた千雨が、次の瞬間、物音にギクッと肩をすくませた。
バタバタと複数の足音がこちらに向かっている。
“…終わったぁーっ、ゲーム・オーバーッ!!…”
「ぐあっ!」
「うおっ!」

千雨が目を閉じてうずくまる中、背後から悲鳴が響いた。
千雨が恐る恐る振り返ると、そこには、大剣を肩掛けにした明日菜が不敵な笑みを浮かべていた。
「神楽、坂…どうしてここに?」
「こんな危ない所、千雨ちゃん一人置いとけないでしょ?
ネギもネギよ、こんな所に置いて行って」
「私が行けって言ったんだ」
「だからバカネギだって言ってるの、それ真に受けて一人で置いてくなんて、
そんなの駄目に決まってるでしょ」
「いや、だって、ネギ先生だって、この先ずっと危ない…」
「大丈夫」
明日菜が、ぐっと千雨を見た。
「ネギにも頼まれたの、千雨さんをお願いしますって。
ネギも、他のみんなもいるんだから、あっちは任せて、私はここで千雨ちゃんを守る」
「どうして…」
「どうして?」
明日菜はきょとんとした表情を見せた。
「だって、危ないでしょ。千雨ちゃんに何かあったら嫌だから、私もネギもこのか刹那さんみんなも、
そんなの決まってるでしょ」
「神楽坂…」
「さ、ちゃっちゃとやっちゃってよ」
また、足音が聞こえ、明日菜がぐっとそちらを向く。
「背中、力仕事はバカレッドに任せてさ、千雨ちゃんは千雨ちゃんの事、お願い」
「オッケー、神楽坂。一晩もかかんねぇでやってくれちゃうからよ」
ふっと不敵な笑みを交わした二人の少女は、それぞれの敵に凛々しい表情を向けていた。

数ヶ月後。
ピンポーン
ピンポーンピンポーンピンポーン
ピポピポピポピポピポ…
「あーっ、はいはいはい」
明日菜が、パタパタと中から女子寮643号室のドアを開ける。
「はーい…千雨ちゃん?
うわっ‥何…この臭い…
千雨、ちゃん?…」
明日菜の前で、千雨は膝を着いてくずおれた。
「…す…けて…」
「えっ?」
「たす、けて…助けて…助けて助けて…たす、けて…
助けて神楽坂助けて…助けて…助けてよぉ…
…うっ、うううっ、うっ…」
「千雨ちゃんっ!?このか、このかっ!!」

…コッチコッチコッチコッチ…
643号室に、主立ったメンバーが集まっていた。
「…斬りますか?…」
ぼそっと口を開いた刹那が立てた夕凪の鯉口を切る。
「何れはそうするにしても、取りあえず麻帆良大学病院に行きましょう。
検査も必要ですし、あそこで低容量ピルも扱っているです」
携帯電話を使っていた夕映が言う。
「悪い、綾瀬」
服の上から毛布で身を包み、千雨がぼそっと言った。
「問題は撮影されたと言うデータです」
夕映の言葉に、千雨の身がビクリと震えた。
千雨はそのままうつむき、ガタガタと震え出す。
「大丈夫だから、大丈夫だから、ね」
明日菜に抱かれ、バカレッドが何の根拠もなく言っていると分かっていても、
千雨は安らぐ気がした。
「何とかします」
聡美が言った。
「今、茶々丸が、手がかりを元に関連先全てにハッキングして
携帯電話に至るまで全て洗い出しています。
流出前であれば…いえ、その可能性が高いと確信していますが、
保存されている全てのデータ、実力行使してでも奪い返すと言うのなら、それは可能であると」
「協力は惜しまぬでござるよ」
楓がうっすらと右目を開ける。
「あー、ゲロさせんのにどんぐらいまでやればいい?」
「吐くまでです、死体は黒幕も情報源も吐かないのでご注意を」
小太郎の問いに対する刹那の返答は端的だった。
「あのー、私もいますのでー」
のどかが口を挟む。
「最悪の場合、これを使います」
聡美が一枚のCDを取り出す。
「それは?」
夕映が尋ねる。
「コンピューターウイルス、みたいなものです」
聡美が言う。
「簡単に言えば、恐るべき伝染力であらゆる画像データを一時封印します。
二重トラップで、復旧プログラムに見せかけた特殊ウイルスで、
目的の特徴を持った画像データのみ、完全に殲滅します」

「超さんの置き土産です。これは基礎研究の段階ですが、
ハカセは「間に合う」と即答してくれました。必要ならば一晩でやってくれるそうです」
データ収集中の茶々丸が言う。
「いや、それまずいだろ」
さすがに事の重大性が分かる千雨が言う。
「大きな悪を倒すための小さな犠牲です」
聡美の眼鏡がキラーンと光る後ろで、木乃香がレ○クラの掛かっていたCDを止める。
夕映が、引き続き電話を使う。
「いいんちょさんが車を手配してくれました。
ネギ先生と高畑先生、源先生が病院で待つそうです」
夕映が言った。
本当はネギもここにいるつもりだったのだが、複数の少女がやんわりとネギを追い出し
ネギも先生の仕事のために他の教師との連絡に奔走していた。

「千雨さん」
病院の廊下でハッと千雨が振り返ると、そこにはネギが立っていた。
「よう」
千雨は、ぐっと溢れそうになっていた涙を呑み込み、ぼそっと挨拶する。
「あの…しずな先生…源先生から聞きました…」
ネギが顔を背けながら言う。
「何と言うか、その…僕は、お話も聞けない、役にも立たない…」
震える声で言うネギの頭を、千雨がぐしゃぐしゃとかき回す。
「そんだけで十分だよ、ガキに慰めてもらおうなんて思ってねーよ。
男のガキには分からない世界もある、そんだけだ気にすんなこっちでなんとかする」
「…辛い時、泣きたい時には泣いた方がいいですよ。
そうしないと…笑えなくなっちゃいますから。こんな時ですけど僕、
僕、千雨さんの笑顔、大好きですから」
ネギは、ぺこりと頭を下げてタタタと去って行った。
「千雨ちゃん」
その後、声の方を見ると、しずなと明日菜、木乃香刹那が立っていた。
「お疲れ様」
しずなの言葉と共に、泣き出したい程の屈辱的な検査を終えた千雨の目からぶわっと涙が溢れ出した。
明日菜と木乃香は、黙って千雨の腕に肩を貸した。

「だってー」
「でしょー」
「ネトアだったってー、ちょーし乗ってたんじゃないー?」
「あのー、先輩、うちのクラスに何か?」
「なによー」
「ちょっと、円っ」
「円」
「止めないでよ」
「誰が止めるって言ったよ?」
「美砂」
「…亜子まき絵ここにいて…」
「アキラ、私も行く」
「止めに行くんだよゆーな」
「分かってる」
「おやめなさいっ!」
「あっ」
「何?」
「みっともない真似はおやめなさいと言っているんです」
「英子先輩」
「行こう」
「ふんっ」
「全く、あんな卑劣な犯罪、何だと思っているのか」
取り巻きと共に肩をそびやかした英子が去っていった。

「旨いな」
ベッドに身を起こし、お椀を手にした千雨の横で、椅子に掛けた五月がにっこり笑った。
「悪いな、わざわざ部屋まで来てもらってさ」
「三日もろくに食べていないと聞いたから。
善意の押しつけはかえって辛いかも知れないとも思ったけど、死なれるなら嫌われた方がマシです」
五月の声は、しっかりと決意したものだった。
「助かったよ、本当に有り難う…そろそろ、行くかな学校」
「大丈夫。皆さん、今、一番辛いのが千雨さんだって、それは分かってるから」
最後の方は、呟く様に言う千雨だったが、五月はにっこり笑って応じた。

「千雨ちゃん来たよーっ!!」
“ぎゃあぁああああ!!”
「お帰りー」
「お帰り、千雨ちゃん」
千雨がしばらくぶりに顔を出した3‐Aの教室で、
一通りの騒ぎの後であやかがパンパンと掌を叩き、にこにこ笑いながらめいめい席に戻る。

「お帰りなさい、千雨さん。お待ちしておりましたわ、わたくしも、ネギ先生も」
「ああ、何か心配掛けたみたいだな、いいんちょ。
ろくに話した事もなかったけどさ、那波なんかとちょくちょく顔出して、
余計な事言わないで挨拶して届け物してくれて、どうもな」
あやかは静かに笑って小さく首を横に振る。
「さあ、授業が始まりますわ」
「ああ」
千雨が席に戻る。
全身で歓迎しても宴会をしようと言う所までは突っ走らない、それがこのクラスの優しさだった。

「あのっ、千雨さん」
帰路に就く千雨に、後ろからネギが駆け付けて来た。
多少のギクシャクはあっても、既に平穏な学園生活が幾日か続いていた。
「協会の許可が出ました」
「協会?」
「魔法協会です。麻帆良学園魔法使いのき○くだい権限発動許可が出たんです」
「きょ○だい権限?何だそりゃ?」
「つまり、電子精霊も記憶操作も一般社会に介入しての最上級措置をとってもいいと、
やっと上から許可が下りたんです。
初動措置で全て消し去ったとは思いますが、最高品質の電子精霊で総力を上げて、
ネットからそこに接続しているあらゆる記憶装置を一年以上に渡って全て検索して徹底殲滅します。
映像はもちろん事件に関する記録は全て改ざんして抹殺です。
それから、この事を知っている全ての人の記憶から事件の事を捏造抹消します。もちろん、千雨さんも。
加害者の人達は別ですが、あの人達は二度とこの事をしゃべれない状態になります。
千雨さんにした事を考えれば当然の報いです」
きっょろきょろと周囲を見回しながら、興奮した口調でまくし立てたネギが、
最後に語気を荒げた。
「そうか…」
ふっと息を吐いた千雨が天を仰いだ。
「…苦労したんだろうな、ありがとうな…」
笑みを浮かべた千雨が、ネギに目線を合わせてぐしゃっと髪の毛を撫でる。
「では、これから…」
「いや、ちょっと待て」
「えっ?」
「そうか、みんな、無かった事になるのか…」
「はい。千雨さんの辛い思いも、みんな消えます。
あんな事、されなかったんならそれが一番いいですから」
「だな、確かに、愉快な経験じゃない、今でも夜中に自分の絶叫でたたき起こされてる。
けどさ…ま、部屋でゆっくり話そうか」

<枝ルート5・終了>

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最終更新:2012年01月28日 16:03
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