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――数十年後
「父を知らぬ異形の王 かくて沙漠を平らげり……」 未だ少女と言っても良い年齢の吟遊詩人が、皇帝譚を締めくくった。酒場の聴衆は彼女に拍手を送り、だが、誰もおひねりを投げない。代わりに期待するかのような視線を詩人へと送った。 皆、知っているのだ。これで終わりではないと。これで終わらせる詩人などいないと。 双翼剣を腰に穿いた詩人は、聴衆を焦らすかのようにゆっくりとした仕草で傍らの酒杯で喉を湿らせる。蜂蜜酒が喉に染みいったのを十分に待ち、駱駝琴を構え直す。そして、大きく息を吸い朗々と語り始めた。
* * *
――数ヶ月前
「何も聞かずにこれを飲んでくれ!!」 奴隷商人の屋敷からカルロにかっさらわれて、泊まってた宿の一室まで運ばれて、ベッドの上に放り出されて、土下座で怪しげな薬を飲んでくれと頼まれる。この間十分足らず。 「え?何?」「頼む!何も聞かずに俺を信じてくれ!」「いやその、信じる信じないじゃなくて、今の状況に追いついていけないなーって。というか、何故土下座?」「それだけ俺が真剣なんだと思ってくれ」 ……まず最初に目をつぶる。そして、前後を廃して今の状況だけをピックアップ。 ええとつまり、『カルロが土下座してまで私に得体の知れない薬を飲まそうとしている』。 ……毒殺を避ける為の教育も受けてきてるけど、こんなケースはちょっと想定外。てか、こんな目にあった工作員なんて私以外にいるのかしら。「ええと、もしヤダって言ったら?」「飲んでくれるまで毎晩頼み込む。それだけだ」「そんな力強く断言するような事かしら」「いまさらそんなかっこよさは求めないからどうでもいい」「ええー」 珍しくカルロが何考えてるのかわからない。とんでもなくわかりやすい人間のはずなんだけど。カルロがこんな態度を取ってまで私に飲ませたい薬?……どんな薬よ?ちっとも想像が付かない。媚薬ならこんなことしないで酒にでも混ぜればいいでしょうに……。 もしかしてカルロ自体が何か変な魔法で操られてるとか?でも見た感じそんなふうにも……見えな……。「もう、しょうがないわね」「いぃやったあー!!!」 私が承諾したとたん、子供みたいにはしゃぎ出すカルロ。それを見て一つため息。『ああ、できの悪い弟を持った姉ってこんな感じなのかしら』と言う思いが一つ。『燃え落ちるアジトから私の手を引いて逃げた時の、カルロの目に逆らえなかった』と言う諦観が一つ。そして、ル・ガルのエージェントとしての自分を保てなくなりそうな恐怖が一つ。三つまとめてため息に包んで口から捨てる。 「よーし、それじゃぐぐっと一気に!」「はいはい」 小瓶を受け取り、一気に呷る。どんな薬なのか、という恐怖はびっくりするぐらいなかった。それほどまでにカルロが私に惚れてることを確信してる自分の方が、もっと怖かった。 舌に残る薬特有のいやーな甘さと、胃壁から吸収されていく熱さ。ただ、それはそれと言うだけでとくにどうということはない。 なんとなくお腹に手を当ててみるけど、何も変わった感じはしないわね。「ねえ、カルロ。これ何の……きゃ?」「えへへ~ぇ」 聞こうとした矢先に急に押し倒される。デレデレになった馬鹿っ面が眼前に迫ってきたかと思うと唇をふさがれた。口の中を犯すようなキス。女のような口で男の荒々しさのキス。たっぷり十分ほど私の中で暴れ回ったあとやっと放してくれた。 「――っぷあ。いきなり何よ」「あいしてるぞー、エリーゼ」「や、そうじゃなくって。……んっ」 垂れた耳を軽く噛まれる。微かな痛みが刺激的な快感に変わる。生暖かい息が耳に吹き込まれると背筋がぞくっとする。 いつの間にかカルロの手がお尻の方から回されて、尻尾を軽く撫でてから指先が閉じた足の間に割り込んでくる。厚手のズボン越しに無骨な指先が私の中に押し入ろうとする。何度も触れ合ったからこその、ためらいのない指先。 くちゅりと、音が聞こえそうなほど濡れている粘ついた感触。……私、もうできあがってる。「エリーゼ。かわいいな」「んうっ!」 耳元で囁かれただけなのに身体が勝手に反り返る。やっぱりさっきの薬は媚薬なのかしら。今夜は凄くカルロが……。「媚薬でしょ。さっきの薬」「ちげーよ。もっといいもんさ」 悪戯小僧のように笑うカルロに服を脱がされ、私も脱がしてあげる。いつものたわいない脱がしあいのはずなのに、今夜は妙に意識してる……。恥ずかしいんじゃなくて、もっと別の、楽しいじゃなくて、気持ちいいでもなくて、なんだったっけ、この気持ち。 「ん」「ん」 今度はうってかわって優しいキス。じっくりと繋がる為の静かなキス。唇だけで互いの存在を推し量る。呼吸、体温、匂い、味、よく知っているカルロのそれを確かめる。 またくちゅりと、今度は指じゃなくてカルロの先端が押し当てられる。一拍おいてから、ゆっくりと私の中に入ってきた。お腹の満たされる感覚。暖かい。「~~っ。あったけ~」 ――やだ、私。カルロと同じ事考えてる。「やっぱ俺、お前のこと好きだわ」「なっ、何よ突然」 変なこと言わないでよ。お願いだから、それ以上言わないでよ。それにそんなの今更で……。「突然じゃねーよ。今更だよ」「変わらないわよ。それより早く……」「今更だよ、言葉にするのは」「んひゃうっ?」 あっ、しゃべりながら腰を動かすの、反則っ!言い返せないじゃ、ないっ。「エリーゼ、好きだ。愛してる」「やっ!だめ、だめぇ……ちょ、とめてぇ!」 ふあっ!あ、浅かったり深かったり、回したり……。お、おくをひっかくのだめっ!!「一生お前と一緒にいたい。お前と一緒にいるのは楽しいし、お前の中は気持ちいいし、お前が笑った顔がもっと見たい」「何で、何でそんなこと言えるのよぉぉ……」 ずるい。なんでそんなことが本音で言えるの。捨てる物がないからって馬鹿だからって、そんなのずるすぎる。 ――っ!お、おくっ!子宮に当たってるっ!!そんな奧に、んひぃっ!?入って、こないでぇ……。「お前が感じてる顔も、お前の身体も、お前の普段も、大好きだ」「ばかばかばかぁ!!勝手なこと言わないでよっ!!」 な、なんで?何で今夜は、こんなに、私ダメになって……。「だから……結婚してくれっ!!」「んふぁああああああっ!!」 あ、すごい。どくんどくんって、流れ込んで、溜まってるのが分かる……。きもちいい……。
……ん、あ、そうか。カルロとエッチしてたんだっけ。ちょっと意識がイッテた。失神するなんて初めてかも。カルロは身体を起こして私を見下ろしてる。気持ちよくなってた顔を見られるのがなんとなく悔しいから目をそらす。そして、身じろぎして分かる、私の中でまだ固いモノ……。 「カルロさーん?あの、がんばり過ぎじゃない?」「おう、目標は夜明けまで全力疾走だ」「ちょ、ちょっと手加減……んひゃう?」 左足を真上に引っ張り上げられていわゆる松葉崩しの体勢にさせられる。うあっ。これ、当たるところが普段と違って……。「待って待って、私イッたばっかりで……あっ、あっ、あああっ!」「もっと気持ちよくなってくれ。今日はそう言う日だからな」「なっなんの、アハァ、はなしっ、ンンンッ!!」 す、すごいっ!こんな腰使い、初めて……。なんでこんな、格別上手くもないのに、気持ちいいのっ!?――っ!?や、ちょ、爪先しゃぶらないでよ!洗ってもないの、にぃっ!?やあん、味合わないでえええええっ!?
………………………………
「……あ。朝か?」「もう昼よ。重たくても我慢してね。私もう足腰立たないんだから」「ん、いいよ。もうちょっと乗っかっててくれ」「そうするわ。……ねえ、ところで聞きたいことがあるんだけど」「なんだ?」「昨日私に飲ませた薬。アレって結局何だったの?」「ああ、あれか。アレはな――」
「――事が出来る薬なんだとさ」「……」「お、おい?どうしたエリーゼ?」「ばか~~~~っ!!」「おわっ?ちょ、ちょっとやめっ!何で殴る!?てか足腰立たないと違うのか!?」「ばかっ!ばかっ!何でそんな貴重な物、秘密にして私に使うのよっ!!カルロの馬鹿!!」「だ、だって、言ったらお前売ろうとか言い出すだろ?飲んだふりしてとっといたりするだろ?だから殴るなって!お前がそんなんだから、そうするより仕方ねえじゃねえか。……って、お前、何泣いてるんだ?もしかして、嫌だったか?」 「カルロの大馬鹿!アホ!考え無し!嬉しいから泣いてるに決まってるでしょ!!つきあい、長いんだから、それぐらい分かっ、りなさ、い、うあ、うあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
* * *――数日前
「乾杯」「乾杯」 軽くジョッキを瑠璃杯に当てて、一気に麦酒を呷る。井戸水でキンキンに冷やされた液体がじわーっと染みいってくる。うまいっ!今日の酒はうまいぞおっ!!ああ、大仕事を終えた後の酒とは何故こんなにも旨いのだろうか。 そう、今日は十の試練を全て終わらせた日。正確に言うと俺の翻訳作業の評価が残ってはいるんだけども、サーラ様曰く『なあに、祖国奪還後にも協力すると言えば否とは言わんさ』とのこと。 ……それは結局、俺は一生あの作業から離れられないってことでしょーか?ってか、それならもうちょっと手を抜いてもよかったんじゃねー!?――などという弱音はアウトオブ眼中するスキルを身に付けるに至った異世界暮らし、約二年。故郷の家族の皆様方、俺は今日も元気です。 そんなレベルアップの為に必要な経験点をくれた最大の原因、言うなればはぐれメタル的存在は、なぜか今日はお酒じゃなくてレモン水。こんな喜ばしい日だってのに。 「……ほんとに飲まなくて良いんですか?」「ああ、今日はちょっと理由があってな」「まあ、いいならいいんですけどね」 本音を言えば、差し向かいなのに俺だけ飲むのはちょっと寂しい。流石にクシャスラは飲めないし、自分の立場を考えれば誰かを飲みに誘えるわけでもない。なので一緒に飲める唯一の人が今日に限って素面ってのは……。 「そんなに私に飲んで欲しいか?」「正直一人酒は寂しいですよ」「ふふっ、我慢しろ。後で理由は教えてやるから。まずは、晩餐だ」「ですね。いただきます」 そう言って俺はシシケバブに、サーラ様は子羊のピカタにかぶりつく。そのまま今までのことをげらげら笑い話にしながら、たらふく飯を胃袋に詰め込んでいく。 ささやかな宴を楽しんだ後、疲れ切った四肢の訴えに従って、二人でベッドに仰向けに転がった。「食べたなー」「そですねー」 疲労感と達成感と満腹感に言葉を失って、しばし天井を見上げる。……つもりが、我が愚息は何時の間にやら元気いっぱいになっている。 し、仕方ないんや、これは!ここんとこちょっと忙しかったし、疲れてると生理的に反応してしまうのが男性という生き物だし!というわけで、生物的本能という不可抗力に従い、俺の手はそろりそろりと俺の隣で寝ているご主人様の下へスニーキングミッション。こちらスネーク、性欲をもてあます。 その不埒な指先が細く張りつめた腕に触れる。俺の意図を察したのか、それともサーラ様もその気だったのか。小さく身じろぐだけで俺の指をはねのけようとはしない。 「――忘れてたっ!」「うわ!?」 やおら跳ね上がったサーラ様が自分のクロゼットをひっくり返して何かを探し始める。ややあって目当ての――小瓶?なんか呪文を刻んだ蓋で封をしてある――をとりだして、一つ深呼吸をした後一気に飲み干した。 「――っふう」「ええっと……」 置いてけぼりにされた俺の視線に気が付いたのか、サーラ様が一つ咳払いした。「いやまあなんだ。気にするな」「わりと難しいことを要求しますね。ってか、何の薬ですか?シャンティさんの霊薬?」「これは……いい、薬だ」 そうはぐらかしてサーラ様はおへその当たりに両手を重ねて愛おしそうにさする。何か、今日のサーラ様は変だ。いつもよりもっと……「媚薬ですか?」「もっといい薬だ。そうだな私が素直になってもいい薬かな」 激しくはない。穏やかで優しくて幸せそうな声に、俺の鼓動がかき乱される。「素直に、なるとどうなるんですか?」「素直になるとこんなことができる」 するりと俺の首にサーラ様の両腕が絡み、背伸びしてきたしなやかな身体を俺が両腕で抱き留めていた。耳元に吐息がかかる。「好きだ」 抱きかかえたままベッドにもつれ込む。唇を奪い、サーラ様の上に乗る。欲しい欲しい欲しい離したくない。酸欠になる前に唇を離し、瞳をのぞき込む。「ちょ、ちょっと怖いぞ」「あんなこと言われたら誰だってこうなります。それより先に謝っておきます」「何を?」「優しくする余裕が、無いかもしれません」 もう、自分がどれだけテンパっているのか分からない。今暴発しないことが不思議でならない。そんな俺の心中を知ってか知らずか、サーラ様は俺にとどめを刺す言葉を放った。 「今夜は、優しくしなくてもいいから……たくさん愛して欲しい」
ぶちり。
力ずくで服を引きちぎってサーラ様の胸を出させる。そのまま胸に顔を埋める。少しひんやりとした柔らかい肌と、鼻先に感じる激しい鼓動。 舌先に感じる塩味。嗅覚に訴える汗の匂い。「ん、ふぅ……」 漏れ出た声が胸郭から骨振動で俺に伝わる。耳からも伝わる。それがもっと聞きたくて、オッパイの頂まで這わせる。まだ柔らかいままの乳首を吸う。まだどこかに残ってた理性が力加減を無視しようとする俺を止めてくれる。 「あ、や……そんな吸っては……あんっ」 理性がそっちに行った分、両腕はやりたい放題になっている。子供がクリスマスプレゼントの梱包を解くような荒々しさでサーラ様を剥いていく。サーラ様も協力するように動いてくれたからいいものの、そうでなければ全部の服が直しようがないぐらい破れていただろう。 「そんな、胸ばっかりぃ……」 右腕で自分の服をはぎつつ、左手は吸っていない方の胸を揉む。手のひらに固い感触を感じたので、手のひらをずらして固くなったそれを指に挟み、揉みなおす。口の中のものも固くなって、サーラ様が感じていることを教えてくれる。 「ぅふんっ?ん……ふぁ」 もう一度唇を奪う。舌をねじ込んで、なるべく接触面積を増やすべく深く複雑に絡める。サーラ様も俺の舌を迎え、絡め、俺の口に舌を入れてくる。両腕はサーラ様の体温の低い身体を抱きしめる。ひんやりしてぷりぷりした肌が俺の胸に当たって形を変える。新しい畳を思わせる感触の鱗が、背中に回した腕に擦れる。身長差のせいで俺の猛った愚息の先っぽが、サーラ様のそこに触れる。
ぐちゃり。
先端と入り口の間で、そんな音がした。 いや、正確に言えばそんな感触がした。――どっちの出した粘液だろう――そんなどうでもいいことが頭をよぎる。いや、頭の中の言葉を司る部分が今の俺に追いついていけなくて暇なんだろう。それぐらい、欲情している。 「はぁぁんっ……」 唇を離して首と、その周りにキスをする。サーラ様の肌と鱗を味わう。舌で感じる感触と、舌で呼び起こされた声をサーラ様の反応を味わう。それが俺の腕の中にいることを味わう。指先で、手のひらで、手首で、背中を撫で回す。世界で一番愛おしい存在が、実在していることを確かめる。 背中に回した手をそのまま下に下ろして、お尻のワレメを指先で通る。肛門を通ったとき羞恥でサーラ様の身体が震えるのが分かった。そして、そこがもう前からの分泌液で濡れていることも。 「俺も、好きです」「!!……っあ!!」 言ってくれたことに対する最大の礼儀だと思ったから、俺も言う。それと同時に腰を進める。何度も味わったはずの感触。何度でも味わいたい感触。失いたくない感触。 いつもより少し食い締めてくる感触がする。吸われてる、引き込まれてる、求められてる。 それに応えたくて、挿入の余韻を味わうこともしないですぐに腰を動かす。 サーラ様の中で締め付けられるのと同じぐらいに、両腕でサーラ様を抱きしめる。 サーラ様は、口では否定するけど(というか、言うと怒るけど)抱きしめられるのが好きみたいだ。前からでも後ろからでも、抱きしめられると他の体位よりも反応がいい。現に今もサーラ様のしなやかに筋肉の乗った両脚が俺に絡みついている。固く固く、痛いぐらいに俺をほしがっている。 両脚以上に俺をほしがるサーラ様の中心は、多分本人以上に俺の急所が分かってるらしく。ざらざらしたところがピンポイントでカリと裏筋の所に当たる。「ふあっ。あん、あぁうっ。ふやああぁあん!」 リズムも糞もない。ただやりたいように突きまくってるせいかもしれない。サーラ様の声にもリズムがない。そんな乱れきった声がガンガン俺を煽る。乱れた声に煽られて、俺も高まる。二人で作る永久機関。 だが、それが永久に続かないことは誰にも分かる。もう、正直限界が近い。それを感じたのか、俺に絡みついてくる媚肉も痙攣し始める。 二人の乱れたままのリズムが、乱れたままで同調していく。大きな破綻、崩壊、解放……とにかくそう言うものに向かって高まっていくのが分かる。それが分かったから、抜ける寸前まで腰を引き、思い切り奧まで腰を叩きつけた。 『あ、あああああああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁああ!!』 どっちが出した声か、はっきりしない。 一番奥に届いたところで、思い切り射精した。同時に下腹部に当たる熱い感触。 精液と潮、それを同時に射精してサーラ様と俺が果てた。 忘我の時間、白く染め上げられた視界。それでもお互いの腕の中にある存在だけは確かだった。
「……ちょっと、重いぞ」「あ、すいません」 二人で同時に失神してたみたいで俺がサーラ様を押しつぶす格好になっていた。抗議を受けて、横に転がりサーラ様を上にする。 これ以上ないぐらい思いっきり出したから、半萎えぐらいになっている。でも、もうちょっとすれば復活しそうな気もする。ってか、今日はもう朝までしないと!あそこまで言われた以上、二人で黄色い朝日を見ないととても収まりません!!いやむしろそこまでしないと俺が俺を許せない!! と、いうわけで、サーラ様には抜かずの三発をまず味わってもらって……。「ま~~す~~た~~ぁ~~?」 そんな俺の決意に割ってはいるかのように、サーラ様の背中からロリい半透明の少女が生える。気分的には番町皿屋敷よろしく青白い火の玉を背負ってそうな声音で俺とサーラ様を睨め付ける。 「……いつ呼んれくれるか、まってたんれすよぉ?」「ひ、ひいっ!?」 気分的には、あの、その、「すげぇ追いつめられた笑顔で段ボール加工用のぶ厚いカッターナイフを持った女と対峙したような雰囲気」というかなんというか。「……ずっとずっと、まってたんれすよぉ?」 ……自分の精霊なのに、マジで怖いです。勘弁して下さい。てゆうかごめんなさい。 そんな心理的なピンチに、思わぬ方向から助け船が来た。「ん、そうだな。今度はクシャスラの番だな」 はい?「そーれす。こんどはくしゃすらがえろえろテクニックでおなかの中をパンパンに……って、ええ!?」 サーラ様の発言に、クシャスラがノリ突っ込み的に遅れて驚く。なにやら妙な警戒のポーズというか拳法の構えっぽいものをとりつつ震える声で聞き直した。「さ、さっき、なんて言ったれすか……?」「今度はクシャスラの番、と言ったんだ。今の私はサトルの主人じゃなくて、サトルのことが好きな一人の女だから、クシャスラと同じ立場だ」 一人の女。――なんと聞こえのいい言葉かーっ!!ずくん、と心臓が鳴る音を聞き、同時に手がサーラ様の肩に伸びかける。 そんな俺の反応のよそに。その一言を受けたクシャスラは、喜ぶ訳でもなくむしろ闘気を孕んだような声音で応える。「ますたぁの精霊になって大分たったれすけど、……初めてれす。これほどまでに脅威を感じたことはないれす」「そうか、残念だ。だが、最高の褒め言葉だ」 不敵に笑う横顔に、伸ばしかけた手が止まる。っていうかなんですか、このドSサミットは。クシャスラの番って事で合意を得られたんじゃないんですか。「ともかく!くしゃすらのターンれすっ!」 そう言ってクシャスラが飛び込むように俺に唇を重ねてくる。実体のない精霊は体重もない。勢い込んで飛び込んでも、歯同士でぶつかることもない。ふやっ、と柔らかい唇の感触と舌に絡むわずかな鋼の味。口に入ってきた短い舌に俺も舌をかえす。 「ふや、あう。……にゃぷ、ちゅう」 柔らかな喘ぎ声が重なり合う唇の間から漏れ出る。幼い声で淫らになきながらクシャスラの指は俺の鎖骨から乳首を通ってへそまでのルートを何度も往復する。 明らかにコドモな外見のクシャスラが粘り着くような愛撫をする様は、そのギャップが何とも言えず欲情をそそる。そのせいで俺のモノも漲ってくるわけですが……。ちょっと今夜はいつもと気分を変えてみよっか。 「ん、ちゅ。ますたぁ……おちんちんおっきくなって――きゃあっ!?」 クシャスラの細い脚を掴んで、その重さのない身体を反転させて俺の顔の前まで持ってくる。ちょうどそのお尻が顔の前に来るように。「にゃ、ちょ、ますた…はあああんっ!?」 その腰をがっしり掴んで俺の顔面に押しつける。鼻先に当たる濡れたプリンのような感触。濡れているのにまだ筋一本しか見せないクシャスラのワレメ。そこに舌を突っ込んで、なかのひだを掻きだしてやる。 「あぁん、ますたぁなんれいきなり……んんっくう!」「いや、たまにはクシャスラを攻めてみようかなーと思って」 言ってから気付いたけど、そういやほとんどいつもクシャスラは攻めの立場だったよーな。なら受ける時にはたっぷり受けてもらうのが人としてあるべき道か! そうと決まれば話は早い。もう一度深く舌を突っ込んで……「ひゃぐっ?ん、やあ……そこ、おしり……ぃ」 目の前の小さな肛門を小指で押し込んでみたりして。――って、うお?けっこう簡単に入っていくぞ?まあ精霊の口も肛門も消化器官とは関係ないんだろうけども、だからってこんなあっさり……。 「お、しりなんれ、変態さんれすぅ……」 息も絶え絶えに見えて、クシャスラの声には痛みや苦しさが感じられない。快感に震えるちいさな身体からでる、陶酔に震える高い声。それがもっと聞きたくなって小指をちょっと抜き差ししてみる。 「ひあっ!あんっあんっああんっ!」 指のリズムに合わせて、可愛くて淫乱な楽器が甲高い曲を奏でる。ハーモニカほどには意のままになってくれる訳じゃないけども、それでも曲のクライマックスが近いのは指と舌にかかる締め付けでわかる。そんでこのままサビから……うおっ!? 「んああーっ!!あっあっ、あぁー……」 不意打ちのように、俺の股間に快感が走る。その弾みで小指がお尻の中をひっかいてしまう。 ぐりっとお尻をえぐられたクシャスラは俺の顔に盛大に潮と小水を噴射してイッてしまった。 俺の顔を濡らしてはすぐに大気に拡散する、クシャスラの射精。その不思議な感触を味わっている間も、俺の息子に与えられる快感は止まらない。 どこか遠くなった意識で自分の股間に視線を下ろす。そこには俺の息子を丁寧に舐め上げるサーラ様がいた。「う、うわ。ちょっとまって……」「ん?どうした、気持ちよくないのか?」「そういうわけじゃなくて……う」 いつもは受け身のサーラ様は、ほとんどフェラチオはしてくれない。クシャスラとの対抗意識でやることがある程度だ。そのサーラ様が、自分から、進んで、俺の、モノを、舐めてくれている! い、いかんシチュエーションだけで暴発しそうな俺がいる。「痙攣してきているぞ。出そうなのか?」「う……、そろそろヤバイかも。出していいですか」「私はそれでもいいが……」 そう言って、愛撫の手を止めサーラ様が上を見る。その視線の先から半透明の少女が降りてきた。「や、やーれす。くしゃすらの中にもだしてほしいれす……」 とろんとした目つきのクシャスラが、屹立した俺のモノの上にゆっくりと降りてくる。自分で濡れそぼった幼いそこを開いて、そのままくわえ込むように降りてくる。まるで天使のように幻想的で、悪魔のように卑猥な、俺の精霊。 「ん、あ、あぁー。ああああぁぁぁぁぁ……」 突き刺さり始めても、なおもゆっくり降りてくるクシャスラ。くわえ込むという行為をゆっくりと時間をかけて楽しみたいのだろうか。その分クシャスラの幼いそこが男を飲み込んでいく姿もゆっくりと見せつけられる。 「ふあー、ふあっ、あー」 中の細かな凹凸をカリが一つ越えるたびに小さく絶頂してるみたいで、なんどもぴくぴくと俺を締め付けてくる。その締め付けに俺も出しそうになるけども、ここは歯を食いしばって耐える。 そのままたっぷり一分はかけて、やっと俺のモノが全部クシャスラに収まった。それを見計らってか、いつの間にか後ろに回ってたサーラ様が俺の背中にぴったりと張り付いてくる。 「早く、出してやるといい」「え、ええ」 俺ももう後一擦りでいってしまいそうになっている。クシャスラはイキッ放しでもう半分失神している。もう、限界。……腰を引くとそのときに出そうだよな。そんなら、こうするかっ! ずん。と、ぴったりはまった腰をそのまま強引に突き上げる。小さな骨格が悲鳴を上げる、と同時に俺の先端がクシャスラの奧の奧を抉った。「―――――っあああああああああ!!」「くっ!」 どくんどくん、と粘液が尿道を通ってはき出される感覚。クシャスラは大きくのけぞって断末魔を上げる。クシャスラの中が痙攣すると、それにつられて俺も追加で少し精液をはき出した。 「おなか、いっぱいれすぅ……」「……ああ」 幸せそうな笑顔を浮かべて、すうっとクシャスラが俺の身体の中に消えていく。どうやら満足したみたいだな。「サトルは、満足したか?」 背中から声。それと同時に俺の胸に手が回される。ひんやりとしたサーラ様の腕に抱きしめられる。なんとなくその手を取って指先を口に含んでみる。剣ダコで固くなった、細い指。ころころとした舌触りが楽しい。 「や、ちょっと。そんな……」「ふぁへまふふぁ?」(やめますか?)「……今夜は、サトルの好きにしていい」 いや~~~~~。そんなこといわれると、もちっと舐め続けたくなるけど。それは後戯にとっておこう。今はもっと、がむしゃらでいたい。「んじゃ、四つんばいになってください」「ん、わかった」 まだコワれてないのに妙に素直なサーラ様の態度が、いつもとのギャップでまたそそる。するりと俺の背中から腋を通るようにして、サーラ様がお尻を向けて四つんばいになった。滑らかな背中の鱗と艶やかな肌がこれ以上ない完成された美しい曲線を作って、俺の目の前にある。その名工の彫刻めいた美しさの中に、生々しくめくれて白い粘液をこぼすピンク色の性肉。 「――ぅああ」「ふぅんっ」 俺が思わずこぼしたため息が羞恥心を呼び起こすのか、サーラ様が小さく震える。その震える腰を両手でしっかりと掴む。それに反応して、またサーラ様の腰が震えた。 「ふ、ううっ!」 声をかけずに一気に奧まで突き込む。自分で出した精液のせいかするりと奧まで入っ――っ、いかん、入れただけで出すかと思った。ちょっと堪え性無いぞ、今日の俺。 「あっ。……ん、ださないの、か?」「えっ?いやまあその」「今夜は好きにしていいと言ったが」 どこか残念そうな顔で、サーラ様がにらんでくる。うう、俺だってだしたいですけどね……。「いや、サーラ様にも良くなってもらわないと」「そんなの気にしないでもいいと……」「言い換えましょう。サーラ様がよくなっちゃうところが見たい」「……ば、ばかっ!」 今更こんな台詞に、今現在バックで挿れられているってのに、急に恥ずかしそうに顔をそらす。その隙を逃さずに、のしかかるように抱きついた。「やあっ、ちょ……あぁん!」「サーラ様、オッパイ気持ちいいですか?」「き、聞くなぁあっ!んっ、ふあっ!」 しなやかなサーラ様の肢体に背後からしがみついて胸をもむ。下向きになってつんと尖った先端を手のひらの真ん中で受けて指は柔らかい肉をまさぐる。そのたびに敏感に反応するので、繋がったままの部分は特に俺が動かなくても複雑にランダムに擦れて気持ちいい。それはサーラ様も同じみたいで胸からの刺激だけではなく膣からの刺激でも反応しているらしく、中のひだとか締め付けとかがぴくぴくと……。うあ、これいい。腰とか動かさなくても、気持ちよくなれるんだなあ……。 胸は左腕に任せて、右腕をゆっくりと下に這わせていく。鍛えこまれた筋肉の上にうっすらと乗った脂肪、吸い付くような肌、時折引っかかる無数の薄い傷痕。それらを指勘に任せてなぞりつつ、二人が繋がっているところへと進める。 「――んぅ、ふぁ……」「あ、すごいサーラ様の心臓がわかる」「そ、そういうサトルだって……」 サーラ様の背中にぴったりと抱きついているせいか、その心臓の鼓動がわかる。サーラ様も俺の鼓動がわかる。早く、強くなったお互いの鼓動。それに連動して脈打つ俺のモノとサーラ様のナカ。 腰を動かす為に引くと、今聞こえる音から遠ざかりそうな気がして腰を動かせない。その代わり、二人分の鼓動をチューニングするつもりでサーラ様の下腹部を撫で回す。 「やっ……ん、そんな。焦らさ、ないで……ぇ」「くっ……すいま、せん。もう、少しでっ」 サーラ様が高ぶってるのもわかる、それと同じぐらい自分が高ぶっているのもわかる。でも、達するよりもしたいことがある。 この心臓の音を、重ねたい。二人の鼓動を同調させたい。 カリカリに削れていく理性。しなやかに、やわらかく、震えるサーラ様の身体。発射寸前の俺のモノ。それらをギリギリで調整して鼓動が重なる時を待つ。サーラ様も俺の意図に気が付いたのか、歯を食いしばって先に達するのを耐える。 その時は、もともとそれほど遠いわけではなかった。ただ、二人ともそれがとても素晴らしく、だからこそ待ち遠しいと思えたんだろう。 3・2・1、――そして、俺とサーラ様の結合部にある小さな突起がつままれた。「ふあっ、ふやああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああん!!」「サーラ様っ!サーラさまあっ!!」「さとるっ、さと……るぅ……」
「ん、……重い」「ああ、今どきます」 あー、軽く失神してたみたいだ。気が付いたらうつぶせのサーラ様の背中に繋がったまま覆い被さっていた。だから、繋がったままサーラ様の身体を抱えて横に転がる。 「ふぅんっ」 半萎えのまま繋がった俺のモノが微妙に擦れる。三回も出した後だと、流石にすぐに復活するというわけにはいかないが、それでも少しずつ固くなっていくのが自分でもわかる。 んでも、今は……。「んっ。もう……」 サーラ様の頬にキスをすると、サーラ様はこっちに顔を向けてくれる。そのまま唇にキス。唇だけのキス。それに飽きて、舌も出し始める。それでは足りなくなって、舌を絡め始める。唾液を交換する。呼吸を交換する。奪いたいのと同じぐらい、与えたい。いや、入り込みたい。相手になりたい。 そんなキス。 下半身の締め付けがきつくなった気がする。 すぐに、自分のモノが大きくなっただけと気付く。 気付けば腰を動かし始めている。二人とも。 側位のまま、また始める。愛液と精液の混じり合った液が濡れた音を立てる。 一つになれる。別の世界に生まれて、偶々出くわして、主人と奴隷の関係で、それでも一つになれる。 運命ではない、と思う。誰かが筋書きを書いてそれに従ったからこんなに幸せなんだ、とは思わない。世界はいつでもただそこに存在するだけで、何もしてはくれない。 でも、勝ち取ったとも思わない。ただがむしゃらに生きていたらたどり着いていた地点。目指していたとすら思っていない。 だから、これは奇跡なんだと思う。
それから何回愛し合ったのか、多分誰にもわからない。本人達ですらわからないのだから。
気が付くとサーラ様が俺の胸の上で眠っていた。満ち足りた顔で寝息を立てるサーラ様を見て、俺も満ち足りた気分になる。 だが、その寝顔に、不意に陰が差した一瞬遅れて俺も気付く。それと同時に――
ドゥンッ!!
爆音が響いた。同時に窓の隙間から叩き込まれる光。「な、なんだ!?」「雷!?」 日本にいる頃は夏になる度に聞いた落雷の音。雨雲とはほとんど縁のないここでは聞くはずがない音! くっそ、油断した。ていうかいくら何でも宮殿が強襲されるなんて思ってなかったとりあえず取り急ぎ窓を――
ピシャァアン!!
ピンク色に視界が染まる。その一瞬後に青白い世界が目に入ってくる。その世界がゆっくりと上へと動く。 窓に近づいたところで窓ごと雷を喰らったのか……?そう気付いたときには、もう一条のピンク色の光が俺の上を通り過ぎていった。音はないが、身体に振動は伝わる。多分、鼓膜がやられてる。 俺の上を踏み越えていく数人の人影。 音がなく影しか見えない世界で、俺はサーラ様が連れて行かれたことだけを理解した。
――数日前
もう、いっぱいいっぱいです。 私も、お城のベッドも。 突然の城に現れた襲撃者達。その魔法を受けて倒れた人たちで、医局はおろか衛兵詰め所のベッドもいっぱい。 患者さんの話を聞くと、強烈な光と爆音を放つ精霊をつれていたとのこと。火の精霊じゃないらしく、その魔法がとんでもなく速かったとか。 その魔法で火傷を負った方が多数。そして死んでしまった方も少数ながら。 サトルさんは生きてはいましたが、大きな火傷を負い、朝になっても目を覚ましません。 サトルさんの生命力に賭けるしかない無力な自分。本当は付きっ切りで看病したいのに、医者として一人の患者をひいきできない立場。 サトルさんよりも深い火傷を負っている方もいますから、一人の患者にかまけているわけにはいきません。それはわかっているんですが、もしこのままサトルさんが目を覚まさなかったりしたら……。 「ラドン殿」「は、はいっ!?だ、大丈夫です。軟膏ならこれが擦りおわればすぐに……」 負傷者の看護を手伝ってくれている、衛兵さんです。ああ、また手が止まってたんでしょうか。「いえ、そうではなくサトルからあなたに伝言が」「サトルさんが目を覚ましたんですか!?」 よ、よかった……。もし死んじゃったら私……。「え、ええ。それで、治癒の霊薬と貴方に預けていたあの書類が必要なので届けて欲しいと」「え?」 サトルさんが私に預けてた書類。 心当たりは、あります。それがどういった意味を持つのかも。そしてその書類の内容を私にだけ打ち明けた意味も。 でも、どうして今それを?いえ、それだけじゃない。全身に火傷を負っている今のサトルさんがあの薬を使うって……。いったい何を……。
「宮殿にまで押し入られて黙っていては面子が立たぬわっ!」「しかれども、どうするというのです!あの妖しの術を防ぐ術なくば、徒に兵を失うだけですぞ!!」「あいつ等にこのことを触れて回る気がないのなら、ただの賊の襲撃と言うことにするのは……」「かの指揮者でもあるまいに、『ただの賊』が一国を相手に鼻にもかけなかったと言えと!?」 喧々諤々。 未知の精霊を付けた手練れ共。それに襲われた一夜がようやく明けた。宮殿護衛兵の被害は甚大だったものの、文官や女官のほとんどが無事だったのは僥倖か。いや、それこそ、この国に被害をもたらすのが目的でない。つまりは、『鼻にもかけなかった』と言うことじゃの。 しかし、寝入りばなを起こされて徹夜明けの頭にこの言い争いは、正直堪える。二、三人ほど寝込ませてくれてもよかろうほどに……。まあそんな配慮ができるなら、そも襲っては来ないじゃろうがの。 「ええ、その通り。鼻にもかけられなかったのでしょう。正直あの精霊の前に手も足も出なかったのですから。だからこそ!むやみな挙兵であらたな損失を――」「さりとて動かずとあらば北に組み易しと思わせることに――」「静まれい」 妾の一言で水を打ったように場が静まる。ふむ、まだ頭の底は冷えておるか。「兵は挙げねばならぬ。のみならず一矢を報いねばならぬ。だが今はその術がない。つまるところは、それだけのことじゃ」「し、しかし、それだけと申しましても、それだけで詰んでいるのでは……」「故に待て」 この場の誰にも、この命は唐突だったようじゃのう。妾の意を掴み損ねているようで、ようやっと一人が聞き返えしよる。「……何を待てばよろしいのでしょう?」「この場の誰よりも腸の煮えくりかえってる男を、じゃ」 ぎぃ……と音を立てて部屋の扉が開き、一人のヒトが入ってくる。ふっ、この機を狙っておったわけでもあるまいに、噂をすれば影とはこのことか。「サトル?おまえ、部屋の前の番兵は……」「ああ、すいません将軍。押し問答がめんどくさいんで、ノしました」 あっさりと言ったその右手には、殴るのに使ったであろう短い棍棒。左腋に抱えしは羊皮紙の束。そしてその後ろには悲鳴も上げられず倒れ伏した番兵。それをやっと認識できたのか、司書官が声を上げる。 「貴様、ここをどこだぶッ!」 問答無用で棍棒を司書官に投げつけて黙らせた後、何事もなかったかのようにサトルは続ける。ほほ、いい煮え具合じゃのう。「陛下。サーラ様を攫ったのが、ラフシャドだってのは。サーラ様から国と家族を奪ったあのラフシャドだってのは本当ですか?」「ほ……、耳が早いのぅ」 まあ、そうなるように仕向けておいたのじゃが。「どこからその話を?」「教えてはやれぬな。だが、偽りではない」 マフムードが討った痴れ者の死体から、ウォフ・マナフの力で聞き出しただけじゃが、まあ教えてやる義理も無し。「さいですか。んじゃ、陛下。十の試練が終わったんで、約束通り兵を挙げて下さい」 ざわりと場の空気が静かなまま熱せられる。一人が火でも噴きかねない形相でサトルにうなるような恫喝をかける。「貴様、どこまで陛下を馬鹿にすれば……」「よい。そもサトルは妾の臣下ではない故にな」 空気を冷やさぬように、臣の言葉を制する。さて、あとはサトルに手みやげを出させるだけか。「率いるべき従妹殿がおらぬが?」「率いるのは、別に陛下でも将軍でも。どーせ属国になるのは既定路線だとサーラ様も言ってましたし」「ふむぅ。しかし、あの精霊に対する術がないのう」「ありゃあ雷です。雨すら見たことのない蛇の邦じゃ、知ってる方がおかしいでしょう。仕組みは俺が知ってます、対抗策もあります」「ほほ、それは心強いの。だが、それだけで勝てると限ったわけでもないがの?」「てきとーに戦って引きつけてくれればそれでいいですよ。俺はその隙にサーラ様を助け出します」「我々に、囮をやれと言うのかっ!!」 横合いからマフムードがサトルを一喝する。その怒りに、サトルは眉一つ動かさなかった。「囮が嫌ならそのまんま攻め落としてくれても構いませんよ。どっちみちサーラ様を助け出す以外のことなんざ、俺には知ったこっちゃあ無いですから」 冷たくも熱くもなく、ただ淡々と腹の中の言葉を放り出すような声音。まるで高い屋根の上に立つような危うさを憶える。「……ところで、それは。兵を挙げろと言うのはサトルの独断かの?」「独断っていうか、まあ、サーラ様との約束にかこつけた、俺個人の要求ですかね」「ただでヒトごときの願いを聞けと?」「まさか」 一歩踏みだし、卓上に羊皮紙の束を置く。……ふむ、アレがどれくらいの価値を持つか。「AK-47。俺が知る限り、ヒトの世界で最も多くの人間を殺した銃の、設計図とその製造及び運用マニュアルです。親方に渡せば製造可能でしょう」「ほ……」 これは、またとんだとっておきが出てきたようじゃな。「これは、落ち物の翻訳かえ?」「ええまあ。訳したはいいけど、隠してました」「それはまた何故に」 よもや属国から抜け出す為の算段を今のうちからつけていたか?まあそれも十分あり得る話じゃが……。ウォフ・マナフの力を小出しにして、嘘を「見られる」様にしておくかの。 さて、そのサトルと言えば少し考えて、というより言葉を選んでいるようじゃの。いや、それも違うか。この場に出てきてから、やっと人間らしい迷いが出てきたというところか。 「……今更俺が倫理だの言えた義理じゃないんですがね。それこそ、サーラ様の為なら何でもやってやる、ってのが正しい奴隷としてのあり方だと思いますし。アディーナの兵隊が強くなるのは国を取り返すことだけ考えればいいことだと思うんですけどね。ただね、それでも、この世界の異物でしかない俺が『そこまでやっていいのか?』とか、技術屋として『そこまでやっていいのか?』とか思い始めちゃいましてね、かといって破るのもいざって時のこと考えるとためらわれるわけで、まあつまりは――」 「畏れをなしたと?」「それです。だから問題を棚上げしたと。そういった、次第です」「それを今更出す気になったと言うのかえ?」「さっき言ったじゃないですか」 サトルの声から、再び迷いが消える。「サーラ様を助ける事以外は知ったこっちゃないって」 寒気を感じるほどの、渇いた沙漠の風。室内だというのにその風が頬を撫でた気がした。「……よいじゃろう。その願い聞き届けた」 妾の裁可をもって、閣議は軍議へと変わった。
「――びついた車輪 悲鳴を上――」 サトルさんは、歌が下手です。それを指摘したとき、『ヒトの世界の歌だからそう聞こえるんだ』と言ってましたけど。同じ歌のはずなのに、何回聞いても同じ音程になりません。やっぱり下手なんだと思います。でも当の本人は歌うこと自体は好きらしく、気分のいいときや集中しているときに何かしら口ずさむ程度に歌うことがあります。 「――け方の駅へと ペダルを踏む僕の背――」 今は集中している方です。クシャスラちゃんの魔法で砂鉄から髪の毛のような細さの針金を作り、それを膠にくぐらせては乾かしていきます。何を作っているのか聞いたら『ちょっとした秘密兵器』とだけ教えてくれました。 「――とちょっともう少し後ろから楽しそうな――」「サトルさん」「ん?何ですか、シャンティさん」 背中を向けたまま振り返りもせずに聞き返してきました。いつもと変わらない仕草のまま、いつもと変わらない声で、いつもと違う空気を纏って。「門の所にサトルさんの友達って言ってる方が来てるんですけど」「友達?」 その単語に怪訝そうな声を出して、サトルさんが作業の手を止めました。クシャスラちゃんも不思議そうに疑問を口にします。「ますたぁに友達なんていたれすか?」「……お前それ、ヒト奴隷って立場を抜きにしても凄い傷つく言葉だぞ」 うなるようにクシャスラちゃんに応えてから、やっとサトルさんは私の方に向き直ってくれました。「で、何者ですか?その自称友達って」「なんでもカモシカのマダラだとか。以前話して下さったあの方じゃないんですか?」「ああ、カルロですね」 それだけで得心がいったようで、サトルさんが立ち上がりました。まあカモシカのマダラなんてこの辺にほかにいないでしょうけども。「そりゃ早めに行った方がいいな。えと、門の所にいるんですよね?」「は、はい」 簡単に机の上を片づけてサトルさんが出て行く――ところで、呼び止めていました。「サトルさん」「ん?何か?」「あの、大丈夫ですよね?」 言ってから、自分でも質問が意味不明なことに気付きました。でも、サトルさんにはわかったのでしょうか。ちょっと困ったように笑ってすぐに答えてくれました。「大丈夫ですよ」「だったら!」 ――私は、何を言いたいのでしょうか。自分でも、わからないまま、勝手に言葉が口から出て来ました。「あの歌は止めて下さい」「あれ?俺、歌ってました?」「車輪の唄を」 それを聞いたサトルさんはちょっと驚いて、次に苦笑して。「はは、縁起でもないな」 そう言って。 結局止めるとは言ってくれないまま、部屋を出て行きました。
「よお、兄弟」「よお、じゃねえよ。誰が兄弟で、誰が友達だ」 王宮の正門近くの適当な軒先。そこにあからさまに不審なカモシカ一人。どう見てもカルロです、ありがたくもねえ。てか人を呼びつけといてスイカ食ってるとはいいご身分だな。むかつくから4つ割の一かけを勝手に食ってやる。 「お前呼び出すのに他に適当なのが思いつかなかったんだよ」「……まあただの知り合いと言ってたら話も通らなかったかもしれないけどな」 少し古いな、このスイカ。甘いことは甘いけど、水分が飛んでて口ん中がもそもそする。「んで、何か用かよ。一応言っておくが王宮の真ん前で刃物ブン回したら捕まる程度じゃ済まないぞ」「喧嘩売りに来た訳じゃねえよ。国とオヒメサマ取り返しに行くんだって?」「女王様、な」「おう、その女王様取り返しに戦するんだろ?俺も混ぜろ」 ……あん?混ぜろってそんな合コンみたいなノリで。「傭兵で稼ぎたいってんなら口入れ屋にでも行けよ」「お前に恩を売っとけば、サラディンに口聞いてくれるだろ?」 おや、これはちょっと予想外。種を道ばたに吹き捨ててちょっとコイツを観察してみる。当の観察対象と言えば、種ごとじゃくぼりじゃくぼりとスイカを食っている。ううむ、草食動物め。 「金稼ぎたいって訳じゃないのか?」「そろそろ俺も腰を落ち着けたくてよ。仕事の口を探してンだ。んで、サラディンとこの国土奪還で手柄立てればそこで仕官できそうかな、と」「就職活動始めた夢見がちヤンキーか、お前は。……って、そういやエリーゼさんは?」 その質問の答えの代わりに、カルロが浮かべた照れたようにも見える満面の笑顔。「なんだその不気味なツラァ」 思ったことを素直な気持ちで伝えてあげても、カルロはちっとも気にした様子がない。本気で気持ち悪いな、おい。「いやー、実はとうとう結婚することになってさー」「うわマジ!?いやまあ妥当だとは思うけどさ」「ありがとう。つーわけで家庭円満の為に定期収入をくれ」「そーいう事情かよ。まあそれなら口聞いてもいいけどさ。でもよ、それならお前もう結婚の話はしない方がいいぞ」「あん?なんでだよ」 何で?とか聞くかコイツは。本気でわかってないのか。「古今東西、『この戦争が終わったら、俺結婚するんだ』と言う奴は死ぬに決まっとろーが」「はっ」 スイカの皮までじゃくじゃくぼりぼりと食いながらカルロが鼻で笑う。「そんなお約束と現実は違うって事を教えてやるぜ」 ……ほんとに馬鹿は強いよな。まあそんだけ自信があるなら一番危ない所に付き合ってもらうか。
「ところでよ」「あん?」「アレはお前の知り合いか?」「ん?……げ」 俺があごでしゃくってやった方を見て、サトルがまずそうな顔をした。やっぱ知り合いみてぇだな。んでその知り合いらしいヘビの女は、「スゥゥァァァァアアトゥウオオオオオルウゥゥゥゥゥウウウ!!」 通りの端から全力絶叫しながら全力疾走で全力突撃してきて全力パンチでサトルをぶっ飛ばした。 パンチってーか、拳での体当たりみたいな一撃をまともにくらってサトルが景気よく吹き飛ぶ。馬に跳ね飛ばされたみたいに地面を転がって壁にぶつかって止まった。……まあ受け身取ってるみたいだから死んではないだろうけども、一応止めるか。 「そこまでにしといてやれや」「なによ、あんたには関係ないでしょ」 そう言いつつも、派手な鱗のヘビの女は手を止める。まあ単に全力疾走して息が切れてるだけかもしんねーが。「避けようともしない奴を殴るのはよ。俺達みたいなのにとっちゃあ、みっともいいことじゃねーだろ」「……俺達ってどういう意味よ」「殴り合いを心得てる奴って意味だよ」「……」 理解はできるが納得できねーってツラだな。まあ手が止まればそれでいいけどな。 ……ん、サトルが目ぇ覚ましたか。軽く頭を振って、だが立ち上がれない、か。「止めなくていいよ。ライラ様には俺を殴る資格がある」「お前はそれでいいかもしれんけど、お前にここで死なれると俺が困るんだよ。死ぬなら俺に定職よこしてから死んでくれ」「薄情なものねー。それともそれが男の友情って奴?」「わりと特殊なケースだけどな」「だから誰が友達だと。ってーかライラ様、勝手にコイツと友達にしないで下さい」 下らないことを話しているうちにサトルがやっと立ち上がる。まだ膝に来てるみたいで、ふらつく足取りで数歩進んでライラとか言う女の前に立った。 まさかもう一発殴られるつもりじゃねーだろうな。「……言い訳とかある?」「ありません。でもサーラ様を助ける為のプランならあります」「手伝えっていうつもり?」 腕を組んで下から睨め付けるライラにサトルがさらりととんでもないことを言ってのけた。「ライラ様がいれば三割の成功率が五割になります」「低っ!確率低っ!お前、そんなことやらせようとしてたんかよ!!」「お前がいなかったら成功率一割ぐらいだったからなあ。いや、正直助かるよ。そおいや、今日エリーゼさんは?エリーゼさんもいると五割が六割になるんだけど」「あいつは今大事な身体だからダメ」「大事な身体て……まあいいけどさ。ならライラ様加えて五割だな。……というわけなんですけど、手を貸していただけますか?」「失敗したら?」「死にます」 サトルが表情も変えずに即答した言葉にあきれ果てたツラをして、だが言い返しもしないで更に聞く。「足りない五割は?」「気合いとか根性とか執念とか、その辺で」「お姉様への愛も入れといて。それで十二割よ」 精神論かよ。まあ得意分野だけどな。「話がまとまったところで……詳しい話をしようぜ。あん中でさ」 俺がそう言って城を指してやると、二人とも頷いた。
手首に絡む固い感触。こわばった肩。無遠慮に身体をまさぐる感触……。うっすらと目が開くと見知らぬ男が……。「――離れろっ!」 反射的に右の膝蹴り。何かがへし折れる感触。気にせず打ち抜く。 アンフェスバエナ王家秘伝剣術の一つ。鍔迫り合いから相手の武器を巻き込むようにして腕を上に跳ね上げ、超接近距離からの膝蹴りを打ち込む業。その名を腹楔(ふくさび)。膝を振るのではなく、腰のひねりで突き刺すように蹴るのがコツだ。 朦朧としたまま放った割には、いや、だからこそ手加減抜きだった腹楔はしたたかに男の肋をへし折ったらしい。大きく開いた口からわずかだが赤い物がはき出される。 「がっ、は……」「てめえっ!?」 そして、やっとはっきりし始めた意識が複数の男達を捉える。そして、気を失う前後の事も思い出す。どうやらあの光を浴びた時に気絶したらしい。そして陵辱される前に目が醒めたと言うところか。 くっ、両腕は――手首を枷でまとめられ天井から吊られている。 両脚は――拘束されてはいないが、立つことが出来るぐらいの余裕しかない。 武器は――武器どころか布きれ一枚を羽織っているだけか。 そしてなによりサトルは――いない。 周囲を囲むのは五人。うち一人は血の混じった反吐を吐きながら床をのたうつ。残りの四人は目つきを険しくしながら半円形に私を囲む。 くっ、不意打ちならともかくこの状態で四人は倒せない。しかも、一人をやったのが不味かったらしい。もうこいつ等に油断はない。「おい、棒を持ってこい。脚をへし折ってからやってやる」「棒で良いのか?お前ら程度なら剣を持ってきても物の数ではないぞ?」「吠えてやがれ」 挑発に乗らないか。それなりに場慣れしているようだな。だが、不味い。このまま慰み者になるぐらいなら舌を噛み切ることも……くそっ、今それをしたら。しかしサトルがもう死んでいるのなら。でも生きていたら。 ……迷いすぎたか、もう既に男達が棒を準備して周囲を囲んでいる。 脚で棒を絡め取って反撃に使う?いや、そんな奇襲が通じるのはせいぜい一度ぐらい――
バリバリッ!!
閃光と轟音。眩んだ目にかろうじて映るのは、ゆっくりとくずおれていく棒を振り上げた人影。「それは困るな」 倒れる人影の向こうから、聞き覚えのある声。いや、忘れるはずのない声――!!「ラフシャドォッ!!」「万が一に殺されては困るのだ。孕まされても、な」 仇。故郷の、部下の、家族の、仇。「アンフェスバエナの血筋の、最期の一人なのだから」「ラフシャドォオッ!!」
怒りに満ちた少女の声を、ラフシャドは無視した。別段何かを言う必要も感じなかったからだ。今言うべき事は、ただ牢番に命令することだけ。「何をしている。倒れているのを運んで出て行け」 手癖の悪い牢番が反駁する前に、ラフシャドはもう一度雷精霊アエーシェマを出して黙らせる。案の定、何を言う事もなくすごすごと出て行った。「……女に見張らせるべきかな」「ラフシャド!貴様今なんと言った!」 隠しもしない敵意を向ける少女に、面倒くさそうに振り向いてラフシャドは答えた。「女に見張らせれば、万が一にも子を孕むことはないだろうということだが」「その前だ!私が最期の一人だと!?」「その話か。ああそうだ。他は全部使った」「使っ……た……?」 予想外の言葉に、サラディンが当惑する。その様子を受け、淡々とラフシャドが続けた。「代々のアンフェスバエナ王のみが、いや、アンフェスバエナ家の家長のみが継承していた秘密がある。それは、アンフェスバエナ家が魔法儀式の生け贄の為に作られた血筋だという事実だ」 「なん……だと?」「事の起こりは帝国期に遡る。ザッハーク帝は、魔法の研究にしか興味を示さない人間だった。帝国を作った目的ですら、魔法の研究をする為の環境作りでしかなかった。巨大な権力、巨大な富、豊富な人材、それによってしか行えない数々の実験、知識の蓄積、分析と演繹、理論の構築、その繰り返し。帝国の為の魔法ではなく、魔法の為の帝国。それがザッハーク帝の求めた物だった」 「それがなんだと――」 言いかけたサラディンの言葉を遮るように、ラフシャドの独白が続いた。「そんな魔法狂いの歓心を買うにはどうすればいいか?魔法に役立つ物を提供すればいい。とある貴族は触媒を、とある貴族は人材を、とある貴族は資金を、そしてとある弱小貴族は考えられる限り最も優れた生け贄を出すことを思いついた。食事から生活習慣、血筋はもちろん思想や生年月日に至るまで最高の生け贄を多数そろえるべく、自らの血統を改造していった」 「それが、……アンフェスバエナ王家の元だと?」「生け贄となる乙女は輿入れという形で帝都に送られ、代わりに王家は帝都の手厚い支援を受けた。弱小だった貴族は、文字通り自らの血肉を売ることで有力貴族の仲間入りとなったわけだ。そして管理自体は止めたとはいえ帝都が消滅して100年立った今でも、その血の特性自体は消えていない。だから、使った」 余りにも、余りにも分かりやすい答。理解しないためにはサラディンは聡すぎた。壊れるためにはサラディンは強すぎた。だが、それでも、か細い希望を込めてサラディンは吠える。 「嘘を付くなっ!!それがアンフェスバエナ王のみに継承される秘密なら、何故お前が知っている!!お前は王家とは縁がないはずだ!!」「簡単な話だ。その秘密を知っているべき家系はもう一筋ある。受け取る側の人間だ」 その言葉に、サラディンは文字通り絶句した。そう、提供者がいるならば、享受者もいる。「我が名は、ラフシャド=アジ・ダ・カーハ。偉大なる先帝の、末孫だ」「な……ん、だと?」「父から名を継ぎ、魔法の道を歩み、先帝の道筋をたどるうちに、その偉業と遺業を知った」 ひたすらに淡々とした語り口だが、その端々に誇りが滲む。偉大なる血筋の、その偉大さを自らの人生で実感した男の、揺るぎない巌のような誇り。 その背から光が漏れる。光は閃光を纏った人影となり、薄暗い牢屋を照らす。「雷精霊アエーシェマ。かつての帝都ではたやすく作られたこれを再現するだけでも、私には困難なことだった。……だが私には運があった。アンフェスバエナの贄から得られる潤沢な魔力!雷精霊が出来るまでの無数の試行錯誤を支えるには十分だった」 「き、貴様ァ!!」 サラディンが吠えるのとほぼ同時、アエーシェマと呼ばれた精霊から一条の雷が迸り、繋がれた囚人を打ち据えた。「……っ、あ、」「痺れるだろう。だが、これですら、いかな剣豪も避けること防ぐこと敵わぬこの力ですら、先帝の力のごく一部に過ぎない。そして私は実に運が良い」 どこか陶然としつつあるラフシャドに、サラディンが殺意を込めた視線を向ける。雷に痺れる身体で唯一力を込められる眼に、ありったけの力を込めてラフシャドを睨み付けた。 「運が、良いだと?私に、殺される、お前がか」「ああ、私はとても運が良い。なぜなら先帝が残した遺業を継ぐ機会に恵まれたのだから」 鱗に包まれた蛇の顔に、陶酔した笑みが浮かんだ。まるで、神の祝福を受けた巫女にもにた、幸福感に満ちた笑み。地の底から叩きつけられる殺意が届きもしない高みを飛び、そこからさらに高みを仰ぐ笑み。 「先帝が行った最期の魔法儀式、虚無精霊アンリ=マンユの作成」「虚無、精霊?」 鸚鵡返しに聞き返す。意味は不明だが、どことなく不安な気持ちがサラディンの口からこぼれ出た。かの重力精霊による危機、その時のような途方もない何かが語られる予感。 「そう、虚無。あらゆる物を虚無へと還元する能力を持つ精霊。それが虚無精霊。その作成に失敗して、帝都は虚無へと消えた」「!!」「虚無精霊自身も、自ら生み出した虚無に飲まれて消えた。それが世に言う帝都消失事件の真相だ」 帝都消失事件。沙漠に生きる者ならば、知らない者のない歴史の大転換。その真相がたった一体の精霊にあったと知らされる。そして、目の前の男がそれをもう一度起こしかねないことも。 「……つまり、貴様は」「ああ、祖父の遺した実験を、完成させる」「出来ると思うのか!ザッハーク帝にすら出来なかったことを!失敗すればお前も同じように消え去るのだぞ!?」「できる。なぜなら私は何故失敗したかを知っているからだ」 とてもあっさりと言ってのける。確信に満ちた、というより不安を徹底的に潰した自信が現われた声。丹念に、丹念に精査し尽くしたという自信に満ちた声。「先帝が儀式を行ったとき、生け贄に使われていたアンフェスバエナの姫は妊娠していた。つまり、二人分の生け贄の魔力が注がれた。それが過剰だったせいで精霊が暴走した。それだけだ」 「妊娠……?」 唐突な真相に、サラディンの眼が丸くなる。それを見ているのかいないのか、ラフシャドは変わらない口調で続けた。「だから、万が一にも孕まれては困る。だから、見張りを女にする。それだけの話だ」 結論を言い終えたラフシャドが踵を返す。部屋を出て、扉を閉めかけたところでサラディンは言葉を投げつけた。「……私が既に孕んでいるとは考えないのか?」「事前に少し調べた。ヒトに傾倒する女が子を孕む訳がない」 そう断じると、ラフシャドは扉を閉めた。
暗い悦びがわき上がってくる。 その浅ましさに、泣きたくなってくる。 そこまでしてあの男が死ぬことを喜ぶ自分がいる。 その為に、かけがえのないものを使おうとしている自分がいる。 復讐とは奪われたものをかつてどれだけ愛していたかの証明を自分自身にする事だと、かつて従姉殿はそう言った。 だとすれば、この悦びは、なんと虚しい。「く、はは、は……」 奴を相打ちに出来る。そのせめてもの希望こそが、絶望。 その皮肉な運命に、自分は泣く資格すらない。 自嘲するしかなかった。 * * *
――前日
「お師匠様」「……ん?」 声をかけられて目を覚ます。顔に載せていた魔導書―キダフ・アル・アジフとかいうタイトルの本―をサイドボードに置いて、気だるい午睡を終了する。 安宿の一室。扉を開けてラケルとドナテアが買い物かごを下げている。買い出しが終わったか。「ご苦労。で、どんな感じだ?」「兵隊さんがたくさんいましたー」「行商人の話でも、やっぱり軍隊が近くまで来ているみたいですね。アディーナも王宮をやられたままじゃ面子が立たないってことでしょう」「面子、か」 それが有用だと言うことは冷静に考えれば分かる。分かるが、それでも腑に落ちないのはやはり我輩がウサギだからということかな。何も暴力に訴えるだけが解決策でもないとは思うのだが。 とはいえ、今回ばかりは兵を挙げてでも奪還してもらわないと我輩が困る。「貴重なサンプルだからなあ」「サラディンの事ですか?」「ああ」 貴重な秘薬を与えたのだからして、しっかりと結果を見せてもらわないと困る。とはいえ、我輩、余り人死にに関わりたく無いというのも偽らざる本音だ。だとすれば……勝ちやすくしておくぐらいが妥協点か。 「ちょっと出かけてくる。明日まで戻らない」「は?お師匠様どこへ?」「ん、まあちょっと、小細工をな」 単眼鏡の位置を直して、部屋を出る。さて、と。今夜は「らぶ☆ろーしょん君59号タイプM」の実戦投入としゃれ込もうか……。
――今まで
沙漠の、いや、戦国の民はタフである。他国に攻め入れられ支配者が変わった程度では別段どうと言うこともない。戦争が日常の一部と化している彼らにとっては支配者が変わることもまた日常の一部なのだ。 だから、新たな支配者というのは気を遣う。なにせ新しい民は、「自分のことを値踏みしてくる戦慣れした不特定多数の集団」なのだ。これを敵に回して良いことなど一つもない。民の不満は他国の間諜のつけいる隙であり、反乱の火種であり、他国の大義名分でもある。 魔術師として優秀でも政治家としては有能な部類ではないラフシャドだが、その辺は理解しており実質の政務は前王の官僚に任せていた。結果として街は反逆以前と大差ないにぎわいを見せていた。 むろん、王家に対し忠誠を誓う反乱がなかったわけではない。まして王家に連なる者を片っ端から魔術の生け贄に使ったラフシャドである。王家とその忠臣からは悪鬼羅刹の如く恨まれ、反逆や暗殺が何度も試みられた。 だが、その試みは雷光によって阻まれた。 ヘビが培ってきた武。その全てより雷は速かった。 火の弾なら避けられる。土塊なら先んじられる。水の壁なら打ち破れる。突風なら踏みとどまれる。だが、ヘビ達の培ってきた武の中に「雷より先に動く術」はなかった。 これがまだ他種属の使う雷の魔法なら呪文の隙に先んじることが出来ただろう。だが精霊の力は術者の「意」と同時に来る。避けることも耐えることも出来ないとなれば負けるより他はなく――、結果としてラフシャドとその子飼の魔術師達に逆らう者はいなくなった。
――前夜
そのいつもと変わらない街の、衛兵達の休憩所で三人のヘビがカードに興じていた。「来るのかねえ?」「だれがよ?」「そりゃあ、例のアディーナ軍だろ?サラディンさ……いや、サラディンを助けに」「別に言い直すことはないだろ。あ、3枚チェンジ」「いや、一応言い直した方がいいんじゃないか?……1枚チェンジ」「聞いてないだろうし、聞いてても気にしやしないんじゃないか?チェンジ無し」
ざわ
(チェンジ無し……だと……)(こいつ、大物手が配られた時点で出来ているのか……?) 空気が張りつめる。すでに手が固まった現在、あとは如何にチップをつり上げつつ相手を下ろさせるかの勝負になっている。そんななかで、チェンジをしなかった男は手元のチップを摘んだ。 「二枚レイズ」(こっ……こいつ、きてやがるのか?)(お、落ち着け。ハッタリで下ろさせる作戦かもしれん) 捨て札と手札を見てみて、ある程度の予測を立てようとする。だが、(山の切り直しの直後だと?)(くそう、捨て札が少なすぎる……。いや、だからこそ、ここをハッタリで押し通すつもりか?) ある意味ハッタリを仕掛けるには最高のタイミングに放たれたノーチェンジ。迷い無くハッタリとは思う。だが自分の手札は。(……ワンペアか)(フラッシュ崩れのスペードのA。こいつもブタなら勝てるが……)(俺がもし仕掛けるなら、もし仕掛けるなら最低でもツーペアがないと出来ないてだろ……。いや、ツーペアなら一枚交換でフルハウスを狙うっ!それがベーシックストラテジーッ!!) (いや、むしろ逆か。どうしようもないブタだからこそ残るはハッタリしかない。五枚交換すらしないのはハッタリを強固にするための戦術!)「三枚レイズ」「四枚レイズ」「六枚レイズ」(ろっ――)(ろ、六枚だとっ!?馬鹿っ、馬鹿っ……あり得ない!あり得ないんだ、そんなことはっ!) 二人に電撃走る。この躊躇のないレイズ。もしかして、本当に、ストレート以上の役が来ているのかという疑念、不安、焦燥。だが、もう賭けてしまったチップは戻せない。 行くか、行かざるか、勝負か、下ろさせるか。選択肢は人間を臆病にさせる。「……ドロップだ」(――こいつ、折れやがった!)「さて、お前はどうするんだ?」 間髪入れず水を向けられ動きが凍る。喉がひり付くような乾きが襲ってくる。心臓は激しく脈打ち、知らず握り混んでいた左手は爪が手のひらに食い込んでいる。(や、やってやるううゥゥゥウウ!!俺は最強の博打打ちだっ!コールだ、コールと言ってやるんだっ!コール!コール!コール!コール!コールゥ!) その緊張が、ノックの音で途切れた。「やべ、隊長かも。隠せ隠せ」「あっ、てめ、逃げる気か!隊長ならノックしないだろ!!」「……そういやそうだな、本気で誰だ?」 ヘビ面に器用に怪訝な表情を乗せて、一人が立ち上がってドアを開ける。そこにいたのは、全く予想外の生き物だった。ぞろりとした沙漠の民族衣装に身を包んだ女。整った顔に笑顔を浮かべフードをとると、長い黒髪とともに長い耳が現われる。話に聞いたことはある、大陸の北の最果てに引きこもっているという人間種族の一つ。ウサギ。 「え?あ?」「本日はご指名ありがとうございますぅ♪」 男が戸惑っている間に女は縋り付いて布越しに身体を押しつける。体重ではなく勢いに押されて男は部屋の中に押し戻される。「なんだなんだ?」「女?」 こっそりとカードとチップを片づけて「なかったこと」にしようとしていた男も予想外の闖入者に目を剥く。寄り切られるように部屋の中に戻される同僚と、それに絡む女。そして、その後からまた二人の女が入ってくる。 後から入ってきた女がフードをとると、整った同じ顔。あっけにとられる男二人に抱きついて、その首筋で囁く。「もう隊長さんから代金は受け取ってますから、たっぷり気持ちよくして上げますね」「お、おう」「そ、そういうことなら、なあ?」 隊長もたまには粋なことするなあ、と単純に結論づけて「何かおかしいだろ」と警鐘を鳴らす理性を黙らせる。なにしろ下っ端兵士の薄給では手の届かない様ないい女を抱けるチャンスなのだ。耐えられるはずもなければ、耐える気もない。 「んふ♪」 するりと、サリーを肩から抜くと、絹のような柔肌の上を布が滑り床まで落ちる。一枚の布の下には何もない。一糸まとわぬ、文字通り生まれたままの姿になった三羽のウサギ。艶めかしく身体を動かしながら、すり切れた皮鎧とシャツを男からはぎ取り、涼しい鱗の肌に自身の肌をこすりつけていく。 まるで伝え聞く「雪」の様な白さだ、そう思いながら男の一人が女の乳房に手を伸ばした。『ひゃん』 柔らかい豊乳が軽くもまれると同時に三人の女から同じ声が上がる。「おお?」「なんだぁ?」 予期せずにあがったアノ声の合唱に男達が驚くと、女達は艶やかに微笑んで説明した。「私達三つ子は魔法で感覚を共有しておりますの」「ですから一人が感じたものは後二人にも伝わるのです」「だからぁ、三人一緒だとすっごくイイんですよ」「へ、へえ……」「そりゃ面白そうだな」 イヌが見たら「魔法技術の無駄遣いだ!」と嘆きそうだが、当人達にとっては少し変わったプレイでしかない。ましてや、のぼせた牡にはその価値を推し量ることすら億劫だ。 「よっ」「ん、あぁん」 男の一人が女を抱え上げて机の上に押し倒す。ふるんと重たげに揺れる乳に誘われるように、長い二股に割れた舌が伸びた。しゅるしゅるという呼吸音とともに、ぱちゃぱちゃと濡れた鞭が乳房を軽く叩く。唾液でぬめる舌の感触が乳肌を走るたびに、その頂点が盛り上がっていく。 「よし、壁に手を突いて尻を向けな」「あん、こんな格好恥ずかしい……。あん」 別の男の前で、女が壁に手を突いて腰を突き出す。その白く豊かな尻の割れ目を鱗に包まれた手が滑り降りていった。唇より柔らかい恥丘に指先が届くと、露出した陰唇には触れずににその周囲を軽く擦り始める。ざらざらの鱗が陰毛を梳き上げる。摩擦の刺激はすぐに女の身体から快楽を呼び起こし、その証を狭間から滲ませ始めた。 「それじゃ俺は気持ちよくしてもらおうか」「うわぁ、すごい二本だなんて……」 三人目の男はズボンを下ろし自分のそそり立った二本のペニスを押しつけた。一部のヘビに生える種族的な異形。上下に連なったその威容に、女の目がとろんと惚ける。床に膝立ちになり、くなくなと首をよせて横合いから唇をこすりつけ、味わい始める。 舐めながらも、感覚共有の効果で感じているのだろう。腰が艶めかしく蠢き太腿を涎で濡らし始める。「ふあっ、あぁ、ざらざらが気持ちいいの。ううんっ」「乳首を、もっとぉ……。ね?」「んっ、ぷう。凄い臭い。……酔っちゃいそう」 三者三様に発情するウサギに男達の気分も高まる。「おっし、じゃあそろそろ入れてやるか」 まず最初に、しゃぶらせていた男が女を抱え上げた。立位で下のペニスを女に突きつける。だが、その先端を女の手が押さえた。「あ、だめ」「おいおい、なんだよ今更……」「そうじゃなくって……ちゃんとお尻の穴も洗ってきたから、両方、ね?」 女の提案に男が唾を飲む。 前後の二本差し。以前から興味はあったが、後ろに入れさせてくれる女は今まで一人もいなかった。ところが目の前の女は自分からそれをせがんでくる。「まったく……ウサギが淫乱ってのはほんとだな」「だって、切ないのに耐えられないんだもの……。はあんっ!」 前後の入り口に先端を当てると、驚いたことに入り口が蠢いてペニスを飲み込んでいく。そのままゆっくりと飲み込んでいき、ついには根本までずっぽりうずまる。「うっお……」「はあ、ああん」 自ら異物を飲み込んでいく淫穴は、その中身も特別だった。中の複雑な壁が、蠢き絡むのだ。どこにどう触れば男が喜ぶのか、それを完璧に把握して正確な動きで急所を責め立てる。 入れただけで出てしまいそうなその責めを、女の尻を握りしめて耐える。男の握力で尻たぶを掴まれた女は、その痛みすら気持ちいいのか甘い声を上げた。「よし、こっちも入れてやるよ」「あんっ、来て、来てえっ!」 後ろから女を嬲っていた男は、その股間から白い粘液がはき出されるのを見てスイッチが入ったらしい。壁に押しつけた姿勢のまま、後ろから女を貫く。そして、勢いを殺さずにあらあらしいピストン運動に入った。 「おらおらおらっ!」「あんっ、あんっ、あんっ」 がむしゃらに突き上げているせいか、単調なリズム。だが、それを補う力強さ。腰が叩きつけられるたびにパンパンと小気味よい音が広くもない部屋に鳴り響く。「しゃぶれ!おら、しゃぶれよ!」「ふぐっ……。ううん」 胸を責めていた男は、机の上に乗り互いの股間に顔を埋める姿勢をとった。自分のいきり立ったペニスを女の口にこじいれ、自分は舌を最大限伸ばして女の尿道孔と膣口に差込んだ。そのまま欲望の赴くままに中で暴れ回らせる。 イマラチオされた女は嫌がりもせずに喉までつかってペニスを迎え入れ、下半身では二つの穴で入れられた舌を締め付ける。 激しく強くお互いを貪り合う三組の男女。その嬌声や粘液が飛び散り、狭い空間に性臭が満ちる。その濃密な時間もやがて限界を迎えた。「た、たまらんっ!」「ふむぐぐーっ!!」 シックスナインをしていた男がまず限界を迎えた。喉の奥まで押し込まれていたペニスの先端から精液がはき出され、ウサギの胃袋に入っていく。同時に強制精飲させられた身体がびくびくとのけぞり股間から潮を吹いた。 絶頂は直ちに二人のウサギにも伝わり、その身体を痙攣させる。『ひゃああぁぁんっ!!』「うおっ!」「ぐあっ!」 不意打ちの締め付けに思わず男達が射精する。どくどくと、溜まっていた欲求を女の中にはき出していく。まるで永遠にも思えるような数秒が終わり、男達のペニスから力が抜けていく。だが、 『うわおっ!?』 こんどは期せずして男達の声が同調した。萎えていこうとするペニスに、膣の、肛門の、喉の蠕動がくわえられ、再び力を注がれる。瞬く間に復活したペニスが穴から引き抜かれ、姿勢を変えた女体が男に絡む。 「ねえ、もっとしたくない?」「あなたになら、もっと凄いことしてあげる」「ね、あたしも中に精液欲しいなあ……」 誰がどの言葉を囁いたのかは分からない。だが、理解できるのはここにいる雄と雌がまだ欲していると言うこと。 ほどなくして、また淫声が上がり始めた。
……――ああっ。突いて、突いてぇ!
……――二人がかりなんて、そんな。嬉しイッ!
……――交替ですか?お疲れ様です、あなたもどうぞ……。
……――精液っ!大好きです!かけてぇ、飲ませてぇ!!
その狭い部屋の夜は、終わりそうになかった。
――数十分前
「思うんだけどさ、作戦がシンプルすぎない?」「いや、今更言われても」 既に敵国領土内。ってか、その中の安宿の一室なんだけど、それでも疑念が湧いてくる。 部屋の中には美しく儚い私と、醜い野獣のような男が二人。そのうちの片方、サトルは朝から干し肉をかじり続けている。これから決戦だってのにどれだけ食うつもりなんだろう。最後の晩餐のつもりって訳でもないでしょうに。 「てか、他にねーだろ」 横から口を挟むのは、ひょろ長いカモシカのマダラ。無駄に長い大剣の刃に仕上げ砥石を走らせてはその様子を確かめてる。「どんな奴でも正面から殴りつけられりゃあ、陽動と分かったうえで相手しなきゃならねえ。そこを脇腹からついて、タマをとる。定石だろ?」 そう、作戦はシンプル且つ定石。アディーナ正規軍が攻め入り、その戦闘の混乱に乗じてのラフシャド暗殺。 たしかに定石ではあるんだけど。「定石だから、読まれてるんじゃないかって話よ」「読まれていたら、相手の読みごと噛み破る。それだけの話です。俺達じゃ少数の精鋭を突破できても、大量の有象無象はどうしようもない」「その理屈は分かるわよ。でも、その当てにしている陽動があっさり潰されたどうすんのよ」「いやあ、それはいくら何でもマフムード将軍に失礼でしょう」「あの『いかずち』とかいうのが相手じゃわかんないでしょ!あの魔法を相手にした軍隊なんていないんだから」「対策だったら俺が渡しておきました」 サトルはそういうと絞りたての(わざわざ市場で買ってきてまで作る?この状況で)パイナップルジュースを飲む。まるで他人事ね、自分が煽った戦だろうに。「あんたの対策ってほんとに役に立つの?」「大丈夫でしょう。魔法で作られてようと、精霊が制御してようと、その正体が電気なら対策の取りようはいくらでもあります」「……ん、来たみたいだぞ」 カルロの声につられて外を見てみると、馬に乗った伝令が大通りを走りながら何かをがなり立てているのが見える。同時に、それに併せて家の中に逃げ始める人々も。 戦が始まる。その空気と同時に、鬨の声が聞こえてきた。
「門を、抜けられただと!?この時にか!!」 まさに雷のような叱責を受けて伝令が縮み上がる。 王宮の謁見室を改造して作られた儀式場では、魔法陣が描かれ、触媒が積まれ、生け贄――つまりはサラディンが手首から宙づりにされ、まさに今これからアンリ=マンユ召喚の儀式が始まろうとしていた。 その矢先に、その知らせである。魔法の探求に全てを捧げた男、ラフシャドが激昂するのは当然と言えた。「しかも、既に門を抜けられたと言うのはどういう事だ!早すぎるぞ!」「そ、それがその……」
伝令が王宮で震え上がる少し前。街の外壁を守る衛兵の詰め所ではある異変が起きていた。 普段から男むさい場所ではある。その詰め所が、その日は男臭くなっていた。死屍累々と倒れ伏した衛兵達、そこら中に吐き散らかされた精液が生乾きで酷い悪臭を放っている。淫蕩地獄のようなその建物の奧では男達が折り重なるように失神しており、その上に三羽のウサギが全裸で転がってすやすやと寝息を立てていた。 やがて、一人のウサギが目を覚まし、半身を起こして自分の胃の当たりに手を当てる。「ふ、……ん!」 気合いとともに、胃から喉を通って何かが口の中に移動する。赤く長い舌を出すと、その上には唾液で濡れた平板な物が乗っていた。単眼鏡。 人間ポンプの要領で取り出したそれを掛けると、ザラキエルは手短に印を組み呪文を囁いた。「天地玉兎、解」 囁きが放たれると、たちまちの内に寝ていたザラキエルのコピーが溶け崩れ、蛍光ピンク色のスライムへと変わった。 これこそが、キャルコパイライト=ザラキエル=イナバの新作性的玩具、『らぶ☆ろーしょん君59号タイプ・モーフィング』である。使用者の身体情報を得ると、その姿形をコピーし性感を共有するという機能を持つ。その実地試験がうまくいったのが嬉しいのか、ザラキエルは鼻歌などを歌いつつまた魔法を使った。 「天地玉兎、蔵」 呪文とともに、空間に直径30cmほどの穴が空く。その中にスライムをしまい、白衣を取り出して肩に羽織った。「ん~~。久々に男を食った!という気がするなあ」 映画の感想を語るかのごとき気軽さで伸びする。その顔にも身体にも、100人近い男を相手にした疲労感は感じられない。むしろ精気をすって健康になったようにも見える。 そんなサキュバスまがいの人類の例外が身繕い用のスライムを呼ぼうとした時に、ウサギの耳が建物の外、遠くで上がる声を捕らえた。鬨の声。「うむ、良いタイミングだな。ま、我輩が手を出すのはこの程度でいいだろう」 あとは、サラディンの運とあのヒト奴隷の器量次第だ。そんな事を思いつつ、ザラキエルは身繕い用のスライムを呼ぶ作業に戻った。
「じ、城壁詰めの衛兵が全て妖しの技で眠らされておりまして……」 やりまくったあげく一人残らず気絶してます、とは流石に言い出しづらく、伝令は結果だけを伝えた。まあ伝えていたところで余計混乱するだけだったろうが。「くう、既に伏兵を忍ばせていたか。雷鎚衆は何をしている!」「は、それが……」
市外に雪崩れ込んだアディーナ軍は、みな、一様に同じような装備をしていた。肩から膝まで覆うような大盾と、短い剣もしくは手斧である。 沙漠ではあまり見られない軍装ではある。鎧が薄くなりがちな沙漠では、防衛軍のように鑓・刀・短弓などの「威力はそこそこ、射程は長く、持ち運びやすく」が重視される。ヘビが鱗を持つとはいえ、所詮たんぱく質では金属の刃は止められない。 大きな盾はたとえ皮製だとしても重く、持ち運ぶだけでも疲労する。短く使い慣れない武器は、正確さと速度となにより長さを欠く。不意を撃ったとしてもそれだけでは埋められない道具の不利。 「走れ走れ、ぶち当たれ!止まるな!」 指揮官が檄を飛ばし、兵たちがひたすらに走り回る。武器の不利を補うために取った戦術、それは意図的な乱戦である。戦列を作らず、兵たちには「盾で体当たれ。転んだやつだけ殴れ。手足だけ狙え」と指示を与えておく。 体当たりなら技もくそもない、盾で重くなっている分有利なくらいだ。乱戦になれば長物の利点は消える。 本来なら野戦でこれが行われるはずだったが。予想外にもあっさりと城壁を通れてしまったため街路中で激突が生じている。うっかり味方や壁などにぶち当たって自爆する兵士や、乱戦のさなかに弓を撃って同士討ちする兵士などもあいまって城下は混乱の極みに達していた。 だが、その混乱を縫って一方から歓声が上がり始めた。「雷鎚衆だ!雷鎚衆がきたぞ!」 防衛軍の一角がわれ、紫電を纏った軽装の兵たちが現れる。かつて、彼らだけでアディーナの王宮まで押し入った魔道部隊。雷鎚衆。その姿を見るや否や、指揮官は叫んだ。 「突き立てろ!!」 命令を聞いたアディーナの兵は反射的に盾を地面につきたて、その陰に隠れる。轟音は一瞬後に来た。 放たれた魔法の雷。避けられず、先んじられない、文字通り光速の矢。不敗を誇るその一撃が逃げ遅れた味方まで巻き込み……だが、アディーナの兵たちは倒れなかった。 「……な?」「雷鎚衆の魔法が効かない!?」 サトルが入れ知恵した避雷針の原理である。発生源が魔法であろうと電気である以上は、人体よりも抵抗の少ないものがあればそちらに優先的に流れる。たとえば、盾の縁取りに使われている金具などだ。 無論、完全に防げるわけではない。体が硬直するほどの衝撃が伝わる。だがしかし、倒れなければ反撃はできるのだ。「投げろ!」 一斉攻撃の後に必ず生じる隙。その隙にまた指揮官の命令が飛び、兵たちは自分たちの武器を投げつけた。 アディーナ兵の短剣や手斧はこの戦術にあわせてかき集めた武器であり、もとより投げつけるためバランスが取ってある武器ではない。それどころか、薪割りようの鉈や包丁まで混じっている有様だ。だがしかし、投石ですら人が死ぬことがある。まして雨あられと降ってくるのは石ではなく、尖った鉄のかたまりだ。 「う、うわあっ!?」「くっ!」 死なないまでも大きな痛手に雷鎚衆がひるむ。そこに追い討ちをかけるように盾をかざした体当たりが敢行される。不敗を誇った雷鎚衆は、はじき飛ばされ、転がされ、そして倒れたところを踏まれ、盾の下端で打ち据えられた。
「一度見ただけの術に対抗する手を考えてきたか。相当の知恵者がいるな」「倒された雷鎚衆は一部ですが、兵達の間には動揺が広がっております」 当然の反応と言える。今まで不敗と思ってきた切り札が通用しないということは、今までの手段では勝てないという事だ。動揺するのが正常とも言える。(だってのに……なんでこの人はこんなに冷静なんだ?) 明確な窮地を前に、ラフシャドはそれでもうろたえなかった。しばし瞑目して、命令を下す。「……勝つ必要はない。持ちこたえろ」「も、持ちこたえろと言いましても、何が来るまででしょうか?」 援軍はない。 同盟国なる物をつくる努力をラフシャドは放棄した。いざと成れば子飼の雷精霊使い達「雷鎚衆」の火力があれば、大概の野戦で勝てるのだ。だが、徒に敵を作る事もせず、近隣とはお互いに不干渉という形が自然と出来ていった。 つまり、わざわざラフシャドの窮地を助ける国はない。だが、持ちこたえろと言う。少しでも軍略を知っている物なら、つまりは戦国の世に住む大概の人間が分かるような矛盾。その矛盾を、ラフシャドは培ってきた自信で埋めた。 「儀式が終わるまでだ。虚無精霊があれば、万の軍とて問題にならん」「――っ!了解しました。ではそのように」 でかかった悲鳴を押し込めて、逃げ出すように伝令が駆け出す。 たった一人の魔法使いに戦の勝敗を賭けなければならないという無謀。そして、それがあながち無謀とも思えない程の、ラフシャドの実績。 戦慣れしているからこそ理解できる狂気に、伝令は胃袋が逆流しそうな恐怖を憶えた。
(準備不足の割には戦えているか) 自らも先陣に立ち、秘伝の蛇毒杖で雑兵の頭を叩き割りながらマフムードはそう思う。 サトルから出された雷よけの策。大盾と短い武器を使い、避けるのでも先んずるのでもなく防ぐ。その新しい装備の為に戦術を組み直したのは他ならぬマフムードだった。 (だが攻めきれはしないだろうな) だからこそわかる。いまでこそ優勢な戦況だが長くは持たない。 慣れない重装備に闇雲に走り回らねばならない戦い方など、息が切れてしまえばおしまいである。運良く城壁の中になだれ込めた事、新戦術による敵の混乱、雷鎚衆を倒してのけた事による動揺。それらのせいで敵が浮き足立っているからこその優勢であって、本当は苦戦を覚悟、いや、大前提にしていたのだ。もしこちらの攻め手がゆるみ敵が態勢を整え直したら、おそらくひとたまりもないだろう。 だが、それをあえて承知でその戦術を使う。いざというとき殿となる為、先陣で武器を振るう。(賭け事は、しない主義なんだがな!) その信条を曲げて、あえてマフムードは賭けた。 ヒトの、いや一人の男の鋼の狂気に。
サトルが来ている! なんで――いや、それを私が疑問に思うのは、サトルに対しての侮蔑か。 サトルを巻き込んでまで――でもこの機会を逃せば――(こないで……) 口からこぼれそうになった言葉を、かろうじて塞ぐ。 それだけは、今はその事だけは知られるわけにはいかない。 でも、知らせてやれば、少しはサトルの為に時間を―― 助けに来たとして、ラフシャドを倒せるのか。あのいかずちを―― 思考がまとまらない。来てくれた事が嬉しいのに、困る。 今更、巻き込みたくないと願うのは、傲慢なんだろうか。 ただ、口をつぐむ。それしか、出来ない。
――十分前
ぱんぱんぱんぱんぱんぱん
軽い破裂音が6回。それで通路を防ぐ敵兵の二、三人がのけぞってくれる。多分殺せてはいない、だけど。「オラオラオラオラオラッ!!」 そののけぞった所にヤクザキックで飛び込んだカルロが、バカ長い大剣をブン回す。人垣に楔を打ち込んだその隙間に。「ルフ!」 ライラ様が突風を送り込んで道をこじ開ける。「オラアッ!死にたい奴からかかってこいやー!!」 カルロが剛剣と雄叫びで雑兵をなぎ払い、ライラ様がそれに続く。ライラ様に続いて走りながら、俺は拳銃に新しいマガジンを装填。 拳銃。アメリカで買って、ずっと荷物の底で眠らせてた未調整のコルトガバメント。弾丸が1カートンしかなかったら今まで使わなかったけど、今回ばっかりは大盤振る舞いだ。全然練習してないからまるで狙ったところに行かないけど、集団に向けて撃つなら関係ないしな!二年もほったらかしにしてたのにジャムらないし、いやあ良い買い物したわ。 いやしかし、コイツがあったとしても二人に手伝ってもらえたのは本当にラッキーだったな。そうでなきゃ混乱してるとしても王宮に力業で押し入るなんて無理だった。 「謁見室はこっちよ!」 アンフェスバエナ王の客分として王宮に入った事のあるライラ様が先導する。 謁見室、そこで今ラフシャドが虚無精霊の作成儀式を行っている。サーラ様を生け贄にする儀式を。だからこそ、このタイミングでの襲撃。間に合わなかったら虚無精霊にまとめて消されるという危険はあれど、最大の隙には違いない。 ……しかし、エラーヘフ陛下もどこからこんな情報とってくるのかなー。やっぱり魔法か……殺気!!「オラッ!」 広い通路の、右の柱の影から伸びた槍をカルロが弾く。「ケイッ!」 左の柱の影から伸びた、銀色の布のような物をライラ様が弾く。『先に』「行け!」「行きなさい!」 期せずして、カルロとライラ様の声がハモる。それを聞いて通路の真ん中を突っ切る。斜め後ろでもう一度金属の衝突音。多分、敵が手練れなんだろう。 振り返らない。あの二人に任せる。今は、心配する時間すら惜しい。
「うおわっ!?」 剣を回して連続突きを防ぐ。速い!「……傭兵か」 陰気な声でそいつが槍を構え直す。妙な槍だなあ。左手のとこに楕円形の小楯、その真ん中から槍が突きだしているような武器。……いや、こいつはもしかして。「管槍(くだやり)ってやつか?」「ほう?意外だな」「大陸の東側行った時に、ちょっとな」 槍の柄に、それより少し太い筒を被せて筒を左手で持つ武器。左手の摩擦がない分速く突き込めるって獲物だ。……まあ構えが限られるから戦場じゃあ使えない玩具だが、タイマンとなるとかなりやっかいだな。 「だが、ただの管槍と一緒にされては困るな。このバジリスク王家秘伝、死視槍を」 来るっ! 飛び退きながら、身をよじり大鉄角で受ける。一撃目は避けたところを、二撃目は剣と火花を散らす。そして三撃目は飛び退いた分届かない。 ――って、一呼吸で三発かよっ!くっそ、よく避けれたな俺。「ほう、この死の視線をよく避けたな」 なるほど、あの小楯が目をかたどっているから『死視槍』ね。分かったからってどうにもならんが。「だが、バジリスクの瞳からいつまで逃げ続けられるかな……?」 そいつが槍を構え直し、呼吸を整える。 ……さて、どうするかな。
うねりながら飛んでくる三匹の鋼の蛇を、その頭部を叩いて追い払う。「やるねい」 下品な笑顔ね。柱の影から出てきたその男の手には、三本の蛇が繋がっている。いえ、正確には蛇じゃない。鋼を薄くしなやかに鍛え上げる事によって出来る特殊な武器。 「軟剣……」「博識だねい」 軟剣。獅子の国で使われる蝶剣や唐剣と呼ばれる武器の流れをくむ武器。紙みたいにペラペラな鋼の鞭というというのが一番近いかな。扱いが難しくて修練中に自滅してしまう事も多いからそんなに使い手の多い武器じゃない。だからこそ、本当の意味で使える軟剣の使い手はそれだけで達人。その軟剣を、この男は一本の柄で三本使ってのける! 「トウダ王家秘伝、飛蛇帯。そっちはケツァルコアトル王家の双翼剣かねい?」 あんたの方がよっぽど博識じゃない。一目見てどこの武器か言い当てるなんて。「そんじゃ、羽根を持つ龍同士、腕比べといこうかねい」「あんたなんかと付き合う気なんか無いわよ」 確かに、軟剣は恐ろしい武器。受け太刀も見切りも難しいし、鎧を着ていても隙間に入り込んでくる武器だけど、幅が広くて軽いという致命的な弱点がある!「ルフ!」「フケイ!」 武器を吹き飛ばすべく放ったルフの、風精霊の風が、そよりともしなかった。敵の後ろに見える人頭の鶏――精霊!!驚くいとまもあらばこそ、バク転してその場を飛び退く。ほぼ同時に私を追って床に突き立つ三本の軟剣。 「まあ、誰でも思いつく対策だねい」 手首のひねり一つで剣を手元に戻しながら男が余裕綽々に言う。「だからこそ、対策の対策として『風を止める』ことに特化した風の精霊術を身につけたんだねい。あえて言うなら凪精霊ってとこかねい」 軽薄な口調に漲る自信。それは練習だけじゃ身に付かない、実戦に裏付けされた物。 ……くっ、認めたくはないけど、コイツ、私より強い!「そんじゃ、早く行こうかねい。あの黒ずくめ追わなきゃならないからねい」「させないわよ!」 サトルは、絶対に『やってのける』。雷精霊が相手だろうとラフシャドが相手だろうと、認めたくないけど、お姉様の為なら絶対に『やってのける』。だから、私も今できる事をやってのける! 「絶対に負けないんだから!」 眼前の敵じゃなく、走り去る背中に宣戦布告する。軽く手を振った黒い背中が曲がり角に消えた。
――数分前
黒ずくめの人影が王宮の通路を走る。鎖仕込みの黒いコート、鉄板入りの黒い帽子、右手に黒いカラーリングのコルトガバメント、スリングで肩から提げたバネ銃。その人影が、ついにたどり着く。 (雷鎚衆!) 通路の突き当たり、其処の大扉を守る二人を見て、サトルは迷わず拳銃を投げつけた。 いきなり投げつけられたそれを、とっさに魔法で撃墜しようとしてしまう。ヒトにはあり得ない動体視力、精霊術だからこその即応性。そして、それが結果として首を絞めた。 雷撃の閃光と、炸裂音。その一瞬後に二人分の悲鳴が上がった。「ぎゃああっ!?」「アヒイイイィィィイイイ!!」 雷で暴発した銃が、その破片を撒き散らす。全身を鋼で覆い顔を腕で庇ったサトルはともかく、間近にいた軽装の魔法使いには大打撃だ。 全身に傷を負い身もだえる二人に、「かっ」「ごぶっ」 サトルがすれ違いざまに、寸鉄を喉に突き込む。 どさりと倒れ込む二人を見て、サトルが大きく息をつく。 安心したのではない。この扉を開ける前に息を整える為だ。(この扉の向こうにサーラ様がいる) 『なんとなく謁見室っぽい』以上の根拠はないが、サトルには奇妙な確信があった。その確信に従い、バネ銃を巻き上げ、懐から出した小瓶の中身を呷る。「クシャスラ、抵抗ゼロ」「あいさー!」 呼びかけに答えて出てきた精霊の少女の、気合いの入った声。サトルにとって誰よりも、サラディンよりも頼もしい声。その頼もしさに今更気付いたわけでもないが、それでもサトルはその言葉を今この時に口にした。 「クシャスラ。……ありがとな」「――っ!お礼はまだいっちゃだめれす!れきれば、後でもっと肉体的な物れしてほしいれすっ!」 弾かれたように抗議するクシャスラ。その剣幕を苦笑一つで受け止めて、サトルは謁見室の扉を開いた。
扉を開けて最初に目に入ったのは、手首で結構高いところに吊されているサーラ様。そして、そこから少し手前に一人のヘビ。静かな怒りを湛えてその背に紫電を纏う精霊を背負っている。 「サトル!」 この場の第一声はサーラ様で、でもその次に続ける言葉を迷っているみたいだ。一拍おいて出てきた言葉は、まるで泣いているような声。「……よくぞ、来てくれた」「光栄の至りです。……で、あんたがラフシャドか」「お前が銀輪の従者か」 互いを確認した後、また一拍間が空く。次の台詞は同時だった。『案外、普通だな』 一言一句同じ感想に、二人とも少し驚き、そして少し笑って、「くらえっ!」「アエーシェマ!」 閃光が視界を白く染め上げた。
他に、かける言葉がなかった。 ラフシャドを道連れにする覚悟もあった。 サトルに死んで欲しくないというのも偽らざる本音だ。 でも、それ以上に、また会えたのが、ただ、嬉しくて。 他に、かける言葉がなかった。
「よっ!おらっ!うおっ!?」 途切れることなく突き出される槍を、避けて、受けて、また避ける。 戦い始めてから数合、いまだカルロは攻め手に回る事が出来なかった。 間合いの問題ではない。元より、死視槍は通常の槍より短く、カルロの大剣は長い。間合いはほぼ互角と言っていい。 だが、その速さ。特に、手数の多さが尋常ではないのだ。突く、引く、この二動作を異様に太い右腕で行い、異様に太い左手首で微調整する。ただそれだけの動作。 だからこそ、それに特化してひたすらにそれを繰り返し続けた動作は淀みがなく、限りもない。(まるで壁だな!) 切っ先という『点』で『面』を作り上げ、その面で相手をまさに圧殺する。 たまに繰り出されるカルロの反撃は、悉く突きで撃墜されるか左手の小楯に阻まれる。(くっそ、攻め手が見つからねえ!!) 突いてきた穂先をやけくそ気味に切り上げ、稼いだ時間で後ろに大きく飛ぶ。いったん距離をとって息と考えを整えようとする。「上手く避けるな」「……まあな」 この短い間に200回以上の突きを繰り出して、なお男は息を乱していなかった。(攻め疲れを待つのは無謀だな) 対してカルロは体中を槍でかすめられた傷を作り、息も乱れている。この状態でむやみに打ちかかっても返り討ちに遭うだろう。だが、このままではじり貧だ。 そのカルロの心中を読んだのか、男が声をかけた。「だが、この毒蛇の視線を避ける事は出来ても立ち向かう事は出来まい。それがカモシカの剣の限界よ」「あん?」「持って生まれた才と腕力だけに頼るような剣術の限界と言ったのだ。武の理を追う事もせず、ただ戦場で振り回すだけの獣の剣……。我ら鱗持つ民の敵ではない」「……てめえ、ちょっとイラッときたぞ。おい」 カルロが右足を大きく引きながらゆっくりと剣を担ぐ。正面から背中が見えるほどの極端な半身。頭は敵に正対させたまま限界まで上半身をひねって溜めをつくる。「見せてやるよ。俺の剣じゃなくて、親父から教わった剣を」「……ほう、面白い」 どう見ても限界まで溜めた威力を叩きつけるだけの構え。そのわかりやすすぎる構えを前に男は笑みを浮かべる。力任せを嘲った上でなお、力任せを叩きつけてくるであろうカルロを嗤う。だが、その威力を見くびる事はせず、男はやや穂先を下げて心を落ち着ける。 ――一瞬の静寂。その次の瞬間、カルロから動き出した。 よじった身体を戻しつつ、全力で剣を持つ右腕を、引き絞った。 同時に右肩で剣の柄本を、押し出す。 右手を力点、右肩を支点とする梃子の逆原理。短く強力なトルクを高速のストロークに換える物理現象。その結果として剣の切っ先が通常ではあり得ない加速を得る。 その切っ先の速度を殺さないままカルロは剣を突き出す。回転モーメントを全身全霊で直進モーメントに修正して全速力の突きを繰り出す。 そのカルロの突きを、男の突きが迎え撃つ。ほぼ真っ正面から剣と槍が交錯し、槍が勝った。 女性の背ほどもある大剣が跳ね飛ばされたのに対して、槍を突いた男は少し姿勢を崩しただけだった。あまりの衝撃に手にしびれを憶えたが、それだけ。次の一撃での勝利を確信する。 だが、それよりも早くカルロの左手が伸びた。武器を失った、いや、姿勢を確保する為に武器を捨てたカルロが男が構え直すより早く飛び込んでくる。 しかし、それでもなお男の槍はカルロの動きに勝った。踏鞴を踏みながらも突きだした槍がカルロの左手をミトンごと貫く。 その槍が、引っ張られた。貫いた穂先をそのまま左手が掴み力ずくで引きずる。そうして引きずり出された槍の柄。そこに、カルロは全力で右腕を叩きつける。 ばきり、と折れた音。 折れたのはカルロの右腕だった。 槍を持った男が飛び退いて距離をとった。穂先が手のひらから抜けて血が噴き出す。カルロの右腕は見て分かるほど折れ曲がっており、指に力が入らないようだ。「狙いはいいが、この死視槍。柄にも鉄棒を仕込んでいる。無駄な事をした――!?」 槍を構え直そうとした男の言葉が止まる。槍が管を通らない。あり得ない感触と、今更ながら気付いた愛槍のバランスの狂い。おそるおそる見下ろすと、其処に原因があった。カルロが右腕を叩きつけたところが曲がっていた。折れない、切れない、鉄の槍がへし曲げられていた。 「くっ!だが貴様はもう両腕が使えな――!!」 武器を投げ捨てて男が素手で構えようとしたとき、すでにカルロは動いていた。大きく振りかぶった頭を、斜め上からヘビの頭に叩きつける。悲鳴すら上げられず、男が後ろに倒れかける。それをなんとか踏みとどまったとき、止めの一撃が来た。 振り下ろした頭を地面すれすれまで振り抜いて、カルロが狙いを定める。鋭利な自慢の角の先が男の脇腹に触れたと分かった瞬間、カルロは上半身を跳ね上げた。二本の角が、ヘビの肺腑と肝臓を抉った。 「お、お、おおおおおおおらああああああ!!!」 勢いを殺さずに身体を跳ね上げると、当然、男の身体が背中側に投げ捨てられる。 どさりと、死体が地面に落ちる音を聞いてカルロが吐き捨てた。「どうだ、面白かったかよ?糞野郎」
ライラは近づく事すら出来ないでいた。 カルロの敵のように手数が多いわけではない。むしろ一撃の速度は遅いと言ってもいい。だが、(動きが、読めない!) 緩やかに、言い換えれば滑らかに、三本のくねる剣先が全くの別方向からそれぞれ急所に向けて同時に突き込まれる。鞭や鎖にはあり得ない、帯状の武器だからこそ出来る軟剣独自の動き。それをこの男は柄に仕込んだ絡繰りを介して繰り出していた。 迂闊に打ち払えば弾性に富んだ刀身がランダムに跳ね回り肌を切り裂く。紙一重で避ければ、引き戻された刀身が帰りしなに皮膚をひっかいていく。頑強な骨や腱を断ち切る力はなくとも、動脈一つ断ち切れば人間は死ぬ。 (こーゆーのは私じゃなくてサトル向きの相手でしょう!!) 全身を鎖帷子で覆うサトルならば、急所狙いだけに気をつけて強引に突っ込む事も出来るだろうが。動きやすさを重視して(かつ、仔猫を捕まえる為に)肌の露出の多いライラの格好では自殺行為に等しい。 だが、心の中で悪態を付いたところでサトルが戻ってくるわけでもなく、ライラは迫り来る切っ先を斬り流す行為に集中する。幸いにして、防御に優れた双翼剣は今までの所敵の攻撃を凌ぎ続けてはいるが……。 (いつまで続くのよ!この連続攻撃は!) 一撃一撃は遅く軽いとしても、それが間断なく襲い来るとなれば油断は出来ない。かといって強引な反撃は敵の思うつぼだろう。 苛立ちが焦りを産み、焦りがついにミスを誘った。 受け太刀に、うっかり力を入れすぎる。弾かれた軟剣の切っ先が、別の切っ先にぶつかり顔をかすめた。さくりと頬が裂け、肉まで達した。「きゃっ!」 痛みやダメージよりも驚きで悲鳴を上げ、思わず後ろに跳びすさる。追撃は、何故か来なかった。「ありゃ、ごめんねい。女の子の顔に傷を付けちゃったねい」 嘲る様子もなく、気安い調子で男が謝罪を口にする。「馬鹿にしてんの?真剣勝負の最中に……」「別に馬鹿にしちゃいないねい。そのきれーな顔に傷を付けるのはもったいないなーって話だねい」「……」 ライラの沈黙をどう受け取ったのか、男は飛蛇帯を自身の周りにたゆたわせながらぺらぺらとしゃべり続ける。「せっかくの美人なんだから、それなりに外面取り繕って金持ってる男のとこに嫁に行けば食うに困る事もないだろーにねい。まあプライドとかあるんだろうけどねい。でもこんなとこで刃物ブン回してあげくに斬り殺される人生よりは、よっぽど得だねい。あ、そうそう。言い忘れたけど降服するならいつでも受け入れてあげるねい。おいらだって、女の子に剣を突き刺すよりは別のもの突き刺す方が嬉しいしねい。ああ、もちろん無理矢理するような野暮天な真似はしない……」 「黙れ」 ライラがブチンという幻聴を聞いたと同時、二人の間の気温が一気に氷点下まで落ちた。いや、ライラから噴き出した殺意の波動がその錯覚を作り出した。「最後に一つだけ慈悲をかけてあげる。三つ数える間にボッコボコに叩きのめされる覚悟を決めなさい」「謝れとかじゃないんかねい!?」「3・2・1……」「しかもカウント早いし!?」 悲鳴を交えながらも、男の繰り出した飛蛇帯がライラを狙う。だが、その剣が届く前にライラは双翼剣を持ち替えた。 剣を反転させて、その切っ先を掴む。今までのトンファーのような構えから、鎌の二刀流のような構えに。当然刃が手のひらに食い込み、出血する。だが、それを気にせずライラは両腕の剣を振るった。 「なんとっ!?」 鎌のように横に突き出た柄の形状を利用して、ライラは軟剣を絡め取る。三本の軟剣を二本の双翼剣で絡め、ライラは更にそれを真上に投げ上げた。「と、とわっ!?」 反射的に引き戻そうとして、動きが止まる。今まで全くあり得なかった反撃に、どう対処して良い物か一瞬迷い、その一瞬が勝負を決した。「ひゅううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……――」 剣を投げ上げると同時に、男の懐に、それも肩と肩が触れるような超至近距離まで飛び込んだライラが大きく息を吸い込む。十分に息を吸い込んだ後、それは開始された。 「ちょ、ま、おぶ、おぶぶ、ぶぶぶぶぶぶぶばばばあばばばばああららばらぁ!?」 まずは肘。次に肘。その次は肘の二連撃。そして肘。肘。肘。肘。肘。肘。肘。肘。肘。肘。肘。肘、肘、肘、肘、肘、肘、肘、肘、肘肘肘肘肘肘肘肘肘肘肘肘肘肘肘肘肘肘肘肘肘肘……。 対サトル用に考えていたライラの奥の手。肘打ちだけによる超至近距離から胴体に向けての高速無呼吸連撃。肉を打つ音が振動音のようにも聞こえるほどの異常なまでの回転数。その継続時間、実に一分三十秒。 「お、おぱあ」 連撃の果てに、悲鳴とも単なる血泡ともつかない声を出して男がくずおれる。それを確認してからライラがやっと息を吐き出した。「あんたなんかね、目じゃないのよ」 なんの話?聞き返す事すら、男には出来そうもなかった。
――一分前
閃光、轟音、そして、「ぐっ!」 二人がよろめく。鉄球にしたたかに打たれた左肩をラフシャドが押さえ、全身から薄い煙を上げながらサトルが踏鞴を踏む。だが。「何故倒れない!?」「ぬるいからだろ」 明らかに驚愕のはいったラフシャドの問い。全力、とまではいかないがそれでも手加減抜きの一撃。直撃すれば人間はおろか駱駝でも即死するそれをうけて、それでもサトルはまだ立っていた。 ガチリ、と言う音がラフシャドを自失から引き戻す。サトルがバネ銃を再び構えた事に気付き、ラフシャドは反射的に雷撃を飛ばす。 二撃目も同時だった。サトルの鉄球はラフシャドの右腰にあたり、ラフシャドの魔法はサトルの全身に浴びせられる。二人とも衝撃によろめき、ダメージを蓄積し、だが、まだ倒れない。 「――くっはあ!やっぱり喰らいながらだと狙いがぶれるな」「……!! 貴様、わざと同時にやっているのか?」「でないと、防がれるだろ。いくらあんたが優れた魔術師でも全力の攻撃と全力の防御は同時にできない」 事実だった。単に攻撃と防御を同時に行うだけなら可能だろう。だが、魔法とは意志の力だ。二つの事を同時に『全力で』思い描く事は、人格が二つ無ければ事実上不可能だろう。一人の人間がそれをやるとなれば、精霊の力を持ってしてもそれぞれの力は半分以下に落ちる。そして、その半分以下の力では、 (この男は、倒れない!!) 黒い帽子の下からサトルの視線が覗く。鋼と奈落の色を思わせる黒い瞳、そこから放たれる殺意。ダメージがない、わけではない、ないはずがない。よく見れば手足も震え、肉の焦げる匂いも鼻を突く。だが、その程度でこの敵は倒れない。この殺意は止まらない! 「どうしたよ。びびってんのか?」「くっ……なめるな!!」 今度は、渾身の意志を込めての雷撃を放つ。軽い目眩がするほどの魔力の放出。非凡な魔術師、そのなりふり構わない一撃。引き替えに得たのは、鳩尾への衝撃。「ご、ばあっ!」 一瞬鳩尾にとどまった鉄球が床に落ちる音が大きく聞こえる。喉を逆流する熱い感触に逆らえず、ラフシャドは朝食とともに胃液を盛大にはき出した。 だが、ラフシャド渾身の一撃は無駄ではなかった。より大きな煙を上げサトルが膝を突く。よくみればその全身、いや、身につけている物が所々赤く光っている。 サトルが雷撃を避けるに講じた策の、その結果だった。クシャスラの力を使い、身に纏う全ての鉄製品の電気抵抗を出来る限り下げる。スパイク仕込みの靴と、こっそりズボンの裾から垂らした針金で出来うる限り、電気を床に逃がす。 だが、多少なりとも身体に電気は流れる。そして、鉄に流れる電気が発熱する事は避けられない。今のサトルは、電熱線を体中に巻いているようなものだ。(ま、ますたぁ!鉄を冷ますれすよ!)(いいから、電気抵抗にだけ集中しろっ!!) 頭の中に響くクシャスラの悲鳴に、サトルは怒声で答える。 電気は直接筋肉を動かす。これは、脊椎反射以前の生理反応だ。だから意志の力で押さえ込む事は出来ない。だが、焼きごてを押しつけられて発生するのはただの痛みだ。 (痛みなら、なんとでもなるんだよ!!) だれに、と言うわけでもないが、心の中でそう叫んでサトルが立ち上がる。それに合わせたわけでもないだろうが、ラフシャドも同時に立ち上がる。「……何故立てる」「……そりゃこっちが聞きたいよ、何でコイツを鳩尾に喰らって立てるんだよ」 そういいながらも、サトルはバネ銃を巻き上げ不自然な軽さに気付く。(なんでここでバネがへたれて……あ!電熱か!) 一般的に金属は熱で溶ける。だが、溶ける前の段階でも物性は変化していくのだ。そして、金属の弾性は一般的に高温になればなるほど減っていく。ましてや今、サトルの持つバネ銃は手のひらを焼くほど熱くなっているのだ。 (これは想定してなかったな。まともに弾が出るのは次が最後か) バネ銃の装填数は5発。だが、この調子なら次の相打ちで銃自体が歪むだろう。 だが、それでもお互いにやる事は変わらない。 4度目の殺意が交換される。 より大きな雷と、少しずつ威力を削がれる鉄球。 雷は再びサトルの全身に浴びせられ、鉄球はラフシャドの胸に当たる。「がっ!」「ごふっ!」 ラフシャドは胸を押さえ、だが、先ほどのように嘔吐する事も倒れる事もない。対して、サトルは膝を……付こうとする寸前、バネ銃に額を打ち付けて耐えた。 ところどころ赤熱する黒いコート。いや、ついにそのコートの布の部分に発火する。だが、それでもサトルは倒れない。「なぜ、何故死なない!?」 ラフシャドには、サトルがどうやって雷を防いでいるのかは分からない。雷を知ってはいても電気を知らないラフシャドに避雷針などという発想など無いからだ。だがそれが分からなくても、サトルの纏う鎖帷子が赤熱している事は分かる。そんな物を着せられて、生きていられる人間などいるはずがないのだ。 鉄板仕込みの帽子にも火がついたので、サトルはそれを脇に投げ捨てる。ついでに、用をなさなくなったバネ銃も。 そうしてようやくラフシャドの目にサトルの素肌が目に入った。その素肌が、火傷が、バネ銃に打ち付けた額の傷が、みるみるうちに治っていくのも目に入った。「な、なんだ、何故治る!?」「……ラドン家の、秘薬、だってさ」「ラドン家……秘薬……『黄金の林檎』か!?」 その種明かしに、ラフシャドはよりいっそうの混乱に陥る。知らないからではない、知っているからこそ混乱する。 錬金術の名家、ラドン家の『黄金の林檎』。あらゆる傷を10分で完治してのける治癒の霊薬。逆に言えば、飲んでから10分以内に付けられた傷なら即座に治るということである。しかし、その代償は痛み。傷を負ったときの10倍の痛みを服用者に課す。主に拷問に使われるとも噂されるほどの、凶悪なまでの副作用。 つまり、今のサトルは、全身に焼きごてを当てられる痛みの10倍の痛みを味わっている事になる。「正気か、貴様ァ!!」「いるかそんなモン!!」 正気を不要と言い切ったサトルが腰の後ろから何かを引き抜く。炭化した皮から出てきたのは、竹の棒。先端に何かが巻き付けられ糸巻きの様になったそれを、バネ銃のようにラフシャドに向けて叫ぶ。 「最後の、勝負だああああああああああああぁ!!」「ぬうおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!!」 サトルの気合いにラフシャドも魔力を練り上げる。今までで、最大の雷を。渾身の、更に上を。この、ヒトの姿をした狂気を叩き伏せるだけの威力をラフシャドは求めた。 ひときわ大きい轟音が、謁見の間を揺るがす。 ラフシャドの視界が、自らの魔法で白く染め上げられる。それが止んだとき、見えたのはゆっくりと仰向けに倒れようとするヒト。両手で持った竹の棒も一瞬で炭化している。その表情には力が無く、手足も硬直している。 (……勝った!) ラフシャドが勝利を確信する。 その直後に感じた殺気にラフシャドは振り返った。 サラディンが跳んでいた。壁を蹴ってラフシャドへと跳んでいた。サラディンを吊り上げていた鎖が半ばからちぎれ、それをちぎったであろう何かが謁見室の石のレリーフにめり込んでいた。
コイルガン。 それが、サトルがラフシャド用に用意していた最後の武器だった。 文字通り、コイルを使って瞬間的に強烈な磁界を作りだし、強磁性体の弾体を加速させる武器。 サトルは竹の棒の先端に針金と膠で作ったコイルを巻き付け鉄球を竹筒の底に入れていた。クシャスラの力で針金の電気抵抗は限りなく小さくなり、細くとも大きな電流を流す事が出来るようになる。構造的にはこれで十分。後の問題は、電源だ。電磁石で加速を得る以上、威力を出す為には瞬間的且つ大電流の電源が必要になる。 瞬間的且つ大電流の電源。 自然界の現象に喩えればそう、雷のような。
振り返り仰ぎ見れば、其処には戒めから解き放たれた一人の少女。「ラフシャドオオオオオオオオオオオオッ!!」 そして彼女の振りかぶる、一本の剣。(剣、だと?どこにそんなものを――) その疑問が、ラフシャドの隙になった。 飛び込んでくる少女の真っ直ぐな振り下ろしの一撃。 あまりにも自然で、機能的で、研ぎ澄まされて、滑らかで、熟達していて、美しすぎる一撃。 鋼の刃の感触が頭頂部から股間まで切り裂いた後に、始めてそれが危険な物だと気付いた。そんな一撃。 殺された、そう気付いてから傷が開いた。
コイルガンの一撃がサラディンの鎖を断ち切ったのが、狙ってやったものなのかはサラディンにも分からなかった。ただ、自分が落ち始めたときには、身体が勝手に動いてた。壁を蹴って跳ぶ。ラフシャドに、仇に、サトルの仇に向かって跳ぶ。 「ラフシャドオオオオオオオオオオオオッ!!」 振りかぶる。空の両手を。 殺意で真っ白に染まった頭が勝手に身体を動かす。 着地しながらの振り下ろしの一撃。存在しないはずの剣が、なぜかラフシャドの命を絶つ手応えを返してくる。 殺した、そう確信してから血しぶきが舞った。
正中線から血を噴き出して、ラフシャドが倒れた。 傷一つ無いローブの内側で、血が噴き出し、だがすぐに止まる。 頭頂部から股間まで、真っ直ぐに刀傷が走っているのに、服は寸毫たりとも切れていない。 そして、サラディンの手にも剣など握られてはいなかった。 だが、その現象にサラディンは心当たりがあった。(純然たる殺意と裂帛たる気迫、そして完璧な一振りが敵に死を錯覚させることができる) かつて、師が教えてくれた言葉、それが蘇る。(死を錯覚したものは、切られたと思いこんだ場所に傷を作り、死に至る。喩え剣を持っていなくても、それが剣聖竜王ナーガ・ラジャのいう七つの境地の一つ。武の利、意の利をもって斬る境地) 「利剣……」 その一撃が、仇敵を倒した事を理解して、「サトル!!」 しかし感慨も感想もなく、サラディンは謁見室の短い階段を駆け下りた。 * * *
――その時
戦いは収束の気配を見せていた。 いや、戦の動向を言うのであれば、サトルが謁見室に入ったときに決まったと言えるだろう。なぜなら防衛軍が期待していた虚無精霊の召喚が、ほぼ間違いなく妨害される事が決まったからだ。その事実は指揮官達の志気をくじき、アディーナ軍のスタミナ切れの寸前に彼らを降服させた。 だから両腕が使えなくなったカルロとライラの二人が謁見室まで行くのも難しい事ではなかった。時折かかってくる破れかぶれの雑兵を文字通り蹴倒し、謁見室の開いた扉の前までたどり着く。 其処で見たそれは、まだ人間の形をしていた。だが、その両腕は真っ黒に炭化している事が遠目にも分かった。ラドン家の秘薬が効いてるはずなのに再生しない。決戦前にたらふく腹に詰め込んだ蛋白質すら使い果たし、体力も使い果たし、いま命を使い果たそうとしている。 そして彼に縋り付いてすすり泣く少女。大粒の涙と泣き声、それを押しのけて喉の奥から声を出して彼に呼びかける。 それに答えたのだろうか。彼の右腕が上がろうとして、炭化した手首が崩れて落ちた。 絶叫が響いた。
あ、無事だったん、ですね、サーラ様「……トル、……ぬな!死ぬんじゃ……」 よかった。本当に良かった。「なん……聞い……まだ……かないで……」 ああ、でも、これはだめかな、声が、遠く、なって クシャスラ、お前は……(最期まで、いっしょがいいれす) そうか、最期まで、すまないな「ごめ……たしが……なきゃ……」 なんで、泣くんですか、サーラ様の、幸せは、これから、なんだから―― 「……ねえ……て、目を……中に……子が……」 ああ、サーラ様、泣かな――いで――
「父を知らぬ異形の王 かくて沙漠を平らげり……」 未だ少女と言っても良い年齢の吟遊詩人が、皇帝譚を締めくくった。酒場の聴衆は彼女に拍手を送り、だが、誰もおひねりを投げない。代わりに期待するかのような視線を詩人へと送った。 皆、知っているのだ。これで終わりではないと。これで終わらせる詩人などいないと。 双翼剣を腰に穿いた詩人は、聴衆を焦らすかのようにゆっくりとした仕草で傍らの酒杯で喉を湿らせる。蜂蜜酒が喉に染みいったのを十分に待ち、駱駝琴を構え直す。そして、大きく息を吸い朗々と語り始めた。 「再び沙漠を一つにまとめ上げた偉大なる女帝の物語、『機械帝アルサトラ・アンフェスバエナ・ティアマトー一世陛下の勳し』。最期までご静聴ありがとうございました」 タコの付いた固い指先がゆっくりと弦をつま弾く。ぽろんぽろんと流れ出した音が夜の沙漠を思わせる曲を形作る。「ですが皆様、これでは少々物足りない様子。今宵は長く、そして夜はまだ始まったばかり。ならばもう少々おつきあい下さい。これより語るは、偉大な女帝の母と名も知れぬ従者の物語。放浪女王と銀輪の従者の物語……」
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