この花弁は悪意 ◆DGGi/wycYo
――真実は偏に、カードの裏/表
✻ ✻ ✻
犬吠埼樹が死んだ。
いつかこうなると、分かっていたこと。
皆が死ぬというのも、覚悟していたこと。
もうどうにもならないと、諦めは付いていたこと。
「……そう、か」
だが、私はいい。勇者部の皆はどうだろうか。
友奈、風、夏凜。私同様にこのゲームに呼ばれている彼女たちは。
特に風。先刻あの旅館で話をしたところだが、感情的な彼女のことだから今頃大泣きしているかも知れない。
或いは……吹っ切れて、どこかで暴れているだろうか。
夏凜と友奈はどうだ。
風は夏凜と遭遇したらしいが、何があったかまでは聞いていない。
“ただ、一緒に戦うとなると、勇者部の皆を思い出しちゃう、っていうか”
こう言っていたくらいだし、大方逃げてきたというところだろう。
そもそも、夏凜が殺し合いに乗るような性格だとは思えない。
遭遇したら……殺すことになるだろう。
友奈は……友奈は。
きっと、風同様に泣いているに違いない。
友奈も殺し合いには乗らないだろう。彼女も、手にかけることになるだろう。
――なるのだろうか。
優勝し、願いを叶えて世界を滅ぼしてしまえば、どうせ皆死んでしまうのに。
友奈までも、殺すのだろうか。
「(……駄目)」
これだけは、白黒つけることが出来ない。
きっと樹のように、他の誰かが勇者部の面々を、友奈を殺してくれる。
死ぬ姿なんて見たくない。心のどこかで、そう願っているのだろう。
どんな環境で育ったからとはいえ、幾ら覚悟を決めたとはいえ。
東郷美森にとって、親友を、友奈を殺すということ。
それだけは、割り切ることが出来なかった。
いつかそんな局面が起こるかも知れないというのに。
考えているうちに、大きな建造物が前方に姿を現す。
地図を見る限り、『アナティ城』だろうか。
友奈たちのことを思考の隅に追いやり、東郷は一度アナティ城へと寄り道をする。
支給されている黒カードがスマホしかない以上、普段の自身は丸腰、それも車椅子だ。
何か今後に役立つ物資が欲しいところではあるし、何より少々疲れた。
✻ ✻ ✻
放送を淡々と聞き終えた浦添伊緒奈は、アナティ城を物色しているうちに薄暗く狭い部屋に来た。
その手には厨房から持ち出したナイフが握られて、背中には兵士たちの武器庫から失敬した弓矢を担いでいる。
武器庫には大剣もあったが、“ウリス”ではなく“浦添伊緒奈”の身体で扱うには少々無理がある。
鎧を纏うかどうかも少々悩んだが、機動力が落ちることも考えた結果やめた。
彼女にとって、死者の読み上げなど心の底からどうでも良いものだった。
最初に殺した男の名前などとうに忘れたし、次に会った空飛ぶ男の名前は知るつもりもない。
強いて気掛かりだったのは禁止エリアの件だったが、幸いこの近辺は安全そうだ。
だからこうして堂々と物色に勤しんでいたのだが。
「ほんっと、カビくさい城ね……ん?」
異様な雰囲気を放つその部屋は、毒々しい色をした茸、今にも叫び声を上げそうな植物、何かの臓器……。
城の備品と言う割には、随分と物騒な物に溢れていた。
一際目に付くのは、部屋の隅に描かれた魔法陣らしきもの。
それらはまるで。
「黒魔術の工房……?」
とりあえず役に立ちそうなものがないか、手当たり次第に棚を探る。
空っぽ、よく分からない物、空っぽ、何かの材料。
埃まみれの棚には、まるで使えそうな物が見当たらない。
もし仮にあったとしても、魔術や薬学に精通していない伊緒奈にとっては無理な相談だった。
テーブルの上も全て、何かの材料や実験道具らしき物に溢れている。
「……クソったれ」
一言、そう結論付けるには十分すぎた。
最終的な戦果はナイフと弓矢だけ。やはりあの空飛ぶ男に奪われたマシンガンが非常に惜しい。
部屋を去ろうとして……伊緒奈は、城に誰かが足を踏み入れる気配を感じた。
気取られないように、物陰から気配の正体を探る。
車椅子に乗った少女が周囲を警戒している姿が目に入った。
そのままどこかへ向かう少女を観察し、ニヤリと笑みを浮かべる。
今までに遭遇した2人は、いずれも道具にする価値もない程度の相手だった。
だが、ここに来てようやくの獲物になり得る人間だ。逃がすわけには行かない。
手に持っているそれを持ち替え、こっそりと少女の後を付けた。
✻ ✻ ✻
城内の狭い通路を移動していた東郷美森は、朝日の差し込む大きな広間に出た。
羽の生えた像に囲まれ、中央にでかでかと位置するのは巨大な龍の像。
青カードから出した「はるかす」を飲みながら目を凝らすと、龍の頭部には鎧の騎士が跨って剣を突き刺している。
まるで勇者ではないか、と思わず苦笑した。
龍/バーテックスからの侵略を防ぐために、剣を抜いて戦う騎士/勇者。
羽の生えた像は……神樹か大赦にあたるだろうか。
「もっとも、そんなに綺麗事ではないけれどね……」
そう。いかにもありがちな御伽話なんかと違い、東郷たち勇者の真実は――。
少し時間を無駄にした。
先を急ごうとする東郷の右耳に、コツン、とわざとらしい革靴の足音が聞こえて来た。
「!!」
この時、東郷の身に降り掛かった不運が3つある。
後方からの不意打ちに驚いたあまり、思わずスマホを取り落としそうになってしまったこと。
もたついた一時のタイムラグを縫って、相手が左目に赤い何かを飛ばしてきたこと。
「ッ――!」
そして、思わず左目を押さえてしまったその隙に、素早い動きで右手首を掴まれ、
「ご苦労様」
――スマホを、奪われてしまったこと。
「始めまして、私は浦添伊緒奈。あなたは?」
「……東郷…美森」
伊緒奈と名乗った相手が持っていたのは、赤い光を放つレーザーポインター。
成る程、これで目潰しをして時間を稼いだということか。
「何をそんなに睨んでいるの? 奪われたコレが惜しい?」
「……」
「それとも……奪われたら困るだけの『秘密』があるのかしら」
「……っ」
あくまで表情を一貫させていた東郷が、この時ばかりは少しだけ顔を顰めた。
伊緒奈は、それを見逃しはしなかった。
そして、嘲笑を浮かべると、スマホの画面をタップし――
――薄青紫の花弁に包み込まれた。
東郷は目を疑った。
まさか、勇者部以外にそれを扱える者が居ようとは。
或いは、誰でも扱えるように主催者が何かテコ入れをしたのかも知れない。
花弁が飛び散ると、更に目を疑う様相が展開されていた。
ついでに言うなら、伊緒奈自身も驚きを隠せなかった。
よく知っている姿と違う点として、全体的に青みを帯びているが。
その姿は紛れも無く、ウリス――ルリグのそれと、何ら変わりなかったからだ。
右肩にはロベリアの花があしらわれ、武器は東郷のそれとまったく同じ、複数の銃。
伊緒奈はその内の1つを手に取ると、彼女の額に押し当てる。
「バイバイ」
動作1つに手間取った結果が、これか。
抵抗することもなく、大人しく目を閉じる。
思い返すのは、これまでの行動全て。これが走馬灯というやつか。
それでも、失われていた2年間の記憶はどこにも見当たらないのだな、と苦笑いしたくなる気分に駆られ。
……一向に引かれない引き金に、痺れを切らして目を開けた。
「なんて、言うと思った?」
既に伊緒奈は変身を解き、スマホ片手にケラケラと笑っていた。
「……馬鹿にしているのかしら」
「そんなつもりはないわ。ちょっとした“取引”をしましょうっていうのよ」
「取引ですって?」
怪訝な顔を露にする東郷を意に介さず、伊緒奈は続ける。
「あなた、知人の誰かが殺されたでしょう。
そして、あなた自身も既に誰かを殺している」
「……!」
培った勘があるとはいえ適当にカマをかけたつもりだったが、どうやら図星だったらしい。
「どう? 私と組んでみないかしら」
それは、悪意に満ちた誘いだった。
「なにぶん私もこのゲームに勝ち残りたいクチなんだけど、いかんせん手札が悪くてねえ。
これなんかもこの城で調達したってワケ。そこで「いいですよ」
伊緒奈の言葉を遮ってまで誘いに乗った東郷の顔を、しげしげと見つめる。
「いいですよ。一時的になるとは思いますが、共同戦線を張りましょう」
「……そう、なら話は早いわね。とりあえず、食堂で朝食にしながら情報交換と洒落込みましょうか」
✿ ✿ ✿
食堂、というよりはパーティー会場に近いホールで黙々と朝のエネルギーを摂る2人。
東郷はうどんを啜り、伊緒奈は片手間で食べられる握り飯を頬張る。
ここまで東郷が提供した情報は、
- 伊緒奈の言うように、既に2人以上殺した
- 知り合いと温泉旅館で出会い、互いに協定を結んだ
- スマホで変身すると、複数の銃器を扱える
対する伊緒奈は、
- 1人と遭遇、後に別れた
- 次の遭遇した男に襲われ、一時意識を失っていた
- スマホを奪った理由は、ただ手に持っていたから程度のもの
元いた世界や他の知り合い等踏み込んだ話は一切せず、教えるつもりのない情報は全て隠し、嘘偽りで塗り固めた。
2人はそれ以上話もせず、付け入ろうともしなかった。
「御馳走様でした」
「じゃあ、今後の方針だけど」
朝食が終わると、伊緒奈は背負っていた弓矢を差し出してきた。
「あなた、こういうの出来るかしら」
「大丈夫ですよ。車椅子なので少々不安定ですが、アーチェリーの要領でどうにかなると思います。
身体には染み付いているので」
記憶は無いけれど、と心の中で付け加える。
当時の知り合いだった乃木園子曰く、失われた2年間の間に愛用していた武器、らしい。
ならば、記憶が散華していようとも身体は覚えているだろう。
無論、車椅子でも安定して撃てるように試し撃ちは必要だろうが。
「ならこれはあなたにあげるわ」
「スマホは預かっておくつもりなんですね」
「必要になったら返すわよ。あくまで『契約料』といったところかしら」
「……では、必要な場面で」
やけにすんなり引き下がったな、と不審がりつつも、伊緒奈は続ける。
「目的地は?」
「私は当初の予定通り、市街地に向かうつもりです。
風先輩との協定もありますから」
「奇遇ね。じゃあ決定」
会話がひと段落した後、東郷は軽く弓の試し撃ちをする。
ホイールが動かないようにロックを掛けてしまえば、存外どうにかなるものだった。
スナイパーライフルよりは精度が格段に落ちるが、極端に困るという程ではない。
「車椅子の方は大丈夫かしら」
「結構です。一人で大丈夫なので」
こうして2人は、アナティ城を後にした。
✿ ✿ ✿
【side:東郷】
上手く隠し通すことが出来た。
スマホの主導権を握られてしまったのは手痛いが、このまま伊緒奈に戦わせるのもいいかも知れない。
満開の代償を恐れている自分にとって、それを代理してくれる“生贄”の存在は非常に好都合だ。
彼女の満開ゲージは0だったが、自分は4。
神社での一件もあったお陰で、変身を躊躇する理由にするには十分過ぎた。
「(いつだって、犠牲になるのは何も知らない者ばかり)」
だから、勇者の実態を知らない浦添伊緒奈を利用する。
やっていることがまるで大赦そのものだな、と苦い顔をした。
【side:ウリス】
妙にあっさりしている女だな、と思った。
スマホの件もそうだが、同盟に至っては言葉を遮ってまで同意して来た。
「(……随分と手の掛かる手札を引いちゃったかもね)」
彼女もこちらを利用する腹積もりか。
どちらにしても、とスマホを弄る。
6時から解放されたというチャット機能と名簿を見比べながら、文面を打ち込んで行く。
“風先輩”とは“犬吠埼風”のことだろう。そして、同じ苗字であり赤いバツ印のついている“犬吠埼樹”。
こんな苗字がそう簡単にあるものではないし、血縁者、ひいては東郷美森の知り合いと見ていいだろう。
『東郷美森は犬吠埼樹を殺害した』
だから、電子の海中にその文言を放り込んだ。
✿ ✿ ✿
互いに相手を利用するつもりでいる2人。
悪意の花は、まだ開花したばかり。
【G-4/アナティ城/朝】
【東郷美森@結城友奈は勇者である】
[状態]:健康、両脚と記憶の一部と左耳が『散華』、満開ゲージ:4
[服装]:讃州中学の制服 [装備]:車椅子@結城友奈は勇者である、弓矢(現地調達)
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いに勝ち残り、神樹を滅ぼし勇者部の皆を解放する
1:南東の市街地に行って、参加者を「確実に」殺していく。
2:友奈ちゃんたちのことは……考えない。
3:浦添伊緒奈を利用する。
[備考]
※参戦時期は10話時点です
【浦添伊緒奈(ウリス)@selector infected WIXOSS】
[状態]:全身にダメージ(軽度)
[服装]:いつもの黒スーツ
[装備]:ナイフ(現地調達)
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10)
黒カード:うさぎになったバリスタ@ご注文はうさぎですか?
ボールペン@selector infected WIXOSS
レーザーポインター@現実
東郷美森のスマートフォン@結城友奈は勇者である
[思考・行動]
基本方針:参加者たちの心を壊して勝ち残る。
1:東郷美森を利用する。
2:使える手札を集める。様子を見て壊す。
3:"負の感情”を持った者は優先的に壊す。
4:使えないと判断した手札は殺すのも止む無し。
5:蒼井晶たちがどうなろうと知ったことではない。
[備考]
※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという嘘をチャットに流しました。
※変身した際はルリグの姿になります。その際、東郷のスマホに依存してカラーリングが青みがかっています。
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最終更新:2016年01月25日 20:37