「姉ちゃんは俺の」
第1話
世界的大政変があった後の2003年秋、
「ふーん、迷子の迷子の子猫ちゃんが見付かったんだ。カルガモのお引っ越しねぇ」
ある晴れた昼下がりの麻帆良学園3‐A教室で、神楽坂明日菜が新聞を開いて嘆息した。
「あいもかわらずけっこうずくめの新聞ばかりね、
この世から悪が消えてしまったとでもいうのかしら?バカにしてる」
「あ、雷、あの木割れましたね」
「雨ですお嬢様。こう言うのを滝の様な雨って言うんですね」
「ヒョウや、ダチョウの卵ぐらいあるなぁ」
「なんなのよおぉぉぉぉっっっっっ!!!」
「それってやっぱり総統様のお陰なのかなぁ」
笑い目で青筋浮かべて絶叫する明日菜の脇で佐々木まき絵が言った。
「総統閣下…科学も魔法も超えた絶対能力者にして絶対権力者…理論の敗北です…」
葉加瀬聡美がふーっと嘆息する。
今、世界は「総統」の支配下にあった。
中でも、直轄地である事を宣言された日本においては、
「総統立法」を最高法規とする日本国憲法変更、
総統が兼務する最高大法官があらゆる裁判について自ら確定判決を下し、裁判所の確定判決を変更し、
最高裁判決への再上告を受理し再審理する権限を持っている事が宣言され事実上実行されていた。
「まあ、あの人がいるんじゃ悪い事は出来ないからねぇ」
明石裕奈が言う。
「幸いにもと言うべきか、基本的には理性的で政治的判断力もまともですから世の中は良くなっています。
治安は概ね安定し金の流れ資源の流れも適正化されて…」
刹那が言う。
「その代わり変態だけどね」
明日菜がぼそっと言った。
「声大きいってアスナ」
亜子がきょろきょろ見回して言う。
「いいでしょ別に、フツーの言論の自由は保障するって言ってんだから。
いきなし日本は直轄地とか言い出して亭主関白基本法とか結婚年齢の大幅引き下げとか
夫婦別姓に同性結婚に十人まで一夫多妻容認って、何で逆は無い訳?」
「オジサマハーレムでも作りたかったんアスナ?」
「訳分かんないって言ってるの!」
「確かに、99.9%の理性に0.1%の趣味と言われていますからね」
刹那が苦笑いして言った。
「趣味以外は大体いい事してるからねー。
それで戦争はなくなって凶悪犯罪者はほとんどいなくなって世界で七割方犯罪はなくなった訳だけどさ…」
朝倉和美が頭の後ろで手を組んで言う。やや投げ槍な口調だ。
「あ、携帯ニュース…新しい総統立法だ」
椎名桜子の言葉に、皆が一斉に携帯を見る。
「えーと…治安上の要請により…危険分子対策として…亜人管理法改正…
…亜人、半妖の類は明明後日午前零時をもって特別不法入国者と見なし、強制収容所収容、又は、国外、追放?」
何人かの眼差しが一人に向けられる。
「何よそれ?」
肩を震わせる明日菜の声音は、しんと冷たいものになった。拳は机にめり込んでいた。
「行って来る」
「どこにですかっ!?」
ネギが慌てて明日菜の前に立つ。
「決まってるでしょ!あの総統って奴、ぶっ飛ばしてでもこんな事やめさせるって!」
「無理ですっ!!」
ネギが絶叫した。
「無理ってあんた、このまま…」
「総統は、異常な的中率の予言者としてテレビで注目されて、
瞬時に無人島を十個沈めて世界に宣戦布告しました。
超大国のトップを公開処刑し第七艦隊を海の藻屑とし、形振り構わず投入された特殊部隊と魔法大隊は
半数がその場で首を刎ねられ半数は味方同士で殺し合い、
これ見よがしに砂漠のど真ん中にテントを張ったらデイジーカッター、
クルージングに出た所に水素爆弾を落とされてもけろりとして
トドメに死んだ人間を含む全ての損害を回復して見せた。
だから、協会も魔法本国も総統に完全な服従を誓ってる。
どうにも、ならないんです…」
「どうにもならないって、そしたらあんたこのまま…
じゃあ、取りあえずどっかに…」
「日本警察もFBIもインターポールも、指名手配リストが真っ白だって事分かってる?
どこに、誰がいるのか何やってるのか、誰がどう言う人間なのか、その気になればみんな…」
明日菜に睨み付けられた和美は、下を向いていた。
「いややあっ!」
教室に悲鳴が響いた。見るまでもなかった。
「いややあっ!!嫌や嫌やあっそんなの嫌やああっ!!」
「とにかく、決定権があるのが総統でも、長さんとか学園長先生とか、
協会の上の人なら話ぐらいは出来る筈です。何とか誤解を…」
「ちょい待って」
ネギの言葉をハルナが遮る。
「何か送信する方でトラブルあったみたいだね、続きが来てる。
えーと、特別在留許可条件?…」
「小太郎さん」
麻帆良の街を当てどなく歩いている小太郎、機嫌がよろしい筈がなかった。
だが、不機嫌と言うより虚しさだった。
そんな小太郎に声が掛けられた。
「ん?」
女の声、自分を敬語で呼ぶ、それも年上の女と言えば心当たりは皆無に等しい。
その例外中の例外で知っている相手なのだから声だけでもすぐに分かる。
「何や、お前か?」
「ちょっと、いいですか?」
「ん、何や?又、なんか技で引っ掛かったんか?」
「そんな事言ってる場合じゃ…とにかく、来て下さい」
小太郎は手をとられずんずんと引っ張られて行った。
最終更新:2012年01月28日 16:39