その国は平和だった。ずば抜けて豊かでもなかったが生活は安定しここ数十年大きな戦争もなかった
犯罪がないわけではないが治安もよく人々は安穏と暮らしていた。こんな毎日が永久に続くと当然のように思っていた
唯一の不安は建国時以来数千年にわたって残されてきた女神による世界の成り立ちそして崩壊を描いた神話だったが
科学という新たな宗教の発達により神話の教えも
昔ほど強く影響を与えているわけではなかった。学術調査により過去に神話のモデルとなるなんらかの
事象があったであろうことはほぼ証明されているのだが、それでも民間信仰の域を出なかった
とはいえ神話の内容はほぼすべての国民たちが知っていた。信じる信じないは別のお話・・・
その日も平穏だった。天気の良い昼下がりだった。しかし突如変化は訪れた
まだ正午過ぎだというのにいきなり夜になったのだ。人々は驚きビルや家から出てきては首をひねった
しばらく考えた結果夜になったのではなく何かが空を覆い街から太陽を奪ったのだということがわかった
はるか高空にあるその覆うものは視界のいっぱい隅から隅まで存在した。ごく一部の天啓を得たものは
それが自分たちの体にもあるものだと悟ったが多くの人は首をかしげるばかりだった
「もるです~」
大音響が響いた。人々は耳を押さえ蹲った。聞いたこともないような音だったが聞き取りやすい響きだったので
なんという言葉だったかは理解できた。そして声色から少女の声であることも・・・
「仕方ないです。この草むらでおトイレするです」
再び響いた爆音。おトイレという言葉は聞こえた。そして幼き頃より親子代々語り継がれてきた神話の最終章が脳によぎった
今の光景とその内容は酷似していた。
【国が反映したその時空は奪われ女神が再び現れる。世界は女神の起こした洪水により滅び暗黒へと還る】
洪水・・・少し気になることがあった。さきほどのおトイレというセリフから想像する洪水は一つ
いやいやまさかそのような・・・・・・
しかし予感は当たった
広大な学園都市の一角に位置する林。普段は休み時間の学生たちの憩いの場だがさすがにここまで奥に来たら誰も来ない
あまり社交的でないユエは探検部のみんなが用があるときはここで一人見つけてきた奇妙なブレンドのジュースを飲んでいた
ジュースを飲むのは趣味だった。皆は不味いというがそれがよかった。たしかにありえない味のまずいものも多い
だがごくまれに存在するあたりを引いたとき気分は最高だった
しかし今日は飲みすぎたようだ。トイレのある建物に戻る余裕はなかった。やむを得ずここで用を足すことになった
もともと人のいない場所のさらに僻地を選びユエはしゃがんだ。下腹部に力を込めた
ユエはまさか自分の股間の下に一つの国が存在してるなど思いもよらなかった
当然だろう。ユエから見ればその国は5mm四方もなかったからだ。そこにある文明など想像もできない
高層ビル群すらカビのようなものだった。虫などよりはるかに小さかった。そこに暮らす人々に至っては
視認すらできない。おそらく顕微鏡をつかっても人々の表情を読み取ることは不可能だろう
世界は確実に終わりへと進んでいた。暗黒の天空から爆音が響く。なにかが決壊したような音だった
瞬間街を想像を絶する濁流が襲った。理解できないほど巨大な少女の放尿だった
少女ユエは背の低い発育不順のごく普通の中学生の女の子だったが人々には超巨大な女神だった
ほとばしる尿は女神により引き起こされた終末だった
逃げる暇も場所もなかった。人々はあっというまに少女のおしっこに飲まれていった
一部の信心深い者は
「お許しを、お許しください女神様!」「お慈悲をお与えくださいお慈悲をっ」などの悲痛な叫びを残したが
多くの人々はなぜ自分がこのような目に逢わなければならないのかという理不尽さを噛みしめながら溺れていくだけだった
この災厄を引き起こしている少女と彼らは何も変わらなかった
体の形も能力も知性も理性も作り上げた文明も歩んできた歴史も生み出した高度な精神社会も倫理感も哲学も文学もすべて何も変わらなかった
唯一の違い、それは体の大きさだった。彼らは極小だった。ユエは巨大だった。それだけだった
たったそれだけの違いが一方は自然の摂理として排尿しすっきりと、もう一方はその尿のなかでもがく微生物へと変えていった
すでに引退した老夫婦も未だ現役の経営者も働き盛りの会社員もいかにさぼって談笑するかでいっぱいのOLも
汚職まみれの為政者も崇高な理念を持つ若手政治家も素晴らしい発想の天才学者も破綻した異端学者も
この世の春を謳歌する学生たちもスポーツ万能のクラスのヒーローも学力トップの秀才も
明日こそは思い人に想いを伝えようと考える恋する女子高生もそれを追っかけるストーカーも
虫も殺せぬ気弱で儚げな美少女も彼女に好意的なからかいをする幼馴染の少年も
来週の遠足を楽しみにしていた小学生たちも無邪気に遊ぶ幼稚園児も先日授かったばかりの幼子を抱く若夫婦も
貧乏な家に生まれたものも裕福な家に生まれた縦巻きロール娘も
立場や職の貴賎なしにみんな一人の巨大な少女の放つ尿に飲まれ生への本能で必死にもがき無駄にあがく
哀れで愚かで無力の小さな小さな存在だった。虫けら以下の微生物に堕とされた人々は
つい先ほどまで万物の霊長だった自分たちが少女の尿の中でもがく生物としての最下層になってしまったことを
無念の表情を浮かべ悔しさと憎しみと絶望と屈辱で心をいっぱいにしながら次々と尿のなかに沈んでいった
すべての人々が、いや国全てが尿の海の深海に沈んだ後も女神のおしっこはとまらなかった
「はぁ・・・来年は高校生だというのに外でおしっこ我慢できなくなるなんて・・・
ジュースも少し控えたほうがいいかもしれないです」
膀胱にたまった全ての水分を放出した女神ユエはため息をつきながらひとりごち立ち去った
ユエは自分が放った尿で平和だった国が一つ消滅し一億以上の人々を死に追いやったとは思いもよらなかった
いや、永久に気づくことはないだろう。想像すらすることはないだろう
あとにはそこにあった国民たちから見て平均深度3000m以上の大海原を思わせる水たまりだけが残った
最終更新:2012年01月28日 16:13