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.*この花弁は悪意 ◆DGGi/wycYo ――真実は偏に、カードの裏/表  ✻  ✻  ✻ 犬吠埼樹が死んだ。 いつかこうなると、分かっていたこと。 皆が死ぬというのも、覚悟していたこと。 もうどうにもならないと、諦めは付いていたこと。 「……そう、か」 だが、私はいい。勇者部の皆はどうだろうか。 友奈、風、夏凜。私同様にこのゲームに呼ばれている彼女たちは。 特に風。先刻あの旅館で話をしたところだが、感情的な彼女のことだから今頃大泣きしているかも知れない。 或いは……吹っ切れて、どこかで暴れているだろうか。 夏凜と友奈はどうだ。 風は夏凜と遭遇したらしいが、何があったかまでは聞いていない。 “ただ、一緒に戦うとなると、勇者部の皆を思い出しちゃう、っていうか” こう言っていたくらいだし、大方逃げてきたというところだろう。 そもそも、夏凜が殺し合いに乗るような性格だとは思えない。 遭遇したら……殺すことになるだろう。 友奈は……友奈は。 きっと、風同様に泣いているに違いない。 友奈も殺し合いには乗らないだろう。彼女も、手にかけることになるだろう。 ――なるのだろうか。 優勝し、願いを叶えて世界を滅ぼしてしまえば、どうせ皆死んでしまうのに。 友奈までも、殺すのだろうか。 「(……駄目)」 これだけは、白黒つけることが出来ない。 きっと樹のように、他の誰かが勇者部の面々を、友奈を殺してくれる。 死ぬ姿なんて見たくない。心のどこかで、そう願っているのだろう。 どんな環境で育ったからとはいえ、幾ら覚悟を決めたとはいえ。 東郷美森にとって、親友を、友奈を殺すということ。 それだけは、割り切ることが出来なかった。 いつかそんな局面が起こるかも知れないというのに。 考えているうちに、大きな建造物が前方に姿を現す。 地図を見る限り、『アナティ城』だろうか。 友奈たちのことを思考の隅に追いやり、東郷は一度アナティ城へと寄り道をする。 支給されている黒カードがスマホしかない以上、普段の自身は丸腰、それも車椅子だ。 何か今後に役立つ物資が欲しいところではあるし、何より少々疲れた。  ✻  ✻  ✻ 放送を淡々と聞き終えた浦添伊緒奈は、アナティ城を物色しているうちに薄暗く狭い部屋に来た。 その手には厨房から持ち出したナイフが握られて、背中には兵士たちの武器庫から失敬した弓矢を担いでいる。 武器庫には大剣もあったが、“ウリス”ではなく“浦添伊緒奈”の身体で扱うには少々無理がある。 鎧を纏うかどうかも少々悩んだが、機動力が落ちることも考えた結果やめた。 彼女にとって、死者の読み上げなど心の底からどうでも良いものだった。 最初に殺した男の名前などとうに忘れたし、次に会った空飛ぶ男の名前は知るつもりもない。 強いて気掛かりだったのは禁止エリアの件だったが、幸いこの近辺は安全そうだ。 だからこうして堂々と物色に勤しんでいたのだが。 「ほんっと、カビくさい城ね……ん?」 異様な雰囲気を放つその部屋は、毒々しい色をした茸、今にも叫び声を上げそうな植物、何かの臓器……。 城の備品と言う割には、随分と物騒な物に溢れていた。 一際目に付くのは、部屋の隅に描かれた魔法陣らしきもの。 それらはまるで。 「黒魔術の工房……?」 とりあえず役に立ちそうなものがないか、手当たり次第に棚を探る。 空っぽ、よく分からない物、空っぽ、何かの材料。 埃まみれの棚には、まるで使えそうな物が見当たらない。 もし仮にあったとしても、魔術や薬学に精通していない伊緒奈にとっては無理な相談だった。 テーブルの上も全て、何かの材料や実験道具らしき物に溢れている。 「……クソったれ」 一言、そう結論付けるには十分すぎた。 最終的な戦果はナイフと弓矢だけ。やはりあの空飛ぶ男に奪われたマシンガンが非常に惜しい。 部屋を去ろうとして……伊緒奈は、城に誰かが足を踏み入れる気配を感じた。 気取られないように、物陰から気配の正体を探る。 車椅子に乗った少女が周囲を警戒している姿が目に入った。 そのままどこかへ向かう少女を観察し、ニヤリと笑みを浮かべる。 今までに遭遇した2人は、いずれも道具にする価値もない程度の相手だった。 だが、ここに来てようやくの獲物になり得る人間だ。逃がすわけには行かない。 手に持っているそれを持ち替え、こっそりと少女の後を付けた。  ✻  ✻  ✻ 城内の狭い通路を移動していた東郷美森は、朝日の差し込む大きな広間に出た。 羽の生えた像に囲まれ、中央にでかでかと位置するのは巨大な龍の像。 青カードから出した「はるかす」を飲みながら目を凝らすと、龍の頭部には鎧の騎士が跨って剣を突き刺している。 まるで勇者ではないか、と思わず苦笑した。 龍/バーテックスからの侵略を防ぐために、剣を抜いて戦う騎士/勇者。 羽の生えた像は……神樹か大赦にあたるだろうか。 「もっとも、そんなに綺麗事ではないけれどね……」 そう。いかにもありがちな御伽話なんかと違い、東郷たち勇者の真実は――。 少し時間を無駄にした。 先を急ごうとする東郷の右耳に、コツン、とわざとらしい革靴の足音が聞こえて来た。 「!!」 この時、東郷の身に降り掛かった不運が3つある。 後方からの不意打ちに驚いたあまり、思わずスマホを取り落としそうになってしまったこと。 もたついた一時のタイムラグを縫って、相手が左目に赤い何かを飛ばしてきたこと。 「ッ――!」 そして、思わず左目を押さえてしまったその隙に、素早い動きで右手首を掴まれ、 「ご苦労様」 ――スマホを、奪われてしまったこと。 「始めまして、私は浦添伊緒奈。あなたは?」 「……東郷…美森」 伊緒奈と名乗った相手が持っていたのは、赤い光を放つレーザーポインター。 成る程、これで目潰しをして時間を稼いだということか。 「何をそんなに睨んでいるの? 奪われたコレが惜しい?」 「……」 「それとも……奪われたら困るだけの『秘密』があるのかしら」 「……っ」 あくまで表情を一貫させていた東郷が、この時ばかりは少しだけ顔を顰めた。 伊緒奈は、それを見逃しはしなかった。 そして、嘲笑を浮かべると、スマホの画面をタップし―― ――薄青紫の花弁に包み込まれた。 東郷は目を疑った。 まさか、勇者部以外にそれを扱える者が居ようとは。 或いは、誰でも扱えるように主催者が何かテコ入れをしたのかも知れない。 花弁が飛び散ると、更に目を疑う様相が展開されていた。 ついでに言うなら、伊緒奈自身も驚きを隠せなかった。 よく知っている姿と違う点として、全体的に青みを帯びているが。 その姿は紛れも無く、ウリス――ルリグのそれと、何ら変わりなかったからだ。 右肩にはロベリアの花があしらわれ、武器は東郷のそれとまったく同じ、複数の銃。 伊緒奈はその内の1つを手に取ると、彼女の額に押し当てる。 「バイバイ」 動作1つに手間取った結果が、これか。 抵抗することもなく、大人しく目を閉じる。 思い返すのは、これまでの行動全て。これが走馬灯というやつか。 それでも、失われていた2年間の記憶はどこにも見当たらないのだな、と苦笑いしたくなる気分に駆られ。 ……一向に引かれない引き金に、痺れを切らして目を開けた。 「なんて、言うと思った?」 既に伊緒奈は変身を解き、スマホ片手にケラケラと笑っていた。 「……馬鹿にしているのかしら」 「そんなつもりはないわ。ちょっとした“取引”をしましょうっていうのよ」 「取引ですって?」 怪訝な顔を露にする東郷を意に介さず、伊緒奈は続ける。 「あなた、知人の誰かが殺されたでしょう。 そして、あなた自身も既に誰かを殺している」 「……!」 培った勘があるとはいえ適当にカマをかけたつもりだったが、どうやら図星だったらしい。 「どう? 私と組んでみないかしら」 それは、悪意に満ちた誘いだった。 「なにぶん私もこのゲームに勝ち残りたいクチなんだけど、いかんせん手札が悪くてねえ。 これなんかもこの城で調達したってワケ。そこで「いいですよ」 伊緒奈の言葉を遮ってまで誘いに乗った東郷の顔を、しげしげと見つめる。 「いいですよ。一時的になるとは思いますが、共同戦線を張りましょう」 「……そう、なら話は早いわね。とりあえず、食堂で朝食にしながら情報交換と洒落込みましょうか」  ✿  ✿  ✿ 食堂、というよりはパーティー会場に近いホールで黙々と朝のエネルギーを摂る2人。 東郷はうどんを啜り、伊緒奈は片手間で食べられる握り飯を頬張る。 ここまで東郷が提供した情報は、 ・伊緒奈の言うように、既に2人以上殺した ・知り合いと温泉旅館で出会い、互いに協定を結んだ ・スマホで変身すると、複数の銃器を扱える 対する伊緒奈は、 ・1人と遭遇、後に別れた ・次の遭遇した男に襲われ、一時意識を失っていた ・スマホを奪った理由は、ただ手に持っていたから程度のもの 元いた世界や他の知り合い等踏み込んだ話は一切せず、教えるつもりのない情報は全て隠し、嘘偽りで塗り固めた。 2人はそれ以上話もせず、付け入ろうともしなかった。 「御馳走様でした」 「じゃあ、今後の方針だけど」 朝食が終わると、伊緒奈は背負っていた弓矢を差し出してきた。 「あなた、こういうの出来るかしら」 「大丈夫ですよ。車椅子なので少々不安定ですが、アーチェリーの要領でどうにかなると思います。 身体には染み付いているので」 記憶は無いけれど、と心の中で付け加える。 当時の知り合いだった乃木園子曰く、失われた2年間の間に愛用していた武器、らしい。 ならば、記憶が散華していようとも身体は覚えているだろう。 無論、車椅子でも安定して撃てるように試し撃ちは必要だろうが。 「ならこれはあなたにあげるわ」 「スマホは預かっておくつもりなんですね」 「必要になったら返すわよ。あくまで『契約料』といったところかしら」 「……では、必要な場面で」 やけにすんなり引き下がったな、と不審がりつつも、伊緒奈は続ける。 「目的地は?」 「私は当初の予定通り、市街地に向かうつもりです。 風先輩との協定もありますから」 「奇遇ね。じゃあ決定」 会話がひと段落した後、東郷は軽く弓の試し撃ちをする。 ホイールが動かないようにロックを掛けてしまえば、存外どうにかなるものだった。 スナイパーライフルよりは精度が格段に落ちるが、極端に困るという程ではない。 「車椅子の方は大丈夫かしら」 「結構です。一人で大丈夫なので」 こうして2人は、アナティ城を後にした。  ✿  ✿  ✿ 【side:東郷】 上手く隠し通すことが出来た。 スマホの主導権を握られてしまったのは手痛いが、このまま伊緒奈に戦わせるのもいいかも知れない。 満開の代償を恐れている自分にとって、それを代理してくれる“生贄”の存在は非常に好都合だ。 彼女の満開ゲージは0だったが、自分は4。 神社での一件もあったお陰で、変身を躊躇する理由にするには十分過ぎた。 「(いつだって、犠牲になるのは何も知らない者ばかり)」 だから、勇者の実態を知らない浦添伊緒奈を利用する。 やっていることがまるで大赦そのものだな、と苦い顔をした。 【side:ウリス】 妙にあっさりしている女だな、と思った。 スマホの件もそうだが、同盟に至っては言葉を遮ってまで同意して来た。 「(……随分と手の掛かる手札を引いちゃったかもね)」 彼女もこちらを利用する腹積もりか。 どちらにしても、とスマホを弄る。 6時から解放されたというチャット機能と名簿を見比べながら、文面を打ち込んで行く。 “風先輩”とは“犬吠埼風”のことだろう。そして、同じ苗字であり赤いバツ印のついている“犬吠埼樹”。 こんな苗字がそう簡単にあるものではないし、血縁者、ひいては東郷美森の知り合いと見ていいだろう。 『東郷美森は犬吠埼樹を殺害した』 だから、電子の海中にその文言を放り込んだ。  ✿  ✿  ✿ 互いに相手を利用するつもりでいる2人。 悪意の花は、まだ開花したばかり。 【G-4/アナティ城/朝】 【東郷美森@結城友奈は勇者である】 [状態]:健康、両脚と記憶の一部と左耳が『散華』、満開ゲージ:4 [服装]:讃州中学の制服 [装備]:車椅子@結城友奈は勇者である、弓矢(現地調達) [道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10) [思考・行動] 基本方針:殺し合いに勝ち残り、神樹を滅ぼし勇者部の皆を解放する      1:南東の市街地に行って、参加者を「確実に」殺していく。      2:友奈ちゃんたちのことは……考えない。      3:浦添伊緒奈を利用する。 [備考] ※参戦時期は10話時点です 【浦添伊緒奈(ウリス)@selector infected WIXOSS】   [状態]:全身にダメージ(軽度) [服装]:いつもの黒スーツ [装備]:ナイフ(現地調達) [道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10)            黒カード:うさぎになったバリスタ@ご注文はうさぎですか?      ボールペン@selector infected WIXOSS       レーザーポインター@現実      東郷美森のスマートフォン@結城友奈は勇者である [思考・行動] 基本方針:参加者たちの心を壊して勝ち残る。      1:東郷美森を利用する。      2:使える手札を集める。様子を見て壊す。      3:"負の感情”を持った者は優先的に壊す。      4:使えないと判断した手札は殺すのも止む無し。          5:蒼井晶たちがどうなろうと知ったことではない。 [備考] ※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという嘘をチャットに流しました。 ※変身した際はルリグの姿になります。その際、東郷のスマホに依存してカラーリングが青みがかっています。 *時系列順で読む Back:[[それでも『世界』は止まらない]] Next:[[狂気の行方]] *投下順で読む Back:[[それでも『世界』は止まらない]] Next:[[まだ見えぬ未来(よる)の先にーーInter sectionーー]] |072:[[クラッシュ・オブ・リベリオン]]|東郷美森|125:[[スコープ越しの怪物]]| |084:[[その覚醒は重畳]]|浦添伊緒奈|125:[[スコープ越しの怪物]]|
*この花弁は悪意 ◆DGGi/wycYo ――真実は偏に、カードの裏/表  ✻  ✻  ✻ 犬吠埼樹が死んだ。 いつかこうなると、分かっていたこと。 皆が死ぬというのも、覚悟していたこと。 もうどうにもならないと、諦めは付いていたこと。 「……そう、か」 だが、私はいい。勇者部の皆はどうだろうか。 友奈、風、夏凜。私同様にこのゲームに呼ばれている彼女たちは。 特に風。先刻あの旅館で話をしたところだが、感情的な彼女のことだから今頃大泣きしているかも知れない。 或いは……吹っ切れて、どこかで暴れているだろうか。 夏凜と友奈はどうだ。 風は夏凜と遭遇したらしいが、何があったかまでは聞いていない。 “ただ、一緒に戦うとなると、勇者部の皆を思い出しちゃう、っていうか” こう言っていたくらいだし、大方逃げてきたというところだろう。 そもそも、夏凜が殺し合いに乗るような性格だとは思えない。 遭遇したら……殺すことになるだろう。 友奈は……友奈は。 きっと、風同様に泣いているに違いない。 友奈も殺し合いには乗らないだろう。彼女も、手にかけることになるだろう。 ――なるのだろうか。 優勝し、願いを叶えて世界を滅ぼしてしまえば、どうせ皆死んでしまうのに。 友奈までも、殺すのだろうか。 「(……駄目)」 これだけは、白黒つけることが出来ない。 きっと樹のように、他の誰かが勇者部の面々を、友奈を殺してくれる。 死ぬ姿なんて見たくない。心のどこかで、そう願っているのだろう。 どんな環境で育ったからとはいえ、幾ら覚悟を決めたとはいえ。 東郷美森にとって、親友を、友奈を殺すということ。 それだけは、割り切ることが出来なかった。 いつかそんな局面が起こるかも知れないというのに。 考えているうちに、大きな建造物が前方に姿を現す。 地図を見る限り、『アナティ城』だろうか。 友奈たちのことを思考の隅に追いやり、東郷は一度アナティ城へと寄り道をする。 支給されている黒カードがスマホしかない以上、普段の自身は丸腰、それも車椅子だ。 何か今後に役立つ物資が欲しいところではあるし、何より少々疲れた。  ✻  ✻  ✻ 放送を淡々と聞き終えた浦添伊緒奈は、アナティ城を物色しているうちに薄暗く狭い部屋に来た。 その手には厨房から持ち出したナイフが握られて、背中には兵士たちの武器庫から失敬した弓矢を担いでいる。 武器庫には大剣もあったが、“ウリス”ではなく“浦添伊緒奈”の身体で扱うには少々無理がある。 鎧を纏うかどうかも少々悩んだが、機動力が落ちることも考えた結果やめた。 彼女にとって、死者の読み上げなど心の底からどうでも良いものだった。 最初に殺した男の名前などとうに忘れたし、次に会った空飛ぶ男の名前は知るつもりもない。 強いて気掛かりだったのは禁止エリアの件だったが、幸いこの近辺は安全そうだ。 だからこうして堂々と物色に勤しんでいたのだが。 「ほんっと、カビくさい城ね……ん?」 異様な雰囲気を放つその部屋は、毒々しい色をした茸、今にも叫び声を上げそうな植物、何かの臓器……。 城の備品と言う割には、随分と物騒な物に溢れていた。 一際目に付くのは、部屋の隅に描かれた魔法陣らしきもの。 それらはまるで。 「黒魔術の工房……?」 とりあえず役に立ちそうなものがないか、手当たり次第に棚を探る。 空っぽ、よく分からない物、空っぽ、何かの材料。 埃まみれの棚には、まるで使えそうな物が見当たらない。 もし仮にあったとしても、魔術や薬学に精通していない伊緒奈にとっては無理な相談だった。 テーブルの上も全て、何かの材料や実験道具らしき物に溢れている。 「……クソったれ」 一言、そう結論付けるには十分すぎた。 最終的な戦果はナイフと弓矢だけ。やはりあの空飛ぶ男に奪われたマシンガンが非常に惜しい。 部屋を去ろうとして……伊緒奈は、城に誰かが足を踏み入れる気配を感じた。 気取られないように、物陰から気配の正体を探る。 車椅子に乗った少女が周囲を警戒している姿が目に入った。 そのままどこかへ向かう少女を観察し、ニヤリと笑みを浮かべる。 今までに遭遇した2人は、いずれも道具にする価値もない程度の相手だった。 だが、ここに来てようやくの獲物になり得る人間だ。逃がすわけには行かない。 手に持っているそれを持ち替え、こっそりと少女の後を付けた。  ✻  ✻  ✻ 城内の狭い通路を移動していた東郷美森は、朝日の差し込む大きな広間に出た。 羽の生えた像に囲まれ、中央にでかでかと位置するのは巨大な龍の像。 青カードから出した「はるかす」を飲みながら目を凝らすと、龍の頭部には鎧の騎士が跨って剣を突き刺している。 まるで勇者ではないか、と思わず苦笑した。 龍/バーテックスからの侵略を防ぐために、剣を抜いて戦う騎士/勇者。 羽の生えた像は……神樹か大赦にあたるだろうか。 「もっとも、そんなに綺麗事ではないけれどね……」 そう。いかにもありがちな御伽話なんかと違い、東郷たち勇者の真実は――。 少し時間を無駄にした。 先を急ごうとする東郷の右耳に、コツン、とわざとらしい革靴の足音が聞こえて来た。 「!!」 この時、東郷の身に降り掛かった不運が3つある。 後方からの不意打ちに驚いたあまり、思わずスマホを取り落としそうになってしまったこと。 もたついた一時のタイムラグを縫って、相手が左目に赤い何かを飛ばしてきたこと。 「ッ――!」 そして、思わず左目を押さえてしまったその隙に、素早い動きで右手首を掴まれ、 「ご苦労様」 ――スマホを、奪われてしまったこと。 「始めまして、私は浦添伊緒奈。あなたは?」 「……東郷…美森」 伊緒奈と名乗った相手が持っていたのは、赤い光を放つレーザーポインター。 成る程、これで目潰しをして時間を稼いだということか。 「何をそんなに睨んでいるの? 奪われたコレが惜しい?」 「……」 「それとも……奪われたら困るだけの『秘密』があるのかしら」 「……っ」 あくまで表情を一貫させていた東郷が、この時ばかりは少しだけ顔を顰めた。 伊緒奈は、それを見逃しはしなかった。 そして、嘲笑を浮かべると、スマホの画面をタップし―― ――薄青紫の花弁に包み込まれた。 東郷は目を疑った。 まさか、勇者部以外にそれを扱える者が居ようとは。 或いは、誰でも扱えるように主催者が何かテコ入れをしたのかも知れない。 花弁が飛び散ると、更に目を疑う様相が展開されていた。 ついでに言うなら、伊緒奈自身も驚きを隠せなかった。 よく知っている姿と違う点として、全体的に青みを帯びているが。 その姿は紛れも無く、ウリス――ルリグのそれと、何ら変わりなかったからだ。 右肩にはロベリアの花があしらわれ、武器は東郷のそれとまったく同じ、複数の銃。 伊緒奈はその内の1つを手に取ると、彼女の額に押し当てる。 「バイバイ」 動作1つに手間取った結果が、これか。 抵抗することもなく、大人しく目を閉じる。 思い返すのは、これまでの行動全て。これが走馬灯というやつか。 それでも、失われていた2年間の記憶はどこにも見当たらないのだな、と苦笑いしたくなる気分に駆られ。 ……一向に引かれない引き金に、痺れを切らして目を開けた。 「なんて、言うと思った?」 既に伊緒奈は変身を解き、スマホ片手にケラケラと笑っていた。 「……馬鹿にしているのかしら」 「そんなつもりはないわ。ちょっとした“取引”をしましょうっていうのよ」 「取引ですって?」 怪訝な顔を露にする東郷を意に介さず、伊緒奈は続ける。 「あなた、知人の誰かが殺されたでしょう。 そして、あなた自身も既に誰かを殺している」 「……!」 培った勘があるとはいえ適当にカマをかけたつもりだったが、どうやら図星だったらしい。 「どう? 私と組んでみないかしら」 それは、悪意に満ちた誘いだった。 「なにぶん私もこのゲームに勝ち残りたいクチなんだけど、いかんせん手札が悪くてねえ。 これなんかもこの城で調達したってワケ。そこで「いいですよ」 伊緒奈の言葉を遮ってまで誘いに乗った東郷の顔を、しげしげと見つめる。 「いいですよ。一時的になるとは思いますが、共同戦線を張りましょう」 「……そう、なら話は早いわね。とりあえず、食堂で朝食にしながら情報交換と洒落込みましょうか」  ✿  ✿  ✿ 食堂、というよりはパーティー会場に近いホールで黙々と朝のエネルギーを摂る2人。 東郷はうどんを啜り、伊緒奈は片手間で食べられる握り飯を頬張る。 ここまで東郷が提供した情報は、 ・伊緒奈の言うように、既に2人以上殺した ・知り合いと温泉旅館で出会い、互いに協定を結んだ ・スマホで変身すると、複数の銃器を扱える 対する伊緒奈は、 ・1人と遭遇、後に別れた ・次の遭遇した男に襲われ、一時意識を失っていた ・スマホを奪った理由は、ただ手に持っていたから程度のもの 元いた世界や他の知り合い等踏み込んだ話は一切せず、教えるつもりのない情報は全て隠し、嘘偽りで塗り固めた。 2人はそれ以上話もせず、付け入ろうともしなかった。 「御馳走様でした」 「じゃあ、今後の方針だけど」 朝食が終わると、伊緒奈は背負っていた弓矢を差し出してきた。 「あなた、こういうの出来るかしら」 「大丈夫ですよ。車椅子なので少々不安定ですが、アーチェリーの要領でどうにかなると思います。 身体には染み付いているので」 記憶は無いけれど、と心の中で付け加える。 当時の知り合いだった乃木園子曰く、失われた2年間の間に愛用していた武器、らしい。 ならば、記憶が散華していようとも身体は覚えているだろう。 無論、車椅子でも安定して撃てるように試し撃ちは必要だろうが。 「ならこれはあなたにあげるわ」 「スマホは預かっておくつもりなんですね」 「必要になったら返すわよ。あくまで『契約料』といったところかしら」 「……では、必要な場面で」 やけにすんなり引き下がったな、と不審がりつつも、伊緒奈は続ける。 「目的地は?」 「私は当初の予定通り、市街地に向かうつもりです。 風先輩との協定もありますから」 「奇遇ね。じゃあ決定」 会話がひと段落した後、東郷は軽く弓の試し撃ちをする。 ホイールが動かないようにロックを掛けてしまえば、存外どうにかなるものだった。 スナイパーライフルよりは精度が格段に落ちるが、極端に困るという程ではない。 「車椅子の方は大丈夫かしら」 「結構です。一人で大丈夫なので」 こうして2人は、アナティ城を後にした。  ✿  ✿  ✿ 【side:東郷】 上手く隠し通すことが出来た。 スマホの主導権を握られてしまったのは手痛いが、このまま伊緒奈に戦わせるのもいいかも知れない。 満開の代償を恐れている自分にとって、それを代理してくれる“生贄”の存在は非常に好都合だ。 彼女の満開ゲージは0だったが、自分は4。 神社での一件もあったお陰で、変身を躊躇する理由にするには十分過ぎた。 「(いつだって、犠牲になるのは何も知らない者ばかり)」 だから、勇者の実態を知らない浦添伊緒奈を利用する。 やっていることがまるで大赦そのものだな、と苦い顔をした。 【side:ウリス】 妙にあっさりしている女だな、と思った。 スマホの件もそうだが、同盟に至っては言葉を遮ってまで同意して来た。 「(……随分と手の掛かる手札を引いちゃったかもね)」 彼女もこちらを利用する腹積もりか。 どちらにしても、とスマホを弄る。 6時から解放されたというチャット機能と名簿を見比べながら、文面を打ち込んで行く。 “風先輩”とは“犬吠埼風”のことだろう。そして、同じ苗字であり赤いバツ印のついている“犬吠埼樹”。 こんな苗字がそう簡単にあるものではないし、血縁者、ひいては東郷美森の知り合いと見ていいだろう。 『東郷美森は犬吠埼樹を殺害した』 だから、電子の海中にその文言を放り込んだ。  ✿  ✿  ✿ 互いに相手を利用するつもりでいる2人。 悪意の花は、まだ開花したばかり。 【G-4/アナティ城/朝】 【東郷美森@結城友奈は勇者である】 [状態]:健康、両脚と記憶の一部と左耳が『散華』、満開ゲージ:4 [服装]:讃州中学の制服 [装備]:車椅子@結城友奈は勇者である、弓矢(現地調達) [道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10) [思考・行動] 基本方針:殺し合いに勝ち残り、神樹を滅ぼし勇者部の皆を解放する      1:南東の市街地に行って、参加者を「確実に」殺していく。      2:友奈ちゃんたちのことは……考えない。      3:浦添伊緒奈を利用する。 [備考] ※参戦時期は10話時点です 【浦添伊緒奈(ウリス)@selector infected WIXOSS】   [状態]:全身にダメージ(軽度) [服装]:いつもの黒スーツ [装備]:ナイフ(現地調達) [道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10)            黒カード:うさぎになったバリスタ@ご注文はうさぎですか?      ボールペン@selector infected WIXOSS       レーザーポインター@現実      東郷美森のスマートフォン@結城友奈は勇者である [思考・行動] 基本方針:参加者たちの心を壊して勝ち残る。      1:東郷美森を利用する。      2:使える手札を集める。様子を見て壊す。      3:"負の感情”を持った者は優先的に壊す。      4:使えないと判断した手札は殺すのも止む無し。          5:蒼井晶たちがどうなろうと知ったことではない。 [備考] ※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという嘘をチャットに流しました。 ※変身した際はルリグの姿になります。その際、東郷のスマホに依存してカラーリングが青みがかっています。 *時系列順で読む Back:[[それでも『世界』は止まらない]] Next:[[狂気の行方]] *投下順で読む Back:[[それでも『世界』は止まらない]] Next:[[まだ見えぬ未来(よる)の先にーーInter sectionーー]] |072:[[クラッシュ・オブ・リベリオン]]|東郷美森|125:[[スコープ越しの怪物]]| |084:[[その覚醒は重畳]]|浦添伊緒奈|125:[[スコープ越しの怪物]]|

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